夏といえども、二十二時を過ぎれば外はすっかりと暗くなる。そんな中、須賀京太郎は疲れた様子で座っていた。

 公園内の外灯に照らされるその姿は、どこか哀愁がただよっており、くたびれたサリーマンのようにすら見える。片手の缶が、酒類であったならばなお、実際はコーラである。

 バイトの帰りだ。一年のころから在籍している、麻雀部のではない。

 彼は今、染谷まこの生家であるRooftopで働いている時間のほうが多いのだ。

 新部長となり、忙しいまこに変わって。


もともとの原因は、清澄麻雀部にまっとうな指導が出来る顧問がいないことに、起因している。

 それは昨年度からわかっていたことであるが、部員の確保と違って指導者はおいそれと見つかるものでもない。

 昨年度の活躍から、急激に増えた部員。彼女らは、同時に清澄が団体出場するために必須であるがゆえに、当然ながら全国で戦えるように鍛えねばならない。

 そもそも。今年の予選には、フルメンバーが揃う龍門渕という強敵がいる。他校も、当然ながらマークしてくるだろう。

 昨年以上の厳しい戦いになるのは、目に見えている。

 激戦を戦い抜くメンバーを作らねばならないのだ。そうした、戦う技術を教えられる指導者は、これまでは竹井久の役目だった。

 が、彼女は卒業してもういない。希に来るが。

 変わって、教えていくのは染谷まこと原村和が中心となる。感覚やオカルトの片岡優希と宮永咲はまあ、ひとまず置いておく。

 しかし、二人では増えた部員に対応しきれていない。メンバー入りする一人に絞れば良いのだが、露骨にそうすることもできずにいた。


こうしてまこが指導にかかりきりになる場合、一つの懸念事項があった。

 それが、彼女の実家であるRooftopの手伝いだ。

 これまでは何かにつけて、まこが行っていた。だが、彼女も三年生。今年で高校生活最後となると、親もそちらを優先するようにと促してくる。

 まことしても思うところはあったのだろうが……結果として、親の好意に甘えて今は麻雀部で活動することが多い。

 とはいえ、実家の忙しさが変わることはなく、人手としてバイトを雇うこととなり――そこで京太郎に白羽の矢がたったのだ。


「……ふぅ」

 プルタブを起こし、一口、二口とちびちび飲んでいたコーラはいつの間にか半分になっていた。

 暑い時期だが、日もとうにくれた夜半ともなればいっそ、涼しくすらある。冷えたコーラは喉を潤し、勤労の疲れをほどほどに癒してくれた。

 バイトの終わりに公園で一服するのは、今では京太郎の日課になっている。それは、温まった懐がそうさせるのか。

 あるいは、彼の顔に浮かぶ悔いにも似た何かを家族に見せないためか。

「須賀君?」

 不意に、京太郎に声がかかった。

 彼はおよそ、一年ぶりに聞く声。

「部長――じゃなかった、竹井先輩。何時こっちに?」

 かつての部長が、意外そうな顔をして立っていた。


「ほんの一時間くらい前かな。厄介なことに、バスを逃しちゃってね~。フラフラと家に向かってたら、公園に君がいたの」

 今は市内の大学に通う彼女は、月に一度はこうして地元に帰ってくる。理由はまちまちだが、こうして外で二人が会うのは初めてだった。

「どうしたの、こんなところで」

「バイトの帰りなんですよ。ちょっと喉が渇いたんで……」

「あれ? 須賀君ってバイトしてたっけ?」

「先月から、始めたんですよ。染谷部長のお店で」

「ああ……」

 それで久は、おおよその事情を把握したようだ。

「ねえ、須賀君」

「はい?」

 どこかためらいがちに、久は問いかける。

「今、辛くない?」


(悪習よね)

 昨年の夏。久にとっては最後の最後に訪れた、夢の舞台への挑戦権。

 そのおり、どうしても結果を手にしたい彼女は麻雀以外に時間の取られる雑事を、一人に押し付けてしまった。目の前の、疲れた様子を見せる京太郎に。

 もちろん、下級生が雑用をするのは部活動では当たり前と言える。新入部員で、まだ役を覚えたての上、全国大会に唯一参加しないのだから、次第と傾注してしまうのも無理はないだろう。

 しかし、いつしかそれが当たり前となってしまった。

 気がついたのは何時のことだったか。

 ともあれ、気がついてからは是正してきたのだが――元が世話焼きなのか、あるいは誰かが言うように執事の資質があるのか。
部活内で、そうした役割を担うのは結局変わることはなかった。


「確かに、疲れてますけど……」

 唐突な問いかけに、京太郎は歯切れ悪く答える。

「疲れてるだけ?」

「……」

 何を言われているかわからない。そう言うよりかは、何かを言おうとしてためらっている。そう言う、苦渋に似た何かが京太郎の顔にあった。

 久は隣に座り、しかし先を促さずにただジッと待つ。

「その……誰にも言わないで貰えますか?」

「ええ。ああ、でも――解決のために必要なら、まこにも口添えするけど……」

「えと、そのバイト先のことなんです」

「えっ?」

 意外そうに、久は声をあげる。

 まこは、染谷まこはことさらに京太郎を気にかけていた一人だ。昨年の夏であっても。その前の、合同合宿の時からも。そして、久が卒業するその時までも。

 そのバイト先で、何があろうというのか。京太郎が疲れ、こうしてベンチで一人佇むほどのことが。

 それとも色恋か。久は、胸に微かな痛みを覚え――それを飲み下し、今にも口を開きそうな京太郎を見る。


「その、俺――女装にはまりそうなんです」


会話のキャッチボール中、野球ボールが唐突にサッカーボールにかわり目の前でカーブして川へと流れていった。それくらいに有り得ない返答に、思わず久は頭を抱えた。

 いや、聞き間違いの可能性もある。除草とか。きっと、やたらと頑固な雑草が根をはって店の景観を損ねているのだ。

「じょっ、女装?」

「はい。女装です」

 吐き出してしまってスッキリしたのか、どこか晴れ晴れとした京太郎の声が返る。アウトだった。スリーアウト、ゲームセット。

「バイト中に藤田プロの卓に数合わせで入って、ビリにちょっとした罰ゲームをさせようぜってお客さんが盛り上がっちゃって……」

「それはまた、無謀な人もいたものね」

「負け込んでてやけくそだったみたいです。それで、まあ……最後の最後で、藤田プロに満貫直射されまして」

「で、罰ゲームが女装だったと」

「はい。それで接客しろって。
 これが、困ったことに好評だったらしくて……」

(確かに、ちょっと化粧すれば化けそうだけど)

 やや女顔の京太郎だ。ひと押しすれば、それはもう完璧に近づくだろう。

「ちなみに、その時はたまたまいたハギヨシさんがメイクしてくれました」

「どう考えてもそれが一番の原因でしょうね」

 完璧執事だし。とりあえず、彼に任せておけばもろもろ問題ない。問題なくて、問題になったが。


 聞くに。影の薄い子を引き連れた女子大生やら、麻雀部のコーチとかお金持ちのお嬢様なんかに加えて、一部の色々と手遅れな男性客が大金を落としてくれてるらしい。

 あと、たまに帰省した元チャンプとその友達とか。

「おかげで、バイト代はいいんですけどね」

 ひと月の稼ぎが十万を超える。高校生には大金だろう。ただ、それで辞めるに辞められなくなったのがそもそもの原因だ。

「それで、はまっちゃったと」

(でも、まだ悩んでるなら勝ち目はある)

 別に女装趣味を否定するわけでもないが、まあ久の精神的に好きな人がそれってのも、色々と重い。

 ここはなんとか言葉を選び、まこのところからバイトを辞めさせないと。そう決意を新たにし、

「今も、実は女性用下着を着ています。これ、以外と着心地いいっすね」

「もう手遅れじゃない!」

 悲鳴じみた声が夜の公園に響いた。


 結局、話せてスッキリしたのか京太郎はそのままにこやかに久を送っていった。

 被害はまあ、久の心に引っかき傷を残したくらいだろう。たぶん、割と致命傷気味の。




 一方、清澄麻雀部での反応は。

「こんまま極めて貰って、大会で五人目のメンバーに京太郎こと京子ちゃんを入れるというんは……」

「アリですね。ええ。見た目も十分でさらにあの声。女性というには低すぎますが応用が聞きますしあまり喋らなければ大丈夫でしょう。
ただやはり技術面での不安は残りますがそこは主に私が教えれば大丈夫でしょう。優希や咲さんの感覚だよりも否定はしませんが初心者から脱したばかりの須賀くんもとい京子ちゃんには……(以下省略)」

「タコス作りの腕も上がったし、わたしは不満ないじぇ」

「私はむしろ、お姉ちゃんが入り浸ってるのが不安なんだけど……」

 誰かさんが非常に荒ぶっておられたが、かねがねいつもどおりであった。

 カン