玄「ふんふ~ん♪」

楽しそうに鼻歌を奏でながら玄さんが本棚を眺めている。

京太郎「別に面白いものなんてないと思うけどなぁ」

学生の一人暮らしの本棚など、教科書と参考書とマンガくらいしか入っていないのだがな。

玄「ん~……あ、アルバムみっけ!」

それは棚の一番下。その端にひっそりと収められたアルバムだった。

玄「見ても良い?」

京太郎「う~ん……」

振り返って問うてくるのへ、一瞬迷ったが頷いて承諾。

玄「わーい!」

嬉しそうに、身を屈めると本棚からアルバムを引っ張り出す。

その際、後ろから見ていた俺にはお尻が突き出されるように形の良い小振りなお尻と、

膝上まであるハイソックスとスカートの間の白い太ももがなんとも眼福だった。

満面の笑みでアルバムを抱えた玄さんがこちらに歩み寄ってくる。

四方あるコタツの面の俺が両脚を突っ込んでいる面まで来る。

少し横にズレると、「お邪魔します」と断りを入れて楽しそうに隣に腰を下ろした。

俺の座っていた座椅子の背の半分に玄さんが身体を預ける。2人分の体重に背凭れが軋む。

指を伸ばし、その白い頬に触れる。きめ細かな肌の感触が指先に心地良い。

照れくさそうに笑う玄さんが愛おしい。

玄さんは早速アルバムのページを開き、中身を閲覧していく。

生後数ヶ月の赤ん坊の頃の俺。幼稚園の入園式の時の俺。運動会の徒競走でずっこけて大泣きして母に慰めれている俺。

幼稚園の卒園式の俺。公園で泥だらけになりながら遊んでいる俺。小学校の入学式の俺。小学校でのいろいろな行事の時の俺。

からかわれて泣いていたクラスメイトの女子を庇って喧嘩した時の俺。

様々な時を過ごした俺の過去が、切り取られた状態で枠の中に納まっていた。

玄「あは、小さい京太郎くんカワイイ~」

玄さんの言葉が面映かった。視線を逸らすと、今度に逆に玄さんの指が俺の頬を突く。

鬱陶しげに指を払うが、玄さんは笑っているだけ。俺も釣られて笑う。

ページを進めていくと、写真の中の俺はちょうど中学に上がった頃だった。

玄「これ……」

玄さんの視線が一点に注視される。

馴れ馴れしく同行者の腕を引っ張る俺と、

腕を引かれて慌てながら不機嫌そうに、けれどどこか嬉しそうに必死で付いてこようとする少女の写真。

俺と、俺の幼馴染。宮永咲との思い出の一枚だった。

京太郎「……」

我知らず、俺は写真の中の咲の顔を指先で触れていた。

込み上げる郷愁の甘さと苦さ。

我に返り、首を捻るとこちらを覗き込んでくる玄さんの視線と出会った。

玄「この娘。……誰?」

京太郎「誰って、ただの幼馴染だよ」

玄「なんていう人?」

京太郎「? 咲、宮永咲だよ」

玄「宮永、咲……さん」


小さく呟く玄さん。

玄「どんな人だったの?」

京太郎「なんか質問多いね」

玄「あ、ごめん。その……気になっちゃって」

京太郎「いや、いいけど」

恋人の可愛い程度のヤキモチなのだろう。

京太郎「そうだな。寂しがり屋で潔癖症で、物静かなのに口煩くて、強情なくせに泣き虫で、本が好きでよく図書館や本屋に付き合わされたな」

京太郎「よく思い出してみると変な奴だったな」

玄「好きだった?」

俺は玄さんを振り返る。凪いだ水面のような双眸が俺を見据えていた。

京太郎「ああ、そうだね。好き……だったんだと思う」

俺は弱々しく笑う。

京太郎「そういう欠点も含めて好きだった」

自分の思いを自分で反芻する。

玄「付き合ったりはしなかったの?」

京太郎「そういうのは……なかったな」

京太郎「咲の気持ちを確かめなかったし、俺自身そのときの関係を壊してしまうのが怖かったから」

ようするに逃げたのだ。


微妙な空気が充満していく。

京太郎「こんな話はやめよう。意味のないことだ」

流れを変えるように、口の出だして気まずさを振り払う。

京太郎「なにか淹れよう。紅茶でいいよね?」

玄「あ、うん。えへへありがと~」

玄さんもこちらの意図を察してくれたらしく、朗らかな笑みを返してくる。

こんなときはハーブティーでも淹れよう。ハーブには鎮静効果があるとされている。

それで気を落ち着けよう。そしたらいつも通りの俺たちに戻ろう。

そんなことを考えながら俺は玄さんを自室に残し、台所へと向かった。

―――――
―――

その背が扉の向こうに消えていくのと同時に、湛えていた笑顔は消失。

拭ったような無表情へと変貌する。

玄「……」

少女はアルバムから、自分の恋人とその彼の幼馴染が写る写真を抜き出すと、

それを静かに握り潰した。