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私は暗い部屋に呼び出され一つの御遣いを賜った。

今神代家は危機に瀕している。

その解決策として私が出向く事となった。

ですが、それはあまりにも人道に悖ること。

一筋縄では済まない、罪の意識を背負って人生を歩む事を強いられる。

その中の一人として私が使者として呼ばれたのです……


「失礼致します。」


「来たか……」


「それでご用件は……」


「姫様のことについてだが……」

「上の協議の結果、ある結論に到った。」

「五年前の時と同じ方法で祓う。」


「! ですが、既に出来る者が……」


「そうだ、今ここに出来る人物はいない、だが飽くまで『ここには』だ。」

「……あの男の息子も15になった、もう十分に大人だ。」

「本家を守る為にもあの少年の力を貸りる。」

「指し当たってお前にはあやつの説得をしてもらうぞ。」

「……何故、私なのですか。」


「六女仙の中であの少年と仲が良かったのはお前だろう。」

「姫様は動けるわけが無い上に、姫様自体この方法に反対するはずだ。」

「……あとはわかるな、霞。」


「……はい、わかりました、御爺様。」

今更どの面さげてあの子に会いに行けば良いのでしょう。

確かに私達が仲が良かったとは言え、それは飽くまで5年前迄の話。

5年前起きた出来事と私達がしてきた仕打ちのことを知れば溜息も出る。

あの子達親子が私達に抱くものを考慮して説得するのがどれだけ無理難題な事なのか。

御歴々には分からない事なのでしょう。

私とて小蒔ちゃんには死んでほしくない。

だがそのためにあの子に「小蒔ちゃんの身代わりになってくれ」とどうして言えようか。

私はやり切れない感情を捨て切れないまま、長野へ飛んだ。

――清澄――


京太郎「何か久し振りの部活って感じだー。」

咲「インターハイ終わってやっと帰ってきたって気分だよ。」

京太郎「部室の扉を開けてあげましょう。」

咲「うむ、苦しゅうない。」

京太郎「ようこそお姫様……あっ」

咲「誰がお姫様か、あと「あっ」てなにさ。」

京太郎「ハハハ、わりーわりー、気にすんな。」

京太郎(何か、昔の癖が出ちまったな……)

――長野――


インターホンを鳴らして家人が出てくるのを待つ。

久しぶりに会う人だが疎遠になってしまっていたので緊張する。

緊張する理由はそれだけではないのだけれど……

やがて訪問宅の扉が開き、懐かしい顔と対面する。

「はい。」


「お久しぶりです、おば様。」


「……なにしに来たの?」


おば様が私の顔を見るなり纏った空気が強張った。

明らかな怪訝な顔付きに、緊張した空気がより一層張り詰める。


「……本日はお願いにやって参りました、主におば様のご子息にですが。」


「帰って。」


おば様の表情が途端に変わり、憎悪の視線が私に刺さる。

覚悟はしていた、罵られるのも蔑まれるのも。

それでもここで引き下がるわけには行かない。

「お願いです、話だけでも……」


「帰って! 私から旦那を奪ってその上一人息子まで奪うつもり!?」


「その件に関しては申し訳ありませんでした……ですが今は事態が事態なのです。」

「ですから、何卒お力添えを……」


「帰って……帰って頂戴、これ以上私から大切なものを奪おうとしないで……」


最後にそう言ったあと、おば様は扉を閉めた。


こうなったら直接あの子の元に行くしかない。

確か清澄高校に通っているはず……

清澄といえば私達がインターハイで対局した相手校よね。

麻雀部に顔を出して少し手を貸してもらおうかしら……

説得に成功する可能性を考えると藁にも縋る気持ちだった。

――清澄高校・麻雀部――


まこ「さーて、心機一転部活始めとするかのう。」

優希「うー、だるだるだじぇー……おい犬ー、ダコスーダコスをくれー……」

京太郎「お婆ちゃん、タコスはさっき食べたばかりでしょう?」

優希「はて、そうだったかのう、爺さんや。」


そんな下らないやりとりをしていると

突如部室内にノックの音が響き渡る。

扉が開き、見覚えのある一人の女性が入ってきた。

霞「こんにちは、失礼するわね。」

まこ「あんた、確か鹿児島の……」

霞「はい、永水女子の石戸霞です、今日はお願いにやってきました。」

京太郎「…………!」

咲「ひっ……」

和「? どうかしましたか? 咲さん。」

咲「……ううん、なんでもないよ、和ちゃん。」

京太郎「あ、お茶葉切れてるみたいなんで、ちょっと俺買出しに行って来ます。」

まこ「……おう、行ってきんさい。」

優希「いぬー! ついでにタコスも買って来ーい!」

咲(京ちゃん……行っちゃった……)

咲(さっき、一瞬……ほんの一瞬だけど……京ちゃんが、今まで見たことないくらい恐い顔をしてた……)


まこ「で、遠路はるばる鹿児島からやってきた理由はなんじゃい?」

霞「ええ、実は人を捜しているのよ。」

石戸さんが懐から一枚の写真を出した。

そこには複数人の女の子と1人の男の子が写っている。

どこか見覚えがある面々の中で一人だけ浮いた男の子は、黒髪ではあるが、正しく京ちゃんだった。

霞「この男の子を捜しているんだけど、誰か心当たりはないかしら?」

まこ「うーん、さぁのう?」

咲「あの、石戸さん?」

霞「何かしら? もしかしてこの子に心当たりがあるのかしら?」

咲「……いえ、その……この男の子を捜し出してどうするつもりなんですか?」

霞「……御家の関係もあって詳しくは言えないけど、鹿児島に一緒に来てもらうわ。」

優希「そういや名前はなんていうんだじぇ?」

霞「名前は須賀、須賀京太郎よ。」

優希・和「「え!?」」

久「あら、うちの須賀君と同じ名前ね。」

咲「部長……どうして……」

久「今、学生議会の仕事を終えてきたばかりなのよー。」

霞「それじゃさっきの男子が京太郎君ってことなのかしら?」

まこ「……まぁ、そういうことになるのう。」

霞「……京太郎君を借りてもいいかしら? こちらとしてもそれなりに便宜は図るわ。」

久「別に構わないわよ。」

咲「部長!?」

まこ「久、お前、京太郎にも聞かずに勝手に決めおって……」

久「あら別にいいじゃない、須賀君をちょっと貸すだけなんだし。」

霞「…………」

咲「でも京ちゃんが首を縦に振らなかったら……」

久「行かせるわ、恩を売っておくことは部にとってプラスになることだしね。」

咲「でも……」

久「これは部長としての最後の仕事よ、あなた達にはこれからがあるんですもの。」

霞「……では私はこれから本人に聞いてくるわ。」

優希「……行っちゃったじょ。」

まこ「…………」

優希「染谷先輩、戸棚なんて開けてどうしたんだじぇ?」

まこ「うん? いやちょっと確認をのう。」

まこ「……なんじゃ、やっぱりお茶葉は切れておらんかったか。」



京太郎「…………」

霞「捜したわよ、久しぶりね、京太郎君。」

京太郎「……お久しぶりです、霞さん。」

霞「金髪にしたのね、最初は京太郎君だと気付けなかったわ。」

京太郎「……それで、今更俺に何のようですか?」

霞「……単刀直入に言わせてもらうわ、私と一緒に鹿児島へ来て。」

京太郎「……俺らはもうそっちとは関係ないはずでしょう?」

霞「……そうも言ってられないくらいこちらは危機的状況なの。」

霞「このままだと、神代本家……いえ、霧島全体が危ういわ。」

霞「だから貴方に、助けて欲しいの。」

京太郎「……んな……」

霞「お願い、貴方の力が必要なの。」

京太郎「ふざけんな!! そっちがしてきたこと忘れたとは言わせねぇぞ!?」

霞「…………」

京太郎「あんたらが俺の親父見殺しにして! 恐くなって俺ら一家を追出したくせに今度は助けてくれだぁ!?」

京太郎「ざけんな! 虫が良すぎんだろうが!!」

霞「そう、そうよね……今更、虫の良すぎる話よね……」

霞「でも、その狙われてるのが小蒔ちゃんだと聞いたら貴方はどうする……?」

京太郎「!……どうもしませんよ……俺は、聖人君子でも何でもないんです。」

京太郎「追出された俺たちが今更あなた方を助ける義務も義理も無い……」

霞「それともう一つ、姫様を狙っているのはおじ様を喰い殺した、あの化け物よ。」

京太郎「っ!……むかつくぜ……!」

霞「恨んでくれても、殴られても構わないわ……私たちはそれほどのことをしたもの。」

霞「それを承知の上で小蒔ちゃんを助けて欲しいの。」

霞「神職に携わる人間としてでも、分家の人間としてでもなく、小蒔ちゃんの友人として……」

京太郎「……少し時間をください。」

霞「……わかったわ、あまりに急なことだし、今後の事も含めて考える時間は必要よね……」

霞「……ちなみに部長さんには既に了承を貰っているわ。」

京太郎「……搦め手ですか、貴女らしくもない。」

霞「それほど切羽詰ってるの……」

京太郎「……あまり良い返答は期待しないで下さいよ。」

霞「……でも、それでも私は待ち続けるわ。」

霞「貴方が来るまで……小蒔ちゃんのために……」

京太郎「…………」

――須賀家――


京太郎「ただいま。」

京太郎母「……おかえり。」

京太郎「もしかして、霞さん、家にも来たのか?」

京太郎母「そうよ、あんたどうするつもり?」

京太郎「……わからねぇよ。」

京太郎母「私は鹿児島に戻るのは反対だからね……」

京太郎「……そんなの分かってるよ。」

京太郎母「……ごはん出来てるわよ。」

京太郎「ああ、わかった、食ったら寝るよ。」

京太郎母「……そう、それがいいわね、このことはさっさと寝て忘れちゃいなさい。」

飯を食い終わったあとベッドに横たわり、身の回りのことについて整理した。


鹿児島から昔馴染みの霞さんがやってきて、姫様が危険だからと俺を呼び戻しにきた。

部長には既に話は通っていて了承済み。

姫様を狙っている相手は俺の親父の仇。

親父は糞爺共の命令で一人で行った。

その結果、相手に手傷を負わせ、何とか一時的に祓う事は出来たが、親父はそのときに死んでいる。

お袋は先代の時の元六女仙の一人だが、祟りや須賀の力を
危険視した爺共が下したあまりの仕打ちに、俺を連れて長野に越した。

まだ中学に上がる前の俺は、何の事情も聞かされずに長野に移り住んだ事に不思議だった事を今でも覚えている。

そのあとお袋にことの成り行きを聞かされ、本家とか因習というものはあまり好きではない単語になった。


頭の中で整理してもどうすれば良いか分からず、思考はぐるぐると迷い回る。

そのうちいつの間にか俺は、目蓋の重さによって眠りに落ちていた。

『京太郎くん、遊びましょう!』


『あ、姫様、いいけどどこで遊ぶ?』


『京太郎くんのお部屋がいいです。』


『わかったよ、ちょっと散らかってるけど文句は言わないでよ。』


『文句なんて言いません!』


『それでは……』

『俺の部屋へようこそ、"お姫様"』

はっとして起きる。

幼少の頃の思い出だ。

忘れたいと思っていた過去が、思い出が追いかけてきた。

そんな錯覚すら覚える夢の内容。

"くだらない"と、"切り捨てたものだ"と、そう思っていた。

それでも過去はやってきた、過去から逃げる事は出来ず、今も「まだかまだか」と俺を執拗に付回す。

どうやっても自分が生きてきた道程は、無かった事には出来ない。


「因縁ってものは、切っても切れないものなんだな……」

「"大切な仲間や家族を護るのが使命"か……それが俺達一族なんだもんな……なぁ親父……」

多分、鹿児島に行ったら長野にはもう戻って来れない。

今の内に身の回りの整理をしておこうと思った。


京太郎「よし、これでいいか。」

京太郎母「何がいいの?」

京太郎「ああ、お袋……俺行くよ、鹿児島に。」

京太郎母「あんた最大の親不孝者だね、いやこれからなるのか。」

京太郎「悪いとは思ってるよ。」

京太郎母「思っているなら鹿児島には行くな。」

京太郎「……鹿児島に戻るのは俺個人の感情だよ、決して分家とか本家とかじゃない。」

京太郎「それに、親父の仇討ちでもあるんだ。」

京太郎母「わかったよ……あんた頑固になったね、まったく誰に似たんだか……」

京太郎「ごめん、お袋。」

京太郎母「さっさとご飯食って学校行きなさい、荷物は私が纏めといてあげるから。」

京太郎「ああ、わかったよ。」

京太郎「その前に電話掛けとく。」

京太郎「もしもし、霞さん?」

霞『はい、京太郎君ね。』

京太郎「鹿児島行きの話、受けます。」

霞『そう、受けてくれるのね。』

京太郎「ええ、学校に顔出したら直ぐに支度しますんで。」

霞『では飛行機のチケット手配しておくわ。』

京太郎「お願いします。」

霞『京太郎君……ありがとう、そしてごめんなさい。』

京太郎「俺は自分の都合で鹿児島に行くだけです、霞さんに言われたからじゃありません。」

京太郎「それでは。」


学校まで行き、職員室で担任と少しばかり話して書類に少しばかり署名をした。

放課後になり、部室に顔を出す。

部室には既に染谷先輩と部長がいた。

京太郎「こんちわー」

久「あら、こんにちは須賀君。」

京太郎「部長、鹿児島の話なんですが。」

久「ええ、石戸さんから聞いたのね、もう聞いているとは思うけど須賀君には鹿児島に出向いてもらうわ。」

京太郎「そうですか、ではこれを。」


懐から退部届けを出した。

先程書いていた書類はこれである。

まこ「なんのつもりじゃ、京太郎?」

久「……須賀君、これ、どういうことなの?」

京太郎「鹿児島に行くという事は、俺が清澄から『転校』する可能性があるってことです。」

久「ちょっと……そんな事聞いてないわよ!?」

京太郎「でしょうね、霞さんが素直に言うわけが無い。」

京太郎「霞さんなんて言ってましたか?」

久「ただ須賀君を借りたいとしか言ってないわ。」

京太郎「あの人が一言でも『返す』なんていいましたか?」

久「っ!……石戸さん……とんだ食わせ者ね……」

京太郎「まぁ、飽くまで『転校』する可能性があるだけです。」

京太郎「だから退部届けだけ部長に渡しておきます。」

久「そう、わかったわ、でも『預かる』だけよ?」

京太郎「ご自由に、それでは俺は鹿児島に向かいますんで。」

まこ「京太郎。」

京太郎「はい、なんですか?」

まこ「咲達にはもう言ったのか?」

京太郎「……大丈夫ですよ『転校』するときはちゃんと咲達には言いますから。」

京太郎「……短い間ですが今までお世話になりました。」

京太郎「さようなら。」

まこ「…………」

久「…………」

まこ「……のう、久。」

久「私のせいかしら……」

まこ「さてのう、そんなことわからんよ。」

久「はぁ……」

俺は迎えに来た母親の車に乗って空港まで向かい、霞さんと合流したあと鹿児島行きの飛行機に乗った。


霞「こんな事に巻き込んでごめんなさい。」

京太郎「いいですよ、最終的には俺が決めたことですし、それに部長達には挨拶は済ませましたから。」

霞「許されたくて言うわけじゃないけど……事が終わったら、貴方の言う事なら何だってしてあげるわ。」

京太郎「"事が終わったら"ですか、そのとき俺はどうなっているんでしょうね……」

霞「あ……ごめんなさい、無神経な発言だったわ。」

京太郎「いえ、気にしないで下さい。」

霞「…………」


それから鹿児島に着くまでは重たい沈黙の中、一切話すこともせず、本家へと歩を進める。

神代家の敷居を跨ぐなんていつ振りだろうか。

もうこの門を潜るの事なんてないと思っていたのに。

妙な郷愁感を抱きつつ敷居を跨ごうとしたら掛け声と共に俺の体へと何かが衝突してきた。

「お久しぶりです! 京太郎君!」


「うおっ!? ……お久しぶりです、姫様。」

姫様、おもちがあたってます、今まで冷静でシリアスモードの
京太郎君の京太郎君がおかしな方向に向かっちゃうので離れてください。

絶対俺のおもち好きは霞さんとお姫様のせいだ、うん、そうに違いない。

そんな誰に言ってるかもわからない言い訳をしてる最中に矢継ぎ早に声を掛けられる。

「お久しぶりなのですよー」


「久しぶり、京太郎。」


「お久しぶりです初美さん、巴さん。」


小柄な体躯でだらしなく巫女服を着ているのは薄墨初美さん。

眼鏡を掛けた赤髪の人は狩宿巴さん。

信じられない事に(主に初美さんの方だが)二人とも俺より二つ年上である。

最後の一人に黒糖を齧りながら現れる女がいた。


「ん、久しぶり。」


「おう、久しぶりだな、春。」


こいつは少し離れた親戚(と言ってもここにいる全員は漏れなく親戚なのだが)の滝見春。

一番血筋と歳が近いはずなのに何考えてるか一番分からん奴だ。

「すまないな、京太郎君……」


「おじさん……」


中年の男性が出て来て申し訳なさそうな顔をしながら俺に声を掛けてきた。

お姫様の父親だ。


京太郎「祓う側の尻拭いは任せてください。」


自分では冗談っぽく言ったつもりだが、姫様以外には苦笑い物だったらしい。

と言うより姫様以外は全員顔に暗い影を落としていた。

知らぬは当事者の姫様のみ、ってところか……

おじさんに中に入るよう促がされ、大きな屋敷の一室に通される。

二人きりになりおじさんは少し間が空いたあと、苦々しい顔をしながら口を開いた。

小蒔父「すまないね、こんな事に巻き込んでしまって。」

京太郎「……須賀家の宿命みたいなものですから。」

京太郎「逃げられるものでもないですよ。」

小蒔父「君たちがされた仕打ちを考えたらこんな事頼める立場ではないが……」

小蒔父「君に小蒔を護って貰いたい……」

京太郎「……ええ、分かっています。」

小蒔父「……私は、我が子可愛さに君に犠牲に成ってもらおうとしている。」

小蒔父「君のお父さんの件についても……」

小蒔父「私は……最低な大人だ……」

京太郎「…………」

小蒔父「それでも私は……一人の父親として小蒔には生きていて欲しい……」

京太郎「別におじさんたちに想う事が無いとは言いませんが、親父はみんなを守るために動いた。」

京太郎「それに本家とか分家とかは好きではないですけど、おじさんがやらせたわけじゃないし、姫様も関係ない。」

小蒔父「でも、それでは君の気持ちは晴れないんじゃないのかね?」

京太郎「……もし怒りをぶつけるとしたら爺共と親父の仇に対してですよ。」

京太郎「どうせ今回、俺を呼ぶように考えたのも、奥に引篭もって偉そうに踏ん反り返ってる糞爺共でしょう?」

小蒔父「気持ちはわかるが、あまりそういう言い方は感心出来ないな……」

京太郎「っと、失礼しました。」

京太郎「とりあえず、化け物退治の方法でも考えますよ。」

小蒔父「そうか、こういう知識は君たちの方があるだろうから、そこは君たちに任せるよ、必要なものがあるなら言ってくれ。」


そう言っておじさんは部屋を出て行った。

多分、俺は生きては帰って来れないかもしれない。

少なくとも、俺自身ただではすまない。

親父が手傷を負わせたとはいえ、相手はとてつもない化け物なのだ。

ものの数分も経つと、巴さんと春がおじさんに連れられてやってきた。

この狩宿家と滝見家の二人と須賀家の俺は、所謂祓う側の人間だ。

と言っても各々の家は役割が違うし、何より須賀家は代々、祓う側の中でも少々特殊なのだが……

巴「早速だけど、京太郎君、どうやるか決まってる?」

春「やりかたによっては必要なものが変わる……」

京太郎「八つ門で奴を祓おうと考えています。」

小蒔父「八位門、あそこか……」

京太郎「内容を簡単に言うと。」

京太郎「八つ門の一つを開けておいて俺と奴が入ったら門を閉めてください。」

京太郎「そのあと、各門の周りにお酒を撒いて札を貼ってください、そこからあとは俺がやります。」

春「そんなことしたら京太郎も一緒に閉じ込められる……」

京太郎「ああ、そうだよ。」

京太郎「そのあとは内側からもお札を貼って二重に結界を張る。」

京太郎「それが須賀のやり方だ。」


それだけ言うと周りが意味を察したのか、空気が少し変わった。

小蒔父「…………」

巴「……京太郎君、何か入用な物ってある?」

春「私たちはサポートしか出来ないけど……」

京太郎「サポートだけで十分。」

京太郎「巴さん、清めの酒とお札をお願いします。」

巴「直ぐ用意するね。」

京太郎「春には仕事用の剣を頼めるか?」

春「わかった。」

小蒔父「私に出来る事はないかね?」

京太郎「……では、女物の服……白無垢がいいか、それと玉串とかを用意してもらえますか。」

小蒔父「何に使うかは知らないが揃えておこう。」


これでいいのか、これでいいんだ。

これからやる事に、皆に少しは巻き込まれて貰おう。

どうせ貧乏くじ引かされたのは俺なんだ、少しわがまま言って皆に動いてもらっても罰は当たらないだろう。

春と巴さんが戻ってきた。

どうやら明日までには用意できるらしい。


小蒔「何をしてるんですか?」

初美「あ、姫様、今の隣の部屋の会話を聞いているんですよー。」

霞「初美ちゃん……なんでそんなことしてるの……」

初美「えー、だって気になりませんかー?」

初美「私たち"降ろす側"は"祓う側"のやってる事を知らないんですよー?」

霞(そうだったわ、初美ちゃんや小蒔ちゃんは知らないのね。)

霞(私は事前に聞かされていて知っていたけれど、この二人には聞かせない方がいいんじゃないかしら……)

霞「ちょっと、盗み聞きなんて行儀が良くないわよ。」

初美「ちょっとだけですよー。」

初美「ほら、姫様も。」

小蒔「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ、ちょっとだけですよ……」

霞「小蒔ちゃんまで……んもう!」

小蒔父「言われた物は粗方揃ったみたいだね。」

小蒔父「それで他になにかあるかい?」

京太郎「……では、準備が整ったら姫様との婚礼の儀を執り行わさせてください。」

小蒔「え!? えー!?」

霞「しっ、小蒔ちゃん、静かに。」

初美「バレちゃうですよー。」

小蒔「ごめんなさい……」


小蒔父「それで玉串や白無垢を用意させたのかね……」

小蒔父「……だが、君の年では結婚は出来ないだろうに。」

京太郎「ええ、ですから形だけで良いんです。」

京太郎「少しでも作戦を成功する確率を上げるためにも。」

初美「どういうことですかー?」ボソボソ

霞「……多分、神様の前で縁を取り持ってもらい、お酒を飲むことによって神様のお力添えをしてもらうつもりなのね。」

霞「婚礼で使う玉串も神様の依代とされているのよ。」

霞「お酒は神様との交流の手段でもあるわ、特にお神酒とかは神様の霊力が宿っているから。」

初美「あー、そういうことですかー。」


京太郎「そのあと姫様が着た白無垢を頂いてもいいですか?」

小蒔父「白無垢なんて使って何をするつもりだね?」

京太郎「相手を油断させやすくするためですよ。」


おじさんとの話が終わったところで、一度向き直り、やや大きい声を出す。


京太郎「と、言う事で良いですか? 姫様。」

小蒔「ひゃい!?」

初美「……どうやらバレてたみたいですよー。」

霞「久しぶりだったから忘れてたわ……須賀家の人はこういうのには妙に鋭いのよね……」

3人がおずおずと部屋に入って来た。

姫様が俺の顔とおじさんの顔を交互に見やり、口を開く。


小蒔「あの、あの……本当にやるんですか……?」

京太郎「形だけでいいので、付き合ってもらえませんか?」

京太郎「俺が嫌なら仕方ないですけど。」

小蒔「い、いえ、そういうことではないんですが……」

小蒔父「小蒔、精々白無垢を着て三献の儀(三々九度のお酒)をするだけだ、付き合ってあげなさい。」

小蒔「あ、は、はい、わかりました。」

おじさんが何かを思い出したように俺の傍にやってくると、軽く耳打ちした。


小蒔父「……そうだ、もし、御歴々に復讐したいと思っても意味のないことだと思うよ。」

京太郎「?……どういうことですか?」

小蒔父「人が許されざる道を選んだときは勝手に自滅の道を選ぶものなのさ。」

小蒔父「まぁその前に老い先短いのだからお迎えが来るだろうがね。」


何となくおじさんも爺共の姿勢が嫌いなのはわかった。

こっち側の人間という事がわかって少し嬉しい。

そしていよいよ、神前で婚礼の儀をしたのだが、緊張していて、あまり覚えていない。

それは小蒔ちゃんや斎主をやったおじさんも同じだったようだ。

小蒔ちゃんは巫女だし、おじさんは神主だからこういうことは慣れているはずだろうに……

俺の記憶にあるのは三々九度のお酒を飲んだくらいか……


もうやる事はやった、これから根の国へ向かうカウントダウンが始まるだろう。

逃げられないし、逃げる気もない。

独り、昔懐かしい場所で気持ちを固めていたら、横から声を掛けられた。

霞「京太郎君、少し良いかしら。」

京太郎「構いませんよ。」

霞「……いつ、出るの?」


刺さる視線と共に、短く、そう聞かれた。


京太郎「お酒が抜けたら、着替えて八つ門へ向かいます。」

霞「そう……」


短く返され沈黙が続く。

ふとお酒を飲んでいた小蒔ちゃんが気になった。

京太郎「霞さん、お姫様はどうしていますか?」

霞「小蒔ちゃんはお酒を飲んだせいか寝ているわ。」

京太郎「そうですか。」

京太郎「……それでは霞さん、さようなら。」

霞「ええ、さようなら……」

霞「……さようなら、か。」


彼は覚悟していたのだろう、これが今生の別れになるかもしれないと。

それが自分の、延いては須賀家の歴史が終わるとわかりながら、宿命を受け入れたのだ。

霞「京太郎君はおじ様と同じ道を辿るのよね……」

小蒔「え……」

霞「!?……小蒔ちゃん……?」

小蒔「どういう……ことですか……?」

小蒔「京太郎君が須賀のおじ様と同じ道を辿るって、どういうことですか……!?」

霞「そ、それは……」

小蒔「須賀のおじ様は数年前に川の氾濫に巻き込まれて亡くなったって……」

小蒔「それでどうして……京太郎君も同じ道を……辿るんですか?」

霞「…………」


迂闊だった、聞かれてしまった。

姫様にこのことが知れたらこうなる事がわかっていたのに……


霞「わかったわ、簡単にだけど話すから聞いてね……」

小蒔「はい……!」

もうそろそろ、支度をするとしよう。

家から持ってきた鞄から、親父の仕事着を取り出す。

下には純白の括り袴を穿き、上半身には白小袖を。

更にその上から、動きやすいように多少作り変えられた浄衣を着る。

そのあと朱色の指貫のグローブを着けて、用意してもらっていた数枚の御札と剣を携える。

あとは白無垢を被れば準備完了だ。

当の白無垢を取りに行く為、小蒔ちゃんの部屋を訪ねる事にした。

部屋の前で声を掛ける。

少しの間のあと、小蒔ちゃんの声が返ってきた。

何処か暗い声色。

戸を開けると、何故か不機嫌な顔をした小蒔ちゃんと霞さんがいた。

霞さんは俺の顔を見て立ち上がると、近くまで寄ってきて耳打ちした。


霞「ごめんなさい、成り行きとはいえ、少し、小蒔ちゃんに貴方の事を話してしまったわ。」

京太郎「……わかりました。」


そう言ったあと霞さんは部屋を出て行った。

小蒔「霞ちゃんから聞きました、京太郎君、これから危険な所へ行くんですよね……」


どうやら霞さんは小蒔ちゃんに全てを話した訳ではない様だ。

単純に妖魔退治の類だと思ってくれているのだろう。

小蒔ちゃんに咎められない事をほっとしていると小蒔ちゃんが続ける。


小蒔「白無垢がいるんですよね?」

京太郎「ええ、出来れば頂きたいのですが……」

小蒔「そこで待っていてください。」

小蒔「……はい。」


小蒔ちゃんが俺に白無垢を着せてくれた。

そして片手に何か持っていて、それを目の前に差し出してきた。

小蒔「これを、私だと思って持っていってください……」

京太郎「これは、簪?」

小蒔「これが京太郎君を護ってくれることを祈ってます。」

京太郎「櫛の原型、髪に挿すことによって魔を払う、ですか。」

京太郎「有り難く頂いていきます。」

小蒔「必ず……生きて帰ってきてください……」

京太郎「それは……」

小蒔「約束です!」

そういって小蒔ちゃんは、俺の右手を無理矢理取って、小指を絡ませた。


小蒔「ゆーびきーりげーんまーん、嘘吐いたーら針せんぼーん飲ーます、ゆびきった。」

京太郎「死人には、針は飲めませんよ……」

小蒔「京太郎君は死にません!」

京太郎「でも、もし死んだら?」

小蒔「そうしたら私が飲みます。」

京太郎「そんなことしたら姫様が死んじゃいますよ。」

小蒔「……そういう意味です。」

京太郎「俄然、死ねなくなってきましたね……」

小蒔「はい、だから生きて帰ってきてくださいね。」

きっと小蒔ちゃんは察したんだろう、今回のがどれだけ危険なのかを。

もし、祓い切れなかった時は須賀の人間がどうするか、そしてどうなるかを。

最低で道連れ。

最善で生還。

これが目標になる。


京太郎「それでは行って来ます。」

小蒔「いってらっしゃい……」


軽い別れを告げ、決戦場まで足を向ける。

八つ門に辿り着くとそこには既に春と巴さんが待機をしていた。


巴さんも春も何も言わない。

これから起こることが、これから何をするのか大体想像が付いているからだ。

声を掛けないでいるのは信頼の証と思って受け取った。

八つ門の内、一門開いているところから入る。

あとは待つだけだ。

暫くするとなにやら音が聞こえてきた。

川が流れてくるような地を這う音。

傷を負ってか隻眼ではあるが、牛など軽く一飲みしそうな巨躯の大蛇が一門から入ってきた。

その大蛇が語り掛けて来る。


《白無垢を着て花嫁の真似事か?》

《我に嫁入りとは殊勝な心掛けだな……》


大蛇がそうせせら笑う様に言うと一門が閉められた。

蛇は門のことなど意にも介さず続ける。


《だがな、臭う……臭うぞ……》

《どんなにその白装束で誤魔化しても臭う……》

《忌まわしいあの男と同じ血の臭いが!》


「なんだ、バレてたのか、小細工って案外通用しないものだな。」

白無垢を脱ぎ捨てて剣を構える。

門に貼るお札の準備も大丈夫だ。


《この眼の代償は貴様ら一族の血で償ってもらうぞ!》


この世の物とは思えないほどの巨体がうねりながら、その隻眼を以って俺へと照準を定める。

金切り声を発したと思った次の瞬間、その巨大な顎が俺を飲み込もうと大口を開け、禍々しい牙を突き立てようとしていた。

攻撃を寸での所で右へ左へ身を躱しながら門にお札を貼る。

これで第一目標はクリアだ。


大蛇はその巨大な尾を以って叩きつけようとしてくる。

なんとかフェイントを入れながら横っ飛びに転がって回避する。

当たったら堪ったものじゃないだろう、その証拠に叩きつけられた石畳の床が捲れている。


尾や噛み付きに因る攻撃を躱しながらも剣で一太刀、二太刀と切り込んでいく。

その内傷だらけになった蛇が怒号を飛ばす。


《ええい! ちょこまかと煩わしい!》


その声と共に顎と尾の同時攻撃が始まる。

同時となると躱し切れなくなって来る。

このままではいずれ手詰まりになるので、跳躍して落下する勢いで尻尾を切断した――が……

切断したと同時に剣が折れてしまった。

どうやら硬い何かに刃が当たってしまったようだ。


「やべぇ……!」


剣が折れたことに戸惑っていると蛇の巨体が鞭のように撓り、俺の身体を叩きつける。

とっさに左手で庇ったものの、体が玩具のように吹き飛ばされてしまい、
壁に叩きつけられ、糸の切れた操り人形のように床に落ちる。

どうやら先の攻撃で身体を庇った左手が原型がわからないくらい拉げ、肋骨も何本か折れたようだ。

痛みで動けないでいると大蛇の顎が俺の身体を捕らえる。

《かかかか……どうした? 我の尻尾を切断したくらいで勝利を確信したか?》


この世の不吉全てが籠もっているような瞳で俺をニヤニヤと嘲笑するように覗いている。


《忌々しい血族の生き残りだ……このままじわじわと絞め殺してやろう!》


「ぐあああぁぁ!?」


折れた骨が顎で締め付けられる。

体が軋み、悲鳴を上げる。


《良い鳴き声だ……もっと聞かせて貰いたいな……》


「余裕かましていると……足元掬われるぜ……これでも食らいな!」


勝利を確信し、俺を嬲り殺そうとする蛇の残った片目に髪に挿していた簪を突き刺した。


《ぐおおおぉぉぉ!?》


京太郎「へへっ、目刺しになった気分はどうだ、姫様の櫛は特別効くだろう?」

残った片目を簪で潰された蛇が悲鳴を上げながらのたうつ。

折れた剣を捨て、とある神様を降ろすために目を瞑り、所謂トランス状態になるよう意識をシフトする。

祈るように神降ろしの成功を願う。

その内、どこからともなく頭の中に直接、声が聞こえてきた。


『俺を呼ぶのはお主か? 童(わっぱ)、名はなんと言う……』

「須賀京太郎と申します。」

『して、何のためにこの大蛇と戦う?』

「……可愛い女の子を助ける為というのは駄目でしょうか?」

『くくくく、そうか女子(おなご)のためか……』

『豊穣の稲田を彷彿とさせる頭髪も中々に良い……』

『何より須賀という姓……』

『……気に入った、童に力を貸してやる。』

『そこにある剣を取れ、俺が力を貸すのはこれだけだ。』

『あの蛇を屠れるかどうかはあとは童次第だ、くたばらんようにな。』

「ご助力感謝致します。」

切断した蛇の尾から覗く剣を引き抜き確かめてみる。

錆びてはいるもののやはり親父が持っていた剣だった。

俺が錆びた剣を手に取り、翳(かざ)した途端、剣が様変わりしていく。

今まで実際には見たことの無い剣だったが、どういうものかはわかっている。


京太郎「やっぱり大蛇と言えばこの剣だな……」

京太郎「拾い食いしたら腹壊すってこと、良く覚えておけ!」

京太郎「親父の剣でてめぇに引導渡してやんぜ!」


剣を逆手に取り、巨大な大蛇の脳天に刺す。

今度は剣を順手に持ち替え、引き抜き、そのまま蛇の首を落とし、致命傷を負わせた。

切り落としたあと、蛇の断末魔と恨み言が木霊する。

《ぎゃああぁぁぁぁ!!》


《おのれ……おのれぇ……忌まわしい須賀の血を絶やせなかったのが口惜しや……口惜しや……》


それだけ言って大蛇は毒々しい紫の血の泡となって消えていった……


役目を終えた親父の剣は、元の錆びた剣に戻り、ぼろぼろに朽ち壊れてしまった。

まずい、意識が朦朧とする……

蛇から食らった攻撃で満身創痍になっていた身体をなんとか這いずって門の外へと出る。

簪を片手に俺の意識はそこで途切れた。

春ちゃんと巴ちゃんがぼろぼろの京太郎君を担いで戻ってきた。

小蒔ちゃんは酷く狼狽している。

とにかく彼の手当てをして、床に就かせることにした。


今は小蒔ちゃんが彼の傍に付いている。

だけどそろそろ小蒔ちゃんも限界だ。

怪我を負った京太郎君よりも……

京太郎君の看病をする小蒔ちゃんの様子が痛々しかった。

小蒔ちゃんの手は何度も身体を拭くために水に付けたせいで赤くなり、目の下には濃い隈が出来ている。

もう何日も小蒔ちゃんは寝ていない。

私が小蒔ちゃんに休むように言っても、首を頑として縦に振らない。

京太郎君から離れようとしない。

京太郎君は生きているだけでも奇跡であるくらいの傷を負っていた。

逆を言えば今は小康状態を保っているとはいえ、いつ容体が急変してもおかしくはなかった。

未だに意識を取り戻さない彼に対して、小蒔ちゃんはいつも語りかけている。

「知っていましたか? 京太郎君。」

「私、実は『姫様』って呼ばれるのは好きじゃないんです。」

「周りが私に期待してそれが重圧に感じて……」

「でも、不思議とあなたの『お姫様』は嫌いじゃありませんでした……」

「あなたの呼び方は揶揄う様で、どこか優しくて。」

「でも、どうせなら『小蒔ちゃん』って呼んでくれた方が私は嬉しいです……」

「だから早く元気になってください……」


それを聞いて胸が苦しくなる。

罪悪感が私の胸に圧し掛かる。

これが彼を巻き込んだ私への罰なのかしら……

「小さい頃はよく皆で遊びましたね……」

「京太郎君は稽古を抜け出していたから怒られていましたけど……」

「川に行って水遊びしたときも楽しかったです……」

「うふふ、あのときは水に流されかけてびっくりしました。」

「今となっては良い思い出ですね……」

「あと、小さい頃といえば……」


そこまで言って小蒔ちゃんの言葉が詰まった。

目には滲む何かがある。

彼と話すことは子供の頃ばかり……

「なんで……でしょう、今……あなたはここにいるのに……」

「小さい頃のことばかり思い出すのは……」


涙がぽろぽろと零れ落ちている。

やはり小蒔ちゃんも限界だったのね。

女の子を泣かせるなんて、京太郎君も酷い男だわ……

小蒔ちゃんは涙声で彼に言葉を投げかける。

「急に遠くへ行ってしまって……」

「いきなり戻ってきて……」

「かと思ったら今度は大怪我をして戻ってきて……」

「京太郎君は勝手過ぎます……」

「もう……勝手なことしたらだめですよ……」

「勝手に逝ってしまったら、許しません……」

「絶対に許しませんから……」


小蒔ちゃんが言い終わったとき、微かに彼の眉が動いた。

「うっ……」


「!?」


「……あの神様、やる事が荒っぽいぜ……」


「京太郎君……? 京太郎君!? 京太郎君!」


「へ? 姫様?」


「良かった……意識を取り戻してくれました……」

「本当に良かったです!」

小蒔ちゃんが思わず京太郎君に抱きついていた。

これで一先ず安心できる。


「ぬわぁ!? いっだだだ!? 姫様離れて!? 俺、骨折ってるから!」


「あ、すみません、私ったら……」


「……あーその、姫様にはお世話かけましたみたいで。」


「そんなことありません……私が掛けた迷惑に比べれば……」


「姫様のおかげで、俺は帰って来れたんですよ。」


右手にずっと持っていた簪を差し出し、笑顔で応える。

「多分これがなかったら俺は帰って来れなかった。」

「簪、汚れちゃいましたし、他のを用意しないとですね……」

「怪我が治ったら新しい簪を買いに行きましょう。」


「はい! 一緒に行きましょう!」

「あ、その時はちゃんと私を守ってくださいね?」


「ええ、いいですよ。」

「なんたって俺は……」

「神代の……いや、小蒔ちゃんの守人ですから。」



【京太郎「神代の守人」~蛇殺し編~】

カン