http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1364639284/




「京太郎君、麻雀をしましょう!」


「はい?」


先の出来事で負傷して寝込んでいる俺に姫様が放った一言。

いきなりどうしたことかと俺は首を傾げる。

姫様は俺の疑問に答える為に続けた。


「京太郎君は今療養中です、でも何もしないのは退屈だと思いまして。」

「だから麻雀でも打って気を晴らしましょう!」


「確かに寝込んでいるだけってのも暇ですが……」

「なんで麻雀なんですか?」


「聞けば京太郎君も麻雀部に入っていたとか。」

「私も麻雀部です! 一緒に打ちましょう!」


完全に勢いだけで押されてしまったが悪い気もしないので打つことに。

やると言ってから気付いたが俺はずぶの素人。

インターハイ出場者の姫様に敵う筈もないと考えていたがどうもおかしい。


「あの……姫様?」


「はい、なんでしょう?」


「もしかして手を抜いてたりは……」


「してません!」


「でも明らかに打ち筋が初心者丸出し……」


「……実は九面神を降ろしていない私はいつもこんな感じなんです。」


「……ああ。」


神様をそういうことで呼び出した巫女はこの人たちが初めてだろう。

神様は基本、楽しい事が好きで享楽的な面を持ってはいる。

対して人は神様を尊く、畏敬の念を持って接するのが基本だ。

敬う事や畏れる事を疎かにすると祟られ、神様の加護から見放される。

それが念頭にあるので俺は麻雀で神様を降ろすなんて事は思いも付かなかった。

例え俺が思いついたとしても神様を降ろしたりはしないだろう。

俺のところで祀っている神様を降ろしたりしたら何が起きるか解らない。

例え無事降ろせたとしても対局者を蹂躙するだろう事は想像に難くない。

神様に対抗できるのは神様くらいだけどそれにも難がある。

日本屈指の武闘派の神様相手では大抵の神様は引っ込んでしまうかもしれない。
 



そんな事を考えていると姫様が打牌しながらとあることを話し始めた。


「京太郎君が眠っている間、ずっと考えていました。」

「家の事、神社の事、神様のこと、霞ちゃんたちのこと……」

「そして京太郎君のこと。」

「いつ起きるのかもわからず。」

「ただただ待っている間、考えていたんです。」

「京太郎君が起きたらどんな話をしようかとか。」

「京太郎君とどんなことしようかとか。」

「そしたら京太郎君としたいこと、話したいことが一杯貯まっちゃいました。」


カチャカチャと牌の音を立てながら話す姫様は表情は満面の笑みだった。

姫様の言葉と表情を見て俺も堰を切ったかのように話し始める。


「……俺も……俺も寝ている間ずっと姫様と会いたいと思ってました。」

「俺が寝てる間、色んなものに追い掛け回されてるときに姫様を思い出したんです。」

「そしたら帰らなきゃって……思えたんです。」


「色々なものに追いかけられたんですか?」


「ええ、少し長くなりますけど聞いてもらえますか。」


「もちろんです。」


「では……俺が大蛇と戦った後から話しますね。」

「実はあのあと俺は八つ門の外に出て、気を失ったんです。」


――――――
――――
――


俺は気が付くと暗くて湿気を孕んだ空気の中にいた。

手には小蒔ちゃんから貰った簪があった。

大蛇と対峙し、門を出たとこまでは覚えていたがその後はとんと思い出せない。

身体に負ったはずの傷などが見受けられない。

ここは一体……何所なんだ?

そう不思議に考えていると声が掛けられる。


「ここは根の国、所謂黄泉の世界、あの世との境だ。」


「?」


「ひさしぶりだな京太郎。」


声の主を辿って振り向くと俺と同じくらいの背丈に黒々とした髪を掻きながら俺を見ている男がいた。

俺は驚きながら忘れることの無いその姿を見て口を開く。


「……お、親父?」


「父親の顔も思い出せないくらい親不孝者だったか。」


「いや……だって親父は……」


「だから言っただろう、ここは根の国だと。」


「そっか、ということは俺は死んだのか……」


「いや、まだ死んではいないぞ。」


「? どういうことだよ?」


「お前は迷い込んできただけだ。」

「ここに有る物を食べたり、ここにずっと留まったりでもしない限り現世に帰れる。」


生きて帰りたいなら黄泉戸契はするな、根の国の住人になるな。

親父にはそう言われた。

少なからず動揺している俺に親父は続ける。


「須賀家の祭神をお呼びした方が良いだろう。」

「ここを管理するのはあの神様だ。」


「え、あ、ああ……」


両の掌を叩いて念じる。

自分のところで祀り上げている神様を呼ぶ。

そして念じ終わると近くに気配を感じた。

来たのを確認して声掛けるが姿は見えない。

どうやら声だけを届けているようだ。


「お呼び立て申し訳ありません。 」


『なんだ童、ここへ来てしまったのか。』


「私の息子が根の国に迷い込んでしまったのです、出来れば御神の慈悲を請いたいのですが……」


『俺が直接手を貸すわけにはいかんが、道案内くらいはしてやろう。』


「ありがとうございます。」


ほぼ反射的にお礼を言ったが、言葉の中に違和感を覚える。

【直接手は貸さないけど、道案内はする。】とはどういう意味だろうか。

まるで道の途中で何かあるみたいな口ぶりだった。


根の国の主に率いられて俺と親父は長い道を歩いていた。

道中親父と話す。

親父が死ぬ前のこと、そのあと霧島神宮で何があったのか。

それから間も無くしてお袋と俺が長野に移り住んだこと。

そこで出来た友達と一緒の高校に行き、麻雀部に入ったこと。

鹿児島に戻ってきたこと、鹿児島であったこと。

須賀家の宿敵であり、親父の仇敵でもある大蛇を倒したこと。

一通り話した後、黙って俺の話を聞いていた親父が口を開いた。

「なぁ京太郎、その部活の人たちにはちゃんと言ったのか?」


「ああ、退部届けも預かって貰ったし……」


「いや、同級生の……特に咲ちゃんだっけか……その子には直接言ったのか?」


「直接は言ってないけど手紙は置いてきた。」


「……そうか。」


親父はそう一言呟いて眉間に皺を寄せた。

数瞬何か考えごとをしていたあと、咲に書いた手紙の内容を聞いて来た。

俺が咲に認(したた)めた手紙の内容はこんな感じだ。


――――――――

咲へ。

お前がこの手紙を読んでいる頃には多分、俺は鹿児島行きの飛行機に乗っている頃だろう。

もしかしたら、もう会えないかもしれないし、長野には帰れないかもしれないからこの手紙を書いた。

咲とは俺が転校してきた後だから中学からの付き合いか。

中学の頃のお前は傍から見ていて危なっかしくて放っておけなかったのを覚えている。

今でも危なっかしいのは変わりないけどな。

麻雀部にお前を誘ったのを今でも思い出す。

もしあの時に咲を誘わなかったら麻雀部はインターハイにすら行けなかったかもしれない。

部活に入ったおかげか本の虫で人とあまり話さなかったお前も部活で気の置けない仲間が出来た。

時々ドンくさい咲は心配だが、周りにはもう和や優希、竹井先輩や染谷先輩がいるから心配ないだろう。

それなりに長い付き合いだが突然の別れは心苦しく思う。

だけど、お前の方だけは元気でいろよ。

それではさようなら。
                                    京太郎より

――――――――


書いた内容を親父に話すと、苦悶したような表情をしながら頭を掻いていた。

その様子を見て俺は軽口を叩くように話す。


「まぁ実際に根の国まで来ちまったし、手紙に書いた内容が現実味を帯びてきたけどな。」


「お前は現世に帰すよ、その咲ちゃんって子にも霧島のお嬢ちゃんたちにも悪いしな。」


俺は気になっていたことが有った。

親父が死んだと聞いてから聞きたいことが出来たのだ。

現世では死者に聞いても答えは返ってこない。

だから今聞いておく。


「……なぁ、親父。」


「ん、なんだ京太郎?」


「親父は霧島の……特に本家の人間を怨んだりしなかったのかよ?」


「んー……別に怨んではいないぞ?」


「……なんでだよ。」

「親父は本家の爺共に嗾(けしか)けられてそのせいで命落としたんだろ?」

「だったらなんで爺たちを怨まないんだよ!?」



「……確かに命令されて大蛇と戦った。」

「そしてそれで俺は命を落とした。」

「それでお前や母さんは苦労するはめになって本家の人を怨んでいるかもしれないが……」

「俺はお前たちや神社の皆を助けられて良かったと思っている。」


「そんなんで……親父が命を落としてまで守る価値がある奴らなのかよ……」


「確かに一時凌ぎに終わったかもしれない。」

「それでも、俺は家族と神社の皆を鹿児島で優しくしてもらった人たちを守りたかったんだ。」

「京太郎、お前にはいないか? 命を懸けてまで守りたい人とか。」


「俺は……」


命を懸けてまで守りたい人と聞いて、姫様の顔が脳裏を過った。

俺がここまで来ることになってまでしたかった事は……

俺が今、根の国から出ようとしている理由は……


言い淀む俺に親父は続けて声を掛けてきた。


「京太郎、お前はお前がしたいように動け。」

「きっとお前の魂が正しいことをしてくれるはずだ。」

「確かに人間誰にだって暗い心はある。」

「だがそれと同時に大事にするべき心もある。」

「お前の魂はお前にとって正しいことをするだろう。」

「そしてもし、それでも悩んだ時は自分の直霊(なおひ)聞けば良い。」


「一霊四魂……」


「そういうことだ。」

「そんな難しく考えるな、それより母さんの事をもっと聞かせてくれ。」


「あ、ああ。」


俺は親父が亡くなってからのお袋の様子を話した。

お袋は親父が亡くなったと聞いたとき、泣いていた。

泣き腫らしていた。

当時小学校高学年だった子供の俺から見てもその姿は痛ましかった。

そのあと涙も枯れぬ内にお袋と爺共の間で一悶着有ったらしいのだが俺は知らないしお袋も話さなかった。

それからお袋は俺を連れて長野に移り住んで女手一つで俺を育ててきた。

そして俺は現在進行形で親不孝者になっている。

そんなことを親父に話すと、少しにこやかな顔をしてあっけらかんと言いのける。


「いやぁ……母さんにそこまで泣かれるとは男冥利に尽きるな。」

「お前も母さんみたいな情の篤くて器量の良い娘を見つけろよ?」


「余計なお世話だ。」


照れ隠しに死人に悪態をついていると太い声が俺たちを呼んだ。

神様が注意を呼びかける。


『おい、暢気に話している場合ではないぞ。』

『童、気を付けろ、ここからが本番だ。』


「と、言いますと?」


『ここから先は性質の悪いのが住み着いている。』

『捕まると引きずり込まれて厄介だぞ。』

『奴等は迷い込んだ生者でも関係無しに襲ってくるからな。』


「御忠告ありがとうございます。」


厄介な者が潜むと言われた区域に足を踏み入れる。

其処彼処(そこかしこ)から異様な気配と奇声が聞こえてきた。


『急げ、奴等に隙を見せるな、躓いたりしたら置いていくぞ。』


俺たちは早足で進んでいく。

暗く湿気った道を早足で進む。

小さな無数の横穴から雄叫びと暗闇に光る眼が映る。

あまりの不気味さにさらに足を速くする。

途中何度か足を取られ掛けたがその度に体勢を建て直して尚進む。

前ばかりを気にしすぎてついにはこけてしまった。

しかしこけたのは躓いたからではない。

俺の足を掴む手があった。

その手の主を見ると薄ら笑いを浮かべた醜い悪鬼がこちらを見ていた。

黄泉醜女(よもつしこめ)だ。

今にも俺を引きずり込もうとしている黄泉醜女に驚きもう片方の足で蹴飛ばして離れる。

醜女は蹴られた顔を押さえながらのた打ち回っていた。

俺はその隙に走り出して逃げた。

先を歩いていた親父達に聞かれる。


「何があった?」


「黄泉醜女だ! 後から追ってきてる!」


『あいつ等は足が速い、とにかく急いで出口まで行くぞ!』


曲がりくねった暗い道を駆けて進む。

後から追ってくる醜女を払って怯ませながら進むが後から後から湧いてくる醜女に悪戦苦闘する。

このままじゃ埒が明かないと思った親父が俺に声を掛ける。


「京太郎! お前の持ってる櫛を道に突き立てろ!」


「! わかった!」


姫様から渡された簪を道に突き立て引っこ抜く。

簪で穿った穴から蔦が生えてきて道を塞ぐ。

これで少しは時間稼ぎになるはずだ。

やっとのことで出口付近まで辿り着いた。

しかし出口は大きな巌で塞がれている。

後からは蔦を破った醜女達が迫ってきた。

親父が顔を顰めた後向き直る。


「もう来たのか……」

「京太郎! 岩を力一杯押せ!」

「そこを越えれば現世まで一直線だ!」


「ああ、わかった! でも親父はどうするんだよ!?」


「あいつ等の相手をしてくる。」


「大丈夫かよ?」


「俺はお前の先代だぞ? 生半可な敵じゃやられない。」


「……わかった。」


巌に手を掛け力一杯押していく。

足に力を入れ、背筋を最大限使い、巌を押す。

巌が少しずつ動き始める。

後では醜女の鳴き声と親父の怒号が飛び交っていた。

やがて巌と出口の間から入る光が見え、それを契機に一気に押し出す。

人一人分が出れる隙間が出来た。


「開いた! 親父! 開いたぞ!」


黄泉醜女を食い止めてるであろう親父に告げた。

一緒に帰ろう、そう言いたかった。

だが、それは許されない事。

だから親父は……


「振り向くな!! 行け!!」


「親父!?」


「京太郎……母さんをよろしくな……」


俺が出たあと巌の戸はゆっくりと閉まった。

まるで親父との別離が永遠であるかのように……


「親父……」


『……童、行くぞ。』


「すみません……」


俺は悲しみのあまり力なく項垂れていたが、ゆっくりとだがなんとか立ち上がった。

そんな俺を憐れに思ったのか、我が須賀家の祀り神様が慰みの言葉を送ってくれた。


『……ここで俺の父上と母上は永遠に袂を別った。』

『父上は母上を愛していたが、黄泉の住人となってしまった母上を連れ戻すわけには行かなかった。』

『そして俺も母上を捜しにここへ来たこともある。』

『だから童の気持ちも、童の父親の気持ちもわかる。』


「神様なのに人の子の気持ちを、ですか……」


皮肉でもなんでもなく純粋に不思議だった。

神様というものをどこか違う見方をしていたのかもしれない。


『……神にだって心はある。』

『伴侶を愛する感情もあれば、怒りのあまり閉じ篭る神もいる。』

『祀られれば嬉しいが忘れられれば哀しい。』

『だから祀る者には助力を、狼藉者には祟りを起こすこともある。』


「はい……」


『行くぞ、童は男子(おのこ)だろう?』

『男子と父親は背中で語るものだ。』

『そして男子が泣く時もまた、背中で泣くものだ……』


「……激励、ありがとうございます。」


親父、俺は生きて帰るよ。

親父の分も生きてやるよ。

お袋の為にも。

小蒔ちゃんのためにも。


そして、俺は小蒔ちゃんのところに戻れた。

神様のやり方はすこし手荒だったけど。


――
――――
――――――


「まあ、こんなところです。」


「うう……そんなことが……うっ……」


「泣かないでくださいよ姫様……」


「だって……だって……おじ様が……京太郎君が……」


俺が話し終える頃には姫様はすっかり泣いていた。

泣いている姫様を宥めながら俺は続ける。


「こうして生きて帰れたのも、死んだ親父と話せたのも姫様のおかげなんです。」

「だから泣かないで下さい。」

「もっと笑ってください。」

「俺は姫様の笑顔が好きなんですから。」


「は、はい……がんばります……」


姫様は涙を拭って笑顔で麻雀をし始める。

打ち終わった頃の点棒の収支はとんとんだった。

つまり九面神を降ろしていない姫様と俺は同じくらいの力量ということだ。

終わったのを見計らった様に初美さんと巴さんが入ってきた。


「あれれー? 麻雀してたんですかー?」


「私たちも混ぜてください。」


初美さんと巴さんがにやにやしながら俺たちに聞いてくる。

姫様は人が良いので快諾してしまう。

明らかにからかう目的に来たのが見え見えなのに。

卓に混じった二人に弄られながら見事なまでにトバされた。

そのあとは包帯を取り替えて適当に話をした。


「んー……」


包帯の取替えを行いながら唸る巴さん。

そんなに身体に奔る痣が気になるのだろうか。

俺も気にならないわけではないがそこまで不都合はなかった。


「やっぱりこの痣って蛇の鱗……だよね。」


「まぁ……どうみたってそうですね。」


「この痣が出来てたのっていつ頃?」


「気付いたらって感じですかね。」

「大蛇と戦った後なんて確認する余裕もなかったですし。」


「だよねー……」


俺の折れた腕の側には蛇の鱗の様な痣が出来ていた。

血管の様な緑色だが網目の様に規則正しく残っている。

大蛇を倒した祟りなのだろうか。

とりあえず別段支障もないので様子見することにしてその日は解散した。


それから数日後、なにやら騒がしい。

どうやら何かあったようだが怪我人の俺は余り動けずにいた。

慌しさが落ち着いてから数十分後、部屋に声が掛かる。

返事をすると姫様の父親が入ってきた。


「京太郎君、ちょっと良いかい?」


「ええ、一体どうしたんですか? なんか慌しいですけど……」


「ああ、御歴々が亡くなったんだよ、それも一辺に。」


「何でまた……?」


「……京太郎君、君は自分が倒した大蛇ついてどれだけ知っているかね?」


「須賀の敵で親父の仇ってことくらいしか……」


「そうか……ではこれから話すよ。」


おじさんの温和そうな顔が真剣な顔付きに変わり、重い空気になった。

これから話すことはとても重要だと雰囲気から如実に伝わる。


「実は戦後、地元の人間が離れたり、逆に他方から入ってきた新しい人たちで入れ替わりが激しくてウチの信仰が薄まったんだ。」

「そしたら当時の御歴々は信仰を集めるためにどうしたと思う?」


「氏子さんのために尽力したとかですか?」


「確かにそれもしただろう。」

「だがそれとは別に信仰の集め方を思いついたんだよ。」


俺は頭捻りながら答えを探すがまるで見当がつかなかった。

そんな様子を見ておじさんは続ける。


「祟りだよ。」


「はい?」


思いも寄らない応えに素っ頓狂な声を上げてしまう。

どういう意味かおじさんに訊ねようとしたがその前におじさんが口を開いた。


「今の御歴々が若かった頃に当時の御歴々に頼まれて呪術で蛇を組んだんだ。」

「そのときはそこまで強力じゃなかったみたいなんだけどね。」

「そしてその蛇を使って水害を起こして祟りと触れ回らせ、神社に頼らせる。」

「そのあとに神社が蛇を抑え込んで祟りを治める。」


「ああ……そういうことですか。」

「……もしかして須賀の人間と繋がりを持ちたかった理由って……」


「多分京太郎君が思っている通りだよ。」


「そうですか……」


段々とからくりが解ってきた。

要するにマッチポンプだったわけだ。

当時の爺共が蛇を作って水害を起こし、自分で作った蛇を封印して見事祟りを治めたように見せる。

とんだ神職がいたものだ。

本家の信仰が薄れないように封印して、たまに蛇を起こして地元からの信仰を篤くする。

それを繰り返している内に蛇はそこら辺にいる霊や妖魔の類を餌にして成長していく。

手に負えなくなった蛇を追い払う為に爺達は俺たち須賀の人間と関わりを取る。

だが倒した蛇の怨念が帰るところは術者と倒した相手、つまり俺ということになる。

直接倒した俺がそこまで祟られなかったのは術者の爺共に撥ね帰ったからだろう。

 
「そういえばなんで俺の親父は婿入り同然の状態だったのに須賀の姓を名乗っていたんですかね?」

「ここの神社は戦後の神道に珍しく女系なのに……」


「恐らくだが須賀を名乗らせる事で周りに権力を誇示させたかったんじゃないかな。」

「須賀という名にはかなりのブランドがあるからね。」

「何しろ古さで言ったらどこの神社よりも古い。」

「日本初之宮というブランドと一緒に祓う力が欲しかったんだろう。」

「君のお母さんはその事を知ってか知らずか君のお父さんと結婚したけど。」


「あはは……そうなのか……」

「京太郎君……」


「はい?」


「もしかしたらここを離れた方が良いかもしれないよ……」

「結果的には君が戻ってきたタイミングで御歴々が倒れたんだ。」

「内情を知らない人たちが君を良く思わないかもしれない。」

「私なりには尽力するがそれなりに時間は掛かるだろう。」

「こっちの事情で危ない目に会わせてしまったのに……」

「君には本当に申し訳ないと思っている……」


「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。」

「ちょうど俺も少し療養がてら外の空気を吸いたいと思っていたんです。」


「君にそう言ってもらえると少しは気が楽になるよ。」

 
「……ああ、それと御歴々が倒れて君はどう思ったかね?」

「君が直接手を下したわけではないが復讐は叶っただろう。」

「どうだい、気分は?」

「……何とも言えないですね。」

「爺共が死んだとしても親父が帰ってくるわけでもないし。」

「俺の折れた腕が早く治るわけでもない。」

「復讐ってもっとすっきりするもんだと思ってました。」


「そんなものだよ、後には碌な物なんて残らないんだ。」

「例え復讐せずにはいられなくてもね。」


「そうですね……」


俺がそう呟くとおじさんは部屋を出て行った。

これからどうするか、ここを一時的に出るとしても行く宛なんて思いつかない。

お袋には折れた腕を見せるわけにも行かないので長野にも帰れない。

となるとどうしたものかと悩んでいた。


それから暫くして部屋の前に気配を感じた。

中々入ってこないので不思議に思いこちらから声を掛ける。

戸が開き霞さんが入ってきた。

何か用があるのかと身を固くして言葉を待つ。

 
「京太郎君、既に聞いたかもしれないけどお爺様方が亡くなったわ。」


「ええ、聞いています。」

「それで用件は?」


「京太郎君はここを離れた方が良いわ。」

「今本殿内部でも大童(おおわらわ)な状況なの。」

「そんな状態でその怪我に蛇の毒が回ってる状況だと療養するにも落ち着かないでしょう?」


「ええ、まぁそうですね。」


「行く宛がないなら私から斡旋するわよ。」


霞さんがおじさんと似たような提案をしてきた。

おじさんとは全く別の思惑かも知れないが。

とりあえず霞さんの話を聞いてみることにした。

 
「それで行くかどうかは別として何所に案内する積もりなんですか。」


「大阪よ。」


「何で大阪に……?」


「今良子さんが大阪に居るの。」


「俺の記憶が正しかったならあの人愛媛の人ですよね? なんで大阪に……」


「さぁ? 人付き合いじゃないかしら。」


霞さんが呆けて応える。

良子さんというのは春の従姉妹で俺から見ても親戚に当たる人で小さい頃は時たま会っては世話になったのを覚えている。

確か良子さんと最後に会ったのは良子さんが中学生ぐらいの頃だ。

そこから計算すると良子さんはもう成人してたはずなのだが……


「あの人今何やってるんですか?」


「あら、知らないの? 彼女今女流プロとして活躍してるわよ。」


「……月日が経つとわかんないものですね。」


「……そうね。」

「…………」

「ねぇ……貴方、私のこと嫌いでしょう?」


「…………」


「このまま行けばいつか私は小蒔ちゃんにも嫌われるのかしらね……」


霞さんが放った自虐染みた言葉が気になり聞いてみる。

何故そこまでして自分を貶めるのか。

少なくとも幼少時の彼女は面倒見の良い好感を持てる人物だったのに。

 
「どうして霞さんはそう思うんですか?」

「貴女にとって姫様は大事な人でしょう?」


「そうね。」

「でも場合によっては泥を被って嫌われる事をする者なの。」

「石戸はそういうものよ。」


霞さんがそう漏らした『石戸は』という言葉。

分家はそれぞれ役目がある。

分家内でも祓う側、降ろす側と別れるがその他にも役目がある。

当然それは須賀家だって例外じゃない。

なら石戸家の役目は何なのか。

霞さんが自虐的にもなる役目。

それが石戸の宿命。

それが分家の宿命。

その事を思うと少しだけ言葉に詰まった。

 
「もし、京太郎君が小蒔ちゃんを守るために小蒔ちゃんから嫌われなければいけないとしたら……」

「どうするかしら?」


「…………」

「嫌われる云々は置いといて少なくとも命を懸けますよ。」


「……それでは答えになってないわ。」


「俺と貴女では役目が違うんです。」

「……それに誰だって親しい人には嫌われたくないものですよ。」


「……貴方にとって私は親しい人かしら?」


「……少なくとも昔の霞さんは好感を持てる人でしたよ。」


「……そう。」

 
「それと、大阪の件はどうするのかしら?」


「乗りますよ、その話。」


「わかったわ、大阪までのチケットを手配しておくわね。」

「存分に羽を伸ばしてらっしゃい、きちんとした療養も兼ねてね。」


「そうさせて貰いますよ。」


「きっと良子さんも待っているわ。」


「は?」


「それじゃ……」

良子さんも待っている。

その言葉が妙に引っかかったが発した霞さんはさっさと部屋を出て行ってしまった。

どうせここから出るには大阪に行くしかないんだ。

良子さんのお世話になるのだから怪我人に出来る程度の働きはするつもりだ。



京太郎君の部屋を出た私は悩んでいた。

これから自分はどうあるべきか。

祖父達の意思を継いで本家の繁栄を願うか。

それとも小蒔ちゃんの縁り良き友として傍を共に歩くか。

(どうやら覚悟が足りなかったみたいね……)

(彼を見るとつくづく思い知らされるわ。)

(石戸の役目は本家の汚れ仕事を全部引き受け、汚名などを被る事……)

(例え世界中の人間に嫌われても本家の為に咎を背負う事を強いられる。)

(どこか私は、嫌われたくないと思っていたのね……)

(ダメよね……そんな生半可な覚悟では……)

(彼は小蒔ちゃんの為に命を捨てる覚悟をした。)

(結果的には助かったけど、祓う側に話を聞いた限りでは間違いなく命を引き換えにする事が前提の行動……)

(そんな彼を見て、私は覚悟の差というものを見せ付けられた……)

(だから私も覚悟を決めないといけないわね。)

 
霞が鹿児島で大阪までの移動の手配をしている頃。

長野で一人奮起している少女がいた。


「待っててね京ちゃん……今連れ戻しに行くから!」


【京太郎「神代の守人」~根の国編~】

カン