「これで…良かったんだよな」
屋上で横になりながら京太郎は一人呟く。きっと麻雀部では俺の悪口でも言っている頃だろう…特にタコスが。
でも、これで良いんだ。
これは俺一人さえいなくなれば済む事なのだから。
分かっている事なのに―、覚悟したはずなのに―

なのに…何故……
涙が止まらないんだ…?

胸が痛む…いつもの激痛とは違う胸の痛みがチクチクと突き刺さる。
「畜生…死にたくねぇ…」
もっともっと生きたい。
咲や麻雀部の皆と…ずっと一緒にいたい。
でも、それは許されない…何故なら俺には咲達と違って、もう未来はないのだから。
未来のない人間が未来のある人間の邪魔をする事などあってはならない。
だから俺は、この道を選んだんだ。
京太郎は袖で涙を拭うとスッと起き上がる。すでに辺りは夕焼けに染まっていた。
「もうこんな時間か…もう皆、帰っただろう」
そろそろ自分も帰らなければ。京太郎は首をコキコキと鳴らすと鞄を持って起き上がった。
「ここにいたのね須賀君」
いきなり声をかけられた京太郎は後ろを振り向くと、久が笑みを浮かべながらそこに立っていた。

「ぶ、部長…?何でここに…」
「あら、私がここに来てはいけない理由でもあるのかしら?」
「いや…そういう訳じゃあないんですけどね……ハハハ」
あたふたした様子で京太郎はわざとらしく笑う。
「それで部長…一体何をしにここに…?」
「そうね……ちょっと須賀君に聞きたい事があったから…かしら」
久は不敵な笑みを浮かべながら京太郎の顔を見つめる。
聞きたい事がある…京太郎はその言葉を聞いてドキッとした。
久は時として人の心の中を見透かす様な発言をする事がある。もしかして自分が隠し事をしている事に気付いてしまったのか…?
その真意を確かめるため、京太郎は恐る恐る久に尋ねてみた。
「聞きたい事があるって何ですか? 麻雀部を退部した理由ならさっき述べた様に飽きたからで…」
「それは嘘ね」
強い口調で京太郎に言い放つ久。彼女の表情がさっきまでの笑顔とは一転、真剣な表情へと変わる。
「須賀君は今まで散々と雑用を任されたのにも関わらず、しっかりとやってくれたじゃない。 そんな責任感があるあなたが、飽きたからって理由で急に退部するなんて…私には考えられないわ」

「ハハ…それは買い被りって奴ですよ部長、俺はそんな立派な人間じゃありませんよ」
そう、俺は部長が考えている様な人間じゃない。むしろ皆に嘘をついている最低な奴さ…。
京太郎は内心ではそう思いながらもにこやかに笑い続ける。
けれども、久はそんな京太郎の笑顔が偽りのものである事を見抜いているのか表情は険しいままだ。
「須賀君、あなたはもしかして私達に隠し事をしているんじゃないのかしら?それも…決して知られたくないような事を…」
京太郎の予感は的中した。やはり久は京太郎の異変に気が付いていたのである。
それでも京太郎は笑顔を崩す事無く、誤魔化そうとした。
「嫌だなぁ、部長……隠し事なんて俺は何も…」
ズキンッ…
そんな京太郎の胸にあの痛みが走った。
「ぐっ……あぁぁ!」
「す、須賀君!?大丈夫、しっかりして!」
胸をおさえながら痛みに耐える京太郎に駆け寄る久。そんな彼女を遮る様に京太郎は右手を久に突き出した。
「だ…大……丈夫です部長……!いつもの……ぐぅ……事ですから……」
京太郎は痛みに耐えながらも久に笑顔を向ける…それは久の心配を和らげるための彼なりの努力だった。
「はぁ……はぁ…!」
ようやく痛みが引いていく、京太郎は袖で額の汗を拭うとゆっくりと立ち上がった。
「ハハ…格好悪い所を見せてしまいましたね」
「須賀君……あなたやっぱり…」
心配そうな表情をしている久を見て、京太郎はポリポリと頭をかくとゆっくりと口を開く。
「胸がね……痛むんですよ。 言葉では言い表す事が出来ない激痛が毎日の様に襲ってくるんです。
この前、病院で調べてもらったんですけど、どうやら心臓に異常があるらしくてそれで……」
「それで……?」
「俺……後一ヶ月しか生きる事が出来ないって言われてしまったんですよ……」
「そんな……!?」
京太郎の言葉に久は絶句する。京太郎が普段、何かを隠していた事に久は薄々気が付いてはいた。
けれども、京太郎が命に関わる重大な病に侵されていたなんて久は想像すらしていなかった。
「……………」
「……………」
長い沈黙が屋上を支配する。やがて久はきゅっと唇を噛んだ後、京太郎の目を見つめる。
「そう……だからあなたはいきなり麻雀部を辞めるなんて言い出したのね」
「ええ…そうです、麻雀部の皆には迷惑をかけたくはありませんでしたから」
京太郎はどこか寂しげな笑顔で久を見る。そんな京太郎の姿に久は悲しい気持ちになっていく。
「それで……いいの?」
「良いと思いますよ。麻雀部の皆に無駄な心配をかけさせる事もないですし、それに全国大会だって近いじゃないですか。だから…」
「違うわ! そういう事を言っているんじゃんじゃないの! 『あなた自身』がそれでいいのか聞いているのよ!」
険しい表情をしながら久は強い口調で京太郎に問い詰める。
「どういう事ですか部長…」
「須賀君、あなたはそれで辛くないの? 皆から悪者扱いされて、誤解されて……それで死んでいくなんて……私だったら……とてもじゃないけど耐えられない…」
「部長……」
久は後悔していた…京太郎の先輩でありながら、彼の身体の異常に気が付いてやる事も出来ず、しかもそんな彼に雑用をさせていた自分を責めていた。
そんな久の言葉に京太郎は空を見上げながら口を開く。
「心配しないでください部長…俺はもう覚悟は出来ていますから」
「須賀君……」
「俺が周囲からどんな風に見られているか知ってますか部長? あいつは女達の召し使いとか、いてもいなくても良い空気とか、麻雀部のおまけだとか言われているんですよ…。
そんな言葉を耳にする度に自分が情けなくなってくるんです……俺、スッゲェ格好悪いなって……」
「……………」
「だから……せめて最期くらいは格好付けさせてくださいよ。俺だって男なんですから…」
京太郎は悲しそうに笑う。京太郎は辛かった、他の皆が周りから注目される傍ら、自分はただそれを指をくわえて見ている事が。
でも、それでも。
京太郎はその事を今まで決して他人に話す事はしなかった。自分には咲や和みたいな才能はない事は分かっていたし、何より――自分よりも咲や皆の事が大切だったから。

「……宮永さんはどうするの?」
久の言葉に京太郎はピクッと眉をひそめる。咲の事は京太郎が一番心配していた事だった。
京太郎は深く溜め息を吐きながら久の方に顔を向ける。
「多分、大丈夫だと思いますよ。 咲はああ見えて強い奴ですから。 それに俺がいなくても今のあいつには沢山の仲間がいる…俺の事なんてすぐに忘れるでしょう」
「それは違うわ、宮永さんは…」
「部長、この事は皆には黙っていてもらえませんか? 特に咲には…あいつにはやらなきゃいけない事があるみたいですから」
京太郎の脳裏に咲の笑っている姿が浮かび上がる。
――自分のせいで咲の笑顔が悲しみに変わるなんて絶対に嫌だ
咲にはずっと笑っていて欲しい
それが京太郎の願いだった。
そんな京太郎の覚悟に久は沈黙する。彼の決意は固く、決して揺るぐ事はないだろう。
何より、京太郎は自分の運命を受け入れた上で麻雀部をやめると言っているのだ。
そんな京太郎の決意を無下にする事は…久には出来なかった。
「それじゃあ部長、俺はこれで……今まで本当にありがとうございました。 全国大会……頑張ってくださいね。 自分は陰ながら応援してますから」
京太郎はニッコリと微笑みながら久に一礼をすると、屋上を後にした。
「須賀君…」
一人、屋上に残された久の目から一筋の涙が流れ落ちる。久はその涙を拭き取り、さっき言おうとした事を呟いた。
「須賀君…あなたが思っているほど宮永さんは強くないの。 あの子だけじゃない、まこや和、優希……そして私だって」
カラスの鳴く声がただ虚しく、屋上に響いていた。
『よう、宮永』
『はい? えーと、あなたは確か……』
『今年からお前と同じクラスになる須賀京太郎ってんだ、よろしくな宮永!』
『あっ、はい…よろしくお願いします…。 あの、須賀君…私に何か用でしょうか?』
『いや、特に用事はないんだけどさ。 とりあえず同じクラスになるんだから挨拶しとこうと思ってよ』
『はぁ…』
『まぁ、お互い元気にやっていこうぜ! そんじゃーな宮永!』
『はい……さようなら…』
(………何だか変な人だなぁ…。 須賀…京太郎、か……)

「う……ん……夢…?」
天井を見つめながら咲は小さく呟いた。時計の針が部屋の中で時を刻んでいる音が咲の耳に入ってくる。
(また……京ちゃんと初めて出会った夢……)
京太郎が麻雀部に来なくなってから、咲は毎日のように京太郎の夢を見るようになった。
「京ちゃん……」
毛布をギュッと握りながら咲は窓の方を見る。
咲はそっと目を閉じながら京太郎の事を思い浮かべた。

――私が、京ちゃんと初めて出会ったのは二年前の中学二年の時だった
あの頃の私は人との関わりをあまり持たず、ずっと一人で本ばっかり読んでた
あの時の私はお姉ちゃんがいなくなったショックで、他の人と話す事があまり好きじゃなかった
一人で本を読んでいた方が気が楽だった…余計な事を考えず自分だけの世界にいる事だけが、あの時の私の心の安らぎだった
――でも本当は…心のどこかで誰かが私に声をかけてくれるのを待っていたのかもしれない
そんな私に……京ちゃんが…声をかけてくれた
最初は京ちゃんの事を変な人だなぁって思ってたけど、次第に京ちゃんと一緒にいる時間が増えていった

『なぁ、宮永、聞きたい事があるんだけどよ』
『何? 須賀君』
『何で宮永はずっと一人で本を読んでるんだ?』
『えっ…? どうして…』
『いやさ、宮永が俺以外の奴と一緒にいる姿をあまり見ないからよ。 ちょっと気になって聞いてみたんだ』
『……それなりには、他の人と話してはいるよ。ただ…』
『ただ…?』
『一人で本を読んでいた方が他の人に気を使う必要がないから、かな…』
『おいおい…、じゃあ宮永は俺に気を使う必要はないと思ってんのかよ』
『そ、そうじゃないよ! そういう事じゃなくて…』
『じゃあ、どういう事なんだよ宮永さ~ん?』
『えっと……私は…その……うーん…』
『早く教えてくださいよ~、宮永さーん! それとも言えない理由があるのかなー? あーん?』
『も、もう! からかうのはやめてよ須賀君!』
『ははは、わりーわりー! 謝るからそう怒るなって』
『もう、須賀君ったら…』

――あの時は言えなかったけど、私が京ちゃんといつも一緒にいたのはね
もしかしたらお姉ちゃんとの失われた時間を京ちゃんに求めていたからかもしれないの
お姉ちゃんがいなくなってから、楽しい事がなくて私はあまり笑う事はなかった
でも、京ちゃんが一緒にいると不思議と笑顔になる事が出来る
胸の中のモヤモヤが…段々と晴れていくんだよ?

『おはよう、宮永』
『あっ…須賀君、おはよう』
『うーん、やっぱり堅苦しいな』
『えっ、何が?』
『だってお前との付き合いも長くなるのに、いまだに名字で呼びあうなんて堅苦しいと思わないか?』
『それは私も思うけど……』
『よし、決めた! 今日から俺はお前の事を咲って呼ぶ事にするぜ』
『えっ、はい?』
『なんだ、咲は嫌なのかよ?』
『ううん、そうじゃなくていきなり咲って呼ばれたからちょっとびっくりしただけ…』
『まぁ、次第に慣れていくと思うぜ。 それじゃ、今度は咲が俺の名前を呼ぶ番だな』
『う、うん…』
『ほら遠慮すんなよ咲!』
『じゃ、じゃあ……』

京ちゃん……

『きょ…きょうちゃん…? な、何でまたそんな…』
『だって普通に京太郎君って言うより京ちゃんって呼んだ方が良いかなって…』
『しかし京ちゃんはないだろ…なんだか変な気分だぜ』
『駄目…かな?』
『あっ……いや……まあいいや! 咲がそう呼びたいならそうしろよ』
『うん……分かったよ京ちゃん!』
『ああ、改めてよろしくな、咲!』
『うん!京ちゃん!』

――京ちゃんは私に、笑っていれば何かが変わるって事を
変わればかけがえのない宝物が手に入るって事を教えてくれた
ずっと散らばっていた心のパズルのピースが、京ちゃんと一緒に笑う度に一つ一つ繋がっていく
少しずつ…少しずつ…集まっていった本当の宝物
京ちゃんは私にとって……光の中から現れた……運命の王子様なんだよ…

  • vcv -- sss (2013-05-28 20:59:05)
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