http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1363522032/





扉があった。


手の中には鍵もあった。


だから開けた。


それだけ。

京太郎「いやー長野→東京間の移動とかマジで死ぬわ」

京太郎「路線だとサイレントヒルのほうが近いんだっけか……まぁ、いいや」


俺の名は須賀京太郎。
最近のトレンドだと、『何の変哲もない普通の少年』とでも言うべきなのだろうか。


京太郎「ビバ、東京!」

京太郎「……ビバってもう死語なんだっけか」


白糸台駅とかいう駅の前に、俺は立っている。
シンプルな駅だが、シンプルは良い事だ。

新宿駅は間違った方向の進化だと俺は思う。



京太郎「時代の流れと最近の若い子の事情は分からんな」

京太郎「……いや、俺も若い子じゃねーか。何言ってんだ俺」

東京(こっち)に来たのは、進学のためだ。


別に俺は地元で近場の通学の楽な偏差値そこそこの高校にでも良かったんだが……


知り合いに誘われて、白糸台とかいう学校を受けてみた。受かってた。
そんなこんなで、「友達と同じ学校に行きたかったので」
みたいな一昔前の頭のゆるい子みたいな理由で進学先を決めてしまった。


デーモン小暮閣下だって早稲田出てんだぞ!
オリエンタルラジオの片割れだって慶應出てるんだ!
お前らが笑ってる小島よしおですら早稲田出てるんだぞ!
ムツゴロウさんなんて伝説の雀士の上、東大出だ!


と、説得に叫ぶ教師を見たのも今は昔。


今やアレらと同類だ。嘆くべきなのだろうか。



京太郎「っと、人探し人探し」

京太郎「えっと、『そのうちハゲそうな苦労人臭のする凛とした美人』だっけか」

菫「(くたばれ、照)」

菫「(人をパシリか何かと勘違いしてないか、アイツ)」

菫「(……一応、私は部長なんだがなぁ。だが、アレに言っても詮は無いか)」

菫「はぁ……」


部長である自分が一部員の指示で人を迎えに行っているという現状。
しかも話を聞く限り、100%私情な理由で、だ。

だが、断れない。

仕方無い。

仕方無いんだ。


菫「(『あの』照の幼馴染、か。どんな人外だ)」

菫「(『見れば分かる』とは言われたが、私にも許容範囲というものがある)」

菫「(腕が四本あったり、口が三つも四つもあったりするのは勘弁して欲しいな)」



そうであっても、照の幼馴染なら別に私は驚かないが。

宮永照に家族以外の人間の知人が存在すると聞いたその時点で、私の脳の驚く部分は麻痺しているだろうし。

菫「(探すのなら、人物的特徴よりもっと手っ取り早いものもあるしな)」

菫「(この時間、この駅の前で、不自然に浮いてる学生服を探せばいい)」

菫「(ほら、あっという間に見つかっ――)」


どれ、眼が三つあるのか。耳が四つあるのか。

その顔を拝見しようと、歩いて近づき……少年が振り向いて、私と目が合う。


京太郎「あ」

菫「あ」

京太郎「(『そのうちハゲそうな苦労人臭のする凛とした美人』だ)」

菫「(……ああ、なるほど)」


確かに。

確かにこれは、あの照の幼馴染だ。

これなら、確かに間違えない。



菫「(……濁ってはいないが、腐り果ててる眼だ)」

京太郎「ここが、白糸台高校ですか」

菫「ああ。荷物はそれだけか?」

京太郎「先に宅配便で送ってましたので。寮の方に届いてんじゃないですかね」

菫「そうか、それならいい。この後に何か予定は?」

京太郎「特に無いですね。あえて言うならジャンプ読みにコンビニ行きますけど」

菫「後にしろ。ちょっと顔を貸せ」

京太郎「……屋上ですか。告白ですか」

菫「違う」

京太郎「体育館裏ですか。俺をシメるんですか」

菫「違う」

京太郎「じゃあアレですか。桜の木の下で……」

菫「黙って聞け。酷薄に首を絞めて桜の木の下に埋めるぞ」

京太郎「はい、すみません」



菫「照に言われてるんだよ。まず自分の下に連れて来いと」


普通だ。
その眼以外は、普通だ。

良かった、照よりまともだと。

なんとかなるかもしれないと、そう思っていた。


京太郎「へー、照ちゃんに?」

菫「ああ。照に機嫌を損ねられると、私が困る」

京太郎「ははっ、野生の虎にでも接してるみたいですねー」

菫「……」

京太郎「よくそんなノリで、照ちゃんと仲良く出来ますね」

菫「慣れだ、慣れ」

京太郎「おお、すげえ。流石照ちゃんの友達」



菫「……友達?」



だがそれは、きっと儚く散る願いに終わる。
そんな、不思議で怖気のする確信があった。

菫「友達と言ったか、今」

菫「笑わせるな。それに、虫酸が走るだろう」


『アレ』と、友達?
それは流石に、許容できない。否定せずには居られない。
悪寒と寒気が、同時に襲って来て気持ちが悪い。


菫「あんなのと友達になろうなんて『人間』が、居るわけ無いだろう」

菫「だからお前も、必然的に『人間じゃない』」

菫「違うか?」


普通じゃない人間に対して普通の言葉を向けるのは、その時点で普通じゃない。
だからコイツも、普通じゃない。

人外を友と呼び、意思疎通し、分かり合える『人間』が居るのは、物語の中だけだ。


京太郎「……あはっ、ひっでー。傷付きましたよ、せんぱーい」


そんな彼が、ニッコリと笑う。
普通の表情。普通に整った顔。普通に安心させる笑顔。

だが腐りきった眼がその真ん中にあるだけで、全て一切合切台無しだった。

菫「ここが、白糸台の女子麻雀部の部室だ」

京太郎「へー、ここが……」

菫「まあ、君がよくお世話になるだろう場所は男子麻雀部の方だろうが」

京太郎「でも多分、照ちゃんにけっこう呼ばれると思うんですよね」

菫「だろうな」

京太郎「ご迷惑をお掛けします」

菫「私に、そんな心にも無い事を言ってもしょうがないだろうに」

京太郎「あ、そうですかね?」

菫「そうだ。……ただいま、皆」


部室内は牌を打つ音と擦れる音、自動卓の稼働音。
そこに人の声が混ざった音で満ちている。

そんな音が一瞬止まり、一斉にこっちを向いた。

「あ、部長!」
「お帰りなさいませ!」
「お疲れ様です!」


ここが私の居場所。……叶うなら、こういう手合いには一生晒したくはない場所だ。


「部長、宮永先輩から言付けです」

菫「聞かせてくれ」

「『先生に呼ばれたから行ってくる。待たせておいて』だそうです」

菫「私は使用人か何かか……?」


「わ、私達はそんな風に思ってませんよ!」
「そうです! 宮永先輩が特殊なだけですって!」
「部長を尊敬してない奴なんて、この部には絶対に居ません!」


良い仲間が集まった部だと、私は思う。
同級生も後輩も、先月卒業した先輩も良い人達だった。
だからこそ、浮くのだ。


異端は正常の中に在ってこそ、その存在を知らしめるのだから。


「あれ? その後ろの子、誰ですか?」
「新入生? 男子?」
「部長の知り合いですか? 弟さんとか?」


菫「ああ、こいつはな――」




    菫「あの照の幼馴染で、友人だそうだ」




     瞬間、空気が凍った。



「何の冗談だ」「嘘」
「ひっ」「笑えない」
「何それ」「勘違いとか」
「ありえないって」「夢?」


そんな小声の囁きが、そこかしこから出始める。
静寂が保たれたのは、その一瞬のみ。
喋っていないと正気を保てない、そんな様相だ。

その気持ちは、痛いほど分かる。


京太郎「はじめまして、皆さん」

京太郎「須賀京太郎と申します。何かとお世話になるかもしれませんが、よろしくお願いします」


普通だ。
普通に丁寧で、好感の持てる挨拶。

だが。
だが、前提が。

あの宮永照の関係者という前提が皆の頭にある、それだけで。

目の前のこうべを垂れる少年の行動が、ただの茶番にしか見えなくなる。


肌が粟立つほどに、気持ち悪い。

菫「……亦野、ちょっと来い」

誠子「へ? あ、はい」

菫「済まないが、私は少しだけ所要で席を外す。好きに見学していてくれ」

京太郎「りょーかいです」

部室に都合よくいてくれた亦野を連れて廊下へ。
話をあの少年に聞かれたくはなかったし、頼みたかった事もある。

亦野が居てくれて助かった。
少なくとも、適当な人物を探す手間は省けたし。


誠子「弘世先輩、さっきのあれどういう……」

菫「手伝え、亦野」

亦野「は?」

菫「危険物を処理するのなら、まずそれがどの程度の威力なのか確かめないと話にならん」

菫「照を基準にして、それ以下か、最悪同格か、無害の部類に入るのか」

菫「お前の実力を見込んで、頼みたい。……協力してくれ」

誠子「……先輩が人を頼るなんて、本当に珍しいですよね」

誠子「分かりました。私に出来る事なら、喜んで」

「あー、弱っちいねー。須賀君」

京太郎「一応小学校の時から打ってはいるんだけどな」

「才能とか大きいからね……でも、麻雀は好きなんでしょ?」

京太郎「そりゃ、好きじゃなきゃ長続きしないさ」

「よくあの宮永先輩を見てて麻雀やめる気にならなかったね」

京太郎「他人は他人、自分は自分だろ?」

「宮永先輩が入学した年から、毎年何人もうちの部やめてるんだけどねー」

「須賀君は立派だよ、立派」



菫「……なんだ、これは」


確かに。
確かに、『目を離すと何が起こるか分からない』と思って早めに帰ってきたのだが。

これは確かに、予想外だ。

色々嫌な予想はしていたが、それは全てマイナス方向であって。


この短時間で部に馴染むなど、想定の範囲外だった。

とりあえず、彼の周りに物珍しげに集まっている部員の一人を捕まえて話を聞かなくては。


菫「おい、何があったんだ」

「あ、部長。暇だから誰か一局相手してくれませんか、って彼が言い出しまして」

菫「それで?」

「最初は恐る恐る何人か、と言った感じでメンツ集めて、打ち出しまして」

菫「雀力は、どの程度だと思った?」

「……正直、あの宮永先輩の知人というのはガセなんじゃないでしょうか」

菫「……」

「初心者に毛が生えた程度です。高校から麻雀を始めた子達と、大差はないですね」

菫「そう、か」

「で、注目されてた分どっと来た安心感で皆絡み始めまして。あんな感じです」

菫「……ふむ」

「まあ、アレですよね。事前情報だけで人となりを把握するのは、やっぱダメだってことで」

菫「……かも、しれないな」

菫「(そうだな。確かに、その通りだ)」



菫「(なら、一体何だ。この収まらない胸の動悸は)」



菫「(心の臓まで凍ってしまいそうな、足元から忍び寄る悪寒は)」



菫「(不安か、恐怖か)」



菫「(……私の理性ではない部分が、警鐘を鳴らしている)」



菫「(『これ』は一体、何なんだ)」

誠子「……どうします?」

菫「すまん、『念の為』、頼む」

誠子「分かりました。ですけど、本当にあっち側なんですかね?」

誠子「目が腐ってるとか、弘世先輩以外には分からない感覚なんですよ?」

菫「ああ、苦労をかけるな」

誠子「貴女は先輩で、私は後輩です。お気になさらず」


京太郎「……あ、お帰りなさい。早かったですね」

菫「ああ、待たせたな。すまないが、コイツも混ぜてやってくれ」

誠子「どうも」

京太郎「あ、どうも」

菫「二年だから、お前の先輩にあたるな。亦野誠子だ」

誠子「よろしく」

京太郎「よろしくお願いします!」



菫「(……さあ、どう転がったものかな)」

――何度か、彼を狙ってみてくれ

――分かりづらいように、数回でいい

――私は彼の後ろで、彼の打ち方を見ている

――少し揺さぶった後は、お前の判断に任せる


誠子「(……そのぐらいなら、お茶の子さいさいだけれども)」

誠子「(どう見ても素人だよなぁ、この少年)」

誠子「(気が引けるけど、弘世先輩との約束だし)」

誠子「チー」


鳴く。
河から、私の武器を釣り上げる。

だから早い。速さには自信がある。

誰かが言った、『麻雀には一巡に四回ツモの機会がある』は至言だと思う。



誠子「ロン。5800」

京太郎「うわっ」

菫「(……こう言っては何だが、本当に弱いな)」

菫「(牌効率もなってない。押し引きも壊滅的だ)」

菫「(スジすら理解してないんじゃないのか、これは)」

菫「(……これは、彼に悪いことをしたか?)」


誠子「ロン。5200」

京太郎「うわっ、直撃二回目」

「須賀君捨て牌無警戒だし、そりゃそーなるって」

「亦野も大人気ないなー」



集まっていた部員を練習に戻らせながらも、彼の一挙一動を見逃さない。

……だが、彼は想像を下回っていた。
それ自体は彼には悪いが、私にとっては良い事だ。
それは、間違い無い。


だが。


なんだろうか、この違和感は。

菫「(この卓を囲む三人と、私)」

菫「(今彼を見ているのは、この四人だけだ)」

菫「(……だが、確信がある)」


今四人全員が、同じ違和感を彼に感じている。


菫「(もっと、彼は……)」


『強い』、はずなんだ。

そんな意味も無い、根拠も無い感覚と確信が在る。


自分達を蟻とするのなら、人間が蟻に圧倒されている光景を見るような。


蟻にかけっこで負け、力比べで負け、ズタボロにされている人間を見るような。


そんな違和感と、恐怖と、嫌悪感が在る。


……『危険だ』。

何がヤバいのが分からないのが、『危険だ』。

誠子「しかし、それだけ長い間打ってるのに上達しないのか、難儀だな」

京太郎「まあ、そこら辺はしゃーないですよ」

誠子「麻雀初心者の一番の上達法は、上手い人の真似だって言うけど」

京太郎「真似ですか。そう言えば、やった事無いですね」

誠子「ふーん……ああ、それなら」

菫「(……!)」


瞬間、弘世菫の背筋に走る特大の悪寒。

やめろ、と。制止の声も間に合わず。

亦野誠子は、自分の地獄の扉を開き、その向こう側を見た。



誠子「私の真似をしてみるってのも、いいのかも」

誠子「まだまだ未熟だけど、鳴きの上手さだけなら自信があるし」





京太郎「あ、じゃあお言葉に甘えて」

突然だが、『扉』と聞いて諸君は何を思い浮かべるだろうか。

扉は開くもの。鍵があれば開くもの。その向こう側に新しい世界が広がっているもの。

それこそが扉の本質だと、俺こと須賀京太郎は思う。


昔、ある日から俺は『扉』が見えるようになった。

手の中には、いつだって『鍵』が在った。


眼の前に在る扉を、鍵で開いてみる。

その扉を開いた瞬間、それが何かをようやく理解した。


この扉は、人間なら誰でも持っているものだ。
全ての人間に、この扉は等しい数、等しい大きさで存在する。


開く扉。
その扉は自分の中に在って、その扉を俺は自分で開いている。
だから、世界が広がるのは『俺自身』だ。



その日の麻雀で、俺は今までやった事もないハイテイを半荘に三度和了った。

この扉は、『人間に出来る事』だ。

「人を思いやる事」だとか、「50m泳ぎ切る事」だとか、「自転車に乗る事」だとか。

そういう、人間が出来る事が目に見えている。

扉が開けば、それが出来るようになる。

そういう事。


手元にある鍵は、それを開く鍵だ。

それらには『努力』『才能』『指導』『絆』『経験』と、それぞれ名が付いている。

それらを使って、人は扉を開ける。

鍵があれば、扉を開く事が出来る。

そういう事。


つまり人生とは、扉を開け続ける事。


扉の向こう側を求め続ける事。


当時小学生ながら、シンプルな真理は俺の中に染み渡った。

牌効率が良くなる扉。
人に好かれやすくなる扉。
東場でのみ強くなる扉。
卓上に理想の絵を描く扉。
ビギナーズラックを顕在化させる扉。
バイクを乗りこなす技術の扉。


だがなんとなく、心惹かれない。
どうでも良かったし、欲しいとも思えなかった。


そうやって扉を一つ一つ吟味していく内に、『それ』は見つかった。


異彩を放つ扉。
色違いの扉。
他の扉とは、一線を画している。


そんな扉を、俺は迷わず開けた。


探していた扉はこれだと、妙な確信があった。

開いた扉の向こう側には、素晴らしい世界が広がっていた。

今まで見た扉が、糞の足しにもならないモノにしか見えなくなる。

そんな物をありがたがっていた自分も、他人も、バカらしく見えてくる。


王牌を操作する扉。
他人に認識されなくなる扉。
絶対音感の扉。
絶一門を実現する扉。
最初の一打の牌を、オーラスに持ってくる扉。
野球でホームランを確定で打てる扉。


そういった扉が、いくつも並んでいる。

素晴らしい。素晴らしい。

色違いの扉の向こう側には、もっと素晴らしいものがあるんだろうか。


そう考えると、目の前に並んでいる扉も途端にゴミにしか見えなくなる。


目を凝らせば、今度は一瞬で見つられた『色違いの扉』。


ここに在る全ての扉を無視して、その扉をくぐる。

プラスマイナスゼロを実現する扉。

要らない。

他人の配牌時のシャンテンに干渉。

要らない。

その身に神様が降ろせる。

要らない。

一向聴から先に進ませない。

要らない。

他人の山への干渉を無効。

要らない。

和了る度に打点が上昇。

要らない。



その内、色違いの扉以外はゴミの山にしか見えなくなった。

だけど他人が大切にしている物をゴミと呼ぶのは大変失礼らしいので、その辺りは気を使っている。

何が言いたいかというと。


京太郎「ポン」

誠子「あっ、なっ」

菫「ああ、やっぱり同類か……」

京太郎「ポン」

「……あ、あ」

「やっばい」

京太郎「ポン」



京太郎「その三萬ロンです、亦野先輩。満貫です」



小学生の時、そういえばあんな扉開けたなぁと。
でも使えないから捨てたなぁと。

懐かしい思い出に、頬を緩ませて。


暖かい気持ちに包まれながら、俺は随分昔に見た扉を開けに戻った。

京太郎「(なっつかしいなー)」

京太郎「(何年前のだろうか、これ)」


三度鳴く。
和了る。
三度鳴く。
和了る。

京太郎が、誠子に直撃させる。
ただそれだけを繰り返す。
死者に鞭打つように、繰り返す。


菫「……狙ってるのか?」

京太郎「ええ、狙ってます」

菫「何故だ。意味が無いだろう」

京太郎「え? だって、亦野先輩俺狙ってましたよね?」

誠子「……!」

京太郎「真似してみろって言われたからそれも真似したんですが、何かマズかったですかね……?」


悪意は無い。悪意は無いのだ。
彼は言われた事を、やっているだけ。

菫「(……ああ、本当に、同類だった)」

菫「(人の気持ちが分からない辺りが、特に)」

京太郎「チー」


三度鳴いて、和了る。
この卓を囲む四人の内、二人が同じ行動を取る。

それでも、速度に差が出る。


京太郎「ロン。2000」

誠子「……」

菫「(……腐ってる)」

菫「(本当に、こいつらはどうしようもなく腐ってる)」

菫「(他人が大切にしてる物を、無自覚で踏みにじる)」

菫「(和了るのが早い理由は、単純明快で……)」



京太郎「あの」

誠子「……何?」




京太郎「配牌からすぐに三回鳴いて、その次の順目で和了ればいいんじゃないですかね。なんでそうしないんですか?」



 

菫「(ああ、やっぱりあっち側か)」

分かってない。
分かってない。

どこまで行っても、分かってない。

結局こいつも照と同じで、『扉の向こう側』に居る。

扉を間に挟んでいるから、『こっち側』を理解していない。

こっち側の声は掠れてしか聞こえていないし、表情は見えていないし、気持ちは伝わらない。

扉をなまじ選んで開けてきたから、『優しさ』とか『気遣い』とか、そんな扉を開けて来なかった。

腐ってる。腐り切っている。

人が大切にしているもの、努力で磨いてきたもの。

人が尊ぶべき道徳、常識、善性、それら全てを貶めている。

それら全てを、『価値の無い物』だと断じた過去を積み上げてきている。


否定しながら、蹂躙しながら、この生き物は生きている。

こんな狭い学校に、そんな生き物が二匹も居る。


菫「(なんの、冗談だ)」

京太郎「あ、トビましたね」

誠子「……」

菫「……須賀」

京太郎「はい?」

菫「おまえ、この惨状をどう思う」

菫「亦野を見ろ。俯いて、泣いている」

菫「左右の二人を見ろ。お前を見る、その怯えきった目を見ろ」

菫「私を見ろ。私が今、どういう目でお前を見ているか見ろ」

菫「どう思った」

京太郎「んー」



京太郎「女の子の涙は胸が痛みますね。女を泣かせないのが、男の役目だと思います」



本気で言っている。嘘偽り無く、本気で言っている。
だから、私は……ほんの少しだけ抱いていた更正の希望を、諦めた。

菫「(……ああ、本当に。こいつらは……『終わってる』)」

「きょーくーん!」

京太郎「あ、照ちゃん!」

照「ごめんね、待たせちゃって」

京太郎「良いって良いって、ここの部の人達良い人ばっかだから退屈しなかったし」

照「それは、良かった」


立ち上がった少年、飛び付く少女。
少年が少女を抱き締めながら、クルクルと回る。

だが、双方目が腐り切っている。


少年の眼は濁り無く腐り切っていて。
少女の眼は淀み濁り腐り切っている。


遠方から見ている部員は、照のそんな少女らしい行動に驚き。

間近で見てしまった、先程まで卓を囲んでいた二人の名も無き少女は、床に盛大に吐いた。


まるで腐肉の上で行われるダンスパーティ。


クルクルと、狂々と、悍ましさを滲ませて踊る。

他人が大切に思うもの、善き物だと思う物。

それらの価値が分からない。当然だ。
大人が何年間もかけて子供に築きあげさせる倫理や常識の価値が、子供に分かるわけがない。

そして一度切り捨てれば、二度と戻っては来ないのだ。
そして彼等は、切り捨てた。

彼等はもう、そんな扉を開けようとはしない。


努力の過程がないから、手に入れた力に頓着がない。

数十年誰かが磨いた力をあっさり手に入れ、あっさり捨てる。

二人はずっと、そうやって生きてきた。



『扉を開けるのが人間の本質』だと思う二人は、自分達を正常だと思っている。



ただ、周囲に理解を得られていないだけで。



自分達は正常だと、思っている。

腐っている。
腐り切っている。

照「あたまなでてー」

京太郎「人前だぞ、恥ずかしいって」

照「じゃあ、外で」

京太郎「……まあ、廊下ならいいか」

照「腕組む?」

京太郎「人に見られてないなら、別に良いけど」

照「えいっ」

京太郎「照ちゃん、柔らかいな」

照「あんまり、女の子らしい体つきじゃないけどね」

京太郎「俺は、かわいいと思うよ」

照「……あー、うん。なんかそういう台詞は恥ずかしい」

京太郎「本心だっての」


腐り切った関係の中でなら、二人は極めて正常に見える。
汚泥の中の、踏み躙り穢し切った他人の大切な物を踏み台にして、二人は歩く。

だから、こんなにも無能。

普通の扉を、二人は開けてこなかった。


だから、こんなにも無垢。

二人には、一切の邪心も悪意もない。


だから、こんなにも無敵。

人間に出来る事なら、何だって出来る。



だから、こんなにも無残。



そんな、在り方。

京太郎「男子麻雀部ってどっち?」

照「もう行くの? 私、もっと京くんとくっついてたい気分なんだけど」

京太郎「そりゃまあ、会ってなかった期間は長かったけど……」

照「お願い」

京太郎「……まあ、いっか。学校の案内しつつ、ゆっくり行こう」

照「うんうん、素直な君は大好きだよ」

京太郎「じゃあ普段の俺は、素直じゃないから嫌いなのか」

照「勿論」

京太郎「あらら」


扉を開けて、向こう側に行って、その向こう側を二人は見た。
そして、終わった。
この二人は、そこでどうしようもなく終わってしまった。
だが、終わらなかった者、踏み留まった者もいる。


照「そういえばさ」

京太郎「うん?」

照「咲は、どう?」

京太郎「絶対に来るぜ、いつかこっちに」

照「それは、素敵だね」

京太郎「俺達を完全に否定するために、咲は何があってもここまで来る」

照「流石、私の妹」

京太郎「長野はいいよー、なんでか扉をありったけ開けそうな奴らがいっぱい居たし」

照「いいなぁ、個人戦でもそんなに居ないんだよね。こっち側」



この後、男子麻雀部にて悲鳴は音を立てる事すら許されなかった。

ありとあらゆる価値あるものが否定され。
ありとあらゆる正常さが否定され。

須賀京太郎は、男子麻雀部に歓迎される。

そういう事になった。



京太郎「楽しい青春が送れそうだな」

照「うん、楽しもうね」

京太郎「これからもよろしく、照ちゃん」

誠子「……すみません、情けない所を見せてしまって」

菫「構わない。むしろ、私が謝るべきだ」

菫「お前の好意に甘えず、私が自分で行くべきだった」

誠子「いえ、そんな……たぶん、誰が行こうとどうしようもなかったと思いますよ」


この卓を囲んだ三人と、菫と照にしかあの少年の本質は理解出来ていない。
先程まで彼を囲んでいた大半の部員たちは、「ちょっと変わってるけど麻雀の弱い少年」程度の認識から変わっていない。

だけど彼女達は、それを声高に叫ばない。
叫ぶ意味が無いと、その眼で見なければ本質的に理解できないと、そう分かっている。

いずれ、誰もが知る事になるのには変わりがないというのに、それを先延ばしにしようとする。

それほどまでに、悍ましかった。友人に、グロ画像を嬉々として見せるものが居るだろうか?

つまりはそういうことだった。
善意が源泉の現実逃避、先延ばし。


誠子「ああ、二人目なんて、笑い話にもならない……」

菫「……二人で、すめばいいがな」

誠子「はい?」

菫「もう一部の新入生は入部届を出しに来ている。その中に、女子の方の新入生に一人だけ」

 



菫「腐りかけの眼をした、そんなヤツが居た」