玄「ん~♪」

玄さんの顔が俺へと迫る。

無人の部室。俺は椅子に腰を下ろし、その上に玄さんが重なるように座る。俺は相手の腰に彼女の腕は肩から首に回されている。

2人の口元には細長いチョコレート菓子が一本架け橋となって繋がれていた。

両端から互いに食べ始め、咀嚼しながら進行していく。

半ばまで食べ進めた段階で、徐々に両者の頬に朱が差し込んでいく。

もう少しでお互いの唇が触れ合うという嬉し恥ずかしな展開が発生するまさにその瞬間だった。

ガチャリと、乾いた音を立てて扉が開かれた。

灼「……」

京太郎「」

玄「」

いつものどこか眠たげなやや釣り目がちな半眼が俺たちを見据えていた。

三者三様の視線を辺、両眼を頂点とし歪な三角形となって結ばれる。

氷塊を突っ込んだように室内温度が見る見る下がり氷点下を突き抜ける。反比例して俺たちの顔面温度は先程以上に上昇する。

咥えられていた菓子が間抜けな音を立てて真ん中から折れた。俺たちの心が折れる音にも聞こえたが。


場を支配する寂寥感。

灼「……」

灼先輩は特になにも言わず、なにも見なかった風体で脇を抜け部室の隅に置かれた本棚から一冊のファイルを手に取る。

位置と捲った頁数からおそらく県大会の時の牌譜。

玄さんの赤みがかった紫雲の瞳は焦点が定まらず、茫々と宙を泳いでいる。頬は相変わらず紅潮。

いつの間にか用件を終えたらしき灼先輩は数枚の書類を片手に部室を出て行くところだった。

指先一本動かせず、視線だけでその行動を追う。ドアノブで手をかけてところでなにかを思い出したかのように先輩は振り返る。

灼「別に気にせず続けてくれてよかったのに」

京太郎「出来るかっ!?」

神託を告げる聖者のように重々しく宣言した灼先輩に裂帛のツッコミを叩き込む。

灼「一応、ある意味衝撃的映像だったって言う自覚はあるんだ」

その口元と鼻先には嘲笑。

灼先輩の手札は俺たちの現状とその情報。俺の手札は憤怒。

京太郎「あの、この事は他のみんなには……」

敗北を自覚し、下手に出る。

灼「別に言い触らすような事はしないし、その必要もない」

京太郎「本当ですか?」

一筋の光明。よかった話がわかる人で。しかし後半の発言の意図が不明。

灼「ただ、部長として言うけどそういうのは部室ではなるべく控えてほし」

京太郎「はい、すみません……」

玄「ません……」

灼「それじゃあ、戸締りだけよろしく」

それだけ言い残し、手を振って部長殿は去っていった。


残ったのは沈黙。

少々気まずいが、再び2人っきりになったことで玄さんへの愛おしさが再熱。

視線で問うと、玄さんは頬を染めつつわずかに視線を下に背けながら小さく顎を引く。それは2人だけに通じるお許しの合図だ。

チョコレート菓子でのお遊びはやめて、直接その薄い桜色の口唇を求める。

その直前に微かな違和感が閃く。そういえば、先輩は去ったが足りないものがある。俺は戸を閉める音を聞いていない。

俺は視線を水平移動。寸前でお預けを喰らった玄さんが不満気に身を揺するが今は無視。

部室の扉。その薄く開いた隙間から覗く五つの瞳が目に入った。

視線が激突。監視者の群も俺に気付きそっと戸は閉められた。

玄「もう、京太郎くんってば!」

頬っぺたを膨らませ眉尻を上げた玄さんの声に振り返る。

玄「余所見しちゃ、やだよ?」

もうどうにでも慣れだ。

不安げに揺れる双眸に苦笑し、黒曜石のような光沢の黒髪に指を差し込みつつ、濡れた唇に軽く触れた。


カン!