5・

牌の世界

京太郎「今日、本藤先輩との再戦だ」

牌「……へえ」

京太郎「俺、強くなったかな」

牌「さあ、なってないんじゃないの」

牌「もうこれ以上強くなりようがないもん」

牌「考えうるパラメーターはもう限界まで伸びてるんだよ?」

京太郎「あとは配牌と、ツモ運」

牌「なに? 上げて欲しいの、ツモ運」

京太郎「その言い方だと……やっぱりダメか」

牌「やだね、やだやだ。めんどくさい」

京太郎「そこをなんとかさー、俺が頑張ってるとこ見ただろ?」

牌「……うん、見てたよ、全部」

京太郎「ちょっとは感化されたんじゃないか」

牌「ないない、全くもって。男には感化しないよー」

京太郎「そっか……なら、しょうがないな」

牌「……どうするつもり」

京太郎「このまま打つしかないだろ」

牌「認められんの?」

京太郎「しばらく麻雀にブランクがあったうえで、このまえ本藤先輩と打ったんだ」

京太郎「この一週間でだいぶ勘は取り戻した。それを成長ということにしてもらおうと思ってる」

牌「………………」

京太郎「じゃ、また明日」

牌「………………見とく」


 部室に意識が戻る。

八坂「よう」

京太郎「やっさん! どうしてここに」

八坂「本藤先輩と打つんだろ? それの観戦に来た」

まこ「入るか?」

八坂「ありがとうございます、遠慮なく」

京太郎「麻雀部に入ってくれるのか」

八坂「京ちゃんが本藤先輩に認められればな」

京太郎「そりゃまた難しい条件」

八坂「それぐらいできないと、あいつは倒せない」

京太郎「あいつって……?」

八坂「来たみたいだぜ」

 扉がゆっくりと開く。

 巨体が京太郎の前に立ちふさがった。

本藤「見せてもらうぞ、お前の変化を」

 対面に座る。

八坂「京ちゃん、本藤先輩の強さの秘密はもうわかったのか」

京太郎「前に気づいたよ。防ぎようねーけど」

 本藤先輩の使う技術は「神逆」という手法だ。

 理論はさほど難しくない。

 筋力で雀卓を変形させるだけだ。

 上手く変形させれば数枚ほどの牌なら任意の場所に持ってこれる。

 プロならば笹塚プロ、掛橋プロあたりが使い手として有名だ。

 大沼プロも若いときは使っていたらしいけど。

京太郎(操れるのは多くても4枚ほど……この前打ったときは赤ドラを2枚と両隣の牌を集めてた……)

京太郎(和了り形を見たら毎回入ってたしそれは一目瞭然。高火力なのもうなずけるってものだ)

 配牌を見る。

 8シャンテンの形。

本藤「会話はできたか」

京太郎「…………?」

本藤「わからないか、牌とのだよ」

京太郎「なっ……」

本藤「その様子だと出来たみたいだな」

京太郎「まさか本藤先輩……あなたも」

本藤「んなわけないだろ、俺にはできないよそんなこと」

京太郎「じゃあなんで」

本藤「お前はそれができるやつだと思ったからだ」

京太郎「………………」

本藤「出来るやつなんてほとんどいねーよ。というか、それが出来るやつはあと一人しか知らない」

八坂「本藤先輩、それってもしかして、上崎って人ですか」

本藤「なんだ、知ってるのか?」

八坂「俺が麻雀から離れた原因ですから」

 六巡目。

京太郎「……ツモ。七対子ドラ1。1600」

 河がまだ一列のときに和了れたのは何年ぶりだろうか。

本藤「ムダヅモなしか? 牌に愛されてるな」

京太郎「いや……さっき協力しないって言われたんですけど」

 協力してくれる気になったのか、牌。

 しかし東ニ局。

本藤「ツモ。3900オール」

京太郎「うわ、マジか……協力するのはさっきの一回だけってことかよ」

 捨て牌に並ぶ裏目った牌たち。

八坂「つーかツモ運悪くなってね?」

京太郎「さっき運よくした分、代価を払えって感じなのか? もっと純粋に協力してくれてもいいのに……」

 その後も捨てた牌を次にツモるということが続き、オーラス。

 跳満直撃で本藤先輩をまくれるところまできた。

本藤「次、チャンスをやる。それで俺に勝ってみろ」

 本藤先輩は「神逆」を、京太郎の配牌に発動させる。

 京太郎の配牌が4シャンテンになった。

京太郎「本藤先輩、これって……」

本藤「神が決めたことに逆らうから、『神逆』と言うんだ。一度くらいならこれぐらいは出来る」

本藤「さあ、打ってみろ。その配牌ならばお前の力を発揮できるだろ」

京太郎「……はいっ!」

 その日、京太郎は八年ぶりの三倍満を達成し、本藤先輩に勝利を収めたのだった。


 次の日。牌の世界。

京太郎「勝ったぜ」

牌「ふーん、興味はないけど、おめでとう」

京太郎「東一局目、ありがとな」

牌「なんのことやらさっぱり」

 知らんぷりをする牌。せっかくお礼を言っているのに。

 まあ、いいけど。

京太郎「今日は、聞きたいことがあってさ」

牌「……なに?」

京太郎「俺とお前、昔、会ったことがないか?」

牌「……さあ、よくわかんないけど、いつの話?」

京太郎「9年前」

 記憶のほとんどない9年前。

 蓋をした9年前。

 そこから漏れだした記憶の断面に、確かに牌はいた。

牌「どうだろう」

 上を見上げて退屈そうに、牌は言った。

牌「私、付喪神なんだけど」

京太郎「付喪神……」

 長く使った道具に宿る神、だったか。

牌「私が神になったのは8,9年前くらいなのだ。だけど、神になってから誰か人間に会ったことはないよ」

京太郎「って、ことは」

牌「勘違いじゃない?」

京太郎「勘違い……?」

 本当にそうなのか?

 だってこんなにも記憶の中の少女と牌はそっくりなのに。

 なのに別人? 他人の空似?

京太郎「わかった、変なこと聞いて悪かったな」

 疑問は残るがこれ以上追求しても埒があかない。

 それに、このことはこれ以上追求しないほうがいいような気もするし。

牌「ま、待って!」

京太郎「ん?」

牌「あ、あの」

京太郎「なんか思い出したか!?」

牌「そうじゃなくて、あの……あ……がとう」

京太郎「えと……」

牌「ぁ……ありがとう、これ」

 そう言って牌が指をさしたのは、PCとコミスタ(パッケージ版)。

京太郎「あ、ああ……素直にお礼を言うとは……大人になったな」

牌「大人も何も神だ!」

京太郎「はいはい、わかってるよ」

 頭を撫でる。

牌「く……気持ち悪い……屈辱……! でも、今はお礼のため、我慢……」

京太郎「別に俺、髪フェチじゃないから」

牌「じゃあ無駄に触るな!」

京太郎「はいはい……」

 せっかくセットした髪型が崩れるので、気安く他人の髪を触るのはやめましょう。

5・終


6・

京太郎「咲……」

咲「京ちゃん……」

 手が重なりあう。

 暗闇の中では視覚が役に立たない。

 それにともなって他の感覚が鋭くなってくる。

 衣服の擦れる音が聞こえる。

 時計の針が動く音が聞こえる。

 心臓の鼓動が聞こえる。

 触覚が、敏感になっていく。

京太郎「本当にいいのか、咲……」

咲「うん……」

 咲の肩に手を置いて、そして――。

「おっきろーーーーーーーーー!」

 ――ようやく目が覚める。

 さて、牌の世界へ飛ばされるとかいうファンタジーな展開に、京太郎がたいして動じなかったのには理由があった。

 それはすでに京太郎があるファンタジーを飼い慣らしていたからだ。

京太郎「……おはよう、カピ」

カピ「あ、ようやく起きた! ご主人さま、起きた!」

 喋るカピバラというファンタジーだ。

京太郎「いい夢だったのに……! 正直、これ夢だなってわかってたけど……! あとちょっとだったのに!」

カピ「なになに? いい夢? 知りたい!」

京太郎「教えない」

カピ「さきちゃんの夢でしょ!」

京太郎「へ? なんのことだ?」

カピ「寝言でさきさき言ってた! ごまかせない!」

京太郎「ひどい」

カピ「フラレたのに健気!」

京太郎「うぅ……」

カピ「ストーカー野郎!」

京太郎「今日のお前ひどくね?」

カピ「それにしてももう高校生だっていうのに女の子の一人も部屋に連れてこないとは……人間の寿命は長いって言うても心配やわ」

京太郎「やめてください」

カピ「いないの? 仲いい女の子?」

京太郎「いや、そんなこと言われてもさあ……。あ」

カピ「どしたの」

京太郎「そういえば今日、和が来るんだよ」

カピ「へ~! その人、仲いいの?」

京太郎「う~ん、向こうはまだ俺のことを信用してない感じはあるんだけど」

カピ「じゃあ、何で来るの」

京太郎「こんなことがあってさ……」

 昨日のこと。

 見事、ニ人の男子部員を集めた京太郎。あと二人の男子部員と、一人の女子部員を求め、和に相談した。

京太郎「和。お前に憧れてここに来た麻雀の強いやつっていねーの?」

和「いえ……別に私は憧れられるような存在じゃありませんし」

 そんなわけない。

京太郎「後輩とかは?」

和「あ……二人いるんですけど……確かにあの子たちは慕ってくれますね。嬉しいです」

京太郎「二人? 中学も強豪校ではないのか」

和「高遠原です」

京太郎「へえ、優希と一緒か。二人は幼馴染だったり?」

和「私は中学2年生のときにこっちに引っ越してきたんです。親友ですけど、幼馴染というわけではないんですよ」

京太郎「引っ越しか。前の中学は麻雀部強かったのか?」

和「そんな有名じゃない……いえ、麻雀部はありませんでした」

京太郎「なんてとこ?」

和「阿知賀女子学院中等部、です。知らないと思いますけど……」

京太郎「……奈良県の?」

和「知ってるんですか!?」

京太郎「小2のころから小4までの間、奈良県の小学校に行ってたんだよ」

和「私は小6からなので……ちょっと時期が違いますね」

京太郎「阿知女かぁ……じゃあ、もしかしてだけど、高鴨穏乃って人、知ってるか?」

和「え!? 知ってます! 須賀君も穏乃の友達だったんですか?」

京太郎「う~ん……どっちかというと、穏乃のおばあちゃん――雪乃さんと仲が良かったんだけどな」

和「えっと、たしかお土産屋でしたっけ?」

京太郎「和菓子屋でもあるけどな。和菓子を買うため、その店によく行ったんだ」

京太郎「最初は親と一緒に、だけどな。……雪乃さん、優しくって。いろいろよくしてくれたよ」

京太郎「学校帰りとかしょっちゅう雪乃さんのところに遊びに行ったっけ……いい思い出だ」

 雪乃さんには大切なことをいろいろ教わった。京太郎の人生観の一部は、彼女によって形作られたと言っても過言ではないくらいだ。

 京太郎にとっての初恋は咲であることに間違いはないが、雪乃さんにもほんのり淡い恋心を抱いていた。

 年齢差は大変なことになるけど、それはまあ……。

和「穏乃とは、そのときに?」

京太郎「ああ。小学校は違ったけどな。雪乃さんを通して紹介された。遊んだのは数回だけど……まあ穏乃はあんな性格だ」

京太郎「人見知りだった俺とも、仲良くしてくれたよ。いいやつというか……すごいやつって印象だった」

和「……そうですね、私もそう思います」

 奈良で過ごした三年間、それは幸せな時間だった。

 奈良に来る前はあんなに心が苦しかったのに……。

 ――苦しかった?

 あれ?

 何で苦しかったんだっけ?

 何で俺、引っ越したんだっけ?

和「そのころ穏乃はどんな感じでした?」

京太郎「見るか? アルバムにそのころの写真があるし」

和「お願いします」

京太郎「あ、そうだ。小6の穏乃も見たいな。どんな風に成長したのやら」

和「じゃあ、私もアルバムを持っていきますね」

 持っていく? 持ってくるじゃなくて?

和「須賀君の家へ」

カピ「のどかちゃんのこと好きなの?」

京太郎「ん? おもちが大きいから好きだぜ。咲と絡ませたら最高の百合ップルだろうな……」

 胸の大きさに差がある百合ップルは最高。京太郎が辿り着いた、一つの真理だった。

カピ「そうじゃなくて、恋愛感情的に」

京太郎「ははは、まだ出会って一ヶ月も経ってないんだぜ? どうやって惚れるんだよ」

カピ「そういえば気になる! どうしてご主人さま、咲ちゃんのこと好きになったの?」

京太郎「え~? うふふふ///」

カピ「なんか気持ち悪い」

京太郎「いろいろ咲のことが気になるイベントはあったんだけど……決定的だったのは修学旅行のときだな」

カピ「お、何だかまともそう」

京太郎「修学旅行の一日目、夕食の時の話だ。その夕食はいくつかのコースから好きなメニューを選べた」

京太郎「まあ若者の集団なわけだからみんな肉料理とかを選んでた。その中で咲は秋刀魚の塩焼きを頼んでたんだ」

京太郎「いや、秋刀魚の塩焼きも、もちろん美味しいよ? でも、それを選ぶ人は少なかったからさ、思わず注目しちゃったんだ」

京太郎「それでな、すごいんだぜ、咲。すっげー綺麗に魚を食うの」

京太郎「骨と身を綺麗に分けて、食べれるところは全部食べて、最後に残るのは綺麗な骨」

京太郎「俺、魚食うの苦手でさ、親に厳しくしつけられたからそこそこ綺麗には食えるんだけど」

京太郎「咲のは今までに見たことがないくらいに綺麗だった。あのときは、もう、マジで惚れたね。結婚したくなった」

カピ「目の付けどころが、シュールです」

京太郎「そうかな、惚れ惚れするぜ?」

カピ「まあ、それはいいんだけど……のどかちゃんが来る前に本棚の百合本は隠してね」

京太郎「……忘れてた」

 本棚上部から下部までそびえ立つ百合! 百合! 百合! こんなの見られたらドン引き間違いなし!

京太郎「片付け完了!  あとは和が来るまでゆるゆりの最新刊を読んで待ってよう」

カピ「片付け完了してない!」

京太郎「………………」

京太郎「……ふへっ」

京太郎「…………ふぬっ」

京太郎「……ふぅ。ゆるゆりは百合じゃないよなー。ほんのり百合っぽい、友情日常漫画って感じ」

カピ「そうなの?」

京太郎「ひまさくは百合だけど」

カピ「あれ」

京太郎「結京も百合だけど」

カピ「おい」

京太郎「あれ? やっぱり百合漫画じゃね?」

京太郎「っていうか、この世の漫画は全部百合漫画じゃね?」

京太郎母「京太郎ー! お友達が来たわよー!」

京太郎「うおおっ! 思ったより来るの早い! ゆるゆりは……ベッドの中にでも入れとくか」

カピ「ガンバッ!」

京太郎「いらっしゃい、和」

和「お邪魔します、須賀君」

 部屋に和を招き入れる。

 普段部室でしか会わない人が自分の部屋にいるのは何だか不思議だった。

和「……何だかいろいろと驚きました。須賀君ってお金持ちだったんですね」

京太郎「違う違う、お金持ちなのは俺の親」

京太郎「尊敬はしてるけどな、親のこと」

京太郎「ま、そこに座ってくれ」

 小さいテーブルの前に置かれた座布団の一つを指さす。

 和が座ったのを確認し、その反対側に京太郎も座る。

和「須賀君、結構本を読むんですね」

 本棚を見上げながら和は言った。

 ちなみに百合本棚はクローゼットに入れ、普段はクローゼットに入れている麻雀関連の本棚を外に置いてある。

 カモフラージュのためだ。

和「麻雀関連の本がいっぱい……これ、一年やそこらで集められる量じゃない気が……」

京太郎「ん? ああ、5,6年分くらいだけど」

和「須賀君って麻雀を始めたの、最近じゃなかったですっけ」

 ……そういうことにしてるんだった。

 自分の昔話は秘密にしておくようにやっさんに頼んだのだ。

 本当は強いんだぜー! とか恥ずかしいし。

 つーか今の俺じゃ、誰にも勝てないから、バレるわけないんだけどな!

京太郎「えーと、打ち始めたのは最近だけど、本とか見て研究は昔からしてたんだ」

京太郎「さ、そんなことより、アルバム見ようぜ」

カピ「キュー!」

京太郎「ん? お前も見たいか?」

カピ「うっす!」

和「いま喋りませんでした!?」

京太郎「珍しいな、和がそんな変なことを言うなんて」

カピ「キュー」

和「き、気のせいですか」

京太郎「そうそう。カピバラが喋るとか非科学的。せーの、はいっ……『そんなオカルト』?」

和「それ、持ちネタじゃないです!」

 1ページ目。

 手をつないでる写真。

和「仲良かったんですね」

京太郎「懐かしいなあ……」

 家族同士で写っている写真。

和「家族ぐるみの付き合いだったんですね」

京太郎「むしろそっちが中心だったかな。よくいろんなところに行ったなぁ」

京太郎「山とか、キャンプ場とか、山とか、なっらーけんこーらーんどとか、山とか」

 山での写真が何枚か出てくる。

和「このときから穏乃、山が好きだったんですね……」

京太郎「へえ、その言い方だと今も好きなのか? うん、確かにあいつ、山には並々ならぬ執念があったし」

京太郎「一回だけ、だけどな。俺と穏乃の二人で山に登ったんだよ。近くの小さな山」

京太郎「まだあのときは幼かったし、遭難――ってほどじゃないけど迷子になって――」

 心細くて、不安で、怖くて、泣きそうだった。

 でも穏乃は違った。

 楽しそうだったんだ。

京太郎「怖くないの?」

 あのとき、俺は聞いた。

 その質問に、うん、と答えるだろうと期待して。

穏乃「そんなことないよ。山は怖いものなんだよ」

穏乃「天気だって、動物だって、地形だって、山は人間に牙をむくことがあるんだ」

穏乃「それでも、そういうことをちゃんと理解したとき」

穏乃「山は私たちにいろんなものを与えてくれるんだ」

穏乃「私は、楽しさをもらった」

穏乃「山は怖いけど、楽しいんだ!」

 そのときの穏乃の顔を見ているうちに、心が落ち着いたんだ。

 落ち着いた心で周りを見回したら、帰り道が何となく見えたよ。

 ……あ、この話にオチはないんだけど、印象に残ってる、大切な思い出だ。

和「私も、穏乃と登ったことがあります」

京太郎「お、そうなのか」

和「1つだけ穏乃に言いたいことは、山登りに適した格好をすべきということです」

京太郎「その辺はなあなあで済ませよう」

和「いいんでしょうか……山登りが好きなある人が」

和「『こんな格好で山登んな!小さい山だろうが慣れた山だろうが関係ねえ! 山なめんな!』って激怒してましたけど」

京太郎「どんなものでもマニアというのは面倒くさいものだからな」

 百合男子もそうだけど。

京太郎「さてと、次のページ……」

 一緒にお風呂に入ってる写真。

京太郎「……は、また今度にして、和の持ってきたアルバムを見せてくれ!」

和「何ですか、今の写真」

京太郎「恥ずかしかったのでナシ」

和「お風呂ですか」

京太郎「まだお互い幼かったからな――実に微笑ましいよな!」

和「はぁ……まあ、普通ならそうなんでしょうけど……穏乃の場合はそうはいかないような」

京太郎「へ? なんで」

和「穏乃が小6のときの写真です」

京太郎「変わってない」

和「こっちが中1のときの写真です」

京太郎「難易度の高い間違い探しか」

和「最後、引っ越すときに撮った写真です」

京太郎「女の子らしくなった……ということはなかった」

和「つまりその写真は幼かったころの微笑ましい1ページというわけにはいかないんです。今現在の写真と言っても過言じゃないんです」

京太郎「いや、その理屈はおかしい」

 本当におかしい。

和「というわけでこの写真はお預かりするということで」

京太郎「いやいや、なんでそうなる……ハッ」

 もしかしてもしかすると。

 百合名場面図鑑収録「あの子の写真を持ってるのは私だけじゃないとイヤ」なのか!?

 そういえば和のカバン。誰かから貰ったんじゃないかと妄想したが、あれは現実!?

 あのカバン、穏乃のイメージとマッチングしてるし! 間違いない!

 穏和は現実だったんだ! 百合はファンタジーじゃなかったんだ! 百合は現実だったんだ!

京太郎(いや、落ち着け俺、素数を数えるんだ。2,3,5、7、11、13……あ、間違えて奇数を数えるの忘れてた)

和「どうしたんですか?」

京太郎「なんでもない、とにかくその写真を元の場所へ」

 手を伸ばす。少し届かなかったので体を乗り出した。

和「そんなに必死に取り戻そうとするとは……やはり」

京太郎「ないない、ありえな、うわっ!」

 バランスを崩す。

 和を押し倒す。

 ベッドにダイブ。

京太郎「………………」

和「………………」

 今朝見た、夢のことを思い出した。

 目の前の少女が咲だったらな、と思った。

京太郎「和……」

和「す、須賀君」

カピ「キーッス!」ヘイッ!

カピ「キーッス!」ソレ!

和「あれ、なにか言いました?」

京太郎「……ちょっと待っててくれ」

和「なにをするんですか?」

京太郎「カピを可愛がってくる」

和「それ今する必要あるんでしょうか……」

京太郎「クッ……まさかこのことを教えなければならないとは」

和「な、なんですか」

京太郎「誰にも言うなよ?」

和「は、はい」

京太郎「俺と和、二人だけの秘密だからな?」

和「わかりました」

京太郎「実は俺……一時間に一度はカピをモフモフしないと手が震えたりするんだ」

和「モフモフ中毒ってやつですか? 大変ですね。もしモフモフしなかったら、いったい……」

京太郎「俺自身がカピバラになる」

和「予想通りです」

京太郎「と、いうわけで、さあ! こっちの部屋でモフモフだ! カピ!」

カピ「堪忍してくれー!」

 バタンッ!


――――――――――――


京太郎「と、いうわけで、さあ! こっちの部屋でモフモフだ! カピ!」

 須賀君はニコニコとした表情でカピさんを抱きかかえた。

カピ「堪忍してくれー!」

 気のせいだろうか。喋った気がするのだが。

 いや、そんなオカルト――いや、やめよう。持ちネタ扱いされる。

 バタンッ!

 扉が閉まる。

和「そういえば、さっき……」

 ベッドに倒れたとき、背中にゴツっとしたものが当たった気がする。

和「何でしょう、四角い感触でしたけど……」

 布団の中に手を入れると、中から本が出てきた。

和「漫画……でしょうか?」

 タイトルは「ゆるゆり」。聞いたことはない。

 しかし、その本が放つ魔力に、和は冒されていた。

 読んでみたいという、恐ろしい魔力に。

和「……須賀君が来るまでの間、読んでみましょうか」

 カピをモフり終えた京太郎は、自分の部屋に戻ってきた。(※モフる=人前で喋らないように指導すること)

京太郎「わるい、和。遅くなった」

和「い、いえ。だ、大丈夫です」

 ……何故だろう。

 心なしか和の顔が赤い気がする。

 そしてそれ以上に。

 和から百合のにおいがする気がする。

和「ま……まさかあんな世界があっただなんて」

京太郎「和?」

和「は、はい!」

京太郎「もしかして、体調が悪いのか?」

和「い、いえ! そういうわけでは」

京太郎「ならいいんだけど」

和「そ、そうです、須賀君! カピさんは?」

京太郎「今は眠ってる」

和「そうなんですか」

京太郎「物理的に」

和「どういうことですか!?」

京太郎「俺のモフりテクが気持ちよかったんじゃないか?」

和「妙な造語を創らないでください」

京太郎「さて、それじゃ本格的に和が持ってきた写真を見ますか!」

 和の写真。和と穏乃と知らない女の子ふたりの写真。

和「この子――憧というんですけど、誰かに似てると思いません?」

京太郎「えー? うーん……俺の知ってる人?」

和「もちろん」

京太郎「むむむむ……」

 普段は女の子を百合妄想のために使っているので、あんまり顔を覚えていないのだ。

 大事なのは関係性だし。

 顔の良し悪しなんておまけなのだ。

 でも、今回は違った。

 答えの少女が唯一、京太郎が百合妄想を出来なかった人物だからだ。

京太郎「ゆうき……そうか、優希か!」

 ちゃんと顔を覚えている三人のうちの一人だった。

和「そうです。あれ……思ったより時間がかかりましたね……即答すると思ってたんですが」

京太郎「はは……いや、こういうの苦手でさ」

 そのとき京太郎の脳裏にあるひらめきが宿った。
 
 まだ京太郎は疑問に思っていたのだ。

 なぜ優希で百合妄想をすることが出来ないのかと。

 もしその原因が容姿なら。

 優希と似た憧という少女でも百合妄想は出来ないかもしれない。

 そうなると疑問が解消される。

京太郎「……行こう」

和「行くって、どこへ……」

京太郎「奈良」

和「え」

京太郎「吉野へ行こう!」

和「今からですか!? 五時間はかかりますよ!?」

京太郎「時山さん」

時山「はい、ここに」

京太郎「ヘリ、出してもらえますか」

時山「かしこまりました」

和「え? え? え? 執事さん?」

時山「ちなみに私、萩原さんの旧友です」

和「なんかこの人、めちゃくちゃ下手な伏線を張りましたよ」

京太郎「そういうのは伏線とは言わない」

6・終



7・

 空。

 それは無限に広がる自由のキャンパス。

 この空間を支配することは人類の夢。

 また、ポエムってしまった。

 ……とにかく、上空1000メートル。

 京太郎と和は空中散歩を楽しんでいた。

和「自家用ヘリって……須賀君、どれだけお金持ちなんですか……」

京太郎「金持ってるのも稼いだのも親だって。俺はすねをかじってるだけー」

 褒められたことじゃないのかもしれないが、「親のお金には頼らない!」と言ったことがない。

 親の支援なしに生きていくことなんてまだ出来ないし。誰だって親に守られて生きていくんだし。

 精神だけ独立しても、それはただの反抗期だ。

 本当に親に反抗したいなら経済的にも自立しなければだめだ。

 反抗したいと思ったことはないけど。

 将来、どうやって生きていくかも決めていないのに。

京太郎(そういえば染谷先輩は、もう将来のことを考えてるんだっけ)

京太郎(すごいよな……染谷先輩)

京太郎(俺も、考えてかなきゃ……ならないよな)

 父親の神社を継ぐにしても。祖母の会社を継ぐにしても。

 百合愛を活かせる仕事ができればいいのかもしれないけど、お金が得られるようになった趣味は楽しくないとも言うし。

 麻雀のプロは……一度潰えた夢だし。

 飛行機にはもう何度も乗ったことがあるが、ヘリコプターに乗ったのは初めてだ。

 しかもそのヘリコプターは部活の友人のもの。

 そしてその友人、須賀君は遠くを見る目で、考え事をしているようだった。

和「あの、大丈夫ですか?」

京太郎「………………」

 呼びかけても返事がない。私の声が耳に届いていないようだった。

和「須賀君!」

京太郎「ぅおっと、すまん、考えごとしてた」

和「穏乃のことですか」

京太郎「いや、将来のこと」

和「唐突ですね」

京太郎「そうか? 俺の頭の中じゃ、論理的なプロセスがあったんだけどな……なぁ、和」

和「何ですか?」

京太郎「和は、将来の夢、あるか」

 真剣な顔だった。

 彼は、ときどきこういう顔をする。

 出会ってからまだ少ししか経っていないけれど、もう数回ほどこんな顔を見た。

 その真剣な顔を見ると、わたしはギクリとする。

 怖いのだ。

 何かを抱えてそうな瞳。モヤモヤとしたものがお腹の底で渦巻いているような嫌悪感。

和「……小学校の先生とか、お嫁さんとか、色々なってはみたいものはあります」

京太郎「いいな、それ」

和「だけど、だからといって、なれるわけじゃないですけどね」

京太郎「と、いうと?」

和「いえ、別に……そう思っただけです」

京太郎「親、か?」

和「……その何でも見透かしてるような態度、好きじゃないです」

京太郎「堪えるなぁ。いろんな人にときどき同じこと言われるけど」

和「……すみません」

京太郎「俺は親からの支配とか、そういうの感じたことないから、和の気持ち……わからないよ」

京太郎「だから俺がいくら良いことを言ったところで、それは上辺だけの台詞だ。誰かの借り物の台詞だ」

京太郎「何か悩みがあったとしても、それを解決できるのは俺じゃない。……きっとそのうち、それを解決してくれる誰かに出会えるよ」

和「……はい」

京太郎「でもさ、話したら少し楽になることもあるし、聞かせてくれないか。解決はできないだろうけど、聞くことは出来る」

和「そういう須賀君にもあるんじゃないですか?」

京太郎「なにが」

和「悩み事、です」

京太郎「……う~ん、特に……思い当たることはないな。いくつか疑問とかはあるけど、悩み事ってほどのものじゃないし」

京太郎「基本俺、お気楽に生きてるからなー」

和「本当に、そうですか?」

 須賀君の目を見ていると湧いてくるこの感情。

 須賀君の過去に、何かあったのではないかという疑惑。

 それはまだ消えていない。

 和の目は真剣だった。

 言い逃れできなさそうな空気。

 しかし、京太郎にとっての悩み事は、他人に話せることではない。

京太郎(『どうして百合アンソロジー「つぼみ」が休刊になったのか悩んでる』なんて、とてもじゃないけど言えねえ……)

 この真実を知ったときは悲しくて悲しくて、どうしてこの世界はこんなにも残酷なんだろうと嘆いたものだ。

京太郎「……やっぱり、悩んでることなんて、思いつかないな」

和「そうですか……そうなんですね」

 納得いかないようではあったものの、それ以上の追求はなかった。

和「私も将来のことをいろいろ考えたりしますけど」

京太郎「おう」

和「でも今は目の前に大きな課題があるんです。まずはそれをどうにかしないといけないと思ってます」

京太郎「課題? それって……」

 和は言うべきか言わざるべきか少し悩んでいるようだったけど、観念したかのように息をついた。

和「今年のインハイ、優勝できなかったら麻雀をやめさせられるんです」

京太郎「……そっか」

和「………………」

京太郎「残りの部員、見つけなきゃな」

和「……見つかるんでしょうか」

京太郎「そりゃ、きっとどこかに」

和「でも、三年生も二年生も一人ずつしかいなかったんですよ? もう私たちの学年は二人いるのに、あと一人見つけるなんて……」

京太郎「大丈夫だって、必ず見つかる」

 そのとき京太郎の脳裏に横切ったのは咲の姿だった。

 あいつなら、麻雀をやってくれるかもしれない。

 誘ってみよう、そしたらきっと何かが起こるはずだから。

時山「あと五分で到着です」

京太郎「ありがとう、時山さん。例のもの、用意は出来てますか?」

時山「こちらです」

和「須賀君、そのかばん、なんですか?」

京太郎「見たいか? ほら」

 カバンの中に入っていたのは、女性用の服、一式。

和「わぁ、かわいい……ブランドは……D.A.SUTUARTですか。私、ここの服、好きなんです」

和「NAGANO STYLEとコラボしたシリーズは大流行でしたよね」

京太郎「NAGANO STYLEの服もあるぜ」

和「これ、今春の新商品ですね!  NAGANO STYLE、好きなんですか?」

京太郎「おう、メンズ商品も充実してるからな。少ない布面積に盛り込むふんだんな装飾は海外でも高評価されてるらしいぜ」

京太郎「デザイナーの長野雫さんが、海外の賞を取りまくってたみたいだし」

和「でも、どうしてこんな服を?」

京太郎「和、言ってただろ? 穏乃は今、阿知賀女子に進学してるかもしれないって」

和「実際のところはわからないですけど……」

京太郎「穏乃の家に電話して確かめたんだ。どうやら本当に阿知女みたいだぜ」

時山「そのようにお聞きしました」

和「そうなんですか」

京太郎「で、穏乃は今どこにいるか聞いたんだ。どうやら穏乃は、麻雀部の活動で学校にいるそうだ」

和「麻雀、ですか!?」

京太郎「驚くようなことなのか?」

和「いえ……。穏乃、小学校卒業と同時に麻雀をやめていたので……」

京太郎「……そうだったのか」

和「そうですか……よかった」

京太郎「また穏乃と打ちたかったのか」

和「え……いや…ふふ、そうですね。打ちたかったんだと思います」

京太郎「……よかったな、和」

和「……はい」

 きっと和にとって、奈良で過ごした数年は大切なモノだったのだろう。

 彼女はそういうことをはっきりというタイプではないのでわかりにくいけれど。

和「で、結局その洋服はなんのために……?」

京太郎「と、言い忘れてた。女装のためだよ」

和「えっと……よくわかりません」

京太郎「阿知賀女子学院は女子校だぜ? 女子校は百合の聖地!」

京太郎「男っぽいものは取り除かねばならない!男の俺も本来なら立ち入るべきではないが……今回は事情が事情だ」

京太郎「極力百合の園を汚さないように女の子になる配慮ぐらいはするべきかと思ってな!」

和「何を言ってるのやらさっぱり……」

京太郎「阿知賀は共学化しやすい学校だが……この世界線は共学化しなかったんだ」

京太郎「いや、共学化なんてしたら百合の花が枯れるから勘弁願いたいんだが……」

和「えっと……結論は」

京太郎「女装したいから、女装する」

和「なるほど、須賀君の声って、女装しそうなタイプの声ですもんね」

 ……そこまで思い切ったことは言ってない。

京太郎「和は少しぶっちゃけすぎるところがあるよなー」

和「そんなつもりはないんですけど……せっかくだし、もう少しぶっちゃけてみましょうか」

京太郎「和に『ぶっちゃけ』という言葉は似合わないというぶっちゃけをしたいところだけど、どうぞ」

和「どうして須賀君、急に奈良に来ようと思ったんですか?」

京太郎「えっと……それは」

 優希への思いが何なのか確かめるため。

 ……そんなこと言えない。

京太郎「穏乃に久々に会いたかったから」

和「それ、本当ですか」

京太郎「和……お前まさか本当の理由を知って……!」

和「本当は最近の阿知賀スレブームに便乗しようとしてるんじゃないですか」

京太郎「ぶっちゃけた!」

 ちげーよ!

和「もしくはシリアス展開ばかりが続くのが辛くてギャグ展開で済みそうな場所に緊急避難してるという可能性も」

京太郎「到着だぜ……! 阿知賀……!」

 素早く服を着替え、京太郎はヘリから飛び出した。

 新子憧は、刺激的なことが好きだった。

 しずは、刺激的な少女だ。

 私がしずのそばにいたいと思ったのは、そんな刺激的なところに惹かれているのだろう。

 しずのそばにいたら、刺激的で、楽しい日々が続くのだ。

 部活の休憩時間、憧は屋上へ風に当たりに来ていた。

 屋上は四方が高いフェンスに囲まれていて多少開放感は損なわれているものの、校舎の周りの森林を一望できて気持ちがいい。

 頭をつかう麻雀を得意とする憧にとって、頭の休憩のために屋上は最高の休憩場所だった。

 ……ところで。

 刺激的なことが好きとは言ったが。

 ヘリコプターが私をめがけて飛んでくる。

 エンジンの音なのかプロペラの音なのかはわからないが爆音が耳をつんざく。

 そのヘリから一人の少女が飛び出してくる。

 息を呑むほど美しい少女だった。

 パラシュートが開く。

 美しい少女は優雅に体を動かし、巧みに軌道を修正しながら。

 ゆったりと、憧のいる屋上へ着地した。

 空から降ってきた美しい少女。

 屋上を吹き抜ける風で長い髪がうねる。

 その少女は輝いているかのようだった。

 少女は空を見上げ、自慢気な声で言った。

京子「なるほどSUNDAYじゃねーの」

 SATURDAYだ。

 ほどなく、ヘリも着陸し、中から出てきたのは、憧もよく知る少女だった。

和「須賀君なんでわざわざパラシュートなんて使ったんですか」

京子「特に意味は無いよ。そして今は京子と呼んで!」

和「跡部人気に便乗するためですか」

京子「和、ぶっちゃけキャラになる気か」

憧「の…………」

和・京太郎「ん?」

憧「和ぁ!?」

和「お久しぶりです、憧」

 ……ここまで刺激的なことは求めていない。

 京太郎が初めて女装をしたのは中学1年生。

 百合を汚さないために始めた女装。

 でも今は百合とは別の独立した趣味になっている。

 どうしてこの趣味は理解者が少ないのだろうか? こんなに可愛い服を着られるのに。

 そもそも男の服にはキュートさが足りない。もっと男の服にもフリフリなやつがほしいです。

 最近スカートがメンズファッションとして取り入れられたときは「俺の生まれる時代は間違ってなんかいなかった!」

 と思ったものだが、実際のところ、まだ一般化してないし、そもそもスカートと言ったってミニは許されていない。

 丈が長くてゆるふわ系フリフリスカートも大好きではあるのだが、短いやつも履きたいのだ。てなわけで今、俺はミニスカート姿だ。

 いや、「俺」という無粋な一人称はやめよう。

 私、須賀京子は阿知賀女子学院に降り立っていた。

 女子校である。

 女子校である!

 百合の聖地である!

 少子化の影響で共学化なんてしてないのである!

 阿知賀に来た途端、そこらかしこから百合の香りが漂ってきた!

憧「………………」

 阿知賀に来て一番最初に目についた少女もまた、ほのかな百合の香りに包まれていた。
 
京子「はじめまして!」

憧「あ……はい、はじめまして」

 握手をする。

憧「えっと、和、この子は……?」

和「須賀京太郎、男です」

憧「え」

京子「はい?」

憧「え」

和「須賀君、こちらが先ほど写真でお見せした新子憧さんです」

京子「へえ……『女の子は一年もあれば見違えるぐらい変わるものだ』と本藤先輩が言ってたけど、本当なんだね! 私、感心!」

和「案外あっさりなリアクションですね」

京子「女の子はいつでもかわいくなれるんだよ? 私、知ってる」

和「カプ総合スレや阿知賀スレで『憧の急成長に驚く』シチュエーションの話がたくさんあるから」

和「競合を避けるためにあっさりなリアクションしたのかと。ぶっちゃけそう思いました」

京子「ぶっちゃけキャラはやめよう、和」

 しかしこんなに姿が変わってしまうと、本来の目的である「優希への思いが何であるか確かめる」が達成できなくなる。

 わざわざ奈良まで来て得られるものがなにもないのでは、悲しくなってしまう。

 そこで、新たな目的を思いついた。

 百合の種探しである。

 百合の種探しとは。

 もうすぐ百合ップルになりそうな女の子を探して事前に仲良くなり、女の子たちがゆりゆりしているさまを観察させてもらうことだ。

憧「えっと、あの」

京子「あなた、恋、してる?」

憧「はい?」

京子「好きな女の子、いる?」

憧「え、ちょっ、まっ」

京子「いるんだね! 私、応援してるから!」

憧「え? う、うん」

京子「LINEのID交換しよう! それで逐一、好きな女の子とやったイベントを報告してね!」

憧(え? あれ? どうなってんのこれ!?)

京子「ID!」

憧「あ、はい……」

 百合の可能性をひとつゲット。幸先のいいスタートだ。

京子「じゃ、他の百合の香りを追ってくるから、このへんで……」

憧「ちょっと待って!」

京子「どうしたの?」

憧「和。この人とどんな関係!?」

 いきなり旧友が謎の女装男とともにヘリで現れたら、そりゃ二人がどんな関係なのか気になるだろう。

和「須賀さんとの関係ですか」

京子「和ちゃんとの関係、かぁ……」

 部活仲間? 友だち?

 何だろう……、私と和の関係って。

 ……そういえば。

 ヘリの中で話し合った。

 将来のこと。将来、なにになりたいか。

 私たちは、将来のことを話しあった関係なのだ。

和・京子「将来のことを話しあった関係」

京子「だよ」
和「です」

憧「え」

憧「えええええええええええええええええ!?」

 阿知賀麻雀部室にて。

 京子は京太郎に戻っていた。

京太郎「ひどい……ひどい……この世界は俺の敵だ……」

玄「ど、どうしたの京太郎くん」

京太郎「玄さん……ここって女子校ですよね」

玄「うん」

京太郎「百合の園ですよね」

宥「ユリの花が咲くのは5月からだけど……」

京太郎「なのに男性教師がいるんですよ!?」

玄「え!? 普通だと思うけど」

京太郎「俺の知ってる女子校は男なんて一人もいないんです!」

玄「どういうこと!?」

京太郎「くそっ……これだから現実は……! もっと百合漫画を見習えよ……!」

京太郎「こんな思いをするぐらいだったらカプ総合スレでいろんな女の子とインスタントにイチャイチャしてるほうがマシだ!」

穏乃「ねーねーきょーたろー。さっきの女の子の姿、もう一回見せてよー」

京太郎「よし、じゃ、着替えてくるぜ!」

灼「ハルちゃんはもうすぐ来るとおも……」

和「そうですか……それじゃ赤土さんが来るまでここで待っていていいですか?」

穏乃「赤土先生は今、職員会議中だから、30分もしないうちに来ると思うよ」

京子「手うがは大切だよ 手うがしようね!」

和「としのーきょーこー?」

京子「 !? 」

和「なんでもありません」

穏乃「わーすっごい! かわいい!」

憧「なじみすぎ!!」

 なじんでいた。

憧「っていうかしず! こいつと知り合いなの!?」

穏乃「きょーたろはうちのお得意さんだったんだよ」

憧「玄と宥姉は!?」

玄・宥「初対面」

憧「なじみすぎ!」

京子「すみません……憧さん……。私、邪魔でしたよね……」

京子「みんなと話すのが楽しくて、つい騒いじゃいました……。本当にごめんなさい……」

憧「え……いや……別に怒ってるわけじゃ」

京子「心配して損した!」

憧「譲歩して損したんだけど!?」

 元の姿に着替える。

 あまりに長い時間京子でいると、自らのパーソナリティを喪失しかねないからだ。

玄「和ちゃんと京太郎くんは将来のことを話しあった関係なんだよね?」

和「はい、そうですね」

玄「いいなあ~……憧れるなあ……」

京太郎「そんなに憧れることですか?」

玄「そりゃ当然! 女の子なら当然なのです!」

京太郎「じゃあ玄さんも俺達と将来のことを考えませんか?」

玄「えぇっ!? だ、だめだよ、そんな! 和ちゃんが怒るよ」

和「構いませんよ」

玄「寛容!? 長野ってそんなに爛れた場所なの!?」

京太郎「何故長野の悪口を……。温泉とかいっぱいあっていいところですよ?」

玄「うちにもいい温泉があるのです」

京太郎「へえ、いいですね! 温泉旅館か何かですか?」

玄「うん。あ、良かったら温泉、どうですか?」

京太郎「あ、それじゃあ、入ります。和も入るよな?」

和「いいですね、温泉。お願いします」

玄「ま、まさか一緒に?」

京太郎「なんでそうなるんですか」

玄「あはは、さすがにまだ早いよね! よかった!」

和「早い遅いの問題なのでしょうか……」

玄「とすると、お二人はどこまで……?」

京太郎「どこまで、とは?」

玄「二人で今までにやったことは?」

 二人でやったこと?

 う~ん、特に思いつかない。

和「そうですね……さっき須賀君の部屋でベッドに押し倒されました」

玄「すごく進んでる!?」

京太郎「あーあれかー。そういえばそんなこともあったな」

玄「そんなどうでもよさそうに……」

京太郎「まあ(バランスを崩して押し倒すなんて)よくあることですし」

玄「長野怖いのです」

京太郎「なぜさっきから長野へバッシングが……? いいところなんですよ長野。交通マナーが少しばかり悪いですけど」

玄「それって良い所だと言えるの……?」

京太郎「奈良も鹿さんの交通マナー悪いんですよね? それと一緒です」

玄「結構違う気が」

玄「でも羨ましいな……。和ちゃんのおもちを自由に扱えるなんて」

京太郎「え、扱えませんよ?」

玄「そこはまだ許してないんだ」

和「『まだ』ってなんですか『まだ』って。一生許しませんよ」

玄「そこはプラトニックなんだ……長野って訳がわからないのです。おもちを触れないとか……長野には行きたくないのです」

京太郎「長野に何か恨みでも……?」

玄「おもち帝国岐阜の隣に位置しながら、長野のおもちは平均以下の大きさしかないんだよ!?」

京太郎「ならば恨むのも致し方無いですね」

玄「そうなのです……ってあれ? 京太郎くん、おもちという言葉をなぜ……?」

京太郎「そういえば玄さん、なぜ俺が作った隠語を……?」

玄「…………」

京太郎「…………」

 この世に、奇跡は存在した。

 300km以上離れた奈良と長野で、同じ言語文化がまったく別の人間によって誕生していたのだ。

京太郎「奇跡ってあるもんですね……」

玄「うん……私、感動しちゃったよ」

 そこで京太郎はあることを思い出した。

京太郎「おもちスレって知ってますか」

玄「うん。私、あのスレの住人だもん」

京太郎「こんな形でオフ会をすることになるとは思ってませんでした」

玄「うん、仲間に会えて、私……嬉しい」

京太郎「俺もです。でもせっかくだったら他の住人さん……」

京太郎「もち吉さんとか、†妖魔†さんとか、黒の騎士さんとか、チャチャさんにも会いたかったですね」

玄「京太郎くん……。ここで重大発表があるんだ」

京太郎「……なんですか?」

玄「その人達、全部、私の自演なんだ……」

京太郎「…………え」

玄「そう、それはあの日のこと――」

 おもちのことを語りたかった。

 おもちのことで夜を明かしたかった。

 でもそんな話を出来る人はいなかった。

 日に日に募るおもちへの思い。

 それは発散されることはなく。

 ――私は、私と語ることにしたのだ。

 掲示板を作り。

 自分のパソコンと、おねーちゃんのパソコンと、自分のケータイと、おねーちゃんのケータイと

 旅館のパソコンを使い分け5つの人格を作り出し。

 たった一人でおもち談義をしていた。

 楽しい時間だったけれど、虚しさは募り続けた。

 だからその日現れたその人は、私にとってかけがえのない人だ。

 あなたが初めておもちスレを見たとき、私は人生であれほど嬉しかったことはなかった。

 時には心苦しいながらもあなたのおもち観を叩いたりもした。

 それでも私は、あなたに感謝している。

玄「ごめんね……自演なんかして……」

京太郎「玄さん……」

 痛いほど、彼女の気持ちが理解できた。

 京太郎にも似たような経験があったのだ。

 百合が好きになって。

 誰かと語り合いたいほど好きになって。

 でもそれを語れる人はいなかった。

 今でもあの頃のことを思い出すと心が寒くなる。

 大切な何かが欠けていたあの日々。

 それはちょうど紅生姜のない牛丼のようで。

 決して戻りたくない過去だ。

京太郎「いいんですよ玄さん……! いいんです……! そんなことはもう……!」

玄「でも、ずっと騙してたんだよ? 大切な京太郎くんを……ずっとずっと騙してたんだよ?」

京太郎「気にしてないです……! 玄さんの気持ち、とても良くわかりますから……!」

玄「京太郎くん……!」

和「そうですよ、玄さん。須賀君は玄さんの気持ちを良く理解してますよ」

玄「和ちゃん……!」

和「須賀君もよくSSスレで自演しまくって自分のスレを人気があるように見せかけてますし」

京太郎「これでぶっちゃけるのは最後にしよう、なっ?」

 しばらくすると、阿知賀麻雀部の顧問であるという赤土さんがやってきて、和と話していた。

 赤土さんが来た瞬間、灼さんの百合指数が十倍に底上げされ、歓喜したのは言うまでもない。

 京太郎はそっと部室を出ると、廊下にある自動販売機でビックルを買い、ベンチに座って瞑想した。

 阿知賀女子麻雀部は百合の土壌であるとともに、片思いしかない、悲恋の世界だ。

 灼さんの思いは一方通行だし、憧の思いも一方通行だ。

 百合の物語は悲しい最後を迎えることも多い。

 だからこそ現実ではハッピーエンドを迎えてもいいと思うのだ。

 憧と灼さんに、何とかしてハッピーエンドを与えられないだろうか。そう思った。

京太郎「……ん?」

憧「あ……」

 そこに、憧がやって来た。

京太郎「何か飲みに?」

憧「……やっぱ戻る」

京太郎「俺のことなんか気にすんなよ」

憧「……別に」

 京太郎は立ち上がり、自動販売機の目で財布を出した。

京太郎「何飲む?」

憧「ちょっ……自分で払うから」

京太郎「そうか、つぶつぶドリアンジュースか」

憧「カルピスソーダ!」

京太郎「はい、購入っと」

憧「あ……しま……」

京太郎「隙を見せたな」

憧「くっ……。それ、いらないから」

京太郎「俺、炭酸苦手なんだけど」

憧「……子どもみたい」

京太郎「よく言われる」

憧「……あーもう、貰うわよ! ありがとねっ!」

京太郎「助かるよ」

 近づこうと一歩踏み出した瞬間、憧は一歩、後ずさった。

京太郎「…………」スタ

憧「…………」スタ

 京太郎一歩前進。

 憧一歩後退。

京太郎「…………」スタスタ

憧「…………」スタスタ

 京太郎ニ歩前進。

 憧ニ歩後退。

 これはもしかして、俺、避けられてね?

 何故だろう。

 嫌われるようなことをしたか?

 したけども。

京太郎「俺のことは嫌いでも、LINEで百合話をする約束はやめないでください!」

憧「……別にあんたのことが嫌いなわけじゃないわよ」

京太郎「好きというわけでもないのか」

憧「好きになる要素ないでしょ」

京太郎「たしかにな」

 否定はできない。

京太郎「じゃあなんで近づこうとすると離れるんだ」

憧「あ……えと……それは」

京太郎「それは?」

憧「……苦手だから」

京太郎「なにが」

憧「お、男の子が……」

京太郎「はは、なるほどな」

憧「……ダメだよね、やっぱり、異性が怖いなんて」

京太郎「……そんなことねーよ」

憧「そんなわけない! 治すべきなんでしょ!?」

京太郎「いいじゃねーか、異性が苦手なくらい。無理して慣れようとする必要はないよ」

憧「でも……」

京太郎「治したいならゆっくり治していけばいい。慌てなくたっていいだろ」

 というか。

 治してほしくない!

 男嫌いとか最高じゃんか!

 それってもう百合に生きろっていう神様からのメッセージだぜ、きっと。

 憧がここまで育てた百合の芽を枯れないように守るのは、「男が苦手」というステータスなのだ。

 変な男に捕まったらせっかくの百合の芽が花を咲かせる前に枯れてしまう。

 そんなのは許せない。

京太郎「憧、俺は気にしないから」

憧「そっか……ゆっくりでいいんだ」

京太郎「ああ」

憧「……ありがとね、京太郎」

京太郎「?」

憧「うらやましいな……和」

京太郎「へ……? 憧、お前、なに言って……」

穏乃「大変だよ、きょーたろー!!」

 そんな憧との会話中、穏乃が慌てた様子で駆け込んできた。

京太郎「どうした!?」

穏乃「和が、和が、熱を出して倒れて……!」

京太郎「え……あっ!」

 そうだ。確かに今日の和の様子は変だった。

 普段はあんなにぶっちゃける性格じゃないのに、今日はやたらとぶっちゃけていた。

 あれは体調が悪くて調子がおかしかったんだ!

 松美館。

 看病しやすいよう、板場に一番近い部屋を貸してもらった。

 板場に氷があるからだ。

晴絵「疲れが溜まってたみたいね。この時期は生活の変化も多いし、体調を崩しやすいからね」

和「……そうですね」

穏乃「おかゆ持ってきたよ! 食べられる?」

和「ありがとう穏乃。いただきます」

京太郎「ごめんな、和……。俺が無理に連れ回したせいで」

和「いえ……私も気づかなかったですから……」

 ……そうじゃないんだよ、和。

 奈良に来たのは俺の勝手な用事で。

 それに巻き込んだのがいけなかったんだ。

 京太郎は立ち上がり和のそばを離れ、部屋の入口にいる時山さんのそばへゆっくりと後ずさった。

時山「原村様のご両親への連絡、完了しました」

京太郎「ありがとう、時山さん」

 場所が奈良だったのは不幸中の幸いか。

 もともと和が住んでいた場所なので、親同士の繋がりもあったため、奈良にいることで大きなトラブルにはならなかった。

時山「この部屋と隣の部屋を使わせていただくよう、手続きも致しました」

京太郎「……いつもすみません」

時山「いえ、お役に立てるのならば」

京太郎「……天江家でのことを思い出してるんですか」

時山「…………違いますよ。それに今の衣様は龍門渕家にいらっしゃるのでしょう?」

時山「龍門渕家にはあの荻原さんがついています。何の心配もいりません」

京太郎「……わかりました」


 夜。

京太郎「それじゃ和、何かあったら遠慮なく呼んでくれ。おやすみ」

和「はい、おやすみなさい」

 和のいる部屋を出た京太郎は自分の部屋に戻ろうとしたが、思い直してロビーに行った。

 ロビーの端にある自動販売機の前に立つ。

京太郎「……昼に一本ジュース飲んじゃったからな。一日二本は飲み過ぎ……」

 水を買う。

 出てきたペットボトルを目に近づけて、水の向こう側を見通す。

 水を通すとゆらゆらと世界が揺れる。

 それは牌の世界に似ていた。

京太郎「今日は牌に会えなかったな……」

 なぜだろうか。最近、牌のことを考える時間が増えた。

 今ごろ牌は何をしてるだろうとか、どんなことを考えてるのだろうとか、過去にどんなことがあったのだろうとか。

 考えるだけ無駄なのに、気づけばそんなことばかり考えていた。

 ゆらゆら揺れる空間に、揺れる人影が映った。

京太郎「……こんな時間に外出して親に怒られないのか」

穏乃「……和のことが心配で」

憧「ちゃんと許可は取ったわよ」

灼「部長としての責任もある……」

京太郎「大丈夫だ、今は安定してる。ゆっくり休めば元気になるはずだ」

穏乃「そっか……よかった」

 安堵したように三人はソファーに腰を下ろした。

京太郎「早く戻ったほうがいいぜ。許可を取ったとはいえ親も心配だろ」

穏乃「許可っていうのは松美館にお泊りする許可だよ」

京太郎「あ、そういうこと……よく親の許可取れたな」

憧「あんたの親はどうなのよ。いきなり外泊なんてして」

京太郎「ふ……俺の親か……?」

 視線をそらし、天井を見上げる。電灯が眩しかった。

穏乃「まさか……親」

京太郎「ああ……」

 視線を戻す。

京太郎「超怒ると思うぜ!」

穏乃「予想と違った!」

京太郎「はぁ……明日がこえーよ……。何時間説教されるのやら……下手したら説教だけで2ページは消費する可能性も……」

穏乃「のび太のパパか」

憧「和のこと……心配?」

京太郎「そりゃそうだろ」

憧「そうよね、将来のことを話しあった関係だもんね」

京太郎「? 確かに、そうだけど」

穏乃「どうやって二人は知り合ったの?」

京太郎「部活が一緒だった」

穏乃「ほほー……定番だね。で、告白はどっちから」

憧「ちょっと、しず!」

穏乃「ヘヘ……いいじゃんか」

京太郎「告白って何のことだ?」

憧「してないの!?」

京太郎「ただの友だちに告白なんてするわけないだろ」

穏乃「え? ……将来のことを話しあった関係なんじゃ」

京太郎「おう。将来、何になりたいかについて語り合った関係だぜ」

憧・穏乃「………………」

灼「知ってた」

京太郎「え? え? なにこの空気」

灼「アラタ」
 
 その後、旅館の雀卓で三人にボロボロにされた京太郎だった。

 麻雀終了後。

 京太郎は穏乃を外へ呼び出した。

 明かりの近くには虫が沢山いたため、少し暗がりになっていた池のそばへ。

 松美館の池は宴会所の窓から一望できる場所にあった。

 月明かりが池の表面で反射してきれいだ。

穏乃「どうしたの、きょーたろー」

京太郎「なんだかんだでゆっくり話せなかったからさ。思い出でも語ろうかと」

穏乃「思い出かー。実はそんなにないよね」

京太郎「まーな。期間的には短かったし」

 小学校が同じだったわけでも、一緒の麻雀教室に通っていたわけでもない。そんな都合の良い過去はないのだ。

京太郎「あのさ、穏乃は覚えてるか」

穏乃「なにを」

京太郎「俺がここに引っ越してきたときのこと」

穏乃「うーん……半分くらい」

京太郎「俺、何か言ってなかったか」

穏乃「……………………………………」

 穏乃は目を閉じて、顔を傾けた。

 忘れかけたことを思い出そうとしているのだろう。

穏乃「そういえば、ときどき言ってた気がする」

京太郎「なんて?」

穏乃「『あのとき、俺は足が動かなかった』って」

穏乃「『そんな情けない俺の隣を、あいつは駆け出した』」

穏乃「『あのとき俺がその役目を負っていたら、サキも、テル姉も、あいつも――あんなことには』」

京太郎「……その先は!? まだ他に何か言ってなかったか!?」

穏乃「ん……えっと……何か言ってたっけ」

 穏乃の肩を掴む。

京太郎「何でもいいんだ! どんな些細な事でもいいから、頼む!」

穏乃「い……痛いよ、きょーたろー」

京太郎「あ……わるい」

 肩から手を離す。

 手が痺れていた。どうやら知らないうちに強く握っていたようだ。

穏乃「なにか、あったの」

京太郎「…………」

穏乃「すごく、必死だった」

 見抜かれている。

 和は俺のことを「何でも見透かしてるよう」と表現したが、穏乃ほどではないと思う。

京太郎「今日、和とアルバムを見たんだ。俺が奈良にいたときの――つまり穏乃との写真。そのアルバムを見て気づいたことがある」

京太郎「そのアルバムに、空白期間があるんだ。二年間分の写真がすっぽり抜けていたんだよ」

 それは、記憶に蓋をした時間。

京太郎「俺がそのころの写真を捨てたのか、親が隠したのか分かんねーけど……思い出さなきゃならない」

穏乃「……わかった。あのときのこと、もっと思い出してみる」

 穏乃は黙って空を見上げた。

穏乃「ひとつだけ、思い出した」

京太郎「…………」

穏乃「『好きだったのに』」

京太郎「え?」

穏乃「『好きだったのに』って言ってた」


 次の日。

 阿知賀女子学院屋上。

 ヘリに乗り込んだ京太郎たちは阿知賀女子麻雀部の六人に見送られていた。

 プロペラの音が轟いている。

穏乃「和! そこからなら、みんなを見れる!?」

和「見えますよ!」

 大きな声で和は返事をした。

穏乃「これが、私たちのチーム!」

 穏乃が両腕を大きく広げる。

和「はい!」

穏乃「全国で和と遊ぶために、作ったんだよ!」

和「……!」

穏乃「全国、絶対来いよ、和!」

和「そんな約束は……いえ」

 和は京太郎の顔を横目で見て、覚悟を決めたように言った。

和「必ず、行きます!」

 奈良が離れていく。

 京太郎と和にとっての思い出の場所が。

京太郎「そんな約束はできない、っていうのかと思った」

和「そう言うつもりでした」

京太郎「じゃ、なんで」

和「ふふ、どうしてでしょうね」

京太郎「答えは?」

和「答えは教えませんよ」

 こうして、二人の奈良の旅は終わった。

 旅に意味を求めてはいけないとは言うけれど。

 大切なものを手に入れた気がした。

7・終



8・

京太郎「さあ、今日も牌ちゃんと戯れに、牌の世界に行こう」

 部室に一番乗りした京太郎は、卓の上に整理された牌に触れる。

 触れた瞬間に感じる、頭から血が抜けるような感覚にも随分と慣れた。

京太郎「到着っと……」

 辺りを見まわす。

京太郎「あ、いた。おーい、牌……」

 声をかけようとしたところで、あることに気づく。

京太郎「え……牌のそばにいるやつ、誰だ?」

 牌のそばにいたのは、遠目にもわかるイケメン高身長な男だった。

京太郎「は……? ちょ……どういうことだよ」

 頭が働かない。どうしてこんなことになっているのか。

 牌は、楽しそうな表情でその男と会話していた。

京太郎「……いや、別に……あいつが誰と話してようが俺には関係ないし」

 そうだ。牌と京太郎の関係はただのライバル関係なのだ。

 牌が誰と仲良かろうが、それはどうでもよいことなのだ。

 ――だけど。

京太郎「……帰ろう」

 話しかけることは出来なかった。

京太郎「咲……俺の白でお前の萬子の混一色に放銃してもいいか?」

京太郎「う゛ん゛、い゛い゛よ゛(裏声)」

友人「……何やってんのお前」

 誰もいない教室。

 そこでの一人小芝居を見られていた。

京太郎「ゆーと! 見て分かんないのか? 咲を麻雀に誘う練習だ!」

友人「へー、別のことを誘ってるようにしか見えなかったわ」

京太郎「真剣にやってたのに」

友人「はぁ……まったくお前は。もっと普通に誘えばいいだろ」

京太郎「うっ……そうなんだけど、恥ずかしくってさ」

友人「普通に話すみたいに誘えばいいだけだっつーの」

京太郎「あ、そうだ、ゆーと。麻雀部に入ってくれ」

友人「いいぜ」

京太郎「優しい」

友人「今の感じで咲ちゃんを誘えよ」

京太郎「難易度高い」

友人「ヘタレめ」

京太郎「言い訳できねえ」

友人「じゃ、ちょっと練習してみるか。俺を咲ちゃんだと思え」

京太郎「咲はもっとかわいい」

友人「うるせえ、さっさとやれ」

京太郎「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる! 入部しろ!」

友人「自由意志を尊重しろ」

京太郎「安心しろ! ――俺、須賀京太郎は不可能の力と共にここにいるぜ!」

京太郎「俺が咲の入部を受け止めてやる! だからお前は入部届を持っていけ!」

友人「壮大過ぎる」

京太郎「一緒の部に入部して、友達に噂とかされると恥ずかしいし……」

友人「もはや誘ってねえ」

京太郎「な゛ん゛で゛入゛部゛し゛な゛い゛ん゛だ゛よ゛! ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

友人「文字数稼げて便利!」

 いよいよ咲を誘う時がやってきた。

 特別なセリフも気障な口説き文句もいらない。

 ただ普通に言えばいいだけだ。

 外で本を読んでいる咲を見つけた。

友人「さあ、行け!」

京太郎「あ、明日にしないか?」

友人「行け!」

 どんと押された。

京太郎(ええい、ままよ!)

京太郎「咲~!」

咲「京ちゃん」

京太郎「まーじゃ……」

咲「まーじゃ?」

京太郎「まあ、じゃあ、学食へ行こうぜ!」

咲「その間投詞いる?」


 食堂。

 咲にレディースランチを注文してもらってる間に友人に首を絞められた。

友人「何やってんだお前は」

京太郎「く……苦しい。だ、だってさ」

友人「だってじゃねえ」ギュウウウウ

京太郎「しまってるしまってる! ここで決める! ここで決めるから!」ゴキゴキゴキ

咲「はい、レディースランチ、持ってきたよ」

京太郎「おーう……サンキュー……」ギュウウウ

咲「仲いいね、二人!」

京太郎「これが、仲良くしてるように……見えるのか」ゴキゴキギュウ

咲「じゃれてるだけでしょ?」

 それはひどい。

 友人は一旦その場を離れ、遠くから俺達を見守ることにしたようだ。

 正直友人にはこの場にいてアシストをして欲しかったのだか、この件は俺一人で片付けるべき問題らしい。

京太郎「咲……あのさ」

咲「おいしい?」

京太郎「あ、美味いぜ」

咲「それはよかった」

京太郎「…………ういっす」

 タイミングが見つからない。

 あれ、勧誘ってこんなに難しいことだっただろうか?

 ……いや、これは俺のせいだ。

 俺が咲に特別な感情を抱いているから、こんなふうになってしまったのだ。

 今は咲への感情は切り離そう。

 大切な友人を部活に誘う。それだけのことだ。

京太郎「咲、麻雀部に入らないか」

 溜めもせず、情緒もなく、京太郎はそう言った。

咲「……ごめん京ちゃん、麻雀キライだから」

京太郎「キライってことは、麻雀、出来るんだ?」

咲「まあ、そうなるけど」

京太郎「なら、大丈夫だ」

咲「大丈夫って……」

京太郎「どんな理由で麻雀が嫌いになったのかは知らねーけど、うちの麻雀部なら大丈夫」

京太郎「あそこなら、あのメンバーなら、たとえ嫌いでも――楽しく麻雀を打てる」

咲「……よくわかんないよ」

京太郎「えっと、つまりだな……あの、その」

咲「でも、京ちゃんがそう言うなら、そうなのかもね」

京太郎「咲……」

咲「いいよ、わかった。行ってみる」

 部室。

 新メンバー友人と見学の咲を連れてやって来た。

京太郎「みなさんいますかー!!」

本藤「しっ、須賀! 静かにしろ」

京太郎「ど、どうしたんです?」

本藤「部長が眠っていらっしゃる」

京太郎「はあ」

本藤「怖いから起こしてはならない」

 本藤先輩、トラウマ克服できてねえ。

本藤「っと、客か?」

 でかい図体、威嚇するような面で本藤先輩は言った。

 咲のやつ、怖がらねえよな……?

咲「宮永咲です。よろしくお願いします」

 なんの緊張もない様子で、咲はお辞儀をした。

 そういえば咲は他人に物怖じしないタイプなんだっけか。

友人「こここここんにちは! うううううう梅原友人です」

 ……よっぽどこっちのほうが怖がってた。

和「お茶入れますね」

咲「あっ……さっきの――」

京太郎「お前和のこと知ってんの?」

和「先ほど橋のところで――」

八坂「悪いね、ちょっとこいつに用事があるから先に打っといて!」

京太郎「やっさん?」

 和の言葉を全部聞く前に、やっさんに腕を引っ張られ、部室の外に出た。

京太郎「どしたよ」

八坂「……あいつはなんだ」

京太郎「どっちのことだ」

八坂「宮永さん」

京太郎「咲か……友だちだけど」

 フラれた相手だとは言えない。

京太郎「……どうしたやっさん、顔色、悪いぞ」

八坂「分かんないのか、お前には」

京太郎「え?」

八坂「……化け物だぜ、あいつ」

京太郎「なっ……」

八坂「いや、魔王か……?」

 麻雀の強い人間が発する何か。

 それは悪魔だとか魔物だとか、にも例えられる。

京太郎「いやいやいや、ちょっと待てよ。俺もそういうのを感知する力があるんだぜ? でも咲からは特に何も」

八坂「隠してるんだ」

京太郎「…………」

八坂「いや、隠れているのかもしれないな。意図的にか偶発的にかはわからないけど、強さが隠れている」

京太郎「なんでお前はそんなことがわかるんだ」

八坂「同種の物を見たことがあるからだ」

京太郎「同種の……もの?」

八坂「あの日――俺が麻雀をやめた日――見たんだ。あれに似た、なにかを」

 部室に戻り咲の打ち方を確認する。

京太郎「(……まじかよ)」

八坂「(わざと手を安くしたな。何のためだと思う)」

京太郎「(一位にならないため……とかか)」

 咲が麻雀を嫌った理由はわからない。だが人が麻雀を嫌いになる理由は限られている。

 その定番といえば、自分が勝つと他の人の機嫌が悪くなる、とかか。

八坂「(一位にならないため、か。それもあるが……それだけじゃない気がする)」

京太郎「(えっ!?)」

八坂「(もう一局見よう)」

 ――そこから始まる物語は、咲と和の物語。

 その日、咲は3連続プラマイゼロを達成したのだった。

 その日の放課後。

一太「部員、九人揃ったのかい」

京太郎「えっと、副会長さん。お久しぶりです」

一太「君ならやると思っていたよ。麻雀部再建」

京太郎「……あと一人、男子が足りてませんよ」

一太「僕を、入れてくれないか?」

京太郎「え?」

一太「君がいれば、会長はもう悲しまなくて済む」

京太郎「よくわからないですけど……入部なら大歓迎ですよ」

 ――こうして、男子も女子も団体戦に出られることになった。

 一週間後。

 通学路の途中、京太郎は草むらに隠れて観察していた。

友人「……何してんの、お前」

京太郎「指」

友人「……は?」

京太郎「いま、和が小指にキスしたんだ」

友人「おう」

京太郎「昨日、咲と和は指切りをしてたんだ。隠れて見てた」

友人「本格的に気持ち悪いなお前は」

京太郎「あれは百合名場面名鑑収録『あなたの触れた場所がじんじんするの……』だ!」

友人「もしかしてこれから先、原作にそって百合百合してる様子を観察するだけの話になるのか!?」

京太郎「いいな、それ!」

友人「よくねーよ。あと2週間しかないんだぞ。盛大に何も始まらないにもほどがあるわ」

 学校。

咲「じゃあお昼一緒に食べようねー」

和「はい、ではまた」

京太郎「咲……おまえ……和と仲良くなったのか」

 百合ップル誕生への歓喜で、京太郎はそう言った。

咲「うんっ」

京太郎「お……俺もお昼ご一緒してよろしいですか」

 もちろん、百合の観察のためである。

 合宿をしよう。

 そういうことになった。

 そして合宿の前日。

 京太郎はある場所にやって来ていた。 

 百合オンリーイベントである。

 合宿の日程と重ならないか心配であったが、ギリギリ一日ずれていたのだ。

京太郎「買うぞー! 超買うぞー!」

 pixivで追ってる好きな絵描きさんの新刊を素早く買う。

 しかし、京太郎にとっての本番はこれからだ。

 それは新人の発掘である。

 この業界は常に新しい人が入ってくる。

 そこにある金の卵を探す。やりがいのあることだった。

京太郎「とりあえず、まずは好きなカップリングの同人誌から見ていくか」

 絵柄も好みな「はるちは本」を発見。

京太郎「あの、読んでみてもいいですか」

女性「どうぞ!」

 ……うん、やっぱり好みの絵柄だ。

??「すみません、俺も読んでみていいですか」

女性「はい!」

 他に客が来たようだ。

京太郎「あ、俺、邪魔ですか? すみません」

本藤「いえいえ、そんなことは」

 紙袋を両腕にいっぱい抱えた、いかつい顔の男が、そこにいた。

 まさしく本藤先輩であった。

京太郎「…………」

本藤「…………」

京太郎「き、奇遇ですね」

本藤「お、おう、そうだな須賀」

??「ちょっとあんたら、そんなとこで立ち話してるんじゃねえよ」

京太郎・本藤「あ、すみませ」

八坂「…………」

 つんつん頭の、小柄でツリ目な少年が、そこにはいた。

 疑う余地なく、やっさんだった。

京太郎・本藤「……」

八坂「や、やあ!」

京太郎・本藤「……あ、この本、一部ください」

女性「ありがとうございます! やった、完売だよイッチー!」

一太「本当ですか!? やりましたねササヒナ先生」

京太郎・本藤・八坂「おっす」

一太「    」

京太郎「……」

本藤「……」

八坂「……」

一太「……」

 あのあと、四人は互いに連携し合い、目当ての同人誌を買い漁った。

 ほとんど無言でである。

 会場の出口で、その空気に耐え切れなくなった本藤先輩がようやく口を開いた。

本藤「……お前ら明日の合宿の買い物は終わったか」

八坂「あ、まだっす」

京太郎「じゃ、今からみんなで買いに行きますか!」

一太「いいですね、梅原くんも誘いましょう!」

 三十分後。

友人「みんなで集まって買い物って……。女子じゃねーんだから」

 ぶつくさ言いながらも集合場所にやって来た友人。

友人「お、いたいた。もうみんな集まってんのか」

 四人は、何か会話をしているようだった。

 タッタッタッと小走り気味に四人に近づき、耳を傾ける。

八坂「女にも性欲はあるんだよ勝手な童貞の妄想を押し付けんな !!」

京太郎「プラトニックラブをバカにしてんのかボケ! 距離感を楽しむものだろうが!」

一太「ひたすらにイチャイチャラブラブしてりゃいいんですよ!」

一太「現実感やら修羅場やらシリアス展開やら、そういうのは作者の自己満足ですよ!」

本藤「笑わせるな! 葛藤や修羅場を乗り越えてこそ真実の愛に辿り着けるのだ!」

本藤「そこに至っていない百合なぞ見せかけ! お前の意見こそ本当の自己満足なのだ!」

八坂「そう、肉体関係まで描かなくても良いみたいな風潮が広まったせいだ!」

八坂「それでアリバイ百合とかいうただの金儲け作品が量産されたんだ!」

友人「よし、帰ろう!」

 こんなやつらと同じ場所にいられるか!

 俺は一人で買い物するぞ!

京太郎「来たか、ゆーと!」

 見つかった。

友人「帰ります!」

本藤「今からカラオケ店で朝まで『百合ソング大会&百合談義』をするのだ。貴様には審査員になってもらうぞ」

友人「いやだああああああああああああ」

一太「僕が一番正しいことを証明してみせましょう」

八坂「はっ、笑わせるぜ先輩。今から宗旨変えの準備をしといたほうがいいですよ」

京太郎「つーか――……」

 ――梅原友人はこの日、未来永劫絶対に百合作品を読まないことを心に誓ったのだった。

 ――ただし、ゆるゆりは除く。

 次の日。合宿の日。

 合宿棟に向かう前に、京太郎は牌の世界に来ていた。

京太郎「……よう」

牌「京太郎!」

 牌の笑顔。

 それを見た瞬間、心がチクリとした。

 牌が見知らぬ男と会話をしていた場面を思い出したのだ。

京太郎「……すまん! 今から合宿なんだ。今日はもう帰る!」

牌「ちょっと待ってよ!」

 牌に腕を掴まれた。

京太郎「……どうした」

牌「最近、なんか変だよ」

京太郎「……気のせいじゃないか?」

牌「ち、違うもん」

 牌が握っている場所がじんじんする。

京太郎「ごめんっ!」

 手を振りほどき、元の世界に戻る。

京太郎「はあ、はあ、はあ……」

 部室で卓に掴まりながら、呼吸を整える。

咲「大丈夫、京ちゃん?」

京太郎「咲!? 合宿棟に行ったんじゃ……今の、見てたのか」

咲「道に迷っちゃって……いま来たばかりだよ。大きな音が聞こえたからびっくりして」

京太郎「そ、そうか」

咲「京ちゃん……辛そうな顔してるよ?」

京太郎「……んなことねーよ」

 誤魔化すしかなかった。本当のことを言うわけにもいかないし。

咲「……信じてあげて、京ちゃん」

京太郎「咲……?」

 事情がわからないはずなのに、咲はそう言った。

 もしかしたら何となくバレているのかもしれない。

 まさか俺が牌の世界に行ってるとまでは思わないだろうが。

 ……そうだ。ちゃんと聞こう。誰と話していたのか。その人とどんな関係なのか。

 勝手に勘違いするのはやめよう。


 次の日。合宿中。

 早朝に合宿棟を抜けだした京太郎は部室に向かった。

 牌に会いに行くためだ。

 旧校舎にはまだ誰もおらず、静かな空気が薄気味悪かった。

 卓の上に並べられた牌に触れようとして、手が止まった。

京太郎「まだ怖がってるのか、俺は」

 真実を知るのが怖い。

 出来るのならば真実を知らないままで生きていたかった。

京太郎「なんたるヘタレ具合だよ、俺は……!」

 目を瞑って、勢い良く牌を握りしめる。

 
 牌の世界。

 最近はどんどんと明るくなっていった牌の世界も、最近また少し暗くなった気がする。

京太郎「牌……」

牌「……来てくれたんだ」

 視線が合う。

 どうしようもなく逸らしたくなったけど、我慢した。

 目を逸らしてはいけない。

 逸らした瞬間にまた勇気を失ってしまいそうだった。

京太郎「牌、聞きたいことがある」

牌「……なに?」

京太郎「10日ほど前、お前が会話してた男、あいつ誰だ?」

 聞いてしまった。

 怖い。

 どうしてなのかわからないけど怖い。

 牌は、ゆっくりと口を動かした。

牌「お兄ちゃんだけど?」

京太郎「………………」

牌「?」

京太郎「……お兄ちゃん?」

牌「うん」

京太郎「あ……は……はははは!」

牌「え!? 笑うとこ!?」

 なんだ、なんだ、そういうオチか!

 うじうじ悩んでいたのがアホらしい。

 さっさと聞いてしまえば楽だったのに。

京太郎「……よかった」

牌「京太郎……」

京太郎「牌……」

 自然と、二人は体を近づけあった。

 そして――お互いの身体が触れ――。

卓「妹を貴様には渡さーーーーーーーーーーーーん!!」

 触れる前に突き飛ばされた。

卓「この獣め! 我が妹に気安く触れるとは!」

牌「あ、卓兄! おはよ」

卓「うへへへへ、おはよ我が妹よ」

京太郎「何だお前は!」

卓「我か? 我は《麻雀 卓》! 配牌を操る神なり!」

京太郎「配牌を操る、神?」

卓「敬い給えよ!」

京太郎「なーるほど……なぁ……」

卓「なんだ!?」

京太郎「お前かあああああ! 俺の配牌を8シャンテンとかいう糞配牌にしたのは!!」

卓「そのとおりだが?」

京太郎「だが? じゃねえ! さっさと治せ! ろくに麻雀できねーよ!」

卓「我から妹を奪おうとする蛮族にはピッタリの誅罰だ」

京太郎「悪魔あああああああああ!」

卓「野蛮人がああああああああ!」

牌「二人とも元気だねー」

 牌はニコニコしていた。

牌「卓兄、京太郎の配牌を良くして、とまでは言わないけど、普通に戻してあげてよ」

卓「な、なぜだ我が妹よ! どうしてこんなやつの味方をする!?」

京太郎「へっ」ドヤッ

卓「ええい、うっとおしい!」

牌「お願いだよ」

卓「く……」

牌「お・に・い・ちゃ・ん?」

卓「任せ給え!!」

 あれが兄という種族か……。なんと業の深い……。

卓「我が妹の頼みだから仕方なく貴様の配牌を普通にしてやったが……よく覚えとけ! これは貴様を認めたわけではない!」

京太郎「わかってるよ」

卓「貴様に妹はやらん!!」

京太郎「わかりましたってば、お義兄」

卓「おいいまてめえなんつった」

京太郎「つーかマジモンの兄妹なのか」

牌「んーとね、神様になってから兄妹になったんだよ。牌と卓は兄妹関係になる決まりなのだ」

卓「我は本物の妹と思っておるぞ!」

京太郎「オーケーオーケー」

卓「ええい、聞けいっ!」

 ……さてと。

 ここらで一つ、片をつけよう。

 今あるピースで思い出せることは全て思い出した。

京太郎「さて……そろそろ覚悟を決めるか」

牌「覚悟?」

京太郎「逃げていたことに立ち向かう」

 合宿の起床時間は7時半。

 現在は6時半。あと1時間ある。

 京太郎は自分の家に向かった。

京太郎「母さん」

母「どうしたの、京太郎。合宿中でしょ」

京太郎「俺が小学校1年生だった頃のことを、教えてよ」

母「……そっか。もう、いいのね」

京太郎「もう子どもでいられる年齢でもないしな」

母「ちょっと待ってて」

 京太郎の母は薄いアルバムを持ってきた。

母「これが、その時の写真よ」

 アルバムを受け取る。

 薄くて小さいアルバムなのに、ずしりと重く感じた。

 ゆっくりアルバムを開く。

京太郎「……ああ、そうか……やっぱり、そうなのか」

 そこに写っていたのは四人の子ども。咲、照、京太郎、そして――牌ちゃん。

京太郎「いや――牌ちゃんじゃない――みなも――宮永みなも」

 あの日、8年前。飛行機事故で命を落とした少女。

 咲の従姉妹である少女。

 俺が――。

 初めて好きになった少女。

8・終



9・

 その写真は、宮永みなもの最後の写真となった。

 それ以来、咲は写真が嫌いになった。

 わざわざアルバム委員になって、自分の写真が卒業アルバムにできるだけ載らないようにするくらい。

 写真はその当時の記憶を蘇らせるからである。

 咲は、カメラのレンズを避けるように生きている。

 たまたま映ってしまったときにはその写真を抹消するために全力を尽くす。

 昔は別に写真に映ることは嫌いじゃなく、むしろ好きだったのに。

 みなもの死は、咲を写真嫌いにした。

 みなもは、泳ぐことが好きであった。

 いや、正確には――水、海、川、魚、貝。そういう物ならなんでも好きだった。

 泳いでる魚をただ見てるだけでも楽しんでいたし、魚を食べるのも好きだった。

 魚は綺麗に食べた。みなもはよく、咲に対して魚のきれいな食べ方を伝授した。

 今でも咲はきれいに魚を食べる。

 そんな咲の姿をみなもと重ねて、京太郎は咲のことが好きになった。

 みなもの代用品として好きになったとも言えるけど。

 牌の世界は海に似ていた。

 みなもは自分の好きな海の世界を、牌の世界で再現したのだ。

 そこまでするぐらい、海のことが好きだったのだ。

京太郎「きっかけは事故、だったけ」

 咲はあの頃からよくこける子どもだった。

 道路の真ん中で、咲がこけたのだ。

 運悪く、そこにトラックが迫っていた。

京太郎「穏乃が言ってたのはこれか……」

京太郎「『あのとき、俺は足が動かなかった』」

京太郎「『そんな情けない俺の隣を、あいつは駆け出した』」

京太郎「みなもが、駆け出した」

京太郎「みなもは、咲を救ったんだ」

京太郎「自分の足を犠牲にして」

 

 みなもは泳ぐことができなくなった。

 泳ぐことは、みなもが好きなことの一つだ。

 それを奪われたことはそうとう悲しいことであったはずなのに。

 みなもは笑顔だった。

京太郎「そして、飛行機事故か」

 バイトでの、染谷先輩との会話を思い出す。

 親戚同士での海外旅行。

 宮永照、その妹のみなも。そして二人の従姉妹の宮永咲。その家族たち。

 楽しい旅行になるはずだった。

 

 整備不良による事故。

 それ以来、整備のことを学び、整備好きになった京太郎はここでは置いておく。

 ビルに突っ込んだ飛行機は、燃料を漏らし、ビルを燃焼させた。

 燃え盛るビルの中で、みなもは動けなかった。

 体を焦がす炎の中で、みなもは動けなかった。

 京太郎は蓋をした。

 好きだった少女、みなもの死を。咲との日々を。照との思い出を。

 蓋をして、無かったことにした。

 咲も、京太郎と一緒だったのだろう。

 ただ、咲は強くなろうとした。

 また誰かを傷つけてしまわないように。

 体育の内申点が10あるのは、強くあろうとしたからだ。

 ……結局、こける癖は治らなかったけど。

 だけど、照は違った。

 記憶に蓋を出来るほど、幼くはなかったのだ。

 そのときの記憶を保っていられるほどに強く、耐えられないほどに弱かった。

 照に、もう妹はいない。

 彼女は、咲を許していない。

 家を出た京太郎は、湖に来ていた。

 合宿の起床時間まであと20分。そろそろ戻らないとまずいけれど、どうしても来たくなったのだ。

 四人でよく遊んだ、思い出の場所だった。

京太郎「……もう、誤魔化す必要はないよな」

 認めたくなくて、心の中で否定したけれど。

 いいかげん、嘘をつくのにも無理が出てきた。

 だから、叫ぶ。湖にむかって。自分にむかって。過去にむかって。

京太郎「みなものことが好きだ! 牌のことが好きだ! 愛したい! 愛されてえ! そばにいたい! そばにいてほしい!

京太郎「ずっと見ていたい! ずっと見ていてほしい!」

 
 ああ、なんだ。

 認めてしまえばこんなに簡単。

 牌への気持ちを。

 ようやく、肯定できた。


 ――合宿終了。

 今日も牌の世界にやって来た。

京太郎「県予選まであと6日だぜ!」

牌「ついでにあと4日で、あの日だ!」

京太郎「あの日?」

 今日から4日後というと、7月7日だ。

京太郎「あ、七夕か」

牌「それで、おしまいかぁ……」

京太郎「おしまい?」

 何が終わるのだろう?

牌「秘密!」

京太郎「気になるだろ」

牌「知ったところで京太郎じゃどうにもならないし!」

京太郎「久しぶりにヒドイな」

 最近は牌ちゃんが優しかったから、この俺に対するヒドさ、なんだか懐かしい感じだ。

京太郎「さてと、そろそろ部室に誰かが来る頃だろうし、帰るわ」

牌「あ……うん」

 寂しそう声で牌は言った。

京太郎「どうした?」

牌「……もうちょっと、一緒にいてよ」

京太郎「……わかった」

 二人は、手と手を重ね合わせた。

 それが、今できる限界だった。

京太郎「今日の牌、少し変じゃないか?」

牌「……どこが?」

京太郎「どこって言われると困るんだけど」

牌「なら、気のせいだよ」

京太郎「…………そっか」

 どこか、おかしい感じがするのは確かだが、それが何であるかはわからない。

 もしかしたら本当に気のせいなのかもしれない。


 次の日。

京太郎「あと5日で県予選かぁ」

牌「緊張してる?」

京太郎「してる、してる、超してる。もともと俺、緊張しやすいタイプだし」

牌「高校入試の日も緊張しまくったんだっけ?」

京太郎「うわっ、懐かし……。あの日はひどい目にあった」

牌「かわいそう」

京太郎「……たしかお前、俺が試験の日にトラブルがいくつも重なってギリギリ合格になるように祈ってなかったっけ」

牌「オボエテナイヨ」

京太郎「覚えてる人の言い方だ!」



 次の日。

京太郎「この世界、また明るくなったな」

牌「そうだねー! あと2日でおしまいだもん」

京太郎「おしまい? 前も言ってたよな、『おしまい』って」

牌「そう、おっしまーい!」

京太郎「教えてくれよ、何がおしまいなのか」

牌「だから秘密だって!」

京太郎「乙女の秘密的な何かか?」

牌「はっずれー」

京太郎「むむむ」



 次の日。

京太郎「あと3日」

牌「うん」

京太郎「『おしまい』は明日だっけ?」

牌「そうだよー!」

京太郎「あのさ」

牌「うん!」

京太郎「……いや、なんでもない」

牌「へんなの」

 牌は、アハハと笑った。

 それにつられて京太郎も笑った。



 次の日。

久「新しい雀卓が来たわよー!」

 旧校舎の入り口で部長は言った。

京太郎「えーっと、この箱を部室に運べばいいんですか?」

久「ごめんね、昼休みなのに手伝ってもらっちゃって」

京太郎「いやいや、いいですよ。少しは雑用をしないと心がざわつくんで」

久「そ、そうなの」

 部費を溜め続けること10ヶ月。ついに新しい雀卓を買う資金が溜まったのだった。

京太郎「ようやく、ですね」

久「この雀卓はすごいわよ。洗牌はもちろん闘牌までやってくれるのよ」

京太郎「闘牌はやる必要ないですよね!?」

久「人間がやることは一つもない! これが本当の全自動麻雀卓よ」

京太郎「雀卓業界も迷走してますね……」

久「でも、これで――」

 おしまいの合図。

久「あの雀卓の出番も、おしまい――ね」


京太郎「――おしまい」

 世界のおしまい。

京太郎「……すみません、部長! ちょっと行ってきます!」

久「須賀君!?」

 京太郎は部室に向かって走りだした。

 階段を駆け上り、扉を壊す勢いで開き、牌を握りしめた。

京太郎「!? 牌の世界に行けない!?」

 いつも通りにやっているのに景色が変わらない。

 牌を手のひらに置いたまま、何度か手を握ったり開いたりしたが変わらない。

京太郎「……っ! 手遅れなのかよ!?」

 嫌だ。

京太郎「もう逢えないのかよ!」

 嫌だ嫌だ嫌だ!

 これでおしまいだなんて。

 これで最後だなんて、そんなのは絶対に嫌だ。

京太郎「頼む、少しでいいから、牌に会わせろおおおおおおおおおおっ!!」

 強い衝撃が脳に直撃した。

 それは今までに味わったことがないほど強烈な痛みだった。

京太郎「ぐっ……」

 世界が反転した。

 視界がぼやける。

 吐き気もこみ上げてきた。

 それでも京太郎は目を大きく開き、世界を確認した。

牌「……来ちゃったんだ」

京太郎「牌……」

 牌の世界は崩壊しつつあった。

 空間にヒビが入り、砂のように細かく分解され、空間に溶けていく。

 世界の終わりとはこういうものなのだろうか。

牌「……もともと、終わるはずの世界だったんだ」

牌「今よりももっと早いタイミングで、この夢は醒めるはずだった」

牌「付喪神の一生って、そういうものなんだよ」

牌「取り憑いた道具が、壊れてしまったら、それでおしまい」

牌「そんな、脆い世界だったんだ」

牌「この世界も、あの日――消えるはずだった」

京太郎「あの日……」

 牌は京太郎の顔を見た。

 泣いてはいなかった。

牌「そこに、誰かさんが現れた」

牌「その誰かさんは、この世界の寿命を伸ばしたんだ」

牌「ほんと、余計なことをしてくれたよね」

京太郎「よけいな、こと?」

牌「あのときこの世界が終わっていたら、こんな気持ちにはならなかったのに」

牌「京太郎のせいで、すごく、イヤだよ」

 世界が崩れていく。

 音はなかった。

 世界の終わりって、こんなに静かでいいのだろうか。

京太郎「聞いても、いいか」

牌「なんでも」

京太郎「俺の世界には、牌に愛された子と呼ばれる存在がいる。咲とか、照姉とか」

牌「……うん、そうだね」

京太郎「ということはさ、愛してるんだよな、咲のこと」

 牌――みなもは、咲を守ったことが間接的な原因となり、命を落とした。

 みなもは、咲を恨んでいないのだろうか――ずっと気になっていたことだ。

牌「好き、大好きだよ、二人とも」

京太郎「どうして、好きなんだ?」

牌「……なんでだろう、私が神様になったときにはもう好きになってたんだ」

 なるほど、そういうシステムなのか。

 人間だったときの記憶は引き継がれず。

 けれど、感情は残っている。

 思いは、つながっている。

京太郎「……教えてやるよ、牌。お前の感情の理由」

牌「――え?」

 世界が、消えた。

 崩壊は完了したのだ。

 でも、あと一言だけ。一言だけでいいから伝えさせてほしい。

京太郎「お前の名前は、宮永みなも――だ」

牌「――!」

みなも「――ありがとう」

 ――ああ。

 世界の崩壊って、こんなに――綺麗なんだ。

みなも「だいすきだよ、きょーにぃ!」

 気づくと、京太郎は部室で一人、牌を握りしめていた。

京太郎「……こんなにお前は近くにいるのに」

 どうしてこんなにも遠くなってしまったのだろう。

 牌のことが好きなのに、愛せない、愛されない、そばにいれない、そばにいてくれない、ずっと見れない、ずっと見ていてくれない。

 もう、いいよな。

 終わらせちゃってもいいよな。

 誰も見ていないし、誰も気にかけないだろうし。

 なんてことはない、ここで一つの小さな思いが消えてしまっただけなのだから。

京太郎「そういや今日、七夕だっけ」

 ――七夕?

京太郎「あ」

 そこに見えたのは、一つの希望。

京太郎「紅生姜のない牛丼って、そういうことなのか?」

京太郎「そういう意味なのか?」

 大切なモノが抜けているとか、そういう単純なものじゃなくて。

 もう一つの意味があるじゃないか。

京太郎「……つーことは、――はあいつで、――は俺?」

京太郎「は」

京太郎「あはははははっ!」

 こじつけにも程があるだろ。

 でも、今日という日に世界が崩壊したのなら。

 とても偶然とは思えない。

京太郎「信じてみるか」

京太郎「紅生姜のない牛丼屋を」

京太郎「俺は」

京太郎「全国優勝してみせる」

 止まっていたと思っていた時間は、止まってなんかいなかった。

 ずっと、流れ続けていたんだ。

 それに気づかないふりをして、両手から大切なモノをたくさんこぼしていたんだ。

 ――それを取り戻すための大会が、始まろうとしていた。

9・終


10・

京太郎「さあ、一回戦だ!」

先鋒、八坂。次鋒、友人。終了。

一太「さて、僕の番ですね」

京太郎「頑張ってください!」

オーラス。

一太「あの日のことを思い出すな……」

 次々に麻雀部をやめていく部員たち。

 部員が減るたびに、久の寂しい顔を見なければならなかった。

 それが、つらかった。

 そして、やってはいけないことをした。

 自分も部活をやめたのだ。

 近くで久の顔を見ているのが辛くなったから。

 怖かったから。

 あのとき、やめるべきではなかった。

一太「ツモ!」

一二三①②③112233西西

京太郎「出たー! 一太先輩必殺、3以下の数牌を集める『ロリロリハンターズ』??」


 一回戦突破。

京太郎「さあ、決勝だ!」

八坂「気をつけろ……ここの大将はマジでヤバい」


大将戦。

京太郎「はあ……はあ……はあ……、くそっ」

近江「麻雀ってよぉ、クソみてえな競技だよなぁ」

京太郎「……運ゲーだからか?」

近江「違う違う、そういうことじゃねえよ」

近江「言い方が悪かったな……人間を悪に染める競技、ってことだ」

近江「普段は温厚な奴が、麻雀やってると怒りっぽくなったり」

近江「他人のためにいろいろやれる人間が、麻雀をやるとマナー悪く他者を貶し始めたり」

近江「虫も殺せない奴が、他人を低く見て侮ったり。負けてりゃ不機嫌。勝ったら聞きたくもねえ自分の麻雀理論を語り始めたり」

近江「初心者がいると勝てねえとか言うやつもいるな……自分よりも圧倒的に強いやつがいても勝てねえくせにな」

近江「そういう奴が欲しいのは自分よりも少し弱いやつなんだ。勝ちてえから、そんなクズみてえになる」

近江「俺は麻雀が嫌いだぜ? だから麻雀やってる奴を潰して、競技人口を減らし、この世から麻雀を消してやろうと思ってる」

 すでに、京太郎と近江以外の2人は精神を壊されている。

近江「だから、負けてくれや。俺は全国へ行ってたくさんの選手を潰す必要がある」

京太郎「……いい夢だな。応援してえよ」

京太郎「色んな俺が、みんな口を揃えて同じことを言うんだ」

京太郎「『たとえ負けても、俺は麻雀が好きだ』『才能はねーかもしれねーけど、麻雀を打つのが好きなんだ』

京太郎「『嫌いって言ったけど、やっぱり俺……麻雀のことを忘れられない。俺、こんなにも麻雀が好きだったんだ』

京太郎「『麻雀が好きなんだ』『麻雀が好きだ』『麻雀が好き』『麻雀が好き』『麻雀が好き』」

京太郎「いろんな世界の俺――みんな『麻雀が好き』としか言わない」

京太郎「気持ち悪かった」

京太郎「麻雀が嫌いだとは言えない空気」

京太郎「たとえ嫌いになっても、最後には好きになるという収束感」

京太郎「麻雀が好きじゃないといけない、みたいな強制感」

京太郎「たとえどんな理不尽なことが起こっても麻雀を好きと言わないといけないという押しつけ感」

京太郎「『麻雀が好き』というセリフで誰かを惚れされないといけないという展開の束縛感」

京太郎「麻雀を嫌っちゃいけないのか?」

京太郎「永遠に一生、嫌いなままで麻雀を続けたらいけないのか?」

京太郎「麻雀が嫌いな俺には生きる価値がないのか?」

京太郎「ずっと、そうやって生きてきた」

京太郎「だからお前の行為を否定しない」

京太郎「だからといって、理解もしない」

京太郎「お前を更生される言葉なんて俺には思いつかない」

京太郎「お前を更生されるような劇的な過去、俺にはない」

京太郎「ただ俺は、全国に行きたいからお前を倒す」


………
……



京太郎「ツモ! 字一色!」

近江「この俺がああああああ??」





京太郎「ついに来た……! 全国の舞台、東京!」

千歳「へえ……君が長野代表かい?」

京太郎「誰だ??」

本藤「て、てめえは……インハイチャンピオン千歳真!」

京太郎「インハイ……チャンピオン」

千歳「ねえ、一局打とうよ」

京太郎「出場校どうしは打てない決まりじゃ……」

千歳「いいんだよあんなルール。あんなのはただのオカルト持ちが勝ちやすくなるようにするためにできたルールだ。従う必要はない」

京太郎「だけど」

本藤「いや、やっておけ、須賀。一度体験しておいた方がいい」

本藤「インハイ史上、『最弱』のチャンピオンと呼ばれたやつの打ち方を」

京太郎「最……弱?」

京太郎vs千歳

京太郎「勝ってしまった……!」

千歳「ふー強いね須賀君。……悔しいな。でも」

千歳「麻雀って楽しいな!」

京太郎「……負けたのに楽しいのかよ」

千歳「そりゃ、勝ったり負けたりするのが麻雀じゃないか」

千歳「勝ってるときだけ『楽しい!』って言って、負けてるときだけ『麻雀はクソゲー』とか言うやつもいるけど」

千歳「そういうやつは麻雀を楽しんでるんじゃない」

京太郎「……じゃあ、何を楽しんでるんだ」

千歳「そういうやつらが楽しんでるのはね、勝つことだよ。勝つことを楽しんでるんだ」

京太郎「いったいこの世に、お前が言う意味で麻雀を楽しんでる奴は何人いるんだろうな」

千歳「さあね。ま、君との再戦、楽しみにしてるよ」

 そう言うと千歳は去っていった。

本藤「千歳真……。やつの全対局の連対率は三割を切る」

京太郎「それなのにどうやってインハイチャンピオンに……?」

本藤「やつには、ここぞというときに必ず勝つ魔力がある」

本藤「……逆に負けてもいい場面は必ずと言っていいほど負ける。手を抜いているわけではなく、そういう風になってるんだ」

京太郎「だから……『最弱のインハイチャンピオン』」


 全国一回戦。先鋒。

八坂「よろしく」

霊山「よろしく」

八坂「(アイドル雀士、霊山祥哉……。あいつの力は……)」

オーラス。

モブ 140000
八坂 130000
モブ 130000
霊山    0

八坂「(宮永顔負けの得点調整力……!)」

 
 咲のプラマイゼロは29600~30500点という幅がある。もちろんこれを狙ってやるのは十分化け物じみているが……。

八坂「(こいつは、本当の意味で0点……。幅はない、少しでも間違えたらトビ終了だ)」

霊山「さーて、0点完成。反撃といきますか」


 彼がアイドル雀士と呼ばれる理由は顔の良さだけではない。

 0点からの逆転という華やかさ。

 これが観客を惹きつけるのだ。

霊山「親は俺だ。まずは天和」

八坂「くっ」

 それが霊山の力。一度0点になると最強の力を発揮する。

霊山「リーチ」

霊山「ツモ。12000オール」

八坂「(……強い! この状態になった霊山は上崎にも匹敵する!)」

 あの日、麻雀をやめることを決めた日を思い出す。

 憧れであり、自分の目標だった小鍛治さんが始めて負けた日のこと。

 決勝は9番勝負だった。

 そのとき卓にいたのは、永世七冠「小鍛治健夜」。

 世界ランキング一位「ライアン・グリーン」。役満率一割越え、役満のクイーン「雪蘭」。

 そうそうたるメンバーの中に異彩を放つ存在がいた。

 当時、六歳の少年「上崎永楽」だった。

 その9番勝負は、たった5戦目で終わってしまったけど、対局時間は過去最長だった。

 親である上崎がテンパイし続け、それ以外の三人がノーテン罰符を払い続けることを25回×5局し続けたのだ。

上崎「牌の神様を殺したから」

 インタビューでそう答えた上崎を見て、八坂は麻雀をやめた。

八坂「……だけど、決めた」

八坂「上崎を、倒すことを」

八坂「だから、こんなところで立ち止まれねえ!」


………
……



八坂「ロン! 12000!」

霊山「ぐはあああああ」






決勝、オーラス。

千歳「こ、このボクがこんな大切な場面で負けるなんて」

京太郎「悪いな……俺にはこいつがいる」

 首から下げたチェーンの先に、一萬がつけられていた。

京太郎「もう一度、会うと決めたんだ」

 ――おめでと、きょーにぃ。

京太郎「!」

「紅」べに色の花。あでやかな花。転じて、花のような女性。

「姜」美しい娘。美女。

「生」生きていること。

「紅生姜」とは、生きている美しい少女のこと。

 つまり、「紅生姜のない」は、美しい少女が死んだことを表す。

 つまり、みなもの死。

「牛」で思い出すのは、牽牛――つまり、彦星だ。

「丼」の「真ん中の点」は清い水の溜まった様子。

 牽牛が俺で、清い水が天の川。紅生姜がみなも。

 この物語は、七夕伝説と同じだ。

 天の川の向こうにいるみなもには、会えない。

京太郎「でも、やっぱりいたんだ」

 直接触れ合えなくても、俺のことを見ている。

 天の川の向こうで、確かに。

 京太郎とみなもの物語は、一言で言うと。

京太郎「紅生姜のない牛丼屋――か」



カン!