2 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします saga 2013年01月14日 (月) 20:04:42 ID: fW74j9Sz0

インターハイが終わった。
我らが清澄高校麻雀部は団体戦で優勝。個人戦でも咲と和が好成績を収めた。
それまで俺達に見せていた姿からは想像もつかないほど嬉し涙を流していた部長も引退し、
清澄高校麻雀部は新たに5人で活動を再開することとなる。

……ま、それで俺がどうこうなるわけじゃないだろうけどさ。

拗ねたようにそう呟いてみた。
その考えが大間違いであることを俺こと須賀京太郎が知るのは、わりとすぐ先のことである。


そんなある日の昼休み。
俺は携帯電話のアプリでコンピュータ相手に麻雀を打っている。
咲たちにはなんだか気恥ずかしくて言っていないが、それが麻雀部に入部して以来の俺の日課だ。
コンピュータ相手にメンタンピンを上がって小さくガッツポーズを取ったのを見計らったように、友人が話しかけてきた。

「よう、須賀」

おう。どうした?

「いやな、ここんとこよく、麻雀部について嫌な噂ばっか聞くもんでさ」

……は? ウチに?

「ああ。『男子部員は麻雀をする気なんてなくて、女子にセクハラしてる』とか」

んなっ!? 有り得ねえよ!

「わかってら。あと、逆に『女子部員が唯一の男子部員を奴隷扱いしてこき使ってる』とかな」

奴隷扱いって……ものは言いようってやつか?

「お前に限ってそんなことないとは思うけど、全国レベルの部活で女子5人に男子1人となればそういう噂とかも出てきて当然だろ」

そっか。そうだよな。気を付けないとな。
咲たちが変わらないもんだから深く考えたことはなかったけど、全国優勝した部に男子が1人だけ混じってるって結構スキャンダラスだよな。
……俺、今のまま麻雀部にいていいのかな?
芽生えた疑問に答えを出してくれる人などいるわけもなく、午後の授業の予鈴が鳴った。

3 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします saga 2013年01月14日 (月) 20:05:33 ID: fW74j9Sz0

放課後。
大会が終わったばかりということでしばらくは部活も自由参加ということになるらしい。
だからといって今も部内最弱の名を欲しいままにしている俺が部活に参加しなくていい道理はないんだけど、
部長が引退してなお女子部員は4名、つまり麻雀を打つのに十分な人数が揃っている。
俺が行ってもあぶれるだけだし、欠員が出てたとしても俺じゃ弱すぎて練習相手にもならないだろう。

そんなわけでここのところ、部活には顔を出していない。
今日も一人寂しく帰ろうかと思ったが、咲につかまった。

「ねえ、京ちゃん」

どうした、咲……俺もう帰ろうと思ってたんだけど。

「京ちゃん、最近部活に来ないじゃない。一緒に行こうよ」

あー……分かったよ、うん。
咲も和も優希もあんまり噂の類に明るいとは思えないし、そういう噂が流れてるってことは伝えとくべきだよな。


「はあ? なんですかその根も葉もない噂は……馬鹿馬鹿しい」

そりゃ、俺だってそう思うけどな。有名税みたいなもんだろ。

「言いたい奴には言わせとけばいいんだじぇ」

そうもいかないだろ……俺だけならともかく、お前らまで悪者扱いされてるんだぞ。

「うむ。そういう噂が流れておるのは知っとったが、そこまで尾ひれがついとったとはな」

流石に、何かしらの対策を取らなきゃいけないと思うんですよ。新部長。

「新部長はやめいと言っておるじゃろう」

すいません、染谷先輩。
ともあれ、このまま放置してはおけないのも事実でしょう。
かといって下手に弁明しても却って逆効果な気もするし……どうすればいいんだろうな。

「……言いにくいのですが、一番手っ取り早いのは須賀君が麻雀部をやめることでしょうね」

「の、和ちゃん!」

「流石にそれは酷いじぇ!」

「分かってます。須賀君だって麻雀部の大切な一員なんです……最悪の場合、と考えてください」

大切……か。和にそう言ってもらえると嬉しいぜ。でも実際、どうするんだよ。

「シカトしておけばええんじゃ。根も葉もない噂なんかすぐに飽きられるじゃろ」

そういうもんなんですかねえ。

4 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします saga 2013年01月14日 (月) 20:06:42 ID: fW74j9Sz0

しかし、染谷先輩の考えは甘すぎたと言わざるを得ないようだ。
全国大会が終わってから一ヶ月、俺たち麻雀部に対する風当たりは最悪と言っていいレベルに達していた。
どう考えてもそれは有り得ないだろうというような噂が飛び交っていて、俺や染谷先輩は時折嫌がらせを受ける羽目になっている。
こないだ下駄箱を開けたら、まあ、およそ「咲に近づくな」というような内容の手紙がごっそりと入っていた。
染谷先輩にも、だいたい同じようなことが起きているらしい。

咲たち1年生組はそういった悪意ある噂に対して無視を貫き通しているが、みんな最近元気がなくなってきたように感じる。
嫌がらせを受けている染谷先輩もなんだか疲れが溜まっているみたいだし、本当にどうにかしないと……。
そう思っていた矢先の、出来事だった。
俺が友人とともに学食へ向かおうとしていたときのこと。

「――そういえば、ウチの麻雀部さぁ」

「あー、聞いてる聞いてる。確か……」

……まただ。
はいはい、噂噂。気にしちゃいけない。

「片岡さんが……宮永さんとか……」

「染谷さんが……で、あー、あと部長の竹井さんは……」

「……あ、原村さんが実はレズで、邪魔な男子部員を虐めてるなんて話も――」

俺が我慢できたのはそこまでだった。
もはや何を考えることも出来ずにその女子生徒に殴りかかり、友人に制止され、騒ぎを聞きつけた先生が駆け寄ってきて――
その後のことは、よく覚えていない。

「てめぇら好き勝手言ってんじゃねぇぞ! 和が、咲が、皆がどれだけ真剣に麻雀に取り組んでるかもわかってねぇくせに!」

「放せ、放せよっ! くそっ、てめぇら……ふざけんなよっ! 俺は……俺はなぁ!!」

ただ、玩具を奪われた幼児のように、ずっと喚き散らしていたような気がする。

5 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします saga 2013年01月14日 (月) 20:07:34 ID: fW74j9Sz0



……結果として、俺は一週間の謹慎ということになった。
それなりに体格のいい俺が女子生徒を殴り倒したにしては処分が軽い気もするが、
麻雀部に関するよくない噂が流れている現状は先生側も憂いていたようで、情状酌量の余地あり、ということになったらしい。

13 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/15(火) 21:26:35.04 ID:9weSZbI80
須賀君が謹慎処分を受けた、らしい。
なんでも麻雀部の噂をしていた女子に、逆上して殴りかかったとか。
私達のために怒ってくれたその気持ちは素直に嬉しいですけれど、それで謹慎になっていては世話がない、と思います。

……だいいち、須賀君は私達のことを気にする前に、もっと麻雀の勉強をするべきでしょう。
部活のときだって私の、その、胸にばかり視線が来ているような気がしますし……。

「あ、和ちゃん!」

あら、咲さん。どうかしましたか?

「えっと、京ちゃんしばらく学校来れないから……ノートとか届けてあげようと思ったんだけど、用が出来ちゃって」

それくらいなら私が届けておきますよ。

「ごめんね、和ちゃん。今度一緒に喫茶店にでも行こうね!」

楽しみにしておきますね。
……さて、それでは行きますか……って、私、須賀君の家知らないですね。
待ってください、咲さーん。


さて、咲さんに須賀君の家の住所は聞きましたし、気を取り直して出発です。
授業のノートや配布されたプリントを届けるとのことですが、そういえば須賀君って成績のほうはどうなんでしょう。

というか、よく考えてみると私、須賀君のこと全く知りませんね。
まあ、構いませんけれど。

よしなしごとに思いを馳せながら歩を進め、咲さんに聞いた通りの住所を目指す。
着いた先はごく普通の一軒家。呼び鈴を鳴らすと、目的の須賀君が姿を現した。

「あれっ、和? どうしたんだ?」

こんにちは、須賀君。咲さんが授業のノートを取ってくれていたそうですよ。
咲さんは都合が悪かったそうなので、私が届けに来ました。

「お、そうなのか。また咲には礼を言っとかないとな」

そうですね。それでは、失礼します。

「いやいや、女の子が物届けてくれたのをただで返したら母さんに怒鳴られちまう。茶菓子とかあったはずだから、寄ってってくれよ」

はあ。まあ、構いませんが……。

15 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/15(火) 21:27:19.37 ID:9weSZbI80
そんなわけで、須賀君の家にお邪魔することになったわけですが。
正直、よく話をする関係だとかそういうわけでもないし、なんというか、気まずいですね。

手持無沙汰に須賀君の家のリビングのソファに腰かけていると、少し遠くからピロリンと電子音。
須賀君? 何か鳴ってますけど、大丈夫なんですか?

「ん? あ、ネト麻やってたんだ! しまった、放っといたから……」

ネト麻、ですか。丁度いいですし、よかったらアドバイスしましょうか?

「マジで? なんか悪いな……」

いえ。こちらこそ、春から夏にかけては麻雀初心者の部員に対して不親切だったかな、と思いまして。

「そうかな? そんなことないと思うけど……」

お気になさらず。
……そう、実際、不親切だったのでしょう。

高校生の部活なのだから、そこは初心者が麻雀を好きになれるような環境であるべきなのに、
須賀君はほとんど雑用としてしか麻雀部にいられなかった。そのことは素直に申し訳なく思っていますし、
真面目に麻雀を強くなりたいと思っている人には、私だって相応の態度で臨みたいですからね。


「っと、じゃあここは……これを捨てりゃいいわけか」

そうですね。そのほうが、有効牌が多くなりますから。

「お、そう言ってたら本当に来たぜ! リーチだ!」

……あれれ。
部では全く麻雀の練習をする暇もないようでしたからもっと基礎から教えることになるのかと思っていましたが、
案外、そこそこ出来ているじゃありませんか。今までずっと、我流で頑張ってきたんでしょうか?

よく見ると本棚に麻雀の教本がありますし……むう、なんだか本当に今までのことが申し訳なくなってきました。

「……ん? どこか間違っちまってたか?」

いえ、大丈夫ですよ。思ったよりもよく出来てると思います。
この調子なら、来年はいい所まで勝ち上がれるんじゃないですか?

「へへ、そうだったら嬉しいな。いやでも、和に教えてもらったらなんかすげー調子いいや。これなら毎日教えてもらいたいくらいだ」

ふむ……それなら、ネト麻で出来ますよ。牌譜の確認もネト麻のほうが楽ですし、今晩から始めましょうか?

「いいのか? なんかホント悪いなぁ」

構いませんよ。人に教えるには自分がそれ以上に理解している必要がありますから……復習は、大事ですからね。
どんな基本だって、学んで学びすぎるということはないんです。

「ほー。そんなもんなんだなー」

16 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/15(火) 21:28:04.40 ID:9weSZbI80
と、まあそんなわけでネト麻で須賀君への麻雀指導を始めたわけですが。
いやいや本当に、飲み込みが早くて驚きです。これなら、ちゃんと教えてあげていればインターハイでもいい成績を残せたでしょうに。

『そうかな? 褒めてもらえるのは嬉しいけど』

というより、こちらの想定ラインが低すぎたのかもしれません。
雑用ばかりさせられていたから、もっと出来ていないものだと思っていたのですが。

『龍門渕のとこの執事さんにちょこちょこ教えてもらってたからなー。あの人すげーよ』

はあ。まあ、謹慎明けを楽しみにしていますよ。

『おー、ありがとな!』


チャットが切れたのを確認し、パソコンの電源を落とす。
……和が、こんな親身になって麻雀を教えてくれるなんてな。

案外、謹慎も悪くないのかもしれないぜ。なんて言ったら和に怒られるかな?
ともあれやっぱり、麻雀は楽しい。上達の具合が自分で感じられれば、尚更だ。

……ほんと、来年は勝ちてえな。

そう、俺が強ければ。
俺が、周りに揶揄されるほど弱くなければ。
麻雀部の皆が疎まれることもなかったはずなんだ。

雑用をさせられていたことなんて言い訳になるはずがない。
ハギヨシさんに指導は受けていた。
ネト麻でも、携帯のアプリでも、自分なりに経験は積んでいた。

それで負けたんだから、それは俺の責任なんだ。
つまり、麻雀部の皆が受けている僻みや妬みは、俺のせいということだ。

……あー、もう、嫌になる。絶対見返してやるからな。

何を見返すんだという話だが、うん。
ぜってー強くなってやる! とりあえず、せめて、優希の奴から直撃取れるくらいにはな!

25 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/16(水) 20:45:50.71 ID:DPlNvRxn0
そんなわけで、謹慎期間終了。
原因が原因ということで友人たちの反応が随分アレだったがめげない。
めげないもん。

「京ちゃん、久しぶりー」

おー、咲か。謹慎の間、ノートありがとな。

「届けてくれたのは和ちゃんだけどね。ちゃんと和ちゃんにもお礼言った?」

おうよ。しかもなんか麻雀まで教えてくれることになってな。
いやぁラッキーラッキー。せっかくだから久しぶりに部活にも顔出そうかな。

「む。まあ部活に出てくれるのは嬉しいけどさ」

ははは、まあとりあえず昼飯食いに行こうぜ。
学食に新メニュー入ったって聞いたんだけどマジ?

「あーうん、またレディースランチだね」

おー。咲さんまた今回もお願いします!

「分かってるよ、もう」

うおお、ほんと美味いじゃんこの新メニュー! いやあ、咲様々ですな。

「もう、調子いいんだから……」

ふー。食った食った、午後の授業も頑張りますかー。

「全く京ちゃんったら。ふふっ」


美味いものを食ったおかげで午後の授業もそこそこ快調。
人の噂もなんとやらということで友人との仲もそれなりに回復したところで部室へ。

「おう、久しぶりじゃのう京太郎」

ういっす、この度はご迷惑おかけしましたっす。

「全くじゃ。お前さんの謹慎が決まったときは、それはもう酷いものじゃったからなあ」

うっ……。

「ま、お前さんがあれだけ怒るからには、結局噂は噂でしかなかったんじゃろうということになったらしいが」

そ、そうですか……まあ、怪我の功名ってことで……。

「良くないじぇ! お前、まかり間違って退学にでもなってたらどうするつもりだったんだじぇ!」

それを聞かないでくれ優希。そもそもそんなこと考える余裕があったら女子に殴りかかったりしない。
もう俺のことはいいだろ、いいってことにしてください。お願いだから。そんなことより麻雀やろうぜ。

「……ま、いいじゃろ。和と特訓したそうじゃな、成果を見せてみろ」

うっす!

26 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/16(水) 20:46:48.28 ID:DPlNvRxn0
というわけで俺は席に着く。
……あれ、俺がこうして部室で対局に混じるのっていつぶりだっけ……?
ええい、気にするな気にするな。気にしたら負けだ。

相手は上家に和、対面に咲、下家に優希。成果を見るということで染谷先輩は俺の後ろに。
さあて、頑張るか!


「……ふむ。リーチ」

う、和に先行されたか……おっ、でも俺もこのツモで聴牌だな。
幸い、不要牌も現物で待ちもいい。となれば……とおらばリーチッ!


「カン、もいっこ――」

待ったっ、ロン! それ槍槓だ!


「むむ……東場が終わっちゃったから力が出ないじぇ……」

優希、それロンだっ!


……とまあ、格好良かったところだけ抜き出してみたけど。結果はいつも通り最下位でしたとさ。
だけど、三位の優希と1500点差と、今までにない程詰め寄れたのも確かだ。

「ふむ。なかなか頑張ったみたいじゃけど……まだまだじゃな、京太郎」

ぐぬぅ。分かってますよ、染谷先輩……。

「でも、確かに進歩はしちょる。こりゃ来年が楽しみじゃのう?」

お、マジっすか。和も褒めてくれましたし、こりゃやる気が出るってもんだなあ。
よーしもう半荘打つぞー! 相手頼むぜ!

「かかってくるじぇ!」

「頑張りましょう」

「今度も負けないよ!」

27 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/16(水) 20:47:29.48 ID:DPlNvRxn0
とまあ、相手を変えつつ時には見る側に回りつつ、何度か打ってはみたものの。
結局、めぼしい結果といえばたまたま裏が乗った跳満を優希にぶち当てて三位になったのが一回だけだった。
まだまだ、全国で活躍する皆には程遠いということだろうな。悔しい。

「よし、今日はそろそろ終わりにするけえ、帰る準備始めんさい」

だーっ、悔しいなあ。いっぺんくらい一位になってみたいもんだぜ。

「十分進歩はしてますよ。次の大会は頑張ってくださいね」

お、和。ほんとありがとな、色々教えてくれてさ。
そーだ、謹慎で迷惑もかけたことだし、お礼も兼ねてなんか食いにいかないか?

「タコスがいいじぇ!」

お前には言ってない。いや、別に咲たちもってんなら構わないけど、タコスは却下。

「いいの?」

迷惑かけたのは事実だからなー。
日頃のお礼も兼ねてってことで。

「礼を言うべきは、雑用を押しつけとったこっちなんじゃがのう」

気にしない気にしない。
ラーメンでいいっすよね?
んじゃ、行きますかー。


「んー、たまにはタコス以外もいいじぇ~」

そーだろそーだろ。今度俺が麻雀で勝ったら奢れ。

「ふん、一回順位で上に立ったからって調子に乗るんじゃないじぇ!」

手厳しいこった。
咲はどうだ、美味いか?

「うん。こうして皆で食べるもの楽しいね」

そだなー。今度は部長、じゃなかった竹井先輩も都合のいい日に皆で出かけるか。
にしてもどうよ、俺ちょっとはマシになってたろ、麻雀。

「うん、びっくりしたよ。でもなんだか違和感があった、かな?」

違和感? なんか間違ってたか?

「うむ、それはわしも感じたな。なんちゅうか、既に持っとる力を使い切れちょらんような……」

なんだそりゃ。俺にもオカルト的なアレがあるとでも言うのかよ。
だとしたらまあラッキーってなもんだけどさ。

「オカルトなんて有り得ません。せっかく順調に伸びてるんですから、須賀君はそんなこと気にせず勉強してればいいんです」

はい、和先生。

36 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/18(金) 19:22:20.14 ID:vsqImmSg0
そんなこんなで色々問題を起こした俺もどうにかこうにか麻雀部に復帰し、
ようやくのこと心機一転、清澄高校麻雀部は再始動した。

幸いと言うかなんと言うか近いうちに大きな大会はないため(というよりそもそも、ウチは部員不足だ)、
部活動では俺の指導にそれなりの時間が割かれることになる。

とは言っても咲や優希が人に麻雀を教えられるわけもなく、染谷先輩は現部長かつ雀荘バイトということで色々忙しいらしく、
結局俺に麻雀を教えてくれるのは和であることが多い。

「須賀君、そこはこちらを選んだほうが……」

「須賀君、この場合は対面から仕掛けが入っているので……」

「須賀君……」

まあそりゃ超高校生級のデジタル雀士である和の指導は厳しくて軽くめげそうになるわけだが、
デジタルであるがゆえに指導の根拠は理解しやすく、自分でも成長を感じやすいのは嬉しい。
ハギヨシさんに教えてもらった時よりも伸びはよく、ネト麻での成績も目に見えて上がっている。

そして――だからこそ、咲たちを今までより遠くに感じてしまう。
麻雀を知ったからこそ。それなりに見れる実力を身につけたからこそ。

……咲たちには到底追いつけないと、思っちまうんだよなー。

「ふむ。でも須賀君、弱かったころは追いつけると思っていたんですか?」

うん? いや……全然。和にこうして教えてもらい始めるまでは追いつける追いつけないの話じゃなくて、
俺と皆の間にどんだけ差があるかも分からなずにただ憧れてたような気がするよ。

「だったらそれも成長なんです。彼我の実力差を知ることは、大事ですから」

んー……理屈としては、分かるけどさ。

「追いつけないわけがないんです。卓上に存在する情報を見切れば、最善手は確実に存在するんですから」

「それに……こうして真剣に努力を積んでいる須賀君が今後もずっと弱いままだなんて、そんなの絶対有り得ません」

そう言って和が優しく微笑んでくれたから、なんだか俺は救われたような気がして。
ガラにもなく心臓がバクバク鳴り止まず、顔は真っ赤になってしまった。

「……須賀君?」

……なんでもないっ。頑張って頑張って頑張りまくって、いつか和にだって追いついてやるって決心してただけだよっ。

「ふふ、頑張ってくださいね」

ああ、もう……どうしてそんなに、俺に期待してくれるかなあ。
泣きそうになる。叫びそうになる。体が震える。――和とこうして一緒に麻雀を出来るというだけで、俺はいくらでも喜べてしまう。

「さて、今日はこれで切り上げましょうか」

うぃっす。
あ、そうだ和。帰り、ちょっと付き合ってくんね?

37 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/18(金) 19:22:54.12 ID:vsqImmSg0
心臓をバクバク言わせながらやっとの思いで和を誘って街に繰り出す。
こうして二人で並んで歩いてるだけでえも言われぬ幸せを感じてしまうあたり、俺ももう駄目かも分からんね。

「須賀君、どこに向かってるんですか?」

ん? いやぁ、ここんとこ和には世話になりっぱなしだからな。
俺なりの日頃のお礼ってヤツ、かな?

「わぁ、エトペン……!」

和に何か少しでもお返しがしたくて、暇なときに街を練り歩いていて見つけた街の片隅のファンシーショップ。
そこには和が大好きなエトペンのキーホルダーやストラップが所狭しと並べられていた。

プレゼントとして和にこの中から一つ買ってあげて、んで自分も同じのを買ってプチお揃いにしよう、
なんて思春期のオトコノコらしい痩せた考えをしてる次第です、はい。

財布事情があるから何個もとは言えねーけど、好きなの一個選んでくれよ。
さっきも言ったけど、日頃のお礼ってことでさ。

「わあ、わあ……! あ、ありがとうございます須賀君……!」

……なんだよもう! この和、超可愛いんですけど!
よ、よーしじゃあ俺も同じの買うぞー。

「同じのですか?」

お、おー。和のエトペンパワーにあやかりたいってなもんさ。
ほら、和って試合にエトペン持ってくだろ?

「ふふっ、試合にキーホルダー持っていくんですか?」

ポケットの中にでも忍ばせておくさ。
……よし! 怪しまれずに買えたぞ、お揃いのエトペン!
我ながら女々しいことをやってる気がするけど……思春期のオトコノコは難しいんだよ。

38 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/18(金) 19:23:57.05 ID:vsqImmSg0
そんなこんなで、和に麻雀を教わっては時たま勇気を振り絞って色々遊びに誘ってみる日々が続く。

こないだは一緒にファーストフードを食べたな。ハンバーガーの剥き方が分からない和が可愛かった。
その前はゲーセンに連れてってみた。エトペンのぬいぐるみをクレーンゲームで取ってあげたときの喜びっぷりが可愛かった。

そんなことを繰り返してるうちに――気付けば、俺は。
俺は――

「もうすぐ私達も進級ですねえ」

……はっ。そ、そうだな。
遂に俺にも後輩が出来るのかー。どうせなら、男子も団体戦に出られる人数を揃えたいな。

「そうですね。そうなったら、須賀君が大将になるんでしょうか」

どうだろうな。俺が大将なんてお飾りもいいところになりそうだけど。
それでも大将・須賀京太郎って響きには憧れるなー。

「お飾りなんて、そんなことありませんよ。ちゃんと須賀君は成長してます」

成長はしてるんだろうけどなー。
練習の相手が全国区のエースどもだからいまいち成果も出ないし、実感が湧かないなぁ。
でも、だからこそ、次のインターハイ予選は楽しみだよ。

「そうですね。私達も、頑張らないと」

ああ、頑張ろうぜ。

「あ、そういえば、須賀君」

ん、どーかしたか?

「はいこれ、誕生日プレゼントです」

お……おう。ありがとう。

「須賀君ったら、いつもシャツで汗や手を拭いたりしてるから……ちゃんとハンカチ使ってください、ね?」

うん、絶対大切に使う……。
……うわぁ、やばい、幸せ。和が俺にプレゼントとか……何これこんな幸せあっていいのか?
夢だったりしないよな? 現実なんだよな?

「ふふっ。それでは、二年生になってもよろしくお願いします」

おう、こちらこそな。
そんな喜びと共に決意を新たに、俺が麻雀を知って遂に一年。
俺達は、二年生になった。

45 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/19(土) 19:21:58.66 ID:YNUxZxmV0
――お。咲も和も優希も同じクラスじゃねえか。
こんな偶然あるものなんだな。これから一年よろしくな、三人とも。

「ええ、よろしくお願いします」

「今日はどうせ午前あがりだから、早く部室に行くじぇ!」

「一年生、何人入ってくれるかなぁ?」

どうだろうなあ。俺が久しぶりに雑用根性発揮して学校中に宣伝チラシ貼り付けてきたから、
それなりの人数は来てくれると思うんだけど……あ、染谷先輩。新入部員、来てましたか?

「おう、丁度ええところにおったわ……すまん、今から外せん用が出来てな。一年生の相手を頼めるか?」

「女子は六人、男子は四人。期待以上の人数が来たからの。逃がすなよ?」


まあ、そんなわけで期待に胸を膨らませつつ俺達は部室に向かった――のだが。

「新入部員の皆、おはようさん。部長は用があって学生議会のほうに顔を出してるそうなので、俺が仕切らせてもらうよ」

……なんで俺が仕切ることになってるんだよ。
いや、分かるけど。咲と優希に仕切りなんて出来るわけないし、和がやるとちょっと堅過ぎて新入りはビビるだろうけどさ。
でも緊張するだろ、そりゃ。

「知ってのとおりウチの女子は去年、団体戦で日本一になりました。しかし男子は俺だけ、女子部員も数が少ない」

「勿論女子部員は連覇を目指していますが、決して君達に厳しい居残り練習や朝練なんかを強要するつもりはありません」

「あくまで麻雀を楽しみ、そのうえで勝利を目指す。それがウチの目標です。あと個人的に男子が四人入ってくれて嬉しいです」

「それでは長話もアレなので、実際に打ってみましょう」

……はー。緊張した。
よし、男子部員集まってくれ。悪いけど自動卓は一つしかないんで、男子はとりあえず手積みな。

「なんか須賀先輩って威厳ないっつーか、アレっすね」

「現時点で既に尻に敷かれてそうな感じしますね」

「こら、先輩に失礼だろっ。すみません先輩」

あー。いいよいいよ、俺が麻雀部の中で一番弱いのは事実だしね。
まあ入部祝いってことで、俺に勝てたら学食の新メニュー奢ってやるよ。

「うっひょー、先輩太っ腹!」

おうおう敬え敬え。
意地でも負けてやんねーけどな。

46 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/19(土) 19:22:32.22 ID:YNUxZxmV0
それポン。――お、ツモだな。ラッキー。
「ぐぬっ・・・…」

「須賀先輩、これで先輩方の中では一番弱いんすか……? リーチ」

まあな。他が化け物すぎるだけとも言えるが。
通らばリーチ。……あ、それロンだ。一発ついたな。

「うえっ! 先輩マジで普通に強いじゃないすか……話が違いますよ」

まあそりゃ、しっかり基礎を覚えてそれに徹すればこれくらいは出来るもんだろ。お前らも和に教えてもらえばいいさ。
……なんて、軽く言っちまったけどそれはそれでなんか妬けるから嫌だな、なんて考える俺がいて。

「あー、そういえば先輩、俺らが入るまで男子一人だったんすよね? 羨ましいなー」

もうそーゆーからかいには慣れたぜ。
んでもってお前らも薄々感づいてるだろーけど、そーゆー羨ましいイベントは一切なかったよ。
あ、それロンな。

「ぐぬぬ……いやでも、あの四人の中で誰が好きとかはあるんじゃないっすか?」

あるよ。あるけどぜってー言わん。
つか言うわけないだろ。

「おもんねー」

「だから先輩に失礼だろがっ。すみませんほんと……」

いやいや、気にすんなって。
あ、それロンな。

「ぐぬぬ」

47 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/19(土) 19:23:08.88 ID:YNUxZxmV0
……と、まあこんな調子でつい新入部員をいびり倒す嫌な先輩になってしまった(学食の新メニューは奢ってやったけど)。
ちょっとは反省するとして、とりあえず一年生は早めに帰宅させて二・三年生だけで再び練習を再開する。

というのも、今日は部長……じゃなくて、竹井先輩が久々に練習に顔を出してくれるというからだ。
流石に今日来たばかりの一年生をOGと会わせて練習もさせてでは可哀相だしね。

「ひっさしぶり~。聞いてるわよ須賀君、最近和とラブラブなんですって?」

ぶはっ!? どうしてそうなった!? 和も固まってるし、あぁもう何言ってるんですか部長!
……じゃなくて、竹井先輩。お久しぶりです。
俺も少しは麻雀部員らしくなれたかなって思ってるんで、せっかくですし対局しません?

「それもいいけど、まずは新入部員ねー。どうだったの? 期待できそうな子はいる?」

「うむ。流石に名の知れとるのは風越やらに流れたようじゃが……ま、今後に期待ってとこかの」

しばらく女子の談義が続く。
その最中、采配の話には入れない咲が話しかけてきた。

「京ちゃん、男子のほうの一年生はどうだった?」

ん? あーまぁ、中学では無名公立校(大会では一回戦負け)のレギュラーでした程度の奴らばっかりかな。
やる気は十分あるみたいだし、初期値でも成長率でも、俺よりもよっぽど上だと思う。

流石に俺じゃ荷が重いから、和と染谷先輩に指導を頼むつもりだよ。
ま、それはそうとして、今年も女子の活躍には期待してるぞ。

そこまで言ったところで、話を終えた竹井先輩と染谷先輩が顔を出してきた。

「今年こそはお前さんにも頑張ってほしいんじゃがのう? 京太郎よ」

「まあまあ、小難しい話はもういいでしょ。須賀君、対局よ!」

うわっ、この先輩いきなり髪結んでおさげにしてやがる。大人げないですよ……。
でもまあ、勿論。和にあれだけ鍛えてもらって一回戦負けじゃ、申し訳なくて部室に入れませんよ。
今年こそは勝ち抜いてみせます!

「ふふ、期待してますからね、須賀君」

おうよ。そいじゃ今日もよろしくお願いします!
今日こそ一位取ってやるから覚悟しとけよっ。

56 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/20(日) 16:22:41.85 ID:OaNq0ZHB0
今日こそ一位取ってやる! からの数十分後。
……やっぱり皆には勝てなかったよ……。

いやぁ、惜しいところまで行ったと思うんだけどなー。
流石に和と先輩二人相手じゃどうにもならねーな。

「むしろよく飛ばなかったもんだじぇ」

「うん。よく粘ってたと思うよ?」

慰めてくれてありがとな、二人とも。うん。
だーっ、でも悔しいなぁ。結局未だに一回も一位になったことねーもんなぁ。

「うーん。須賀君、南場まで集中力が続いてないみたいね」

うん? そんな優希みたいなことがあるわけ……いや、あるのかも。
集中っていうか、対局終わったとき異様に疲れてる気がするし。

「普通に考えて、ド初心者だった須賀君が和の麻雀を半荘ずっと実行し続けられるわけがないわよね」

ぬう。場全体を確認し続けるのは確かにしんどいとは思ってましたけど。
でも、せっかく教えてもらったのにそれを実行できないってのは悔しいっす。

「んー。そうね、須賀君。何かスイッチになるものはない?」

スイッチィ? どーゆー意味っすか?

「要するに気分を切り替えるための何かしら、ね。私が髪を結ぶこととか」

あー、和のエトペンやら染谷先輩の眼鏡やらみたいなもんですか。
咲の靴下とか優希のタコスもそうなのかな?

「そうそう、そんな感じ。ここぞって時に集中力を一段引き上げるための何かがあることは、決してマイナスにはならないわ」

ふむ……。
あ、和とお揃いのエトペンとかいいな。恥ずかしくてとても口には出せねーけど。
よし、もう半荘お願いします。今度こそ勝ってみせます!


――南二局、親は竹井先輩。
今のところ京ちゃんは染谷先輩とほぼ並んで三位。
ここまではさっきとそんなに変わらないけど……。

「……これ、かな?」

「ロン。裏は……乗らず、3900ですね」

ああ、やっぱり。
言われるまで気付かなかったけど、注意深く見ると東場と比べて集中力が落ちてるのが分かる。
打牌にかける時間が全体的に短くなってるし、今の放銃だって、壁が効いてるから準安牌と言える牌が別にあったもん。

「……ふーっ」

点棒を払った後、京ちゃんは一度伸びをして、その後制服の胸のあたりに触れた。
……あれが京ちゃんのスイッチ、なんだろうか。

57 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/20(日) 16:23:40.61 ID:OaNq0ZHB0



――制服の内ポケットに、あの時買った和とお揃いのエトペンキーホルダーが入れてある。
――和。和。和。
――ありがとう。
――俺に麻雀を教えてくれて、本当にありがとう。

――俺は馬鹿だから、それしか言う言葉が見つからないけど。
――俺も、皆と肩を並べて堂々と麻雀部員を名乗れるようになりたいから。
――ここで、勝ってみせる……!

――きゅ、と軽く制服の上からキーホルダーを握り締める。

――集中力がなにかの一線を越えたのが、自分で理解できた。



58 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/20(日) 16:25:28.07 ID:OaNq0ZHB0
『……っ』

見て分かるほどに京ちゃんの雰囲気が変わった。
それによってどんな変化が起こるのかは分からないけど……。
とにかく、凄まじく集中していることは伝わってくる。

「すーっ……ふーっ……」

皆の息遣いが聞こえる程静かに、対局は進んでいく。
今のところ京ちゃんに動きはないけど、集中力は東場の時よりも増しているように見える。

「……リーチ」

早い。上達してからも手作りが早いほうではなかった京ちゃんにしては、凄く。
しかもなんだか既視感があるような……。

「……竹井先輩。それロンです」


瞬間。
私は、悪魔のような装束を着て巨大な突撃槍を構えた京ちゃんの姿を見た。
文学少女らしく、それっぽい言葉にするなら……まさに、地獄の番犬。
彼が投げ放った突撃槍は部長の頬を掠め――大地へと突き刺さる。


「リーピン一発三色……裏は乗らず。満貫です」

「……ひゅぅ」

竹井先輩が口笛を吹く。
部室に来たのも久しぶりだから、京ちゃんの上達ぶりに驚いているんだろう。
そしてたぶん、それ以上に、嬉しいんだ。京ちゃんが自分を唸らせるほどの雀士になったことが。

「……続けましょう」

「もっちろん。もう直撃なんて取らせないわよ」


「……流局か。聴牌です」

「同じく、聴牌よ……あーもう、まさか須賀君に完敗しちゃうとはねー」

むしろ久よ、お前さんがやたらと調子を崩しとったように感じたがのう。
京太郎がスイッチ入れてからだいぶ連荘されちょったし、久が一番直撃食らっとったぞ。

「んー、あそこからいつもの悪待ちが全く当たらなくなってねー」

ま、そういうこともあるじゃろ。いつもいつも悪待ちで和了られちゃあたまらんわい。
……で、京太郎? 大丈夫か、死にかけとるが。

「だっはぁああ――……疲れた……」

一気に強うなったのは事実じゃが、そのザマじゃあ試合では使えそうにないのう。
ま、こっちは要練習と。インターハイまでひたすら場数を踏んでもらうからそのつもりで居れよ。

「……うぃす……」

……まあ流石に今日のところは休んでいいぞ。ネト麻するなりわしらの対局を見学するなりしときんさい。
和もとりあえず抜けて、咲と優希が入れ。お前さんらは未だに基礎が出来とらんからのう。

「ええっ!? のどちゃんはともかく今明らかに犬と比べても出来てないって意味を感じたじぇ!?」

「どういうことですかっ!?」

……流石に京太郎が可哀相だとは思わんのか、お前さんらは。
簡単な話じゃ、優希は南場入った途端振り込み過ぎ。現状だと半荘合計すると京太郎に負けとることが多いぞ。
咲は……まあ優希と違って状況に左右されんとはいえ、カンに頼り過ぎじゃ。カンをするために手が遅れとることさえある。

反対に京太郎はここ数ヶ月ほど、基礎一本に絞って練習を積んできとるからのう。和には遠く及ばんとは言え、
今の京太郎はそこらの無名校のレギュラーとは比べものにはならん程度には強いデジタル雀士だと言えるじゃろうな。
たぶん二人とも、ネト麻だと京太郎に負けるぞ。

『ぐぬぬ』

ほれ、練習再開じゃ。

65 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/21(月) 23:08:08.37 ID:BfiqD70k0
皆が練習を再開する。
いやぁ、格好良く宣言してはみたが、本当に一位を取れるとは……。
やばい嬉しい。超嬉しい。物凄く脳が疲れてる実感があるけどそれを補って余りある嬉しさだ。
どうしたってにやけちまうぜ。

「ふふっ、頑張りましたね須賀君」

おー。ようやっとスタートラインに立てたような気分だよ。
ものっそいしんどいけど、でもそれ以上に達成感とか充実感とかそういうのが凄い。

「そうですね。その場限りの運ではなく、自分の知恵を絞って得た勝利にはそれだけの価値がありますから」

うん、今ならよく分かるよそれ。
……ぃよっし、休憩終わりっ! ネト麻やるかー。

「じゃあ、私はそれを見ていましょう」

お、頼むぜ和先生!
よーし和が後ろで見てるとなったら情けない対局は出来ないなー。
もういっちょ頑張ってみるか。


……ふー、なんとか一位か。でも流石に調子が上がんねーな。
もうしばらく休憩していようかな……。

「そうですね。まあ、今後はさっきの打ち筋をいつでも実現できるように頑張ってくださいね」

うぃっす。結局集中力の問題なのかなぁ。
流石に集中するだけでここまで疲労困憊するとは思えないんだけど……。
だからといって俺がオカルトとかそんな摩訶不思議を持ってるとは思えないし。

うーん。

66 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/21(月) 23:08:45.71 ID:BfiqD70k0
うーん。

「どうしたんじゃ、久よ」

いやね、さっきの須賀君。
凄かったのは凄かったんだけど、なーんか違和感があってねー。

「……ほう。何がじゃ?」

いや、須賀君が集中モード入ってから、私だけダダ崩れだったじゃない?
あれだけ須賀君の打ち筋が急変したのに、三人のうち私だけが崩れるってなんでだろうなー、と。

「そりゃ、あんたの戦法が悪待ちで相手に依存しとるからじゃろ。わしも和も、結局は自分がいい手を打つってだけじゃし」

あー、そうかもねー。確かに一回目の対局では須賀君、私に振り込みまくってたし。
だとすると、大明槓からの嶺上とかやらかしちゃう咲も、須賀君とは相性悪かったりするのかしら?

「どうじゃろな。暗槓からでも嶺上はできるけえ、久ほどは影響が出んと思うぞ」

なんか納得がいかないわ。でもこれは私達の予想にすぎないし……。
よし、これは一度打って試すしかないわね!
須賀君、もう一回打つ気なーい?

「……あんた、実は打ちたいだけじゃろ?」

「マジっすか……まあ、東風戦くらいなら」

「東風戦なら私の出番だじぇ!」

あと、須賀君の能力を確かめたいから咲も入って頂戴。
これで面子は私・咲・優希・須賀君ね。東風戦だから順当に行けば須賀君はラスか、いいとこ三位ってとこだろうけど。
もし、私の読みが正しければ――


……おかしい。
嶺上牌が……カン材が、見えない……!?
いや、見えないわけじゃないけど……霞んでて、とても判別出来ない……!

「うー……おかしいじぇ、東場なのに……」

優希ちゃんもなんだか様子がおかしいし。
一体どうなってるの、もう……!

「――ツモだ。2000オールは2200オール」

うぅ、また京ちゃんに和了られちゃった。
おかしいよ、京ちゃんが上手くなってからもここまで極端に京ちゃんの一人浮きはなかったし、
まともにカンが出来ないなんてこともなかったのに。
染谷先輩の言ってた通り、カンに頼らない打ち方もちゃんと出来なきゃ駄目なのかも……。

「咲、それロンだ。3900は4800」

はうっ……うぅ、今回は散々だよ。

67 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/21(月) 23:09:38.76 ID:BfiqD70k0
だぁぁああああぁぁぁぁああぁぁぁぁ-。
もう駄目。頭働かねえ。うぇっぷヤバい気分悪っ、死にそう……。

「……須賀君、大丈夫ですか?」

無理。アレだ、こりゃ用法容量を守ってご使用ください的なアレだな。マジでしんどい。
ごめん、ちょっと休む……ベッド使わせてもらうぞ……。


「うっはぁ、まさかここまでとはね」

先程の対局の結果は須賀君が5万点近くを稼いで断トツの一位。
竹井先輩は比較的粘ったもののいつもの悪待ちは見せず、咲さんとゆーきはなんと焼き鳥。

……二人とも、オカルトじみたことばかり言っているからこうなるんですっ。
でも竹井先輩の言うように、まさか須賀君がここまで成長しているとは思いませんでした。

「でもこれではっきりしたわね、須賀君の能力……いや、いっそのこと、オカルトって言ってもいいかしら」

……だーかーらー。
オカルトなんてありえません。
せっかく須賀君は真面目に麻雀をしているんですから、変なことを吹き込まないでくださいよ?
ここまで基礎をみっちり教えて来て、最近やっと私も納得できる打ち筋を見せてくれるようになってきたのに……。

「ふむふむ、つまり和は須賀君を自分色に染め上げたいと」

なっ、ななななっ、何をっ、何を言ってるんですかもうっ!
や、やめてください! 真面目な話をしてるんですよ!

「安心なさい、和。須賀君の能力は恐らく――」

68 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/21(月) 23:10:04.78 ID:BfiqD70k0



「――オカルト能力の遮断よ」



80 : ◆NZD.UFKqaQTc saga 2013年01月22日 (火) 23:02:31 ID: urwxM6xa0

オカルト能力の、遮断?
……この際オカルトなんて無いとかそういう話は抜きにするにしても、どういうことですか?

「そのままの意味よ。須賀君が集中状態に入ったとき、咲は嶺上開花どころかカンすらまともにできていなかった」

「優希も、東風戦にも関わらず焼き鳥。デジタル打ちの和や自分の記憶を当てにしてるまこに影響が出てないのもそれを裏付けるわね」

……はぁ。オカルトは認めがたいですが……。
ま、まあそういうことなら須賀君自身の打ち筋がオカルトどうこうで乱れることはないし、気にしなくて大丈夫そうですね。

「そーゆーことね。そういえば、和の集中モードはのどっちだから……須賀君の集中モードは京ちゃんになるのかしら?」

……竹井先輩、それこそどうでもいいです。

「京ちゃんモードかぁ。集中してるときはびっくりするくらい冷静になってるのに名前は可愛いんだね」

咲さんも!

「のどちゃんとお揃いとは、京太郎のくせに生意気だじぇ」

ゆーきまでー!!

「和が発熱してるみたいに真っ赤になるのとは逆で京太郎は凄まじく冷静になるがの」

うう、染谷先輩まで……。
もういいです、須賀君なんて知らないです。
練習しましょう、練習!

「それもそうじゃな。よし、現役組、卓につけー」

81 : ◆NZD.UFKqaQTc saga 2013年01月22日 (火) 23:03:08 ID: urwxM6xa0

……ふ、ぁああぁぁ……。
ん、頭楽になった……。
あー、でもマジでしんどい。こりゃ実戦で使うにはまだまだ時間がかかりそうだな。

打ってる間は頭冴えるどころの話じゃないから、すっげえ気分いいんだけど。
自分が自分じゃなくなるというかなんというか……自分でも怖いくらい、冷静に打ち回せる。

ほんの半年前までは何も出来なかった、俺ごときが。

どうしてもテンション上がっちまうし、咲や優希を相手に俺が完全に勝ったなんて今でも信じられない。

これなら。これなら、もしかしたら、俺だってインターハイで活躍できるんじゃないか。

皆と一緒に、俺も晴れ舞台に立てるんじゃないか。皆にも褒めてもらえるんじゃないか。

もう皆の足を引っ張ることなんて無いんじゃないか――そんな、期待をしてしまう。

「あ、須賀君。目が覚めました?」

ん、和か。うん、ばっちりだよ。部活もそろそろ終わりか?

――その期待を実現させるために、明日からも頑張ろう。
そう思いながら俺は和の声に応え、皆に合流するのであった。

82 : ◆NZD.UFKqaQTc saga 2013年01月22日 (火) 23:03:57 ID: urwxM6xa0

「……お、もうこんな時間か。そろそろ帰らんとな」

ん? 本当だ、もうすぐ下校時間じゃねえか。
せっかく竹井先輩もいるんだから、今日も皆で帰りましょうか。

「ああ、須賀君。ちょっと話があるわ」

竹井先輩? どうかしましたか?

「ええ、あなたの打ち筋の話」

はあ。
まあ自分でもよく分かってないんで、色々話は聞きたいですけど。

「ええ、単刀直入に言うわよ――」


はぁ……オカルト能力の遮断、ねえ。
実感が湧かないっつーかよく分からんっつーか、そもそもオカルト能力ってなんなの、って話なんですが。
皆と違って俺はそういう能力持った奴との対局経験が多いわけでもないし……。

「咲のカンを完全に封殺したんだから、相手の打ち筋を妨害するような能力なのは確定でしょ」

あー、まあ確かにそりゃそうなんですけど……。
正直そんなオカルト信じられませんって感じですね。

「SOAならぬSOSだじぇ」

「ゆーき……もうっ」

でもまあ、それなら俺がヘンに打ち筋を変えたりする必要はない……ってことですよね?
咲の槓とか優希の東場とかそういう特別な打ち方が掻き消せるんなら、後には普通の麻雀しか残らないですし。

「いーや、むしろ逆なのよね。そういうオカルトな打ち手は、須賀君が集中モードに入るだけで調子を崩すでしょうけど」

「……和のような格上のデジタル雀士に対して、今の須賀君は無力。それが唯一にして、致命的な弱点よ」

……確かに、それは否定できない。
今日は和も抑えて一位を取れたけど、それは竹井先輩への満貫直撃が大きかったし。

「つまり、デジタル雀士を相手にしたときに須賀君の武器になる『+α』を見つけること……それが今後の課題ね」

  1. α、ねえ。
全く、デジタルな打ち方を覚えるだけでも頭が痛くなるってのに……どう考えてもそれを見つけるのはしんどいって分かるのに……
あー、なんでこんなに楽しみなんでしょうねえ。分かります?
そう聞くと、竹井先輩は満面の笑みを浮かべながらこう答えてくれた。


「そりゃもう、須賀君が雀士として一人前になった証拠よ」

93 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/23(水) 20:35:09.63 ID:slXTqmiv0
「さて一年生、集合。悪いけど、一年生には買い出しなんかの雑用もやってもらうことになる。勿論全投げするつもりはないけどな」

一年生の正式入部からしばらく経った。
技術的な指導は私と染谷先輩が、そして雑用の面での指示は須賀君に一任されている。

まあ、去年は夏までずっと一人で雑用をこなしていたのだから、その引継ぎが彼にしか出来ないのは仕方のない事でしょう。
……手際も良くて、ちょっと格好いいな……なんて、思ったりして。

……はっ!? な、何を考えているんですか私! 練習です、練習!
下級生に雑用をさせておいて上級生がこの様では……!

「咲ちゃん咲ちゃん、のどちゃんが見てて面白いじぇ」

「うん、そうだね」


「よっし。買い出しはお得意さんとか安いとことかも教えたいから、今日はとりあえず男子と女子一人ずつ、俺についてきてくれ」

「了解っす京太郎さん」

「わかりました、須賀先輩」

「そいじゃ行ってくる。染谷先輩、和、後よろしくなー」

あ、はい。わかりました。
では染谷先輩、こちらも練習を始めましょうか。
……咲さんもゆーきも、ブーたれてないで。二人が仕切るのに向いてないのは事実でしょう?

「先輩がたは皆仲がいいんですね」

「見てて飽きないっす」

「こら、先輩に失礼だろ!」

……ああもう、恥ずかしい。
先輩やるのも楽じゃないんですね。

94 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/23(水) 20:36:08.93 ID:slXTqmiv0
「そういえば一年前って、男子の部員は須賀先輩しかいなかったんですよね」

「やっぱり、この中の誰かは京太郎さんのこと好きだったりするんすか?」

対局後、おかしかった点の指摘や指導を一通り終え休憩していると、後輩たちが声をかけてきた。
……やっぱり、そういうのって気になるものなんでしょうか。

「私はほら、幼馴染だから今更そういうのは無いかなー」

咲さんも、律儀に答えなくても……。

「そ、そりゃ私は――って、あれ、答えなくていい感じだじぇ?」

いや、それはそうでしょう。
実際のところがどうであるにせよプライベートのことですし。

「ははっ、そんなに秘密主義だとかえって怪しいぞ、和」

そっ、染谷先輩!? 何言ってるんですか、もう……。
ほらそこ、咲さんもゆーきもニヤニヤしない! 一年生も!

「だって、須賀先輩に麻雀教えたのって原村先輩なんですよね?」

「そりゃフラグ的な何かを期待しますって!」

全くもう……彼が真剣に麻雀を上手くなりたがっているからこちらも真剣に教えているだけで、
彼はあくまで部活仲間でクラスメイト、恋愛的な意味での感情は持ってません! これでいいですか?

「顔真っ赤にしてそれを言われても説得力がないのう」


「……いやー、京太郎さん。入り辛いですね」

あははは……いやぁ、全然事実だし期待してたわけでもないけど、改めて聞くと凹むなあこれ。
ま、買ってきたものまとめなきゃいけないし、勿論練習だってしなきゃいけないからとっとと入ろうぜ。

(……須賀先輩、今の言い方だと原村先輩のこと好きって言ってるようなものだけどいいのかな……?)

買い出し終わりましたー。
後輩ズは今日買い出しに行った二人から、どの店で何を買えばいいか聞いておくようにー。
んでもって男子集合! とりあえず俺が打ちたいから卓に入ってくれー。

「あ、自動卓使っていいですよ須賀君。こっちはしばらく牌譜見たりしてるので」

了解。+αがどうこうもあるけど、兎にも角にも俺は集中モードを長時間使えるようにならなきゃいけないからな。
……本気で行かせてもらうぜ、後輩ども。

「うわっ、京太郎さん大人げねえ!」

「勘弁してくださいよ、こっちの練習にならないじゃないですか!」

安心しろ、なるなる。集中モードの俺は基本的に最善手を打ってるはずだから、
オリるべきところでオリ、押すところで判断を間違えなければそうそう振り込むことはないはずだからな。勝ち目は十分あるさ。
知識面は和と染谷先輩にお願いするとして、お前らはとりあえず俺を相手に実戦経験を積んでもらうぜ。

「ぐぬぬ」

95 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/23(水) 20:36:40.41 ID:slXTqmiv0
――ツモ。裏乗って満貫。
――ロン。4800は5100。
――ロン。3900は4500。
――ツモ。2600オールは2900オール。
――ロン。11600は12800。
……だああぁぁぁぁあああああー……終わりか。ありがとうございましたー。

「京太郎さんマジで大人げねえ!」

「イジメだ! これはれっきとしたイジメだ!」

「ツモはどうしようもないし、お前らは結構振り込まなくていいところで振り込んでるだろ」

「ファッキュー真面目君。何気にお前一度も振り込んでないじゃねえか」

こいつは俺の言った通り、きっちりオリてたからな。うん、上出来だぞ。
……それに俺のほうも、打った後の疲労感はこの前よりマシになってる気がするな。
よし、もう半荘打つか。

「うわっ、京太郎さんいい笑顔!」

「むしろゲス顔!」

……お前ら、飛ばす。
――ツモ、1600、3200。

「うわーっ!」


須賀君、絶好調でしたね。
……代償にというかなんというか、また死にそうになってますけど。
大丈夫ですか?

「おう、和……いやまあ全然大丈夫ではないんだけど、だいぶ長く続けられるようになったぞ」

そうですね。これなら個人戦でも十分戦えるんじゃないでしょうか。
あとは男子の一年生ですけど……流石にインターハイまでに皆が皆強くなる、というのは難しいでしょうね。

「だなー。俺としては出たいけど、団体戦には出ないのも一つの手かもしれない」

去年の須賀君みたいに、自信を失うだけで終わってしまうかもしれませんからね。
難しい事ですが……あ、そうだ。須賀君は聞いてます? 今年も合宿やるらしいですよ。

「お、やるのかー。今年はデカい部屋に一人なんて孤独を味わわずに済むと思うと感慨深いなぁ」

「……ま、男子団体に出るかどうかは合宿での成果次第ってのが妥当なところなのかな?」

それがいいんじゃないでしょうか。
男子の主将は須賀君なんですから、頑張って皆を引っ張ってあげてくださいね。

「うげ、やっぱそうなるか……そうなるよなぁ。頑張るよ、うん」

103 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/24(木) 22:40:15.90 ID:+jcl6oAx0
「今日から二泊三日の麻雀合宿じゃ。皆、インハイ予選に向けてここでみっちり鍛えていきんさい」

染谷先輩が手短に話を済ませ、俺達は早速練習に入る。
後輩たちには負担をかけることになるが、俺はやっぱり団体戦に出たい。

去年の咲達とはまるで訳が違う……俺は竹井先輩みたいにあいつらを率いることは出来ない。
あいつらも、咲や優希みたいなオカルト的な超能力は持ってないごく普通の打ち手でしかない。
条件は限りなく悪いけれど、それでも――

「大会出ないとか、そりゃないっすよ京太郎さん!」

「俺達、足引っ張らないように頑張りますから!」

――こうして、愛すべき後輩どもはついてきてくれるから。
まあ、俺達は俺たちなりに精いっぱい、全力で頑張ってみようと思う。
ぃよっし、頑張るぞ! 麻雀部男子、ファイトーッ!!

「……えっ、そういうノリっすか」

そこはノれよッ!! ノってくれよぉ!!


とりあえずノリの悪い後輩どもを京ちゃんモード(命名:竹井先輩。咲の強い推しにより採用)で蹴散らし、
次に後輩同士が打つのを見て回る。四人が四人、それぞれ特徴はあるもののオカルト的な能力はないあくまでごく普通の高校生雀士。
けれど、俺がオーダーを決めるんだから四人の特徴はちゃんと把握しておかないとな。

「……リーチ!」

真面目なこいつは、多分四人の中では一番上手いだろう。責任感も相当強い。
けれど、他三人に比べると若干気負い過ぎなところがあるのが少し不安だ。
出来れば先鋒や大将には置きたくないな。

「流局か……聴牌です」

こいつは地味ながらも安定した実力を持っていて、振り込みの数が他三人に比べて少ないのが長所。
逆に言うと打ち筋が消極的なところがあり、あまり点数を稼げるタイプではないのが短所といえば短所。
……まあ、強いて言うなら大将は避けたほうがいいかな。

「うげっ、ノーテン……」

「俺もだー。二鳴きでノーテンは辛いわー」

双子のお調子者は、兄が面前型で弟が鳴き型。二人とも調子がいい時はとことんいいのだが、
調子が悪い時はとことん駄目で、しかも一度振り込んだりすると大崩れしてしまうことが多い。
……この二人は、先鋒に置くには心もとないか。となると――

104 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/24(木) 22:40:47.44 ID:+jcl6oAx0
「っつーわけで、ちょっと気が早いっすけど団体戦のオーダー決めました。出来れば練習試合とか組んでほしいっす」

お、京太郎。気合入っとるのう……どれどれ。
ふんふん、まあ無難というかなんというか、問題があるようには思わんが。
強いて言うなら、どうしてお前さんが先鋒なんか、かの?

「そこは消去法っすね。あいつらにいきなり先鋒やらすのは酷かなぁと」

まあ、今のお前さんならどこに置いても問題はないじゃろうな。
和もそうじゃがデジタル打ちが大崩れすることはそうそうないし、後輩にリードで渡してやるほうが良かろうて。

「そういうことっす」

そういえば京太郎よ、久の言っとった+αはどうにかなりそうか?
力になれんのは残念じゃが、こればっかりはお前さん自身が見つけるしかないからのう。

「いやぁ、それがまだ全然……そもそもデジタル打ちを実践するので精一杯で」

……ま、一朝一夕で武器を身につけられても困るからのう。
応援はいくらでもしちゃるけえ、地道に頑張りんさい。

「うぃっす、そいじゃ打ってきますね。……さーて後輩どもー。もう一回俺と打つかー」

「うわぁ、魔王が来た!」

「大松「魔王は咲だろ」」

「ファッキューマッツ」

「ちょっと京ちゃん、それどういう――」

……なんちゅうか、ウチも騒がしくなったもんじゃのう。
ま、勿論……悪い気はせんけどな。


さて。俺にとっての最善の打ち方って、結局なんなんだろう。

去年の夏までは軽くハギヨシさんからレクチャーを受けてたくらいでほとんど我流。今の俺にとってはまるでアテにはならない。
秋からこっち、今もずっと和にレクチャーを受けてるのがデジタル打ち。おかげで実力はついたが、それでは足りない。
今年の春。竹井先輩のアドバイスでオカルトっぽい能力に目覚めたはいいけど。

流石に、『格上のデジタル雀士』じゃあ弱点の範囲として広すぎる。
俺より上手いデジタル派の雀士なんてごまんといるだろうからな。

「んー……ポンで」

「うげ、そんなとこ鳴くのかよ」

……鳴き、か。
案外、着眼点としてはいいのかもしれない。
相手のツモ順をズラしたり、妨害というかなんというか、そういう打ち方。確か龍門渕にそんな人がいた気がする。

例えば和は俺より上手いけど、それでも一切ツモらずに勝つのは無理だもんな。
一度試してみるか。相手……特に上家、対面の妨害を考えよう。

チーならともかくポンなら符も付く。無論デジタル的に有り得ない手は打たないよう気を付けて……。
……っし、それポン。さてどう出るか……。

「須賀先輩、それロンです」

……ぐぬぬ、難しいな。
鳴くってことは当然手牌の選択肢が少なくなるわけで……。
ま、一回打っただけで上手く行くわけがないよな。気長に行くか。

幸いにも、時間はたっぷりあるんだ。数打ちゃ当たるじゃないけれど、みっちり数をこなすしかない。
……よし、それポンだ!

128 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/26(土) 21:09:52.39 ID:gGd+khcM0
とまあ、そんな調子で初日の練習は終了。
鳴きメインの打ち回しはまだまだ要練習だが、方向性としては間違っていない……と思いたい。

ひとまず麻雀のことは忘れて、後輩どもと一緒に温泉へ向かう。練習は勿論、身体を休めることも大事なのである。
京ちゃんモードとかいうクッソ燃費悪い打ち方をする俺にとっては、尚更のこと。

「京太郎さん、結局部の4人の中で誰が好きなんすか-」

しつけぇなおい、そんなに知りたいかよ。
なんかもう呆れを通り越して感心するぞ。

「いやぁ、いつの時代もコイバナからのエロい話は鉄板かなぁと」

「だから! お前らはいつも先輩に対して礼がなってないぞ!」

「いや、わりと真面目な話。見ててバレバレなのに、なんで告白もしねーのかなぁと」

……バレバレ? はっは、俺に話させたいからってカマかけようったってそうはいかないぞ。
1年間皆にも隠し通してきたんだ、まだ会って3ヶ月も経ってないお前らに看過されててたまるか。

「多分それ、先輩がたにもバレてるんじゃないですかね?」

「気付いてないとしたらそれこそ本人だけっすよ。気付かれてたら何かアクションあるでしょーし」

い、いいいいいやそれはあくまでお前らの予想だろ。
きき気付かれてるわけないじゃないか、そんな、なあ?

「なあじゃねーっすよ。なんなら今から女湯に聞こえる音量で京太郎さんの好きな人の名前を叫んでもいいわけですが」

や、やれるもんならやってみ……おい、マジでやろうとする奴があるか。
息思いっきり吸ってんじゃねえよ、ガチじゃねえかおい、馬鹿、やめろ! やめろください!

「じゃあとっとと吐けください。きっかけとか馴れ初めとかそーゆーやつを」

「全くお前らは……でも、俺も興味はありますねー」

ぐぬぬ。遂に真面目君まで裏切りやがった。
いやまぁ、隠すようなことでもないんだけどさ……。
そうだな。ま、出血大サービスだ。明日の練習では覚悟しとけよ。

「うげっ、地雷踏んだ!」

ははっ、もう遅い。

129 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/26(土) 21:10:34.74 ID:gGd+khcM0

……うん。一目惚れだった。
入学式の後探検か何かのつもりで校内をうろついてて、いつの間にか旧校舎まで来ててさ。
そしたら、見つけちまったんだよ。麻雀部の扉を開けて、中に入っていくあいつを。

でもそれを追っかける度胸なんてなくて、探検なんてその場でやめて全速力で家に帰って、
真っ先に携帯に無料の麻雀アプリをダウンロードしたよ。麻雀部に入る動機が欲しかったんだろうな。

「うはー……京太郎さん、熱いっすねー」

はっはっは、こんな不純な動機で麻雀始めた奴もそうそういないだろーなぁ。
でも実際始めてみたらこれがまた楽しくて楽しくて、全然勝てないくせにいつまでも携帯とにらめっこして、
次の日寝坊しそうになってさ。必死で眠気と戦って、放課後すぐに麻雀部に走った。

そんなザマだから役すらまともに覚えてなくてな……ほんと、よく麻雀部入ったもんだよ。
実は去年の夏くらいまで、カンしたら好きな牌をツモってくると思ってたくらいだ。

「あー、宮永先輩の影響ですか」

そうそう、マジであいつ反則だよな。あんなもん止めようがねーっつの。
今では京ちゃんモードで完封だけど、それ以外じゃどうしようもねーからなぁ。

……ま、それはいいとして。そんな程度の気持ちで始めたもんだから全然上達もしねーし、
雑用ばっかりやってるもんだからクラスの奴にも馬鹿にされたりして、そのせいで皆に迷惑かけたりして、
おかげでちょっと嫌になりかけてた時に麻雀教えてもらえることになって。
教えてくれるお礼だとか言ってデートに誘ってみたりして。

……あー、もう。話せばキリがねーや。
好きなもんは好きだ、じゃ駄目なのか?

「いや、いいですけど。結局それが誰なのかには言及してないですよね」

うわあゲス顔。
お前ら予想はついてんだろ? だったらもういいだろ……あー、もう、分かった、分かったって。
俺が好きなのは――

130 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/26(土) 21:11:19.58 ID:gGd+khcM0
「ねーねー、先輩がたの恋愛事情ってどーなってるんですかー?」

「やっぱ全国優勝とかしちゃったらモテるんじゃないですか?」

「ははっ、少なくともわしにはそんな機会はなかったのう」

「私もだよー」

今時の高校生は、隙あらば恋愛の話をするものなのでしょうか……まあ、皆楽しそうなのでいいですけど。
ええ、私に話が向いてこないならいくらでもしていただいて結構なんですけれど。

「原村先輩はどうなんですか? いつも須賀先輩と一緒にいますけど」

「麻雀教えてるだけっていうけど、その割にいつも一緒にいる気がするじぇ」

……この前も言ったでしょう。須賀君にはただ麻雀を教えているだけだし、
放課後彼と行動することが多いのは彼がそのお礼に何か奢らせてくれ、と言うからです。
流石にそれを断るのは憚られますし、断る理由もありませんので。

「ここまで来ると潔いというかなんというか……本当に何もないんですかぁ?」

ないですって。
そりゃあ、去年は雑用ばかりさせてしまって申し訳なかったなあとは思っていますが、だからこそ麻雀を教えているわけですし。
お礼と言って色々連れ回されるのも、まあ、楽しいですけれど……父には小言を言われてしまいますし。

でも、まあ……真剣に頑張っている彼には素直に好感が持てますし、いい友人、だとは思います。

「……堅い。堅過ぎるじぇのどちゃん……」

「あはは……和ちゃんらしいと言えばらしいんだけどね」

ふふ。でもまあ、さっきも言いましたが頑張って強くなろうとしているのはいいことだと思いますし、
真剣に打っているときの彼はとても格好いいと思いますよ。

「おぉー、のどちゃんがデレた」

「でも、集中してる時の須賀先輩って本当に格好いいよねー」

「あ、それわかる。普段の軽い感じがなくなって、イケメン度三割増しって感じだよね」

……む。
……むう。

「そういえば原村先輩。ある人のことを好きなのかどうか判断する方法、教えてあげましょーか」

「え、何それ気になるー」

別にいいです。……ああ、分かりました。聞きます、聞きますから。
皆してそんな顔しないでください、もう。

「ふっふーん、そう来なくっちゃ! あのですね、原村先輩!」

「……気になる男の人の、下の名前。本人の前でも何でもいいですけど口に出してみるんです」

「そうすれば、ちゃーんと自分の気持ちが分かる。人間ってそーゆー風に出来てるんですって。こないだ雑誌で見ました!」

……はぁ。要領を得ないというかなんというか……。
ああ、分かりました分かりました。参考にさせてもらいます。

私がそう言うと、みんな満足げにそれぞれ談笑を再開した。
現金というかなんというか、遊ばれた気がします。

……名前で呼ぶ、か。せっかくだから試してみましょうか。
幸いもうみんな私のことは気にしていない風ですし、気付かれることもないでしょう。

……いえ、気になるとかではなく、せっかく教えてもらったのだから一度くらい試すのが礼儀というかなんというか、
ああもうっ、とにかく、万が一にもみんなが気付くことのないよう、ごくごく小さな声で――

131 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/26(土) 21:11:54.26 ID:gGd+khcM0


――原村和、さ。

――京太郎、君……。


148 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/27(日) 21:51:34.21 ID:mhwcopYz0
そんなこんなで合宿中後輩をボコりつつ鳴きメインの打ち筋というものを研究してみたが、これがまた難しい。
和がわりと面前派であることもあるけど、今の俺にはまるで鳴きのノウハウというものがないからな。

勿論最低限、役牌や鳴いて聴牌取れる牌で鳴くことはするけど……逆に言えばそれだけだ。
龍門渕の井上さんあたりの牌譜を参考にネト麻でも部活でも数をこなしてはみるが、
付け焼刃の鳴きで手を短くしてしまい、普段なら相手にならない後輩にまで振り込む始末。
本当に、難しい。

「調子はどうですか、須賀君」

お、和かー。あまりいいとは言えねえなぁ。
勿論普通にやってれば普通の結果が出るんだけど、+αとか考え出すとてんで駄目だ。
正直、インハイ予選に間に合うかと言われると相当厳しいと思う。

「まあ、現時点でも須賀君を上回るデジタル雀士はそうそういるものではないと思いますが……」

そうかな? だとしても、上に行くためには必要なことだからな。二度とあんな思いはごめんだ。
麻雀部の男子部員が女子の足を引っ張るようなことが、二度とあっちゃいけねえ。
そうじゃない、男子だって立派な麻雀部員なんだと、そう示すためには――勝つしかないんだから。

「……私が言っていいことなのかどうか分かりませんが、須賀君。あまり思い詰め過ぎないでくださいね?」

……あ、あぁ、そうだな。
俺がいらいらしてちゃ後輩だって萎縮しちまうよな。
先輩は辛いぜ。

「それもですが、咲さんもゆーきも須賀君が無茶をすれば絶対に心配しますよ」

あー、それもそうだなー。
咲はこうして友達もいっぱい出来たのに未だに危なっかしいというかなんというか見てられない感じだし、
優希の奴だって、自分で言うのもなんだけど俺はもう立派に麻雀部の戦力なのにタコス作らせるのやめないし……。

「……そういう意味ではないんですが。勿論私だって心配です」

……ん、ありがとな。
でも頑張らねーとなぁ……。
ま、体調崩さない程度に気張ってみるさ。

「是非とも、そうしてください」

そうは言ったものの、どうしても俺は鳴きメインの打ち方をマスターできず……正確に言えば、
鳴きを使った『何か』を自分の売りだと言えるレベル、つまり固有の打ち筋にまで昇華することは出来ないまま……
インハイ予選の日を迎えてしまった。

149 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/27(日) 21:52:18.35 ID:mhwcopYz0
早朝。日が昇るより早くに眼が覚めてしまったため、とりあえずシャワーを浴びることにする。
熱めの湯で寝惚けた身体を無理矢理叩き起こす。身体を拭いて、整髪料を持って鏡の前へ。
知らない内にすっかり伸びていた髪を後ろへかき上げ、前髪は軽く横に払う。最後に制服に着替えて身支度終わり。

流石に母さんもまだ起きていないようなので適当にあるものを口の中へ放り込み、俺は早々と家を出ることにした。
集合場所に着いたが、まだ誰もいない。仕方なく携帯の麻雀アプリを起動して時間を潰していると、
10分ほど経って俺がトップ終了を決めたところで人影が現れた。

「あら、須賀君。おはようございます……早いんですね」

……おはよう、和。
いやなに、目が覚めちまってな。

「どうですか、自信のほどは」

正直、ヤバい。動悸が激しいどころの話じゃねえんだけど。
とりあえず最初の相手は皆先鋒にオカルト打ちのエースを揃えて来てるっぽいから、
なんとか俺が稼ぎきらないといけないなってところかな。

……まあ、それだけ考えれば楽な話っちゃあ楽な話なんだけどね。

「オカルト……むう」

ま、俺がしっかり稼いで後輩どもに繋いでやるだけのことさ。
日程では確か男子のほうが先なんだっけ?

「そうですね。皆で応援しますよ」

ありがてえ。

「京太郎さーん、おはざーす」

「早いですね、須賀先輩」

お、話をすれば何とやらだ。
お前ら調子はどうだ。緊張して打てないとか言わねえだろうな?

「ぜ、ぜぜ全然大丈夫っすよ」

「……正直、ヤバいです……」

ま、俺がなんとか稼いでくるから安心しろ。
先輩が格好いいところ見せてやるからな。

156 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/28(月) 20:09:42.14 ID:UdNBlfFW0
さて、出陣だ。
後輩や染谷先輩がぞろぞろと集まる中堂々と遅刻寸前で駆け込んできた咲と優希に呆れつつ、俺達は会場へ向かった。
今日は団体戦の1、2回戦……勿論、1回戦を勝てなければ今日はそこで終わりだけれど。

「男子団体の一回戦。本日は解説として藤田プロにお越しいただいております」

「まあ、よろしく頼む」

「さて、清澄男子は初出場ということですが、今大会のダークホースとなるでしょうか!」

「有り得ないことはないだろうけど……やはり女子よりも競技人口が多く、地力の高い選手が多い男子戦。勝ち抜くのは難しいだろうな」

おうおう、言ってくれやがる。さて後輩ども、俺達の強さを見せてやろうぜ!
五人で円陣を組み声を張り上げ、俺は控室を出た。

ここに来るのは一年振りだ。あの時の、何も出来ずに蹂躙されるしかなかった俺とは違う。
十分な練習を積み、十分な力を得てきた――しかし、それでも恐怖は消し切れない。

けれど、咲たちや後輩どもの期待に応えなきゃいけないからな。
軽く頬をはたいて、俺は席に着いた。

『よろしくお願いします』

ネットやら公式戦の牌譜やらのあらゆる手段で調べ上げたが、先鋒で俺と当たる3人は揃いも揃ってオカルト打ち。
……ぶっちゃけた話、今の俺にとってはカモだ。

篠ノ井西の先鋒は――三色手を揃える能力。順子・刻子は問わない。
北天神の先鋒は――オタ風を鳴くことで、その後三局の間、役牌・自風牌を呼び寄せる能力。
寿台の先鋒は――配牌時点で最も少ない種類の牌を集める能力。

皆格好いいというかなんというか、便利な能力を持っててホント尊敬するけど。
俺はそういう都合のいい能力なんて持ってないからさ――

「ま、せっかくだし……『平等に』楽しもうぜ」

「……?」

俺の発言に首を傾げる対戦相手を尻目に、制服の内ポケットにしまってあるエトペンを握り締める。

……さあ、勝負だ。

157 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/28(月) 20:10:29.66 ID:UdNBlfFW0
(お、おかしい……こんなことがあるもんか! 普段なら最低でも面子一つに搭子二つくらいは配牌で揃ってるんだぞ)

(……西、北と鳴いても全く来ない、か……こりゃ清澄が何かしてるのかね)

(篠ノ井西と北天神の様子がおかしいが……問題はそっちじゃない!)

(清澄の須賀……速い! そしてあまりに正確……これじゃ止めようがない!)

前半戦の東一局。相手の三校は京ちゃんモードによるオカルト封じを前に完全に身動きを封じられる。
それを尻目に京太郎は面前で悠々と手を進めるが、精彩を欠いた三校とも、スピードで京太郎に敵わない。
結果……京太郎はあっさりと多面張の手を作り、和了ってみせた。

「――ツモ……満貫で2000・4000」


「そ、それチーだ!」

(……こりゃオリだな)

(クソッ、しっかり安牌抱えてやがるのかよ……! 清澄に当てたいのに!)

それに対抗して鳴きで強引に手を進め聴牌しても、完璧なオリで逃げられてしまい誰も京太郎を捉えられない。
風牌を抱えたがる北天神から篠ノ井西がなんとか作り上げた安手で和了ったものの、打点は微々たるもの。
そしてこの和了りによって親が回り……遂に京太郎の親番となった。

(さあ……稼ぐぞ)

「……ロン。5800」

「ツモ。3900オールは4000オール」

「……ツモ。2600オールは2800オール」

正に圧倒。しかしこれはあくまでオカルト封じにより他校が調子を崩しているからであり、
相手が冷静さを取り戻して普通の打ち回しをして来ればここまでの快進撃は不可能。
つまり、相手が普段の打ち方を捨てる覚悟を決めるまで――それが京太郎にとっての残り時間。

(頼むからオカルト捨てて普通に打つとかやめてくれよ……自慢のオカルトを信じていてくれよ?)

「……ロン。4800は5700」

158 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/28(月) 20:11:25.05 ID:UdNBlfFW0
(まずい、とにかく流さないと……!)

清澄を除いた三校は、遂に無言のまま協力体制に入ろうとしていた。
勿論、京太郎を止めるためだ。

自分たちの力が機能していないことは分かっても、それがどういう能力によって行われているかが分からないのだ。
ゆえに今できることは、逆転手を待つことでもなく、京太郎を狙い撃つことでもなく、せめて前半戦を早々に切り上げることである。
卓に着いている全員が、それを理解していた。

(なら――こっちはこっちで、ひたすら早和了りに徹させてもらう)

「ツモ。1000オールは1400オール」

それは勿論京太郎も例外ではない。だからこそ相手に止められないように、安手に切り替えた。
しかし京太郎は元々手作りが早いほうではなく、鳴きも得意ではない――よって、遂に。

「来たっ、ツモだ! 1000・2000は1500・2500!」

この状況を切り開いたのは――篠ノ井西。三色を集めるとはいえ実際のところは三色同順で和了ることのほうが多く、
自然と両面待ちなどの和了り易い手が多いがゆえに、なんとか京太郎の妨害にも短時間で対応できたのだろう。
運よくドラを雀頭に出来たため打点もそこそことなり、篠ノ井西にとっては理想的な親流しとなった。

(皆に先鋒任されてんだ! 稼ぎ勝てなくとも……このまま清澄の一人浮きになんてさせねえ!)

(篠ノ井西か……ま、現状最下位だったんだから妥当なとこか。こっちもそろそろ和了らないと……)

「ツモ。300・500」

続いて北天神。能力は発動しないもののどうにか役牌の發を鳴き、そのまま和了りきった。
逆転には程遠い安手であるものの、これでようやく東場が終了。
前半戦が終わるまで……あと4局。


「――ロン。2600」

「ほい来た、ツモ! 500・1000だ!」

「ロン。5200」

「……ようやく、ようやく焼き鳥脱出だ……ツモ。2600オール!」

しかし、あっけなく南場は終わりを告げた。
京太郎を警戒する三校は完全に早和了り狙いで、京太郎もそれに対抗するため早和了りを狙わざるを得なくなったからだ。
結果として全員が速攻で一度ずつ和了って、前半戦が終わったのだった。

176 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/29(火) 22:12:13.72 ID:diSRvnVC0
……ふうっ。
警戒されてからは流石にキツかったけど、十分だろ。親番でかなり連荘出来たのが大きいな。
ま、一旦控室戻るか。長続きするようになったとはいえ、しんどい。水分補給くらいはさせてもらおう。

「せっ、先輩っ!」

「すげーっす、マジすげーっすよ!」

褒めるのはまだ早いさ。あと半分なんとか稼ぎきってくるから、緊張ほぐして待っとけよな。


「これは大波乱! 清澄高校、なんと前半戦のみで4万点を稼ぎましたーっ!」

「ほう……一見ただのデジタル打ちのようだが、須賀選手が何かやったようだな」

「後半戦が楽しみですね。藤田プロ、清澄以外の三校はどう出るべきでしょうか」

「んー。前半戦を見る限り、普通に打ったら清澄の一人浮きは避けられない。なりふり構わず場を流すべきだろうな」

「逆に清澄は、今活躍している須賀選手以外は全員一年生。ここは須賀選手がなんとしてでも稼ぎ切りたいところだろう」

「そう考えると、実は須賀選手が一番追い込まれているとも言える。一点でも多く稼ぎたいが、例え安手でも和了らざるを得ないからな」

「ジレンマってやつですね……後の選手まで考えるとそうなりますか。さて、後半戦はどうなるのでしょう!」


「くそっ! 俺、藤田プロのファンだけど、ここまで言われるとムカつく!」

落ち着け。悔しいけど、事実だ。
相手は三校とも二年生以上でオーダーを組んで、先鋒にエースを置いてる。

そうなると須賀先輩が先鋒で出るしかないし、俺達は何の変哲もないただの一年生。
……経験豊富な二年・三年を相手にプラス収支で半荘二回戦い抜くのは難しいだろ。

「そんなこと言ってもよぅ!」

だから、落ち着けって! ……俺だって納得はできないけど……勝つには、それしかない。
須賀先輩は既に十分すぎる程点を稼いでくれてる。
あとは俺達が、如何に落ち着いて失点を抑えられるかだ。そうだろ?

「ぐぅ……で、でも、やっぱり緊張する……よな」

……ああ。で、出来れば言わないでほしかった……。
うぅ、トイレ行ってくる。

「……ごめん」


さて、今頃後輩どもは緊張で吐きそうになってるだろうから、なんとしてでもこの後半戦でリードを広げたい。
けどまあ実際のところ、こうまでマークされてるとそれは厳しいだろうなぁ。

染谷先輩の進言で練習試合の類は組まないでおいて本当に良かった。
そんなことして俺の手の内がバレてたら本気でどうしようもなかっただろうしね。

……正直、この俺が他校にマークされてるという状況に軽く興奮を覚えてたりするのは内緒だ。
だって俺だぜ、一年前の個人戦では見るも無残に飛ばされて終わった俺がだぜ?

嫌が応にも燃えてしまうところだけど、それでも気分を落ち着けて、頭を冷やして打ち回す。
それが俺の取り柄だからな。

177 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/29(火) 22:12:42.39 ID:diSRvnVC0
そして後半戦が開始された。

「――ツモだ。2000・4000」

「――ロン。3900」

京太郎があっさりと二度和了り、早くも自分に親番を回すことに成功する。

しかし他の三校もただそれを見ているだけではない。意地でも連荘はさせまいと徹底的に京太郎をマークし、
役牌を鳴くことすら許さず、京太郎が手をこまねいている隙に篠ノ井西が自風のみの安手ながらツモ。

この先鋒戦を早々に流し、以降の一年生を潰すという策を隠そうともせず場を流しにかかってきた。

(させるかよ……これ以上差を広げられてたまるか!)

(まさか次鋒以降の一年生も不可思議な力を持ってるってことはないでしょ……)

(可哀相だけど、そっちを潰せば結果としてはこっちの勝ちだからな)

「ツモ。裏が……2。2000・4000」

しかし。
それでも普段の打ち筋を封じられて精神的にも揺れている状態では最善の打ち回しなど出来るはずもなく、
続く東4局は京太郎が圧倒的なスピードで和了り、雀頭に裏ドラが乗るラッキーもあり満貫。

「いいのか? そんな安手で場を流してたら……取り返しのつかない点差がつくかもしれないぜ?」

『――ッ』

勿論そんなことは有り得ない。
初出場の部の、インターミドルで活躍したわけでもない何の変哲もない一年生に、
一年、あるいは二年間練習を積んできた自分達の仲間が稼ぎ負けるはずがない。

しかし5人中3人が一年生でありながら昨年の女子団体戦で頂点に立った清澄のネームバリューと、
今実際に自分たちを圧倒している京太郎の存在が彼らの思考を鈍らせた。

(そうだ……こんなとこで逃げる麻雀を打ったことなんて一度もねえ!)

(……篠ノ井西、挑発に乗りやがった。まーアレは清澄の対面だしまだマシか)

(でも、実際そうだ……皆が先鋒を任せてくれたのに、既に6万点も稼がれてる。これじゃ皆に顔向けできない)


(流すんじゃない……ここから一点でも差を詰める!)

178 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/29(火) 22:13:11.46 ID:diSRvnVC0
「ロン! 7700!」

京太郎以外の三人も、とにかく自分がよりよい手で和了ろうとし始めた。
オカルトをかなぐり捨てて。早和了りで場を流すのではなく、今からでも京太郎に追いつこうという気概で。

「……ロン。8000」

集中状態の京太郎は和から教わった知識や技術の全てを最適化して打ち回しに適用することが出来る。ゆえに振り込むことはそうそうない。
そうすると三人が挑発に乗ったことは間違いであるように思われるが、実はそうとも言い切れない。

「ツモだ! 1300・2600!」

京太郎の集中状態はあくまで「自分の打ち回しの最適化」と「オカルト封じ」、この二つの効果しか持っていない。
今この場のようにオカルトを排して打ち合った場合、集中状態を続ける利点は振り込む確率の低下のみ。

「ツモ。2000・3900」

オカルトのように場の流れを決めてしまう何かがない以上、勝負を決するのはツモ運だ。
その天運に……京太郎は、あまり恵まれているとは言えない。

(けど……このまま早和了りで流されて終わるよりは――)

「……っし! ツモ。リーチ一発タンピンツモ赤2……3000・6000だ……!」

そう。大きな手を和了るチャンスは増える。
小さな手の積み重ねではあったが、最後に跳満を上がって京太郎は先鋒戦を終えた。

結果として京太郎の挑発は大成功。安心できる点差で後輩たちに繋いだ。
これで清澄の勝利は堅いだろう。いきなりの番狂わせが起きた。

……少なくとも、会場にいてこの先鋒戦を見ていた者のほとんどが、そう思った。

191 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/30(水) 20:27:01.66 ID:TJMwLTvN0

先鋒戦が終わって、四校の得点は以下のようになった。

篠ノ井西 66400点
北天神 78400点
清澄 175000点
寿台 80300点

一見清澄が圧倒的な優位に立ったかに見えるが、それは違う。
清澄はここから実戦経験の少ない一年生だけで戦い抜かなければならないのだ。

しかも――京太郎がこうして大量得点したことによって、他三校にきつくマークされた状態で。
長野の県大会では少ないながらも一回戦から観客が来る。勿論その客も京太郎の大活躍に注目した。

一年生たちも自分の実力を完全に出し切ることが出来ればまた結果は変わったかもしれない。
内からの重圧。相手からの重圧。外からの重圧。会場中に広がる異様な空気。

それらを相手に普段通りに打ち続けることは、彼らにはあまりにも荷が重すぎた。
その結果。

192 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/30(水) 20:27:30.65 ID:TJMwLTvN0
「試合終了ーっ! この試合は特によく点数が動きましたね」

「三校での叩き合いになったが、篠ノ井西が上手く潜り抜けた。これは今後も期待できるかな」


……まあ、しょうがないか。
とりあえず、後輩どもを慰めてやらねーとな。
よしお前ら、撤収だー。個人戦もあるんだからしょげてんじゃねーぞ。

「……すみません、須賀先輩……」

だー、もう。お前ら一年、俺二年。これで引退ってわけじゃねーんだから、な?
お前らがここでどれだけ悔しがってもしゃーないの。ほれ撤収。


長野県大会男子団体予選。
最終的なスコアは以下のようになった。

篠ノ井西 110200点
北天神 108000点
清澄 74500点
寿台 107300点

清澄高校麻雀部男子、初の公式戦は――見るも無残な敗北で終わりを告げた。

193 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/30(水) 20:28:17.65 ID:TJMwLTvN0
団体戦は一回戦負け……か。ま、仕方ないよな。
後輩どもには悪いけど最初っから勝てるとは思ってなかったし。

思ったより俺が稼げたぶん、思ったよりあいつらは緊張しちまってたらしい。
俺がもっと竹井先輩や染谷先輩みたいに、後輩にいい影響を与えられればよかったんだけどなぁ。

「残念でしたね、須賀君」

ん、和。そりゃ残念っちゃあ残念だけど……ま、後輩たちがこれで奮起してくれれば安いもんだろ。
去年は半日で大会終わりだった俺が言うのもなんだけど、こういう経験って大事だと思うし。

あとは個人戦だなー。それまでにちょっとくらい元気になっておいてほしいもんだ。
あいつらガチ凹みしてるから、このままだと個人戦もボロボロだぞ……。

「須賀君はどうですか? 自信のほどは」

俺は逆に、さっきの団体戦で自信ついたな。あれだけ稼げるとは思ってなかったよ。
でもデジタル打ちの強い奴に勝ったわけじゃないし、個人戦でも勝てるかというと、うーん。
なんか不安になってきたぞ。

「ふふ、そうですねー。じゃあ今まで頑張ってきた須賀君には、私がご褒美をあげましょう」

ほう。和らしからぬというかなんというか。
でもご褒美か、嬉しいなぁ。何してくれるの?

「須賀君が個人戦も頑張ったら、下の名前で呼んであげます」

オーケー、絶対勝ってくる。

205 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/31(木) 23:04:08.12 ID:MUVoigJy0
和の名前呼びという餌に釣られて息巻いたはいいものの。翌日の個人戦。
団体戦であれだけ稼いでしまったおかげで、俺は完全にマークされてしまっていた。

おかげで目立つ活躍も出来ないまま個人戦は実にあっさりと終了。
それでも半年近くの練習の成果は出たと言えるのか、結果は総合六位。

……ちなみに、女子より出場者数の多い男子個人の全国出場枠は五人。漫画かと疑うような見事な落ちっぷりである。
ちくしょう! せっかく和が名前で呼んでくれるところだったのに!

「犬、うるさいじぇ」

おぉう、優希か。どうだったよ、そっちは。

「あーもう、駄目駄目。今年も咲ちゃんは行けそうな感じだけど、私は多分いいとこ五、六位ってとこだじぇ」

ほー。そりゃまたご愁傷様で。

「団体戦も結局負けちゃうし……散々だじぇー」

あー、まぁ龍門渕の天江さんは仕方ねーわ。あんなもん、俺でも止められる気がしねえよ。
それに龍門渕は去年のメンバーが全員残ってるわけだしな。

「しかも今年は個人戦にまで天江衣が出てくるし! もう嫌になるじょ」

そりゃ確かに手がつけられねーな。
……それより、どうだ? 染谷先輩の様子は。

「……今は、そっとしといてあげるほうがいいと思うじぇ」

そっか。ん、分かった。

206 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/31(木) 23:05:15.38 ID:MUVoigJy0

……そう、分かっとった。
わしには久のようなカリスマ性はないし、咲たちのような圧倒的な力もない。

じゃから、部長の座に就いた時から、わしの役目は咲たちにこの部をいい状態で引き継ぐことだと決めとったのに。
他ならぬ自分で、そう決めとったはずなのに。

……なーんで、こんなに悔しいんかのう。

個人戦も、全力を出し切ってはみたが結果は出なかった。結局の、わしの器ではそんなところということじゃろうな。

団体戦にしたって優希は先鋒としての仕事を十二分に果たしてくれたし、和はしっかり相手を抑えてくれた。
一年生だって頑張ってくれた。咲でなければ、天江衣を相手にあそこまで競ることは出来んかったじゃろう。

それでも負けた。なら……しょうがないじゃないか。だから――

「ごめんなさい染谷先輩……ぐすっ」

――あー、人がセンチになっとるときくらい泣き止まんか!
オーダーを決めたのはわしなんじゃ、お前さんが気にすることはなんもないんじゃから、な?

全くもう、一年生がこの調子じゃ咲たちも苦労するじゃろうなあ。
……ま、頑張ってくれよな。場所くらいならいつでも貸しちゃるけえ。

207 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/01/31(木) 23:06:22.05 ID:MUVoigJy0
結局、清澄高校は咲が個人戦で全国大会出場を決めたのみに終わった。
これによって実質の二代目部長である染谷先輩の引退が決まってしまう。
そして……新たな部長の座には、俺こと須賀京太郎が就くことになった。

……いや、おかしくね? なんで女子部員のほうも俺が仕切ることになってんの?

「まあ、竹井先輩や染谷先輩と違って一年生は四人いるんですから、誰が部長だろうと変わりはないでしょうし」

「だったらいっそ黒一点の京ちゃんでいいかなと」

要するに面倒臭いポジションの押しつけですね、分かりました。
ちくしょうめ。

「ま、精々頑張るんだじぇ」

……いまいちしまらないが、麻雀部員はみんな元気だ。
今のところその元気の八割くらいは空元気だけど、それでも。
みんな「来年こそ見てろ」と強がるだけの余力は残ってるみたいだ。

「頑張ってくださいね、京太郎君」

……和っ!?

「結果は出ませんでしたけど。京太郎君が頑張ったのは私が一番知ってますから」

和マジ天使。
分かった、分かりました。不肖ながらこの須賀京太郎、部長職に就かせていただきますよ。
……こら、咲と優希。そんな目で俺を見るんじゃない。

222 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/01(金) 20:14:06.05 ID:UWx1vmuh0
……で、今年も合同合宿、ですか。龍門渕、風越、鶴賀と。
はあ、まあ、いってらっしゃいとしか言えないんですけど。
女子の一年生はどうするんです? 合宿中は男子と一緒に俺が面倒見たほうがいいんでしょうか。

「いや、今回は京太郎。お前さんにも指名がかかっとるぞ」

……はぁ!? 俺がっすか!?
いやいやそれは駄目でしょう。こんなんでも俺一応男っすよ。

「相性的な問題で、お前さんくらいしか天江衣の特訓相手にはならんからのう。直々の指名じゃ、喜びんさい」

無理っすよ! 大勢の女子の中に放り込まれるうえ魔物の相手をしろってどんな拷問ですか!

「今年は、龍門渕と鶴賀も男子部員を連れてくるそうじゃぞ?」

ぐぅ。でもなんで俺が天江衣の相手なんか……。

「全国クラスの男子には天江衣を上回るような打ち手もおるじゃろうなあ」

うっ。

「天江衣との対局なんて望んでもそうそう体験できるもんじゃないじゃろうなあ」

ぐぬぬ。

分かった、分かりましたよ。
俺の力でどこまであの人の支配を抑えられるもんか分かりませんけど。

「一年も参加させる予定じゃから、あんまり格好悪いとこ見せるなよ?」

……まあ、あのレベルの対局を間近で見るのは確かにあいつらにとってもプラスでしょうからね。
いいでしょう、分かりました。やれるだけやってみますよ。

223 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/01(金) 20:15:33.74 ID:UWx1vmuh0
というわけで、断り切れずに結局来ちゃいました。合同合宿。

「きょうたろー、と言うそうだなっ」

「衣ともども、お相手よろしくお願いいたしますわ」

はい。女子はともかく、清澄の男子は未だ実績らしい実績もないですから、
強豪の胸を借りるつもりで全力でお相手させていただきますよ。

――さ、始めますか。

勿論、しょっぱなから集中モード全開で行く。
でなければこの二人は決して抑えられないだろう。
俺の様子の変化に二人は一瞬だけ驚いたが、すぐににやりと笑った。

……俺の全力など、彼女らにとっては一笑に付されるようなもの、ということかもしれない。
ま、いい。何度も言ってるけど、やれるだけやってみるさ。
後ろで見てる後輩どもに、あんまり情けない姿は見せられないしね。

俺から見て上家に天江さん、対面に龍門渕さん、下家には和が入って対局が始まった。


(……衣の支配が正しく機能しない。やはり、聞いていた通りのチカラを持っているようだな……きょうたろー!)

(……はっ。なんか意識が飛んでたような……うぅ、調子が出ませんわ)

(流石に消耗が早い。オカルト封じも長くは続きそうにねーな……)

(……三人ともあまり手が進んでいないようですね。チャンスでしょうか)

東一局。いきなり一向聴地獄を発動させて支配を仕掛けてきた衣をどうにか京太郎が抑える。
更に魔物・衣、そしてライバルである和と同じ卓に入ったことによって透華が「冷え」そうになるがこれも同じく京太郎が阻止。
結果、最初に和了ったのは和だった。

(……こんだけドギツい思いして和了れねーのか。こりゃしんどいぞ)

続く東二局は、衣が跳満手を聴牌するも京太郎がそれを察して役牌のみの安手で場を流した。
既にこの時点で、京太郎は疲労困憊。どうやら集中状態による疲労度は相手のオカルトの強度に依存するらしい。

(あー……くそ、やってらんねぇ!)

東三局。遂に衣が地力を見せつけて満貫で和了。
その流れに乗るように東四局では透華が和了って東場が終了した。

224 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/01(金) 20:17:36.18 ID:UWx1vmuh0
……ぐっはぁ。
もう駄目……南場もあるとか考えたくない……。

「だ、大丈夫かきょうたろー?」

大丈夫じゃな……あ、はい大丈夫です、大丈夫ですから。そんな顔しないでください。
後ろの後輩ども、お前ら笑い堪えてんじゃねーぞ。人が死ぬ思いで打ってるんだからしっかり見とけよ。
さて南一局――行きますか。


と、自分を奮い立たせてなんとか集中モードを続けては見たけど、結果はさっぱり。
そもそも天江さんも龍門渕さんもオカルトに頼らない地力が十分あるわけで、そこに俺が入っても意味がねーだろっていうね。

「そんなことはないぞ! 支配を抜け出されるのではなく逆に支配されるというのは中々ない体験だった」

「ええ、全国に向けた練習としてはこれ以上ないと思いますわ」

あ、ありがとうございます。でもそんな褒めても何も出ないっすよ?
ちょうど半荘終わったところだし、俺はハギヨシさんと飯や風呂の準備に行かせてもらおうかなーなんて……。

「え? もっかい打たないのか?」

ぐうっ。

「無理はなさらないでいただきたいですが、よろしければ是非もう半荘お願いしますわ」

ぐぐうっ。

これ絶対あと半荘じゃ終わらないやつ……あ、はい分かりました。やりますやります。
元々そのために来てるわけですし。体力がもつ限りはいくらでもお相手しますよ。

……その後三時間以上に渡って、俺は天江さんの蹂躙をなんとか食い止め続けたのであった。

260 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/03(日) 18:34:03.70 ID:LgSq6NXG0
非常に疲れた。マジで疲れた。ヤバいくらい疲れた。集中モード継続三時間は無理があった。
どれくらい疲れたかというと対局が終わって皆が温泉に行く中、俺だけトイレに行って吐いたくらい疲れた。

けれどこの合宿、悪い事ばかりではない。これだけ打てば龍門渕さんのほうにも義理は果たせただろう。
残りの数日は俺の実力の向上にいくらかの時間を割かせてもらっても罰は当たらないはずだ。
つまり。

井上さん! 麻雀教えてください!

「……え、オレ?」


「ほう。鳴きのノウハウ、ねえ」

はい。今のままじゃ、どうにも手堅いデジタル打ちに対して打つ手がなくて。
まさか俺もこんな機会が得られるとは思ってませんでした。是非俺に麻雀教えてください!

「んー。まぁ、男子ならオレ達と戦うわけじゃないしいいけどさ。あんまり分かり易くは教えられないと思うぜ?」

構いません! ってかむしろ聞いてすぐ分かるようなデジタル的な話なら、和にいくらでも聞けるんで。
そういう感覚的な話こそ俺が今求めてるものなんすよ。

「ハッキリ言うねー。うん、気に入ったぜ」

! ありがとうございますっ!
蹂躙されると分かっていても来た甲斐がありましたよ!

「あー、衣や透華と打たされてたんだっけ。ご愁傷様」

261 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/03(日) 18:34:58.10 ID:LgSq6NXG0
「いい流れなら基本鳴かない。悪い流れなら鳴く。ぶっちゃけオレが考えてるのはその程度なんだけど」

……要するに、ツモが悪いとかそういうことですよね?
流れとか、まあ和に言わせりゃそんなオカルト有り得ませんなんだろうけど。
でも実際やたら牌が偏ることってありますもんね。

「んー。そりゃ自分のツモもそうだけど、明らかに相手が仕掛けてくるの分かることあるだろ。染め手とか」

あー、分かります。悪い流れイコール対戦相手にとってのいい流れとも言い換えられるわけだ。

「そうそう。お前んとこのタコス娘とか、そーゆーの完全に顔に出るから分かり易いだろ」

ほうほう。なんとなく分かってきた、ような。
自分に流れを呼び込む。自分の不ヅキを断ち切る。相手の流れを切り離す。
発想はオカルトめいているとはいえ、劣勢に対して精神的なリセットをかける意味合いもあるだろうし。

「流れに限らず、特定の牌をガンガン呼び込むタイプのオカルト打ちもいるからな。鳴きが役立つ場面ってのは案外多いんだぜ」

あー、呼び込まれるはずだった牌の行き先がズレるわけですか。
確か去年の全国で、咲の相手にそんな感じの能力を持った人がいたような気がする。

まぁ言いたいことは分かるような気もしますけど、なかなか実際やるのは難しそうですね。
やっぱ実戦こなすしかないかなぁ。

「そだなー。ま、オレの真似だけしてても仕方ねーぞ。オレのを基に、お前なりの鳴き方を見つけるんだな」

ういっす! それじゃ、迷惑ついでに一局打っていただけないでしょうか。
せっかくの機会なんで、魔物以外とも打ちたいんですよね。

「お、いいね。打とう打とう。一応ウチの強化合宿だし、残りの二人は国広君と智紀でいいだろ?」

ええ、全然問題ないですよ。三人ともオカルト打ちとはまた違うから、こっちの特訓にもなりますし。
こういうところじゃ相手には困らないし、普段と違って色々な相手と打てるからいいですねー。

「おう。泊りがけってのもテンション上がるしな」

へへ、気が合いますねー。
そいじゃ打ちますか! 手加減しませんよー。

「言うねー。マジで気に入ったぜ、こっちこそ手加減しないぞ!」

「純くん機嫌いいねー」

「……男同士気が合う……?」

「オレは男じゃねえっ」

龍門渕の皆さんの家族漫才的なものを楽しみつつも対局はしばらく続いた。
その後も相手を変えて時には風越の選手と、時には鶴賀の男子と卓を囲んだ。

結局個人戦でもいいところなくボコボコにされていたウチの後輩どもにとっては、いい経験になっただろう。
俺としてもすごく有意義で得るものは多かったし、龍門渕の皆さんにも満足してもらえたと思う。

262 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/03(日) 18:36:04.61 ID:LgSq6NXG0
合宿が終わった後、個人戦で見事全国出場を決めた咲の応援に俺達も東京へ行くことになった。
俺の部長としての初仕事は皆の引率。まあ仕事というほどのものでもないし、個人戦の結果もあえて言う必要もないだろう。

強いて言うなら、今年も咲はえぐかった。

その後の部活動でも特に皆を仕切るとかそういうわけではなく(技術や知識の指導はもっぱら和に任せている)、
むしろ俺の基本的な仕事は学生議会との予算やら日程やらの摺り合わせなんかの事務だ。
あとは時折、

「京太郎さーん、打ちましょうよー」

「よー」

こんな感じで後輩(挑んでくるのは主に双子。だいたい、和に教わったあれこれを試してみたい時だ)を、
俺の練習がてら半荘ほど相手してやるくらいのことである。


で、なってみて初めて分かることだが部長になると自分が練習する時間は案外取れなくなるものだ。
改めて竹井先輩と染谷先輩の凄さを知った気分だが、俺はあの二人と違って要領も良くないし麻雀経験も足りない。
全く、同級生四人のうちなら俺が一番練習が必要なはずだってのに酷い扱いだぜ。

『いいじゃないですか。だからこうして未だに個人レッスンを続けてるんですし』

『そりゃそうだけどさ。どうよ、和から見て今の俺は』

『及第点って感じですね』

『おおう、手厳しいっ。井上さんに鳴き方も教わったし上達はしてると思うんだけどなー』

『ええ、一年前ならいざ知らず、今の京太郎君には凄く期待してますから。期待値の高さ込みで、及第点です』

ぐぬぅ。
なんかもう本当に和に手綱を握られてる感が凄いんだけど。
逆らえる気とか全然しないんだけど。

『では、また明日』

『ういっす。おやすみ、和』

『おやすみなさい』

……何がヤバいって、それでもいいやとか思っちゃう俺の単純さが一番ヤバい。

286 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/05(火) 23:00:52.31 ID:DSJi3H1a0
「冬合宿?」

そ。皆で小旅行を兼ねて、冬休みにさ。
俺にしてはなかなかの発案だと思うんだけど、どうかな。

「いいんじゃないかな。楽しそうだよ」

「雪景色の中でタコス食べるのも悪くなさそうだじぇ」

いや流石に今回行く予定の宿にタコスは売ってないはず……。
あ、俺が作れと。へーへー分かりましたよっと。

「まあ長期休暇中の練習というのは得てしてダレがちですし、それならいっそ合宿というのはアリだと思います」

「いい案だと思いますよ、須賀先輩」

だろ?
まぁ金はかかるけど、部費がそれなりに残ってるからそんなに大きな出費にはならないだろうしな。
せっかくの冬休みだし、さっきも言ったけど皆で遊ぶのも兼ねてぱーっと行こうかと。

「おー、さっすが京太郎さん!」

「話が分かるー!」

お前らは合宿の間に三回は飛ばしてやるから覚悟しとけ。

「ひどい!」

ってなわけで、俺達はスキー場のあるそこそこの大きさの宿へと向かった。
基本的には運動部が夏の合宿で使ったりするような(長野は涼しいからね)人気の場所なのだが、
逆に言うと、同じ長期休暇でも冬ならわりと利用しやすいのだ。

自動卓を持ち込んで(勿論許可は取った)、ひたすら特打ち。
合宿テンションもあり、かなり密度の濃い練習が出来たと思う。思いたい。

一応必死こいて打ったし、有名どころの高校の牌譜研究やらも皆でやった。
少なくとも自分たちに出来るベストの練習をした、とは思うんだけど。

今になってブレインとしての竹井先輩と染谷先輩がいないのが辛いんだ、これ。
だって俺達の代、馬鹿ばっかりなんだもん。和は馬鹿ではないけどそういうのには向いてないし。
とにかく不安だらけではあったけれど、とりあえず初日の練習終了。

287 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/05(火) 23:02:16.73 ID:DSJi3H1a0
練習が終わった後は皆で民宿らしい質素ながらも旨い飯に舌鼓を打ち、その後自由時間となる。
真面目な奴は持参したらしい麻雀教本を読んでいたり、そうでもない奴は鞄からお菓子を取り出していたり。

俺はそんな賑やかな部屋からベランダに出る。
少し肌寒いが、まあ後でゆっくり風呂に浸かれば大丈夫だろう。

「……もうすぐ、引退……なんだよな」

ぽつりと呟きが漏れた。
それは目を逸らしたくなるような事実。

俺のようなうだつの上がらない一選手が今後も麻雀に専念できるかと言われれば、そうじゃないだろう。
既に全国で名を上げている女子の皆はともかく、俺は高校で麻雀と別れることになる可能性が高い……と思う。
もとはといえば、和が目当てで始めた麻雀だったけれど。

「……やめたくねーなぁ」

「だったらいっそ、プロ雀士でも目指してみたらどうだじぇ?」

ついつい漏れてしまう独り言に返事をよこしたのは……優希、か。
ははは、そりゃまた魅力的な案だけどさ、流石に無理だろ。

「そうでもないと思うけどな。正直、京太郎の成長っぷりには皆驚いてるんだじぇ?」

そりゃどーも。
でもさ、女目当てに麻雀始めたようなチャラ男がここまでこれたんだ、もう満足すべきじゃないかな。
これ以上を望んだら流石にバチが当たるんじゃないかと思うぜ、俺は。

「……雑用ばっかりしてた犬が、ようやく掴んだチャンスなんだじぇ? 掴みきらなきゃそれこそバチが当たるじょ」

……あー言えばこー言う。
ほんと勘弁してくれよ。俺だってちょっとセンチになることくらいあるんだ。
たまには思春期の男の子らしく月明かりに照らされながら厨二妄想したってバチは当たらねえだろ?

「そう言ってかっこつけて、自分の思いからも逃げるつもりなのか? だったら私はお前を許さないじょ、京太郎」

……なんだよ、突然つっかかってきて。。
なんか格好いいことでも言いたくなったのか?

296 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/06(水) 19:55:30.08 ID:e+OtwNrr0



「好きなんだろ、のどちゃんのこと」



297 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/06(水) 19:56:14.84 ID:e+OtwNrr0
突き刺さる、優希の言葉。
それはまさに真実で、偽りようもない俺の想いそのもので。
だから。

……だから、どうしろってんだよ。
せっかく雀士としての俺を見てくれてる和に、「あんたの生徒はあんたの身体目当てで近づいてたゲスいチャラ男でした」、
なんて暴露しろってのか? ふざけんなよ、やめてくれよ。俺が何をしたってんだよ、なあ。

自分で分かってんだよ、こんなの卑怯だってことくらい。
でも仕方ねえだろ? 好きになっちまったんだから。
何をしてでも一緒にいたいって思っちまったんだから。
それで俺がお前らに迷惑をかけたりしたかよ――

「違うッ! そっちを責めてるんじゃないじょ!」

――ッ。優希、五月蝿い五月蝿い……今は夜、ここベランダ。オーケー?

「……あぁもうっ、じれったいじょ! なんでそんな捻くれてるかなぁ!」

「好きなら好きってとっとと伝えちゃえばいいんだじょ! それを悪いことだなんて誰も言わないっ」

「つーか、京太郎がのどちゃんのことを好きなのなんて一年生の頃からバッレバレだったじょ!」

ぐぬぅ!? う、嘘だろおい……いや、それはこの際いい。だったらこれも分かってんだろ?
俺が和を目当てに部活決めて、和を目当てに今までこの部に居座ってきたようなクズだって――

「ち・が・う! 話は最後まで聞かんか! だから京太郎はいつまで経っても犬のまんまなんだじぇっ」


「――京太郎がいつの間にか本気で麻雀に惚れ込んでることだって、私はとっくのとうにお見通しだじょっ!」

「麻雀も全力で好き、のどちゃんも全力で好き、それでいいだろ!? なんで両方諦めちゃうんだじょ!」

「今の京太郎は見てて苛々するじぇ。自分で自分を騙してるのが丸分かり、裸単騎みたいなもんだじょ!」


……いや、その例えは別に上手くないけど。

「うー、今はそういうことを言ってるんじゃなくてだな……!」

あーもう分かってる分かってる、ありがとなわざわざ。
似合わない説教役までさせちまって悪かったよ。

ほんと、俺らしくなかったわな。
部長の重責に押し潰されでもしてたのかね?

「どうでもいーじょそんなの。いい加減告白しろ」

それが出来れば苦労しねーっての。
お前らが思ってる以上に俺はびびりだぞ。

「全くこれだから犬は――」

「どうしたんですか二人とも。やけに外が騒がしいと思ったら……」

和ァァァァッ!?
い、いやなんでも……ちょっと話が盛り上がったというか、なあ優……逃げやがったあいつ!
あの、ほら、その、なんだ、あははは……一緒に月見でもしない?

298 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/06(水) 19:57:14.93 ID:e+OtwNrr0
……はぁ。
早いもんだよな、気が付いたらもうすぐ三年生だ。
あと半年もしない内に引退するとか、考えたくもないよ。

「そうですね。一年生の時の全国優勝で一応認めてもらっていますが、未だ父は私が麻雀をするのを良く思っていませんし」

そっか。麻雀を続けられるかどうかわからないのは俺だけじゃないんだな。
勝手に和は麻雀を続けるもんだと思い込んでたけど。

「いえ、続けるつもりですよ。父が何と言おうが、プロになってしまえばこっちのものです」

おぉ。和にしてはというかなんというか、大胆な発言だな。
格好いいけど、それはそれでどうなんだって気もするぜ。

「いいんですよ。認めてくれないのなら、結果を出して認めさせるまでです」

……かっけぇ。ホント格好いいよ、和。
俺には……とても、真似できない。

「京太郎君は、どうなんですか? 卒業後のこととか考えてます?」

まさについさっき優希とその辺のことについて話してたよ。
麻雀は続けたいけど、現実的には難しいだろうなぁ。

俺には咲や優希ほどの強さもなけりゃ、和ほどの賢さもない。
結局俺は、お前らに憧れてほいほいついてきてるだけの、ただの凡人に過ぎないんじゃないかな。

「……はぁ。ゆーきが怒るわけです」

「あなたがそうやって自分を卑下することは、あなたの先生である私を侮辱することに他ならないんですよ?」

「あなたを信じてついてくる後輩の皆や、あなたの努力を認めている私達を、あなたはそうやって切り捨てるんですか?」

……え?

俺から見た皆と俺が考える俺の差を見つめて落ち込むことは幾度もあった。
けれど――皆から見た俺を、皆が考える俺を、一度でも考えたことがあっただろうか。

そんな俺のことを、一度でも考えてやったことがあっただろうか。

「京太郎君が今までずっと頑張ってきたのを、私は知っています。私が一番知っています」

「だって私は、京太郎君の先生なんですからっ」

慣れないことを言うからか少し顔を赤くながらも胸を張る和。
彼女の全てが俺を燃え上がらせる。
優希がくれた火種が、大きく燃え上がる。

「そんな頑張っている京太郎君のことが、皆大好きなんです」

「……だから、そうやって自分を悪く言うのだけは、やめてください」

……ん、わかった。ごめんな、変なこと言っちまって。
優希に説教されたばっかりだってのに、格好悪い。
ははは、本当似合わないけどちょっと弱気になり過ぎてたのかね。

「ふふ、大丈夫ですよ京太郎君。あなたに勝るデジタル雀士はもはや全国レベルで見てもそうそういません。私が保証します」

ネト麻最強雀士のお前に言われると本当にそんな気がしてくるから怖いわな。
でも、まあ……うん。和がそう言ってくれるなら、俺はいくらでも頑張れるよ。

「……そう言ってくれると、嬉しいですね。先生冥利に尽きます」

そう言ってはにかむ和。……ああ、もう。いちいち可愛いんだよなぁ。
もういっそ、優希の言うとおりにここで玉砕してしまおうかという考えが頭をよぎる。

「……頑張りましょうね、最後のインターハイ」

「……おう」

けれど、どうしても――その一歩を踏み出すことは、出来なかった。

328 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/08(金) 19:49:13.05 ID:UFmbGQTx0
合宿二日目。……さて。
軽く三ヶ月は取り組んでる課題なんだ、いい加減ここいらでモノにしたい。
場の流れを読み切り、自分の鳴きでそれをコントロールする。
さあ、気張るかっ。

「……チー、かな」

純さんレベルになると流れが完全に『見えて』いるらしい(ということは、俺の集中モードで防げるのかもしれない)けど、
そこまでの精度は求めていない。俺の十八番はあくまでデジタル打ち。それを補助するための流れ読みだ。

「……チ」

「ポンッ」

(ぐ、欲しいところだったのに……!)

場を読み切れ。場を見切れ。
相手の一挙手一投足を見逃すな。
そして得た情報を自分の手牌と照合しろ。

「……カンッ」

「リーチにカン!?」

(俺の当たり牌を暗槓かよ……!)


そして――流れを断ち切れ!


「……ツモ。嶺上開花役牌ドラ1……2000・3900」

329 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/08(金) 19:50:01.84 ID:UFmbGQTx0
「うっげー。宮永先輩みたいなことすんのやめてくださいよー」

ははは、ここまで上手くいくとは思ってなかったよ。
でもまあ方向性は掴めたかな。……なんとなくだけど。
流石に公式戦でリーチにカン仕掛ける度胸は俺にはねえって。

「じゃあなんで今回はしてくれやがったんですか、ちくしょー」

お前が分っかりやすい染め手で仕掛けてくるからだよバーカ。
国士の可能性が残ってたらしなかっただろうし、まさか当たり牌ピンポイントだとは思わなかったけどな。

「……まあ、考えがあっての行動ならよしとしましょう」

ああっ、和!? ごめん俺が悪かった! 流石に調子に乗り過ぎた!
お願いだからそんな目で俺を見るのはやめてくれ! 確かにあそこはオリるべきところだったよ!
分かってはいたんだ、純さんに教わったことを試したかっただけなんだ!
……くそっ、ジト目の和も可愛いなんて言えやしないっ。

(……とか思ってるんだろな、京太郎さん)

(須賀先輩って普通に分かり易いよな)

(むしろ気付かない原村先輩が異常)

くそっ、お前らもそんな目で俺を見るんじゃない!
今にもドンマイと言い出しそうなその顔をやめろ!
ああもうくそっ、一応俺部長なんだぞ……。

「ま、京太郎はそういう扱いが似合ってるじょ」

「どんまい京ちゃん……」

……まあ、酷い扱いを嘆いてる場合じゃない程度には大きな進歩だ。
鳴きによる攪乱戦法。亜空間殺法とか言うんだっけか?
まだまだモノにしたとはとても言えないけれど、これで目途はたった。

「……まあ、そうですね。多少やりすぎのきらいはありますが、十分アリの範囲内でしょう」

そう言ってくれると嬉しいよ、和。
後は完全にマスターするために数をこなすだけだな。

「京太郎さん、基本的に数をこなすの好きっすね」

……ま、どこの世界でもそれが基本だろ。
俺は凡人だから、適当こいて技を会得できるほど器用じゃねーのさ。

338 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/09(土) 20:16:52.93 ID:rqOz9gbq0
その後も俺たちは練習を続けた。
後輩たちばかりを相手にしていても仕方ないということで咲に挑んでみたが、
チーをしようとしたらその牌をカン、更にカンもいっこカンからの嶺上開花である。

流石に腹が立ったので京ちゃんモードで毟ってやった。

「いや、おかしいでしょ京ちゃん! 練習の趣旨が変わってる!」

ごめん、つい。


続いて優希と。
リーチをかけてきたので一発消しを兼ねて一鳴き。
……したはいいが、結局優希は次の手番でツモ。確認したら鳴かなくてもツモられてた。

腹が立ったので京ちゃんモードで毟ってやった。

「いやだからおかしいじょ! いい加減にするじぇ!」

……ごめん、つい……。


「では、次は私が相手になりましょう」

まあ、よく考えたらデジタル対策に練習してる戦法なんだから和相手に試すのが普通だよな。
……う、悪かったって。咲も優希もそんな目で俺を見るんじゃない!
さぁて気を取り直していきますか。後輩二人はともかく和を相手に、どこまでやれるかね。

「サイコロ回しますよー」

339 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/09(土) 20:17:35.68 ID:rqOz9gbq0
……ま、配牌は悪くない。純さん理論で言えば、現状のところ流れは悪くねえ。
だがしかし、こりゃ駄目だ……見た感じ、和の配牌はもっといい。
純さんの指導のおかげか大まかな状況の良し悪し程度なら見て分かるようになった。

ま、それならそれで鳴いて流れを変えるのみ。
それが俺の、プラスアルファだ。
……ポンッ!

「そんなとこ鳴きますかー」

おうよ……あ、それもポン。
今のところ喰いタンが本線、上手いことやれば三色同刻もってところかな。
全然悪くはないんだが……和が更に先を行ってるっぽい。
やっぱり和本人から鳴かないと和の流れは変えられないか……?

「リーチ」

……っ、ポンッ!

「須賀先輩、それは流石に無理鳴きでしょ……?」

まぁな。
これで三色同刻は確定とはいえ雀頭候補がなくなった。
ただし……和から鳴くことには成功した。
ここからが純さん直伝亜空間殺法の本領だろ!

和のツモ番を引き継いでから一発目のツモで早々に雀頭を確保して聴牌。
更に俺のツモを引き継いだ後輩から……ロンッ!

「うげっ、ここかよっ!」

まぁ嵌張待ちの筋引っ掛けになってたからな。
諦めて支払いよろ。

「くそぅ、最近の京太郎さんなんか余裕ぶっててムカつくっ」

はっはっは、悔しかったら早いとこ俺に追いついてくれよ。
ちなみに俺に追いついたらその先には和と咲と優希がいるわけだがな。

「なんというクソゲー」

ははは、無理ゲーと言え。
ちなみに俺は今その無理ゲーに挑んでるところなんだけどどう思う?

「……早く続けません?」

ごめん和っ!

340 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/09(土) 20:18:03.15 ID:rqOz9gbq0
……さて、気を取り直して。何回取り直せば気が済むんだって話だが。
さっき無茶苦茶な鳴きで強引に和了ったせいか、今度は配牌が酷過ぎて話にならん。
八種十一牌とか確実に運の神様とかに喧嘩売られてるだろ。

「むぅ。リーチで」

あ、真面目君それポンな。
ちょっとずつでも流れを取り返していかないと、でかいのを和了られかねない。
……あ、チー。

「お。ツモッ」

……ふぅ、ナイス双子兄。上手い事真面目君のリーチは躱せたみたいだな。
あの程度の安手ならいくらでも取り返せるし……さて、頑張るかっ。


「……はぁ、流局ですね。聴牌です」

俺はノーテン。でもどうにかこうにかトップは死守してやったぜ。これはこれで物凄い神経使ったけど……。
まあ、やっとこさこれも俺の戦法として取り入れられるくらいにはなったんじゃないかな。

「いいんじゃないですか? さっきも言いましたがデジタルの観点で完全にアウトという手は打っていないですし」

「京太郎さんが鳴くと悉く手が止まるんすよねー」

いやまぁそういう鳴き方を教えてもらったわけだから、ちゃんと機能してくれなきゃ困るよ。
けど、これで俺の打ち筋はほぼ完成と言ってもいいかな。あとは精度を高めていくだけだ。

「やったね、京ちゃんっ」

「ま、褒めてやるじぇ」

……うん、ありがとう。でも和の目が怖いからそこまでにしてくれ。
大丈夫だって和、俺だって流れとか眉唾ものだと思ってるから! な?

「怖い目なんてしてませんっ」

あ、はい……。

341 : ◆NZD.UFKqaQTc [saga]:2013/02/09(土) 20:18:58.90 ID:rqOz9gbq0
そんなこんなで冬合宿は終了。
俺個人としてはこの上ない収穫があったが、後輩たちはどうだったのだろうか。
思い返してみると、俺や咲あたりに蹂躙されてばかりだったような気もする。

「宮永先輩はともかく須賀先輩相手なら十分練習になってますから大丈夫ですよ」

「むしろ宮永先輩と比べると京太郎さん(笑)って感じっすから大丈夫っすよ」

「今年こそは足手まといにはなりませんからねっ」

そうか。そういうことなら、気が早いけど団体戦のオーダーでも考えるかね。
あと双子は帰ったらまた飛ばす。
よし、じゃあ出るぞー。お前ら忘れ物とか大丈夫か? そいじゃ、出発ー。


……はぁ、やっと着いたか。合宿は楽しいけど帰りがしんどいよなぁ。
母さん、ただいまー。

「おかえり。合宿はどうだったの?」

ま、上手くいったんじゃないかな? 俺としては大満足だよ。
これなら夏の大会にも期待できそうだ。

「はぁ。あんた最近麻雀麻雀って……もうすぐ受験なのよ?」

う、うん。
でも、まあ、授業はちゃんと受けてるし課題も出してるし、そっちに専念するのは引退してからでも遅くないだろ?

「いいんだけどね。とにかく後悔することがないようにしなさいよ」

わかってるって……はーぁ。言えねーよなぁ。

プロ雀士目指したいとか。
正直何言ってんだこのアホはって話だもんなぁ。
我ながらとても馬鹿なことを考えていると思う。
それでも、諦めたくないから。俺の努力でどうこう出来る範囲内にその位置があるなら……。

俺はいつまでも、和の近くで麻雀を打っていたいから。


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最終更新:2014年02月02日 01:25