その日は休日で部活もない日。
 その為宮永咲が清澄高校麻雀部部室に行ったのは偶然だった。
 ふと、部室にある本が読めたくなり行っただけ。それだけのはずだった。
「あれ、誰かいるのかな?」
 部室の扉の前まで来たところで人の気配がある事に気が付いた。
 それなら挨拶でもしておこうと思い、扉を開けようと手を掛け、開けている途中──嬌声が咲の耳

に届いた。
「えっ……」
 ただの声ではない。甲高い女の声。少なくとも部室の中では聞こえないはずの声。
 思わぬ声に咲の手が扉を開けている途中で止まる。
 そして微かに開かれた扉の隙間から見えた光景に咲は自らの目を疑った。
「あぅ……京太郎、すごく気持ちいいんだじぇ!!」
「ああ、俺も優希の中、凄くいいぞ!!」
 部室のベットの上で二人の男女が裸で絡み合っている。
 そしてその男女とは咲がよく知っている須賀京太郎、片岡優希だった。
「なに……これ」
 咲はその手の経験はなくとも知識では持っている。
 だから二人がしている事も分かる。だというのに咲には二人がしている事が理解できなかった。
(嘘……だよね。こんなの嘘だよ。だってこういう事は本当に好きな人同士じゃなきゃしちゃ駄目な

事なんだよ。
 京ちゃんは私の幼馴染で私の好きな人で、京ちゃん優希ちゃんの事なんとも思ってないって言って

た。
 だから京ちゃんが優希ちゃんとこんな事してるなんて嘘だよ。私以外の人とこんな事してるなんて

こんなの嘘だよ)
 咲が認めずとも眼前の光景は変わる事なく続く。
 むしろ二人共高まっているのか、より激しくなっている。
 咲の瞳に涙が浮かぶ。
(あはは、なんで涙なんて出るんだろう。こんなの嘘だから悲しくなんてないはずなのに)
 それでも涙が視界を霞ませ、二人を見なくてすむのはありがたかった。
 しかし見えなくとも二人の嬌声と肉と肉のぶつかりあう音が耳に入る。
(こんなの嘘。嘘だよ。助けて京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん)
 眼を閉じ、耳を塞ぎ、想い人の名前を心で想う。
 現実を受け入れられない咲にはそれしか出来る事がなかった。

「……家についたんだ」
 あれから咲は二人の行為が終わるまで部室の前にいた。
 受けれらないのならば逃げればよかったのかもしれない。
 けれでも、眼を閉じ、耳を塞いででも咲は逃げなかった。
 それは強さなのか弱さなのかは分からない。
 それでも二人の行為が終わると気が付かれるかもしれないと思いその場を立ち去ったが。
 立ち去った後の記憶はない。気が付いたら家に帰っていた。
「京ちゃん……」
 家に着き、部屋に入り、一人になると、咲の脳裏に浮かぶのは先程の光景。
 今までに見たことのないような顔の京太郎。
 優希に愛しているという言葉と同時に唇を重ねる京太郎。
 自分とは違う女に、優希に愛を囁く京太郎。
 一人になり、思い返し、考えれば考える程に現実が見えてくる。
 二人は────
「うっ、おぷ……」
 頭の中が混乱し、気持ちを受け入れられず、咲は嘔吐した。
「おぇ、ごほっ」
 この嫌な気持ちも全て出てしまえばいいのに、嘔吐しながら咲はそう思わずにはいられなかった。

 次の日、酷い体のだるさを感じながら咲は目覚めた。
(夢……だったらいいよね)
 一日経ち、少しは冷静になった頭が現実だという事を確かに教えてくれる。
 カーテンの間からは朝日が差し込んでいるが、咲の心は光も差さない暗闇。
 暗くなった心は世界の全てを色のない世界のように映し出す。
(学校休もうかな……)
 気だるげにベットから身体を起こす。
 そして枕元に置いてある写真立てを視界に入れる。
(京ちゃん……)
 写真立ての中にあるのは京太郎の写った写真。
(京ちゃんに会いたい……)
 写真の中の京太郎は笑顔でこちらを見ている。
「京ちゃんに会いたい」
 想うだけでなく、言葉にすればさらに気持ちが強くなる。
(学校には行きたくない。でも行けば京ちゃんに会える。でも会って私はどうするの? 
 だって京ちゃんは優希ちゃんと……)
 昨日の事を思い出すとまた気持ちが沈んでいく。
「うっ、ごぽっ」
 沈んだ心は咲の身体をまた嘔吐へと導く。
「ごほっ、ごほっ、げぇぇっ……」
 昨日家に帰ってから吐くだけで何も食べてない為に出るものなどなく、出るのは胃液だけだった。

 あれから咲は何とか気持ちを落ち着け、学校へ登校する事が出来た。
 足取りも確かなもので、一見するといつものように学校へと向かっているように見えるだろう。
(京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん
 京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん京ちゃん)
 尤も今の咲の状態を正常と言えるかどうかは分からないが。
「お、咲おはよー」
(京ちゃん!!)
 そんな咲の気持ちなど知る由もない京太郎は、いつものように咲を見つけると挨拶をしてくる。
 そのいつものようにが今の咲には嬉しく、悲しくもあった。
「……おはよう京ちゃん」
 高まる気持ちとは裏腹に返す挨拶は沈んだもの。
 会えた嬉しさはある。それでも京太郎を見るとどうしても昨日の事を思い出してしまうのだ。
「どうした元気ないみたいだけど。あっ、どうせ徹夜で本でも読み過ぎて寝不足なんだろ?」
 実際には京太郎の写真を見過ぎて寝不足なのだが勿論そんな事は言えるはずもなく――
「……うん」
 返すのは儚い声。
「どうした本当に平気か?」
「……大丈夫。ちょっと疲れてるだけだよ」
「そうか。ならいいんだけど……」
 咲の様子に心配する京太郎だったが、咲が大丈夫と言う以上強く言う事も出来なかった。
「でも本当に体調悪いなら言えよ。一人で帰れないようなら一緒に帰ってやるから」
「京ちゃんは、ただ学校さぼりたいだけでしょ」
「ばれたか、ははは」
「もう……」
(京ちゃんはやっぱり優しいね。いつもはからかってきたりしてちょっと意地悪だけど
 こういう時は本気で心配してくれる。気を使ってくれる。そんな京ちゃんだから私は――)
「それじゃあ、さぼらずに学校に行きましょうか姫」
「うん」
(好きになったんだ)

「今日の咲ちゃん強すぎだじぇ。全然上がれないじぇー」
 その日の部活。いつものように麻雀をしたのだが、優希は散々な有様だった。
 得意としてる東場でもまともにあがる事ができずに半荘5回やって全てラス、東場でとばされるのが3回という有様。
 県大会、合同合宿などを経験して力をつけた優希がここまで負けたのはめったにない事だった。
 そのめったにない優希が負けているのには理由がある。
「今日の宮永さん凄いですね」
「優希への狙い打ちだったわね」
 咲が優希を狙い打ちしているのだ。
「そんな事ないですよ。たまたまです」
 勿論この言葉は偽りである。咲は優希を狙い打ちしてとばしてやったのだ。
 しかし麻雀で勝っていても咲の心は惨めだった。
 どんなに優希から点棒を奪おうとも本当に欲しいものは奪えないのだ。
(点棒なんていらない。京ちゃんが欲しいな。優希ちゃんが捨ててくれたら私が拾ってあがれるのに)
 人の気持ちは麻雀のようにいかない。そんな事は分かっている咲だがそう思うわずにはいられなかった。
「ううー。京太郎変わってほしいじぇ」
「馬鹿、ここで諦めたら練習にならないだろ」
「そうだけど今日の咲ちゃん強過ぎだじぇ」
「……っ」
 二人のいつものやり取りに思わず咲の手に力が入る。卓の下で手を強く、強く充血する程に握る。
 他の部員はこのやりとりをいつものだと感じ何も思わないだろう。
 和や久はまたかといった様子で見守っている。
 だけど二人の秘め事を見た咲にはいつものようには見えなかった。
 表面上は変わっていない。しかし交わす言葉、交わる視線、何気ない仕草が男女のそれへと変わっ

ているように咲には感じられた。
(麻雀で負けるくらいどうでもいいじゃない。優希ちゃんには京ちゃんがいるんだから。
 負けても京ちゃんが慰めてくれるんだから、麻雀ぐらい私に勝たせてよ)
 京太郎は咲がつらい時はいつでもそばにいてくれた。
 母と姉と別れて泣いた時も傍らで支えてくれた、慰めてくれた。
 だというのに今、人生で一番つらい時に隣にいない。さらにいないだけでなく、別の女の隣にいる。
 咲にそんな事が許せるはずもない。
 しかし咲にはどうする事も出来ない。
(何で京ちゃんは優希ちゃんと付き合おうと思ったんだろう……
 やっぱり優希ちゃんみたいに明るい子がいいのかな。だったら私みたいな暗い子じゃ駄目だよね。
 それに原村さんの胸もよく見てるけど、私はそんなに胸ないし……やっぱり私なんかじゃ駄目なのかな)
 咲は負けている。それは揺ぎ無い現実。
(私はどうすればいいのかな……)
「私はどうすればいいのだー!?」
 思案する咲。そこに咲の考えている事と同じ事を優希が言った。
「とりあえず勝てるまでやればいいんじゃないのか」
「簡単に言ってくれるじょ。でも京太郎の言う通りだじぇ!!」
(そっか。そうだよね京ちゃん。私も勝てるまでやればいいんだね)
 迷った時に答えをくれるのはいつだって京太郎だ。
 今は負けている。しかし東場を取られても南場で取り返せばいいのだ。
「今度こそ咲ちゃんには負けないじぇ!! 勝てるまで挑むじょ」
「おお、その意気で頑張れ」
「……私だって負ける気はないよ」
 そう負ける気などない。麻雀でも京太郎の事でも。
(優希ちゃんは東場は勢いがあるけど南場では失速するし、これからは私の番だよね。待っててね京ちゃん)

 部活も終わり皆帰ろうとしている中、咲は京太郎に話し掛けた。
「京ちゃん話があるんだけどいいかな?」
「悪い。この後優希とタコスの店に行く約束があるんだ。明日でいいか?」
「……出来れば今日がいいな」
「うーーん」
 京太郎は悩む。本来なら優希との約束を優先するべきでだ。しかし今日の咲の様子はおかしく心配でもある。
 京太郎の出した答えは――
  ニア『咲の話を聞く』 >>253
  『優希との約束を優先する』 >>254

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