【前回までのあらすじ】

宥「お鍋とか食べたね~」

<食べたいね~

<ね~


この一言が発端となった。


灼(また宥さんがわけのわからないこと言い出した)

尭深「さすがに、屋外でお鍋は無理があるかと」

宥「そっか~」ショボ~ン

京太郎「話は聞かせてもらいました!」

宥「あ、京太郎くん」ポヨヨ~ン

尭深「須賀君?」タプ~ン

灼「いったいどこから」ツルペッターン!!

京太郎「……」

京太郎「俺はいつだって鷺森先輩の味方です」ポン

灼「……」イラッ

京太郎「まぁそれはいいとして、ここはひとつ俺に任されてみませんか?」

宥「?」

京太郎「今日のお昼はお鍋にしましょう」

宥「え、いいの?」

京太郎「問題ありません。俺はいつだって宥さん全肯定の論調で語ってますから」

宥「はわわ///」




こうして俺たちの昼食は鍋パーティーとなった。


京太郎「と、見栄を張ったはいいが準備が大変そうだな」


土鍋はある。何故あるのかとかは気にしていけない。少なくともこの世界観においては。


淡「あ! キョータロー!」タタタッ

京太郎「問題は具材だな。買出しに行かないと材料なんてないしな」ブツブツ


そういえば亦野先輩の成果はどうなったろうか。鰤とか釣れてるなら是非とも分けてもらいたいが。


淡「あのね! 向こうですっごいキレーな貝殻拾ってね!」ピコピコ

京太郎「とにかく今から買出しに行かないとな」

淡「買出し? 私も行く!」ピョンピョン

京太郎「しかしさすがに今回は一人だと少し厳しいな援軍を呼ぶか」

淡「ねーねー! キョータローってばぁ!」ブンブン

京太郎「けど仮にも先輩たちに頼むのは気が引けるしな」

京太郎「和とはちょっと2人っきりだと顔合わせ辛いし、理由が理由だけに憧にはからかわれそうだし」

京太郎「穏乃はどこか突っ走って行きそうだし、咲は迷いそうだし、優希はタコスだし、空気はそもそも生命体じゃないし」

淡「キョータロオオオオオオーッ!!」


絶叫に近い高音が俺の耳朶を劈く。
音源を捜すと、いつの間にか傍らには淡が立っていた。


京太郎「あ、淡……お前いつか、」

淡「私ってそんな後?」

京太郎「なにが?」


俯いて髪先を弄っている淡。心なしかいつもの元気がない。


淡「私ってそんな後なんだ。その買出しの手伝いに呼ばれる順番みたいなの」

京太郎「え?」

淡「ちょっと傷付いた、かも」グス


え、っと。よくわからないが淡はどうやら自分の名前が挙がらなかったことが不満らしい。


京太郎「いや、違っ、これは違くて淡をハブにしたとかじゃなくて」

淡「ホントぅ?」


その上目遣い!


京太郎「お、おう。じゃあなんだったら一緒に行くか?」

淡「良いの!?」パァァ


俺の提案に途端に破顔する淡。


京太郎「いいって言うか、単なる買出しだぞ?」

淡「良いの! ほら行こう! ね?」グイグイ

京太郎「おい、そんな引っ張るなって!」


淡は急にに俺の手を取ると、急き立てながら走り出した。
先生と部長に軽い連絡を入れ終え、俺と淡は並んで海岸沿いの街道を歩く。たしかこの先に小さなスーパーがあったはずだ。


淡「ところで買出しってなに買うの?」

京太郎「昼飯の材料」


覗き込んで尋ねてくる淡に視線を向けながら返答を返す。


淡「あれ? でもお昼は海の売店で買うんじゃんなかったっけ?」ハテ?

京太郎「まぁそうなんだけどちょっと鍋をやることになってな」

淡「鍋ってお鍋?」

京太郎「ああ」

淡「キョータロー頭大丈夫?」

京太郎「失礼だなお前は」

淡「だって夏だよ! 夏真っ盛りだよ!? なんで海に来てお鍋なの?」


なんかそこまで言われるともっともな気がしてきた。


京太郎「いや、でも宥さんがな」

淡「! ……ふーん。ユーの」


あれ? またなんか機嫌が。


淡「むぅ」プクゥ

京太郎「……」


ほっぺが膨れておられる。
なんか地雷踏んだか?


淡「うぅ……」ブルル


いきなり淡が身を震わせた。それから両手で肩を抱き身を縮込ませる。


京太郎「寒いのか?」

淡「わかんない」

京太郎「海から上がってちゃんと身体拭いたのか?」

淡「拭いてない」

京太郎「はぁ、ったく」


俺は自分の羽織っていたパーカーを脱ぎ淡に差し出す。


京太郎「これ着とけ」


俺の言葉に目を丸くする淡。


淡「いいの?」

京太郎「無いよりましだろ?」

淡「……ありがと」

手渡した上着をいそいそと羽織る淡。

淡「……」スンスン

京太郎「ちょ、おおい!? なに嗅いどんじゃ!」

淡「キョータロの匂いがする」

やめて! 羞恥プレイはやめて!!

淡「んふふふ~」ニッコニッコ

なんかまた機嫌よくなってるし。ちょっと刹那的に生き過ぎじゃないですかね?

淡「それで買うものは?」

京太郎「ん~、とりあえず水、料理酒、みりん、醤油、和風だし、塩、かつおだし……」

京太郎「寄せ鍋のつもりだからこれと言って決まりは無いけどお前なに入れたい?」

淡「野菜はイヤ」

京太郎「わかった野菜はしこたまぶち込もう」

淡「鬼!」


キングクリムゾン!


淡「いっぱい買ったね」

京太郎「大所帯だしな。まぁ余ったら俺が持って帰るさ」

言いつつ袋を持ち直す。もちろん自前のエコバッグである。

淡「重い……」


同じく袋を持とうとしている淡だが、言葉の通り割と大量に買い込んだのでその分だけバッグも重くなっている。
淡の二の腕がぷるぷる震えている。


京太郎「ほら貸せ」


そういって手を差し出す。


淡「え? でもそれじゃあ一緒に来た意味ないし……」

京太郎「でも、お前持って帰れないだろ?」

淡「そうだけど、あ! じゃあこれで!」


そういって袋の両側に着いた取っ手。その両端をそれぞれ俺と淡で片側ずつ持つ。


淡「えへへ、これなら私も持てる」

京太郎「まぁ、いいけど」


事なきを得て肩を並べて帰路に着いた。
海水浴場に戻り買って来たものを折り畳み式のテーブルに置く。


淡「ふい~疲れた」


凝った手首を振り、具合を確かめながら一息つく淡。


京太郎「おう。ご苦労さん」

淡「……」


俺の労いに返事をせず、黙って見上げてくる。


淡「それだけ?」


え? 


京太郎「い、いいいいくら欲しいんだ!?」プルプル


財布を取り出し、小銭と札を確認する。
買出しの手伝いしただけなのにお金要求してくるなんて、淡、恐ろしい子!?


淡「違うわアホー!」タタタッ


怒って走り去ってしまった。
っていうか上着返せよ。


誠子「今、淡が走っていたけど須賀君なにかしたの?」

京太郎「あ、亦野先輩」


そこには釣竿を担いだ亦野先輩の姿が。


京太郎「首尾は?」

誠子「上々。……じゃなくて淡になにかしたの?」

京太郎「いや、なんでそこで疑いの余地も無く俺なんですか?」

誠子「そりゃあ、ここ最近の淡の悩みの種はもっぱら君だからさ」

京太郎「?」


亦野先輩の言い振りはいまいち要領を得ない。


誠子「で、いったいなにしたのさ」

京太郎「なにっていうか、」


俺はここまでの経緯を先輩に説明する。
時折頷きながら聞いていた先輩が、得心が行ったとばかりに口を開く。


誠子「それはたぶん褒めてほしいんだよ」

京太郎「え?」


意外な意見に思わず間抜けな声が漏れた。


京太郎「え~っと、たかが買出しの手伝いですよ?」

誠子「そうだね。でも、たとえば淡は1年からレギュラー入りして部活では常に練習練習」

誠子「基本的に新入生がこなす様なそういった雑用はしてこなかった」

誠子「才能を生まれ持ったばっかりにそういった普通の人が当たり前のように経験することを得ないまま育ってしまった」

誠子「だから私たちにとってはなんでも無いことでも淡にとっては大事なこともあるんだ」

京太郎「はぁ……」

誠子「っとまぁ偉そうなこと言ったけどもっと単純に須賀君の役に立ったから褒めてほしいだけかもね。甘えてるんだよ」

京太郎「けど、逆に怒らないかな?」

誠子「それはどうだろうね。けどそれで本当に怒るかどうかは君のほうがわかってるんじゃないかな?」


俺は背中に鉄板仕込んだかのように背筋を伸ばし、敬礼の姿勢を取る。


京太郎「うっす。さすが亦野先輩、ありがとうございます!」


やはり困ったときは2年生だな。約一名を除いて、真っ当な人材が揃ってる。


京太郎「お~い、淡!」


砂利を蹴って砂浜を走る。目標はあまり移動していなかったのかすぐに見付かった。
波打ち際にしゃがみこんで、なにかやっている。


京太郎「なぁおい淡」


俺の声に一瞬肩を震わせた淡はゆっくり立ち上がり、肩越しにこちらを一瞥してくる。


淡「なに?」


淡らしからぬ酷く平坦な声。


京太郎「さっき悪かったよ謝るから、な? こっち向けよ」


渋々という感じを隠そうともせず身体の向きを変える。後ろ手に両手を組み、いじけた様に打ち寄せる水面を蹴る。


京太郎「え~っと、なんだ。買出し手伝ってくれたありがとな?」

淡「……うん」

京太郎「助かったよ。その、偉かったぞ?」ナデナデ

淡「!?///」


そういって俺は淡の髪を撫でた。その瞬間、淡か頬に朱が差し込む。


淡「あ、あわわわ。ああ、あのね!!」

京太郎「うん?」

淡「こここ、これ!」


差し出された右手、その上に載った小さな欠片。


京太郎「貝殻?」

淡「う、うん。その……綺麗だったからキョータローにも見せてあげようと思って」

京太郎「へえ、ホントに綺麗だな」


淡の手から貝殻を受け取り指先で摘むとそれを太陽に翳す。


京太郎「ありがとな、淡」

淡「うん!」

京太郎「さ、戻ろうぜ。腹減っただろ?」

淡「うん。あはは、実はお腹ペコペコ」


そういって淡は少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
もと来た砂浜を引き返していく俺たち。


淡「あのね、キョータロー」

京太郎「あん?」

淡「私、毎朝キョータロのお味噌汁が飲みたいかも」

京太郎「え、やだよ。めんどくせぇ」

淡「」


【次回予告】


                   __
              . -'" ̄     ̄`   、
            /              ヽ、
            /      .  . . . : : : : : : . . .  \
           /    .:r . : ! : : : |: : : : : :゙.: : : : ヽ:.\
        /    .: :| . : : !.: : : :| : : |: : : l!: : : :ハ.:l: : .ヽ
        ,'     ..: :|. : : :l: : :∠L: :l|: : :l:|l: |: :l :| :!: : l:ハ
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       ,  l  . .:|.. : :!: : : :!/ "´'" '" ´  l从:!: |: :,'l: !
        |  l . : :|: : :.|: : : :l  ,ィ==、    ,ィ=、リ!: :l:/ l/
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      '  . : : :.! : : : :.`゙、ヾ\ヾー‐ァtノニヽ: |: :_!_,':!
     .  . ;.r‐''ヽ: : : : : :ヽ、r''ヾ!ヽ'_/─, | ト-y'/_: |
        /    \\: : : : ヘ\:::::::〈 ‐(_!ノ'゙ Y /  ヽ
     ,'  .!     ヽ.\: : :∧<:_:/l  ヽ   .|   λ
     /  .:l         Yヽ: : :K_::::}、  } ノ    l ゙.
    ,  .: l         } ヽ: :.ヽ. Y \  /   Y   !
.   /  . : ハ       ∨  ヽ: ,L/   ヽlヽ   ヽ  !
  /  . :/: :.ヽ       ヽ   Y      `l    丶 l

      クロ中尉[First Lieutenant Kuro Matsumi]
.             (1995~ 日本)




グツグツ

憧「煮立ってる」

和「煮立ってますね」

まこ「なんでお前さんはこれを作ろうと思ったんじゃ?」

京太郎「なんででしょうね? 一時の情念に身を委ねると失敗するということを身をもって体現したというか」

久「よくそういう適当な言い訳即座に思い付くわね」

京太郎「そらもちろん部長の教育の賜物ですよ」

久「その、あなたの人格形成の責任の一端を私になすり付けるのやめて」

宥「あったかそう」ニコニコ

京太郎「どうですかこの笑顔。なんかもう……なんでも許せる感じしませんか?」

まこ「まぁ、こんだけ幸せそうじゃとな」

京太郎「いいですねぇ。美人は特ですねぇ」

京太郎「お前は損だな」ポン

咲「京ちゃん、ちょっと向こうでお話しよっか? 大丈夫少しだけ麻雀を交えながら親睦を深めるだけだから」クイクイ


全員『いただきます!』

誠子「あ、でも美味しい。暑いけど」

灼「暑い。けど美味し」

玄「これなら毎日でも食べたいですね!」

菫「え、いや毎日はちょっと……」

和「すみません。タオル取ってもらっていいですか?」

晴絵「お酒がほしくなる」

京太郎「駄目ですよ。帰りも運転あるんですから」

宥「あったか~い」

京太郎「宥さん、土鍋に手ぇ近付けないでください。危ないから」

京太郎「照さんはご飯のときはお菓子食べない」

京太郎「あ! おい優希、鍋にタコス入れようとするな。美味いものに美味いもの足しても必ずしも美味いとは限らねぇから!」

京太郎「淡は春菊を脇に除けない。野菜もちゃんと食べる!」

京太郎「穏乃! 手掴みで食うな!」


憧「全部つっこんだ」

久「まぁ半分仕事みないなものよね」


咲「京ちゃん、うるさい」

京太郎「あ”あ”!?」

咲「……」ツーン

京太郎「ったく」ブツブツ

和「まぁまぁ須賀君も抑えて抑えて」

玄「仲良く食べたほうがご飯も美味しいよ」

玄「京太郎くんも。はい、あーん」アーン

京太郎「え?」

和「な!?」

憧「ちょ、く、玄!?」

玄「え? あ…………はぁ!?」

咲「……」

京太郎「は!? 今、俺絶好の好機を逃したんじゃないか?」

京太郎「『はい、京太郎くんあーん』、『おい、よせよクロみんな見てるだろ?』」

京太郎「『これじゃまるで俺たち恋人同士みたいじゃないか』、『えーうっそーマジー超キモーい』」

和(ミ○キーみたいな声ですね)

京太郎「みたいなさぁわかるこれ? この感じ」

玄「//////」

憧「いや、その声真似は確かに超キモいけど」

京太郎「玄さんにあーんをしてもらいつつ、それを指摘してテレ顔を堪能する。一挙両得」

京太郎「のはずが、素で返してしまったからな。一瞬の判断ミスで人生を棒に振ったな」

和「そんな重大なことですか?」

玄「あの、それくらいならいつでも」モジモジ

京太郎「いえ、意表を突いてもらわないと面白みが無いので結構です」

玄「」

憧「あんた今、自分の人生盛大に棒に振ってるわよ」

京太郎「俺さ。憧のそういう鋭い突っ込み結構好き」

憧「うっさいわ」


チョイチョイ

京太郎「ん?」

尭深「あーん」

京太郎「……」

京太郎「あーん」モグモグ

尭深「美味しい?」

京太郎「うーん…………美味い!」\テーレッテレー/

尭深「よかった」ニコ

京太郎「ふむ……」

京太郎「これだよこれ」

憧「なにが?」

咲「……」

京太郎「だから咲。無言なのは怖いよ?」




京太郎「スイカ割りやるべー!」

穏乃「スイカ割りやるべー!」


スイカを掲げながら小躍りする俺と穏乃。
海に来たらなにやる?
スイカ割りっしょ!


優希「いつの間にスイカなんて用意したんだ?」

京太郎「ん? ん~……さっか?」

憧「答える気ゼロね」

穏乃「ねー京太郎ー。スイカどの辺に置く?」


アコスとタコスとくだらない問答をしていた俺をよそに穏乃はすでにスイカのポジショニングに入っていた。
穏乃ってなんか自分のやりたい事とかにすごいやる気の生産性を見せるよね。
その瞬発力に乾杯。


穏乃「あ、でも下にシートとか敷いた方が良いよね? 衛生的に」


衛生……だと?


京太郎「なんか似つかわしくない単語来たな」

穏乃「え?」

京太郎「いや、なんでもない」


泥だらけの手で松ぼっくりとか齧ってそうとか言ったら怒られそう。


京太郎「さて、スイカの位置も定まったところでここからが本番」


口元を歪めて笑う。


京太郎「誰を支配下におきたい?」

和「なんで一々そういう言い方をするんですか?」

憧「じゃあ京太郎で」ピッ

優希「犬は常に私の支配下だじぇ」ピッ

穏乃「なら最初は京太郎で良いんじゃないかな?」ピッ

咲「……」スッ」

和「ではここは多数決で須賀君ということで」

京太郎「民主主義なんてクソ喰らえだな」

和「では共産主義の国にでも政治亡命しますか?」

京太郎「バカと俺が同等に扱われる国なんて真っ平ごめんだね」


目隠しをされ、手には木刀……は、なかったので柄に『四万十川工房』と彫られた棒を持って砂浜に立つ。
スイカ割りの戦士、須賀京太郎。すなわち俺。


京太郎「さぁどっからでも来い!」

咲「京ちゃん、こっち。こっち!」パンパン


こっちってどっち?


憧「京太郎、前!」

京太郎「……」スタスタ

優希「止まれ!」

京太郎「……」ピタ

穏乃「しゃがめ!」

京太郎「……」スッ

穏乃「バック宙!」

京太郎「出来るかぁ!?」ボスッ


投げ捨てた棒切れが鈍い音とともに砂浜に突き刺さる。


穏乃「次、私ー!」


無能の烙印を押され地面にうな垂れる俺を放っておいて、さっさとゲームを進めていく女性陣。


和「穏乃もっと右です」

穏乃「右ってどっち!?」

優希「お箸を持つほうだじぇ!

穏乃「お箸を持つほうってどっち!?」

和「右です」

穏乃「なるほど!」


大丈夫かこいつ?


憧「シズ! 違うそっちじゃなくて、もっと……ああっ!?」

穏乃「チェストー!」


転瞬、後頭部に鈍痛。


穏乃「あれ?」


俺の身体は真夏の熱い砂浜にノックダウンした。

目を開けると、世界が90度傾いていた。
後頭部に鈍痛。そうか、俺は穏乃の放った誤射で昏倒させられたのか。
…………あの野郎。後で泣かす。
それはそれとしてこの頬っぺたに張り付く柔っこい人肌は……?


京太郎「……」チラッ

咲「……あ」


視線が絡まる。


京太郎「なんだぁ。咲かぁ……」


ドスッ

京太郎「ぐふっ!?」

咲「ふん!」



京太郎「ってなことがありましてね」

誠子「ふ~ん」


近くの埠頭。亦野先輩が釣り糸を垂らすその横で、俺は体操座りをして海を眺めていた。


誠子「で、気が付いたらここにいたと」

京太郎「まぁ、はい」

誠子「便利な場面転換だね」


やだ、辛辣。


京太郎「あ、これスイカです」

誠子「こりゃどうも」


俺たちは並んでスイカを齧る。(俺が寝てる間に)割ったものではなく後できちんと切り分けたものだ。


誠子「うん。冷たくて美味しいね」シャクシャク

京太郎「ですね」シャクシャク



京太郎「ビーチバレーやるべー!」

淡「ビーチバレーやるべー!」


ビーチボールを掲げて小躍りする俺と淡。


憧「私、パース。疲れちゃった」

和「私も少し休憩しますね」


ああ、和がパラソルの下へと去って行く。


京太郎「ちぃ……」

玄「う~む……」

京太郎「……」チラッ

玄「……」チラッ


ガシッ

俺たちは硬い握手を交わした。それはおそらく穢れのない天上の風景だっただろう。


菫「はぁ!」スパーン!


菫先輩の放った鋭いスパイクが地面に突き刺さる。


京太郎「く、さすが白糸台のシャープシューター括弧笑い」

菫「京太郎、次言ったら顔面を打ち抜く」

京太郎「はい」

照「ふっ!」ギュルルルルル


高速回転する右腕から繰り出されるサーブ。予測不能な軌道を取るビーチボールが迫る。


玄「させません!」


玄さんの手首が翻り、ボールの乱回転をいなしながら打ち返す。
ボールは上ではなく、横に軌道を取りネットの脇を迂回しながら疾走していく。


照「ポール回し!?」


そんなんありかよ。


玄「名付けて、玄スネイクなのです」キュピーン!


なにそのドヤ顔。


淡「あまい!」


意表を突いた玄さんの奇策も、うねり猛る淡の髪に絡め取られていた。


京太郎「いや、ボール持っちゃったらそれ反則だろ」

淡「あわっ!?」ズコーン


熱月の夢! 白熱の終章! これを取った方がマッチポイント。つまりオーラス!  


菫「照!」

照「はい!」ポスッ


照さんのナイスアシストを貰い、菫先輩が再び空に舞う。弾むおもち!


菫「せい!」スパーン


しまった!?
あまりにすばらな光景につい見惚れてしまい、反応が一瞬遅れた!
俺の脇を抜け、ひとつの影が躍る。それは今まで沈黙を保ち、アシストに徹していた鷺森先輩だった。


灼「はっ!」


鋭い一喝とともに突き出される右腕。その先端、親指と中指、そして薬指がビーチボールを貫通した。

……………………は?
弾力破断限界を越え、ビーチボールが乾いた音を上げて爆ぜる。


灼「ふぅ……間一髪」


なにが?


玄「すごいよ灼ちゃん!」

照「見事な刺突だった」bグッ

菫「出来るなら是非、うちにほしい逸材だ」ウンウン

淡「ねーねーアラタ。もっかい、もっかいやって!」

灼「あ、いや。その……///」カァァ


持て囃す皆々様。照れる先輩。取り残される俺。
俺がおかしいのかなぁ? これ、俺がおかしいのかなぁ?
なんかみんなちょっと常軌を逸し過ぎてない? 突込みが追いつかないんだけど。
やめるか。この面子に一々突っ込んでたら切りないからな。


菫「ボールが無くなってしまった」


まぁな。っていうか、菫先輩は常識人の、こちら側の人間だと思ってたのに酷い裏切りだよ。こんなのってないよ。


淡「新しいの取ってくる!」


駆け出す淡。


京太郎「おい、ちゃんと前見ないと」


言うな否や、


玄「きゃうっ!?」

淡「あわん!?」


近くにいた玄さんにぶつかった。
跳ねる肢体。撓む身体。弾むおもち(二回目)。
解れる結び目。零れる、……えっ!?


玄「はうっ!?///」


咄嗟に胸元を押さえる玄さん。吸い寄せられそうになる視線を気合で逸らす。


玄「み、見た……?///」


顔を真っ赤にしながら恨みがましい目で問うて来る玄さん。


京太郎「……」ブンブン


千切れんばかりに首を振る俺。


女性陣「……」ジトォ


疑わしいと言わんばかりにねめつけて来る。これ俺の所為か?


玄「k、京太郎くんはもう大人だから……、玄の裸を見てもいやらしい気持ちになったりは、しないんだよね?///」


ん? いや待て、俺は常識人として振舞いたいね。ここが紳士と変態の分水嶺。


京太郎「大丈夫ッス。僕、そういうの興味ないんで」


完璧。これなら俺に掛けられた嫌疑、も……。


玄「ふ、ふふふ……あはは、興味ないんだぁ?」


あれ? なにこの空気?


京太郎「ってかあれ、みんなどこ行った?」


気付けば、回りには俺と玄さん以外誰もいなくなっていた。普段なら鬱陶しいくらい絡んだ来る淡や照さんの姿もない。


玄「あははははは」


哄笑する玄さん。煌めく銀色。…………え?


玄「ザックリザックリwwwwwザックリザックリwwwwwwザックリザックリwwwwwwザックリザックリwwwwwザックリザックリwwwザックリザックリwww」

玄「ザックリヨイショwwwwwザックリヨイショwwwwザックリヨイショwwwwwwwwコレハドウカナァ?wwwww蛇翼崩天刃!」ザシュザシュザシュザシュ

京太郎「玄さん、それ、蛇違いや……」

玄「千魂冥烙……」


ポロリもあるよ!(俺の首が)
けど痛くないよ!(即死だから)



京太郎「はぁっ!?」ガバッ


急激に意識が覚醒。コンクリ床の上で俺は勢いよく上体を起こす。


誠子「あ、起きた?」

京太郎「はぁ……はぁ……あれ?」


そこは亦野先輩が釣りをしていた埠頭。


誠子「大丈夫? すごい汗だけど」

京太郎「え? あぁ……」


頬を伝う雫を手の甲で拭う。


誠子「うなされてたけど、いやな夢でも見たの?」

京太郎「ええ、まぁ、はい。なんか、バタフライナイフと鎖持った玄さんに追い掛け回される夢見ちゃったよ」


俺は頭を振り、悪夢を追い払う。


京太郎「そんなわけないですよね。いつもにこにこしてて優しい玄さんに限って」

誠子「あはは、まぁ、ね?」

京太郎「なんか、ここ来てからおかしな事ばかり起きてる気がする」

誠子「ねぇ須賀君。ここから何が見える?」

京太郎「はい?」


亦野先輩が指差す先。そこに広がるのは……。


京太郎「海、ですか」

誠子「そう。私はね、昔からなにかあると海を眺めに行ってたんだ」

誠子「私は白糸台の中じゃあ凡人な方だし、そうでなくても昔からなにをやるにも失敗は付いて回ったからね」

誠子「だから落ち込んだことがあると、こうやってよく海を眺めてたんだ」

誠子「そうすると、なんだか自分の悩みが酷く小さなものに思えてね。また次もがんばろうってそんな気になれるんだ」

京太郎「それが高じて釣りが趣味になったんですか?」

誠子「はは、まぁね」

誠子「だからまぁ、君もここでしばらく海を眺めて行くと良いよ」


青い空。白い雲。寄せてはかえす潮騒。果てしなく続く水平線。
ささくれた心が凪いでいくようだった。


京太郎「先輩」

誠子「ん?」

京太郎「ありがとうございます」

誠子「これでも年上だからね」

京太郎「はは、ご尤も」


顔を見合わせて笑う。穏やかな笑みだった。


誠子「むっ!?」


柔和だった先輩の表情が引き締まる。それに合わせて俺たちを取り巻いていた空気が帯電して行く。


誠子「掛かった!」


先輩の声に導かれ垂らされていた釣り糸を見る。それは先程のまでの緩んだものではなく、
獲物が掛かったことを告げるように強く張られていた。


誠子「これは、大きそう!」


苦々しく呟きながら先輩の顔が強張る。俺は置かれていた釣り用タモを手に取る。


誠子「それはいいから今はこっちを手伝って!」


先輩の声に俺はタモを投げ出し、竿を握る先輩の手に自身の手のひらを重ね竿を立てる。
獲物も必死で抵抗する。海面に連なる釣り糸が右へ左へと激しく動く。
竿を持っていかれそうになるのを踏ん張りながら耐える。先輩の手は必死で竿を起こしながらリールを手早く巻き取っていた。
海面に魚影が浮かび上がってくる。これはなかなかの大物だ。目算で50cm前後。
ここで一か八か。


京太郎「先輩、ここは俺に任せてください!」

誠子「任せててって?」

京太郎「こうするんですよ! …………とぅ!」


俺は先輩から身を離し迷わず海へ飛び込んだ。



誠子「……………………………………………………へ?」


ワー! キャー!

和「なにやら騒がしいですね」

咲「どうかしたのかな?」

穏乃「大変大変! 海で誰か溺れてるんだって!」

憧「えぇ!?」

晴絵「うちの子たちは全員いる!?」

晴絵「各校の部長は点呼取って」

灼「阿知賀は全員いる」

久「清澄も、あら? 須賀君は!?」

菫「うちに亦野もいない」

照「誠子は埠頭のほうに行ってた。京ちゃんがそっちに行ったのを見たからたぶん2人は一緒に」

淡「そんな! セーコ先輩とキョータローが」

菫「落ち着け、あの2人に限ってそんなことは……」

灼「でも、もしかしたらってことも」

晴絵「私は現場に行ってくる。あんたらはここ待機いいね?」

灼「ん…」コク

久「はい」

菫「わかりました」

晴絵「2人ともどうか……」ボソ

タタタタッ


咲(…………京ちゃん)


オイ、アレウイテルノヒトジャナイカ!?

ライフセーバーマダカヨ!?


晴絵「どいて、どいてください!」


そこで目にしたのは波に揺られる人影。
遠くて見辛いが、それは辛うじて金髪だと判断できる。


晴絵「まさか、ホントに須賀君!?」

咲「そんなっ!?」


思わぬ声に、晴絵は脇を振り返る。


晴絵「宮永さん! 待ってろって言ったでしょ!?」

咲「だって私! 京ちゃんと仲直りしてないんです! なのに、なのにこんなのって……!」


咲は涙を零しながら海水を掻き分け、海へ入って行こうとする。


晴絵「バカ! 素人が勝手なことするんじゃない!」


咲は静止の声を振り切り、大切な人の許へ駆け出していた。


誠子「いやー、須賀君がテトラポットに頭から激突していった時はさすがにどうしようかと思ったよ」

京太郎「あはは、まさか俺も埠頭の先から海まであんな距離があるとは思いませんでしたよ」ダラダラ

誠子「ところでまだ血、止まってないけど大丈夫?」

京太郎「大丈夫大丈夫。こう見えて血の気は多いほうなんで」

誠子「そっかそっか。でもおかげで大物が釣れて良かったよ。これは竿頭は須賀君に譲らないといけないかなぁ」

京太郎「よしてくださいよ。俺はただ手伝っただけなんですから」


ワー! キャー!

オンナノコガー!


京太郎「なんか騒がしいですね」

誠子「なにかあったのかな?」

京太郎「ちょっと見てきますね? すみませーん、なにかあったんですか?」

晴絵「どうする。私が行くか? けど私まで溺れたら、誰が……くそっ情けない!」

京太郎「先生? どうしたんですか?」

晴絵「ああ、実は須賀君が海で溺れたらしくてそれは助けるために宮永さんが海に」

京太郎「なにぃ!? 俺を助けるために咲が海に!?」


言うが早いか、京太郎は荷物をその場に放り出し海へと駆け込んでいった。


晴絵「あれ!? 須賀君!?」

誠子「あの、先生。どうかしたんですか?」

晴絵「あれあれ? 亦野さん?」

誠子「はい、亦野ですけど?」

晴絵「あれー?」



咲(京ちゃん! 京ちゃん!!)


咲は必死に泳いだ。
泳ぎどころか、運動すら得意とはいえない自分だけどそれでもなお懸命に手足を動かした。
けれど大自然のうねりの前に非力な少女一人の力など矮小に過ぎた。
日が傾きはじめことにで海面が上昇し、波が高くなっていたのだ。
しかし遂に、咲は水面のに漂うそれへと手をかけた。
大切な人への思いが限界以上の力を発揮したのだ。


咲「京ちゃん! 大丈、……え?」


咲の掴んだそれは、幼馴染の少年でもなんでもなく単なるマネキンだった。
デパートの服売り場で悠然と佇んでいる様などこにでもある人形。
水難事故は誤報だった。
安堵と、それを上回る虚脱感。全身の一気に抜けた。

その瞬間、まるで悪意あるもののように迫る高波が咲の身体を頭上から飲み込んだ。
俺は咲の向かった方角に走り出し、波打ち際の水面を蹴り上げたところで急制動。
視線を巡らせ、目当てのものを探す。
あった。


京太郎「すみません! それ貰っていいですか?」


若い男女の女の方が手に持っていたものを指差す。


女「え? こ、これ?」


それは飲みかけのペットボトルだった。
俺は強く頷く。その剣幕に押されて、女はペットボトルを差し出してくる。
手早く栓を外し中身をすべて地面に流す。そして再び栓をすると、それを握りしめながら駆け出した。
後方からなにやら声が掛かるがすべて無視。


京太郎(待ってろ咲!)


海中を進み、足がつかなくなったあたりから泳ぎに移行。
片手が塞がっているが、染谷先輩に習った古式立ち泳法を混ぜた泳ぎでなんとか進む。
一秒でも早く。咲の許に!

先行していた咲の姿が高波に飲まれる瞬間が目に入る。
焦る気持ちを精神力で抑え、なんとか距離を詰める。
海上に潜水艦の潜望鏡のように出していた頭部を引き下げ、潜水に移行。海中に沈んだ咲の姿を探す。

いた。少し流されたようだがおおよそ右手前方二時十三分の方向、目算で8メートル。
俺は海水を掻き分け、身体を水平に移動。
咲はまだ沈んで間もないため、辛うじて意識が残っているようで必死に手足をバタつかせている。

ここだ。ここからがもっとも神経を使う作業となる。
水難事故で最も恐ろしいのは二次災害だ。
たとえば、よくありがちなケースとして溺れた子供を大人がすぐに飛び込んで泳いで助けに行く。
っというのはよくある話だが、実はこれは最もやってはいけないことである。
水に溺れた遭難者は基本的にパニック状態に陥っているため助けに来た救助者に必死にしがみ付こうとしたりして暴れるため、
それによって救助者が逆に水に引きずり込まれまとめて溺れてしまうことになりかねないからだ。

極論からいえば、遭難者が気を失ってから助けに行くのが安全なのだが生憎、
目の前で苦しんでいる咲を放って置けるほど俺の気は長いほうではない。
俺は手に持っていた500ミリリットルの空のペットボトルの感触を確かめる。

本来なら1,5リットルのくらいの方がいいのだが仕方がない。っというかそもそも浮き輪なりなんなりを借りてくればよかった。
やはり、自分で考えている以上に俺は冷静ではないらしい。

慎重に咲へと近付いていく。
暴れる両手にぶつからない様に迂回しつつ、背中側に周り腰に腕を回す。
鼻先を手の甲が掠める感触に鼻の奥が熱くなるが、懸命の堪えて海上を目指す。
咲の左の肘が俺の脇腹を打つ。肺から気管支を抜けて呼気が抜けていき、俺たちよりも一足先に気泡が昇っていく。
三半規管の混乱を押さえ込み脚で水を蹴ってさらに上昇。
どうやら体力が限界に近いらしく咲の動きが次第に弱まってくる。

ここで手にしていたペットボトルを咲の顎下に添える。
これは所謂、『浮き』の役割で即席の救命具だ。
海面の表面張力を突き破り、俺たちはなんとか海上へと顔を出した。
貪るように酸素を吸い込む。口を開閉させ、肩を上下させながら全身で空気を取り込む。

俺に抱きかかえられた咲は、一度大きくむせ返り鼻と口から海水を吐き出す。
それから一呼吸置いて弱々しいながらもなんとか自力で呼吸していた。
安堵の溜息。なんとか最悪の事態は回避できた。

両手が塞がっているため、バタ足しかできないがそれでなんとか水を蹴って沖を目指す。
腕の中に納まる咲に目をやると、濡れた睫毛が微かに震える。


咲「ん……あれ?」


視界に靄がかかったように焦点が定まらず茫々と宙を泳いでいる。
泳いでるのは俺なんだけどね。なんて冗句が浮かんでくるくらいには心身ともに回復してきた。
いや、身体は疲れきっているが咲の無事がわかっただけでも俺にとっては活力元となる。


京太郎「気付いたか?」

咲「京ちゃ、え!? なんで?」

京太郎「いいから、もうしばらく大人しくしてろ」

咲「う、うん」


いろいろ問い詰めたいんだろうが身体が疲れきっているため今は俺の言葉に従い口を噤む。
問い詰めたいのは俺のほうだと言いたいが、俺もおしゃべりで無駄な体力の消耗は避けたい。

突如発生した高波の身体が煽られる。
咲を放すまいと腕に力を込める。甲高い悲鳴。


咲「ちょ、ちょっと! どこ触って!?」

京太郎「どこも触ってねぇよ! いいから大人しくしてろ」


またも波に飲まれそうになる。波濤が渦を巻き、俺たちに覆いかぶさって来る。


咲「うひゃぁ!?」


顔を真っ赤にしながら溺れかけていたとき以上の勢いで手足を暴れさせる咲。


京太郎「バカ! だから暴れんなって!」

咲「だって京ちゃんがぁ!?」


再び左の脇腹に鈍痛。先程打ち付けられた部分と寸分違わず同位置に打ち込まれた。
わざとでは断じてないだろうが、自分の運の悪さが腹立たしい。


京太郎「落ち着け! なにもしない。もうすぐ陸だ、かっつ!?」


俺の言葉はそこで途切れた。
おわかりいただけるだろうか? 咲の脚が男の人体急所、即ち股間を正確の打ち据えた。
全身を打ち抜く激痛。視界に火花が散る。尾?骨のあたりから力が抜くていく。
普段の俺なら激痛に悶えるだけで済んだだろうが、いろいろ限界が来ていた俺に止めを刺すには十二分に過ぎた。


咲「あ、あれ? 京ちゃん?」


事態が飲み込めない咲が、急に弱まった拘束に疑問を感じこちらを振り返ってくる。
最早、返事を返すことすらできない。
薄れ行く意識の中、目にしたのは泣きそうな顔の咲。

ああ、そんな顔すんなよ。俺は大丈夫だから。
視界の空が減り、減った分を水の青さが増していく。
再び海中に沈んでいき、意識が暗黒へと混濁していった。
頭が頭髪の先まで沈みきり、最後に掲げていた右手を誰から触れた気がした。


?「京ちゃん!」


誰だ?


?「京ちゃん!!」


誰かが俺の名前を呼んでいる。
暗闇が裂け、光が漏れ入ってくる。
自分が目蓋を開きかけているんだと気付き、そのまま一気に開け切る。
差し込む光量に、一瞬網膜が灼かれるがすぐに眼球が明度調整を行い、それに合わせて視界が戻ってくる。

目の前にあったのは唇。
小皺の見える鼻梁。
シミの浮いた浅黒い肌。
顎先にたくわえた髭。
白んだ眉毛。
禿げ上がった額。
それらをパーツとしたどう見ても中年男性の顔面が俺へと迫った来る。


京太郎「うわああああああああああああっ!?」


その横っ面を盛大に殴り飛ばしてしまった。
いや、だって……おえ、夢に出そう…………。


?「ほう? 元気そうじゃないか?」


声とともに起き上がってきたのは、

京太郎「大沼プロ!?」

大沼「如何にも、ワシだ」

京太郎「え、あれ? なんで大沼プロが?」

大沼「決まっておるだろう。お前の貞操をいただくためだ」ジュルリ

京太郎「」


次回。
【たった一人の最終決戦】





白い砂浜。青い空。微細な違和感。


大沼「ははは、これー! 待たんかー!」

京太郎「来るなああああああああああああああああっ!?」


追いかけて来るホモ(中年)。
なに? なんなの!? なんで俺がこんな目に合ってるの!?


大沼「聞けぃ小僧!」

京太郎「っ!?」


先程の猫撫で声とは違う大沼のおっさんの突然の恫喝に思わず立ち止まる。


大沼「今、お前は死の危機に瀕しておる」

京太郎「どういう、ことだ?」

大沼「ここは此岸と彼岸の境界。言わばお前さんが見ておる明晰夢のようなものだ」

京太郎「明晰夢?」


確か、見ている本人が夢を夢と自覚しながら見る夢のことだったか?
メカニズムとしては思考、意識、長期記憶などに関連する前頭葉が
海馬と連携して覚醒時に入力された情報を整理する前段階において、
前頭葉が半覚醒状態のために起こるとかどうとか。
言われてなるほどと思う。
身体を取り巻く鉛が纏わりついているような、独特の身体感覚のおかしさは夢の中のそれだ。


大沼「お前は今、海で水難事故に遭い生死の境を彷徨っている」

京太郎「……」


そうか、俺は俺を助けようとして海に飛び込んだ咲を追ってなんやかんやあって咲に……。
あの野郎。


大沼「日本とシアトルでは救命率がまるで違う。なぜかわかるか?」

京太郎「?」

大沼「日本の救急車はたとえば、緊急の走行中に目の前に別の車両が現れるとブレーキを踏む」

大沼「だがシアトルの救急車はノーブレーキで突っ込んでくる」

大沼「だから皆、臆して救急車を避けるから日本とシアトルでは救命率がまるで違う」

京太郎「? それとこの状況とどんな関係がある?」

大沼「…………ないな」

京太郎「……」


なぜ俺の周りには会話の前と後で論点がおかしい人間ばかりなのだろうか。
類は共を呼ぶ。ではない。っと思う……たぶん、きっと……。


大沼「ははは、すまんすまん」


大沼のおっさんは照れたように頬を掻きながら笑う。


京太郎「やめろ。中年のおっさんの照れ笑いを微笑ましいと思えるような奇特な趣味はないんだ」

大沼「貴様の引き締まった臀部を撫で回しながら、その菊門にワシのいきり立ったイチモツを捻じ込m」

京太郎「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


おっさん(ホモ)の汚らわしい腐れ妄想を俺の絶叫が打ち消す。


京太郎「とにかく、そういうことなら俺は帰らせてもらうぜ」


踵を返しその場を後にしようとする。
明晰夢は見るのは難しいが覚めるの簡単だと聞く。このおっさんとの物理的な距離は関係ないが、なんとなくこの場にはいたくない。


大沼「帰ってどうする?」

京太郎「なに?」

大沼の挑むような声に、俺はつい振り返ってしまった。

大沼「帰ったところでお前に居場所はあるのか?」

大沼「すべての人間は部品だ。その部品が組み合わされことで世界が成立している」

大沼「だが、お前はどうだ? 物語の主筋に関わらない」

大沼「人数合わせの背景役の一人でしかないお前があの場に戻ってそれにどれ程の価値があるのだ?」


大沼の言葉に俺は打ちのめされていた。
確かにその通りだった。咲たちが輝かしい栄光をと賛美を浴びる一方で俺は県大会初戦敗退という、
なんの価値もない結果しか残せなかった。
初心者だから、などという言葉は言い訳にもならない。
結果がすべてなのだ。努力した人間すべてが評価されるなどそんなことはありえない。


大沼「戻ったところで辛いだけだ。ならこの場に留まり、ワシと肉欲の限りを尽くすほうが建設的だ」


その言葉はまるで甘露のように俺の身の内に甘く染み込んでくる。
そうなのだろうか? そうすることが正解なのだろうか?

『京ちゃん』

弾かれたように顔を上げる。
中空に気泡が浮かんでいた。その内側には懐かしい思い出たちが投影されていた。


京太郎「悪いなおっさん。やっぱ俺は帰らなくちゃいけないみたいだ」

大沼「ほう?」

京太郎「俺が側にいないとさぁ、咲が泣いちまうんだよ!」

大沼「だが、そうかといってお前を帰すとでも思っているのか?」


話を最後まで聞かず、俺は砂利を蹴り立てて前方へ疾走。


京太郎「こういうわけのわからない状況ってのは、大体その場に現れた奴をぶっ飛ばせば目が覚めるって規約というか相場があるよな!」


一気に間合いを詰め、互いの殺傷圏が衝突。
身を捻りながら背中から肉薄。身体ごと旋回させ右足を軸に裂帛の回し蹴りを叩き込む。

だが大沼は数歩横に移動しただけで俺の蹴りを躱す。
左に上体が流れたその勢いを利用して、地を舐めるよな下段からの右拳の打ち上げを大沼は状態を逸らしただけで難なく回避。
詰め寄った大沼が俺の眼前に掌を翳し、視界を封殺。反射的に動きを止めた俺の右側頭部に、そのまま裏拳が打ち込まれる。

さらにその動きに合わせて、砂利に踏み締めていた俺の軸足を捌く。
空手における禁じ手の一つで、頭部を左側、軸足を右側に弾くことで視界と身体が半回転。

このままでは垂直に頭から地面に落ちる!? ……ことはなく上下を逆さまにされたまま足を掴まれ宙吊りの状態にされる。
見上げる俺の決死の視線と、大沼の余裕の笑みが絡み合う。
そのまま背後へ放り投げられた。空中で内臓が浮く感覚に全身が総毛立つ。
懸命に身を捻り、両手両脚で砂浜を削りながら手負いの四足獣の姿勢で急制動。

視線の先。大沼秋一郎はただ悠然と佇んでいた。
その余裕の態度が癪に障る。

体勢を立て直し、爪先で間合いを詰めながら接近。相手の呼吸に合わせ不意を突いて加速。
颶風を纏いながら疾駆。再び拳と蹴りの旋風を見舞ってやる。
だが大沼はそのすべてに反応し、完璧に対応して見せた。


京太郎「はぁ……はぁ…………」


俺の方だけが一方的に消耗していた。


大沼「わかったろう? お前は現実でも夢でも誰にも勝てない。指一本触れることもできず、ただ敗北に打ちのめされるだけだ」


どうする? 小技で攻めてもすべて対処される。
となれば対処しきれない程の飽和攻撃で一気に攻めきるしかない。
あれをやってみるか。

背筋を伸ばし、深く息を吸い込む。咲、俺に力を貸してくれ。


京太郎「確かに、俺にはこれといって秀でた才能はないし、英雄のような勇ましさも賢者のような賢明さも聖人のような高潔さもない」

京太郎「けどなぁおっさん。そんな平凡な俺のくだらない冗句を笑ってくれる奴が俺の周りにはたくさんいるんだ」

京太郎「そんな奴らが夢の為に懸命に戦ってきた。俺はずっとそれを側で見てきた」

京太郎「俺はこれからもそいつらの手助けをしてやりたい。俺にしか出来ないことだってあるはずだ」

京太郎「そういう在り方ってのも、意外と悪くないもんだぜ?」


憮然とした態度で黙っていた大沼の目がはじめて驚愕に見開かれる。
もう遅い。俺のくだらないおしゃべりに気を取られていたお前はすでに俺の術中に嵌っている。

大沼秋一郎を中心に周囲を、半球状の霞が満ちている。
雲は膨大な数の俺自身。半球内部に向け拳と視線を向けていた。
しかし数を数えようとすると不可能になる。その姿は見えるようで見えないという不可思議な光景。


大沼「なんだ、これは?」


大沼は須臾と、退くか進むか逡巡した。その一瞬が致命的となった。
大沼を包む雲から無数の須賀京太郎が同時に疾走。
迫る俺たちを迎え撃とうと拳や蹴りが放たれるがどれ一つとして捉えられない朧がかった霞の群れ。

無理に迎撃しようとして、体勢の崩れたプロ雀士の身体に俺は打撃の旋風を打ち込んでいく。
顎下、左右のこめかみ、右頬、首、両肩、右上腕部、左前腕部、右手首、左胸、
鳩尾、両脇腹、両太股、両脛、足払いを決めつつ、最後に眉間を打ち抜く。

傾斜していた大沼の身体は後方へ大きく吹き飛んでいった。
不確定性原理によって運動が決定された身体は位置が定まらなくなり、存在する場所を確率でしか現せない粒子の雲となる。

本来なら、身体が対象に接触する確率の総和が時間的に変化しないことを、
確率の保存が保証し空間内の確率密度の総和も必ず1となるしかない。

だが、身体が位置rに存在する絶対確率を表す方程式を操作し、
確率密度の総和を1以上の膨大な数に引き上げてやることで数え切れないほどの須賀京太郎を並行的に同時存在させる。
限定空間内の、自らの意思でコントロール可能な明晰夢という、物理法則が一定に機能しない世界だからこそ出来る芸当。
量子を身体に置き換えて確率保存を破るため、打撃が刺さる瞬間までどの俺も決して捉えることは出来ない。

早い話が分身の術だ。須賀京太郎は分身する。これは世界の共通認識。なーんつってつっちゃって。
大切な人たちを護るためと教わっていたが、現実では扱えないと放棄していたがまさかこんな形で役に立つとはな。


京太郎「けどまだまだ、ハギヨシさんの様にはいかないな」


小さく呟きつつ、警戒心を緩めないよう心掛けながら大沼へと歩み寄る。


大沼「まさか、こんな姑息な手に引っ掛かるとはな」

京太郎「の割には、どこか満足気なのは気の所為か?」

大沼「行くのか?」

京太郎「………………ああ」

大沼「この先、お前自身が報われる保障などどこにもないぞ?」

京太郎「それでもだ。生きる意味や理由付けなんて暇人の思考遊びだ」

京太郎「俺はポンコツの世話で忙しいんだ。一々そんなことを気にしてる暇はないよ」

大沼「そうか」

京太郎「…………ありがとな、おっさん」

大沼「礼などいらん。ああ、だが一つだけ心残りがあるとすれば……」

京太郎「?」

大沼「貴様との腐肉の饗宴を開けなかったこ、ったぶぁわっ!?」


ふざけたことをのたまう中年ホモの顔面を盛大に踏み付けて黙らせ、今度こそ俺はこの世界から抜け出すことにした。
周囲を取り巻いていた風景が歪み、それに代わって網膜を灼く莫光が視界を埋め尽くす。
身体が引き上げられるような浮遊感。目を開けていられない様な閃光の中で俺はあの、懐かしい笑顔と声を感じた。

急激に意識が覚醒する。
見開いた視界に、白い肌。茶色がかった前髪と、瞑られた目蓋の縁の睫毛が意外と長いなと、どうでもいいことに気付いた。
口元に粘膜の感触。合わされた口腔から、肺腑に息が送り込まれてくる。

内側に苦痛が生まれる。
込み上げてくる不愉快な嘔吐感とともに、胃の中から海水が競り上がってくる。
激しく咳き込みながら、身を捩って水を吐き出す。
鼻と口を手の甲で拭いながらようやく一息ついた。

状況に混乱しつつ、周囲を見回す。
俺を取り囲むように、学校の面々が俺を見下ろしていた。
俺はゆっくりと上体を起こす。
傍らに座り込んでいた咲と目が合った。


咲「京、ちゃん……」

京太郎「咲……」

咲「京ちゃん! よっかたよかったよぉ、京ちゃぁぁん!」


弾かれたように縋り付いてくる咲を抱きとめる。その身体の熱さが、俺が生きているということを実感させた。
しゃくり上げる咲の背を優しく撫でる。


京太郎「お礼を言うのは俺の方だ。咲は俺の命の恩人だ」


咲は無言で首を振る。俺は背を撫でていた手を咲の頭に置く。


京太郎「本当に、本当に助かった。もう少しで……」


死に掛けている間に見た夢の内容が脳裏にフラッシュバックする。
目尻に熱い雫が溜まり、零れ落ちて頬を伝う。


京太郎「怖かった……ホモに追いかけられる夢見ちゃった……」


全員「マジ泣きだ……」


みんなの声が妙に優しかった。