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    ――7月中旬 教室


    7月中旬に差し掛かり、夏休みを期待するあの独特のゆるい雰囲気が学校を包むようになってきた

    そして今は4限目の授業中

    しかし先生のもその空気に当てられたのか、後半はほとんど雑談である



    先生「おっ、もうこんな時間か。では授業は終わりにする」



    教室を出て行く先生を見送っていると、見知った2人が廊下を歩いているのが見えた

    その2人はなぜか俺のクラスメイトに話しかけている、何か用だろうか?



    「熊倉くーん、お客さんだよー!」

    部長「悪いがちょっと来てくれ」

    副部長「ごめんね貴重なお昼の時間に」

    「え、あれだれ?」

    「なんちゅー胸しとるんや、うちへの当てつけか」

    「ちっ、女かよ……」



    流石我が部の美人二人組み。教室に現れただけでこの騒ぎようだ



    京太郎「どうかしたんですか?」

    「もしかして、熊倉君の彼女かな?」

    「なに!?うちとは遊びやったんかー!」

    「俺の方が絶対気持ちよくしてやれるのになあ」



    なにやら一部物騒な言葉が聞こえたが、気にしない



    部長「時間がもったいないから簡単に説明するな」

    部長「実はインターハイに向けて一緒に合宿を行ってくれる高校を探していたんだが…」

    副部長「今朝連絡があってね、やっと見つかったのよ」


    部長「場所はうちの高校の合宿所を使う予定なんだが、色々買わないといけないものもあるんだ」



    あー何だか嫌な予感がするぞ、雑用的な意味で



    部長「そこでだ、ここに書いてあるものを買ってきて欲しいんだ」



    ほらきたやっぱり



    副部長「悪いとは思うんだけど、私たち他にもやらなきゃいけないことがあって…」

    部長「重いものもあるから、他の者にも頼めないんだ」

    京太郎「それなら宅配便を使えばいいのでは?」

    部長「残念だがうちの高校はそこまでお金を出してくれないんだ」



    うーむ別に構わないが



    部長「だ、ダメか?///」ウワメヅカイ

    京太郎「」キュン

    副部長「ね、お願い///」ムニュ



    おおおお、おも、おもちが、あたたたたたたたたたた



    京太郎「……」

    京太郎「はい!喜んで!!」イケメンスマイル

    副部長「ほんとう!?ありがとう!」

    京太郎「お二人のためなら何だってしちゃいますよ~」デレデレ

    ___________

    _____________

    ___


    ふぅー、危うく教室で昇天するとこだったぜ

    しかし副部長のおもち柔らかかったなぁ、世界文化遺産に指定するべきだよあれは



    「「………………」」



    アレ?なんだかクラスの様子がおかしいぞ



    京太郎「小鍛治ー、昼飯食べようぜ」

    小鍛治「……」プイッ



    あ、あれ、俺なにかしましたっけ?



    「熊倉くん、あれはないんじゃないのかな」

    京太郎「へっ?」

    「小鍛治さんかわいそう…」

    「彼女を放置して他の人とイチャイチャするなんて…」

    京太郎「い、いや、小鍛治と俺はそんなんじゃ――」

    「この、鬼、悪魔、京太郎!」

    「胸か!?やっぱり胸が大事なんか!!このケダモノ!!」

    京太郎「……」

    「彼女と胸、どっちが大切なの!」

    「変態!変態ッ!!変態ッッ!!!」

    京太郎「……」

    京太郎「ちくしょー!さっきから好き勝手言いやがって!だったら俺も言わせてもらうぜ!」

    京太郎「貴様ら女子連中はおもちの何たるかを理解していない」

    京太郎「おもちはただの脂肪の塊にあらず!!愛なんだよ愛!!愛そのもの!!」

    京太郎「それを今から貴様ら凡俗にも分かるように説明してやる!!心して聴けい!!」

    京太郎「まずは――」

    _________

    _____

    __


    20分後

    京太郎「――というわけだ、分かったかっ!!」クドクド

    女子「「……………」」


    「小鍛治さん、こんな変態とお昼なんてやめて私たちと一緒に食べよ?」

    小鍛治「え、いいの?」

    「もちろんだよ、こっち来て」

    「なんか近くによると妊娠しちゃいそうだしね」

    小鍛治「う、うん、ありがと///」チラ

    京太郎「……」



    まーたこのパターンか……女子社会はきびしいや



    「おー彼女取られちゃったか、ならこっちで俺達と食おうぜ!」

    京太郎「だから小鍛治は彼女じゃねーって」

    「まー知ってるけどね」



    ちくしょう、こいつら



    「…でさ、一つ聞きたいことあるんだけどいいか?」

    京太郎「おう、なんだ?」

    「さっきの胸の感触教えてくれ」

    京太郎「しね」



    久しぶりに男子と昼飯を食べた。女子からのキツイ眼差しも一緒だったけど

    ま、でも



    小鍛治『そ、そんなんじゃないって!』キャッキャッ



    小鍛治が楽しそうだから良しとするか



    ――7月下旬 合宿初日


    夏休みに入り、インターハイに向けて最終調整に入る――合宿だ

    なにやら相手先は島根県の女子高らしい、遠路はるばるご苦労なこって

    ちなみにその高校は県の代表校ではないらしいので、練習試合はオッケーだそうだ



    副部長「あら、来たわね」



    校門前で待っていると、10人ほどの集団が向こうからやってきた

    部長「朝酌女子高校の方々ですね、遠いところからはるばるお越しいただきありがとうございます」



    「ご丁寧にどうもありがとうございます。3日間ですがどうぞよろしくお願いします」



    互いに挨拶している間、他の部員を見てみた

    とりあえず目に付いたのは3人だ

    黒髪ロングの子、金髪のセミロングの子、やや幼い顔立ちの子

    特に童顔の子は実にいい…なぜって?おもちが大きいからに決まってるだろう



    童顔の子「」ニコッ



    ゲスなことを考えてると微笑まれた、しにたい



    -----------------------



    合宿所などの設備の案内が終わり、さっそく合同練習となった

    まあ実戦形式で打つだけなんですけどね

    しかし全く知らない人と打つのはなかなか勉強になる

    そして確実に強くなってることが実感できる

    もう飛ぶことなんてほとんどないし、隙あらば上位にだって食い込める

    だけどこんなんじゃ足りない。もっと強くなりたい。誰よりも、もっと、もっと――



    童顔の子「きみけっこう強いんだね」

    京太郎「!!」

    童顔の子「驚かせちゃったかな?」

    京太郎「い、いえ…大丈夫です」

    童顔の子「敬語はいいよ、同い年なんだから。ねっ、熊倉京太郎くん」

    京太郎「よく覚えてるね」



    さっき全体で簡単に自己紹介したのだが…俺はほとんど聞いていませんでした



    童顔の子「たった一人の男子部員だったし、なんとなくね」

    京太郎「ありがとう」


    童顔の子「ふふ、どういたしまして。じゃあ私の名前は?」

    京太郎「……ごめん、正直言って忘れてしまいました」

    童顔の子「そうだろうと思った。私は朝酌女子高校1年の―」





    童顔の子「瑞原はやり、だよ☆」






    京太郎「」

    京太郎「ほげっ!」

    京太郎「……瑞原はやり(28)…さん?」

    はやり(16)「なんで敬語なのかな?」

    京太郎「あ、間違えた」

    京太郎「……瑞原はやり(16)…さん?」

    はやり(16)「なんで二回も!?」

    京太郎「い、いや…だってねえ?」



    確かにそうだ、どことなく雰囲気が瑞原プロに似ている

    幼い顔立ちに、その自己主張するおもち…まだ発達段階だけど、間違いない


    つーかこれって偶然か?

    どちらにしろ、ここは慎重に対応したほうが良さそうだ



    はやり(16)「どうしたの?」

    京太郎「いや、なんでもないよ。それよりも一緒に打とうぜ」

    はやり(16)「うん!」


    __________

    ______

    __


    とりあえず今日の練習が終わった。あとは飯食って寝るだけだ

    慣れない環境だったせいか思ったより疲れたが、勉強にもなった



    小鍛治「おつかれさま」

    京太郎「おう、おつかれさま」

    小鍛治「えと…さっきさ、朝酌の子としゃべってたけど」

    京太郎「ああ、瑞原さん?」

    小鍛治「うん…それで、何の話をしてたのかなあって思って」

    京太郎「ああ、簡単に自己紹介して一緒に打っただけだよ」

    小鍛治「本当に?なんかちょっと…」

    京太郎「ん?どうかしたのか」

    小鍛治「…いや、なんでもない」シュン

    京太郎「?」

    小鍛治「それより夜ご飯の準備しよ」

    京太郎「お、おう」



    少し小鍛治の様子がおかしかったが、その後はいつも通りだった

    ご飯を食べた後、皆お風呂に入ったが、お約束の覗きなんてしておりません

    というか俺以外女子のこの環境で覗きがばれたりしたら村八分じゃすまないからね、仕方がない

    で、今俺達は広間でくつろいでいるのだが、朝酌の子の何人かが俺に話しかけてきた



    「ねえ、君。熊倉京太郎くんだっけ?ちょっとお話しようよ」

    京太郎「はあ…いいですけど」

    「ありがと。それでさ熊倉くんって彼女いるの?」


    小鍛治『あわわわわ』ガクガクガク

    部員2『どうしたの、すこやんの番だよ?』


    京太郎「うぇっ!な、なんですかいきなり!?」

    「えー?ほら私たち女子高だからさ、共学の男子ってどうなのかなーって気になって」

    京太郎「はぁー、残念ながらいませんよ」

    「そうなの!?熊倉くんってけっこうモテそうなのにー、もったいなーい」

    京太郎「そうだったら良かったんですけどねえ…」

    「じゃあさ、私と付き合ってみる?」


    小鍛治『ぶほっ!』ビチャ

    部員1『ちょ、きたな!』


    京太郎「ほんとですか!」ガタッ

    「うそでーす」テヘッ

    京太郎「まあ、分かってましたけどね…」

    京太郎「伊達に彼女いない歴=年齢じゃないですから」

    「あっ、なんかごめん…」

    「私は男子の好みとか聞いてみたいな、女子高にいるとそういうの分からないし」

    京太郎「そのくらいなら構わないですけど、もうからかうのは無しですよ?」


    小鍛治『うぅ…』チラチラ

    部員2『すこやんも話しに加わればいいのに…』




    ――7月下旬 合宿2日目

    今日も昨日に引き続き、朝から麻雀、麻雀、麻雀だ

    ただ朝酌の子と打つたびに、小鍛治がこちらをジロジロ見てきて少々やりずらかったが…

    そして午後3時を過ぎ、練習も一通り終わった頃



    副部長「ねえ、京太郎くん。悪いんだけどいいかしら?」

    京太郎「ええ、なんでしょう?」

    副部長「実はね、夜の食材なんだけど思った以上に減りが早くてね。追加の分を買ってきてもらいたいの」

    京太郎「いいですよ。でも一人だと流石に持っていけないんで何人か欲しいんですが…」

    副部長「そうねえ、だったら――」


    小鍛治「ハイ、ハイ!なら私行きます!!」クワッ



    あれ小鍛治さんいましたっけ!?



    副部長「あらそう?ありがとうすこやん」

    「そういうことなら、うちのを一人持っていっても構いませんよ」



    向こうの部長さんだ

    副部長「いいんですか?ありがとうございます」

    「おっ!ちょうどいい、瑞原こっちに来てくれ」

    はやり「はい、どうかしましたか?」

    「食材の買出しに一緒に行って来てもらいたいんだが、いいか?」

    はやり「部長の頼みとあらば!」

    「そうか、よろしく頼むぞ」

    はやり「はい!」

    小鍛治「むぅ…」



    とりあえず3人で駅前のスーパーに来た

    というか駅前まで行かないと基本何もないからね、ここらへん


    はやり「茨城ってけっこう栄えてるんだねー、こんなになってるの初めて見たよ」

    京太郎「え、いたって普通だと思うけど」

    はやり「そうなの?私の地元だと駅に行くにもひと苦労するくらいだしね」

    京太郎「へえー。えっと確か瑞原さんって島根だっけ。島根ってそんなになにも無いの?」

    はやり「まあ基本的にはなにも無いかなー、でもその代わり自然はほんとにきれいだけどね」

    京太郎「やっぱりそんな感じなんだ」

    はやり「そんな感じとは失礼な!」

    京太郎「はは、ごめんごめん」

    小鍛治「……」

    京太郎「……ん?どうした小鍛治さっきから」

    小鍛治「なんでもない、さっさと買い物済ませちゃおう!」プイッ

    京太郎「あ、ああ」


    はやり「……ふーむ、なるほどね」ボソ



    買い物を済ませるとかなりの量になったが3人もいれば割と余裕だ

    時計を見るとまだ時間に少し余裕がある



    はやり「まだ時間あるから、あそこのデパート見に行きたいんだけどいいかな?」

    京太郎「いいんじゃないか、なあ小鍛治?」

    小鍛治「わ、私は別にどっちでも…」ゴニョゴニョ

    はやり「じゃあ行こう小鍛治さん、ほらっ!」グイッ

    小鍛治「わわっ!引っ張らなくていいから!?」



    ~服飾店

    はやり「どうどう?熊倉くん似合ってるかな?」

    京太郎「ああ、なかなかいいんじゃなか」

    はやり「ふふ、ありがと」

    京太郎「でもそんな服、買うお金なんてあるのか?」

    はやり「あるわけないじゃん、いわゆるウインドウショッピングだよ」

    京太郎「ウインドウショッピングねえ……楽しいものなのか?」

    はやり「熊倉くんは女の子の気持ちがよく分かってないみたいだね……」チラ

    小鍛治「……」ハァ

    京太郎「?」


    はやり「小鍛治さん、こんなのどうかな?」

    小鍛治「えっ!わ、私ですか?」

    はやり「ほらほら敬語はいいから。きっと似合うよ」

    小鍛治「で、でも、私…こんな派手なの着ないし…」

    はやり「別に買うわけじゃないんだから、それに熊倉くんも見てみたいでしょ?」

    京太郎「おお、まあ見てみたいかな」

    小鍛治「そ、そう?//じゃあ着てみようかな…」



    しばらくすると…



    小鍛治「ど、どうかな///」

    京太郎「うーむ」

    小鍛治「///」

    京太郎「意外と似合ってるんじゃないか」

    はやり「うんうん」

    小鍛治「意外とは余計だよっ!?」

    はやり「じゃあ次はこんなのどう?」




    ~雑貨店

    ひと通り服を見た後は雑貨店に来た

    女の子ってこういうところ好きだよね。男の俺にはよく分からないけど



    はやり「ねえねえ見てこれ、かわいー」

    小鍛治「え、そう。私はこっちの方が好きかな」

    はやり「ええー、熊倉くんはどう思う?」

    京太郎「どちらともよろしいんではないかと」

    はやり「適当だね」

    小鍛治「京太郎くんに気の利いたセリフを期待するほうが間違いだよ」

    京太郎「ひどい言われよう」



    だいたいお店を見終わり、さあ帰ろうということになった

    エスカレーターで1階まで降りてきたところで、突然瑞原さんが俺に荷物を預けてきた



    はやり「あー、ちょっと待っててね」モジモジ

    京太郎「え、どこ行くんだ?」

    小鍛治「ばかっ」バシッ

    京太郎「いてっ!何すんだよいきなり!」

    小鍛治「さ、このアホは無視して早く行ってきて」

    はやり「…ありがとう、小鍛治さん」



    そう言うと瑞原さんはどこか行ってしまった



    小鍛治「もう!京太郎くんはデリカシーないんだから」

    京太郎「デリカシー?……ああ、そういことか」

    小鍛治「今度から気をつけてね、まったく」



    流石にアレだけじゃわかんねえよ。女子の空気を読む能力は異常


    瑞原さんが戻るまでの間、特にすることもないので、周りの店を見回してみる

    やはりというか…どこのデパートでも同じだと思うが、1階はやはり宝飾品など女性向けのものばかりだ

    なんで出入り口である1階にこの手のお店を置くのだろう?

    男性客が入りづらくなるだけだと思うのは俺だけだろうか?



    京太郎「あれ、小鍛治はどこ行った」



    くだらないことを考えているうちに小鍛治もどこかに行ってしまった

    辺りを見回すと、黒髪の女の子が宝飾品店の品物をじっくりと眺めている

    何を見ているのか興味が湧いたので、後ろからこっそり覗いてみる


    シルバーのチェーンに薄い青と透明の宝石(アクアマリンとダイアモンドか?)があしらわれている

    シンプルだがなかなか綺麗なネックレスだ。ついでに値段はと……



    京太郎「5万か……ちょっと高いな」ボソ


    小鍛治「わっ、いたの!?」

    京太郎「いたのとは失礼なやつだな」

    小鍛治「ご、ごめん」

    京太郎「…小鍛治もこういうの興味あるのか?」

    小鍛治「私だって一応女の子だよ!?興味ぐらいあるよ」

    京太郎「じゃあ、試着してみれば?」

    小鍛治「え……いや、いいや。気に入ったらほんとに欲しくなっちゃうから」

    京太郎「ふーん、そんなもんか」

    小鍛治「そんなもんだよ」


    はやり「ごめんお待たせー」

    京太郎「お、来たか。じゃあ、帰ろうぜ」

    小鍛治「…うん」




    ――7月下旬 合宿最終日

    特に問題も無く最終日の練習を終了した

    俺はインターハイに出場するわけではないけど、とても実りあるものだったと思う


    そういや今気付いたけど、俺合宿するの始めてだったんだよな……

    清澄での境遇に比べればここでの俺の扱いは、素晴らしいものといわざる得ない

    元の時代に帰ったら部長はロッカーだな



    部長「3日間練習にお付き合いいただきありがとうございました」

    「いえ、こちらにしてもとてもためになりましたよ」

    「インターハイぜひ頑張って下さい」

    部長「ありがとうございます、気を付けて帰ってください」

    「「ありがとうございましたー!!」」



    一通り挨拶が済むと、瑞原さんがこっちにやってきた

    どうしたのだろう?



    はやり「熊倉くん、最後にちょっといいかな?」

    京太郎「おう、なんだ」

    はやり「えーとね…」

    はやり「女の子の胸を見るのもいいけど、一番大事な子から目を離したらダメだぞっ☆」



    はは、ばれてましたか…恐れ入りました



    京太郎「ありがとう、肝に銘じておくよ」

    京太郎「ついでに俺からも一ついいか」

    はやり「なにかな?」



    28になっても語尾に☆をつけることとか、あの年甲斐の無い衣装とか

    一人称が「はやり」のこととか、うわ…このプロきついとか…

    言いたいことはたくさんあったけど、ひとつだけ



    京太郎「瑞原さんがたとえプロになっても、またいつか俺と麻雀打ってくれないか?」

    はやり「はは、何それ。お安い御用だよ!」

    京太郎「ありがとう、またな」

    はやり「またね」


    _________

    _____

    __


    小鍛治「ねえ、京太郎くん。瑞原さんと最後何の話してたの?」

    京太郎「……うーん、ちょっとした約束をしたんだよ」

    小鍛治「約束?どんな?」

    京太郎「ひ・み・つ」

    小鍛治「うわぁ…きもちわる…」ドンビキ

    京太郎「ひでえ!」

    京太郎「でもそういう小鍛治だって、瑞原さんとなにか話してたじゃないか」

    小鍛治「私はその……お、応援されただけだから//」

    京太郎「瑞原さん偉いなあ…インターハイ頑張らなくちゃな!」

    小鍛治「はあ…そうだね」タメイキ

    京太郎「?」




    ――8月上旬 東京

    部員1「とうちゃーく!」

    部員2「田舎者丸出しだからやめてくれない?」

    副部長「まあいいじゃない、久しぶりの都会なんだから」



    ついにインターハイ出場のため東京までやってきた、実に約半年振りの東京だ

    あらためて辺りを見回すと、以前来た時に比べて明らかにその風景が変わっている

    さすが大都会東京、様変わりするのもかなりの速さだ



    小鍛治「荷物持ちますよ」

    トシ「ありがとう健夜ちゃん、それなら頼もうかねえ」



    驚いたことに今回はトシさんが俺達と同行することになった

    なにやら新しい人材の発掘、またそれとは別にやることが一つあるそうだ



    部長「さあ、さっさと会場に行って抽選を済ませよう。なるべく早く休みたいからな」



    いくら茨城県からとはいえ、電車で2時間近くかかったからな

    部長の言うことももっともだ。正直俺も疲れたので早く休みたい


    -----------------------


    抽選会が終わりトシさん以外皆くたくたで、予約していたホテルに入った

    部屋割りは俺とトシさんが一緒の部屋で、それ以外がまた一部屋となった

    夢も希望も無いね!

    部屋では特にやることもなかったので、早々にベッドの中に入ってしまった

    自分が出るわけでもないのに、緊張してなかなか寝付けなかったのは内緒だ




    ――8月上旬 インターハイ 団体戦一回戦

    いよいよ、インターハイの幕開けとなる団体戦一回戦だ

    各都道府県の代表がぶつかり合うのだ。県予選のときのようにすんなりいくとは思えない

    実際県予選の時にみんなの間にあった、あのゆるい雰囲気は既になくなっている

    小鍛治なんかはその雰囲気に当てられてか、あの時以上に緊張しているようだ

    果たして大丈夫だろうか…

    ________

    ____

    __


    まあいつものように結果だけいうと、今日の初戦はなんとか大丈夫だった

    いつも通り小鍛治に回るまでに1位になり、ある程度点差をつけたのだが、そこは全国大会

    県予選のように3万点差というわけにもいかず約1万点つけるのがやっとだった

    そして、案の定小鍛治は最初はガチガチに緊張して、ほとんど小鍛治銀行状態だった

    しかし後半に入ると何とか調子を取り戻し、オーラスで2位に逆転することができた

    見てるほうもラス前まで3位だったので心臓バックバクだった

    頼むから劇場型クローザーみたいな真似はしないでもらいたいのだが…

    だが跳満以上くらわないのは流石と言うべきかな



    京太郎「お疲れ様、勝ててよかったな」

    小鍛治「……うん、ありがと」

    京太郎「前半はともかく後半の追い上げはすごかったじゃないか」

    小鍛治「…そんなことない、ごめんね」

    京太郎「小鍛治…」



    小鍛治が俺に謝る理由は分かっていた

    県予選が終わって、小鍛治が泣いた後にした俺との約束を果たせなかったからだ

    もう足手まといにならない、俺にかっこいいところ見せる、って






    ――8月上旬 インターハイ 団体戦二回戦

    今日は団体戦二回戦だ

    昨年はここで敗退したとのことなので、みんないつも以上に緊張している

    なにせ会場に向かう途中、誰も言葉を交わさなかったくらいだ

    そして試合前のいつもの部長の言葉が始まる



    部長「さて今日の試合だが、当然これまでより難しいものになると思う」

    部長「なので全員気を引きしめて、試合に臨んで欲しい」

    部長「……」

    部長「というセリフを昨日言おうと考えていたのだが、今日は少し正直になろうと思う」

    部長「もしかしたら私は、そこまで勝ちたいと思っていないのかもしれない」

    部長「みんなと麻雀を打てればそれでいいじゃなかと最近思うようになった」

    部長「でも、子供みたいだが、私はこの祭りをここで終らせたくないとも思ってる」

    部長「だから特に言うこともない。みんな頑張ってくれ」


    部員1「おっ!たまにはいいこと言うじゃん!」

    部長「なにっ!?」

    部員2「まあ、確かにいつものはありきたり過ぎてつまらないけどね」

    部長「」

    健夜「わ、私はいつものも良いと思いますよ?」

    部長「疑問系!?」

    副部長「さあ、みんな行きましょう!」

    「「はい!!」」

    部長「それ、わたしのセリフっ!!」



    大事な試合なのに最後まで締まらない

    まあ、俺達らしいといえばそうなのかな?

    さあ、俺も頑張って応援するか


    部長の演説の後、俺はトシさんに誘われて、控え室ではなく観客席から一緒に試合を見ている

    さすが二回戦と言うべきか、部長と副部長ですらぎりぎりプラス収支がやっとで、他の2人はマイナスとなった

    結果的に大将戦までに10万点を切る格好となってしまい、順位は現在3位だ



    京太郎「トシさん、正直言ってどう思う?」

    トシ「かなり厳しいね、2位との差は約2万、1位とは約3万。普通に考えれば無理だろうね」

    トシ「最悪、4位のトビで終了…なんてこともあるかも」

    京太郎「まあそうだよな…」


    トシ「ただ――」

    京太郎「ただ?」

    トシ「…いやなんでもないよ。健夜ちゃんの応援、ちゃんとしてあげなさい」

    京太郎「うん」



    いよいよ、運命の大将戦が始まった

    いつも通りとはいかないが今日は始めからちゃんと打ててる

    だからといって2位との差はなかなかつけられない

    俺の見立てでは、そもそもこの4人はほとんど実力差がない

    よほどの強運に恵まれない限り追いつくのが難しいのは明らかだ


    そして、点差を埋められないまま南入

    小鍛治……


    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


    ―小鍛治健夜


    この人たち強い…このままだと絶対に追いつけない

    いや、追いつくことはおろか、4位になることさえ考えられるよ…


    負ける?

    ここで負けるの?


    嫌だ…私だってもっとここで打ちたい

    まだみんなに恩返しだってしていない


    いままで生きてきて、ほとんどずっと一人ぼっちだった

    いつも自分の席で本を読んで、周りから壁を一枚隔てて過ごしてきた

    本と家族だけが、私にとっての世界そのものだった

    高校に入っても変わるわけないって思ってた


    けどそんな私みたいな人間に、興味をもって話しかけてくれる男の子がひとりいた

    今までもそんな人は何人かいた。けど最後にはみんな私から離れていった


    それでも彼は私をあきらめないでいてくれた

    そして部活に誘われて、入部して……

    初めて学校に自分の居場所ができた気がする

    初めて文化祭を友達と回って、初めて他人に褒められて、初めて友達とお昼ご飯を食べた

    いつの間にかあの分厚い壁がなくなっていた。世界がこんなにも綺麗なことを初めて知った


    でも私は、まだ彼らになにもしていない。なにもできていない

    こんなにも感謝してるのに…


    だからここで先輩達の夢を終らせるわけにはいかない!

    そして何より、京太郎くんとの約束は果たさないといけない!!


    私のかっこいいところ、見せてやるんだっ!!!














    ゴッ!


    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



    ビキッ

    トシ「おや…」

    京太郎「ど、どうしたの?モノクルが…急に……」

    トシ「ああ、何ともないよ。久しぶりで驚いただけさ」ニヤ

    京太郎「?」

    トシ「ふふ、なるほどね…ここから先は1秒だって見逃したらだめだよ」

    京太郎「えっ?」


    小鍛治『ロン、6400』


    京太郎「やった!」


    トシ「いや、まだだよ」


    小鍛治『ツモ、6000・3000』


    京太郎「よっしゃあ!運が向いたきた、いけるぞ!」

    トシ「運?それは違うよ」

    京太郎「どういうことですか?」

    トシ「あれが健夜ちゃんの本当の実力さ」

    京太郎「ああ…」



    そうか…なるほど。これが小鍛治の…いや小鍛治プロのオカルト能力



    小鍛治『ツモ、4000オール』


    京太郎「これで2位、後は耐えさえすれば…」

    トシ「耐える…?」


    小鍛治『カン』


    トシ「その必要はないよ」


    小鍛治『カン』


    トシ「なにせ健夜ちゃんが狙っているのは」


    小鍛治『カン』


    トシ「1位になることだけだからね」


    小鍛治『嶺上ツモ――』



    京太郎「だ、大三元…役満。捲った…!」

    トシ「これは本物だねえ」

    京太郎「か、かっけえ…」


    _________

    _____

    __


    部長「なんと言っていいのか…とにかくありがとう」

    部員1「あの状況から勝つなんてすごすぎだろ!シビれたよ」

    部員2「こんな試合初めて見たよ、感動しちゃった」

    副部長「ほんとすごかったわ!」

    小鍛治「い、いえ、そんな…後半なんかほとんど何も覚えてなくて」テレテレ


    ガチャ

    京太郎「……」

    小鍛治「あ、京太郎くん…」

    小鍛治「どうだった、かな?」

    京太郎「……」

    京太郎「小鍛治ーー!!」ダキッ

    小鍛治「ちょ、ちょっ…//」

    京太郎「すっげーかっこよかった!!」

    京太郎「最後の役満での和了りなんて、漫画の主人公みたいだったぞ!」

    小鍛治「そ、そうかな///」

    京太郎「あの絶望的な状況から捲くって1位とか、もう鳥肌もんだったぜ!!」

    小鍛治「あ、ありがとう////」

    小鍛治「……」

    小鍛治「そ、それでさ…約束、守れたかな?」

    京太郎「…ああ、最高にかっこよかったぞ」

    小鍛治「よかったぁ…」グスッ

    京太郎「お、おい!?」

    小鍛治「ううん…大丈夫」ポロポロ

    小鍛治「嬉しくても涙って出るものなんだね」ニコ


    京太郎「小鍛治…」

    小鍛治「京太郎くん…」


    部員1「あーこの部屋なんか暑くない?」

    副部長「あらあら」

    部員2「ちょっと!今いいところなんだから邪魔しない」


    京太郎「////」

    健夜「/////////」カァァァ


    部長「ほらっ!馬鹿やってないで帰るぞ」

    部長「ただ…その、ふ、二人はまだここにいていいからな///」ドキドキ

    部長「ご、ごゆっくりー!」ダッ



    ガチャ

    京太郎「」

    小鍛治「////」

    小鍛治「ね、ねえ…一ついいかな」

    京太郎「お、おう、なんだ」

    小鍛治「私さ、京太郎くんとの約束守れたよね?」

    小鍛治「だからさ、その…一つお願いしてもいいかな?」

    京太郎「まあ、俺のできる範囲でなら」

    小鍛治「いいかげん私のこと、名前で呼んで欲しいかなー…なんて///」

    京太郎「……」

    小鍛治「い、いや…やっぱり今の無しで――」アタフタ

    京太郎「……健夜」

    小鍛治「えっ」

    京太郎「健夜。これでいいか?」

    健夜「うん!」

    京太郎「帰るか」ギュ

    健夜「うん///!」ギュ


    __________

    ______

    __


    その後の試合については、正直言ってあまり言うべきことはない

    負けてしまったからだ

    副部長が3位で回ったところで他家が飛んで終了


    あまりにもあっけなさ過ぎて、ほとんど実感がないのが本音だ

    だけどみんなが意外とスッキリとした表情をしていたのが印象的だった


    ともかく、俺達の団体戦はこれをもって終了となった




    ――8月上旬 インターハイ

    団体戦は終ってしまったが、まだ副部長の個人戦がある

    なのでまだ俺達は東京にいるのだが、何人かは観光に出かけたようだ

    俺はというと今日はトシさんに誘われて、男子の試合観戦に来ていた

    健夜も誘うおうかと思ったのだが、なぜかトシさんに断られてしまった

    なにやら、俺だけに用があるようだ



    京太郎「すごい張り詰めた雰囲気だね、こっちまで緊張してきそう」

    トシ「全国から本物の怪物どもが集まってくるんだ。仕方ないよ」

    京太郎「"怪物" ってのは流石にいいすぎじゃない?」

    トシ「?知らないのかい」

    京太郎「え、何を?」

    トシ「まあ…見てれば分かるよ」

    京太郎「?」

    トシ「まだ、少し時間があるね」

    トシ「ちょっと準備してくるから、ここで少し待っててくれるかい?」

    京太郎「ま、まあいいけど…何してくるの?」

    トシ「ひ・み・つ」



    なかなかチャーミングだ


    しばらくすると、試合が始まってしまった

    まだトシさんが来ていないが、仕方がない


    試合が始まると、さらに空気が張り詰める。なんだこの異様な圧力は…

    あの咲も、強いオカルト能力者に近づくと気分を悪くしていたが…これはその比じゃない



    『御無礼』



    京太郎「っ…!」



    『県予選のときのように、もう《ゴルゴダの枷》は必要ないな』

    『最初から全力でいかせてもらうか』ボッ



    京太郎「ぐ、はっ…!」



    なんだこの試合は、常軌を逸している…

    ま、まずい…このままだと…意識が



    『……今の私の麻雀力は?』ゴゴゴゴゴゴゴゴッ

    『32768アーデルハイドです』


    京太郎「ぐわあああああああ…!!」



    だめだ…もう。ごめんみんな…俺…こんなところで……




    ガシッ!

    ??「大丈夫かい?少し遅れちまったね」

    京太郎「う……ぁ…」フラフラ



    う、美しい……可憐だ…



    京太郎「っ…」パクパク

    ??「喋らなくていい、そこでゆくっり休んでなさい」

    ??「まったく、酷い有様だねえ」


    ??「仕方がない……久しぶりに私の本気、見せてあげるよ!」ゴゴゴゴゴ



    スゥー……

    こ、この構えは……まさかッッ!

    天地魔闘の構えッッッ!!!!

    天は攻撃、地は防御、魔は魔力の使用を意味する

    これら三つの動作を一瞬にして行う、大魔王でも全盛期にしか扱えぬという

    まさに、最大の奥義ッッッ!!


    しかし、これでは駄目だ…

    天地魔闘の構えはカウンター技、自分に向かってくる攻撃に対処できるのみ……ッッ!

    このままでは会場にいる観客は……


    スゥー……バッ!


    !!私としたことが、ぬかった…ッッ!

    これは予備動作に過ぎんッッ!

    ここから繰り出される技は……


    超武技ッッ闇勁ッッッ!!!!


    この会場に充満する"気"を奪い取る気かッッ!

    だが奪い取ったその"気"、一体何に使うというのか小娘…ッッッ!!


    むッ!なんだ、この光は…会場全体に広がって…

    まさか、そのエネルギーを使っているとでもいうのか……

    この会場にいる人々の意思の共鳴を…引き起こしているとでも言うのかッッ!!


    すごい……外へ漏れようとしてした"気"が押し戻されていく


    だが、恐怖は感じない。むしろ暖かくて、安心を感じるとは…


    眠い……この安心感……だめだ…意識が――



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~



    ??「ふぅー、疲れた」

    ??「とりあえず、大丈夫そうかね…」

    ??「しかし、全国大会の度に呼び出されるのはたまったもんじゃないねえ」

    ??「まあ、これも大人の努めか」


    京太郎「……」


    こうやってこの子を介抱するのも、これで二度目


    ??「まったく…世話のかかる子だよ」ナデナデ


    _________

    _____

    __


    京太郎「ん…あ…」

    トシ「気付いたかい、どこか痛むところは?」

    京太郎「い、いや…大丈夫。なんともないよ」

    トシ「そう?よかった」

    京太郎「記憶があやふやなんだけど…なにかあったけ?」

    トシ「さあ、なにも。夢でも見ていたんじゃないのかい?」

    京太郎「そう…かなあ。あ!そういえばすごく綺麗な女性がいたんだけど、知らない?」

    トシ「へえ…どのぐらい綺麗だったのかな?」

    京太郎「いや、もう…今まで見た中で一番だよ!」

    トシ「ふふ、そう?ありがとう」

    京太郎「?」

    トシ「さあ、試合見ようか。これも勉強の内だよ」

    京太郎「はあ…」



    トシさんに言われるまま、試合を眺める

    流石全国から選りすぐりの選手が集まっているだけある、レベルが高い

    いや高すぎるくらいだ、県予選で戦ったアカギさん達3人もすごかった

    しかしここに集まっている選手達はそれと同等か、あるいはそれ以上の実力を持っている…

    明らかに俺のいた時代とは一線を画している

    まるで別の競技を眺めているような……



    京太郎「あのートシさん、明らかに俺の時代とはレベルが違うんですが…」

    トシ「そうなのかい?」

    トシ「……あーなるほど、これを読んでごらん」



    そういうと少し厚めの紙の束を渡された



    トシ「こっちで少し会議に出席してね、そのときの資料の一部だよ」


    京太郎「えーなになに…『男子麻雀界の二極化に伴う新たな競技の設置について』」

    京太郎「そんなのあったんだ…」

    京太郎「『近年、男子麻雀選手の実力が急速に二極化し――』」

    京太郎「『新たな麻雀競技を設置することでその解決を図ることを――』」

    京太郎「なにそれこわい」

    京太郎「『テニス、バスケにおいては既に同様の試みがなされており――』」

    京太郎「『特に"テニヌ"においては中学生が分身、五感の剥奪、光速移動――』」

    京太郎「『最近の研究では、恐竜の絶滅の原因はある中学生にあると考えられ――』」

    京太郎「なにそれもこわい」

    トシ「その様子だと、どうやら知らないみたいだね」

    トシ「将来的には男子麻雀は二つの競技に分かれることがほぼ決まってるんだよ」

    トシ「女子は均等にバラけてるからいいんだが、男子はあまりにも差がありすぎてね」

    トシ「でも、どうやら未来では"そっち側"の競技はあまり知られていないみたいだね」



    なるほど。通りで俺の時代の男子のレベルが低いわけだよ…


    なんとか無事に試合を見終わった

    レベルの高いものを見ると本当に勉強になるな

    まあ、一部人知を超えている方々もいたので、それは参考にならなかったが…

    いつか俺もあの舞台で戦いたいと思うような……思わないような



    京太郎「トシさんは結局、俺にこれを見せたかったの?」

    トシ「まあそれもあるけどね」

    京太郎「?」

    トシ「……実はタイムリープについて知っている人をついに探し出してね」

    京太郎「!!」

    トシ「で、その人はこのインターハイである高校に同行してるんだ」

    トシ「まあ、私が呼んだんだけど…」

    トシ「その高校は永水女子高校」

    トシ「そこの神代さんという人が、明後日京太郎と会ってくれるそうだ」

    京太郎「そう…」


    トシ「今まで黙っててごめんね。できるだけ普通に過ごしてもらいたかったんだ」

    京太郎「そんなことないよ。ありがとう、トシさん」

    京太郎「それで、どこに行けばいいのかな?」

    トシ「それならここに地図があるから。ほら」

    京太郎「…明後日ここに行けばいいんだね」

    トシ「そうだね…ただ一つ忠告することが」

    京太郎「?」

    トシ「たとえどんなことを聞かされようと、最後は自分の心に素直にね」

    京太郎「……うん」



    いよいよらしい、ついに帰れるのだ

    だが嬉しいと言う気持ちには到底なれなかった




    ――8月上旬 インターハイ

    おそらくもう長い時間、ここにはいられないと分かると、いてもたってもいられなくなった

    俺はこの短い時間をどう使うべきなのだろうか?

    トシさんに話を聞かされてから、何度も何度も考えた

    だが決まって俺の頭の中には、いつもあいつの顔が片隅あった

    そうか。やはり、俺は……



    京太郎「よしっ!」

    京太郎「トシさんごめん。少し出かけてくるよ」

    トシ「まあ部屋の中にいてもしょうがないしね。二人とも気をつけていってらっしゃい」

    京太郎「!!ありがとう、行ってきます」


    コンコン

    京太郎「すいませーん!」


    ガチャ

    部長「おう、どうした?」

    京太郎「すいません部長、健夜を呼んでもらっていいですか?」

    部長「ん?あ、ああ、分かった。少し待っててくれ」



    しばらくすると、いかにもらしい格好で現れた



    京太郎「ちょ、おま…花の女子高生が学校のジャージはないだろう…」

    健夜「ほ、ほっといてよ!」

    京太郎「出鼻くじかれたが、まあいいや。健夜、今日は暇あるか?」

    健夜「うん、まあ…でも、どうして?」

    京太郎「ええと、その……だな」

    健夜「どうしたの?京太郎くんらしくない。もっとはっきり言ってよ」

    京太郎「あー、一緒に出掛けないか?」

    健夜「え、まだ先輩の個人戦残ってるから、副部長は行けないよ?部長だって――」

    京太郎「いや、違う違う。俺は健夜と二人で行きたいんだ」

    健夜「えと、それって……ももも、もしかして///」

    京太郎「どうだ?」

    健夜「ええええとね///!?もももちろん嬉しいんだけど……こっこ、こころの準備というものがありまして」アタフタ


    副部長「もちろんオッケーよ」

    健夜「え!?」

    部員2「京太郎くんは10時に駅に待ち合わせね」

    京太郎「別にホテルの前でもよくないですか?」

    部員1「よくないよ!」

    部長「初デートなんだから、待ち合わせからちゃんとしないとダメだろうが」

    健夜「ででででデートって!?///」

    部員1「すこやんはおめかしに時間がかかるから、そのうちに京太郎はデートプランでも練っておきな」

    京太郎「そうですね、皆さんありがとうございます。じゃあまた後でな健夜」

    健夜「え!?ちょとみんな勝手に――」


    ガチャ

    先輩達のおかげで健夜を誘うことができた

    本当に感謝してもしきれないな




    ―駅前

    現在9時45分、ホテルから程近い有楽町駅前に俺はいる

    流石コンクリートジャングル東京、この時間からもうかなり暑い

    まあ元の時代の頃よりは幾分マシかもしれないが



    ??「お待たせ」



    いきなり、かわいらしい女性に声を掛けられた



    京太郎「えーと…どなたですか?」

    ??「私だよ!?」



    帽子を取って、よく見てみると…



    京太郎「…ああ、健夜か。ごめん気がつかなかった」



    気付かないのも無理は無い。朝のあのジャージ姿とのギャップがあまりにあったからだ



    京太郎「いいじゃん……」ボソ

    健夜「ん、どうしたの?」

    京太郎「いや、なんでもない。その服似合ってるなって思って」

    健夜「そ、そう//?実は先輩達から少し貸してもらったんだ」

    健夜「さすがにそんなに荷物持ってきてないからね。助かったー」



    先輩グッジョブ!!



    京太郎「さ、時間がもったいない。行こうか」

    健夜「どこ行くの?」

    京太郎「まずは日比谷に映画を見に行こうぜ」

    健夜「うん!」



    今日は世間では平日ということになっている


    なのでそこまで混んでいなく、10分もすると映画館に着くことができた


    健夜「何見よっか?」

    京太郎「そうだなー」



    えーと…この時間やっているのは

    『千と千○の神隠し』『ダンサー・イ○・ザ・ダーク』『ファ○ナルファンタジー』

    なんか偏ってるなーこの映画館…



    健夜「この『ダンサー・○ン・ザ・ダーク』っていいんじゃなかな?」

    健夜「『弱視の女性と息子との日常を描いたほのぼの感動作!!』らしいよ」

    京太郎「それだけはいけない」

    健夜「え?」

    京太郎「それだけはいけない」

    健夜「う、うん。分かった…」

    健夜「じゃあこれは、『ファイ○ルファンタジー』」

    健夜「『制作費1億3,700万ドルの超大作!世界初のフルCG映画をご覧あれ!!』だってさ、どう?」

    京太郎「だめだだったんだ…」

    健夜「なにが!?」

    京太郎「回収できなかったんだよ…」

    健夜「そ、そう…」

    京太郎「健夜『千と○尋』にしよう、これはもう運命なんだ」

    健夜「ま、まあ、京太郎くんがそこまでいうなら…」

    _________

    _____

    __


    いやー、やっぱりいい映画は何度見ても楽しめる

    今見ても最新の映画と遜色ないどころか、むしろ新しい発見があるくらいだ



    京太郎「どうだった?」

    健夜「うーん、すごい良かったよ」

    健夜「主人公の成長が軸になってるけど、脇役の活躍も欠かせない」

    健夜「ジブリ独特の煌びやかな装飾とか、素朴でいて安心できる自然の風景も素晴らしかったし」

    健夜「そして最後は千尋の成長からカタルシスを感じることができる」

    健夜「とてもいい映画だったんじゃないかな」

    京太郎「実に女子高生らしくないレビューをありがとう」

    健夜「ふんっ!どーせ私は女の子らしくないですよ!」プイッ

    京太郎「怒るなって」


    健夜「…でも」

    京太郎「ん?」

    健夜「あの後、千尋とハクはまた会えたのかな?京太郎くんはどう思う?」

    京太郎「そうだな……」

    健夜「?」

    京太郎「俺はまた会えると思う」

    健夜「どうして?」

    京太郎「俺だったらまた会いたいと思うから」

    健夜「京太郎くん、意外とロマンチストなんだね」

    京太郎「男の子はいつでもロマンを求めている生き物なのさ」キリッ


    健夜「うわっ……」

    京太郎「うわっ、とはなんだ。うわっ、とは…」

    京太郎「そういう健夜だって、最後の方ちょっと泣いてたじゃねえか」

    健夜「き、気のせいだから!」

    京太郎「はいはい、そうですね」

    健夜「バカにしてるっ!?」

    京太郎「いいえ、滅相もございません。健夜お嬢様」

    健夜「……今度は何?」ジー

    京太郎「なんでもございません。さ、時間も時間ですしお昼にいたしましょうか」

    健夜「それ続けるんだ!?」



    お昼は近くで済ませてしまった

    少し歩けばほとんど何でも揃ってしまう。東京とは恐ろしい街だぜ、まったく

    そして俺達が次に来たところは…



    健夜「見て見て!この通りにあるのほとんど本屋さんなんだって!!」



    そう本好きは避けては通れない町、神保町だ

    だが本だけではない。御茶ノ水の方に行けば楽器屋、スポーツ用品店が立ち並び

    さらに少し歩いて秋葉原まで行けば電子部品から同人誌までそろってしまう

    いわば、ここら一帯はマニア・オタクの聖地と言えるかもしれない



    健夜「すごい!ネットでしか見たことがないような本がこんなにいっぱい!!」

    健夜「うわー、ここに住みたいくらいだよ~」

    健夜「ねえねえ、京太郎くん。もしかしてあれが噂の書泉グランデかな?」

    京太郎「あ、ああ。そうなんじゃないかな…」

    健夜「行ってみようよ!ほらっ!!」

    京太郎「はいはい」


    健夜「このエレベーターはね、R.○.Dっていうアニメにも出てくる場所なんだ」

    健夜「それだと地下に行けるようになってるんだけど、流石に無理みたいだね」

    京太郎「確かに、エレベーターの底が見えちゃってるもんな」

    健夜「あの読子・リードマンもこのエレベーターに乗ったのかと思うと…」

    健夜「うぅ~、感動だよ!」

    健夜「あ、書泉の本棚って大型店にしては珍しく、いまだに木製の本棚なんだ」

    健夜「なんだかレトロでかっこいいね」


    健夜「さ、次は神保町のランドマーク、三省堂に行くよ!」

    京太郎「りょーかい」

    健夜「こ、これはすごいね…驚いたよ」

    健夜「このビル全部に本が詰まってるんだよ?まさに本の山だよ!!」

    健夜「雑誌、新刊、小説、漫画、理系専門書からさらに洋書まで扱ってるなんて…」

    健夜「すごすぎるよ、感動だよ!」

    健夜「聞くところによると、池袋にはジュンク堂というラストダンジョンまであるんだから……」

    健夜「東京は本当に恐ろしい所だよ…」

    京太郎「さいですか」



    神保町に着いてから、実に一時間以上はしゃぎっぱなしだった

    まあ楽しんで貰えたようでなによりだ

    流石に真夏の移動で疲れたので、近くの喫茶店で少し休むことにした



    健夜「ご、ごめんね…ちょっと買いすぎちゃった」

    京太郎「気にすんな、荷物持ちなら慣れてるから」

    健夜「それってどうなの…」

    京太郎「それに、デート中女の子に荷物持たせるわけにはいかないだろ?」

    健夜「そ、そうかもね///」


    健夜「でも、なんでこういう場所をを選んだの?」

    健夜「京太郎くんなら、ディ○ニーランドとか行くのかなー、とか勝手に思ってたんだけど…」

    京太郎「おいおい健夜…ディ○ニーランドに行きたかったのか?」

    健夜「ムリムリ!絶対無理!!あんなキャピキャピした空間なんて絶えられないよ!」

    健夜「最悪、穴という穴から砂糖吐いて気絶するよ!!」

    京太郎「何その気持ち悪い妄想……」

    京太郎「まあ、でもそうだろ?だから敢えて落ち着いた場所を選んだんだよ」

    京太郎「それに本好きなのは前から分かってたしな」

    健夜「私のことちゃんと考えてくれてたんだ……ありがとう」

    京太郎「どういたしまして」

    京太郎「さ、十分休んだし、最後にもう一つだけ行こうぜ」

    健夜「ここは?」

    京太郎「上野恩賜公園――いわゆる上野公園だな」

    健夜「へえー…あ、見て、かえるの噴水がある。かわい~」



    まずは基本に沿って、交番横の入り口から入る

    そのまま左側を真っ直ぐ進んでいく

    人がまばらなので非常に快適だ


    健夜「うわー、大都会のど真ん中にこんなに緑がたくさんあるなんて…すごい不思議」

    京太郎「たしかにそう考えるとすごいよな」



    ちなみにここは、1873年に日本初の公園に指定された歴史的な公園だ

    ボードウィン博士という人がこの場所を公園として残すように働きかけたのがきっかけだそうだ

    実際にボードウィン博士の銅像は噴水池の横にある

    俺達がここでデートをすることができるのもこの人のおかげなのだ。感謝しないとな



    健夜「すごい数の桜の木だね、春に来れたらもっと綺麗だったかも」



    うーむ、確かにその通りかもしれないが、決しておすすめはできないだろう

    何しろあの時期のここら辺はまさに人、人、人のどんちゃん騒ぎ

    酒飲みの人間や至るところに散ったごみ等見るに耐えない



    健夜「ふうー、やっと桜並木を抜けたね。ん、あれは何の建物かな?」

    京太郎「正面にあるのは東京国立博物館だな」

    健夜「へえー、ここから見ると左右対称になってて綺麗だね」

    健夜「それに荘厳というか、趣を感じるよ」



    東京国立博物館もまた日本最古の博物館である

    健夜の言っていた建物は本館で、和洋折衷の様式となっている

    主に日本及び東洋の文化財を取り扱っているのが特徴だ

    歴史好きにはたまらないかもしれないが、そうでない人にとってその展示は退屈なものかもしれない

    しかし本館については均整の取れた非常に美しい構造をしていて、思わずため息がこぼれる

    これだけでも見る価値があるかもしれない

    また、アニメ映画『時をかける少女』ではここが舞台の一つとなっている

    魔女おばさんこと芳山和子はここに勤めていることになっているのだ

    そして間宮千昭が見に来たと言う「白梅ニ椿菊図(はくばいにつばききくず)」はここのものだった

    もちろんこの絵は実在しないものだが



    健夜「あ!あれが上野動物園なんだ」

    京太郎「そうらしいな、行きたいか?」

    健夜「うーん、動物園なら茨城にもあるし、せっかくだから別のがいいな」

    京太郎「そうか。なら博物館と美術館だったらどっちがいい?」

    健夜「それだったら美術館かな、博物館の展示ってなんだか苦手なんだよね」

    京太郎「それは分かる、歴史とか好きならまた変わってくるのかもしれないけどなー」

    健夜「で、どこにあるのかな?」

    京太郎「あっちだな」

    健夜「ああ、あの四角い建物だね。変わった形してるんだ」

    健夜「あ!あれってもしかして有名な『考える人』かな」

    京太郎「そうだな、オーギュスト・ロダンの彫刻だな」

    健夜「あれ?でも前にテレビで見たのは別の場所だったような…」

    京太郎「ああ、ロダンの『考える人』は世界中にたくさんあってその一つがこれなんだよ」

    健夜「へえー、一つじゃなかったんだ」

    京太郎「そゆこと。しかし暑いな、さっさと中入ろうぜ」

    健夜「そうだね」



    建物の中に入ると、その無機質な外観と相まってかとても涼しい

    さっそく受付で常設展のチケットを購入し、展示を見ていく



    健夜「すごい繊細…布と肌の質感が本物かそれより綺麗に見えるよ」

    京太郎「ドルチの『悲しみの聖母』だな」

    京太郎「この美術館の絵画の中でも特に人気の高い作品だ」

    京太郎「実際一目でその美しさは分かるし、何度でも見たくなるよ」

    健夜「ふーん、そうなんだ」

    健夜「私さ、こういう分かりやすいというか、一目で綺麗ってわかる絵のよさは理解できるんだけどさ」

    健夜「宗教画の楽しみ方がよく分からないんだけど…」

    京太郎「宗教画かー……うーん」

    京太郎「俺もよく分からないだよな、宗教画」

    健夜「そうなの?」

    京太郎「ぶっちゃけて言えばさ、宗教画って聖書の二次創作だろう?」

    京太郎「分からなくても無理ないと思う」

    健夜「あはは、ひどい言い様」

    京太郎「それだったら、俺はこっちのルノワールとかモネの作品が好きだな」

    健夜「この女の人の絵は見たことあるよ、名前は知らないけど」

    京太郎「『帽子の女』だな。光の描き方がすごいよな」

    京太郎「ルノワールはかなり親しみやすい画風なんで、世界的に人気の画家だ」

    京太郎「んでこっちのがモネの作品だ」

    京太郎「モネもルノワールも同じ印象派だけど、それぞれ個性があっておもしろいよな」

    健夜「そうだね、でもどちらかというと私は――」



    そんな他愛の無い会話をしていると、あっという間に時間が経っていった

    展示物も大体見終わったので外に出ると、もう日が落ちてかなり暗くなっていた



    京太郎「そろそろ帰るか」

    健夜「うん、そうだね」

    健夜「あ、見て!噴水がライトアップされてるよ、綺麗…」

    京太郎「…せっかくだから見ていこうぜ」

    健夜「いいの?ありがとう」



    噴水の近くにベンチが備え付けてあったので、二人でそこに腰掛ける



    健夜「今日はありがとう、とても楽しかったよ」

    京太郎「どういたしまして。でもこういうの実は初めてだったからさ、正直緊張したよ」

    健夜「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあ初めて同士だね///」

    京太郎「そういうことになるのかな//」

    健夜「///」

    京太郎「はは…」ポリポリ

    健夜「私…」

    京太郎「ん?」

    健夜「私、京太郎くんには本当に感謝してるんだ」

    京太郎「どうした、いきなり」

    健夜「いきなりじゃないよ、いつもそう思ってるんだ」

    健夜「入学式の日、京太郎くん、私に話しかけてくれたでしょ?」

    健夜「正直あの時は、「金髪不良少年が私になんの用!?」って思ったよ」

    京太郎「金髪…はその通りだけど、不良少年っておい!」

    健夜「はは、ごめんごめん」


    健夜「でも誰も私に話しかけない中、京太郎くんは何度も私にかまってくれたよね」

    健夜「少しずつだけど、京太郎くんとも普通に話せるようになって…」

    健夜「家族以外でそんな仲になったのは初めてだったんだよ?」

    京太郎「……」

    健夜「そんな時、麻雀部に誘われて、先輩達もいい人ばかりで…」

    健夜「学校の中に居場所があると、登校するのがとても楽しくなるんだね。初めて知ったよ」

    京太郎「……」

    健夜「文化祭なんて、今までの私にとってはただの苦痛な行事の一つだったんだ」

    健夜「でも真面目に参加して、皆と一緒に準備すると、楽しいものになるんだって気付いたよ」

    健夜「京太郎くんのおかげで、クラスの女の子達とも仲良くなれたしね」

    京太郎「…俺は何もしてないよ。健夜には魅力があって、誰かがその事に気付いただけさ」

    健夜「ううん、そんなことない」


    健夜「その後は大会に出たり、海に遊びに行ったり、合宿したり、色んなことがあったね」

    健夜「そして今は、京太郎くんとここにいる」

    健夜「なんだか、この何ヶ月かは私にとってはずっとジェットコースターに乗ってる気分だったよ」

    健夜「京太郎くんがいなかったら、絶対こんなことになってなかったと思う」

    健夜「だから、本当に心から感謝してるんだ。ありがとう」

    健夜「えへへ……なんだかこういうのって恥ずかしいね///」

    京太郎「そうだな」

    健夜「京太郎くん…」

    京太郎「健夜…」



    健夜の手に、自分の手を重ねる。暖かい


    だんだんと二人の距離が近づいてゆく、そして―――









    「あれは何をやっているのでしょう、マム」

    「ノーウェイノーウェイ、あなたにはまだ早いわ」

    「それにしても最近の高校生は進んでるのね~、ママとパパなんか――」


    京太郎・健夜「!!」バッ

    京太郎「……」

    健夜「……」

    京太郎「か、帰るか//」

    健夜「そ、そそそそうだね//////」


    京太郎・健夜「はぁー…」


    健夜「ね、ねえ、京太郎くん」

    京太郎「なんだ?」

    健夜「来年もまた、一緒にここに来ようね」

    京太郎「……そうだな」

    健夜「?」



    上野駅から電車に乗り、宿泊先のホテル近くの駅まで戻ってきた



    京太郎「ふうー、結構疲れたな」

    健夜「一日中動き回ってたからねー」

    京太郎「この荷物のせいじゃないんですかねえ…」

    健夜「そ、それは悪いと思ってるよ!」

    京太郎「はいはい」

    健夜「もうっ!」

    健夜「あ、そうだ。ちょっと買わなきゃいけないものがあるんだった」

    京太郎「そうなのか?だったら付き合うよ」

    健夜「いいよ、もうホテルまですぐそこだし。一人で大丈夫」

    京太郎「そうか?」

    健夜「うん、今日はありがとうね、とても楽しかった。またね明日ね」

    京太郎「おう、また明日」



    そう言って、健夜は向かいの交差点を歩いて渡って行く

    信号は青、人はまばら、夏の日差しが道路を照らしている



    えっ?夏の日差し?

    今は夜だったよな?

    あれっ?


    なんだこの映像


    いや、この光景……前にも…どこかで


    そうだ……この後……確か…車が来て…それで…










    「あぶなーいっ!!!!」


    京太郎「ッ!!」



    荷物を捨てる、全力で走る

    健夜を抱き寄せ――歩道に倒れこんだ



    京太郎「大丈夫か!!」

    健夜「ッ!?え?え!?」



    混乱しているようだが、見たところ目立った外傷は無いようだ

    よかった、本当によかった…

    _______________________

    _____________

    ____


    京太郎「落ち着いたか?」

    健夜「うん、なんとか……」



    結局、信号無視した車は俺達のとなりを通り過ぎ、ガードレールにぶつかって停止した

    その後、救急車とパトカーが来て一時辺りは騒然となった

    俺達は警察の人に事情を説明し、救急隊員の人にも簡単に診てもらった



    京太郎「ごめんな、健夜の本ばら撒いちまって」

    健夜「ううん、そんなのいいよ。それに本はきれいにすればまた読めるしね」

    京太郎「そうだな…」

    京太郎「歩けそうか?」

    健夜「うん、余裕だよ!!」ガクガクガク

    京太郎「いや、だめだろ!?生まれたての小鹿みたいになってるぞ」

    京太郎「ほら」

    健夜「なに、その格好は?」

    京太郎「ホテルまでおんぶしてやるから、乗れ」

    健夜「い、いや、いいって。恥ずかしいし…」

    京太郎「それで転んで怪我したら大変だろ?な、頼む」

    健夜「う、うん…そうだね。じゃあお願いしようかな」

    京太郎「よっこいしょ、っと」


    健夜「ど、どうかな」

    京太郎「どう、って?」

    健夜「その……重くないかな?」

    京太郎「いや、全く。むしろ軽すぎるくらいだな」

    京太郎「それに幸いなことに、背中にあたるものがないから気を遣わなくていいしな」

    健夜「」グイッ

    京太郎「ちょ、やめ!しまってる、しまってるからっ!!」

    健夜「まったく、京太郎くんはいちいち他人をからかわないと死んじゃう人なのかな!?」

    京太郎「まあな、でも健夜限定だぞ?」

    健夜「余計性質が悪いよね!?」

    京太郎「冗談だよ」

    健夜「もうっ!」


    健夜「でも……」

    健夜「さっきはありがとう。とってもかっこよかったよ」

    京太郎「う、なんだか照れるな//」

    健夜「でも、あんな危険な真似もうしないでね?」

    健夜「京太郎くんがいなくなったら、私……」

    京太郎「……安心しろ、俺はちょっとやそっとじゃ死なないから」

    京太郎「それに、そんな約束はできないな」

    健夜「え」

    京太郎「健夜のピンチは、俺が必ず助けるから」

    京太郎「だからどんな時間にどんな場所にいようと、跳んで助けにいくよ。必ず」

    健夜「よ、よく、そんな恥ずかしいセリフを……///」カァァ

    健夜「で、でも…ありがとう。覚えておくよ…///」ボソボソ

    京太郎「ああ、そうしてくれ」


    ________

    _____

    __


    京太郎「……」

    京太郎「……」

    健夜「…zzz」スースー

    京太郎「寝たか…」



    まあ、無理もない。ただでさえ疲れていたのに、あんなことがあったのだ



    京太郎「……」

    京太郎「なあ、健夜。俺思い出したよ」

    京太郎「あの日、あの時、何があったのか」




    ――8月上旬 インターハイ 神代さんとの面会日

    京太郎「ここか…」



    トシさんに渡された地図を頼りに、神代さんが待つ旅館に到着した

    東京のど真ん中にもこんな立派なものがあるんだなあ


    受付の人に名前を告げると、すぐに部屋まで案内された。話は通っていたのだろう



    京太郎「失礼します」



    中に入ると、40代くらいの男性が座っていた

    もっと厳しい雰囲気の人を想像していたが、この人からそういうのは感じられない



    京太郎「こんにちは、神代さんですね。今日はよろしくお願いします」

    神代「こんにちは、よく来てくれたね。ささ、座りなさい」

    _________

    ______

    __


    神代「うーむ、何から話そうかねえ」

    神代「まあ、まずはタイムリープとはどういうものなのか話そうかな」

    神代「熊倉さんから聞いてるかもしれないけど、これは自体は別に珍しくはないよ」

    神代「私の経験から言うと、若い人に多いと言えるかな」

    神代「ほら、君も若いでしょ。ま、理由はよく分からないけど」

    神代「で、タイムリープの現象はね、トンネルを考えると分かりやすいかなあ」

    京太郎「トンネルですか?」

    神代「そそ。でも普通のトンネルじゃないよ、ある時空を別の時空を結ぶトンネル」

    神代「君はそのトンネルを通ってきたってわけ」

    京太郎「そのトンネルはどうやってできるんですか?」

    神代「うーむ、実はトンネルには2種類あってね」

    神代「一つは元々そこにあるもの、けどこれは普通の場所にはないんだ」

    神代「少なくとも、君みたいな高校生が行くようなところには無いと考えていい」

    神代「もう一つは、突発的に新しくトンネルができるタイプのものだね」

    神代「原因は様々で、人によるもの、自然現象によるもの、あとはオカルトとかかな」

    京太郎「……人によるもの、って例えばどんなのですか?」

    神代「そうだねえ、突発的に感情が大きく変化するのが原因であることが多いかな」

    神代「例えば、生命の危機に直面するような事故に遭遇したときとかね」

    神代「ほら、映画とか小説でよくあるような」

    神代「さらに言うと、オカルト持ちの人がそういう目に会うとなりやすいと思うよ」

    京太郎「逆に言えば、オカルト持ちでなければタイムリープはしにくいと?」

    神代「あくまでそういう傾向にあるだけだけどね」

    神代「でも君は今のところは、オカルト能力を持っていないだろう?」

    神代「だから君の場合は、他の人間のオカルト能力が関係している可能性は高いね」



    なるほど



    神代「まあ君の場合、12年も跳躍したんだ。相当強力なオカルト能力者が関係しているのかも」

    京太郎「あの、それで…肝心の帰り方なんですけど」

    神代「そうだったね、それが一番重要だよね」

    神代「でも、その答えはすごく簡単だよ。あるものを持っているだけでいいんだ」

    京太郎「あるもの?」

    神代「"心の底から帰りたいたいという気持ち"。要は気分しだい…」

    神代「逆に言うとね、京太郎くん、君は心の底では帰りたくないと思っている」

    神代「そうなんじゃないかな?」

    京太郎「そう……かもしれません」

    神代「まあ、君にも事情があるのだろう。詳しくは聞かないよ」

    神代「ただね、だからといって未来を変えようとはしてはいけないよ」

    京太郎「なぜです?」

    神代「これも熊倉さんから聞いてるかもしれないけどね、歴史を変えるのにはリスクが伴う」

    神代「そして、たとえ改変がうまくいったとしてもその埋め合わせはいつか必ず来るよ」

    神代「どういう形で、とまでは分からないけどね」



    やはり、未来を変えるのはだめみたいだな

    ならば、自分の力でなんとかするしかない



    神代「あと、なるべく早いうちに帰ったほうがいいね」

    神代「この時代にいればいるほど、君のこの時代での存在が大きくなる」

    神代「そうすれば、未来での不確定性もどんどん増していくだろう」

    京太郎「どういう意味ですか?」

    神代「うーん、例えば熊倉さんは、未来では君のことを知らなかったのだろう?」

    神代「だが、この時代では既に君のことを知ってしまっている」

    神代「つまり、君の知っている未来とこの時代が辿る未来には明らかに矛盾が生じてしまっている」

    神代「このくらいのごくごく小さな矛盾ならまだいいんだけどね」

    神代「だけど、君がここで過ごば過ごすほど、その矛盾は看過できなほど大きくになってくる」

    京太郎「そうなるとどうなるんですか?」

    神代「分からない…だけどそれが善いものであるとはとても思えないね」

    京太郎「……」

    神代「もしかしたら、ドクの言ってたみたいに銀河が消滅しちゃうかも。なーんて」

    京太郎「??」

    神代「あ、ごめん。分からないよね」

    神代「これがジェネレーションギャップかあ、歳はとりたくないものだねまったく」

    京太郎「はあ…」

    神代「聞きたいことはもうないかな?」

    京太郎「そうですね……何か、向こうに持っていけるものはないんですか?」

    神代「それは無理だね。来たときの格好でしか帰れないから」

    京太郎「そうですか…なら、帰る時間と場所は選択できるんでしょうか?」

    神代「それも無理。SFみたいにそんなに便利なものでもないんだよね」

    神代「だから、タイムリープした瞬間にしか戻れないよ」

    京太郎「そう…ですか。ありがとうございました」

    神代「……じゃあ最後におじさんから一つアドバイス」

    神代「君みたいな悩み多き青少年には、時としてどうしていいか分からないときがあると思う」

    神代「そういう時、自分の頭で考えることは何よりも重要だろう」

    神代「だが、考えすぎて、理屈を優先して、自分の気持ちを忘れてはいけない」

    神代「だから、最後の最後は自分の気持ちに素直になってみるといい」



    トシさんも、同じこと言ってたな



    京太郎「そうですね、ありがとうございます」

    神代「さ、若者はとっとと帰った帰った!」

    神代「年寄りの説教ほど、聞くに堪えないものはないから」





    ――8月上旬 インターハイ


    女子の個人戦が終了した

    結果は副部長が三回戦敗退、本人は楽しかったと喜んでいた

    ついに俺達の夏が終ったのだ

    祭りの後はいつも寂しい、でもこの祭りはとても楽しかった

    またいつか今度こそ、俺も参加してやろう

    そうすれば、咲や部長も喜ぶだろう

    そのときは健夜も喜んでくれるだろうか?





    ――8月中旬 部活


    インターハイが終ったとはいえ、部活動自体は続いている

    先輩達は事実上引退なのだが、それでも部活には顔出してくれる

    まあ、先輩達がいなくなると俺と健夜だけになるから助かるんだけどね



    部員1「ふぃー、終った終わった。このままどこか遊びにいかねー」

    部長「アホ、受験に備えて勉強するべきだろうが」

    部員2「といいながら、未だに部活に来ている部長であった」

    部長「うっ!それは、その…たまには息抜きも必要であってだな…」オロオロ

    部員1「おしっ!なら遊びに行こう、そうしよう」

    部員1「すこやんも行くよな!?」

    健夜「はい、せっかくだから」

    副部長「京太郎くんはどうかしら?」

    京太郎「えーと、実はちょっと用事がありまして……」

    健夜「えっ!?」

    副部長「あら、そうなの?」

    部員2「この前もそんなこと言ってたよね」

    部員1「私たちに隠して何を企んでいるのやら…」

    京太郎「そ、そんなんじゃありませんよ」

    部員1「ほんとかな~」

    京太郎「あっ!もうこんな時間だー(棒)お先に失礼します!」ダッ

    健夜「……」


    ガラガラガラ


    ふうー、危ない危ない。あんまり追求されるとボロが出かねないな

    さて、家に帰って着替えて、さっさと行かないとな




    ―次の部活の日


    健夜「一緒にかえ――」

    京太郎「銀河の歴史がまた1ページ」ダッ




    ―次の次の部活の日


    健夜「今日は大丈――」

    京太郎「それでは次週をご期待ください。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」ダッ




    ―次の次の次の部活の日


    健夜「……」

    京太郎「次回も健夜といっしょにレリーズ!」ダッ




    ガシッ

    健夜「ちょっと待とうか」ニコ


    京太郎「ナ、ナニカナ、スコヤサン…」

    健夜「最近何かコソコソしてるみたいだけど、どこで何をしてるのかな」ニコニコ

    京太郎「エ、イヤ、ソノデスネ…」

    健夜「もしかして私に言えない様な事なのかな」ニコニコ

    京太郎「ソウイウワケデハ…」

    健夜「別にね、京太郎くんのこと信用してないわけじゃないんだよ?」ニコニコ

    健夜「でもね、もうすこし私のこと信用してほしいかなー、なんて」ニコニコ

    京太郎「オッシャルトオリデ…」

    健夜「だいだいね――」クドクド


    部長「あ、あれがいわゆる修羅場ってやつなのか?」ドキドキ

    部員2「ちょっと一方的だけどね」

    部員1「すこやんは意外と尻に敷くタイプだね、ありゃあ」

    副部長「愛が深いのも考え物ねえ」











    京太郎「」

    健夜「」




    健夜「んん…//で、結局何をしてるの?」

    京太郎「すまん、今はちょっと言えないんだ。でもじきにに分かると思う」

    京太郎「それまで待ってもらえるか?」

    健夜「うん…」

    京太郎「お詫びじゃないけどさ、今度また二人で遊びに行かないか?」

    健夜「え、いいの?最近忙しいんじゃない?」

    京太郎「大丈夫大丈夫!俺も健夜と一緒に出掛けたかったからな」

    健夜「そ、そうなんだ…だったらいいよ///」

    京太郎「じゃあ、来週の水曜日はどうだ?」

    健夜「うん、その日なら大丈夫」

    京太郎「よかった。詳しいことはまた後でな。もう行かなきゃ」

    健夜「うん、分かった。いってらっしゃい」

    京太郎「ああ、行ってきます」








    部長「まるで夫婦だな」クス




    ――8月下旬 デート前日


    京太郎「うーん、どうするか…」

    デート前日だというのに、未だに俺はどこに行くのか迷っていた

    京太郎「だいたい茨城県民って、どこにデートに行くんだよ…」

    京太郎「何も無いじゃん、何も無いじゃん!」



    ついには考えあぐねて、机の整理をし始めてしまった

    これはあれだ、テスト前に部屋の掃除をしたくなってしまう例の…

    パラ…



    京太郎「ん?何だ、これ」


    『アクアワールド 前売り券』


    京太郎「これは、確か…」



    以前、健夜のお母さんから頂いたものだ



    京太郎「はは、なるほどね…」



    もし…仮に、運命と云うものがあるとしたら、こういうことをいうのかもしれない



    京太郎「決まりだな」





    ――8月下旬 デート当日



    さて、服装オッケー、財布オッケー、ハンカチとティッシュは持った

    えーと後は……


    あっ!危ない危ない、大事なものを忘れるところだった

    これを忘れると、この2週間の努力が水の泡になってしまうからな



    京太郎「じゃあ、行ってくるよ」

    トシ「ああ、気をつけてね」

    京太郎「あー……トシさん」

    トシ「ん?」

    京太郎「いつも、ありがとう」

    トシ「ふふ、こちらこそ」

    トシ「さあ、行ってらっしゃい」



    待ち合わせ場所の駅前に向かう

    そこには既に、かわいらしい姿をした女の子がベンチに座っていた



    京太郎「おはよう」

    健夜「あ、おはよう!」

    京太郎「すまん、待たせちまったみたいだな」

    健夜「ううん、私も今来たところだから…………ハッ!!」

    京太郎「……」

    健夜「……」

    健夜「普通逆だよね」

    京太郎「だな」

    京太郎「でも、俺の『人生で一度は体験したみたい事』第6位を経験できたからいいや」

    健夜「なにそれっ!?ていうか1位から5位はどうなってるのそれ!?」

    京太郎「さ、早く行こうぜ。電車に乗り遅れちまう」

    健夜「え、ちょっと待ってよ。すごく気になるんだけど!?」


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    ____


    電車で水族館近くの駅まで来て、今はバスに乗っている

    天気は見事な晴れ。海の景色も素晴らしい



    健夜「ここの水族館来るの久しぶりだよ。小学生のとき以来かなー」

    京太郎「俺も水族館なんて、学校の遠足で行ったきりだと思う」

    健夜「へえ、確か京太郎くんて長野出身なんだよね?」

    健夜「長野県に水族館なんてあるの?」

    京太郎「失礼な、一応あるぞ。そんなに大きくなかったけどな」

    京太郎「それより、冬になると遠足でよくスキーをしに行ったりしたなあ」

    健夜「いいなあ、私の所なんか普通に近くの公園に行ったりしただけだったもん」

    京太郎「まあそれは雪国の特権ということで…」


    京太郎「でも、雪ってそんなにいいものでもないぞ?」

    京太郎「道路だけじゃなく、屋根に上って雪を落とさなきゃならんし」

    京太郎「子供のころは雪のせいでよく転んだし」

    京太郎「近くに買い物に行くにも一苦労だし…」

    京太郎「でも、小さい頃は雪が降るとそれだけではしゃいだりしてたっけか…」

    京太郎「今では、雪が降ると『めんどくせー』としか思わないのにな」

    健夜「あはは、そうかもね」

    健夜「でもそのおかげで、スキーとか滑れるようになったんでしょ?」

    京太郎「まあな」

    健夜「じゃあ、いつか私に教えてよ。実はまだしたことないんだ」

    京太郎「……」

    健夜「京太郎くん?」

    京太郎「…そうだな、いつか必ず」

    健夜「?」

    京太郎「おっ、見えてきたな。あれがそうなんじゃないか」

    健夜「あの大きい建物?前に来たときと違う気がするんだけど…」

    京太郎「ああ、なんだか今年リニューアルオープンしたらしいぞ」

    健夜「そうなんだ、楽しみだね!」


    _________

    _____

    __


    京太郎「どうする健夜、微妙な時間だし先にお昼ごはん食べないか?」

    健夜「う、うん。そうだね…」

    京太郎「中にフードコートあるし、行こうぜ」

    健夜「……」

    京太郎「どうかしたか?さっきから口数少ないけど」

    健夜「え、えーとね……その…」

    京太郎「?」

    健夜「こ、これっ!!」ズイッ

    京太郎「ん?見ていいのか……お弁当じゃん!」

    健夜「……」コクコク

    京太郎「これ、健夜が自分で作ったのか?」

    健夜「うん。いちおう…」

    京太郎「俺の分もあるのか?」

    健夜「も、もちろんだよ//」

    健夜「というより、京太郎くんのために作ったというか……」ボソボソ

    京太郎「?」

    健夜「さ、向こうに机と椅子あるし行こっ!」グイッ

    京太郎「お、おう」



    早速健夜の作ったお昼ごはんを机の上に広げる

    主食とおかずがバランス良く敷き詰められている

    さらにフルーツまで用意してあり、盛り付けもなかなか綺麗だ



    京太郎「おお、意外とうまそうじゃん!!」

    健夜「意外とは余計だよ!?」

    健夜「でも京太郎くんの舌には合わないかも…」

    京太郎「え、なんでだ?」

    健夜「ほら、京太郎くんってお料理得意でしょ?それに比べて私はヘタクソだし……」

    京太郎「あはは、それはそうかもな」

    健夜「ひどいっ!」

    京太郎「でもいいんだ、健夜の作ったご飯を食べられるだけで」

    健夜「そ、そう///」

    京太郎「さ、食べようぜ」

    健夜「うん」


    モグモグ


    健夜「どうかな…」ジー

    京太郎「うん、10段階評価でいうと4ってところだな」

    健夜「それは喜んでいいのかな…」

    京太郎「なに、これからどんどん上手くなっていけばいいさ」

    京太郎「それより俺は、健夜の作ったものを食べられるだけで嬉しいから」

    健夜「うっ…あ、ありがと//」

    京太郎「うーん、でもこの味付けどこかで……健夜、これお母さんに手伝ってもらったろ?」

    健夜「な、なぜそれを…」

    京太郎「この煮物の味付けなんて健夜のお母さんのにそっくりだし、こっちの照り焼きだって――」

    健夜「え、え、なんでそんなこと知ってるの?」

    京太郎「ああ、言ってなかったけ?」

    京太郎「実はな…文化祭の後意気投合しちゃってさ、何度かおじゃまして料理について教えあったり」

    京太郎「今どこのスーパーでどの品物が安いのか、とか話しながらお茶したり――とかしてたしな」

    健夜「主婦の会話!?お母さんと仲良すぎない!?それに私そんなこと知らないんだけど!?」


    京太郎「えー、だって健夜って土日はお昼過ぎまで寝てるじゃん?」

    京太郎「俺その時間にしかいなかったからなあ」

    健夜「」

    京太郎「ん?どうした」

    健夜「乙女の秘密を暴いてそんなに平然としてるなんて……」

    京太郎「乙女て……」

    健夜「もう、知らない!勝手に食べれば!!」ガツガツ

    京太郎「はいはい、すいませんでした」



    昼食を食べ終わり、少し休憩をとると、いよいよ水族館に入場した

    さすがリニューアルしたばかりなので、清潔感があっていい感じだ



    健夜「見て見て、すごい大きな水槽…」

    京太郎「ほんとにな。イワシの大群がすごいキラキラしてるな」


    健夜「あはは、あそこで泳いでる亀見て!」

    京太郎「魚に纏わりつかれてる、何してるんだろう?」

    健夜「さあ、分からないけど、なんだかかわいいね…」


    京太郎「すごいな、サメも一緒に泳いでるんだな……他の魚食べないのかな?」

    健夜「水族館の魚は餌は足りてるから、基本的に襲ったりしないらしいよ」

    京太郎「基本的には?」

    健夜「うん、だからたまに襲ったりすることもあるんだって」

    京太郎「へえー、他の魚からしたらたまったもんじゃないなそれ…」

    健夜「ふふ、そうだね」


    京太郎「しかし、水族館に来ると腹が減ってこないか?」

    健夜「えー、ならないよ。なんで?」

    京太郎「俺よく料理はするからさ、食材を見ると完成品が思い浮かんじゃって…」

    健夜「食材って…」

    京太郎「ほら、あそこのイワシなんてうまそうだろ?たたきにすると最高なんじゃないか」

    健夜「うっ……確かに」

    京太郎「あのブリなんかいいじゃないか、脂身が多そうだから照り焼きにするか鍋にするか…」

    健夜「うぅ…」ゴクリ

    京太郎「向こうの水槽の大きなエビはシンプルに刺身にしようかな。頭は鍋のダシにしよう」

    健夜「……もうやめて!お腹空いてきちゃうよ!?」

    京太郎「やっぱりなったじゃないか」

    健夜「京太郎くんのせいだからね!?」

    健夜「うー、もうまともな目で展示見れないよ…」

    京太郎「はは、わるいわるい!」


    京太郎「じゃあ、あまり食材っぽくないあっちの展示を見ようぜ」

    健夜「えー、なになに……サメと…マンボウだね!」

    健夜「確かに、これならお料理は想像しにくいもんね」

    京太郎「ちなみにサメの肉は鶏肉に似ていて、マンボウも意外と全国各地で食べられ――」

    健夜「もうやめてっ!?」

    _________

    ______

    __


    健夜「すごいサメの数だね…それに何種類もいるみたい」

    京太郎「なんでも、この水族館の一押しがサメとマンボウらしいぞ」

    健夜「へえー、言うだけあって確かにすごい数…」

    健夜「あ!あのサメかっこよくない?」

    京太郎「どれどれ……ふーむ、メジロザメっていうのか。確かにかっこいいな」

    健夜「でしょ!」

    京太郎「なんというか、ロシアの諜報機関に所属していて暗殺とかやってそうな顔をしてるな」

    健夜「やけに具体的だね…」

    京太郎「そうだな、例えるならサメ界のプ○チンといったところか…」

    健夜「それはいけない」

    京太郎「おっと、そうだったな」

    健夜・京太郎「……」

    健夜「あ、あれなんかどうかな」

    京太郎「えーと、レモンザメか。名前はかわいらしいが……目がイッちゃってるな」

    健夜「…うん、そうだね。あんなの海で見かけたら間違いなくパニックになる自信があるよ」

    京太郎「こっちはあれだな、シリアルキラータイプだな」

    京太郎「さっきのは計画的に殺人を犯すのに対して、こっちは特に理由も無く犯行に及ぶに違いない」

    健夜「ひどい言い様だね…まあ、分からなくもないけど」


    京太郎「おい、またすごいのを発見したぞ、あれ!」

    健夜「うわっ!すごい強面…歯がむき出しになっててこわっ!」

    京太郎「あれは…シロワニっていうのか。サメなのにワニって…ひょっとしてギャグで言っているのか!?」

    健夜「へえ、見た目はあんなのなのに、おとなしい性格で人もめったに襲わないんだって…」

    京太郎「嘘付け!あの顔は絶対中南米のマフィアのボスをやってて、麻薬取引で金稼いでる顔だよ!!」

    健夜「ああ…確かにそんな感じ」

    _________

    _____

    __


    健夜「想像してたのと違う…」

    京太郎「え、何が?」

    健夜「なんていうか、もっとこう『かわい~!』とか『すご~い!』とか」

    健夜「水族館てそういう楽しみ方をするものだと思ってたよ…」

    京太郎「そうか?楽しいならいいじゃん」

    健夜「私たち水族館に来て、料理の話とサメの犯罪者顔の話しかしてないよ!?」

    京太郎「わがままだなー。じゃああっち行こうぜ」

    健夜「えーと『愛くるしい海獣たちが待ってます』…か。よさそうじゃん!」


    京太郎「おお、いたいた。アザラシにラッコかあ」

    健夜「……」

    京太郎「ん、どうした?」

    健夜「かわい~!これだよ、これ!!私が求めてたのは!!」

    京太郎「そうですか」


    健夜「あのラッコかわい~!」

    京太郎「二匹が手を繋いでるな。かわいいけど、なんでだ?」

    健夜「ラッコはね、海面に浮いたまま寝るんだ」

    健夜「で、そのとき離れ離れにならなないように手を繋いで寝るんだよ」

    京太郎「なんだよそれ、可愛すぎるだろ…反則じゃねえか」

    健夜「でしょ~」


    京太郎「あっちにいるアザラシもかわいいな」

    健夜「正確にはゴマフアザラシだね。少年アシベの『ゴマちゃん』と同じアザラシ」

    京太郎「ゴマ、ちゃん…?」

    健夜「少年アシベのゴマちゃんだよ、さすがに知ってるでしょ?」

    京太郎「アア、アレネ。イマオモイダシタヨ…」

    知らないとは言えない…これがジェネレーションギャップというものか……

    健夜「すごいムニュムニュしてそう、家に持ち帰って抱き枕にしたいくらいだよ」

    京太郎「それは、あのアザラシがかわいそうだから止めた方が…」

    健夜「ちょっとそれ、どういう意味っ!?」


    健夜「向こうにいる鳥?なんだろう」

    京太郎「えーと、なになに……エトピリカ、だと…」

    健夜「知ってるの?」

    京太郎「ん、まあな。エトペンのモデルになった鳥だろ?」

    健夜「京太郎くん、エトペンなんか知ってるんだ…以外」

    京太郎「ふふ、まあな…なにせ、世界一幸せなペンギンだからな」

    健夜「どういう意味?」

    京太郎「俺と代われっ!!と毎日思っていたってことさ…」トオイメ

    健夜「?」

    _________

    ______

    __


    京太郎「そろそろ時間だし、帰るか」

    健夜「うん、そうだね」

    京太郎「…なあ、今日は楽しかったか?」

    健夜「うん、もちろん!」

    京太郎「そうか、よかった。本当に…」

    健夜「?」


    京太郎「なあ、その……帰る前に少し話したいことがあるんだが」

    健夜「帰り道の途中じゃだめなの?」

    京太郎「ああ、大事な話なんだ」

    健夜「!!」

    健夜「そ、それって、ももももしかして…///」

    京太郎「……あそこならゆっくり話せそうだな」

    健夜「う、うん…//」ドキドキ


    健夜「で、なにかな//」

    京太郎「……」

    京太郎「この4ヶ月いろいろあったよな」

    健夜「なに、突然?まあ、そうだけど…」

    京太郎「最初健夜と会ったときなんか、すげえビクビクしててさ」

    京太郎「俺、こいつと付き合っていけるのか?って思ったもんだよ」

    健夜「ひどい!そんなこと考えてたんだ」

    京太郎「はは、すまんすまん」

    京太郎「そういや、出会ってすぐの頃はよく本の話をしたっけか」

    京太郎「健夜、普通に話すときはビクビクしてるくせに、本の事となると途端に饒舌になってたよな」

    健夜「や、やめてよ…なんだか恥ずかしいから///」

    京太郎「いろいろ健夜から本を借りて…結構読んだなあ。楽しかったよ、すごく」

    健夜「そ、そう?ありがとう//」

    京太郎「その後は、半ば無理やり麻雀部に誘ったけ」

    京太郎「正直あのときのことは反省している、後悔はしていない」

    健夜「後悔もしてよ、もう!」

    健夜「ま、でも、そのおかげで色々な事が経験できたんだけどね…」

    京太郎「そうだな、短い間だったけどすごい密度だったような気がするよ」

    健夜「そうだね」


    京太郎「他にもたくさんあったなあ」

    京太郎「トシさんに弟子入りしたり、文化祭で馬鹿やったり」

    京太郎「初めて大会で勝ち進んで、合宿で思いっきり練習もして」

    京太郎「みんなで海水浴に行ったのも楽しかったなあ」

    京太郎「あの時の健夜の水着姿、ほんとに可愛かったぞ」

    健夜「あぅ…///」

    京太郎「東京に行って、インターハイで応援して」

    京太郎「健夜、ぜんぜん実力を出せなくて、めちゃくちゃ落ち込んでたよな」

    京太郎「でも、最後の対局はほんとかっこよかったよ。びっくりするくらい」


    京太郎「また、ああいうのを見てみたかったんだけどな……」


    健夜「……え、それってどういう――」

    京太郎「健夜、よく聞いてくれ」

    京太郎「俺、転校しなきゃいけないんだ」












    健夜「え?」

    健夜「い、いきなり何言ってるの?」

    健夜「あ!そうだ、またいつものくだらない冗談だね!」

    京太郎「健夜……」

    健夜「もう、京太郎くんは…さあ、帰るんでしょ?行こうよ」

    京太郎「健夜…すまない。本当は最初から分かっていたことなんだ。いつかは帰らないといけないって」

    健夜「もう、いいよ。そういう冗談は……だからやめて」

    京太郎「でも、気付いたらあまりにもみんなと仲良くなっちまって、言い出せなかったんだ」

    健夜「お願いだから…」

    京太郎「すまない」

    健夜「……なんでなの」

    京太郎「すまん、それだけは言えない」

    健夜「私にも?」

    京太郎「健夜だからこそ、だ」

    健夜「意味わかんないよ」

    京太郎「だろうな」


    健夜「……でも、転校しても、またすぐ会えるんだよね?」

    京太郎「いや、もう会えないかもしれない」

    健夜「~~ッ!!なにそれっ!意味わかんないよ、さっきからっ!!!」

    京太郎「……」

    健夜「……」


    健夜「ねえ、今日さ…いつかスキーを教えてくれるって約束してくれたよね?」

    京太郎「そうだな」

    健夜「東京で、あの公園で…」

    健夜「来年もまた、一緒にここに来ようって約束してくれたよね?」

    京太郎「ああ」

    健夜「あの事故の後……私がピンチのときは必ず助けてくれるって言ってくれたよね!?」

    京太郎「……」

    健夜「あれも全部嘘だったの!?」

    京太郎「そうだ」

    健夜「っ…!!」

    健夜「馬鹿っ!!」ダッ

    京太郎「……」



    泣いてたな……大事な人を泣かせるなんて、我ながら最低だ



    京太郎「いや、これで良かったのかもな」



    ……ああ、結局渡せなかった、これ


    _________

    _____

    __


    京太郎「ただいま」

    トシ「おや、おかえり。案外早かったんだね」

    京太郎「…うん」

    トシ「……」

    トシ「どうしたんだい?」

    京太郎「単刀直入に言うよ、トシさん。俺帰ることにしたんだ」

    トシ「……そうかい。だから今日健夜ちゃんと…」


    トシ「きちんとお別れはできたのかい?」

    京太郎「どうだろう、正直よく分からないや」

    トシ「京太郎のことだ、自分に対して未練が残らないように、冷たくあしらったんだろう?」

    トシ「違うかい?」

    京太郎「はは、トシさんには適わないな……ほんとに」


    トシ「京太郎こっちにおいで」

    京太郎「どうしたの、急に」

    トシ「いいから、ほらっ」ギュ


    トシ「半年も一緒にいるのに、こうするのはこれが初めてだね」

    京太郎「うん、そうだね」

    トシ「京太郎、この半年間本当にありがとう」

    京太郎「お礼を言うのは俺の方だよ」

    トシ「そんなことないよ。あんたからは色んなもの貰ったんだから」

    京太郎「それを言うなら、俺だってトシさんから色んなもの貰ったよ」

    トシ「お互い様だね」

    京太郎「そうだね」

    京太郎「…いろいろ言うべきことがあった気がするんだけど、出てこないや」

    トシ「ふふ、私もだよ」

    京太郎「しばらく、このままでいい?」

    トシ「うん」



    その後、自分の部屋に戻り、荷物の整理をした

    だけど、それもあっけなく終ってしまった

    まあ、半年程度ならこんなものなんだろう


    結局、麻雀部の先輩やクラスメイトにはお別れを言わなかった

    たとえ言ったとしても、理由を聞かれて、返答に窮するだけだ

    寂しいが、仕方がないのかもしれない

    半年振りに清澄の制服に袖を通し、玄関に向かう



    トシ「なかなかきまっているじゃないか、似合ってるよ」

    京太郎「ありがとう、なんだか照れるね」


    京太郎「あー、あと悪いんだけど、これを健夜に渡しておいてくれないかな」

    京太郎「本当は最後に渡すつもりだったんだけど」

    トシ「これは……分かったよ、必ず」


    京太郎「学校のこととか、色々と後始末をしてもらうのは申し訳ないんだけど…」

    トシ「何言ってるのさ、大人に迷惑をかけるのも子供の仕事の内だよ」

    京太郎「そう言ってもらえると助かるよ、ありがとう」

    京太郎「あと、これ。トシさんにも」

    トシ「なんだい?やけに大きいね……あらっ?」

    京太郎「料理の練習でだいぶ磨耗しちゃったから、新しい調理器具を買ったんだ」

    京太郎「どうかな…なるべく良さそうなのを選んだんだけど」

    トシ「うれいしいよ、ありがとう京太郎。でも高かったろうに…」

    京太郎「今月短期のバイトで稼いだからね、どうってことないよ」

    京太郎「それより、俺がいなくなってからもカップラーメンは控えてほしいかな」

    トシ「ふふ、善処するよ」

    京太郎「もうっ」


    トシ「……」

    京太郎「……」

    トシ「行くのかい?」

    京太郎「うん」

    トシ「帰りは?」

    京太郎「少し遅くなるよ」

    トシ「そうかい、いってらっしゃい京太郎」

    京太郎「いってきます」


    京太郎「ばあちゃん」



    この半年間、色んなことがあった。本当に楽しかった

    だからできれば、ずっとここで過ごしたいくらいだ

    だが、そういうわけにもいかない

    ついに帰るときが来たのだ


    トシさん、麻雀部の先輩方、クラスメイト、そして健夜…

    みんなと別れるのは寂しいが、彼らのおかげでとても楽しい日々を過ごすことができた

    伝えることはできないが、本当にありがとう



    京太郎「さて…」



    おあつらえ向きの下り坂が見えてきた

    だから、助走を付ける


    タンッ!


    みんなの顔がフラッシュバックする


    タンッ!!


    この半年の出来事が一挙に頭の中を駆け巡る…健夜


    タンッ!!!


    健夜……本当はあの時俺は…




    京太郎「いっけええええええええええ!!!」






    ――8月下旬 


    健夜「やっぱり、このままじゃダメだよね……」



    あれから、2日たったけど私はいまだに行動できずにいた

    でも、このまま分かれの挨拶すらもできないのは、もっとダメだ

    よしっ!



    健夜「おかーさん、ちょっと出掛けてくる」

    _________

    _____

    __


    健夜「つ、着いてしまった…」



    あー、勢いで来たものの、なんて言えばいいんだろう?

    あんな別れ方したし、会うのは気まずいよ…



    健夜「はぁー…」

    トシ「おや、健夜ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」

    健夜「あ、熊倉さん。えと、その…京太郎くんいますか?」

    トシ「……まあ、上がりなさい」

    健夜「?はあ…」



    玄関に上がると、以前とは異なる違和感を感じる、なんだろう?

    それになんだか、物が減ってるような

    もしかして…



    トシ「さて、今日はどうしたんだい?」

    健夜「えと、熊倉さんも知ってますよね?京太郎くんが転校すること…」

    健夜「だから、その…最後の挨拶に……」

    トシ「そうかい、ありがとう健夜ちゃん」

    トシ「でも、残念だけど、京太郎はもう行ってしまってね。ここにはいないんだ」

    健夜「そう…ですか……」



    やっぱり、感じた違和感はそういうことだったのだ



    トシ「健夜ちゃん……」

    健夜「はは、少し遅かったみたいですね……」

    トシ「京太郎のこと、恨まないであげて。あの子にも事情があって――」

    健夜「分かってます!!分かってますけど…」

    トシ「……」

    トシ「これ、京太郎から健夜ちゃんにって」


    _________

    _____

    __


    健夜「ただいま」

    健夜母「あら、おかえり。早かったわね」

    健夜「うん……ごめん部屋行くね」

    健夜母「ちょっと、健夜!?」


    バタン

    はは…バカみたい。別れの挨拶すらできないなんて

    あの時…きちんと話を聞いてあげればよかった


    熊倉さんから渡された、箱を見る

    開ける気にはどうしてもなれなかったけど、それでもなんとか包装を解いていく


    現れたのは、シルバーのチェーンに薄い青と透明の宝石があしらわれている――



    健夜「これは、あの時の…」



    間違いない。合宿のとき、京太郎くんと瑞原さんと行ったデパートで見つけた、あの時のネックレスだ

    そういえば最近、京太郎くん忙しそうにしてた。きっとこのためにアルバイトしてたんだ



    健夜「覚えててくれたんだ……」

    健夜「馬鹿……」



    こんな物より、私は京太郎くんがいてくれさえすれば、それで……





    ――9月上旬 二学期始め

    二学期が始まった

    朝のホームルームで先生が京太郎くんの転校のことを伝えると、クラスがざわめいた

    その後なぜか、何人ものクラスメイトが私を慰めてくれた

    中学生の頃の私だったら考えられないことだったので、素直に嬉しかった

    でも正直、何を言われても心に響いてくることはなかった

    今日は特に授業などもなかったので、早めに終ってしまった

    なので、荷物を持って早々部室に向かう


    ガラガラガラ

    健夜「失礼します」



    シーン…

    健夜「…まあ、誰もいないんだけどね」



    さすがに2学期ともなると、先輩達もほとんど顔を出せなくなる

    だから、今日からは本当にひとりぼっち



    健夜「……一人で麻雀なんかできるわけないじゃん」

    健夜「馬鹿……京太郎くんの馬鹿」



    することもないので、仕方なく持ってきていた文庫本を読む



    健夜「……」ペラペラペラ


    健夜「……」ペラペラ


    健夜「……」ペラ…


    健夜「はぁ……」



    だめだ、なんだか集中できない

    以前なら2時間でも3時間でも、いや1日中、本の世界に没頭することができたのに


    いつからだろう?どうして変わってしまったんだろう?

    そんなのは分かりきっている、京太郎くんと出会ったからだ

    京太郎くんが私の世界を広げてくれたから、私の興味を外に向けてくれたから…


    本当はもっと京太郎くんと過ごしたかった

    他愛のない、いつものバカ話をずっとしていたかった

    二人で大会に出て、また全国に行きたかった

    2年生になったら、新しい部員が来てもっと部活が盛り上がるはずだった

    3年生になったら、部活も引退して進路について二人で真剣に語り合うはすだった


    どうして、転校なんかしたの?どうして、最後の挨拶もさせてくれなかったの?

    どうして、急にいなくなっちゃうの?どうして、ちゃんと理由を教えてくれなかったの?

    どうして?ねえ、どうしてなの、京太郎くん。お願いだから答えてよ……


    分かれることを知っていたなら、どうしてあの時私に話しかけてきたの?

    私が一人だったから、同情して付き合ってくれていたの?

    私のこと、本当はどうでもいいって思ってたの?


    こんなに辛い気持ちになるくらいなら、ずっとひとりぼっちの方がマシだったよ


    健夜「馬鹿……」ポロポロ

    馬鹿……馬鹿!……馬鹿!!




    麻雀なんて…もう辞め――












    コンコン

    健夜「!!」ゴシゴシ

    コンコン!

    健夜「は、はい。どうぞ」



    ガラガラガラ

    「失礼しまーす」

    健夜「は、はい」

    「ここ、麻雀部であってますよね?」

    健夜「はい、そうですけど…えーと何か用ですか」

    「えーと、実は…」


    コンコン

    健夜「!!」

    「失礼します」

    健夜「え、また!?」


    コンコン

    「しつれいしまーす」

    健夜「」


    _________

    ______

    __


    結局、その後来たのは計4人。いずれも1年生の女の子だ


    健夜「えーと、皆さんどういったご用件で…」

    「あはは、敬語はいいよ。同い年なんだし」

    健夜「う、うん…」

    健夜「で、なんの用なのかな?」

    「はい、これ」

    健夜「えーとなになに……入部届かあ。なるほどなるほど」

    健夜「……」

    健夜「うえ゛!?」

    健夜「入部届っ!?入部届って、あの入部届っ!?」

    「それ以外になにかあったけ?」

    「ないと思うけど」

    健夜「ということはつまり…四人とも麻雀部の入部希望者ってことっ?」

    「「うん!」」

    健夜「そう、なんだ」

    健夜「でも、どうして急に…?」




    「熊倉君が誘ってくれたんだよねー」




    健夜「えっ」




    「8月の中頃くらいかなー。いきなり電話してきてさ」



    ちょうどインターハイが終って、先輩達が引退した頃だ



    「そうなの?私なんかいきなり家まで来たからびっくりしちゃったよ」

    健夜「……」

    「でも、すごい熱心ていうかさ…鬼気迫るかんじだったよね」

    健夜「……」

    「何度もお願いされたからね、最後にはオーケーしちゃったもん」

    「私の時なんか――」



    健夜「……」

    健夜「……」

    健夜「……」

    健夜「……」ポロポロ



    馬鹿は…馬鹿は私だ。私、自分のことしか考えてなかった

    京太郎くんはこんなにも私のこと考えていてくれたのに



    「えっ、え、えちちtちょっといきなりどうしたの?だだだ大丈夫?」

    「落ち着け!どこか痛いところでもあるの?」

    健夜「ううん…違うの……ただ、自分が…情けなくて、それで…」ポロポロ

    「うん、大丈夫。大丈夫だから」ポンポン

    健夜「ありがとう……来てくれて…ありがとう…」ポロポロ

    「うん、うん…」



    生まれたての赤ちゃんのように、その後もずっと泣き続けた

    _________

    _____

    __


    ピンポーン

    トシ「おや、健夜ちゃん」

    健夜「熊倉さん、お願いがあります!」

    トシ「どうしたんだい、急に」

    健夜「私に麻雀を教えてください!!」

    トシ「…今も教えてると思うけど」

    健夜「違うんです!もっと全国で……いや世界で戦えるくらい強くなりたいんです!」

    トシ「……世界とは大きく出たね。どういう心境の変化だい」

    健夜「京太郎くんがどこに行ったのかは知りません」

    健夜「けど、私がもっと麻雀で強くなって、もっと有名になれば」

    健夜「きっと、京太郎くんも見ていてくれるから……」

    健夜「だから、強くならなくちゃいけないんです!」

    トシ「それは自分のためかい?」

    健夜「正直分かりません」

    健夜「でも、私の麻雀をまた見たいって言ってくれたんです」

    トシ「……」

    健夜「京太郎くんからは、とても多くのものを貰いました」

    健夜「信じられないほど、たくさん」

    健夜「だから、ほんの少しでも、私からあげられるものがあるなら」

    健夜「自分のためと言われても、構いません!」

    トシ「ふふ…」

    トシ「まったく、二人ともそっくりなんだから……」

    健夜「?」

    トシ「いいよ、明日から毎日おいで。みっちりしごいてあげるから」

    健夜「あっ、ありがとうございます!!」

    トシ「さあ!さっさと、京太郎に追いつかなきゃね。時間がなくなっちゃうよ」



    ---------------------------


    その後は早かった

    1年生が終るまで、私は熊倉さんの指導を徹底的に受けた

    団体戦では残念ながら、全国に行くことはできなかった

    しかし、最後の大会では県で2位に食い込むことができた

    私たちの最初の実力からすれば、相当成長できたのは確かだろう


    私はこのままこのメンバーで、2年生になってもやっていくんだとばかり思っていた

    だけど、1年生での終わりに突然お父さんの転勤が決まり、転校することになった

    同じ茨城県だったが、新しい家から通うには少し遠すぎたのだ


    新しい高校の名前は『土浦女子高校』

    制服はブレザーではなく、丸襟にグレーのリボンのものに変わった

    初めてできた友達や部活の仲間、熊倉さんと分かれるのは辛かった

    きっと京太郎くんもあの時、こんな気持ちになったのだろう


    引越しの後気付いたけど、京太郎くんから預かっていた文化祭の衣装がいつの間にかなくなっていた

    京太郎くんとの数少ない思い出だったから、必死になって探したけど見つからなかった

    もし誰かの手に渡っているなら、せめて大事に扱っていてほしい


    熊倉さんも程なくして、福岡の麻雀の実業団で監督をするため引越しをしたそうだ


    転校してからも麻雀はずっと続けた、何ものにも優先して

    そのせいか、3年生の全国大会では団体戦優勝を果たすことができた

    京太郎くんは見ていてくれたのだろうか?そうだと嬉しい


    高校を卒業してからは、ありがたいことにプロのオファーがあった

    私は飛びついた

    それからも、私はひたすら麻雀をし続けた

    まるで、最初の目的を忘れてしまったかのように


    そして……




    ――12年後 東京 インターハイ会場




    恒子「すこやん、お疲れー!」

    健夜「お疲れ様、こーこちゃん」

    恒子「いやー今日もアラサーらしく、年季の入った名解説でしたな」

    健夜「アラフォーだよ!!」

    恒子「……」

    健夜「間違えちゃったじゃん!何言わせるの!!」

    恒子「いや~、今のはさすがにすこやんが悪いと思うんだけど」

    健夜「もうっ、まったく!こーこちゃんは!」

    恒子「はいはい、悪うございました…」


    恒子「ん、あれっ?すこやんにしては珍しく、ネックレスなんて着けてるんだね」

    恒子「どうしたの、若作り?」

    健夜「私まだ20代だからね!?そのくらいのファッションはするよ!」

    恒子「へぇー、アクアマリンとダイアモンドかあ。デザインは若い人向けみたいだけど、大丈夫?」

    健夜「大丈夫ってなに!?」

    恒子「でも、すこやんにしてはいいセンスしてるじゃん。なんでいつもは着けないの?」

    健夜「うーん…なんでだろ?」

    健夜「なんだか今まで、どうしてもそういう気分になれなかったんだよね……」


    恒子「ふーん……さては男ですな?」

    健夜「ななな、なんで分かるの!?」

    恒子「ふふふ、女がアンニュイな表情をしたら、それ即ち男が関係していると相場が決まっているのだよ」

    健夜「へえ、こーこちゃんすごいんだね」

    恒子「それほどでもあるよ!」フフン

    恒子「……もしかして彼氏からのプレゼントとか?」

    健夜「彼氏か…そうだったら良かったんだけどね…」

    恒子「"だった"ってことは、昔の?」

    健夜「うん、学生時代にちょっとね」


    恒子「へえ、行かず後家四天王の一角と呼ばれたすこやんにも、そんな時代があったんだねえ」

    健夜「行かず後家なんてよく知ってるね!?ていうか、そんなの初めて聞いたよっ!?」

    恒子「初めて言ったからね」

    健夜「……ちなみに他の三人は?」

    恒子「えーと、野依プロと瑞原プロと、あと一人誰にしようか?」

    健夜「こーこちゃん、そのネタその二人には絶対に言わないほうがいいよ。命に関わるから」

    恒子「命って、そんなー」

    健夜「……」

    恒子「……肝に銘じます」


    恒子「しかし、すこやんにもそんなことがあったんだねー。その子とは結局?」

    健夜「うん、転校しちゃってそれっきり」

    恒子「ははー、まるで一昔前の少女漫画みたいな展開だね」

    恒子「でも、その子はすこやんのことをとても大切に思ってたみたいだね」

    健夜「……どうして?」

    恒子「だって、このネックレス高校生が買うにしてはかなり高いもん」

    恒子「5万か6万くらいはしたんじゃないのかな?」

    恒子「好きな娘以外にそんなプレゼント、普通はしないよ」


    健夜「……」

    恒子「すこやんは、その男の子のことどう思ってたの?」

    健夜「……分かんない、忘れちゃった」

    恒子「そう」

    恒子「……」

    恒子「さあ!明日で仕事が一区切りするから、その後飲みに行くぜー!!ね、すこやん」

    健夜「うん、そうだね。ありがとう、こーこちゃん」



    さて、今日は解説の仕事は終ったからホテルに帰ろう

    なんだか疲れちゃった。きっと昔の話をしたからだ


    あれから12年が経った

    私は強くなり続けた…と思う

    体も成長した。む、胸だってほらっ!?

    ……ごめんなさい、嘘つきました。ほとんど変わってません


    プロになって、色んな大会に出た。そして勝ち続けた

    気付いたら、いつの間にか世界ランキングが2位になっていたこともある


    ねえ、京太郎くん。見てよこれ、私のカード

    『国内では無敗』『永世称号七冠』『恵比寿時代は毎年リーグMVP』

    だってさ。この『Grandmaster』なんて仰々しいの、私には似合ってないよね

    私強くなったんだよ?銀メダルだってとったことあるんだから

    その時の私、見ていてくれた?その時の私、かっこよかった?

    京太郎くんがあの時言ってくれたみたいに

    少しでも恩返しできたのかな、私…


    ねえ、京太郎くん。私、疲れちゃったよ。少し頑張りすぎたからかな

    こーこちゃんにはああ言ったけど、私はあの時から……いや今でもあなたのことを…



    健夜「会いたい……」



    もし、もう一度出会えたら…あの時言えなかったことを―――











    「あぶなーいっ!!!」



    健夜「へ?」



    横を見る。横断歩道に猛スピード迫ってくるワゴン車。距離は20メートルくらい



    健夜「あ」



    これは助からないな。こうどうしようもないと、案外冷静になるものなんだ

    ここで、私死んじゃうんだ。あっけない

    ああ、私の人生ってなんだったんだろう?

    でも、今にして思えば案外幸せだった言えるのかもしれない

    仲の良い友達も何人かいるし、他人から見れば麻雀選手として大成功を収めたといえる


    あれ?あと、何かあったけ?

    まあ、いっか。どうせここで終ってしまうんだから


    でも…前にもこんなことが








    ドンッ




    健夜「え」

    すごい衝撃が伝わる

    でもこれは、車というより、人の

    振り向くと、そこには金髪の男の子が



    健夜「あ、きょうた――」



    グシャ



    肉の潰れる嫌な音がした

    今度こそ、私は気を失った




    ________

    _____

    __


    ―病院



    「ハイ、いいですよ。お疲れ様」

    健夜「ありがとうございました」

    「特に異常は見当たりませんね。気になるところがあれば、またいらして下さい」

    健夜「はい。あの…あの男の子は今」

    「まだ、手術中ですね」

    健夜「そう、ですか」

    「……私の見たところ、頭からの出血は多いようでしたが、それほど深いものではないようです」

    「肋骨にひびが入っていますが、中に以上はないようでした」

    「左足は骨折していますが、それほど酷いものではないので、将来障害が残る心配はありません」

    「追突する直前、車が横にそれたので、正面衝突を避けられたのが良かったのかもしれませんね」

    健夜「そう…ですね」

    「自分の命を顧みず、他人を助けることのできる素晴らしい青年です」

    「うちのスタッフが全力で取り組んでいるので、安心してください」

    「じきに手術も終るでしょう……彼のこと、待ちますか?」

    健夜「はい」



    事故のとき、私はもう助からないと思った

    しかし、周りにいた人達の証言によると、男の子が飛び出してきて私を突き飛ばしてくれたらしい

    私は歩道に逃れたが、その子は……

    警察の人によると、車は70~80キロ近くスピードを出していたらしい

    それで、あの怪我で済んだのは奇跡的とのことだ

    それでも、あのような酷い怪我を負ってしまった

    私はすぐに気を失ってしまったので、その後の出来事は詳しくは知らない

    気付いたら病院にいて、よく分からない検査を受けていた


    そして今、彼の眠るベッドの横で、私は座っている



    健夜「……」

    健夜「ありがとう。あなたのおかげで、私助かったよ」

    健夜「ねえ、あなたは誰なの?金髪のそっくりさん」

    健夜「ん?なんだろこれ……学生証?」

    健夜「……」

    健夜「名前だけ、名前だけならセーフだよねっ?」

    健夜「苗字は『須賀』、名前は……」



    健夜「『京太郎』……かあ」



    健夜「……」

    健夜「……」

    健夜「えっ?え、ええええっ…え?!??」



    ここここれは、どういうこと?もしかして本当に、京太郎くん本人?

    いや、この子も京太郎くんなんだけどね!?

    でででも、顔とか体つきとかはほとんど同じに見えるし

    いや、でもあれから12年経ってるし、同じってありえないよね!?


    はっ!もしかして、この子京太郎くんの息子さんとか……

    ということは、もう他の誰かと結婚してて……



    健夜「うぅ……」キリキリ



    やめよう、秒速5センチメートルみたいな妄想は。私の胃に優しくない

    第一、自分の息子に同じ名前をつける親がどこにいる!



    健夜「はあー……」



    傍からみたら、私ただの変質者だね、これ

    健夜「ねえ、早く目を覚ましてよ『京太郎』くん……」



    恒子「すすすこやーん!!」バーン



    健夜「あ、こーこちゃん」

    恒子「事故にあったって聞いて、だだだ大丈夫!?」

    健夜「落ち着いて、こーこちゃん。私は何ともないから」

    恒子「そ、そうなの!?よ…よかったあ」ヘナヘナ

    健夜「心配してくれたんだね。ありがとう」

    恒子「あれ?……この子はどうしたの?」

    健夜「この子が私を助けてくれたの。でも代わりに…」

    恒子「そう、なんだ」

    健夜「幸いそこまで酷い怪我じゃないらしいけど、まだ意識が戻らないんだ」

    恒子「そう……すこやんのことありがとね、少年」



    ~~~~~~~~~~~~~~~~




    良子「少々遅れましたが、どうやら無事なようですね」

    えり「そうですね」

    はやり「まったく、心配したんだから…」

    咏「まったくだねぃ」

    野依「よかったっ!!」

    靖子「まあ、無事でよかったよ。ほんと」


    はやり「……」

    良子「どうかしました?」

    はやり「うーん、あの子…」

    良子「あの金髪の子ですね?どうやら、彼が小鍛治さんを助けてくれたようですが」

    はやり「うん、そうなんだけど。あの男の子、どこかで会ったことがあるような……」

    野依「……」

    野依「痴呆っ!!」

    はやり「あ゛、今なんつった」


    ビクッ!!


    野依「難聴っ!!」


    咏「これは、やばいねぃ…」ヒソヒソ

    良子「Oh……」


    はやり「久しぶりに切れちゃった☆……雀荘行こうか☆」

    野依「望むところっ!!」

    はやり「でも、二人じゃ麻雀できないからなあ…☆」チラ

    咏・良子「」ビクッ!!

    咏「あー!私このあと雑誌の取材があって――」

    良子「実は解説の仕事が残っていまして――」

    はやり・野依「ん?」ニコニコ

    咏・良子「……お供させていただきます」

    みさき「あれ?そういえば藤田プロがいませんね、さっきまでここにいたのに」

    咏・良子(あのカツ丼、逃げやがったな…)

    はやり「じゃあ行こうか☆二度と麻雀のできない身体にしてあげるよ☆」

    野依「こっちの台詞っ!!」




    ~~~~~~~~~~~~~~~~




    健夜「なんだか、外が騒がしいね。何かあったのかな?」

    恒子「さあ?お年寄りが世間話でもしてるんじゃない?」

    健夜「病院なんだから静かにして欲しいよね、まったく」


    健夜「……京太郎くん」ギュ

    恒子「すこやん…」

    恒子「すこやん、もしかしてその子のこと知ってるの?」

    健夜「分かんない…」

    恒子「え、それってどういう」


    コンコン

    健夜「は、はい、どうぞ」

    ??「失礼します、こちらに須賀くんがいると聞いて」

    健夜「は、はい。こちらです」

    健夜「えと、あなた達は?」

    ??「申し遅れました、私は清澄高校麻雀部の部長の竹井と申します」

    久「それとこちらが、部員の染谷、宮永、片岡、原村です」

    久「私たち、須賀くんと同じ部員なんです」

    健夜「そう、だったんだ」

    咲「京ちゃん!!京ちゃん!!」

    優希「イヌ…なにやってんだじぇ」

    和「須賀くん…」

    まこ「それで、容態のほうは?」

    健夜「手術は成功したんだけど、まだ意識の方が…」

    まこ「そう、なんか…」

    久「…私のせいだわ、あの時買出しなんか行かせなければ……」

    まこ「あほ、単なる偶然じゃ。自分のせいにしたって何にもならんぞ」

    久「……そうね、その通りだわ。ありがとう、まこ」

    久「それで、その…事故の詳しいこと聞いてもいいですか?」

    健夜「はい」


    __________

    ______

    __


    久「そうですか、ありがとうございました」

    健夜「い、いや、お礼を言うのはこっちの方だから」

    咲「でも、京ちゃんらしいね」

    優希「いつも、他人ことばっかり。少しは自分のことも考えろ…ばか」


    健夜「……あの、良かったらこの子のこともっと教えてくれませんか?」

    久「敬語はいいですよ、小鍛治プロ」

    健夜「え、ばれてたの!?」

    和「麻雀やってる人で、小鍛治プロのことを知らない人なんていませんよ」

    まこ「それに、福与アナもおるしな」

    恒子「あれっ、分かっちゃた?私も有名になったもんだね~」

    久「小鍛治プロからの頼みとあらば仕方ないですね。悪いけど、咲お願いね」

    咲「え、私ですか?」ビクッ

    久「この中なら、あなたが一番須賀くんと付き合いが長いわ。よろしくね」

    咲「は、はあ」

    久「私達は先に帰るわね。たくさんいても邪魔になるし」

    恒子「なら、私も帰るよ。咲ちゃん、すこやんのことお願いね」

    健夜「普通逆じゃない!?」



    その後、咲ちゃんから色々な話を聞いた

    中学時代どんなことがあったのか、どんな会話をして、どう思ったのか

    高校に入ってからこと、大会のこと、そして今日のこと



    咲「いつも、自分のことは後回し。他の人のことを第一に考えてるんです」

    咲「まったく…バカなんだから」

    健夜「…そうだね、昔からそうだったんだよね」

    咲「?」

    健夜「ありがとう、咲ちゃん。私の頼みなんか聞いてくれて」

    健夜「明日も試合でしょう?早く帰って休んだほうがいいよ」

    咲「…そうですね、そうします」

    咲「小鍛治さんはこの後…」

    健夜「もう少しだけ、ここにいるよ。一人じゃ寂しいもんね」





    ――???


    ~~~~~~~~~~~~~


    「う……ぁ…」



    何をしてるんだい?



    「いえ…何もできないんです」



    本当かい?

    「ほら、見てください。包帯でグルグル巻きでしょう?」

    「これじゃあ、動けませんよ」



    なんで包帯なんかしてるんだい?



    「えーと…なんででしょう?怪我でもしたかなあ…」



    いいや、怪我なんかしてないはずだよ。ほらっ!



    「ちょっと、止めてくださいよ。痛いじゃないですか!」



    本当に?



    「あれっ?痛くない…?なんで…」



    怪我してるわけでもないのに、そんな包帯を巻いているから身動きが取れなくなるのさ


    さ、起きなさい。私と彼が言った、同じ言葉があるだろう?

    それを思い出すんだ



    「え、もしかして…あなたは――」



    ~~~~~~~~~~~~~~~



    ――事故から三日後


    京太郎「うぅ……」



    うあ、体がだるい。つか左足全く動かねえ…どうなってんだ

    なんか後頭部もジンジンするし、最悪だな


    あれ?俺何してたんだっけ?

    たしかこっち戻ってきてそれで……



    京太郎「た、助かったのか…俺!?」



    まじかよ…絶対ダメかと思ってたのに



    京太郎「よっしゃーーーーーっっ!!!!」

    京太郎「って、痛っ…!声出しただけで、ハンパなくいてぇ…」



    はあ、てことはここ病院か

    そういえば、肝心の健夜は無事だったのだろうか?

    歩道に押したまでは確認したんだが、それ以上覚えてねえ


    コンコン

    「失礼します」

    ん、誰だ?とういかこの声、最近まで聞いてような――やべっ!


    ガチャ

    健夜「『京太郎』くん、起きてる?わけないよね…」



    無事だったかあ、よかった……本当によかった



    健夜「今日もお見舞いの品、持ってきたんだけど。既にいっぱいだね」

    健夜「ねえ、今日の試合、咲ちゃんたち勝ったみたいだよ。よかったね」

    健夜「解説のとき、こーこちゃんたら酷いんだよ。全国放送でアラサーネタ連発するし」

    健夜「自分だって、もうすぐアラサーなのにね」

    健夜「……」

    健夜「ねえ、『京太郎』くん。早く目を覚まして。本当のこと教えて」

    健夜「あなたは、あの京太郎くんなんでしょう?」

    健夜「咲ちゃんから聞いたよ、いろんなこと」

    健夜「昔から、変わってないんだね。私、びっくりしちゃった」

    京太郎「……」

    健夜「私あれから、すごく強くなったんだよ?」

    健夜「なにせ、元世界ランク2位なんだからね。すごいでしょ?」

    健夜「銀メダルだって取ったんだから…」

    京太郎「……」

    健夜「……」

    健夜「私…あなたに、頑張った、って。それだけでいいの……だから…」ポロポロ

    健夜「京太郎くん……」ポロポロ



    言うべきなのだろうか?

    正直言うと、助かったときのことは全く考えていなかった

    だが、俺のことをいまさら言ったところでどうなるというのか

    もしかしたら、既に健夜には付き合っている男性がいるかもしれない

    そんなところに、12年前の俺が現れたらどうだろう?

    そんなことしたって、健夜を困らせるだけだ

    いや、たとえ彼氏がいなくたって同じようなものか…

    それに、そもそもタイムリープなんて荒唐無稽なこと信じてもらえるはずがない

    なら言わないほうがいい

    それが健夜のため

    だけど……






    『自分の気持ちに素直にね』







    ……ありがとう、トシさん





    健夜「……じゃあ、もう行くね」ゴシゴシ




    京太郎「……待った」

    健夜「え」

    京太郎「久しぶり、健夜」

    健夜「えっ!あ…え、え?」パクパク

    健夜「きょ、京太郎くんなの?あの…」

    京太郎「そう、あの京太郎だ」

    健夜「…なんとも、ないの?」

    京太郎「言ったろ、ちょっとやそっとじゃ死なないって」

    健夜「で、でも、まだ高校生なんでしょ!?」

    京太郎「まあ…その……いろいろあったんだ」

    京太郎「詳しいことはまた後で話すよ。それでも信じてくれるか?」

    健夜「……私、ひと目見て分かったもん…京太郎くんだって」

    健夜「違うかもしれないって思ったよ?けど、苗字は違ったけど名前も顔も一緒で…」

    健夜「変だって思った。そんなのありえないって…」

    健夜「でも、咲ちゃんからあなたの話を聞いて分かったの」

    健夜「この人は間違いなく京太郎くんなんだって」

    健夜「昔から全然変わってなくて、びっくりしたんだから…」

    京太郎「そういう健夜だって、あの頃と全然変わってないじゃないか」

    健夜「そ、そんなことない!あの後、いろんなこと…いっぱいあって……それで…」ジワァ

    京太郎「……」

    健夜「ばか~~っ!!勝手にいなくなって…」

    健夜「急に現れたと思ったら…今度は事故で!」

    健夜「すごく、すっごく!心配したんだからっ!!」

    京太郎「す、すまん」

    健夜「もう起きないかもって何度も何度も思って……それで…」

    健夜「バカ、アホ、トンチンカン!!」

    健夜「ヘンタイ!ドスケベ!他の人の胸ばっかり見てっ!!」

    健夜「バカバカバカバカバカバカバカばかばかばかばかーーーーー!!!」

    京太郎「そこまで言わなくても…」

    京太郎「どうしたら許してくれる?」

    健夜「許さないもん!」

    京太郎「もん、って……じゃあ、どうしたいい?」

    健夜「えと…その、あのー……」

    健夜「………!!」

    健夜「ききききキス、してくれたら許してあげないこともない…かも/////」モジモジ



    乙女か!いや、もう乙女じゃないのか?



    京太郎「えっ!?そのー、聞きにくいことなんだが……彼氏とかいないのか?」

    健夜「」

    健夜「……」

    健夜「いたことないもん…」ボソ

    京太郎「え?」

    健夜「今まで、一人もいたことないって言ったの!わるいっ!!」

    京太郎「い、いや悪くないです。むしろ嬉しい…かな」

    健夜「そ、そう、なんだ…///」

    京太郎「ああ」

    健夜「じゃあ、その……する?」

    京太郎「いやその前に、ちょっと待ってくれ」

    京太郎「最後分かれたとき、本当に言いたかったこと、言わせてくれ」

    健夜「うん」

    京太郎「好きだ」

    健夜「私も。あの頃からずっと」

    京太郎「健夜…」

    健夜「京太郎くん…」



    健夜の手に、自分の手を重ねる。暖かい


    だんだんと二人の距離が近づいてゆく、そして―――



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



    トシ「どうやら、うまくいったみたいだね」

    トシ「……あらあら、年寄りはとっとと退散しようか」

    トシ「確かこういう時は、こう言うんだったかな」



















    トシ「二人は幸せなキスをして終了」




    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



    ――5年後



    京太郎「うー、緊張してきた…」

    健夜「大丈夫だよ、なんたって私が教えてきたんだから」

    京太郎「そうだな、いつもありがとう」


    チュ

    健夜「…えへへ」

    恒子「おー、暑い暑い!暖房効きすぎかなあ、この部屋は」

    健夜「こーこちゃん!?」

    健夜「…もしかして、見てた!?」

    恒子「いんやあ、見てないよ」

    健夜「よかったあ」

    恒子「二人が熱ぅ~いキスをしてることろなんてね」

    健夜「も、もうっ!見てたんじゃん!?早く実況に戻りなよ!」

    恒子「はいはい……あと京太郎くん、タイトル戦頑張んなさい」

    京太郎「はい!」

    健夜「もうっ、こーこちゃんは…」

    京太郎「…福与さん、いい人だなあ」

    健夜「えっ!うわ、浮気!?」

    京太郎「そんなことしないよ…」

    京太郎「福与さん、俺が初のタイトル戦で緊張してるから、わざとああ言ってくれたんだよ」

    健夜「そ、そうだったんだ。後で感謝しなくちゃだね」

    はやり(3×)「おーい、京太郎くん!」

    京太郎「あ!お久しぶりです、瑞原プロ」

    はやり(3×)「久しぶり。今日はよろしくね」

    健夜「ちょっ…!すごい格好してるね、それ」

    健夜「痴女…というより、もはや露出狂だよその服!?」

    はやり(3×)「えー、最近流行ってるんだよこの服、ほらこれ見てよ」

    健夜「なにスマホまで出して…なになに」



    『茨城在住のあるデザイナーは、スランプに陥っていた』

    『あるとき、茨城で開かれていたフリーマーケットを覗くと、そこにはとんでもない服が』

    『これにインスピレーションを受けた彼は、次々と新作を発表してゆく』

    『最初は麻雀界隈の一部のみで流行っていたものの、今ではその茨城スタイルは世界的なものになりつつある』

    『そのブランドの名前は、彼がフリーマーケットで発見した服に付いていた文字からとった』

    『K.K、と』



    はやり「ねっ!」

    京太郎・健夜「Oh…」

    K.K=Kumakura Kyoutaro です…本当にありがとうございました


    トシ「ほら、試合はじまるよ。早く行きな、二人とも」

    京太郎「監督!」

    京太郎「そうですね、行ってきます」

    トシ「ああ、いってらっしゃい」


    ________

    _____

    __


    京太郎「今日は負けませんよ、嫁と娘が見てるんです」

    はやり「まだまだ、新人君には負けないよ」

    アカギ「久しぶりだな、京ちゃん……だが、勝つのは俺だぜ……!」

    野依「負けないっ!!」



    京太郎「あー、そういえば…」

    はやり「ん?」

    京太郎「……約束、守ってくれましたね」

    はやり「なんのこと?」

    京太郎「いえ、何でもありません。さあ、いきますよ!!」











    京太郎「カンッ!!」

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最終更新:2014年03月31日 16:11