(準決勝・実況席)

恒子「さぁ、準決勝先鋒戦前半戦もいよいよ大詰め、オーラスを迎えました! 
    ここまで下馬評通り宮永選手の圧倒的リードで進んでおります」

恒子「対して新道寺、かなり大きなマイナスを背負っています。これは苦しいか!」

健夜「さすが宮永選手、だね。おととしよりも去年、去年よりも今年、着実に進化してる」

照『リーチ』

123s4567778p發發發

恒子「おぉっと! オーラスで駄目押しのダブリーが入った!」

健夜「しかも4面張。豪快なフィニッシュになりそうだね」

煌『……』

『煌手牌』
125m289s23369p東南 ツモ南 ドラ4s

健夜「うーん、これはもしかしたら新道寺の子から出ちゃうかもね。手なりで打つなら9筒が不要牌だし」

恒子「なるほどー。さすがプロ生活20年ともなればそれぐらいの予想はお手の物だね」

健夜「だからアラフォーじゃ……って、ずいぶん長考だね」

恒子「まぁねー。これだけ点数取られた状況でダブリーかかっちゃ無理もないか」

健夜「俯いて……ちょっと震えてる。大丈夫かな?」

煌『……』

煌『……』

煌『……』スゥ

健夜「ん? 深呼吸してる?」

恒子「出しちゃうのかな?」

煌『……』ギリッ

煌『ッ!』打5萬

恒子「ブッ!」

健夜「こ、これはずいぶんと思い切ったね」

恒子「す、すこやん。これはどういう打牌なのかな?」

健夜「うーん、おそらく123の三色とチャンタ、ピンズ一通とピンズの混一色を見た一打……かな?」

健夜「この格好から5萬周りを引いても高い手にはならないからね。
    赤頼みも阿知賀の彼女がいる状況じゃ望み薄だし。だったら手役を作らなくちゃいけないとなると」

恒子「5萬切りってことかー。でも、この手牌から? まぁ、点数取り戻すために高い手狙うのはわかるけど、うーん」

健夜「そうだね。ダブリー入っている状況でやるにはなかなか勇気があるというか無謀だけど……成就、するかなぁ」



(新道寺控室)

姫子「は、花田ってあんな豪快な一手が打てる奴だっけ?」

美子「」ブンブン

仁美「驚いたわ」ポカーン

哩「(……そか。そうだな)」

哩「(花田、頑張れ。お前の意地、見しぇてやれ)」



(会場)

照「(随分脂っこいところを通してきた……。でも、この待ちだったらいずれ)」カチャッ

煌「……れ……ない」打8索

照「?(何か言ってる)」

煌「ま……ら……」打9索

煌「………れない」打2索

煌「……け………」打1萬

煌「………れ……」打2萬

照「(この子……危険牌を6枚も……!)」

煌「……」打5索

煌「……」打6萬

煌「……」打東

煌「……」打發

玄「(新道寺の人が突っ張ってくれてるから安牌には困らないけど……)」パシッ

怜「(あの宮永照のダブリーの前にここまで……)」パシッ

照「(引けない……嫌な、感じがする)」パシッ

煌「っ!」チャッ

煌「……9筒。暗カン」

照「(私の待ちの一つを……!)」

煌「……けられない」打中

照「えっ?」

煌「決勝に行って、会いたい子がいるんです。同じ舞台に立って、伝えたいことがあるんです」

煌「今更出て行って、私の言葉は届かないかもしれないけど。強くもない先輩ですけど。それでも、それでも」

煌「先輩として……かわいいかわいい後輩と」

煌「どうしても、話がしたいんです。そのために同じ所に立たなくちゃいけないんです」

煌「だから」

煌「だからっ!」

煌「だから、ここで、負けられないんです!」ギッ

煌「リーチっ!」打2筒

照「(追いつかれた!?)」

玄「(嘘……ダブリーを掻い潜った)」

怜「(ありえへん……)」

照「くっ……」ツモ5筒

照「(アガれない……! しかもこれはっ!)」パシッ




煌「ロンッ!」





『煌手牌』
3335567p南南南 カン9999 ドラ4s、中





煌「リーチ、一発、南、混一色、三暗刻……こんな場でも、乗るものですね。裏3で24,000」





(白糸台控室)

尭深「嘘……」カシャン

誠子「わっ、尭深! 湯呑湯呑!」

菫「……初めてだ」

淡「えっ?」

菫「あいつが、照が三倍満に打ち込んだのを初めて見た。そもそも跳萬以上に振り込むこと自体、いつ振りか」

淡「……新道寺の先鋒は実績もなくて、捨て駒だって話じゃなかった?」

菫「あぁ、そのはずだった。そのはずだったんだが……」

誠子「途中までの打牌も平々凡々だったのに」

菫「なんだ。いったい、あの選手に何があったんだ?」


(実況席)

恒子「」

健夜「こーこちゃん、しっかり」

恒子「はっ。あまりのことに思わず言葉を……」

健夜「危険牌12枚切って三倍満打ち取りだからね。しょうがないよ」

恒子「いや、出来過ぎでしょ」

健夜「うん、私だって普通に宮永選手がアガって終了だって思ってたもん」

恒子「でも結果として、あのチャンプが三倍満放銃とは……」

健夜「あの子の打牌にすごく強い意志を感じたよ。想いや意志で麻雀が勝てるなら苦労はしないけど、それでも」

健夜「それがなくちゃ、勝てないときもあるんだよね。本当にすごかったよ」



(会場)

煌「はぁ、はぁ、はぁ」

怜「(えらい消耗しとるな。あんな真似すりゃ無理もないか)」

玄「(負けられない……か)」

――――決勝に行って、会いたい子がいるんです。同じ舞台に立って、伝えたいことがあるんです

――――どうしても、話がしたいんです。そのために同じ所に立たなくちゃいけないんです

玄「……私だってっ!」

照「?」

玄「私だって、負けられないのです。決勝に行って、会わなくちゃいけない人がいるんです」

玄「大切な、大切な友達で」

玄「そこまで長い付き合いじゃなかったかもしれないけど、それでも大切な友達で」

玄「だからっ、私だって!」

玄「絶対に、負けれないんです」ゴッ

煌「……」コクリ

怜「なんや、二人して熱くなって……」

怜「……ふふ」

怜「でもこういうの、嫌いやないで。こっちも……負けてられんなぁ」ゴッ

照「(この子たち……!)」



(観客席)

京太郎「……」

和「……」

優希「……」

京太郎「……優希」

優希「……なんだじぇ?」

京太郎「あの、新道寺の人って中学の時の先輩なんだって?」

優希「そうだじぇ」

京太郎「……いい先輩だな」

優希「うん……後輩思いで面倒見がよくて、世話になったものだじぇ」

京太郎「そうか……和」

和「……なんですか」

京太郎「あの阿知賀の人が……」

和「はい、昔の友人です」

京太郎「いい人だな」

和「はい、あんなに私のことを想ってくれてるなんて正直思ってもみなかったです」

京太郎「そうか、よかったな?」

和「……はい」

京太郎「……」

和「……」

優希「……」

京太郎「……決勝、何が何でも行かなくちゃな」

和「……ええ」

優希「……そうだな」

京太郎「……」

和「……」

優希「……」

3人「(どうしよう……)」



(会場某所)

照「……」

菫「お疲れ、照」

照「うん」

菫「何とか2着通過だったな。危なかった」

照「……ごめん」

菫「な、なぜ謝る?」

照「本当は私がもっと点数を叩きたかったけど……7,000点しか稼げなかった。前半戦のリードを大分食いつぶされたから」

菫「謝ることではないだろう、プラスはプラスだ。だけど、正直驚いた。照が準決勝でここまで手こずるとは」

照「その……」

菫「いや、別に攻めているわけじゃない。本当に驚いただけ」

照「……」

菫「……私は」

照「菫?」

菫「私は照とあの清澄の大将の関係はよく知らない」

照「っ」

菫「デリケートな話なんだろ? だから無理に聞き出そうとはしない。だけど……聞いてるんだろ? あの話」

照「……」コクリ

菫「で、これはさっき試合後に聞いたんだが、新道寺と阿知賀の2人はどうやら
    清澄のメンバーと知り合いらしいな。……だから、会って話がしたいと」

照「……」

菫「本当になのか。本当だとしたら、どうしてそんなことになってしまったのか。
    大切な友人だから、かわいい後輩だから、できるなら止めない。泣かせる話だな」

照「……何が言いたいの?」

菫「阿知賀は勝ったが新道寺は落ちた。私たちはあの子の願いを踏みつけて行くわけだ」

照「……菫」

菫「わかってる。別に後悔をしているわけではない。……だけど、踏みつけるのではなく、それを背負っていくことはできるはずだ」

照「せお、う?」

菫「きっと、話をして、できるなら止めたいんだかったんだろうな、あの子は」

照「多分」

菫「で、だ。……お前だって、話したい子がいるんじゃないか。あの話を聞いていたってことは何も感じなかったことはないと思うが」

照「……」

菫「……さっきの発言を撤回する。ちょっと踏み込んだことを言うぞ?」

照「えっ?」

菫「『妹』なんだろう?」

照「っ」

菫「『姉』として、『家族』として、できることができるんじゃないか? 止めてやることも、できるんじゃないか」

照「……」ウツムキ

菫「悪かった。ズケズケとプライベートなことに踏み込んだことは謝る。だけど、考えてみてほしいんだ。頼む」

照「……うん、わかった」

菫「そうか、よかった。……さっ、何か食べて帰るか?」

照「うん」コクリ


京太郎「今日こそは……」


我等が清澄高校の準決勝を翌日に控えた夕暮れ時、本日は部員一同ゆっくりと過ごすこととなった。
こんな状況なので人目を気にしているというのもあるが、最近はいろいろありすぎてみんな疲れ気味だ。
和などは最近は掲示板の内容に目を通しつつ怒ると言う大変不毛な行為を繰り返している。
見るのをやめればいいもののどうしても気になるそうな。
俺もホテルでゆっくりしていようと思ったが、どうしても行きたいところがあったのでこうして東京の街を歩いている。


京太郎「さて、今日は居るかな?」


財布の中の小銭を確かめながら、俺は目的地であるゲームセンターに足を踏み入れた。
入り口に設置されているクレーンゲームや大型筐体には目もくれず、
比較的奥に設置されている格闘ゲームのコーナーに足を向けた。
休み中なので俺と同じような高校生と思われる人間も多い。
その人ごみをかき分けながら、筐体の一つ一つに目を向ける。


京太郎「居たっ」


思わず口に出てしまう。
プレイヤーネームに『AwaAwa100』という表示。
筐体の向こう側でプレイしているため顔は見えないが、間違いなく彼女だ。
相変わらずのえげつない腕で、俺の目の前で対戦している少年が操作しているキャラクターを固め殺している。


京太郎「あの6Cを1発目から小パンで……」


考えてきた対策を軽く口に出して復習する。
まぁ、この状況で分かったと思うが俺はリベンジにやってきたわけである。

大会始まる前の期間にぶらりと寄ったゲーセン。
せっかく東京に来たんだからと軽い気持ちでよくやっている格ゲーをプレイしてきたときに乱入してきたのがこいつだ。
正直自分の腕はそこそこあると思っていたが、そんなプライドをメタメタのギッタギタにしてくれたのがこいつだ。
負けも負けたり20連敗。しかも対戦していたのが自分と同じぐらいの女の子とあっては凹みに凹んだ。

あれから何度か対戦を挑んでいるが今のところ全敗である。
しかし、この前対戦した時は惜しいところまで行ったのだ。
最終セットまでもつれこみ、大技が入ってコンボを完走すれば勝ちというところだった。


京太郎「まさか、残影牙拾いに失敗するとは……牙昇脚にしておけばよかったなぁ……」


あとちょっとで勝ちというところで痛恨のコンボミス。
そしてグチャグチャっとなったところであえなく敗北した。
思わずうがーっと叫んだところで、お互い顔ぐらいは知っている程度に対戦していたが
会話はしたことがないはずのあいつにこう言われたのだ。


?『コンボミスをすることで勝ち確を逃すことができるwwwwwねーねーアレ落とすってどうなのwwwwww今どんな気持ちwwwww』


人は言った。格闘ゲームは人の性格を悪くする、と。
若干記憶が脚色されている気もするが、ファーストコンタクトがこれだからかわいい女の子といえども印象最悪である。
で、そう言われて顔真っ赤になった俺は懲りずにこうやってリベンジにやってたのだ。
ちょうど目の前の少年がパーフェクト勝ちをされ、肩を落として席を立った。
俺は入れ替わるように席に座ろうとして、気になっていたことを思い出し、筐体の向こう側を覗いてみた。


?「~♪」


そこにはCPUを相手に楽しそうにコンボ練習をする姿。癪な話だがかなりの美少女、というやつだろう。
そうやって、改めて顔を見直して俺は確信した。


京太郎「(……やっぱり)」


3人で観戦したAブロックの準決勝。
観客席から見つめる画面の向こうに、俺をぼっこぼこにした奴が白糸台の大将として恐るべき実力を発揮する姿があった。
その立ち振る舞いは負けた俺を煽る姿とは一致せず、思わず呆気にとられたものだ。


京太郎「(白糸台の大将……大星淡、だったか。麻雀も強くて格ゲーも強いとかなんだよそれ)」


この世の不公平さを嘆きつつ、俺は100円を入れてカードを筐体に読み取らせた。
今日こそは勝ってやる。
こうやって負け続けるのは精神衛生的にも財布の中身的にも大変よろしくないからだ。



(対戦中)

京太郎「っつつつ」ガチャガチャ

淡「画面端ごあんなーい。固めるよー」ガチャガチャ

京太郎「あぶねっガードできた……」ガチャガチャ

淡「ふーん、大分頑張ってきたみたいだねー」ガチャガチャ

京太郎「ここで暴れてッ」ベシベシ

淡「あっ、やばっ」イタイニャス

京太郎「中段通った!」イキマスヨ、ジャヨクホウテンジン!

淡「立った! 立ったって!」ガチャガチャ

京太郎「よっしゃ! ここで蛇翼からODでっ!」コレカラガホンバンデスヨ!

淡「あーあ、さすがにこのセットは取られたかな」ガチャガチャ

京太郎「よし、これで蛟竜で締めれば……あっ」ガチャガチャ

淡「あ、繋がってない。んじゃ、美味しくいただきますっと」ニャスニャス

京太郎「あああああああああああああああああ! 保障高過ぎだろぉぉぉぉぉ!」ディストーションフィニッシュ!


京太郎「」


結論から言おう。
負けた。負けました。10連敗しました。
しかも何戦かは勝ちが見えてたのにお手手プルプルしてコマンド入力をミスるとかいうあまりにもアレな負け方。
ベッコベコに凹まされて現在は自販機コーナーのベンチで自棄コーヒー中である。


京太郎「ふぅ」


いつもよりコーヒーが苦く感じる。これが敗北の味というやつか。
完全に負け癖がついてしまった。家庭用が出たら練習しよう。
長野に帰る前に1度ぐらいは勝ちたいなぁ。

湯だった頭でそんな風に取り留めのないことを考えているときだった。


淡「ねーねー」

京太郎「俺?」

淡「そうに決まってるじゃん」


話しかけてきたのはあいつだった。
というかまともに話しかけられたのはこれが初めてだったからちょっと戸惑ってしまう。
そいつは探るような視線を俺に遠慮なく向けながら口を開いた。


淡「ねぇ、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いい?」

京太郎「別に、いいけど」

淡「清澄の須賀京太郎って、あんた?」


考えてみれば当たり前の話だ。
相手も麻雀部員だ、例の噂を聞きつけていて居るのは当然だろう。
だが、あの噂が流れていることを知ってから他校の人間とこうやってまともに話すのは初めてなので、
内心めんどくさいことになったな、とちょっと焦る。


京太郎「……そうだけど」

淡「やっぱり? ネットの画像の通りだ。へー、ふーん」


そう言いながらジロジロと上から下まで品定めするように見てくる。
こいつ(いいよね、こいつならこいつ呼ばわりで)は礼儀というものを知らんのか。
このゆとりめ。いや、俺もゆとりだけど。
一方的に聞かれるのもしゃくなので、ちょっと反撃してやる。


京太郎「そういうそっちは、白糸台の大星淡さんだよな?」

淡「へぇ、私のこと知ってるんだ」

京太郎「準決勝、見てたしな。うちが決勝に行けば、当たる相手だし」

淡「なるほどねー。いやー、有名になるのも大変だー」


ケラケラと笑うこいつを見て驚きの表情一つも見せないことにげんなりする。
こいつ大物だわ。
それともただのバカなのか。
個人的な所感では間違いなく後者。
うん、確信。


京太郎「で、何の用だ?」

淡「あ、もしもしテルー? うん、そう、いまね……」

京太郎「聞けよ」


俺の問いには答えず目の前の珍種は気づけば俺を無視して電話を始めていた。
思わず乱暴な突込みが入ったけど、いいよね。同い年だし。
黙って帰ってもいい気がしたけど、それはそれでめんどくさいことになりそうだし、仕方なく電話が終わるのを待った。


淡「うん、それでね、大会が終わったらね……」

淡「それでね、たかみーが抹茶ケーキを……」

淡「ケーキといえば駅前のモールに……」

淡「そうそう、Aちゃんに彼氏が……」

淡「この前会ったんだけど、なんかすごい電波で……」

淡「哲っちゃん達者で打ってるかいってブツブツ言いながら体がプルプル震えてて……」

京太郎「お前何の話してるんだよ」


5分間我慢したんだけどもういいよね。
横で聞いてる限りどう考えても俺と関係する話をしているとは思えない。
付き合ってられんとばかりに踵を返そうとしたとき、そいつは俺の顔を見て『あっ、やっば忘れてた』って顔をした。


淡「あっ、やっば忘れてた」

京太郎「おい」


一点読みが通ったのにまったく気持ちよくない。
というか俺はこんなツッコミキャラだっただろうか。
部の皆といるときは結構ボケるほうだと思っていたのだが。


淡「うん、そう。噂の清澄の、うん、会いたいって言ってた」

淡「そうそう、そいつ。今ゲーセンに居るよ」

淡「あっ、ゲーセンに行ったことはスミレには黙っておいてね? また怒られるから」

淡「うん、それで、どうする……うん、うん」

淡「わかった、あそこだね。りょーかい」


俺を置き去りにすることたっぷり10分。
俺は途中で痺れを切らしクレーンゲームでぬいぐるみを3つ取ってで
『妹の彼氏を姉が寝取り泥沼になった姉妹に挟まれ精神崩壊する彼氏ごっこ』をして遊んでいた。
彼氏が追い詰められた挙句の自殺後、葬式帰りに二人が刃傷沙汰になるという佳境のシーンでこいつはようやく電話を切った。

即興のシナリオにしてはなかなかいい出来だと思う。
なんかの賞にでも応募してみようか。


淡「明日なんだけど、ちょっと時間ある?」


電話を切って一言目がこれ。
単刀直入である。突然すぎて色気も何もあったもんじゃない。
女の子の誘いだからもっとテンションが上がってもよさそうだが心はコールアングレの音が響く
中央アジアの草原のような穏やかさである。
こいつはあれだ、優希と同じカテゴリだ。


京太郎「うち、明日試合なんだが……?」

淡「自分が出るわけじゃないでしょ。それに開始前に時間は調整したから問題なし!」

京太郎「おい」


返事を聞く意味があったのだろうか。
あと、そろそろ殴っても文句は言われないだろうか。


淡「明日10時に会場最寄駅の横にある喫茶店で人が待ってるから。じゃ、よろしくっ!」


そう言ってそいつは振り返り帰ろうとする。
俺はそれを呆然と見送りかけたが肝心なことを聞いてないことに気づいてあわてて声を掛けた。


京太郎「ちょ、ちょっと待てよ。待ってるって、誰が!? 何で!?」

淡「んー?」


俺の呼び止めの声にそいつはくるりと踊るようにその場で回って、少し考え込むようなそぶりを見せる。
うーん、とちょっと考え込んでいるような声が漏れて聞こえてきた。

淡「何でかは私もよくわかんない。一度話がしたいーって言ってたのを聞いただけだから。あと、誰が、だけど」

そこまで言うと、不意ににやっという音が聞こえそうな感じで笑った。
その笑い方がなかなかにピッタリで、ちょっとというかかなり可愛くて、正直ドキッとした。
した後ですごく悔しくなった。謎の敗北感である。


淡「うちで一番有名な人、っていえばわかるでしょ?」

京太郎「それって……」

淡「じゃあね、絶対行ってよ! それともっと練習してきなよー。コンボミスりすぎっ!」


びしっと指を突き付け、そう言いながらあいつは去って行った。
俺はあまりに突然の事態に呆然とそれを見送るしかなかった。


京太郎「一番有名な、人」


そう言われると心当たりは一人しかいない。
しかし何故、という気持ちが大きい。
麻雀を始める前からおぼろげにその存在は知っていた。
だが、所詮はそのレベルの話であってお互い面識もないのに突然どうしてなのかが全く分からない。

意図が読めない。
行くべきなのだろうか。
部の皆には話すべきなのか。

そんな感じにもやもやしたものを抱えながら俺はホテルへ足を向けた。


淡「あ、そうそう」

京太郎「どわっ! なんだよ、いきなり戻ってくるな!」

淡「そのぬいぐるみ、かわいいね。ちょーだい!」

京太郎「……」

京太郎「……」

京太郎「……」

京太郎「……」

京太郎「……ほら」

淡「え、本当にくれるの?」

京太郎「……暇つぶしで取っただけだし」

淡「やった、ありがとう! じゃーねっ!」


うん(困惑)

うん(現状認識)

うん(把握)


なんだあいつは(戦慄)


新種の生命体と対話した次の日、俺は予定時間の15分ほど前に指定の店に着いていた。
部のメンバーはもうそろそろ会場入りしているころだろう。
俺はこのことを報告するか悩んだが、結局黙っていた。
ここに来ることを適当にごまかして、皆とは現地で合流する手はずになっている。
本来であればこんな状況だしちゃんと話すべきだと思ったんだが……。


京太郎「言えないよなぁ、やっぱり」


あの癖っ毛たくましいポンコツ娘の顔を思い浮かべると、どうしてもその気になれなかった。
そんな感じで、心にしこりを抱えながら水をすすっているとドアベルが小さく鳴った。
ちらりと視線を向ける


京太郎「(あぁ、やっぱり)」


まさか、という気持ちはあったが、やはり想像通りの人がそこにいた。
その人は店内をきょろきょろと見回し、俺の姿を見つけるとゆっくりと近づいてくる。
そして、少しの沈黙の後に口を開いた。


?「須賀、京太郎君?」

京太郎「はい、そうです」

?「はじめまして、宮永照と言います」


咲、やっぱりお前には言えないよ。
お前のお姉さんと会ってくるなんて。

咲に姉がいるのは知っていた。
それと同時に二人の間に簡単に口に出せないような『何か』があるのも知っていた。
そもそも離れて暮らしているのだ、いろいろあるんだろう。
中学の時、家族の話になったら咲が露骨に辛そうな顔をしていた時以来、咲に家族の話はしないようにしてきた。
友人とは言え、触れてはいけないところ、触れてほしくないところってのは誰にだってあるだろう。

そう、だからここに来ることを言えなかった。


照「来てくれてありがとう」

京太郎「いえ……」


俺の向かいの席に座る……この人を何と呼べばいいのだろう?
宮永さん? 当たり障りないが、咲のことを名前で呼んでるせいでなんとも変な感じだ。
照さんとか? いや、初対面で下の名前は馴れ馴れしすぎだろう。
チャンプ? お互いに恥ずかしすぎだろ。
あいつが言ってたテルー? 命を大切にしない奴はうんにゃらっていうあのセリフを思い出すな。

どう口火を切ればいいのかわからず俺は手元の水に口を付けた。


照「何か飲む?」

京太郎「あ……えと、はい」

照「コーヒーでいい?」

京太郎「大丈夫、です」


どうにも緊張する。
そもそも女の子と二人でお茶をするなんて初めて……いや、咲は例外ね。
いや、女の子っていうのも何か微妙だ。
相手は年上の人だし、見た目からも『女の子』というより『女性』と言ったほうがしっくりする。
水を持ってきた店員さんに対して穏やかに注文する姿はとても大人っぽく感じた。
年齢としては2歳しか違わないのに、不思議だ。

店員さんが去った後は再び気まずい空気が流れる。
斜向かいの席に座っているおばさんたちの楽しげな笑い声が妙に耳に入ってくる。
目の前の人も同じく落ち着かないような感じだったが、一口水を飲んでから口を開いた。


照「突然呼び出してごめんなさい」

京太郎「いえ、別に……」

照「その、私のこと、知ってる?」


唐突な問いだった。
どういう意図なのか、どう答えるべきなのか。
どんな回答を求めているのか、何を聞きたいのか。
いまいちわからなかったが俺は頷いた。


京太郎「あの、俺からもいいですか?」

照「うん」


その一言を口に出すのは結構勇気が必要だったが何とか絞り出す。


京太郎「咲の、お姉さんですよね?」


俺の問いに少しの沈黙ののち、小さく頷いた。
わかりきっていたことだったが、これで確信に変わった。
確かによく見ると顔立ちとか少し咲に似ている。
ただ、纏う雰囲気は大違いなせいかあまりピンとこない。


店員「お待たせしました」


そうこうしているとちょうどコーヒーが運ばれてくる。
コーヒーは嫌いではないが砂糖なしで飲むほど俺の味覚は子供から脱却できていない。
テーブルの上にあったスティックシュガーをひとつ取り、コーヒーに混ぜていく。
向かいではどこか憂いを帯びた感じでコーヒーにミルクを入れる咲のお姉さんがいた。
普段周りにいる女性陣が絶対にしないようなその表情はちょっとドキッとする。


照「」サラサラサラサラサラ

照「」ドバー


スティックシュガーを5本、ミルクピッチャーに入っていた2人分のミルク全部をコーヒーに投入しているのはちょっと気になるけど。
別に俺は入れないので俺の分のミルクまで使っているのは構わないのだが、甘すぎないのだろうか。
いや、それ以前にあれをコーヒーと呼んでいいのだろうか。カフェオレ? そういえばカフェオレの定義ってなんだろう?


照「」カチャカチャ


コーヒー(?)を混ぜている咲のお姉さんを見ているとふと昔を思い出した。
咲も中学生の時に「京ちゃんが思ってるより私は大人なんだから!」とか強がってブラックコーヒーを勢いよく飲んだ結果、
チョコレートファウンテンの如く口からコーヒーを垂れ流したことがあったな、と。

そんなことを考えていると、俺の視線に気づいたのか、少し顔を伏せたまま口を開いた。


照「今日、来てもらったのは、その……」


そこまで言ってまた口ごもる。
若干の沈黙ののち何か思い悩んだ表情で手元のコーヒーカップに手を伸ばした。
何かを流し込むかのように、咲のお姉さんはコーヒーに口を付けた。


照「熱っ!」


そして、思ったより熱かったのか慌てて口を離し


照「あっ」


勢い余って手まで離し


照「あちちちちちちち!」ガシャーン!


そしてコーヒーは見事に咲のお姉さんの胸のあたりにぶちまけられた。
床に落ちてけたたましい音を立てて割れるコーヒーカップ。
散らばる破片


照「あっつ! あっちゅい!」バタバタ


胸元にこぼれたコーヒーが扱ったのか慌てて胸元をつまみ服を肌から離している。
てんやわんやとはまさにこのことか。
俺は一瞬ポカンとするが慌てて手元のおしぼりを差し出した。
お姉さんはそれを受け取り胸元のコーヒーのシミを必死にこすり始める。
こするんじゃなくて叩かないといけないんじゃと思っていると仕事の早い店員さんが颯爽と飛んできた。


店員「お客様、大丈夫ですかっ!」

照「すみません、大丈夫です……」

店員「すぐに掃除いたしますので!」

照「本当にすみません……」


俺は店員さんが持ってきてくれたおしぼりで机の上を拭きながら、しみ込んだコーヒーと格闘している咲のお姉さんを見てふと思った。

――この人、間違いなく咲のお姉さんだわ。
――血は争えん。

それと同時にこうも思った。

――こぼれたのが水だったら着けている下着ぐらいは見えたかな。

ほら、思春期真っ盛りだし、これぐらいの下心は許してもらえるよね?

俺は机をおしぼりで拭きながらそんな自己弁護に走っていた。

15分後、落ち着きを取り戻した俺たちは再び向かい合って座っている。
咲のお姉さんの手元にはサービスで用意してくれた新しいコーヒーがある。


照「それで、来てもらった理由は……」


大変シリアスな面持ちをしているが、胸元に広がる大きなコーヒーのシミがぶち壊しにしている。
白糸台の制服が真っ白ということもあり、大変目立っているのが悲劇以外の何物でもない。
何とも微妙なテンションに陥っていた俺だが、次の一言にはさすがに衝撃を受けた。


照「どうしても、謝りたくて。ごめんなさい」


そう言った後、頭を下げられる。
初対面の女性にこうやって頭を下げられる経験などあるわけがない俺は


京太郎「いや、えっ、ちょっと、へっ?」


当然キョドるわけである。
さっきの騒ぎで微妙に店内の注目を浴びてることもあり焦る。
ほら、さっきはあれだけ騒がしかったおば様方がチラチラとこっちを見ながらヒソヒソ話をしている。
そんな俺の返事を待たず、頭を下げたまま畏まり、重い口調で喋り始めた。


照「須賀君が今どういう状況に置かれているか、っていうのは聞いています」

照「私は妹と長く離れて暮らしているから妹がそんなに荒れてるなんて知らなくて……」

照「昔は気弱だったあの子がどうしてそうなっちゃったかはわからないけど」

照「でも……私が、近くに居たら止められたかもしれない。だけど、それが、出来なくて……」

照「だから、ごめんなさい」


下げた頭をさらに深く下げ、年下の俺に妙に丁寧だが絞り出すような謝罪の声を出すお姉さん。
ここまで言われて俺はようやく理解した。


京太郎「(姉として、妹の行いを謝罪してくれてるってことでいいんだよな)」

京太郎「(……すごく仲が悪いとか、確執があるのかとか勘ぐってたけど、そうでもないのか?)」


そうだとしたらそれはそれで大変喜ばしいことなのだが、そもそも謝る原因が大きな誤解だというのが大問題である。とんだ謝り損だ。
どう訂正したものかと頭を悩ませているとお姉さんはとんでもない右ストレートを繰り出していた。


照「その、私にできることは何でもします。だから……」


ん?
何でもする。
何でもすると言いましたよこのお姉さん。
恐らくはお姉さんとしては、現在の問題を解決するために何でもするっていう意味だろうけど、言っちゃったよ。
性に目覚め、色を知り、一番肉に飢えているこの年代の男の子に何でもすると仰いましたよ。
食事のシーンに定評がある某漫画でも言ってたよね、『強くなりたければ喰らえ』って。
つまり、わかるな?

和が知ったら斬刑に処された後、諏訪大社に必勝祈願の贄として捧げられそうなことを考えること10秒。
俺は脳内に繰り広げられたR-18劇場を若干名残惜しさを残しながら幕を下ろした。


京太郎「頭を上げてください。その、誤解なんですよ!」

照「……えっ?」


頭を下げ続けていたお姉さんはようやく頭を上げてキョトーンとした顔で俺を見てくる。
俺自身、この状況を誰かに面と向かって釈明するのは初めてなので若干混乱していたが、これまでのあらましを話した。

あくまで誤解であり、別に俺自身は虐げられてはいないということ。
せいぜいほかの学校でも下っ端がやるようなことをやっているにすぎないこと。
まぁ、多少からかわれることはあるけど苛められているとか、そういうことはないこと。
ほかのメンバーも別に北○の拳の登場人物やヤクザみたいなそれではなく、いたって普通の女の子であること。
むしろ彼女たちのおかげで俺は楽しく過ごせていること。
たっぷり20分ほどかけて、俺自身なんて説明するべきか若干悩みながらも説いていった。


照「……なるほど、言われてみれば確かにおかしい」

京太郎「よかったです、わかってもらえて」

照「咲が悪魔合体をして人修羅になったとか、冷静に考えればありえない」

京太郎「長野はボルテクス界ではありませんし、アマラ経絡とも繋がっていません」

照「須賀君もオリジナルはもう死んでいて実は3人目だっていう噂もありえない」

京太郎「生憎と人造人間のパイロットでもなければ電光機関の使い手でもないです」


どっかで聞いた設定だが、大方騒ぎに便乗した愉快犯が書き込んだのだろう。
現在流れている噂の9割方がそうだけれども。
と言うより、何故明らかにおかしい噂を信じちゃったのだろうか。


照「でも、よかった」

京太郎「えっ?」

照「さっきの須賀君の話を聞いて思ったけど……咲、みんなで仲良く、楽しくやってるんだ」

京太郎「はい、それは保証します」


中学時代は殻にこもりがちだったアイツが最近は社交的になった。
笑った顔を見る機会だって増えた。
そう考えると麻雀部に誘った俺としても誇らしいものがあり、胸を張ってそう答えられた。


照「須賀君のおかげかな?」

京太郎「俺だけじゃないですよ。ほかのメンバーや、他校のライバルたちのおかげですよ」

照「それでも、ね。ありがとう、須賀君」ニコッ

京太郎「(うぉ……)」


あまり感情の起伏が大きくない人なのか、ほんの口元が笑ったぐらいだったけど、今日初めて見たその笑顔にちょっと落ちかけた。
危なかった、服に広がるコーヒーのシミがなければ即死だった。


照「」モグモグ

京太郎「えーっと、宮永さん?」

照「照でいい」モグモグ

京太郎「じゃあ……照さん」

照「何?」モグモグ

京太郎「ほっぺたにクリームが」

照「」ゴシゴシ


誤解も解け、ひと段落したタイミングで俺たちは現在ホットケーキをつついている。
クリームとブルーベリーソースがかかったそれはなかなかに美味である。
どうやらこの喫茶店の一押しメニューらしく、照さんが奢るから食べたいと訴えたため、相伴にあずかっている。
本当はさっさと会場に向かうべきなのだろうが……。


照「それにしても、そんな噂が広まってるとなると、やりにくくない?」モグモグ

京太郎「はい。遠巻きから見られて白い目で見られるし、対局している人たちは怯えてるし……」


1、2回戦の阿鼻叫喚っぷりを思い出すと思わずため息が出る。
出場メンバーでもない俺ですらこんな始末だから、女性陣の心労はいかほどか。


京太郎「最初は放っておけば沈静化すると思ってたんですけど、なかなか……。少なくともこの大会中は消えそうにないですね」

照「うーん」モグモグ

京太郎「弁解しようにもネットに否定意見書いたところでほかの多数意見に流されて終わりですし、
       かと言って参加者全員に一人一人釈明するのは無理ですし」

照「なるほど」モグモグ

京太郎「いろいろ部内でも考えたんですけど正直お手上げ状態で」

照「」モグモグ

京太郎「それで……」

照「」モグモグ

京太郎「……」

照「」モグモグ

京太郎「……美味しいですか?」

照「うん」モグモグ


聞いているのかホットケーキに夢中なのかよくわからない照さんは一応返事を返してくれる。
白糸台のレギュラーというのはマイペースな人間しかなれないという決まりがあるのだろうか。


照「わかった」


俺が雀力と性格の因果関係について考えていると、ホットケーキを食べ終えて表情は変わらないけど
心なしか満足そうな照さんが口を開いた。


照「正直、私もどうすればいいかわからない。だから私も帰って皆に相談してみる」

京太郎「皆って……」

照「うちのメンバー。ちょうどこの後Bブロックの観戦とミーティングだし」

京太郎「おぉ……」


天下の白糸台のメンバーが解決案を考えてくれるというのか。なんと豪華な。
レギュラーの中の約1名は全くアテにならないが気になるけど、まぁ、それはそれだ。


京太郎「でも、いいんですか? こんな面倒なこと」

照「うちは準決勝終わったから少し時間がある。それに……」

京太郎「それに?」


照さんは少し思い悩むような表情を見せる。
俺は残り1切れになった最後のホットケーキを口に含んでコーヒーで流し込みながら、返答を待った。


照「私は、咲のお姉ちゃんだから。それじゃ理由にならない?」

京太郎「……いえ」


その一言が聞けただけで、少し胸のつかえが取れた気がした。
ここ最近微妙な話ばかり聞いていたので余計にうれしく感じる。


照「ただ、このことは咲には黙っておいて」

京太郎「それはいいですけど……。ただ、その、ちょっとお願いが」

照「?」

京太郎「二人の間に何があったかはわからないですけど……よかったら咲が東京にいる間に、会ってやってくれませんか?」

照「……」

京太郎「咲、口には出しませんけど寂しがってます」

照「……うん」

京太郎「大きなお世話ってのはわかってます。何様だっていうのもわかっています。だけど……お願いします」

照「……わかった」


頭を下げた俺に照さんが返事をしてくれるまでに少し間があったが、肯定の返事が聞けたことにほっと胸を撫で下ろした。
大きなお世話だったかもしれないし、これが火種でまた争うことになってしまうかもしれない。
だけど知らんぷりを決め込むよりはずっとずっとマシなはずだ。
渡りに船とばかりに勢いで言ってしまったが、後悔はない。


照「じゃあ、また私から連絡するから、番号だけ」


そう言って照さんは携帯を取り出す。
妹はいまだに持っていない携帯だが、さすがに都会人は格が違った。
それにしもて、全国に行ったら女の子の知り合い増えるかなーと若干妄想じみた期待をしていたが、まさか叶うとは思わなかった。
色っぽい何かではないけれども、まぁ、それはそれだ。


照「じゃあ、行こうか。そろそろ時間でしょ?」

京太郎「あ、そうですね。そろそろいかないと不味いです」


時間を確認すると大会開始までにもうあまり時間がなかった。
さすがにこれ以上遅れると部長に叱られてしまう。


照「ここは私が」

京太郎「悪いですよ、そんなの」


いくら友人のお姉さんとは言え、会ったばかりの人に奢られるのもどうなのだろう。
そう思い、伝票を持って立ち上がった照さんを慌てて追いかける。
すると照さんは振り返って若干ふんぞり返る感じで口を開いた。


照「いいから、先輩に任せて」フンス


ちょっとドヤ顔というか偉そうな顔というか、その表情が俺に対して偉ぶるときの咲に本当にそっくりで思わず軽く笑ってしまう。
しかたない、ここはおとなしく奢られておこう。
恐らく妹と一緒で、ここでさらに抵抗するとヘソを曲げてしまうだろう。
そう結論付けて俺は照さんにご馳走様です、とだけ伝えた。
そう言うと照さんは満足そうに伝票をレジのお姉さんに差し出した。


店員「お会計2400円です」

照「」ポケットゴソゴソ

照「」カバンゴソゴソ

照「」ポケットパンパン

照「」カバンバサバサ

照「」

照「財布忘れた」

京太郎「……」

照「……」

京太郎「……払っときます」

照「……ごめんね」

京太郎「いいですよ、(妹さんで)慣れてますし」


あの妹にしてこの姉有。
1時間にも満たない逢瀬だったのに、俺内カテゴリにおける照さんのランクが『年上の綺麗な女性』からグーンと下がり
『ポンコツ』(現在のところ咲のみ該当)に落ちて行ったのが悲しい。
現実の非情さと財布へのダメージに俺は涙を禁じ得なかった。



(白糸台控室)

照「遅れてごめん」ガチャ

菫「遅いぞ、照……ん?」

淡「テルー、なんで冬服着てるの? 暑くない?」

照「暑い。けど、コーヒーこぼして制服の替えがなくなったから……」ダラダラ

菫「……昨日カレーこぼしたばっかりだろ」

尭深「一昨日はチョココロネのチョコレートこぼしてましたね」

誠子「つまり全部クリーニングに出したから着替えがなくなったってわけですか」

照「そういうこと」

尭深「(この人は社会に出てちゃんとやっていけるんでしょうか……)」

淡「そう言えば、清澄の須賀、だっけ? 会ってきたんでしょ? どうだった?」

菫「お、おい。聞いてないぞ。昨日の今日で会ってきたのか!?」

尭深「だ、大丈夫でしたか?」

照「うん、何も問題なかった。と言うか……」



(説明中)


誠子「つまり」

淡「すべて誤解だったってこと?」

照「そう」

誠子「現実的に考えておかしい噂もありましたけど、もろもろひっくるめて全て嘘っぱちだったってことですか」

照「そうらしい。ひどい扱いの目撃証言もあくまで仲間同士でのじゃれあいレベルで
   須賀君も別に怒ってるとかそういう認識はなかった」

菫「そうだったのか……」

尭深「まぁ、冷静に考えれば現実的にありえない話が多かったですし……」

菫「(ん、と言うことは……)」

――前話より――

菫『わかってる。別に後悔をしているわけではない。……だけど、踏みつけるのではなく、それを背負っていくことはできるはずだ』

菫『……さっきの発言を撤回する。ちょっと踏み込んだことを言うぞ?」

菫『妹なんだろう?』

菫『姉として、家族として、できることがあるんじゃないか? 止めてやることも、できるんじゃないか』

――回想終わり――

菫「(あああああああああああああああああ!)」

菫「(は、恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいい!)」

菫「(『妹なんだろう(キリッ』だってああああああああああああああああああああああ!)」

菫「(誰か私を殺せえええええええええええええええ!)」

誠子「先輩は何をもがいてるんだ?」

尭深「さぁ……?」


(5分後)

菫「で、だ。私たちに知恵を出してほしいと?」

照「うん」

誠子「でも、解決案って言われても……」

菫「部として付き合いのある、知り合いの記者に取り上げてもらうか? いや、面白おかしく扱われるのがオチか」

尭深「そう言う意味だと、下世話な雑誌とかにこの騒ぎが取り上げられると取り返しがつかないかも……」

菫「決勝で戦うかもしれない相手だ。できればそういうことは避けたいな」

誠子「やっぱり、一度広まった噂を鎮めるっていうのはなかなか……」

一同「うーん」

淡「へー、阿智賀の監督にプロ復帰の噂ねー。というか元プロだったんだ」パソコンカチカチ

誠子「皆で悩んでるってのに何やってんだ。ほれほれ」ムニムニ

淡「へいじぶぁんみるあいふぁにみへはだへだっへばー(掲示板見る合間に見てただけだってばー)」

照「何を見てたの?」

淡「麻雀関連のニュースに特化したサイト。飛ばしも多いけどなかなか面白いよ」

照「どれどれ……『小鍛冶健夜プロ、熱愛発覚』」カチカチ

尭深「ガセネタですね」

菫「即答はやめてさしあげろ」

照「『咲-saki-第12巻、本日2013年12月25日発売』」カチカチ

淡「皆買おうね!」

尭深「安易なメタネタはちょっと……」

照「『牌のお姉さん。WEBにて麻雀教室の生放送配信決定。新衣装お披露目に期待大』」カチカチ

誠子「荒れそうだなぁ……いろんな意味で」

菫「しかし、淡の言うとおり玉石混合だな。流石ネットと言ったところか」

尭深「あっ」ピコーン

淡「どうしたの? どっかのゲームみたいに頭の上にひらめきの電球マーク出してるけど」

誠子「抜刀ツバメ返し、最後までひらめけなかったなぁ……」トオイメ

菫「なんだその例え……。で、どうした?」

尭深「もしかしたら……この方法ならいけるかもしれません」

照「?」

尭深「かくかくしかじか」


(説明中)


菫「……おい、流石に不味いだろ」

淡「えー面白そうじゃん! 本人に断りを入れれば問題ないでしょ。そう、あれ、毒を持って毒を制す的な」

照「確かに、効果はありそうかも。部員全員を当たれば必要なものは揃えられそう」

誠子「元手もかからないし、まぁ、こっちの負担は少ないか」

菫「本当に上手くいくのか? 私は本人に会ったことないから何とも言えないが」

淡「大丈夫、あいつは何度か会ってるけど、性格上絶対うまくいくって! ね、テルー?」

照「……うん。それは、確かに」

淡「ねー、いいでしょ? 目立つところは私とテルーでやるし」

菫「しかし……」

照「菫」

菫「ん?」

照「お願い」ジッ

菫「うっ……」

照「」ジーッ

淡「」ジーッ

尭深「」ジーッ

誠子「」ジーッ

菫「あー……」

菫「まったく」ハァ

菫「わかった。わかったから、そんな目で見るな。私がまるで悪者じゃないか」

照「よかった、ありがとう菫」

淡「よし、決まりだね! じゃあ、さっそく準備準備ー」タタタッ

誠子「(不安があるとすれば淡が遊び半分だってことか)」

尭深「(大丈夫だよ、きっと、多分、おそらく)」

菫「うーん……」