「須賀さんさようならー!」

「ああ、気をつけて帰るんだぞ」

最後まで残っていた子供達を見送り、がらんとした部屋のなかを見回す

もう十年か…

わけあって高校を中退した俺は長野を離れ旅に出て行った

かの井月や山頭火の如く、あてもない道程の上でのたれ死ぬつもりで出てきた

それが奈良県に流れ着き、気がつけば子供向けの麻雀クラブで生意気な天使どもの世話を焼く気のいいお兄さんになっていた

「お疲れさん京太郎」

後ろから声がかかる

「晴絵さん…」

「いやーごめんね、午後からは任せっきりにしてさ」

「大丈夫、憧や穏乃もちょくちょく顔出しに来てくれてたんでそんな苦労はしなかったですよ」

「あちゃ、まーたあれらに迷惑かけちゃったか」

苦笑いしながら頭を掻く俺の恩人、赤土晴絵

高校時代は一年生にして阿知賀女子の麻雀部を全国大会準決勝まで導き、

社会人になってからも監督として阿知賀女子を全国へ連れて行くという二度の伝説を作り、

消滅した阿知賀こども麻雀クラブを復活させた偉大な雀士だ

「それにしても京太郎、なんか考え事してたみたいだけど…なに?恋でもした〜?」

意地の悪い笑顔でこちらの反応をうかがう晴絵さん

「違いますよ」

「ちょっと〜、そこは冗談でも『そうかもしれませんね』とか言ってくれないと

 憧達をからかう材料がなくなるじゃないのさー」

どうしてあいつらが出てくるんだか

「ここに来た時の事を思い出して…」

「……あぁ、そういや十年も経ってるんだね」

晴絵さんが呟く

俺は目を閉じて教室中の匂いを吸った

初めて来たころから変わらない香りだ

「よくあんな状態の俺に声なんてかけられましたね」


「ホームレス高校生なんて見かけたら、そりゃあ黙って見過ごすわけにはいかないでしょ

 まあ、ちょっとは怖かったけどさ…割りと大人しく交番までついてきてくれたし、
 何か事情ありなのかなとは思ったよ」


「どうでもよかったんですよねぇ、あのとき…俺は旅にも疲れて、何もかも面倒くさくなってて

 だから警察のお世話になろうがなんだろうが、他人事みたいにしか思えなかったんです」

思い出のなかにあの時の晴絵さんが浮かんできた


『あんたさ、行くところないならちょっとばかし手伝ってほしいことあるんだけど…』


「本当に何も目的がなかったからついていったら、ここでも麻雀かよ…って、まあ最初は思いましたよ」

「そりゃこっちは京太郎が元麻雀部だったなんて知ってるわけないじゃん」

「しかもここでも雑用かよ…って、そうも思いましたよ」

「いやいや、一年ぐらいしたらちゃんとコーチもさせてたじゃん…

 京太郎は麻雀下手だから、勝てない子の気持ちが良く分かるんじゃないかと思って伝説的な勘が働いたのよ」

「ええ…そのために色々教えてくれたこと……感謝してますよ」

「……ていうか、急にしみじみ語りだしてどうしちゃったわけ?」

「聞いたんです…阿知賀女子のこと」

「…ああ、やりきれない話よね〜

 クラブも復活して楽しくやってたのにさ」


生徒数が減少した阿知賀女子学院の廃校の話は本当に偶然耳にしたことだった

今は学校の関係者にしか知らされていないため、麻雀クラブの子らは勿論、憧も穏乃も松実さん達も灼さんも知らない


「まあ、これも時代の流れよね……」

ぽつり、晴絵さんが言葉をこぼす

それは愛しの母校に語りかけたのだろうか

それとも過ぎていった自分の青春にだろうか




  ”一生迎えたくなかった
   お別れの時がすぐそこ
   悲しむ人がいても 先へ進まないと
   寂しがるのは 分かってるけど”



「京太郎、本当に行っちゃうの…?」

穏乃が泣き出しそうな顔で聞いてくる

他のみんなも似たような表情だ

玄さんに至っては涙を隠そうともしない

それにつられてクラブの子供達が号泣している

宥さんと憧が頭を撫でて落ち着けようとしていた

その手も震えている


  ”出会ったとき 私はボロボロで
   思い出すより 忘れたいことばかり
   闇を抜けるまで 見届けてくれた君
   寂しがるのは 分かってるけど”




「すぐに帰ってくるよ、ちょっと旅の続きをしたら、すぐに」

「早く戻ってきて…そうしないとハルちゃんが悲しむから…それは許さないから…」

灼さんがずいっと前に出てきた

「灼、私をダシに使わないでよ…今は自分の気持ちを素直に言えばいいのよ」

「ハルちゃん………うん…

 京太郎…

 みんな待ってる…私も待ってるから…」

「京太郎、どこへ行っても…あんたは私達の大事な仲間だよ…忘れちゃ嫌だからね?」

「晴絵さん……ははっ」

「な、なによ京太郎〜…」

「言ったじゃないですか…すぐ帰ってくるって……忘れるなんて出来るわけないでしょ?」


  ”控え目な男だから こういうのは苦手
   でも支えてもらった せめてものお礼に
   お別れでなく “またね”と言おう
   私に向けた光は どうか消さないで”





手を振り、電車に乗り込む

ドアが閉まりきるまでみんなの声が聞こえた

空いてる席へ向かう俺の顔をみんなが見ていた

無理もない

車窓にうつった俺の顔は初めてみる程にみっともなくグシャグシャになっていたから



  ”君がいたから 私は強く成長できた
   寂しがるのは 分かってるけど”


『ハ、ハ、ハルエェ〜〜…どこで男の子なんて拾ってきたのよ〜…!』

『あ、憧!そんな距離とっちゃ……あ、ごめんね私は穏乃!
 憧は、その…ほんのちょっと男の人が苦手なだけで…すっごくいい子だからさ!』

『私は松実玄!こちらの美人さんは私の自慢のお姉ちゃんの松実宥!』

『も、もうクロちゃんったら……あ、あの…』

『う〜ん…お姉ちゃんもあまり男の人と話さないけど、
 京太郎君はいい人みたいだしすぐに慣れると思うから大丈夫!』

『鷺森灼…ハルちゃんとはどういうご関係…?』

『灼!……あ、あはは…ま、まあウチはこういう個性派ぞろいだけど、よろしくね京太郎』


  ”君がいたから 私は強く成長できた
   寂しくなるのは きっと私のほう”


『須賀のお兄さーん、この前のお菓子とってもおいしかったよ!
 お父さんとお母さんもまた食べたいって言ってた!』

『あーそれ、いいなー』

『きょ、京太郎さんお菓子作れるんですね…
 あ、できれば…その私に教えてくれませんか…?
 今度…その私の家で…』

『はいはい、あんたたちー
 ここはお菓子作りの教室じゃないからねー!』

『ぶー、先生のいけずー』

『先生のいかずごけー』

『あぁ!?誰だ!?い、今なんっつったー!!』

『キャー!お兄さん助けてー♪』



「………またな、阿知賀…」


  ”寂しくなるのは 間違いなく私” 

 (Randy Newman 「When I'm Gone」)

カン