長野県諏訪郡
ここに今年度の女子麻雀インターハイ団体戦優勝校である清澄高校の部員、須賀京太郎の家がある。
女子部員のみが脚光を浴びる中、人知れず彼女たちを支えた唯一の男子部員。
我々は影で活躍する彼の姿を追った。


午前5時。
朝日が昇り始めたころに、一人の青年が家から姿を現した。


――おはようございます


京太郎「おはようございます」


――早いですね、これから何を?


京太郎「ランニングが日課なんです。雑用は体力が必要ですからね」


そう言いながら軽く準備体操をしたあと、彼は走り出した。
そこで我々は少し驚く。
想像していたよりもペースが少し……いや、大分速いのだ。


――どれくらいの距離を走るんですか?


京太郎「10キロちょっとですかね」


――すごいですね


京太郎「まぁこんなもんですよ……すみません、ペースアップするんでしばらく会話できないです」


そう言ってさらにスピードを上げる。
我々スタッフはやむ無く車で彼を追いかけることにした。
颯爽と走る彼の背からは、重い覚悟のようなものが感じられた。


一時間足らずで彼は再び自宅の前に戻ってきた。
そのまま部屋に戻り、ウェイトトレーニングを始める須賀。


――とても麻雀部の人とは思えませんが


京太郎「はは、まぁこれは筋量を維持するためのものなんで、そんなに辛くはないですよ」

京太郎「自動卓を背負って歩くこともあるので、ある程度の筋肉は必要なんです」


そう言ってはにかむ表情はやわらかなものだった。
しかし汗で肌に張り付いたシャツの形で、彼の肉体がどれだけの筋肉を備えているのかが見て取れる。
隆起した背中は、彼が積んできたトレーニングの過酷さを雄弁に物語っている。
文化部の雑用のためにここまでする、彼の背中に一流の人間が持つ凄みを感じた。
一通りのトレーニングが終わったあと、シャワーを浴びて朝食を取る。

午前7時30分。
自宅を出発する彼の手には、なぜか大きな紙袋が握られていた。


――その紙袋は?


京太郎「部の備品ですね、色々と入ってます」

京太郎「今日は軽いので紙袋にしました。重いともっとしっかりしたバックパックとかに入れるんですが」


清澄高校への道を行く須賀。
その姿は他の高校生と何ら変わりがない。
すると、突然他の学生とは違う方向へ進路を変える須賀。
校舎とは違う方向へ歩き始めた。


――どこへ行かれるんですか?


京太郎「ちょっと部室の方へ行きます。やることがあるので」


清澄高校麻雀部の部室は、旧校舎にあるらしい。
学生の姿がない道を行く彼の姿は、先程までの姿とはどこか違って見えた。

旧校舎に到着して階段を上がっていく須賀。
しかし、屋根裏に向かう階段に足をかけた瞬間、彼の動きが止まる。


――どうしましたか?


京太郎「いえ、先客がいるみたいです。しばらく下で待機していましょう……あ、声はできるだけ抑えてください」


彼の意図が読めなかったが、我々はその指示に従った。
既に使われていない教室の中で「先客」が出ていくのを待つ。
20分ほど経った頃だろうか。
2人の人間が階段を下りていく様子がチラリと見えた。


京太郎「…………もう大丈夫そうですね、行きましょう」


――さっきのは麻雀部の方なんですか?


京太郎「うちの部長です。もうひとりは……多分吹奏楽の人だと思いますけど、よくわかりません」


なぜ下の階で待機しなければならなかったのか分からないまま、我々は彼に続き、麻雀部の部室へ入る。
自動卓はひとつしかなく、インテリアも少ない。
とても優勝校の部室とは思えなかった。
この部室から全国優勝を成し遂げた部員が生まれたのかと思うと、何か熱いものがこみ上げてくる。


須賀はまず、奥にあるベッドへと向かった。
慣れた手つきでシーツとカバーを取り去ると、紙袋の中から新しいシーツとカバーを取り出して、ベッドメイクを始める。


――毎日なさっているんですか?


京太郎「ええ、一応。部長がよく使いますから」


瞬く間に新しいシーツを整えてしまう須賀。
取り去ったシーツを紙袋の中に入れたあと、部屋の隅にあるロッカーから掃除用具を取り出す。


――なぜこの朝の時間帯に?


京太郎「授業が終わってからだと、どうしても一番初めに部室には入れないこともありますから」

京太郎「あと、休み時間にも部長がベッドを使うことがあるので、朝にするのが一番なんですよ」


――失礼ですが、授業の時間は大丈夫なんですか?


京太郎「まぁ遅刻するのは覚悟の上ですよ。今日は部長がいたからたまたま遅くなっただけですし」


そう言いながらも手は休めずに、部室の掃除を進めていく。


京太郎「よし……これくらいでいいかな。じゃあ行きましょうか」


荷物をまとめて部室を出て行く須賀。
既に遅刻が確定しているからだろうか、後者へ向かう彼の姿は堂々としたものだった。

校舎に着くと、彼は教室とは反対方向へと進んでいく。
またしても意図が読めない行動、我々は困惑した。

――教室へ行かなくていいんですか?


京太郎「行く前にちょっと寄るところがあるんです」


彼が向かった先は、調理室だった。
鍵を開けて中へ入る須賀。
紙袋から取り出したタッパを冷蔵庫にしまって、すぐに調理室をでる。


京太郎「終わりました。じゃあ今から授業受けてきますね」


そう言って、我々が質問する暇を与えずに彼は教室へ向かった。

午後12時20分、昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
多くの生徒が購買や食堂へ向かう中、彼は違う方向へと向かう。
その先にあるのは、今朝も訪れた調理室だった。


――もしかして、昼食を作るんですか?


京太郎「ええ、俺のじゃないですけどね」


――学校の調理室を使うっていうのは、聞いたことがありませんが


京太郎「俺、2学期から料理部にも入ってるんですよ」

京太郎「部活動の一環ってことで教師に許可はちゃんととってあります」

京太郎「といっても放課後の活動にはほとんど顔を出さないで、昼ばっかりここに来てるんですけどね」

京太郎「まぁ、ぶっちゃけると麻雀部のための活動ですから」


会話をしながらも料理を作る手は休めない。
今朝のタッパには下ごしらえ済みの食材が入っていたようだ。

――何を作っているんですか?


京太郎「タコスですね。今日は山菜を使ってアレンジしてみました」


――今日は?


京太郎「だいたいいつもタコスを作るんですよ」

京太郎「学食にもタコスはあるんですけど、それだけだと栄養が偏りますからね」


――なぜタコスなんですか?


京太郎「部員に好きな奴がいるんですよ」


気がつくと、既にタコスが出来上がっていた。


京太郎「本当は他の部員のためにデザートとかも作りたかったんですが、昨日の夜時間がなかったので」


申し訳なさそうに話しながら、調理器具を洗い、片付けていく。
時計を確認すると、時計の針は12時40分を指していた。


京太郎「まぁ及第点ですかね、行きましょう」


調理室の施錠をした彼は、携帯電話を確認し始めた。


京太郎「今日は屋上みたいですね、こっちです」


彼に案内されるままに階段を上がっていくと、屋上へ続く扉があった。


京太郎「わりぃ、ちょっと遅れたな」

優希「ちょっとだと!? お前は事の重大さがわかっているのか!」

和「ゆーき、作ってきてくれる人にその態度はいけませんよ」

京太郎「悪かったって……ほら昼飯だ」

優希「全く、これでマズかったら承知しないじぇ!」ゴソゴソ

和「ゆーき!」

咲「でも、京ちゃん今日の朝遅刻してたよね?」

京太郎「あぁ、寝坊しちまってさ」

咲「はぁ……ちゃんと卒業できるようにしなきゃダメだよ?」

京太郎「そこまでバカじゃねーって」


先程までの真剣な表情が消え、年相応の男子高校生の表情を見せる須賀。
オンとオフが明確に分かれている、ということだろうか。
彼の表の顔と裏の顔。
我々は否応なく須賀京太郎という人間への興味を掻き立てられた。


~CMイン~





~CMアウト~


昼食を終え、一足先に屋上を離れる須賀。


――さっきの人たちは、麻雀部の仲間ですよね


京太郎「はい、アイツらのおかげで、俺も高校生活が充実してます」


――あの……


京太郎「雑用でも、ですよ」


柔らかな笑みをたたえる彼に対して、我々はそれ以上の問を投げかけることができなくなってしまった。
そのまま教室へ入っていく彼の姿を見守る。

午後4時20分、最後の授業の終わりを告げるチャイムが聞こえる。
教室から出た瞬間、彼の携帯が震える。


京太郎「……部長からのメールですね」


許可を取って画面を見させてもらうと、件名無しのメールに物の名前が羅列されているだけのものだった。


――これは?


京太郎「部室に来る前に、この内容のものを買ってこいっていうことですね」

京太郎「じゃあ向こうへ行く前に買い物をして行きましょう」


校舎を出ると、旧校舎とは反対側の方へ進んでいく。


京太郎「このあたりは店がないので、ちょっと歩かないといけないんですよ」


――部活をする時間が減ってしまうのでは?


京太郎「麻雀の勉強なら家でしてますし、それに俺にとっては皆が強くなるためのサポートをするのが部活動なんですよ」


――雑用というよりも、マネージャーと言ったほうが正しいのでは?


京太郎「ははは、そうですね、そっちのほうが正しいかも」

京太郎「でも、みんなの練習相手になれるくらいには麻雀が打てるようになりたい……っていう思いもあるので」

京太郎「現時点ではマネージャーと変わりないですけどね」


歩いて15分ほどで目的の店に着く。
メールを確認することなく、次々と目当ての品を籠へ入れていく須賀。


――内容を覚えてるんですか


京太郎「だいたい買うものは決まってますから、覚えてしまったと言ったほうがいいですね」


会計を済ませ、足早に旧校舎へ向かう。
部室に到着した時には、既にほかの部員が揃っていた。


京太郎「お疲れ様です」

久「お疲れ様、ありがとうね、あとでお金渡すから」

京太郎「今コーヒー入れますね」

まこ「あぁ、今コーヒー切らしとってのぅ、すまんが……」

久「あー、そうだった……頼めばよかったわね」

京太郎「大丈夫です。そう思って買ってきましたから」

久「あら、気が利くわね」

優希「京太郎もたまにはいい仕事するじぇ」

京太郎「うるせーよ、あ、咲」

咲「え、何?」

京太郎「ほら、コレ」

咲「……リップクリーム?」

京太郎「昼の時唇気にしてたろ? 空気乾燥してきたからな」

咲「京ちゃん……」

久「なんていうか、そこまで観察してると……」

和「若干セクハラ気味な気が……」

京太郎「え、えぇ~」

咲「私は別に気にしてないよ? ありがとう京ちゃん、今お金渡すね」

京太郎「いや、いいよそのくらい」

咲「でも……」

京太郎「今度俺の代わりにレディースランチ買いに行ってくれれば、それでいいからさ」

咲「……わかった、じゃあ今度ね」

京太郎「おう」

和「……」

優希「ん? どうしたのどちゃん」

和「別に……早く再開しませんか?」

久「そうね、じゃあ始めようかしら」


中断していた麻雀を始める一同。
須賀は電気ポットへ向かい、インスタントコーヒーの準備を始めた。
お盆の上に乗せられたソーサーとティーカップ。
よく見るとソーサーに乗せられたシロップとミルクの数がそれぞれ違う。


――シロップとミルクの数が違うのは?


京太郎「みんなそれぞれ好みが違うので、こういうふうにして渡すんです」

京太郎「麻雀をしてる最中に、いちいち取りに行ったりはできませんし」


慣れた手つきで部員にコーヒーを渡していく姿は、一流のウェイターを思わせるほど完成されたものだった。


――板についた動きですね


京太郎「夏休みのあいだに、知り合いの人に頼んで修行させてもらったんです」

京太郎「他にもいろいろなことを教えていただいて……本当に感謝してます」


作業が終わると、彼はおもむろに自分の鞄からPCを取り出した。


――ネトマですか?


京太郎「いえ、牌譜の管理をしようと思いまして」

京太郎「見やすいようにデータをまとめるくらいは、俺にもできますから」


――あそこに置いてあるPCは使わないんですか?


京太郎「今の半荘が終わったら部長がネトマで使うと思うので、俺はこっちでいいんですよ」


徹頭徹尾仲間のためを思って行動する。
彼の姿は我々の心を打った。

午後6時、日はすでに落ちかけており、部活動も終わるようだ。


久「じゃあ今日はこれで解散ね、みんなお疲れ様」

優希「うぃ~」

和「こら、ゆーき」

まこ「じゃあわしは一足先に帰らせてもらうけぇの、お疲れ」

久「じゃあ私も一緒に帰るわ。戸締りよろしくね」

優希「のどちゃん、咲ちゃん、帰ろうじぇ」

和「すみません、私は少し残っていきたいのですが」チラ

咲「……ぇ、あうん、私もちょっと用事が」

優希「ちぇー、仕方ない、犬! ご主人様と一緒に帰るぞ!」

京太郎「誰が犬だ!」

優希「ホラホラ、きびきび歩く!」

京太郎「おいこら引っ張るなって!」


楽しげな部活仲間との会話。
気の置けない仲間に囲まれているということが、彼の原動力になっているのかもしれない。


優希「じゃあまたなー、迷子にならないように帰るんだぞー!」

京太郎「咲じゃないんだから、それはない」


別々の方向へと分かれていく二人。
我々はかねてから疑問に思っていたことを質問した。


――なぜ麻雀部に入ろうと思ったんですか?


京太郎「……あー、そうですね」

京太郎「…………本当のこと言いますけど、ここカットしてもらえますか? あとでそれっぽいの考えるんで」


――構いませんが、それはどういう……


京太郎「実はですね……一目惚れだったんですよ、その……和に」


――原村さんに、ですか?


京太郎「ええ、それでその……ぶっちゃけ麻雀にはそれほど興味はなかったんですが……」

京太郎「まぁ始めてみたら面白かったですし、それはいいんですけど……はは」


――失礼ですが、告白とかは考えてないんですか


京太郎「いえ、もう相手がいますから」


――……そうなんですか、ちょっと驚きました


京太郎「…………その相手っていうのは、まぁ、その……俺が招き入れた人間なんですけどね」


――えっ


京太郎「あああ! ここも、すみません、カットでお願いします!」


――すみませんでした。ではもう一つ、麻雀部でのやりがいというものは、どういうところに感じていますか?


京太郎「やっぱり皆が楽しそうに麻雀を打っているところを見れる、っていうのですね」

京太郎「そのための快適な環境づくり、それに一役買えているということに、やりがいと誇りを感じます」

京太郎「……あと、ここもカットして欲しいんですけど……和が喜んでいるのを見れるっていうのが一番大きいかもしれません」


――それは……


京太郎「結果的にさk……招き入れたヤツに……っていうことになっちゃいましたけど」

京太郎「それ以前よりも、ずっと楽しそうな表情してることが多くなったんですよ」

京太郎「だから、その……招き入れたのとかを全部ひっくるめて、和が笑っていられる環境を作れてるってことが……」

京太郎「あ、ははっ、なんだか部活のためっていうのじゃなくなってきてますね……」


――愛情が力だったんですね。納得です


京太郎「あ、いやちが……っていうか本当にここカットしてくださいね!?」


全国制覇を成し遂げた清澄高校麻雀部。
その栄光の裏には、人知れず部員を支え続ける男の姿があった。
まさにプロフェッショナルと言える彼の働きは、既に叶わぬものとなった想いが原動力となっていた。

プロ雑用、須賀京太郎。
今夜も彼は翌日の仕込みをして、明日の部活動に備えるのだという。



~槓~





※このまま放送されそうでしたが、オンエア直前に謎の執事によって記録媒体が奪取されました。