病室とは何処でも白を基調としている。

それは埃や汚れを見やすくする、という理由と清潔であると見る者に分かり易くアピールする為だ。

そんな病室の中に、1人の患者がいた。

あまりにも、白く、儚げな女性である。

髪の黒さが、その肌が白いことを一層際立てている。

目は開いているが、ぼうっとしてるのか集点があってない。

胸は静かに上下し、生きてるサインを発信していた。

あまりにも、弱々しく。

(身体が弱くて幾数年)

ふと、自身の事を思い返してみる。

(まさかここまで深刻になるとはな・・・)

最初はここまでにはならないようなものだった。

発作はあるものの、一般生活は薬と休養があれば可能なレベル。

社会に出て、暫くしてからだった。

様態が急変しだしたのは。

(意識もある、呼吸もできるのに・・・)

「う・・・あ・・・」

掠れた、あまりにも弱々しく、寂しげな声。

自分が出したものだとは信じたくない。

ここで更に自覚すると本格的に呼吸器が必要になりそうな気がしてならないのだ。

(身体も動かへん・・・声も・・・アカンか・・・)

全身の筋肉が衰え、肺の機能が呼吸のみで限界。

脳や内蔵に異常は無いものの、心臓にいつ負担がかかるか分からない。

それが彼女―西園寺怜の様態である。

(せやけど、まぁ満足できる人生だったんちゃうん?)

だが彼女はこれで仕方ないと考える。

生まれて病弱であった毎日、どこかでこうなると予感はしていた。

それが早いか、遅いかだけのことだ、と。

(高校でインハイ行って、大学からは彼氏できて、友達も親友も高校とインハイの繋がりで沢山できた)

麻雀でちょっとしたオカルトに目覚め、IHでは団体準決勝まで行けた。

思い返せば、あの時の試合が引き金だったのだろうか?

いや確認する意味は無い、一要因が抜けたところで結果は変わらなかっただろう。

(ま・・・初体験はできへんかったけどな)

大学時代、サークルの男子後輩と付き合い始めた。

麻雀はそこそこだったが、明るくてノリも良く、男女分け隔て無い付き合いもする。

なんで好きになったかは、ちょっとど忘れしてしまった為か、思い出せない。

ただ、スケベで巨乳好きだったのは覚えてる。

(あいつ・・・どないしとるかなぁ・・・)

それでも好きだった。

身体が弱い彼女のことを気遣い、キス以上を求めなかった彼をヘタレと呼ぶのはお門違いであり、美点である。

(案外ウチが死んだらりゅーかとくっついたりなぁ)

親友で、彼とも交流があった清水谷竜華のことを思い出し、その後を予想してみる。

先のことを浮かべてみるのは得意だった。
以前から交流もあるし、自分が亡くなることが切欠になりうるだろう。

(んで子供に怜と名付けて・・・)

自分が死ぬのは確定的、匙を投げ出した医者は国士無双13面待ちと良い勝負だろうか。

あの二人ならやるだろう、なんせ親友と彼氏の性格からしてやらないはずがない。

その時ー

ツー、と頬を辿る小さな液体の感触があった。

(あ・・・うち、泣いとるんか・・・?)

まだ眼から水分が出せるとは驚きだ、と思う。

(何を今更・・・)

そう、物心ついた時から病は常に彼女の隣にいた。

「・・・い・・・ぁ・・・」

その反対側には、鎌を持った黒衣の農夫がいた。

(今更・・・)

全て最初から、西城寺怜という存在が生まれてから決まっていたこと。

「い・・・やぁ・・・」

だというのにー

(・・・嫌)
(やっぱり嫌や・・・そんなんダメや・・・!)

否定・恐怖・悲しみ・苦しみ・嫉妬・愛情・憎しみ・愛欲・渇望が、一気に溢れ出す。

(京太郎が誰かと付き合って欲しくない!)

それは自身が予見した未来の否定。

(ウチだけを見て欲しい!ウチと一緒にいてほしい!)

彼に愛されたいという欲望。
彼を愛したいという愛欲。

(せやけど・・・!せやけど・・・!)

だがそれは叶わない。
手に入らないことが分かってる故の恐怖。彼がいない悲しみ。
彼が別へ行ってしまう苦しみ。

「ぁ・・・ぁぁ・・・」

身体に対する憎しみ。
健常者への嫉妬。
健康でありたいという渇望。

(この身体が憎い・・・今まで以上に・・・!)

今までどこにこれだけの水分があったのだろうか。

流れ出す哀しみの涙は止まらない。
未来への恐怖が止まらない。

止まらない、止まらない、止まらない。

掠れた声が、更に弱々しくなって、もはや慟哭などではない。

ただの泣き声が、小さな白い病室に響くことなく消えていくだけだった。

「・・・生きるってしんどいですよね。」

あまりに、唐突。

思わず首を声のする方へ向けようとするが、顔が少し揺れる程度に過ぎず、半分も見えない。

「目の前で、好きな人が苦しんでるのに、何も出来なくて。」

(あ・・・この声・・・)

しかし、耳はそれをしっかり聞き取っていた。

そして、思い出す。声の人物を。

愛しき人を。

掠れる声を、振り絞って呼ぶ。

「・・・ぉ・・・ぁ・・・ぉぉ・・・」(京太郎・・・)

金髪だというのに、おちゃらけた雰囲気も無く、ただただ真摯な顔でいる青年が白衣を身にまとい、立っていた。

「どうにかしたくて、必死こいてやっとこ此処まで来ました。」

「怜さん、遅れました。すみません。」

謝罪を意味するのは、会いに来る事であろうか。

「京太郎君、今からか!?」

「患者の、彼女の体力があるうちにやらないと本当に手遅れになります。時間との勝負ですよ。」

担当医の声も響き、今彼がなんと呼ばれたか判断するよりも、今は彼を見ていたかった。

今、此処に彼が、京太郎が来てくれている。

それだけで、一時とはいえ幸せな脈動が、静かだった心臓がトクンと鳴いたような音が聞こえてくる。

(なんや、白衣なんか着て・・・担当のセンセに随分エラソーな口きいとるやないか・・・)

金髪の癖に白衣とは似合わないものだ。

不真面目なイメージが先考して、医師とは呼びにくい。

しかし胸にしっかりと身分を表すバッチには、その白衣を着る資格があると示している。

(あぁ、でも相変わらずええ顔しとる・・・)

そうだ。

この真剣で、真っ直ぐな表情。

感情が素直に顔に出て来る奴なのに、心配する時は真剣で。

笑う時は本当に楽しそうに、麻雀をしていた時は男の表情だった。

これに惚れたんだっけか、自分。

「怜さん。」

(はいな。)

手のひらに、体温が感じられた。

京太郎が握り、その温度は優しく温かなもの。

単純なことだというのに、幸せの脈動がまた鳴り始める。

「俺に、その命。預けて下さい」

一巡先、未来は見ない。

多分、これから先は使わないだろう。

(・・・あぁ、ええよ。)

分かり切ってることを見るのは野暮というものだ。



医療界にて、奇跡の腕を持つ医師。
Kと呼ばれた人物がいた。
彼の隣には、常にある女性がいた。
妻であるその人物が、かつて患者であったこと。
また、病弱であったことを知る人は極めて少ない。
ましてや、彼が医療の道を歩み出した理由であったことすらも。

カンッ