穏乃は京太郎と出会ってから何の意味もなく携帯電話を見ることがある

日に八度、誰からの連絡がない時も画面を見つめている

一目惚れだった

古い友人の紹介を受けて知ったとき、その眩しさに息をするのも忘れた

高い背、流れる髪、明るい笑顔、そして話してみると裏表がない好青年だと分かった

向こうもこちらを気に入ってくれたようだと、親友の憧が肘でつついてからかってきた

だが穏乃は何も誤魔化すことなく、それは良かったとだけ呟いた

誤魔化す必要などなかった、実際に恋をしてしまったのだから

好きなものは好きだと素直に認められる性格を貴重だといわれたことはあるが、

その価値を彼女は理解できていなかった

山が好き、走るのが好き、麻雀が好き、両親が好き、友達が好き、京太郎を愛している

何もおかしなところはない

奈良に来た京太郎と遊びに出かけると、彼は穏乃が知っていたはずの世界に新しい色を加えていった

京太郎と一緒に食べるもの、一緒に入った店、一緒に遊んだボウリング、全てが新鮮に感じた

そして彼女が知らなかった楽しみ方まで何でも教えてくれた

どうせなら遠くまで行こう、と誘われて近鉄線に乗って大阪まで出かけたとき、

都会で遊ぶということなど未経験だった穏乃には鼻歌をうたいながら手を引っ張っていく京太郎は

まるで未来人か魔法使いのように映った

もう穏乃は京太郎に夢中だった


…………


京太郎からまだ電話もメールもこない

勿論まったく無いというわけではない

こちらから電話をすれば必ず出てくれるし、

メールもどんな時間に出しても1時間以内に返信がくる

向こうからは週に3度は日常的な内容の呟きがくる

出来れば京太郎の意志で自分とコンタクトを取ってほしいと望む穏乃は

そのどうでもいい話をこそ待つのだった

まだこない…

まだこない…

あ、きた…

えへへ…もうしょうがない事ばっかり考えるんだな京太郎は…

へへ…

穏乃にとって不運だったのは、今まで彼女が異性に恋をしたことがなく恋愛への心構えがわかっていなかったこと

よりにもよって須賀京太郎という少女の理想が具現化したような少年に出会ってしまったこと

奈良県と長野県という遠距離がために容易に会えないということ

そして、京太郎にとって穏乃はあくまでも友達であったということ


…………


京太郎が奈良県にやってくると聞いた穏乃は舞い上がっていた

世界が回り、地面は消え、部屋のなかで宙に浮かんでいるようだった

友人も一緒に連れてくると彼は言っていたが、そんな有象無象など無視だ

京太郎だけいればいい、京太郎が奈良についたら早速彼だけを引っ張って遊びに行こう

そう考え、ベッドに飛び込み枕に顔を埋めると、京太郎の姿が浮かんだ

手を振って、自分を待っている

――待っていてね、もうすぐだからね



当日、駅まで京太郎を迎えに行く穏乃の体内は暴れださんばかりに脈打った

疲労なんかではない

京太郎への愛しさが外へ出ようと出ようとしているのだ

それらを押さえ込みながら穏乃は走った

ホーム内にひときわ目立つ高身長の金髪の姿を見かけ、声を出してこちらに気づかせようとした穏乃であったが

次の瞬間に固まった


隣に女がいた

長い金髪の女だ

あろうことか京太郎の腕にしがみつき、頬ずりしている

この男は自身の所有物であると周囲にアピールをするかのように

女の顔を穏乃は知っていた

白糸台の大将、大星淡

かつて自分が下した相手だった

その大星淡が、自分に負けた大星淡が、

京太郎に、最愛の男性に身を寄せている…!!


許せない

絶対に許すわけにはいかない



   その男は私のもの……私のものなんだ!!!



高鴨穏乃は

生まれて初めて他人に憎悪と殺意を覚えた


カンッ