全国大会の団体戦を着々に進行しているそんなある日のこと。
一つの部屋から聞こえるのは二つの声。

「うぅ、こーこちゃん。いくらなんでもこれは無理だよぉ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。まだまだいけるよ、すこやん」

それは弱弱しく聞くからに硝子のような脆さを感じさせてしまう声と明るく豪胆さを含んだ声。

「いやあ、20年前だから意外と無理かなあって思ったけど予想以上に似合ってるよ」
「似合ってる似合っていないの問題……って10年前だよ!!」
「ははは~」

それは何故か母校の制服を着ているプロ雀士の小鍛治健夜とそれを見て満足そうにしている福与恒子アナであった。


事の始まりはいたって簡単。

『すこやんってさあ、キャラ薄いよね』
『は?』

そんな呟きを聞き、恒子のほうに振り向く健夜。

『だって、三尋木プロとか中濃ソースよりよっぽど濃いじゃん』

話を聞いていくと、健夜はプロ雀士としてはキャラが薄いらしい。
特に前の解説をしていた三尋木咏とはキャラの濃さ的にあっさりしすぎなんじゃないかと心配してるとのこと。
健夜は思った。別にキャラの濃さ薄さでやっている訳ではないと。
しかし、そこは長年パートナーとしてやってきた恒子である。そんな考えを見逃すはずが無かった。

『そこでこれ。――――じゃーん』
『えっ? それって私の高校時代の制服……』
『すこやんのお母さんから借りた』
『ねえ、すこやん。これ着て解説しない?』

何を言っている?
健夜は耳を疑った。しかし、相手は恒子である。これは幻聴でも錯覚でも妄想でもないだろう。
即座に態勢を立て直し必死に拒絶をする。

『無理、無理。ぜぇったいに無理!!』
『おやおや、最強雀士のアラフォー小鍛治プロとは思えない否定ですね』
『麻雀関係ないから。それに私はそんな自信満々にしてないから!! それと、――』
『アラサーだよ!!』
『ええ、まあいいや。とりあえず着てみてよ。面白そうだし』
『えっ、えっ、こーこちゃん!?』

健夜の決死の防衛は空しくこうして制服姿の小鍛治プロ(アラサー)が誕生したのである。

「しかし、自分で押し付けたから言うのもなんだけどよく着れたねえ、すこやん」
「私もビックリだよ。……あ、でも胸元とかスカートの丈との位置とかも微妙に違和感があるからピッタシっっていうわけでもないかも」
「ふーん」
「ふーん、って。こーこちゃんが無理やり着せたんだよ」
「いやあ、意外に面白みが無いなあと思いまして」
「こーこちゃん!!」
「でも、制服コスプレプロ雀士(アラフォー)ってのもネタ的には新鮮だね」
「ネタ以外は新鮮じゃないってこと?……ってアラサーだ」
「ごめんごめん。……ってメールが着てる」

恒子は自分の携帯電話に目を移し、げえっと言いつつ顔色を変える。
そんな健夜は心配そうに恒子を見る。

「ど、どうしたの恒子ちゃん? もしかして身内の不幸とか……」

そんな健夜の心配を笑いながら手をブンブン振って否定する。

「ちがうちがう。なんか急遽会議が入ってね」
「もう。お仕事はちゃんとしないと駄目だよ」
「わかってるって」

そういうとメールを返信して、恒子は立ち上がり荷物とバックを何気ない動作で持ち出て行く。

「すぐに帰ってくると思うけど、どこか行くなら鍵を閉めてってねえ」

そういうと、ニヤニヤと元来彼女が持ち合わせている人を安心させる笑みを混じらせた表情で健夜を渡して出て行く。
それを見送ると健夜も一息つく。

「はあ、こーこちゃんといると楽しいけど神経つかうよ……」

恒子がいたら弄られるのは確定のような台詞であるが幸い今はいないのだ。
そして、落ち着いてから再度自分が着ている制服を見る。
もう10年も前になるがあの祭りは今でも覚えている。
何せ自分の転機にもなったのだ。忘れることができるだろうか。
何分、自分は過去を思っていただろうか。かつての事を思い懐かしんでいたときに突然としてそれはやって来た。

「……お手洗い行ってこよ」

しかし、自分は今は制服。これでは出るに出られない。
ところが、自らの着替えを入れた荷物が見当たらない。

「あれ、あれぇ~」

探しても探しても見つからない。
そこで健夜は自分の行動を振り返ってみることにした。
恒子と喋っている。制服に着替えさせられる。恒子荷物を持って退室…………あれ?
荷物を持って?

「あ、あぁ!」

そうだすごく自然に行ってしまったが恒子は荷物を持っていった。
しかし、恒子の荷物はここにある。では、誰の?
そんなのは決まっている。

「こーこちゃん。なんてことしたのぉ!!」

今思えばあのニヤニヤ顔は心配する私を安心させるものではなく、また今までのからかいの余韻でもなかったのであろう。
そう、これから起こることに対しての笑い。
ここまでは想像してはいなかっただろうが概ね成功といってもいいだろう。

「うぅ、お手洗いに行きたいのに」

しかし、健夜の服装は丸襟にグレーのリボンをつけた制服。
確かにうまくいけばこのまま行って帰ってもこれるだろう。幸いにも今は全国大会中であるから制服でウロウロしてもばれない(はず)。

「で、でも、顔割れしてるし。さすがに無理があるかも」

そう健夜はプロ雀士である。しかも、カードにもなっていたりする。当然、顔も割れている。
それが制服を着ていれば下手したら社会的に死ぬ。
しかし、尿意はとまらない。

「ば、ばれないよね。大丈夫だよね」

自我を奮い立たせる。
しかし、足は生まれたばかりの小鹿みたいにブルブルと震えている。
見つかったら危険。気付かれたら死亡。
恐怖と緊張でのどが鳴る。

「よし、とっとと行ってとっとと帰る!!」

机の上に出してあった携帯電話とポケットに入れる
そして、この日一番の激闘に健夜は身を投じたのである。


――――――


ここで視点は変わる。
長々と続く通路。そして、その近くにあるトイレ。
そこには一人の少年がいる。

「ったく、咲のやつはどこで迷子になってるんだか」

身長の高い金髪の男子高校生がぼやきながら辺りを見渡す。
その高校生は須賀京太郎。この夏に全国出場を果たした麻雀部の男子生徒である。
彼はこんなところでキョロキョロとしているのにはわけがある。

「アイツは誰かに頼れってのに……いや、男である俺に頼んでも問題あるか」

そう、同じ学校で麻雀部の仲間で昔馴染みの宮永咲の捜索である。
彼女はいつも通りに尿意を催して、いつも通りにトイレに行って、いつも通りに迷子になったのである。

「しかし、トイレで張ってても来ないし。この辺のトイレじゃないのか?」

咲自体トイレにたどり着く可能性は低いのだがここで下手に彷徨ってもさらに複雑化しそう。
そう思い京太郎はトイレの前で立っていたわけだが……。

「トイレの前に男子が一人長々と立つ。これって問題あるよなあ。……しかも、さっきから粘っこい視線のようなものを感じるし」

そんな最悪、警察の方々に迷惑を掛けてしまうのかなあと少し涙ぐんで立っていると突如として衝撃を感じた。

「きゃっ」
「うおっ……って、大丈夫です……か?」

どうやら立っている彼に誰かがぶつかってきたようである。
彼は謝罪を素早くしてここからはやり離れようと思ったが――

「(か、かわいい)」

目の前の丸襟でグレーのリボンをした女子生徒に目を奪われた。
その生徒は艶のある短めの黒髪で幼い顔立ちをしているがどことなく大人みたいで。しかし、オドオドした姿があまりにも愛らしくて。
そんなアンバランスな姿が京太郎の目を離さなかった。

「あ、あの。その、えーっと」

どうやら彼女は慌てているらしい。
京太郎は考える。
もしかしなくてもトイレだろう。ここに来る理由なんてそのくらいしか考え付かないし。

「ああ、……すみませんっ。自分怪しい者ではなくてですね。そう、人を待っているんですよ」

言ってからしまったこれじゃ変質者と思われるかと思った京太郎だがどうやら目の前の生徒はオロオロとしているばかり。
これには京太郎も疑問に思う。なぜ向こうもオロオロとオドオドとしているのだろう。
いくら気が弱くてもこのまま逃げて別のトイレでも行くだろうに。
そんなことを考えて再び観察をする。
そこで京太郎は既視感をもつ。

「あれ? 貴方どこかで会いましたか?」

そういうと目の前にいる生徒はビクゥと震える。
その様子に京太郎はそれは自身の失策だったと悟る。

「(やべ、これじゃあナンパだな)」

とりあえず今の発言を取り消そうと思い口を開こうとしたそのとき目の前の生徒は突如、ガバァと京太郎に視線を合わせとして口を開く。

「すみません。今の発言は――」
「あ、あの。トイレに誰も入ってこないか見張ってくれませんか!?」
「はい?」

目の前の生徒の珍妙な発言に京太郎は目を丸くする。
なんと言ったのだ、この人は?
そんな疑問が京太郎の中に渦巻いた。


――――――


健夜は急いでいた。なぜならゴールが目の前だから。
これ以上外界に今の姿を晒したくないから。

「(急げ、風になるのよ、わたし)」

健夜の中には希望がでてきた。
このまま行けばトイレにも間に合う。誰にも見られない。
しかし、ゴール目の前でとの一縷のくもの糸のような希望も絶たれる。


「きゃっ」
「うおっ……って、大丈夫です……か?」

見知らぬ男子生徒にぶつかってしまったのである。

「(し、しまった。でもまだ大丈夫。きっとばれてない!!)」

健夜の中には不透明だが存在している可能性が残っていた。
しかし、頭の中は冷静でも中々行動には移せないものである。

「あ、あの。その、えーっと」

パニックになる健夜。

「ああ、……すみませんっ。自分怪しい者ではなくてですね。そう、人を待っているんですよ」

男子生徒が何か言っているがうまく聞こえない。

「(何もしないでトイレにいるなんてもしかして変質者なのかな。でも、トイレから立ち寄った帰りって言う可能性もあるし)」
「(そもそも、このまま平気なの? 気付かれないで済ませられるの?)」

ゴールは目の前なのに意味の無い考えが次々と浮かぶ。
しかし、次の男子生徒の発言に健夜は凍る。

「あれ? 貴方どこかで会いましたか?」

思わずビクゥとしてしまう健夜。
その心中は混乱の極みだ

「(どうしよ、どうしよ、どうしよ。このままじゃスキャンダル? 週刊誌? スポーツ新聞に載るかも)」
「(高校時代の制服を着て歩くアラサープロ雀士……なんてのは絶対にやだよ!!)」
「(と、とりあえず口封じじゃなかった、口止めしないと。でも、また誰かに見られたら)」

健夜はどんどん混沌としていく。
そして、健夜にとって天啓がひらめく。他の人がいたら止めるであろう方法が。

「(そうだ、この人を巻き込もう。そして、あとでジュース奢ればきっと問題ないよね)」

そうして健夜は次々と今後の方針を思案する。
そして、その布陣のための一歩を動かす。

「すみません。今の発言は――」
「あ、あの。トイレに誰も入ってこないか見張ってくれませんか!?」
「はい?」

きょとんとしている目の前の男子生徒。
しかし、こちらには時間も余裕も無いのだ(年齢的に考慮しても)。
一気に畳み掛ける。

「ええっとですね。少し訳ありでして私が入っている間に誰か入らないように見ていてもらいたいんですよ」
「は、はあ」
「お願いできますか?(くっ、これでとおれば……)」

健夜は烈火のごとく口を回す。
その様子はさながら獲物を狙う獅子のよう。

「いいですよ。こっちも野暮用もありますし」

そんな祈りも通じたのか彼は肯定の意味で返事を出す。

「(やったぁ。さあ、この人を待たせないように急がなきゃ)」

健夜は一礼をしてすばやくトイレに入っていた。


――――


「(しかし、驚いた。なんでまたトイレを見張っていてくれなんだ?)」

ついつい彼女に気圧される形で頷いてしまったがふと考え込んでしまう。

「(もしかしていじめにあてたりするんだろうか?)」

清澄はそういう風潮は無かったが他校では以外にあるのかもしれない。

「(あんま、感じよくないよなあ。それにしても――)」

京太郎は気分を変えるために他に気付いたことを考える。

「(意外に胸が合ったよなあ。しかも、制服がピチピチ!!)」
「(これはこれで冥福ってものかね)」

そんなピンクの妄想をする京太郎。

「……京ちゃん?」

そこに聞き覚えがある探していた少女の声が。

「ああ、咲じゃねえか。やっと見つけたぞ!!」
「ええと、その様子だとまた皆に迷惑掛けたみたいだね」
「全くだ。最初から迷子になるくらいなら誰かを連れてけよな」
「ごめんなさい」

京太郎の前でシュンとなる。
さすがに言い過ぎと思えたのか京太郎もフォローする。

「過ぎたことは言っていてもどうにもならんし、次から気をつければいいからな。それとトイレはもう平気なのか」
「……うん。ここじゃない場所を見つけたから平気だよ」

咲の顔に穏やかな顔が戻る。
そして、ふとした疑問があったので京太郎に尋ねる。

「そういえば、京ちゃんはどうしてこんなところに?」
「ああ。お前を迷子になっていたときに待ち伏せとちょっとした頼まれごとがな」
「頼まれごと?」

ああ、と京太郎は返事をしようとしたときトイレから一人の生徒が出てくる。

「はあ。……ありがとうごういま、し……た」

生徒の視線は咲の前で止まる。

「(な、長野の宮永選手。な、なんで? どうして!?)」

慌てふためいている女子生徒の前で咲は京太郎に尋ねる。
ここまでいけば気付いたと思うがそう、京太郎とぶつかってしまったのは制服姿の健夜だったのである。

「ええと、どうしたのかな」
「ああ、頼まれごとをされたのはこの人なんだ」

いまだ慌ててぐわんぐわんとしている健夜の前で京太郎は咲に先ほどあったことを話す。
すると次第に咲の顔が不機嫌になっていく。

「ふーん。へえ、京ちゃんはこの人と仲良くなっていたんだ」
「仲良くって。てか、刺々しすぎるぞ」
「べっつにぃ。……でも、トイレを見張っててくれなんてやっぱおかしいよね」
「それも今から確かめたかったんだけど…………あの様子じゃな」
「た、たしかに」

咲も冷や汗を出して京太郎の視線の先を見る。
そこではまだまだ混乱は続くと思わせる少女がいる。

「京ちゃん、このまま放置していくのは駄目かな」
「それも、考えたが次に見つけた奴が可哀想だ」
「……だね」

そんな高校生二人に同情までされる健夜。
そして、少し経ち冷静になったのか健夜も返事をする。

「取り乱してすみません。ちょっと混乱してて(気付かれないようにしないと、気付かれないようにしないと!!)」
「だ、大丈夫なら平気ですよ。な、なあ、咲」
「う、うん。そうだね、京ちゃん」

どうもぎこちなくなる会話。

「(だ、大丈夫。ばれてない!!)」

そこで心に余裕ができたのか今できた気になることを聞くことにする。

「あのぉ。質問してもよろしいですか」
「は、はい。どうぞ」

どうも京太郎のほうはまだぎこちない。

「そちらの方は宮永選手ですよね。なぜお二人が?」

そんな彼女に京太郎も心を落ち着かせ当たり障りの無い返答をする。

「俺は須賀京太郎といって清澄高校の麻雀部部員なんですよ。それで咲とは高校も同じの腐れ縁でして、うおぅ」

京太郎が短い悲鳴を上げる。

「大丈夫ですか?」
「え、ええ。問題ありませんよ」

すると京太郎はすぐに咲に向いて小声で話しかける。

「おい、咲。なんでつねったんだよ」
「ふん、だ」
「ったく。なんだよいきなり」

子供のように頬を膨らませる咲。そんな咲を恨めしげに見る京太郎。
すると、健夜が羨ましげに声をだす。

「いいなあ」
「「へ?」」

思わず反応する京太郎と咲。
そんな二人に聞かれたことに赤面して弁明する健夜。

「ええと、その。私もそんな高校生活送りたかったなあ、……なんて」

寂しげに遠くを見る健夜。
そんな顔を見て京太郎は先ほどまで考えていた疑問が再び湧いてくる。
また、咲も同じような疑問が湧いたようで京太郎のシャツを引っ張り「耳を貸して」と合図を送る。

「京ちゃん。この人もしかして」
「ああ、俺もそう思った。やっぱりある場所にはあるんだな」

そんな二人の気持ちには露ほど知らず健夜は二人を見る。

「(本当にいいなあ。いかにも青春って感じで。確かに部活一色っていう高校生活も充実してたけどそれでも羨んじゃうなあ)」

そんな思いを馳せていると二人から強めの声がかかる。

「大丈夫ですよ。貴方もきっといい学校生活を送れますよ」

咲にしては珍しい強めの言葉で言う。

「そうですよ。咲の言ったとおりです。確かに辛いこともあると思いますけど変えていけますって」
「京ちゃんの言うとおりです。私もただ本を読んでばかりの高校生だったけどほんのちょっとのきっかけで変われたし、いじめなんかに負けないでください」

他校の問題だけに自分たちは関与できない。それでも心くらいは慈しんでやれるはず。
そう思った二人は必死に励ます。
しかし、健夜としてはキョトンとするばかり。

「何のことです?」

ついつい小首を傾げて聞いてしまう。
そんな様子に今度は京太郎と咲のほうがキョトンとしてしまう。

「って、あれ? 学校でのいじめとかじゃないんですか?」

京太郎は頭に疑問符を浮かべて尋ねる。
健夜は妙な勘違いをされていることに気付きすぐに修正をする。

「ち、違いますっ。ただ、そういうお二人の関係がいいなあって思っただけですよ」
「二人?」
「……お二人は恋人同士なんですよね。そういうのいいなあって」

そういうと咲は林檎のように顔を真っ赤にする。

「こ、こ、こいびびびと!?」
「あれ? 違うんですか」

使い物にならなくなった咲に代わり京太郎が答える。

「違いますって。さっき言ったとおり単なる腐れ縁なだけですって」
「そ、そうですよ。京ちゃんとは恋人じゃなくてですね。そもそも、京ちゃんは胸が大きいのが好きだし、私胸が小さいし……」

後半になるにつれて徐々に声が小さくなる咲。
今度はその小さくなる声を聞けなかった京太郎が咲に聞く。

「なあ、咲。さっき何言ってたんだ」
「もう。京ちゃんには関係ないよ!!」
「ふふっ」

健夜はまた花が咲いたように顔を緩める。

「(笑っちゃ駄目だよね。二人に顔を見せないようにしないと、とりあえず下を向いてよう。)」

笑いを堪えるために二人から視線をはずす健夜。
そこで気付いた。気付いてしまった。
自身が着ている服はなんなのか。

「(って、私まだ制服のままだよ!!)」

すっかり忘れていた。
それはあまりにもこの二人との会話が楽しかったから。再び高校時代に戻ったように感じてしまったから。

「(はっ、はやく。帰らないと。で、でも、須賀君に助けてもらったんだからお礼をしないと大人としてなんかやだし)」

そんな現状況を把握して生まれた羞恥心と大人のプライドがせめぎ合う。
そんな健夜に気付いたのか京太郎は声を掛ける。

「どうかしたんですか」
「い、いえ、あの、その。お、お礼しないとって思いまして」

どうにか言葉は出せた。だが、あまりにも無残すぎる。

「お礼って。そんなに几帳面にしなくてもいいですよ。たかだか、トイレの前にいただけだし」
「で、でも、私の沽券に関わるし、……ひぃ」

突然、健夜は怯えた声を出す。
何事かと思い京太郎と咲も視線を向けると一人の女性が立っている。
身体はブルブルと震えていて、その表情は青い。今にも倒れそうだ。

「(あれって。……あ、赤土さん、だよね。なんでこんなところにいるの!?)」

そうではない。向こうも私を凝視している。
しかも、顔が青い。身体も震えている。
これは気付かれた。

「(いやあ、もうおしまいだよ!!)」

しかし、健夜は彼女に注視してみると、一向にリアクションが帰ってこない。
ふと健夜の脳裏にひらめく。

「(そ、そうだよ。この距離であんなリアクションしか取らないなんておかしすぎる)」
「(赤土さんは良識のある大人な人みたいだから。きっと見ないふりをしてくれるのかも)」
「(ならば、――)」

同じ視線を向けていた二人に声を掛ける。

「あ、あの、私は用事が入ったんでここで失礼をさせてさせてもらいます!!」
「は、はあ」

京太郎もいまいち要領を得ない返事をする。

「それとちょっと携帯電話を貸してください」
「携帯ですか?」

健夜は京太郎が出した携帯電話をすぐさまひったくり自身の連絡先を交換する。

「私の連絡先を交換しときましたのでまた連絡します」
「お礼は必ずします。絶対しますから!!」

そのまま、健夜は丁寧にお辞儀をしてダッシュで駆けていく。
その様子を京太郎は唖然としながら見送った。

「なんか、嵐みたいだったな。でも、可愛かったなあ、あの人。ああ、そういや、誰かに似てると思ったら小鍛治プロに似てたんだよなあ」
「美人だし、強いし、なんかいかにも大人って感じの雰囲気を漂わせているし」
「むぅ。ほら、京ちゃん。私たちにも行こう」
「って、咲、待てよ。また迷子になるだろ。てか、なんでそんなに不機嫌なんだよ!!」
「知らないっ!!」

京太郎と咲もその場を去る。
そして、残ったのは何も関係なしの一人の女性だけだった。
余談であるが彼女は30分後教え子に発見され保護される。






おまけ

「いやあ、本当にまいっちゃうね。どうして会議なんてあんな堅苦しいんだろう」
「知らない」
「ええと、すこやん? なんでそんなにいじけているの」

不機嫌な声が部屋を駆け巡る。
恒子が帰ってきたときにはすでこうであった。

「確かに、すこやんの服を持っていったのは悪いと思っているけどそこまで不貞腐れる?」
「もうっ。こーこちゃんも少しは反省してよ!!」

健夜はいまだに着替えもせずグデェとして横になっている。

「もう、やだぁ」
「全く、すこやんは真面目すぎるよ。もう少し気を抜いてもいい気がするけどなあ」

何があったかまるで知らない恒子は健夜に軽く言うが健夜には重くのしかかる。
そんなとき、健夜の携帯電話が鳴り響く。

「ほいほい、すこやん。メールだ……」

恒子が止まる。
不審に思った健夜は恒子に目を移す。
無論、恒子に対して注意をするのも忘れない。

「こーこちゃん。もう悪戯はやめてね」
「…………ねえ、すこやん」
「なに?」

恒子の目は携帯電話のサブ画面から離れない。
しかし、目は嬉々としている。
そして、恒子の口から自身が閉口した理由を伝える。

「『須賀京太郎』って誰?」
「ふぁわっ!! どうしてその名前を」

健夜は驚いてその名前に反応をするがその疑問は一瞬にして氷解する。
健夜の手元にあるのだ。彼の名前を知る手がかりが。

「いやあ、すこやんもやるねえ。制服で男をなびかせるなんて」
「な、なびかせるなんて。って、それは前々から、入っていたものだよ!!」
「はい、うそ~。この前に面白半分でチェックしたらそんな名前は無かったものねえ」
「な、何やってるのこーこちゃん!!」
「ほらほら、白状しちゃいなさいって」
「こーこちゃん。いいかげんにしてよーー!!」




おまけ2

照日記

今日は京ちゃんを見かけた。
誰とも一緒ではなかったので追いかけることにする。
どうやら誰かを探しているようだ。
しかし、それとは別に不快そうな目で何かを探している。
もしかしてストーカーだろうか?
だったら、私が何とかしないと。
京ちゃんは優しいしきっと許しちゃうだろう。
でも、京ちゃんはやっぱかっこ可愛いよ。
トイレの前に移動して更に目を凝らしている。
もしかして京ちゃんはそういうのが趣味なのかな。私も、なんとかできるだろうか。
そんな、今後のとこを考えているとそれは突然発生したのだ。
一人の女が京ちゃんにぶつかった。羨ましい。何とも羨ましいものだ。
しかし、そのまますぐにどいて京ちゃんと会話をしてお手洗いに行く。ふん、私なら半刻はそのままにいる自信がある。
その後、咲も来て京ちゃんと談笑している。しかし、あの女はどこのどいつだ。
私が隠れている観葉植物が邪魔でうまく見えない。これではかちこみにもいけないじゃないか。
そのあと、ソイツは一人の女性を見た後、慌て始める。コーチだろうか?
とりあえず、そろそろばれそうだったので別の場所に移る。
そして、あの女はもういなく京ちゃんたちが去った後は、あの女がいただけ。
30分ほど経過してあの女性の関係者が現れたようだ。ツーサイドアップと小さいショートヘアーだ。
尾行をしてみると阿知賀と判明。つまり、あの女もここ?
そんな予測を立てて今日は終了した。
阿知賀か。このままならもしかしたらあたるかもしれん。
そのときは……ふふ。
京ちゃんの貞操は私が護る

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