準決勝の早朝――宿舎

チュンチュン

京太郎「ふぁ……優希のやつのタコス、また今日も作ってやらないとな」

京太郎「俺にはこれぐらいしかみんなに貢献できないし、気張って作らないと――ん?」

美穂子「~♪」

京太郎「あれは……風越の部長の?なにか作ってるのかな」

京太郎「邪魔するのも気が引けるけど、作らなかったら優希がまずいからなぁ」

京太郎「でもまだ試合までは時間があるし、そっとしておこうか」コソッ

美穂子「♪♪」

京太郎「それにしても綺麗な人だなぁ……」

ガタッ

美穂子「!?」ビクッ

京太郎「やばっ……!その、えっと……おはようございます」

美穂子「ぁ……その、見て、ました?」

京太郎「……すみません」

美穂子「い……いやああああ……!」ヘタッ

京太郎(へたり込んじゃった!?……って、この状況誰かに見られたら相当ヤバイぞ!)

京太郎「し……失礼しました!すぐ退きますんで!」

美穂子「ま、待ってください!」

京太郎「へっ?」

美穂子「わ、悪いのは私の方ですから……ここを勝手に使ってましたし」

京太郎「勝手にって……俺だって予約してたわけじゃないですし」

京太郎「……というか、失礼ですが俺のことご存知なんですか?」

美穂子「清澄の須賀京太郎さんですよね?上埜さんからお噂はかねがね」ニコッ

京太郎「っ……う、上埜さん?」

美穂子「あ……その、そちらの部長さんからです」

京太郎「部長から……?それはそれは」

京太郎(やっぱりよくわからないけど、深く詮索しないほうがよさそうだな……)

京太郎「改めまして清澄1年の須賀京太郎といいます。よろしくお願いします」

美穂子「あ……すいませんご丁寧に。風越3年、部長の福路美穂子です。以後お見知りおきを」ニコッ

京太郎「それで……何をお作りしてらしたんですか?」

美穂子「茶巾寿司です。その下拵えで栗を剥いていまして」

京太郎「茶巾寿司、ですか?」

美穂子「はい」

京太郎「茶巾寿司……随分凝ったものをお作りするんですね」

京太郎(といってもほとんど食べたこともないから知ったかぶりだけど)

美穂子「そうですね……うえ、じゃなくてそちらの方々のおつまみにでもと思いまして」

京太郎「部長たちの為にわざわざ作ってくださるんですか!?」

美穂子「ええ。私、そういうのが好きなので」

美穂子「私の個人戦は明後日以降ですし、案外こうでもしないと手持ち無沙汰なんですよ」

京太郎「なるほど……しかしなんだか申し訳ないです」

美穂子「好きでやっていることですから。ところで、あなたはどうしてここに?」

京太郎「俺ですか?俺は優希……先鋒のやつにタコスを作ってやるつもりでして」

美穂子「ああ、あの小柄で可愛らしい子ですね。私もお手合わせしました」

京太郎「そういえばそうでしたね……あいつ福路さんの腕にびっくりしてましたね」

美穂子「ふふっ、私なんてまだまだですよ」

京太郎「ご謙遜を……とまあ、そういうわけでここに来ましたら、福路さんがご先客として」

美穂子「なるほど……やっぱりごめんなさいね」

京太郎「いえいえ、とんでもないですって」

京太郎「それで、その……茶巾寿司って、どのぐらいかかるものなんですか?」

美穂子「だいたい30分ぐらいでしょうか。一番時間がかかる米は事前に炊いてますし」

京太郎「なるほど……それでしたら、何かお手伝いできることはありますか?」

美穂子「えっ?そんな、悪いですよ」

京太郎「うちのためにやっていただける事なのに放っておくほうがすっきりしませんし」

京太郎「それに、その程度の時間で済むならタコスは後からでも間に合いますし、2人で作った方がきっと早いですよ」

美穂子「そう言われると、甘えたくなっちゃいますね」ニコッ

京太郎「っ」

京太郎(なんでこういちいち笑顔が可愛らしいんだろうこの人は!)

美穂子「あ、あと……」

京太郎「なんでしょう?」

美穂子「その……オーブンレンジを使う部分だけ、お任せしてもいいですか」

京太郎「それは構いませんけれど、どうかしたんですか?」

美穂子「そ、その……私、そういうの全然駄目でして」

京太郎「そういうのって……レンジの操作が、ですか?」

美穂子「ええ……コンロとかスイッチ一つで済むようなのは大丈夫なんですけど、
ちょっと複雑なものになるとすぐパニックになってしまって」

京太郎「…………失礼ですけど、携帯とかどうしてらっしゃるんですか?」

美穂子「持つには持ってますけど、通話ぐらいしか使えないです。お恥ずかしながら」

京太郎「ああ……わかりました。お任せください」

美穂子「ありがとう」



調理中

京太郎「よっ……と」ジュージュー ヒョイッ

美穂子「すごい。お上手ですね、薄焼き卵作るの」

京太郎「ある程度のテクニックはとある方から一通り仕込まれているので」

美穂子「とある方、ですか」

京太郎「ええ。ご存知かわかりませんが、龍門渕の執事の方です」

美穂子「透華さんの後ろにお控えなさってた方ですか……流石龍門渕の執事ですね」

京太郎「全くです。それに、そちらこそ盛り付けがお上手で」

美穂子「ふふっ、慣れてるだけですよ」

美穂子「こんなものかしら……須賀さん」

京太郎「はい?」

美穂子「はい、どうぞ」スッ

京太郎「な、なっ!?」

美穂子「味見をしていただきたいんですけれども……」キョトン

京太郎(こ、これはいわゆる『あーん』というやつでは……!?)

美穂子「どうしました?早くしないと落としてしまいますよ」

京太郎「は、はい!(ええい男は度胸!)」パクッ

美穂子「お味はどうですか?」

京太郎「く、栗の甘みが効いててとても美味しいです」

美穂子「本当ですか?それはよかった」ニコッ

京太郎(あまり味が印象に残らなかったなんて言えない……美味しかったのは間違いないけど)ドキドキ

――――――――――

美穂子「これで完成ですね。本当にありがとうございました」ペコリ

京太郎「どういたしまして。それじゃあ俺は引き続きタコスを……」

美穂子「それなんですけれど、そちらも私がお手伝いしても構いませんか?」

京太郎「え?そんな、悪いですよ」

美穂子「こちらはお手伝いしてもらっておいて、そちらはいらない、というのはずるいと思いませんか?」ムッ

京太郎「まあ……そうですね。そちらに差し支えなければお願いしていいでしょうか?」

美穂子「もちろんです」ニコッ



調理中

京太郎「それじゃあ、俺が肉を焼きますんで野菜の仕込みをしていただきたいんですけど……」チラッ

(玉葱)

美穂子「どうかしました?」

京太郎「いえ……その、玉葱のみじん切りは福路さんに悪いかなって……」

美穂子「むっ……それは、私の右目のことを気にしてなさるんですか?」

京太郎「それは……はい、そうです」

美穂子「この福路美穂子、たまねぎなんかに負けたりしません!」キリッ

京太郎「それはまあそうかもしれませんが……そこまで言うのなら」

美穂子「ガッテンです!」




美穂子「うぅ……」ポロポロ

京太郎「……」

京太郎「慣れてたって辛いものは辛いでしょうと思ったんですよ……こればっかりは」

美穂子「面目ないです……」ポロポロ

京太郎「はい、キッチンペーパーです」スッ

美穂子「あ、ありがとうございます」キュッキュッ

京太郎「隠してるのも勿体ないと思うんですけどね、その目。そんなにお綺麗なのに」ジュージュー

美穂子「――っ」

京太郎「よっ……と。あれ?どうかいたしました?」

美穂子「な、なんでもないですっ」

京太郎「――ふぅ。これだけあればあいつもご満悦だろうて」

美穂子「すみませんね、なんだかお力になれなくて」

京太郎「とんでもないですよ。結局一人でやり切ったじゃないですか、野菜」

美穂子「まあ……意地みたいなものですよ」

京太郎「ああ、ありますよねそういうの。一度始めだしたらってやつ」

美穂子「ふふっ」

京太郎「……そういえば、つかぬ事をお聞きしてもいいですか?」

美穂子「ええ。なんでしょう?」

京太郎「……どうして、部長にそんなに尽くしてくれるんですか?」

美穂子「!」

美穂子「ど……どういう意味でしょう」

京太郎「今日のお話だけを聞いていても、やっぱり美穂子さんの部長に対する執心は他とは違う気がします」

美穂子「……」

京太郎「……いえ、聞くだけ野暮の極みでしたね。忘れてください」

美穂子「……いや……そうですね。確かにそうかもしれません」

京太郎「……」

美穂子「なんのかんの理由をつけても、やっぱり私はただ単にあの人に認めてもらいたいだけなのかもしれない」

美穂子「私があの人――上埜さんに会ったのは中3のインターミドルの時でした」

美穂子「私があの人と戦って感じたことは『なんて楽しそうに麻雀を打つんだろう』って事でした」

京太郎「楽しそうに……ですか?」

美穂子「ええ。ちょっとマナーは悪かったけど、あの人の麻雀にかける想いはまさに本物でした」

京太郎(姫松の愛宕洋榎さんなんかもそんなふうに見えたなぁ)

京太郎(咲や和は……今楽しく打ててるんだろうか)

美穂子「それでこんな風にまた再会できて、とても嬉しかった」

美穂子「なんというか、こういう気持ちに理屈はないんでしょうね」

京太郎「まあ……あれであの人も色々難がある人ですけど、それを差し引いても魅力的な人だとは感じます」

京太郎「インハイが終わればもっとマシな指導をしてくださると信じたいところですがね……鬼が笑いそうですけど」

美穂子「……指導、してもらってないんですか!?」

京太郎「ええ、まあ……今は部長もやっと頭数が揃って舞い上がってるところでしょうし」

美穂子「まったくひどいお人ね。それなら――はい」サラサラ

京太郎「これは?」

美穂子「私の電話番号です。何かあったら気軽にかけてください、相談に乗るわ」

京太郎「ありがとうございます。そろそろ試合の時間ですね。一緒に行きますか?」

美穂子「いえ、なんか色々整理したくなっちゃった。それ、一緒に持って行ってもらえますか?」

京太郎「わかりました。部長によろしくお伝えしますね」ペコリ

美穂子「……ええ。ありがとう」ペコリ

――――――――――

個人戦開始の日・早朝

美穂子「さてと――あら?あれは――須賀君?」

京太郎「おはようございます。なんとなく来ると思っていました」

美穂子「それってどういう――え?」

京太郎「福路さんのためにお作りしました」スッ

美穂子「これって……お弁当?」

京太郎「……俺もうまく言葉にできませんけど、このインハイは、福路さんには自分のために打ってもらいたくて」

美穂子「自分のため……」

京太郎「ええ。風越のみなさんをはじめとして、福路さんが助けたみんなが福路さんを支えている」

京太郎「俺も、そんな風に福路さんの負担を減らして全てを麻雀にぶつけてもらいたい。そんな一心で作りました」

美穂子「っ……」ポロポロ

京太郎「味は保証しかねますけど――って、え!?どうして――」

美穂子「こ、これは……そ、そうです!たまねぎのせいです!間違いありません!」

京太郎「……あはは」

美穂子「……ふふっ」ポロポロ

京太郎「あ……えっと」スツ

美穂子「これって……ハンカチ?」

京太郎「福路さんって涙もろい気がしまして。よろしければ使ってください」

美穂子「もう、そんな……でも、ありがとう」

美穂子「――でも、須賀くんの温もり、確かに伝わったわ」ニコッ

京太郎「――っ」

美穂子「でも、自分のためだけっていうのは私には無理ね。情けは人のためならず、だもの」

美穂子「みんなのため、上埜さんのため、須賀くんのための思いがこれからの私を力をくれるの」

美穂子「なーんて、ちょっとクサすぎたかしら」

京太郎「全くですね」

美穂子「ふふっ……須賀君、あのね……」

京太郎「……?」

美穂子「……やっぱりなんでもない。インハイが終わったら、また会いましょう」

京太郎「――ええ、もちろんです!頑張ってくださいね!」



カン!