(エピローグ)

あの後、噂は比較的速やかに収束していった。
あの生配信はどこかの誰かに他の動画サイトへ転載されてあれを見ていなかった
人の目にも触れることになったのも一役買っている。
ちなみに転載を知った俺は削除申請の仕方を一時生真面目に調べたりもした。
っていうか誰だこの動画を使ってMAD動画を作りアップした奴は。
先生怒らないから名乗り出なさい。

……話が逸れた。
で、噂は沈静化されたが清澄高校麻雀部はしばらく注目を集めた。
全国決勝に進んだ時点で注目を浴びるのは当たり前だけど、何故か俺にまで注目が集まったのは言うまでもない。
とは言え、以前のように怖がられたり逃げられたり敵意を向けられたりと言った類のものではないので、比較的気は楽だったが。
全国大会決勝もようやく怯えられることもなく、敵意を向けられることなく、普通の試合になったのは大変喜ばしかった。
体を張った甲斐もあるというものであろう。

そんな全国大会も終わってしまえばあっという間に日常に逆戻りだ。
長野に帰って道端とかで噂とかされないかと思ったが意外とそんなこともなかった。
人は他人の顔なんぞはよく見ていないものなのだろう。
……新学期に入ってから友人の何人かにはからかわれたけどな。
そんなわけで日常生活に大きな変化があったかと言われるとそんなことはなかった。
いつも通り学校に行き、勉強をして、放課後は麻雀をする日々である。
何も変わらない。
ただ、大きな変化はなかったけど小さな変化はあった。


照さんや石戸さんとは時々メールをしている。
近況やお互いの住んでいるところの話なんかが主で、胸がときめくような展開ではないけれども。
冬の休みで練習試合でもしようかと言う話がまとまりそうなのでちょっと忙しくなりそうだ。
距離が距離なのでちょっと大変かもしれないけど。


あいつ、大星とは時々一緒にゲームをしている。
最近のネットの発達は偉大で東京と長野と言う距離でもネット環境さえあれば対戦ができてしまう。


淡「ウロボロス伸ばしちゃうwwwwwww0って書いてあるのが見えないのwwwwww」ガチャガチャ

京太郎「うるせー! ラグだラグ!」ガチャガチャ


まぁ、こんな感じでs○ypeを繋いでお互い罵りながらゲームをしたり時々ネト麻を一緒にしている。
……喧嘩しているわけじゃないよ?

そんなわけで大きな変化なんて特に何もない。
ほかの部員だってそうだ。
今までの通りにそれなりに仲良くやっている


(ある日の部室)

まこ「京太郎、あの牌譜じゃ……だけど」

京太郎「?」

まこ「う、あー、コピーってとって……くれない?」

京太郎「いや、それはいいんですけど」

まこ「なんじ……なぁに? 何か、おかしい……?」

京太郎「……そんな無理しなくても」

まこ「わ、た、し、別に無理なんか……」

京太郎「さっきからまともに喋れてないじゃないですか」

まこ「やかましい! あっ、しまった……」ガックリ

京太郎「どうしたんですか突然? いきなりしゃべり方変えようとして」

まこ「……別に。大した理由じゃないわ」

京太郎「その、可愛げないとか、地味とか、いろいろ書かれたのは気にしてます?」

まこ「口に出すなアホッ!」ガーッ

京太郎「す、すんません」

まこ「だから、大した理由じゃないって言うとるじゃろ? 標準語は喋れて損はないけぇ」プイッ

京太郎「そうですか……」

まこ「」ツーン

京太郎「その、先輩?」

まこ「なんじゃ?」ツーン

京太郎「俺、先輩の広島弁、好きですよ。だから聞けなくなるのはちょっと寂しいと言うか」

まこ「……」

京太郎「まぁ、どうしても直したいって言うなら、その、止められないですけど」

まこ「……」

京太郎「部活の間中ぐらいはいつもの喋り方でいてほしいかなー、なんて」アハハ

まこ「……アホ」クスッ



(またある日の部室)

京太郎「お疲れ様でーす」ガチャッ

久「わーーーーーーーーーーー!」ズザッ

京太郎「うあっ! びっくりしたっ!」

久「あっはっは! 須賀君は相変わらずいいリアクションね」

京太郎「……何やってんすか。っていうか受験勉強はどうしたんですか?」

久「今日は休憩?」

京太郎「なんで疑問形なんですか。そんなこと言って一昨日も来てましたよね?」

久「須賀くーん、お茶入れてー」

京太郎「聞いちゃいないし……まったくもう」カチャカチャ

久「皆は?」

京太郎「家の都合やら補修やらで皆遅れてくるらしいですね。……はい、どうぞ」

久「ありがと。んー、須賀君のお茶を淹れる腕はもう部内1ね」ゴクゴク

京太郎「そこを褒められても何にも嬉しくないっす」

久「ごめんごめん。感謝してるわよ。須賀君」

京太郎「はいはい、どーも」

久「何そのリアクション。せっかく感謝してるのに」

京太郎「今まで何度も痛い目見てるんで先輩不信にもなりますよ」

久「あららー。すっかりひねくれちゃって」

京太郎「教育の賜物です」

久「はいはい……ねぇ、須賀君」

京太郎「何ですか?」

久「皆で秋の連休に旅行でもいかない? 紅葉でも見に」

京太郎「旅行かぁ……。これからの時期だと紅葉狩りとかですか」

久「紅葉もいいけどシーズンだしリンゴやブドウもいいかもね」

京太郎「おぉ、いいですねそれ!」

久「ん、決まりね。皆で楽しい旅行にしましょ」ニコッ



(またまたある日の部室)

咲「えーっと、これが……うー」スッスッ

京太郎「だからガラケーにしとけって言っただろ? 無駄に最新型のスマホなんて買いやがって」

咲「だってぇ。LINEとかやってみたかったし……」

京太郎「ほら、見せてみろ。まずはこっからソフトをダウンロードして……」

咲「だ、大丈夫? ウィルスとかじゃない?」

京太郎「いちいちんなこと気にしてたら何にもできないっつーの。ほら、インストールできたぞ」

咲「や、やった!」

京太郎「後はいろいろ登録とかして……そう言えば照さんの携帯番号とかは聞いてるのか?」

咲「うん、ここメモがあるよ!」

京太郎「待て待て。メモリ登録してないのかよ」

咲「何度も挑戦したんだけどうまくできなくて……」

京太郎「お前本当に現代の女子高生か?」

咲「うー……京ちゃんのいじわる」

京太郎「ほらほら、手打ちするのもめんどくさいだろ? 赤外線で照さんの番号とアドレス送ってやるから」

咲「せきがいせん? あのコタツとかの?」

京太郎「」

咲「きょ、京ちゃん。『こいつ駄目だ……早く何とかしないと……』みたいな顔で見ないで」

京太郎「……せっかく照さんとメールできる環境になったのにいつになったら送れるんだろうなー」

咲「が、頑張るもん! 最近やっとメールソフトの起動の仕方がわかったし!」

京太郎「前途多難すぎるだろ……まっ、頑張るか。せっかくお姉さんと話せるんだもんな」

咲「……うんっ!」



(またまたまたある日の部室)

優希「おーっす。って、京太郎だけか」

京太郎「よぉ。咲は図書館に本を返しにってるからもうちょっとしたら来るぞ」

優希「そっか。京太郎は何を読んでるんだじぇ?」

京太郎「んー? 和にもらった指南本。なかなかためになるぜ」ペラッ

優希「ふーん」

京太郎「……」ペラッ

優希「……」

京太郎「……」ペラッ

優希「……」

京太郎「……(いつもだったらちょっかい掛けてくるのに静かだな)」ペラッ

優希「……なぁ、京太郎」

京太郎「ん、どうした?」パタン

優希「全国大会の時に流れてたあの噂……」

京太郎「?」

優希「あの噂、元凶の一つは恐らく私だじぇ」

京太郎「えっ!?」

優希「長野合同合宿の時、京太郎が牌譜を届けに来ただろ?」

京太郎「あぁ、行ったけど?」

優希「あの時、風越のキャプテンと池田に京太郎の彼氏が咲ちゃんかってからかわれたんだじぇ」

京太郎「おいおい、そんなことあったのかよ……」

優希「……その時、京太郎は咲ちゃんの彼女じゃなくて、ウチの部活の犬だ、みたいなこと言っちゃった」

京太郎「えっ……」

優希「多分、そこから広まった噂もあると思うじぇ。その、ごめん、京太郎」ペコッ

京太郎「別に今更謝られてもしょうがないし。別にもう気にしてないけど……つか、なんでそんなこと言ったんだ?」

京太郎「まぁ、お前が犬犬言うのは今に始まったことじゃないけど」

優希「……その何だかムカッときて」

京太郎「えっ?」

優希「何で腹が立ったのかは今でもわからないんだじぇ」

優希「ただ、その、京太郎が咲ちゃんの彼氏って扱いされてて、そういわれてあたふたしてる咲ちゃんを見たら……」

優希「黙って聞いてるのがどうしても嫌で、我慢ができなくて……」

優希「つい、言っちゃったんだじぇ」

京太郎「……そか」

優希「……軽蔑したか?」

京太郎「ん、そんなことねーよ」

優希「うん……なあ、京太郎」

京太郎「何だ?」

優希「……ありがとう」

京太郎「……おう」



まぁ、こんな感じで特に大きな変化はない。
皆で仲良くやっている。
部長はあと半年もしたら卒業してしまうし、来年になれば後輩もできるけど、これからも上手くやっていけると思う。
多分、なんとなくだけど。


和「須賀君?」

京太郎「ん、おぉ。和、来てたのか。早く来すぎてちょっとボーっとしてた」

和「咲さんとゆーきは2人そろって寝坊で1時間ほど遅れるそうです。まったく、大会が終わったからってたるみ過ぎです!」

京太郎「まぁまぁ、久しぶりの土曜練習だししゃーないだろ」

和「でも、今日は染谷せ……部長はこれはこれませんし、二人が来てくれなくちゃ麻雀になりません」

京太郎「んじゃ、しばらく二人でお勉強でもするか?」

和「そうですね。じゃあ、牌譜を……」


そう言いながら和は立ち上がって棚の牌譜に手を伸ばしたが、突然その動きがぴたりと止まった。


和「そっか。今、二人だけなんですよね。……そっかぁ」

京太郎「和?」


断片的に聞こえたその言葉について聞こうとする前に和はこちらを振り返った。
手を後ろに組み、普段しないようなどこかぞくっとする笑みを向けていた。


和「大会中は、いろいろ大変でしたよね」

京太郎「ん、あ、ああ。まぁ、な」

和「須賀君には感謝してます。私たちのためにいろいろ頑張ってくれて」

京太郎「な、なんだよ改まって」


あの生配信のことについてはひとしきりいじられた後、皆それ以降触れないようにしてくれていた。
精神衛生的にも大変助かっていたが、久しぶりにその話を持ち出されてちょっと動揺する。


和「酷い話でしたよね。私が女王様みたいな扱いで須賀君をいじめてるとか」

京太郎「あぁ、まぁ、な」


和は突然何を言い出しているんだろう。
話の流れが全く読めないが、なぜか背筋が冷える気がした。


和「私、最初それを見たときはすごく腹が立ったんですよ。私がそんなことするわけないって」


そこまで言い切った後、でも、と繋げた。
悪い予感がする。何故だろう。ただ話をしているだけなのに。


和「でも、掲示板の投稿の中にはよくできた書き込みとかもあったんですよね。
  もちろん捏造ですけど、私が須賀君をどう苛めているのか事細かに書いたものとか」

和が一歩近づいてきている。
まずい、何かわからないけどまずいことが起こる。


和「で、掲示板をチェックするとどうしてもそういうものが目に入っちゃうんですね」


立て。立って逃げろ。
もしくは口を開け。拒絶しろ。
そうしないと、まずいことがおこる。きっと。


和「そういう物を読んでいると……とってもいけないこととなのに。そんなの普通じゃないってわかってるんですけど」


和が笑う。
そんな顔で笑えるんだな、お前。


和「すごく、すごくドキドキしたんです」


何故、そんな顔をするんだろう。
あぁ、そんな顔をされたら、逃げられない。
拒絶できない。


和「私のこと軽蔑しますか?」


反射的に首を横に振ってしまう。
あぁ、何故俺はここで首を横に振ってしまったのだろう。


和「よかった。……ねぇ、須賀君?」

京太郎「なん、だ?」

和「私、自分で思ったいたよりずっとずっといけない子なのかもしれません」

和「最近気が付けば恥ずかしいことばかり考えている自分がいるんです」

和「最初は考えないようにしていたんですけど、でも、どうしよもないんです」

和「だから、これから須賀君に対して酷い姿を見せるかもしれません」

和「とんでもないことを口走ったり、考えられないようなことをしてしまうかもしれません」

和「……それでも、やっぱり失望しないでいてくれますか?」


やめろよ。
さっきまではあんな、あんなぞくりとするような顔で笑ってたくせに。
何で今度はそんな縋り付くような顔をするんだよ。
捨てられた犬が見つめるような、親の愛が欲しい子供が見るような。
何でそんな目で見るんだ。
そんな顔されたら……


京太郎「大丈夫、失望したりしない。絶対に」

こう、言ってしまうじゃあないか。


和「ありがとう須賀君! とっても嬉しいです!」

和「だから、これからも、『よろしく』お願いしますね」

京太郎「……あぁ」


花のような笑顔の中に隠しきれない多幸感が浮かんでいる。
俺は不安の感情の中にわずかな期待の感情が芽生えたことに驚いていた。

前言撤回、これから先には何やら大きな変化が待ってそうな気がする。
まぁ、でも、みんなで仲良く、やっていける……よね?