己のカルマと戦う京太郎の前に現れたステルスモモ

彼女から持ちかけられた悪魔の契約に対して、決意を固めたはずの京太郎の心は揺らぐ

彼は自らの生き方を切り開くことができるのか!?



京太郎(師匠……すみません……)

京太郎(俺はやっぱり、自分の身がかわいい臆病者みたいです……)

京太郎「分かった、そちらの要求を飲もう」

桃子「あなたならそう言ってくれると思ってたっす」

桃子「合宿中は無理に行動を起こさなくて良いっす」

桃子「実際に行動に移すのは、清澄に帰ってからということで」

京太郎「分かった。しかし今は情報が足りない」

京太郎「うちの部長とそっちの先輩ってのは、一体どれくらい親密なんだ?」

桃子「……名前」

京太郎「ん?」

桃子「あの女、私の先輩を下の名前で呼びやがったんす!」

桃子「私でさえまだ苗字に先輩って付けただけなのに……」ギリッ


京太郎(こ、これは……)

京太郎(百合場面名鑑収録「下の名前で呼んで」の亜種か!)

京太郎(いやいや、喜んでる場合じゃないだろ)

京太郎(落ち着け、冷静になるんだ)

京太郎(たかが下の名前で呼ぶようになっただけで、そこまで危険な段階に入っていると言えるか?)

京太郎(下の名前で呼び合うくらいまでなら別に……)

京太郎(…………)

京太郎(かじゅ久、いや、久かじゅ……か)

京太郎(アリだな)

京太郎(部長という職務の重責……そこから生じるストレスを抱えながら部活を発展させようとしてきた二人)

京太郎(奇しくもそれぞれが在籍する麻雀部は歴史がゼロと言っても過言ではない状態の新生部)

京太郎(同じような境遇にある者同士がある日交錯したとき、物語は始まる)

京太郎(ん?鶴賀の部長はカマボコみたいな口の人だっけか)

京太郎(まあいいか、立場的には似たようなものみたいだし、やはりそこから生じる共感g)


桃子「不愉快な妄想をしているようなら、あんたにはもう用はないっす」ニコッ

京太郎「!? ち、違うんだ! 待ってくれ!」

桃子「次はないっすよ?」

桃子「とにかく、くり返すっすが方法は問わないので、可及的速やかに処理をしてくださいっす」

桃子「こうしている間にも、あの女の毒牙が先輩に迫ってるんっすから」ギリッ

京太郎(これは……マジだな)ゴクリ

桃子「最終的にあの二人の接触を断つことができれば良いことにするっす」

桃子「だけど、もしも間に合わなかったら、その時は……」ゴゴゴ

京太郎「分かってる! 分かってるからそれだけは……それだけは許してくれ…」

桃子「じゃあ、今日のところはこれくらいにしておくっす」

桃子「期待してるっすよ、須賀京太郎君?」

桃子「あ、それと、万が一先輩の着替えを覗くとか、そういうことをした場合もその場で処刑確定なので注意してくださいっす」

桃子「では」スゥ…


京太郎「ふぅ……」ドサ

京太郎(なんてことだ……まさかこんなことになるなんて……)

京太郎(どうすれば……師匠に助けを)

京太郎(いや、それだけは絶対にできない)

京太郎(俺の尻拭いを師匠にさせるなんてことは、絶対にあってはならない……)

京太郎(しかし、師匠の思いを踏みにじることも避けたい)

京太郎(くそっ……八方塞がりか…)

京太郎(……いや、待てよ)

京太郎(今のこの状況、一見すると男である俺が百合の園を土足で踏み荒らそうとしているように見える)

京太郎(しかし、今俺がそんな行動に出ようとしているのは、紛れもない百合娘・東横桃子からのアクションがあったからだ)

京太郎(実際のところこれは、百合娘が自らの願望を成就させるための手段だと考えられないだろうか?)

京太郎(ならば今の俺は、百合の舞台の上にある一つの小道具……)

京太郎(百合の花を咲かせるためだけに存在する、ひとつの背景に過ぎない)

京太郎(それならば……俺は飽くまで流れの中で求められ、使われているに過ぎない!)

京太郎(そう、主人が執事に……透華さんや衣ちゃんが師匠に命じて、師匠がそれに応えるという関係のように)

京太郎(俺が桃子さんの要求に応じるのは、何の違和感もない行動だと言えるんじゃないか!?)

京太郎「く、くくく」

京太郎(これは、むしろ僥倖かもしれん)

京太郎(行動の理由を自らの外に置きつつも、それでいて自らのためになる行動ができる)

京太郎(しかもそれは、俺自身の規範に逆らうものではない)

京太郎(いいねぇ、望むところだ)

京太郎(やってやろうじゃないか!)

京太郎(俺は舞台の上で、俺の役を演じきってやる!)

京太郎(アトモスフィア京を舐めるなよ!!)



――久主催部屋――

久「その手を鳴かずに進められるのね…」

ゆみ「これを鳴いて和了れる相手とは思っていない」

久「あら、随分と評価してもらってるみたいね」

ゆみ「当然だ、聞くところによるとインターミドル時代も猛威を振るっていたそうじゃないか」

ゆみ「高校に入ってから麻雀を始めた私から見れば、大先輩だよ」

久「いやねぇ、そんなことまで調べてあるの? ちょっと怖くなっちゃうわ」

ゆみ「敵情視察は戦略の基本だ」フッ

久「怖いわね、滅多なことができなくなっちゃう」


京太郎(ふむ、思った以上に親密になっているようだな)

京太郎(桃子さんの杞憂というわけではなさそうだな)

京太郎(部長が加治木さんを誘った時に下の名前で呼んでるのを見て、大慌てで俺に話を持ちかけてきたわけか)

京太郎(凄まじい行動力……いや、執念と呼ぶべきか)

京太郎(しかし……)


美穂子「うえ……竹井さん」

久「うーん、ねぇ美穂子」

美穂子「す、すみません! 失礼なことを……」

久「いや、別に上埜って呼ばれるのを気にしてるわけじゃないのよ?」

久「ただ、ゆみも私のことを名前で呼んでるし、美穂子も私のことを名前で呼んでくれないかしら」

久「ほら、私も“美穂子”って呼んでるわけだしね」

美穂子「え、でも……」

久「よし、決めた」

美穂子「え?」

久「“久”って呼んでくれないなら、なんにも反応してあげないことにするわ」

美穂子「え、そ……そんな、冗談ですよね?」

久「……」

美穂子「た……竹井、さん?」

久「……」

美穂子(うぅ……)

美穂子「ひ、久さん」

久「うーん、“さ”が続くと響きが悪いわねぇ」チラッ

美穂子「そ、そんな……」

久「あーあ、さみしいなぁ」チラッチラッ

美穂子「……」

美穂子「……久」ボソッ

久「……」スッ トトト

美穂子「え?」

久「……」ギュウ

美穂子「えっ!? ひ、ひゃ」

久「なぁに、み・ほ・こ♪」フゥ

美穂子「あ、わあうああうああ」カアァァァ

美穂子(息が、息が耳に……!)

衣「おい久、対戦相手の手牌を盗み見る気か?」

久「あら、ごめんなさい。そんなつもりはちっとも無かったんだけど」

久「あんまりにも美穂子が可愛いもんだから、自分を抑えきれなくなっちゃってね?」

美穂子「うぅぅ……」

ゆみ「まったく」ニガワライ


京太郎(…………)

京太郎(たまらん)

京太郎(なんだなんなんだこの最高の桃色空間は!?)

京太郎(ってか部長! あんた最高だよ!!)

京太郎(女の子を手玉に取るすべを身につけすぎてて、逆に怖い!)

京太郎(これは間違いなく歴戦の百合娘!)

京太郎(今までも相当な数の生娘をその毒牙にかけてきたに違いない!)

京太郎(はっ!?)ピキュイィィン

京太郎(そ、そういえば、うちの部室ってやたら恵まれた環境にあるよな……)

京太郎(部員数ギリギリ団体戦に出場可能なくらいしかいない弱小中の弱小部なのに)

京太郎(しかも、中古で買っても決して安くない自動卓まである)

京太郎(ここから導き出される結論、それはすなわち……)

京太郎(百合売春!!)

京太郎(いや、実際には売春というより、何かしらの備品をかけての麻雀勝負だったのではないだろうか)

京太郎(「部員がいないからちょっとだけ付き合ってくれない?」と誘われ、軽い気持ちで部室に足を踏み入れた彼女たちだったが)

京太郎(そこで会話をしていくうちに、次第に久という存在に惹かれるようになる)

京太郎(そしてある日、部室に置く備品をかけての勝負を持ちかけられる)

京太郎(賭けられるものがないように見えることを久に伝えると、彼女は自分の躰を賭けると言い出す)

京太郎(はじめは驚いて勝負を拒否するが、あっさりと久は引き下がる)

京太郎(拍子抜けした状態で帰宅するも、ベッドの中でそのことを反芻し、勝負を受けなかったことを後悔する)

京太郎(そして翌日、放課後になると真っ先に麻雀部の部室に向かい、そこの主に「賭けをしよう」と持ちかけるのだ)

京太郎(そしてギリギリの勝負の末、見事勝利を掴み取る。高鳴る胸の鼓動)

京太郎(なんとか平静を保とうとしていると、久がゆっくりと立ち上がり、部屋の隅のカーテンをそっと開く)

京太郎(そこには真っ白なシーツがかかったベッドが。ベッドの上に腰掛け、制服を徐々に崩しながら、誘うような目つきで見てくる久)

京太郎(そして耐えられなくなった欲望がり性を粉々に打ち砕き、久の体躯を、息を荒げながら乱暴に組みしだく……)

京太郎(一度味を知ってしまったらもう後には戻れない)

京太郎(自らの私物やポケットマネーを賭けてまで戦いに挑み、徐々に泥沼にはまってゆく)

京太郎(絶妙なバランスで勝敗を調整しながら、久は彼女たちの心を弄んでいく……)

京太郎(こう考えれば、不自然なほど揃っている備品の数々、そしてあのベッドの説明がつく)

京太郎(そして和は、かつて部長が甘い声を上げながら)

京太郎(時には上げさせながらシーツを濡らしていたなどということに微塵も気づかず、そのベッドで無防備に睡眠をとっているのだ)

京太郎(…………)

京太郎(い、いかん、これは危険だ)

京太郎(平常心が保てなくなりそうだ……落ち着け俺)フゥ


ゆみ「ん?」

京太郎(っ! まずい!)

京太郎(アトモスフィアモードを……冷静に……)スゥ

ゆみ(…………気のせいか)

京太郎(……危なかった)

京太郎(しかし、さすがと言わざるを得ないな)

京太郎(あの桃子さんの気配を、完全に隠蔽していない状態とは言え察知できるだけ……)

京太郎(しまった、本来の目的を忘れるところだった……!)

京太郎(今は百合妄想に浸っている場合ではない。何とかして現状を打開しないと……)

京太郎(しかし、俺のSPY-Lレーダーの情報が正しければ、キャプテンはもう既に陥落しているが、肝心の部長が問題だ)

京太郎(今回のオーダーは部長を加治木さんから引き離すこと)

京太郎(最終的に部長そのものをどうにかしなければ意味がない……)

京太郎(しかし、ここに来てからの部長の姿を見る限り、彼女を特定の誰かと結びつけることはかなり難しい)

京太郎(おまけに今回は時間が限られている)

京太郎(一度この合宿が終わってしまえば、これだけのメンバーが一堂に会することは殆どなくなるだろう)

京太郎(解散してしまえば部長と加治木さんの接触自体は減るだろうが)

京太郎(もし個人的に合うといった状況になった場合、それを事前に察知するためには部長のプライベートに張り付く必要が出てくる)

京太郎(そして周囲にフレアとして使えそうな人材がいるとも限らない)

京太郎(合宿終了まであと何時間だ?)

京太郎(なにか……何かないのか……)

京太郎(師匠……俺に力を……)

京太郎(……ん? 待てよ?)

京太郎(このSPY-Lの反応……)

京太郎(はっ!?)

京太郎(そうか! この手があったか!)

京太郎(…………しかし、これは成功する確率が高いとは言えない……)

京太郎(どうする、別の手を考えるか……?)

京太郎(いや、迷っている時間はない)

京太郎(失敗すればジ・エンドだが、何もせずにいて失敗しても結果は同じだ)

京太郎(ならば、俺は全力を尽くして死ぬ方を選ぶ)

京太郎(それに、これは紛れもない百合娘からの願いでもある)

京太郎(指をくわえて見ているだけなどというのは、百合男子道に背く行い!)

京太郎(よし! 『オペレーションNH』始動だ!!)



――清澄部屋――

和「はぁ、流石に疲れましたね」

咲「朝から晩まで打ちっぱなしだったもんね……」

咲「優希ちゃんなんか爆睡してるよ」

優希「ZZZzzz……」ホボゼンラ

和「ゆーき……なんてはしたない…」

咲「それにしても、今回の合宿は勉強になったなぁ」

和「ですね、みなさんやっぱり決勝まで残っただけありました」

咲「はぁ、京ちゃんも来れてたら強くなれたんじゃないかなぁ」

和「」ムカッ

和「もし来れていたとしても、部長の命で雑用をやって終わりだったと思いますよ」イライラ

咲「うーん、部長ももう少し京ちゃんに優しくしてあげればいいのに……」

和「」イライライライライライライライライライライラ

和「み、宮永さ」コーイーシチャッタンダ タブン キヅイテナーイデショー

咲「あ、これって」

咲「京ちゃんからメールだ!」パァァ

和「」プチッ

和「みやながさ咲「え?」

和「!」ガバッ

和「どうしましたか宮永さん!まさかセクハラまがいのメールを!」

和「前からうすうす怪しいとは思っていたんですが、やっぱりやらかしましたかあの変態!」

和「私たちの方を見てたまにニヤっと笑っていたんですよ!」

和「気持ち悪いなぁとは思っていたんですが部活の平穏を乱したくなくて今まで野放しにしてしまいました! 申し訳ありません!」

和「今すぐヤツからのメールや着信履歴を全て削除してアドレスからも消去」

和「ついでに着信拒否リストに入れて、麻雀部、いや清澄高校、いいえ長野から永久追放してしまいましょう!!」

和「大丈夫です!裁判なら両親に頼めば必ず勝てますし、宮永さんは私が必ず守りきってみせます!」

咲「え? いやそんなメール京ちゃんはしてきてないよ?」

咲「ただ、ちょっといきなりっていうか、よく分からないっていうか……」

咲「ほら、これ」スッ

和「…………え?」

和「……何ですか、これ?」

咲「私も全然分からない……」

咲「あ、も、もしかして……」

咲「京ちゃん……あの人のこと……」ジワッ

和「!?」

和(私の咲さんを泣かせるなんて…………)

和(凌遅刑が神からの祝福に思える位の罰を与える必要がありますね……!)ゴゴゴ

和「今すぐ電話して、目的を問いただしましょう!」

咲「う、うん」ピピッ

和(短縮の0番!?)ワナワナ

咲「…………電源が入ってないみたい」

和「宮永さん! こんな訳のわからないお願いなんて聞く必要ありません! もう今日は寝ましょう!!」

咲「…………ううん、行くよ、私」

咲「きっとなにかワケがあるんだよ」

咲「私は京ちゃんを信じる。京ちゃんの力になりたいから……!」グッ

和「」イライラブルブルワナワナバキバキグシャグシャバリバリゴクン

和「…………分かりました」

和「では、私もご一緒させていただきます」

和「私も(咲さんの)力になりたいですから」ニッコリ

咲「原村さん……!」

和「行きましょう、あんまり遅くなると、寝てしまうかもしれませんよ」ニコニコニコニコ

咲「うん! 行こう!」



――鶴賀部屋――

桃子「ん?」

桃子(この気配……)

桃子「ちょっと出てくるっす」

ワハハ「んー? あんまり遅くなるんじゃないぞー」ワハハ

桃子「はいっす」


ガチャ バタン

桃子「で、なんの用っすか? 須賀京太郎」

京太郎「今、手を打っているところです。おそらく明日出発するまでには結果が出るでしょう」

桃子「!!」

桃子(本当? ブラフ? いくらなんでも早すぎないっすか?)

桃子「合宿中は無理みたいなことを言ってたと思うんすけど、あれはなんだったんすかねぇ?」

桃子(これは警戒しなくてないけない? いやしかし……)

京太郎「俺の認識不足でした。むしろこの機会を逃すわけにはいかないんです」

京太郎「……そして、この作戦を遂行するにあたって、桃子さんにも協力していただかなくてはなりません」

桃子(きたっ!)

桃子「確かに協力するとは言ったっすけど、内容によるっす」

桃子「当然納得できる理由も話してもらわないと」

京太郎「理由までは……ただ、殆ど手間は取らせません」

京太郎「大丈夫です。俺を信じてください」

京太郎「必ず貴女の望む結果をご覧に入れます」

桃子(……話だけなら、聞いてやるっすか…)



――外――

桃子(一応、要求されたことはやったっすけど、あれは一体何の意味が……)

桃子(あとはここで少し待てばいいって……)

桃子(少しってどれくらいなんすかね?)

桃子(一応アイツの行いの証拠は、分散して保管してあるから、今のうちに処理するのは無理っすけど……)

桃子(10分待って何も起こらなかったら、処刑確定っすね)

ゆみ「……」タッ タッ タッ

桃子「……先輩?」

ゆみ「桃子」

桃子「!?」ビクッ

桃子(こ、これは……)

桃子(先輩……怒ってるっすか……?)

桃子(一体何が……)

ゆみ「桃子」

桃子「は、はいっす!」ビクッ

ゆみ「ひとつ、聞きたいことがある」

桃子「なな、なんっすか?」ビクビク

ゆみ「須賀京太郎をいう男の事を知っているか?」

桃子「!!??」ビックゥ

桃子(ま、まさかアイツ……みんな先輩にバラして……)ブルブル

桃子(こ、殺すっす!!)

桃子「な……んのことだか、さっぱりわからないっすね」プイッ

ゆみ「声が上ずっているぞ」

ゆみ「その反応、やはりヤツの言っていったことは本当だったか……」

桃子(なんで、そんなに怒ってるんすか……)

桃子(なんで、そんなに悲しそうな顔するんすか……)

桃子(私のこと、恋愛ではないにしても、好いていてくれていたんじゃないんすか……)

桃子(じゃあなんで……今まで……勘違いさせるようなこと)ギリッ

桃子(あんまりっすよ……)

ゆみ「桃子……本気なのか?」

桃子(……!)ギリリッ

桃子「そうっすよ! 本気っす!」ジワッ

桃子「でも何が悪いんすか! 先輩が悪いんっすよ!」ポロ

桃子「私は……私は、ただ……」ポロポロ

ゆみ「……」スッ

桃子「っ! 触らないでくださいっす!!」バシッ

ゆみ「」ギリッ

ゆみ「桃子!」グイッ

桃子「きゃ!?」ドサッ

桃子(え? 何? 押し倒され……)

ゆみ「桃子」

桃子「は、はい……」

ゆみ「お前を見つけたのは、私だ」

桃子「え、あ、はい」

ゆみ「だから、お前は私のモノだ」

ゆみ「誰にも渡しはしない」ギュウ

桃子(…………???)

ゆみ「私が悪かった」

ゆみ「お前は、なんだかんだでちゃんと分かってくれていると思っていた」

ゆみ「全く、笑い話にもならないよ」

ゆみ「だから」

ゆみ「しっかりと、躾てやらないといけないな」

桃子「はぇ?」

ゆみ「だれがお前の持ち主なのか」

ゆみ「心にも、躰にも」

ゆみ「刻みつけてやる……!!」グイッ

桃子「な、にを んんうぅ!?」チュウゥゥ

桃子(これは一体何がどうなってこうなったんすかぁぁぁ!?)

ゆみ「ふぅ」

桃子「はぁ、はぁ……せ、んぱ」ハァハァ

ゆみ「……」グイッ

桃子「や、ちょ、そこは!?」ググッ

ゆみ「初めてか?」

桃子「……はぁ…? そりゃ、そうっすけど……?」

ゆみ「そうか、そうじゃなかったらモモを殺して私も死んでいたよ」

桃子「ぇ?」

ゆみ「それに、痛くなければ躾にならないだろう?」

ゆみ「一生忘れられないくらい、痛くしてやるからな」

桃子「ちょ、ま、せんぱ」




~少し前~

――廊下――

ゆみ「やれやれ、さすがに疲れたな」コキコキ

ゆみ(しかし……楽しかったな)フッ

ゆみ「…………ん?」

ゆみ(これは、なんだ?)

ゆみ(押し隠したような気配……モモに近いが、違う)

ゆみ(それにこの感じ……久たちと打っている時にも一瞬感じた)

ゆみ「そこかっ!」バッ

京太郎「流石ですね」スゥ

ゆみ「! 君は……確か清澄の男子部員」

京太郎「! これは……覚えていただけているとは、意外でした」

ゆみ「なぜここにいるんだ? 久は君を置いてきたと言っていたはずだが」

京太郎「ええ、まあちょっとした理由がありましてね」

京太郎「加治木さんに接触したのも、その理由と関係していまして」

京太郎「少しお時間をいただけないでしょうか」ニコッ

ゆみ(……どういうつもりだ?)

ゆみ(この男、確かに気配を感じることはできたが、まるであえて私に察知させたような、そんな不自然さがあった)

ゆみ(つまり、今の今まで私にも気づかれないような状態で”何か”をしていた可能性が高い)

ゆみ(それでも、犯罪行為をしようとしていたなら、気配を消した状態でいくらでも出来たはず)

ゆみ(私に直接危害を加えるようなことは、今の時点でするつもりはないということか)

ゆみ(……ここで誘いに乗らなかった場合、この男は再び姿を消すだろう)

ゆみ(目的が全くわからないままロストするのは避けたい……)

ゆみ「わかった、話だけなら聞こう」

京太郎「そうおっしゃっていただけると思っていました」

京太郎「ここでは人目につきます。場所を移しましょう」



――外――

ゆみ「で、こんな所でしか話せないということは、なかなかに後暗い話題をしたいと見えるが」

京太郎「後暗い、というほどではありませんが……」

京太郎「大手を振って話せるものでもありませんね」

京太郎「……同じ無名校として、決勝での鶴賀の活躍には驚きましたし、素直に敬意を覚えました」

ゆみ(……? なんだ、わざわざ胡麻をすりに来たわけでもないだろうに)

京太郎「とくに、うちの原村を抑えて、副将戦で収支1位を飾った東横桃子さん」

ゆみ「……」ピクッ

京太郎「加治木さんも素晴らしい立ち回りをされましたが、やはり彼女の働きには非常に強い印象を覚えました」

ゆみ「……何が言いたい」

京太郎「そのままです。東横さんが優秀だというお話ですよ」

京太郎「原村和は去年の全中チャンピオン」

京太郎「そして龍門渕透華さんも、去年のインハイでは大いに活躍したそうじゃないですか」

京太郎「そんな二人を押しのけて、鶴賀を優勝まで後一歩のところまで押上げた彼女のような才能が」





京太郎「これを最後に終わってしまうのかと思うと、あまりにももったいなくて」

ゆみ「!?」

ゆみ「それは、どういうことだ?」

ゆみ「モモはまだ1年だ。来年も再来年も、鶴賀のエースとして活躍する」

ゆみ「ここで終わるわけがないだろう!」

京太郎「冷静に考えてみてください」

京太郎「確かに鶴賀は県予選で決勝まで上り詰め、大いに活躍しました」

京太郎「しかし、それだけで来年からも部員が入ってくれるでしょうか?」

京太郎「本当に麻雀がやりたい人なら、長野だと普通は風越に入ります」

京太郎「それに、風越は確かに名門ですが、ここ最近の2連敗は間違いなく看板の価値を落としているでしょう」

京太郎「ではほかの学校はどうか?」

京太郎「今回の決勝の4校で考えてみましょうか」

京太郎「龍門渕のメンバーは全員が2年生で、来年もレギュラーメンバーは変わらないでしょう」

京太郎「メンバーに空き枠がなく、横のつながりだけで強さを保っているところに、新入生が入るとは考えにくい」

京太郎「そもそもあのチームは学校の麻雀部というより、龍門渕さんの私設クラブとしての色合いが強いですから」

京太郎「そうなると鶴賀と清澄はですが、ここは両方共ほぼ無名です」

京太郎「目立った戦果は、今年の物のみ」

京太郎「そして、両方が無名ならば」



京太郎「『全国優勝校』という泊のついた清澄の方を、普通ならば選ぶでしょうね」

ゆみ「!!??」

ゆみ「ちょっと待て!」

ゆみ「自分の仲間に対して自信があるのは結構だが、随分と大きな風呂敷を広げるじゃないか」

ゆみ「そんな根拠の乏しい推測をもとに、うちの麻雀部を不当に低く評価するとは、君は随分恥知らずな人間のようだな」

京太郎「本当に根拠に乏しいと言えますか?」

京太郎「先鋒の片岡は、個人戦で歴代ハイスコアを出すほどの腕前」

京太郎「副将の原村は言わずもがな」

京太郎「大将の宮永は、去年のMVPである天江衣を制し、個人戦でも全国出場が決定しています」

京太郎「そして、常に収支を±0にするという驚異的な実力」

京太郎「これは個人戦でも本人の気が変わるまでやってのけていましたから、全国でも通用すると思われます」

京太郎「どんなに異常なことか、加治木さんならよくお分かりでしょう?」

京太郎「残りの二人も、ほかの3人ほどの派手なモノはありませんが」

京太郎「どちらも安定してハイレベルな試合ができるというのは、加治木さんも骨身にしみて理解しているはずです」

京太郎「ここまでの実力者が揃いながら、清澄が優勝を狙うには力不足だと思えるのなら」

京太郎「それは少しばかり観察眼というか、まあ“何か”が足りないんじゃないでしょうか」ニコッ

ゆみ「君は……随分と人をからかうのが好きなようだなっ……」ギリリッ

ゆみ「仮に、だ」

ゆみ「仮に来年鶴賀の麻雀部が団体戦に出られないとしても」

ゆみ「モモには個人戦があるだろう」

ゆみ「そうなれば、少なくとも彼女の才能が埋もれるということはない!」

ゆみ「彼女は、あの特殊な能力が先行してはいるが、麻雀の実力も文句のないレベルだと思っている」

ゆみ「問題は全くない」

京太郎「……東横さんは、どうして麻雀部に入ったんでしょうか?」

ゆみ「!」

京太郎「どうやら彼女は初めから麻雀部に入ろうとは思っていなかったようですよね?」

京太郎「誰かが強引に麻雀部に連れ込んだと聞いていますが」

ゆみ(この男……いったい…)

京太郎「もしもですよ」

京太郎「もしもその人がいなくなってしまったら」

京太郎「東横さんが麻雀部にいる理由、その物自体が消えてしまうということになるのではないでしょうか?」

ゆみ「!?」

ゆみ(そんな……モモが……)

ゆみ(いや、そ、そんなことはないはずだ)

ゆみ(…………ホントにそう言えるのか……?)

ゆみ(いや、まて、相手のペースに飲まれるな!)

ゆみ「どうも人の周りを嗅ぎ回るのが好きな、趣味の悪い人間がいるようだが」

ゆみ「いったい、どこからそんな噂話を仕入れてきたのかな」

京太郎「加治木さん、あなたほど聡明な方だ」

ゆみ(無視、か)

京太郎「人の気持ちに鈍いというわけでもない」

京太郎「なら、もう気づいているんでしょう?」

京太郎「東横さんがあなたに向けている感情に、ね」

ゆみ(…………っく!?)

京太郎「自らの存在を非常に認識されにくいという、あまりにも特異な体質を持って生まれてしまった、一人の女の子」

京太郎「存在を気づいてもらえないがために、誰からも必要とされることなく生きてきた」

京太郎「だがある日、そんなつまらない日常から自分のことを引き上げてくれる人が現れた」

京太郎「彼女がどれほどの喜びを感じたかは、想像に難くありません」

京太郎「そして、求められるということに喜びを感じた彼女は、恩人とも呼べるその人に着いていくことを決める」

京太郎「ですが……」

京太郎「自分を見つけてくれたその人は、自分自身が麻雀の大会に出るための頭数が欲しかっただけで」

京太郎「高校生活最後の試合が終わると、目の前から姿を消してしまう」

ゆみ「!!……ち、違う!!」

ゆみ「私はそんな……そんな道具のような扱い方をモモにしてきたことは断じてない!!」

ゆみ「モモは私の大事な……大事な仲間だ!」

京太郎「仲間……そうですよね」

京太郎「あなたから見れば、彼女は確かに大切な仲間です」

京太郎「ですが、お分かりのはずです」

京太郎「彼女が貴女との間に求めている関係は、もっと特別なものだと」

ゆみ「そ……れは」ビクッ

ゆみ(たしかに、モモが求めているものはわかっている、が……)

京太郎「そして、貴女がどんなに彼女のことを大切に思っていたとしても、鶴賀を去ってしまうのは、曲げることのできない事実」

京太郎「彼女が麻雀部にいる理由を失ってしまうのも、従って事実です」

京太郎「ですから“このままでは”彼女の才能は埋もれてしまうんですよ」

ゆみ(…!)

ゆみ(まさか、コイツの狙いは)

京太郎「本題に入りましょうか」

京太郎「東横桃子さんが後腐れなく清澄の麻雀部に入れるように、彼女との縁を完全に断って頂きたい」

ゆみ「ば……馬鹿かお前は!」

ゆみ「私がそんなことをすると思っているのか!」

京太郎「他のメンバーの方のことでしたら、どうぞご心配なく」

京太郎「彼女たちも、まとめて受け入れる準備は出来ていますから」

ゆみ「準備が出来ている……だと?」

ゆみ「まさかこの話、久も噛んでいるのか……?」

京太郎「おっと、この話は完全に俺のワンマン企画ですよ」

京太郎「うちの部長はああ見えて、曲がったことが大嫌いでしてね」

京太郎「おまけに頭がキレて、感も鋭い」

京太郎「部長にばれずに準備をするのは大変でしたよ」

京太郎「本当はもっと面倒な手順を踏んで東横さんに接近するつもりだったのですが」

京太郎「今回の合宿企画が持ち上がったのは本当に幸運だったというより他ありません」

京太郎「この機会を逃すと面倒なので、加治木さんには早くご決断をして頂きたいのですが……」

ゆみ「……君が清澄の戦力の増加のために、モモをうちから盗ろうとしているのは分かった」

ゆみ「しかし、君は男子部員で、女子部員の成果は直接利益になるとは思えない」

ゆみ「なのにどうしてそこまでモモに固執するんだ?」

京太郎「……正直言って、今の清澄は部長の強力なリーダーシップによってまとめられている状態です」

京太郎「飄々としていながら、彼女ほど抜け目のない人間もなかなかいない」

京太郎「うちのメンバーは、一人ひとりが優れた雀士ではありますが、部長の跡を継いで組織を引っ張っていける人間がいない」

京太郎「宮永はそもそも内向的な性格ですし、片岡は自分勝手すぎる」

京太郎「原村は信念が強すぎるあまり、狭窄な考えに陥りがち」

京太郎「染谷先輩は一番まともではありますが、いい人どまりでリーダーとしては力不足な感が否めません」

京太郎「そうなったとき、いったい誰が部の舵取りをしていくのか」

京太郎「そうなった時に、俺がその責務を引き受けようと思っているわけです」

ゆみ「随分自己評価が高いと見えるな」

ゆみ「私にはただの自惚れにしか感じられないが」

京太郎「消去法ですよ、手配の中に安牌がこれしかなかったんです」

京太郎「ともかく、俺がそうやって部をチームとしてまとめ上げていくとなれば、当然勝ち進むために何ができるのか、と考えるわけです」

京太郎「そして、まずは強力な人間の頭数を増やそうと思ったわけです」

京太郎「部内に強者が大勢いれば、内輪の練習だけでも十分技量の進歩は望めますから」

ゆみ「この陰険な謀は、全て部のためにやっていることだと言いたいのか」

京太郎「もちろん、それだけではありません」

京太郎「先程も申しましたように、清澄麻雀部は高い確率で優勝杯を持って帰るでしょう」

京太郎「そして、来年、再来年とそれを続ければ」

京太郎「史上初の3連覇を成し遂げる、ということになります」

京太郎「……今や、麻雀はこの世界で最大のゲームとなっています」

京太郎「そして麻雀強豪国である日本のインターハイで殿堂入りになるということは」

京太郎「世界レベルで実力が認められることになるでしょう」

京太郎「そうなったとき、そのチームを間接的に勝利に導いた人間も、十分すぎるおこぼれを貰えるのでは」

京太郎「そう考えたんですよ」ニコッ

ゆみ(やはり私腹を肥やすことを考えていたようだな)

ゆみ(しかも仲間を利用して……どこまでも下衆な男だ)

ゆみ「久に……この話が知れたらどうするつもりだ?」

ゆみ「たったさっき自分で言ったばかりじゃないか」

ゆみ「久は曲がったことが嫌い、そう自分で言っただろう。短い付き合いだが、それは私もよく知っている」

京太郎「確かに多少面倒なことになりますが、問題ありませんよ」

京太郎「そもそも、この話は加治木さんに伏せたまま進めても、何の問題も無かったんですよ?」

京太郎「大切なのは“桃子”さんの意思ですから」

ゆみ(桃子……だと!?)

ゆみ「キサマが彼女をその名で呼ぶな!!」

京太郎「落ち着いてくださいよ、加治木さん」

京太郎「俺があなたにこの話をしたのは、桃子さんができるだけ憂いを残さずに清澄に来れるようにしたかったから」

京太郎「俺は心の底から彼女のことを案じているんですよ?」

ゆみ「減らず口をっ……!」

京太郎「よく考えてみてください」

京太郎「一度求められることを、暖かさを知ってしまった彼女は、もはや以前のような孤独には耐えられなくなっているでしょう」

京太郎「いつ瓦解するかもわからない、風前の灯のような部活で、孤独に耐えながら暮らすのと」

京太郎「全国制覇の錦を飾る場所で、みんなから必要とされながら送る高校生活」

京太郎「どちらが桃子さんにとって幸せだと思いますか?」

ゆみ(…………)

京太郎「ねぇ、加治木さん」

京太郎「いい夢、見れたでしょう?」

ゆみ「な……っ!?」

京太郎「皆で全国を目指して走り続け」

京太郎「途中で敗退はしたけれど」

京太郎「それでも夢のように楽しかったんじゃないですか?」

京太郎「高校生活最後の、素敵な思い出は“もう出来ている”んですよ」

京太郎「ですが、桃子さんにはまだまだ未来があります」

京太郎「あなたが自分の思い出のため“だけ”に作った部活に、無理に残す必要はないでしょう?」

京太郎「彼女を夢の抜け殻に縛り付けておくなんて残酷な真似が」

京太郎「あなたにできるんですか?」

ゆみ「そ、んな……しばる、なんて……そんな…つもりは」

京太郎「加治木さん、あなたと桃子さんの関係、どうして俺が知っていたと思います?」

ゆみ「…………あ、え……?」



京太郎「直接聞いたんですよ。“モモ”から」

ゆみ「何を……」

ゆみ(何を……言っているんだ……この男は)

京太郎「話の流れで気づきませんでしたか」

京太郎「モモは、もうこの話を了解済みなんですよ」

京太郎「だから、あなたとのことも全て知っているんです」

京太郎「“モモから皆聞かせてもらいましたから”」

ゆみ(…………なんだ、なんなんだこれは)

ゆみ(このおとこはいったいなにをしゃべっているんだ)

京太郎「ですから…………ぁ……」ボソッ

ゆみ(え?)

京太郎「いいえ、なんでもありません。話を続けましょう」

ゆみ(なんだ、この男、一瞬むこうを見)

ゆみ(!)

ゆみ(モモ、と、清澄の……原村と、宮永……?)

京太郎「……こでは……ろと……あれだけ……」ブツブツ

ゆみ「な、んの、ことだ」

京太郎「…………いえ、モモにはその、清澄に入ってからもスムーズに行くように」

京太郎「人間関係もある程度構築しておくように言っていたんですが……」

京太郎「できるだけ内密にしろと言ったはずなんですが……」ハァ


ゆみ( )

ゆみ(  )

ゆみ(   )

京太郎「ああ…………加治木さん」

京太郎「彼女はこっちに来ることを決めてからも、あなたのことでずいぶん悩んでいました」

京太郎「最後までモモの心を縛っていたのは、部活でも麻雀でもなく」

京太郎「貴女だったんですよ、加治木ゆみさん」

京太郎「だから、俺は最後の憂いを立つために、あなたにこのお話をしたんです」

京太郎「分かって頂けますよね」

ゆみ「」ガクッ

ゆみ「」ドサッ

ゆみ「モモ……私は…………お前……モモ」

京太郎「色よい返事を……いえ、返事は結構ですので、行動で示してください」

京太郎「失礼します」スゥ…



~翌朝~

――車の前――

久「それにしても、なんだかつやつやしてない?」

ゆみ「まさか、今にも倒れて眠りたい気分だよ」

久「確かに、あなたの後輩の……東横さんはそんな感じだけど……」

ゆみ「ああ、二人でちょっと遅くまで話をしていてな」

ゆみ「うちの麻雀部は来年も人集めが大変だし、そのことについて、な」

久「ふぅん……」

ワハハ「おーい、そろそろ出発するぞ。名残惜しいのはわかるけど、早く車に乗ってくれ!」ワハハ

ゆみ「だそうだ。悪いがもう行かせてもらうよ」

久「ええ…………ねぇ、ゆみ」

ゆみ「ん?」

久「あんまり無理させちゃダメよ?」

ゆみ「………………善処しよう」

久(微塵も反省してないみたいね)

久(東横さんも大変ねぇ……)



桃子(痛いっす……あらゆる箇所が痛いっす……)

桃子(須賀京太郎……まさかこんな搦手を使ってくるとは……)

桃子(でも)

桃子(やっぱり、誰かに求められるっていうのは、あったかいっすね)フフ

佳織「桃子さん……? どうかしました?」

桃子「いや、楽しかったなぁって」

桃子「新しい知り合いも出来たし」

桃子「今までの私の人生じゃ、考えられないくらい楽しかったっす」

佳織「人生って……」

桃子(ん? あれは)

京太郎「」サムズアップ

桃子(……今回は感謝してやるっす)

桃子「須賀京太郎」ボソッ

ゆみ「」ピクッ

桃子(あ、やば)

ゆみ「モモ」

桃子「は、はいっす……」

ゆみ「今日はそういえば、午後から私の家で勉強を見てやる予定だったよな」ニコニコ

桃子「いやぁ、その、今日は疲れたから家でゆっくり休みたいかなぁって……」

ゆみ「なら、私の家に来て、我慢できなくなったらそのまま寝ればいい」

ゆみ「泊まっていってもいいしな」

桃子「き、今日は帰って撮っておいたドラマを」

ゆみ「 モ モ 」ニ゙ゴッ

ワハハ「……!?」ゾク

睦月(なに!?)ゾクゥ

佳織(ひぃ)ゾクゾク

桃子「……はいっす」

桃子(前言撤回)

桃子(ちょっと……いや、かなりやりすぎっすよ…)



――清澄部屋――

ブオォォォン ブロロロロロロ

和「んんぅ……」

和(車……そうか、もう朝なんですね)

和(鶴賀の人たちが帰るんでしょうか)

和「ふあぁ」ムクリ

和(それにしても……)

和(結局昨日の須賀くんのメールはなんだったんでしょう)

和(指定した時間に指定した場所で、東横さんと親しげに話して欲しいって……)

和(何を考えていたんでしょうか)

和「?」

和(この香りは……)スンスン

和(同類――百合の香り!?)バッ

和(あっち……鶴賀の車の方から……)

和(これは……)スンスン

和(加治木さんと、東横さん……でしょうか…)

和(おかしいですね……)

和(昨日の時点では何も……)

和(あのあと、何かあったということでしょうか?)

和「…………」



――何処かの木の上――

ハギヨシ「京太郎君……」

ハギヨシ(まさか、あそこまでのことをやってのけるとは)

ハギヨシ(彼のやったことは、話術で相手を乱すだけではない)

ハギヨシ(衣様が月の力を得て、卓上を支配するように)

ハギヨシ(彼はこの周囲一帯の空間を、自らの気……いや、自らそのもので染め上げた……)

ハギヨシ(まさか、使えるものが今の世に生まれようとは……)

ハギヨシ(一体貴方はどこへ行こうというのです……)

ハギヨシ(もしかしたら私は、とんでもない怪物を目覚めさせてしまったのでは……)

ハギヨシ(………………)

ハギヨシ(師としては失格かもしれません)

ハギヨシ(しかし、私は……)

ハギヨシ「見たい」

ハギヨシ「京太郎君、あなたがどんな覇道を征くのか」

ハギヨシ(あんなものを再び“魅せ”られては、どうしようもないですね)

ハギヨシ(そういえば、あの方は今一体何をしているのでしょうか……)



~帰宅後~

――木間書店――

京太郎(今回はさすがに疲れた……)

京太郎(まさにカミソリの上を滑るような、危険な賭けだった)

京太郎(アトモスフィアでの情報収集の成果がなければ、あそこまでうまくいかなかっただろう)

京太郎(まさに日頃からの地道な作業が実を結んだと言える)

京太郎(なぜか失敗のビジョンは少しも浮かばなかったが)

京太郎(もしかしたら、咲とか衣ちゃんの感覚って、あんな感じなのかもなー)

京太郎(しかし、丸く収めるためとは言え加治木さんには随分ひどいこと言っちまったな……)

京太郎(今度会うことがあったら、ジャンピング土下座で謝る必要があるか)

京太郎(得られるものも多かったけど、やっぱりこんなことは二度とやりたくないな……)

京太郎(まぁ二人の様子はしっかりと記録させてもらいましたがね!)

京太郎(それにしても、ボロボロになったことに変わりはないか……)

京太郎「さっさと帰って」

『ひらり』

京太郎「これを読んで、癒されたい……」

京太郎(昨今、百合雑誌が増えてきている)

京太郎(まだまだマイナーなジャンルであることは否めないが、それでもこの流れは喜ばしい限り)

京太郎(中でも百合姫の他に出版されている百合雑誌『つぼみ』と『ひらり』の存在は大きい!)

京太郎(今回買う『ひらり』は、平尾先生の短編や、最近画力が向上してきた袴田先生の作品など目を離せない要素がたくさんあるが)

京太郎(なかでも俺が注目しているのはTONO先生の「ピンクラッシュ」!)

京太郎(ガチ百合娘のアタックを受けているうち、徐々に彼女のことを受け入れていくマールの姿が堪らない!)

京太郎(ただ、初期に掲載されていた小説がなくなってしまったのは残念ではあるが……)

京太郎(まぁそれより今は、さっさと家に帰ってこいつを堪能する方が重要だ!)







?「あれは……」ジー


カン!