ある放課後の夕暮れ時。
そんな中を一人の少年が歩いている。

「……はあ、まさか先生に捕まって荷物を運ぶことになるとは」

とぼとぼと歩き呟くのは須賀京太郎である。
いつものように部室に行こうとしたとき、成績のことをたてに呼びつけられ雑務を行っていた。
まったく、不運なことだ。

「ああ、部活は終わっているだろうなあ。大会が近いといってもその辺は煩いし」

それでも麻雀部に向かっているのは一種の帰巣本能だろうか。
そして、ゴールである部室が見えてきた。

「和とかは待ってて……いや、無駄な期待はよそう。せいぜい、タコスだろうしな」

そんな自身がげんなりする事を言いつつ扉を開く。
更に言えばもう誰もいなく戸締りもされている可能性もある。
そんなことを考えていると、どうやら扉に手ごたえを感じる。
まだ、誰かが残っているようだ。

「ちぃーす。……だれ、か」

京太郎の声が止む。
思わずその光景に見入ってしまったから。
反射する夕日。いつもとは想像のつかない静けさ。
まるで一枚の絵画がここに切抜きされているような風景。

そこには一人の少女が本を読んで静かに安らかに座っている。
咲。宮永咲その人だ。
京太郎がいつも感じているようなちんちくりんで頼りない表情ではなく、まるで慈愛を持って我が子に接する母のよう。
夕日に照らされ本を読む姿は彼女を何倍にも昇華させていた。
言葉が詰まった。
いつも通りの部室にいつもと違う少女。
麻雀を打っている時のように真剣と言うわけでもない。ひどくアンニュイとした少女。
その姿は少女と言うより女性だろう。
その少女がこちらを見る。どうやら京太郎に気付いたようだ。

「あれ、京ちゃんだ。何時来たの?」

その少女からはいつも通りの言葉が綴られる。
先のような雰囲気はもう無い。
京太郎としても酷く可笑しなもの思えてしまう。

「な、なんで、わらってるのぉ!!」

涙目になりおろおろとしだす咲。
それがひどく嬉しく感じてしまうのは先ほどの別人のような貌をした彼女を見ていただろう。
いや、最近は麻雀をしている咲の色々な表情を見る。
それは京太郎がどれも知らなく、それでも彼女にある貌。
そんな彼女を見ていて、もしかして遠くに行ってしまうのではないか。そのような気持ちが知らず知らずに蓄積されていたのではないかと考える。

「えっ? え、今度はなんで見つめるの!?」

どうやららしくも無いことを考えていたらしい。
今、目の前にいる少女はここにいる。
ならば、問題ない。このままの日常はきっと続くはず。
らしくもない悩みを払拭して咲の頭をぐりぐりと撫で回す。

「こ、今度は何ぃ? 頭をなでないでよ。しかも、微妙に痛いよ!!」

それはいつも以上に強くなってしまったのはご愛嬌だろう。

「わり、わりぃ。いやあ、主人の帰りを待ってる子犬にご褒美をやらないとなあと思ってさ」
「……誰のこと。それ」
「さぁてね。……それより待っててくれてありがとな」
「べ、別に京ちゃんのことを待ってたもごもご…………」

後半に行くにつれて聞き取れなくなったが恐らく感謝の類だろう。
あたりを付けて京太郎は咲の隣にいく。

「しかし、待っててくれたのは嬉しいけど無用心すぎだぞ。いくら学校とはいえひ弱なひ弱な咲ちゃん一人とは」
「だ、大丈夫だもん。それとひ弱じゃないよ。本当だよ!!」

必死に強さアピールする彼女はどうにもおかしくてまたしても笑ってしまう。

「もう!! せっかく待ってたのに。……待ち損みたい」
「仕方ない。帰りに何か奢ってやるからさ。……あ、アイツには内緒な」
「分かってるよ。優希ちゃんでしょ。…………じゃあ、お言葉に甘えるね」

咲は人差し指を立てて口の前にもっていき言葉を変えす。
奢りというので問題ないらしい。
そんな咲をみてなんか後でばれるんじゃないかなと思った京太郎だが、目の前のお姫様に機嫌を損なうよりましと自らを納得させて咲を促す。

「ほら、行こうぜ」
「えへへ、京ちゃんのお・ご・り。おごり」
「あんま高いのは勘弁してくれよ」
「そんなのしりませ~ん」

まるで子供だな。そんな印象すら思える彼女を見て、やっぱり正解だったかもと思い咲と一緒に部室から出る。
できることならこうして隣にいて馬鹿みたいな日常をまだ過ごしたい。
そんなことを思いつつ彼女と歩く。

「で、どこに連れてってくれるの?」
「ああ、この俺が見つけた穴場なんだよ。これがな」
「へえ、そんなのがあったんだあ。すごく楽しみ!!」

とりあえず先程の咲の貌にドキマギしたのは心の片隅に置き、このぬるま湯みたいな関係でいたい。
そんな願いを胸に彼は彼女の隣を往く。

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