(優希のヤツ、追試頑張っているかな…っとそれよりも、今日の和の浴衣姿、楽しみだなぁ、デヘヘ)

京太郎がそんなことを考えながら清澄高校の中を歩いていると

「ん…?」

見慣れぬ制服を着ている、きょろきょろそわそわと落ち着かない人影を見つけた。

「あ、あれは!」


今日は清澄夏祭りの日。
それはとりもなおさず、片岡優希の数学の追試の日でもあるということだ。
既に追試は始まっており、京太郎は苦労している(といっても、自業自得なのだが)

優希のために、学食で好物のタコスを買っていってやろうと決心したところで、その人影に気付いたのだ。

(金色の柔らかそうな髪、制服の窮屈さに反抗するように自己主張するバスト、あれは風越の超美人のキャプテン!)

さっきまで和の浴衣姿を妄想していたことなんかすっかり忘れて、京太郎はその人物、福路美穂子に声をかけた。

「あの、福路さん。いったいこんなところでどうしたんですか?」

突然声をかけられてビクッとした彼女だが、声をかけてきたのが京太郎と気付いて、やはりびっくりした顔をした。

「あ、あなたはあの時の…」



時は遡って団体戦県予選初日。
パァン

「なんださっきの試合は!キャプテンのお前が生ぬるいから下があんな打ち方をするんだ!!」

買出しの帰り、京太郎がある部屋の前を通ると、とんでもない罵声が響いていた。

「な、なんだ?」

風越女子高校控室、と書かれたドアを薄く開け、京太郎は中を覗いてみる。
中では、怖そうなコーチが選手達を叱っていた。

(はあ、やっぱり名門はコーチも厳しいんだねぇ。お、さっきのすごいきれいな人だ…)

その時の京太郎はまだ名前を知らない、その福路美穂子に見とれていると、
鬼コーチがドアの方に歩いてきたのであわてて身を隠した。
そのコーチが控室を出て行った後もしばらく身を隠していると、福路美穂子も控室からでてきた。

(あ、泣いてる?)

京太郎は無意識のうちに後を追いかけていた。



会場の外に出て、しばらく探していると、とある木陰に目的の人はいた。
関係ない自分が声をかけても何か役に立てるとも思えない、などと考えつつも、意を決して声をかけてみる。

「あ、あの…これ、どうぞ使ってください」

福路美穂子は突然声をかけてきて、ツメシボを差し出している男の子をびっくりした様子で見やる。
その時、あまりに驚いたせいで、普段意識して閉じている右目を閉じるのを忘れてしまっていた。


「あの、どなたですか?」

「あ、いきなりでスミマセン。僕は清澄高校麻雀部1年の須賀京太郎といいます。
実は買出しの帰りに風越の控室から怒声が漏れていたの聞こえて…その、あの、見ちゃったんです。」


福路美穂子はため息をついた。


「そう…恥ずかしいところ見られちゃったわね。」

「いえ、そんなことより、頬が少し腫れてますよ。これ使ってください!」


京太郎は改めてツメシボを美穂子に差し出した。


「そんな、悪いわ?」

「い、いえ、気にせず使ってください。それに、ここで断られちゃっても、俺、いや僕の立つ瀬ありませんし。」


そう言いながらも、京太郎は美穂子に見惚れていた。


「あら、どうかしましたか?」

「あの、その、あまりに綺麗な人なんで見とれていたというか何と言うか…その、きれいな瞳ですね!」

「……!!」


京太郎の言葉を聞いたとたん、美穂子ははっとした表情で固まってしまう。

(この人、あの人と同じことを言うのね……上埜さん……)

美穂子は、まさか目の前の男の子がその上埜久、現在は竹井久が部長をしている部の部員であるとは夢にも思わない。
京太郎は京太郎で、急に固まってしまった美穂子を見て、
自分が何か言ってはいけないことを言ってしまったのではないかとあわててしまう。

「あの、僕何か失礼なこと言っちゃいましたか?」

「え?あ、ああ、何でもありません。」



それからしばらく、京太郎と美穂子は木陰で話しこんでいた。


「…で、そのコーチ、久保コーチっていうんだけど、癇癪もちですぐ手を上げるから、後輩を守るのが大変なの。」

「えー、やっぱり名門だけあって風越って大変なんですね。って、そんなこと他校の僕に話しちゃっていいんですか?」


はっ、となる美穂子。

(上埜さんに似てると思ったら、気が緩んで話し過ぎちゃったかしら。でも、この子なんだか話しやすいから…)


「あ、ちょっと話しすぎちゃったかしら。ごめんなさい、聞かなかったことに…」

「ははは、でもそれで落ち込んでたんですね。そうだ、これ食べて元気出してください。」


京太郎は持っていたお茶とタコスを差し出した。

「え?」

「僕は男だし1年だから、女の人の悩みや上級生の苦労は分かりませんが、
気分が落ち込んだときは、おいしいものを食べて気を取り直すくらいしか思いつかなかったので…」

「あら、いただいちゃってもいいのかしら?」

「どうぞどうぞ。俺、いや僕にはそれくらいしかできませんが、元気出してください。」

(何か不思議な子、一緒にいると安心する…私、お姉さんなのにね)

「キャプテ~ン!」


と、遠くから美穂子を探す池田華菜の声が聞こえてきた。

「あ、もう行かなきゃ。えっと、タコス有難うございます。私は福路美穂子。
さっきは突然で聞きそびれてしまいましたので、もう一度お名前聞いてもいいかしら?」

「あ、清澄高校の須賀です、須賀京太郎。」

「清澄って、明日決勝で当たるところじゃない。こんな敵に塩を送るようなことしていいのかしら?」

「あー、まあいいんじゃないでしょうか。」


頭をかきながら笑って答える京太郎に、美穂子も微笑んで言った。

「フフフ、本当に有難う。またどこかでお会いしましょう。」



(またどこかでお会いしましょう、またどこかでお会いしましょうだってさ。やったぜオレ!)

だらしなくニヤけた顔で清澄高校の控室へ戻ってきた京太郎に、片岡優希が声をかけた。


「遅かったな京太郎。タコスをだせぃ!」

「ああ、あげた。」

「は?」

「だからあげた。」

「にゃにをぅ!この使えん犬め!」


優希の蹴りが京太郎の股間にヒット。
崩れ落ちる京太郎に向かって、無常の一言が突き刺さる。

「もう一回買いに行って来い小僧!」



そして翌日。一方の、福路美穂子は

(須賀さん、っていったかしら?今日は会えないのかしらね…って、今日は決勝、気持ち引き締めていかなきゃ)

対局室に入って試合開始を待っていると、泣き声が聞こえてきた。
見ると、清澄高校の制服を着た可愛らしい女の子がびーびー泣いている。

「どうしたの?怖いお姉さんにイジメられたの?」

頭を撫でつつ声をかける。


「あのノッポがタコスを盗んだじょ…」

「わりぃ…オレも悪気は無かったんだ。」

(タコスね…って、タコス?じゃあ、昨日須賀さんがくれたのって、この子の分のタコスだったんだわ。
それにしても、お腹が空いてるのかしら)

「そうだわ。」

美穂子は自分の作ったお弁当を優希に渡す。万感の思いを込めて。


(昨日、あなたの学校の須賀さんに元気付けてもらったお礼、それと、おそらくあなたが食べるはずだったタコスをもらったお礼ね)

「はい。」

「なにコレ?」

「私の作ったお弁当。それじゃダメかしら?」

(フフフ、手加減はしてあげられないけど、お互いに頑張りましょうね)