そこそこ顔が良かったから、そこそこ背が高かったから、そこそこ体格がスリムだったから。理由なんて、そんなものだった。
 ただ、恵まれた体躯が向いていた。それだけの理由で、スカウトされて始めたモデルの仕事。
 給料も良かったし、小遣い稼ぎ程度にとやっていた。ウケも悪くなかったし、話題作りのネタにもなったし、辞める理由もなかった。
 俺にとって、この仕事とはその程度のものだった。モデル業をやめさせられても、元の学生に戻るだけだったから。
 ……今日この日。この場所……撮影のために来た広島で。彼女に出会うまでは。

いちご「佐々野いちご、いいます。よろしゅう、おねがいするんじゃけぇ」
京太郎「……須賀、京太郎……です」

 …………一目ぼれ、なんて。そんなもの少女漫画の空想かと思っていた。
 高校生アイドル雀士、佐々野いちご。彼女に出会えたこと、それこそが俺がモデルをやってきた本当の理由だったんだと、確信させた。

京太郎「麻雀、ですか?」
いちご「うん!ちゃちゃのんは、麻雀に夢中なんじゃ」

 撮影の合間に、俺は必死に彼女と話をしようとした。
 麻雀に恋焦がれる彼女。今まで関心を持たなかった競技に、俺が妬心と興味を持ったのは必然だった。
 麻雀を勉強する。麻雀を強くなる。麻雀が強くなったら、彼女が俺を好きになってくれるかもしれない。
 なんて、浅ましく単純な考え。けれども、それがか細くとも確かな糸になるというのなら、必死で手繰り寄せる覚悟があった。

京太郎「俺も、来年高校入ったら麻雀部入って、全国目指しますから!」

 撮影が終わって、別れ際に。俺はそんなことを彼女に宣言した。
 絶対に叶えられるという保証はない。麻雀の役の一つも知らない俺の戯言など、流してしまうのが利口だ。

いちご「うん。ちゃちゃのんも、全国で待っとる」

 ……それでも、彼女はそう言ってくれた。
 それが本気だったのか社交辞令かどうかなんて、この際どうでもよかった。ただ、待ってくれると約束してくれた。だったら男は、何が何でもその通りに履行するものだろう。
 俺は麻雀を始めた。ネトマを打ち続け、時に雀荘で打って、牌効率というものを徹底的に洗練させた。
 モデルの仕事もより精力的にやった。これを続ければ彼女との繋がりがより強くなると、そう信じた故だ。
 大きい仕事も何度かこなしている内に、いつの間にか、ティーン誌の王子様なんて呼ばれ方もされていた。
 彼女は来年で三年になる。最初で最後のチャンスだった。
 入学した清澄高校の麻雀部は、人数こそ少なかったが部員の強さが尋常じゃなかった。俺のために特訓に付き合ってくれた幼馴染の咲や、東場で異様に強い優希、全中王者の和と、幸いにして相手には不足しなかった。
 そんな奴らと打ち続けるうちに、俺の実力はメキメキと上がっていき……このヒリヒリとした真剣勝負の空気というヤツが癖になっていた。
 ああ、認める。俺もまた、麻雀に焦がれたんだ。
 ──年月を凌駕する、密度を優先した俺の特訓の成果は、男子個人戦優勝という形で叶った。


京太郎「……お久しぶりです、いちごさん。お待たせしました」
いちご「ううん、全然待っとらんよ」

 再会を果たした彼女は、約束を覚えてくれた。いや、俺のことなんかを覚えてくれた。
 それが嬉しくてたまらなかった。
 今までの頑張りは、決して嘘をつかなかった。
 彼女を信じた俺は、決して間違いじゃなかった。

いちご「京太郎くんが一杯頑張っとるの、ちゃちゃのんは知っておるんよ」
京太郎「え」
いちご「ほら」

 いちごさんが俺に見せてくれたのは、モデルの俺の記事をまとめた……スクラップブック。

いちご「お仕事もこんなに頑張っとって、ここに来てくれたんじゃ。ちゃちゃのんは、嬉しいよ」
京太郎「いちご、さん……!」

 俺を、見てくれた。
 何もかもが叶ったと思っていた。ただ、ここに来れればいいと思っていた。
 もう一度、彼女と話をしたいと思っていただけだった。もうそれだけで、この心の内にある恋心は満足してくれるのだと。
 だけどもう、こんなにも届くところに、彼女はいる。
 ……だったらもう、手を伸ばそう。

京太郎「いちごさん。もし、俺が全国優勝したら……」
いちご「や」

 ……だよな。分かり切っていたことだった。

いちご「ホントは、待っとらんいうのは、嘘じゃけんのう」
京太郎「それは……」
いちご「待ちくたびれて、待ちくたびれて、もう我慢ならんのじゃ」

 ぎゅっと、俺は抱きしめられた。
 柔らかい、女の子のにおい。
 そして制服越しに伝わる、心臓の鼓動……。

いちご「わかる?ちゃちゃのんは、こんなにどきどきしとるんよ」
京太郎「……はい」
いちご「京太郎くんのせいじゃ。ずっと、ずっと、初めて会った時からじゃ」

 ……ああ。今ならわかる。この人も、俺と同じだったんだ。
 自惚れじゃない。勘違いじゃない。そうなのだと、信じられる言葉。





いちご「責任、取って。ちゃちゃのんのこと、持ってって」
京太郎「……はい!」

 彼女の体を、俺は抱きしめかえした。


カン!