2月14日
デート帰りの電車は少し混んでいた。乗車率120%ほどの車内で、私たちは並んで立っている。
「今日楽しかったね」
「ああ 特に昼飯食ったとこの店員さん シャツにケチャップついてんだもんなー」
京ちゃんは思い出したように笑い出す。私にとって一番楽しいのは京ちゃんとこうやって笑いあう時間。
映画館では話すことはできないし、ランチでは彼が食事に集中し、雑貨屋さんでは私が品物に目を奪われる。
「おかしかったよね」
「教えてあげたら恥ずかしそうにしてたよな」
頭一つ分高い位置から発せられる彼の言葉はまるで私に降り注いでくるよう。
いまは私の、私だけのために。
京ちゃんと一緒にいるだけで私は幸せ。大きな手で包みこまれているようにほっとする。暖かくて、穏やか。
私が唯一、私でいられる人。私のすべてをさらけ出せる人。
京ちゃんにも同じ気持ちでいてほしい。

電車がカーブにさしかかるところで急ブレーキがかかった。
「あっ」
いつものことだからわかるはずなのに、つい私はよろめいてしまう。同時に京ちゃんが私に向かって手を差し伸べてきた。
私はためらいなく京ちゃんの腕につかまる。
礼を言う代わりに京ちゃんに微笑みかけると、彼もまた私に微笑みかけてくれる。微笑み返しだ。
「ったく咲はこれだからなー」
「今のは仕方ないよっ」
「少しは学習しろよな」
京ちゃんの軽口の調子がいつもと少し違う。言葉に詰まったように出てくる軽口だ。頬がわずかに赤みがさしている。
(照れてるんだ…照れてくれてるんだ…)
この反応が見たくて毎回わざとよろめくことを京ちゃんはたぶん知らない。嬉しくて思わず京ちゃんの腕をつかむ手に力が入ってしまう。
「いてててっ 冗談だって」
「ん~~~」
京ちゃんは気付かないままだけど、それでもいい。私だって照れてるから。

主要駅の一つで乗客の大半は降りていった。車内が一気に静かになる。
「座ろうぜ咲」
空いてる席の一つを指さして京ちゃんが勧めてくれる。
車体に沿った長椅子に座った私たちの距離はいつもより近い。どきどきするけど安心する。
「外 暗くなってきたね」
「ああ」
太陽が山の向こうに沈んでしまっても、私の気持ちまで沈むことはない。デートは終わりを迎えようとしているのにちっとも悲しくない。
私の心は満たされている。
「京ちゃん 肩」
「ん」
私が言うと京ちゃんは少し身体を寄せてくる。皆まで言わなくても通じている。
私は自分の頭を京ちゃんに預ける。ゼロ距離だ。
「咲だけずりー」
京ちゃんの肩に預けた私の頭に、さらに京ちゃんが頭を重ねてくる。
京ちゃんの肌で、顔で、声で、匂いで京ちゃんを感じることができる。
こんな幸せな時間を、私はほかに知らない。

ふと目を覚ますと電車は止まっていた。見回すと乗客は私たちだけになっていた。
京ちゃんはまだ寝息を立てている。
(まさか…)
駅名を確認すると、降りるべき駅はとうに過ぎていた。
「京ちゃ…」
慌てて京ちゃんを起こそうとして、やめた。
(もう少しこのままでいよう)
終着駅まで遠くない。どうせなら終着駅まで行って折り返そう。その方が京ちゃんと長くいられる。
再び京ちゃんの肩に頭を預けようとした時だった。
「守るよ」
京ちゃんの寝言だった。次の言葉を待ってみたが、京ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
京ちゃんの言葉を勝手に解釈した私は、少しの間だけ京ちゃんに唇を重ねた。
不意に車内の明るさが増した気がして、恥ずかしさを覚えた。
振り返ってみると空には星が輝いていた。
星空に照らされたこの電車は、私たちをどこに連れて行ってくれるのだろう。
(きっと…きっと素敵な場所…)
そう願いながら、私はそっと瞼を閉じた。

おわり                       みやながさき

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