「さあ、手をお出し………いい子だね」

暗がりに誘い込まれた小瀬川白望はいわれるがままに白魚のような手を差し出した

間接部にあるはずの皺もなく、骨の接ぎ目も確認しづらいほどである

丸い爪も肌の色に準じて白く、その指はプラスチック製と言われても疑うことができない

須賀京太郎は白望の四指を包むように軽く握った

それぞれの指の第三から第二までの間接の間をなぞっていく

残された白望の親指は猫が舐めるように、その京太郎の手を下から撫でている

「爪は自分で切っているのかい」

丸く揃えられた爪と白望の性格を結ぶものが見当たらず京太郎は尋ねた

「…自分で切っている、牌をつまむから」

返ってきた言葉には雀士の誇りが詰まっていた

京太郎は少し胸を痛めた

自分はこんな少女に卑劣を頼まなくてはならない

それは今更とりやめる気はない、そのつもりなら最初から手篭めにはしなかった

清澄とあたりそうな学校、その中の要注意人物達には京太郎があらかじめ接触していた

コミュニケーション能力ならかなりの自信があった

警戒を薄める身振り手振り、表情を駆使して女子相手に徐々に距離を縮めていき、

ほんの少し色を掛ける事で意識をさせるようにする、それらは京太郎にとっては容易かった

そして実際にあたった高校、今は二回戦の相手である宮守の先鋒をつとめる白望に根回しをする必要があった

これも全ては清澄高校の麻雀部のため、長くこの晴れ舞台に立つ事を夢みていた竹井久や彼女を支えた染谷まこ、

そして気の良い一年生部員の友人達の勝利を願えばこそであった

京太郎は意を決した

「白望…」

片方の手を白望の首の後ろにかけ、軽く押してやると彼女のほうから体を寄せてきた

顎が肩に乗り、白望が頬を寄せる

近づいた耳元に囁いた

「お願いがあるんだ…」



「宮守の先鋒も人の子だったというわけね、土壇場で捨てたのが見事に優希の和了り牌

 あそこで逃げたかったのでしょうけど、それがこちらへの大アシストになるなんてねぇ…」

「部員は全員三年で最後の夏、涼しそうな顔をしておっても内心は焦りや恐怖心でいっぱいじゃろう

 それが判断を狂わせた、無理もない話じゃがのう……さていくか」

片岡優希の得意な東場を抜けた後も白望が放銃をする形で優希が点を稼ぎ、

永水の神代小蒔の猛追を振り切る事に成功、清澄はこれ以上なく好調なスタートを切った

清澄高校の選手達の二回戦突破の期待はより強いものとなっていた

それはこの場に唯一の男子部員がいないことなど気づかせないほどであった


「郁乃への根回しは昨夜行ったからいいとして、次は春か……

 もう充分にやってはいるけど、向こうが会いたがっているし、次鋒の間なら大丈夫だろう」

京太郎が姫松の監督に頼んだのは無意味な指示や、やる気を削ぐ嫌味を言うなどして、

とにかく選手達のモチベーションを下げるようにすることであった

本来なら情報を渡してもらうことも出来たし、向こうも京太郎の腕の中でそんな提案をしてきた

だが、このことは京太郎の独断の行動であるため他の部員に知られてはならない

竹井部長や咲達が勝利を手にした時、そこに一片の翳りがあってもいけないのだ

永水は本来であれば小蒔に近づきたかったが、やはり八重垣に守られる姫への接触はバックアップなしでは不可能に近かった

最もガードの手薄であった滝見春を誘惑する他はなかった

彼女へは中堅戦において竹井久以外の選手の和了を潰すことを指示している

久の悪待ちスタイルには白望に命じたような放銃は逆効果であるかもしれないためだ

春に他の芽を摘ませておけば久は勝手に和了るだろう

「京太郎…」

考えていると後ろから声をかけられた

春だ

振り向く前に背中に重みを感じた

「…ねえ京太郎、私の裏切りがバレたら……もう鹿児島にはいられなくなる…

 その時は私をさらっていってくれるよね…? どこか遠いところへ…

 そして二人で力を合わせて暮らすの…何もなくても京太郎がいてくれるなら私幸せだよ…」

京太郎はいよいよ後戻りが出来ないのだと悟った

これから後には悲劇の人生しか待っていない事も

だが、全ては覚悟の上だった

麻雀が遊びであったのはもうずいぶん昔の歴史だ

いまやあの雀卓の中は心身の削りあいの場である

ならば自分も修羅道を行こう

迷子癖のある大切な友人だけに歩ませるわけにはいかない

京太郎は春に振り向き、唇を奪った


カンッ