好きになってはいけない。
始めから解ってた。

京太郎「つー……」

豊音「きゃっ……く、くすぐったいよー京太郎くん……」てれてれ

裸の私の背骨のカーブをなぞる彼の指の感触を、次に味わえるのはいつになるだろう。
何か間違いがあって、今日は彼が帰らなくてよくなった、なんて事があればいいのに。
いけないな。どうしても未練が残っちゃう。
でも私は、彼と訣別しなくてはならない。

京太郎「かわいいなー……豊音、好きだよ」

豊音「えへ……♪ そ、その言葉、やめてほしいよー」

京太郎「どうして?」

豊音「……好きになりすぎちゃうから」

京太郎「構わないだろ。俺は豊音のものだ」

京太郎「豊音が卒業したら、もっと会えるようになるし、俺が卒業したら、尚更」

京太郎「……そうだろ?」

豊音「……うん」

嘘。
彼には帰る場所がある。
それは、お互いが承知の上だった。
彼には恋人がいる。
地元、長野に。私もインハイで対戦したことがあるから知っている。
あの一年生の子。彼の前では凄く違う感じになってた。
終わったあと、二人がキスしてるところを見たこともある。これは彼は知らないだろうけど。


京太郎「信じてないのか?」

豊音「信じてるよ……でも、考えちゃうんだー」

豊音「私は、あの子から君を……」

寝取ったから。
恋人がいると知っていながら、誘ったから。
逃げ道、失くさせたから。

豊音「京太郎くんが、私を好きで居続けてくれるのかな」

豊音「もしかしたら、火遊びなのかな」

豊音「あの子とは本当は別れてないのかな? もし別れてたとしても」

豊音「京太郎くんに寄り付かない女の子はいないだろうしーっ、て」

豊音「考えて、ちょー不安になっちゃうんだー……」

もっとはやく貴方に会えていたら、違ったのかな。
心を通わせることが出来てたのかな。
こうして不安を彼にぶつけることもなかったのかな。
京太郎くん、失望したかな。
貴方を愛してるのに信じていない、私の愚かさに失望したかな。

覚悟は出来てる。
私は、彼を好きになってはいけなかった。
苦しむことは解ってた。
彼にとって私は呪い。
幼なじみとの間に亀裂を生ませた私から、いい加減解放されたいだろう。
いいよ。

豊音「無理、して来なくても、いいんだよー……京太郎くん」

京太郎「え……?」

豊音「私みたいなのより、ふさわしい子が、京太郎くんにはいるよ」

豊音「ちょー辛いけど」

豊音「今日で、お別れにしよ……?」

言えた。
やった。言えた。

京太郎「は……? えっ……?」

京太郎「ど、どういうことだよ!? 俺は今、豊音にフラれてるのか……!?」がばっ

京太郎「そんな雰囲気じゃ、無かったよな……? い、いや……」

京太郎「とよね? 嘘だろ?」

豊音「嘘じゃ、ないよー」

豊音「京太郎くんとは、今日で、お別れ」

京太郎「なっ……」

京太郎「どうして!! 俺の何がいけなかったんだ!?」

彼が、棚の上の写真を指差す。
私と京太郎くんが二人で旅行に行った時に撮ったツーショット。
それを見て、私は簡単に揺らぎそうになった。

京太郎「な、なあ、豊音……直すから! 俺、お前好みの男になるから!!」ぽつっ

京太郎「お、俺を……捨てないでくれ、とよねぇ……」ぽろぽろ

豊音「……優しいんだー」

豊音「京太郎くん、私のために泣いてくれてるの?」つー

豊音「あはっ……でも、こういう辛いことも、今日で、お、おしまいだよー」ぽろぽろ

京太郎「嫌だっ!! 別れたくない!!」

京太郎「豊音は俺のものだ」

京太郎「そして俺は豊音のものなんだ」

京太郎「一生そうだろ!? 違うのか!? 豊音は、俺を嫌いになったのか!?」ぶんぶん

京太郎くんの両手が、私の両肩を掴んで、激しく揺らす。
……京太郎くんが、こんなに泣き顔を曝すところを、私は初めて見た。

豊音「嫌いになんか、なるわけないよー……」ぽろぽろ

豊音「でも京太郎くんと居ると、辛いんだー……」

豊音「さっき言った不安の波が押し寄せて、潰されそうになっちゃう」

豊音「ごめんね、京太郎くん……だから、お別れだよー……」

京太郎「なん……だっ……て?」

京太郎「豊音は、不安だから俺を捨てるのか?」

豊音「捨てるんじゃないよ。解放するの」

豊音「私みたいな女、京太郎くんには釣り合ってなかったんだよー……」

京太郎「……」


京太郎「ふざけるなっ!!!」


豊音「っ!」びくっ


いつも温厚を崩さない彼の、怒鳴り声。
……初めて聞いた。

京太郎「豊音……ふざけるなよ」

京太郎「鎖で俺を縛り付けてないから不安で別れますって? ふざけるのも大概にしろ」

京太郎「お前は俺をさらっていったんだ」

京太郎「適当に生きてきた俺は、お前に触れて変わった」

京太郎「人生が輝きだしたんだ。お前のおかげだ、豊音」

京太郎「別れるなんて勝手なこと、許さねえ」

京太郎「責任取れよ」ぐいっ

彼が私の頭を掴み、強引に手繰り寄せ……
私は唇を奪われる。
強く掴まれていて、押し離すことは出来なかった。

豊音「……ぷはっ」

京太郎「咲とは別れたよ」

京太郎「言葉だけじゃ納得出来ないってんなら……」

京太郎「俺は故郷を捨てるよ。ずっと此処に居る」

豊音「……! そ、そんな……それは、駄目だよっ……!」

京太郎「じゃあ証を残そうか」すっ

そういって京太郎くんは、彼の鎖骨と鎖骨の間の皮膚を、爪で思い切り裂いた。

豊音「っ!?」

傷痕が残りそうなくらい深く、引き裂かれている。
京太郎くんの胸やお腹に血が流れて赤い川をつくる。
私が絶句していると、京太郎くんは何ともないように微笑み、私の頭を撫でた。

京太郎「舐めてくれ。豊音」にこっ

豊音「!!?」

少し怖いと思ったのに、逆らえない。
どうしてだろう。
今の私……何で、嬉しいって思ってるんだろう?

豊音「……」ぺろっ

豊音「……」ぺろぺろ

豊音(なにこれ……ちょー美味しいよー……♪)ちゅー

豊音(はっ……!)

京太郎「俺の血杯を仰いだんだ。一生失わない繋がりだよ」

京太郎「豊音、まだ不安はあるか?」

京太郎くんは、私のことを本気で想ってくれている。その心が身にしみる。
私を信じてくれている。だからこうして会ってくれているんだ。
京太郎くんが此処に居る理由を理解したとき、私は、自分の胸に欠片の不安も無いことに気付いた。


豊音「ううん! 全く!」

京太郎「……そっか」にこ


馬鹿な女だね、私。さっきまでの悩みなんて飛んでいっちゃった。
そして漸く、京太郎くんと、本当の意味で繋がれたんだね。
色々な想いが溢れてくる。私は少し、まともに喋れないくらいに泣く時間が必要だった。


──

駅前。
次に彼と会えるのはいつになるだろう。
いつでもいいや。
今の私は、いつまでも待てるような気がしてる。

豊音「京太郎くん♪」すりすり

京太郎「やっ、やめろよ……こんなとこで、恥ずかしいなー……」てれてれ

豊音「えへへっ……♪ 誰もいないから安心だよー……♪」

豊音「京太郎くん。今日は自分勝手で、しょーもない理由で色々喚いちゃって、ごめんね……?」

京太郎「……気にするなよ。どっちかっていうと喚いてたのは俺の方だし、遠距離恋愛の宿命だろ、多分」

豊音「京太郎くん……やばいよー……ちょー好きだよー……愛してるよー……♪」

京太郎「俺もあ、あ、あ……めちゃくちゃ好きだよ、豊音」

京太郎(なんでここでへたれるんだ俺……なっさけねーなぁ……)ぽりぽり


電車がやってくる。
彼が電車に乗り、距離を隔てても、もう心が切れることはない。
ドアが閉まる前に、おもいっきり京太郎くんにキスをした。

豊音「京太郎くんの心が何処にも行かないように♪」

京太郎「ずっと豊音の側にいるようになってるんだ」

豊音「えへっ……♪」

京太郎「豊音、また会おうな。卒業したら……一緒に暮らそう!」

豊音「……! うんっ! 京太郎くん、待ってるよー……!」


電車が見えなくなってもしばらく、私は手を振り続けた。
京太郎くんと結婚する日が、ちょー楽しみだよー……♪



カンッ