―― 人生というのは数奇な巡り合わせの連続だと誰かが言った。

それを同意するのは、俺がまたその巡り合わせに翻弄されてきた側だからだろう。
元々、俺は多少、裕福なだけの家庭に生まれ育ち、ごくごく平凡に育ってきたのだから。
多少、中学2年生の頃の感覚を引きずってはいたものの、それも酷いものではなく、ただの許容範囲でしかない。
身体も貧相な訳ではないが特に鍛えてはおらず、勉強だってまったく出来ないって言うほどじゃない平凡な男。
高校一年生の秋までは俺はそんな男であった。

―― それが変わったのは、恐らくインターハイがキッカケだったんだろう。

好みの女性を追いかけて入った部活で、この世には確率では計り知れない異常な力がある事を俺は知った。
所謂、オカルトと呼ばれるそれが火花を散らし、ぶつかり合うところを俺は目撃したのである。
そして、俺もまたそんな能力が欲しいと、そんな風に戦ってみたいと、そう思った。
それは中学2年生の頃の特殊な自分に対する憧れを捨てきれなかったからなのかもしれないし、或いは、大舞台で闘う彼女たちがキラキラと輝く様が羨ましかったのかもしれない。
今の俺にはもう分かる由もないが…確かな事はただひとつ。
そんな俺の想いに答えてくれたのは、これまたお節介な縁結びの神様だったと言う事だろう。

―― お陰で俺の人生は大きく変わった。

『ある特定の特徴を持つ女性から和了ると発情させ、自分に依存させる能力』
俺が目覚めた能力を極簡潔に説明すれば、そうなってしまう。
勿論、そんなもの、最初から認められるはずもなく、俺は周りの協力を得て、試行錯誤を繰り返した。
だが、その結果、俺は三人もの犠牲者を出し、そして彼女たちの人生をねじ曲げてしまったのだ。

―― いや…それだけであればまだ幾らかマシだったんだろう。

俺の能力は、定期的に触れ合いを持たなければ、相手を発狂させかねない異常なものである。
お陰で俺は毒牙に掛けてしまった彼女たちと何度も肌を重ね合わせ、その疼きを満足させるしかなかった。
それだけならまだしも、そうやってセックスすればするほど彼女たちは俺に好意を抱き、そして何より魅力的になっていったのである。
結果、三人の誰とも離れがたくなった俺は最低な答えだと理解しながらも、彼女たち皆を自分のモノにするのを決めたのだ。

―― それから色んな事があった。

俗に牌に愛された子と呼ばれる雀士が複数集まった清澄高校。
その黄金期は陰りを見せる事もなく、三年連続インターハイ優勝を飾った。
その快進撃は並大抵のものではなく、麻雀雑誌の特集はほぼ清澄関係だと言う時期もあったくらいである。
お陰で一気に清澄は麻雀強豪校となり、県下から様々な雀士が集まるようになった。
今でも清澄は部員20以上を抱える強豪校として、風越としのぎを削り合っているらしい。

―― まぁ、男子麻雀部は結局、最後までパッとしなかった訳だが。

部員の急増に伴い、女子と男子で別れた麻雀部。
しかし、男子の方には殆ど入部希望者は現れず、団体戦に出られるのがやっとという有り様だった。
それでもそこそこ頑張ったが、やはり、県大会の壁は厚い。
三年の時、一度だけインターハイに出られた事もあるが、結局、一回戦で負けてしまうという散々なものだった。


―― それも今では良い思い出だけどな。

その後、俺は大学の法学部へと進んだ。
それは神代家での出来事が、俺の中で大きな影響を与えたからなのだろう。
護るだの幸せにするだの言っておきながら、あの時の俺は法という大きな障害の前で何も出来なかった。
存在こそ知っているものの良く理解していない論理を振りかざされ、歯噛みするだけの子どもでしかなかったのである。
あの時、霞さんたちが援護してくれなければ、俺は小蒔を奪われていたかもしれない。
そう思った俺はその進路を法学部へと向け、もう勉強を始めた訳だ。

―― そして…意外と法律関係は俺に合っていたらしい。

自分でも明らかに不適正だと思ってはいたが、在学中に特に困る事はなく、順調に卒業やインターンシップに進む事が出来た。
勿論、それは俺の事を気に入ってくれた和の親父さんが色々とバックアップしてくれたお陰でもあるのだろう。
厳しいながらも良き教師として俺の質問や勉強に付き合ってくれた親父さんは今でも俺の師匠だ。
こうして独立し、事務所を構えるようになった今でも、和の親父さんには頭があがらない。

―― まぁ…色々とあったからな。

そうやって俺に良くしてくれたのも俺が和の恋人であると思ってくれていたからだ。
しかし、それは正しくはあるものの、現実からはズレている思い込みである。
俺の恋人は和だけではなく、他に漫や小蒔という二人の恋人がいるのだから。
それを知った時には烈火の如く怒られ、文字通り半殺しの目にあった。
とは言え、正直、殺されないだけマシと思うのは、それだけ俺が最低な事をしているからだろう。
親として、そしてそれなりに俺に目を掛けてくれていた師として、親父さんが切れるのも当然だ。


―― それに今でも和経由で付き合いがない訳じゃないし…。

勿論、事実を知った親父さんは今でも俺の事を蛇蝎の如く嫌ってはいる。
今でも和に対して、「そんなクズはとっとと見捨てて戻って来い」と言って来ているらしい。
しかし、俺をかばって家出同然に飛び出し、未だ戻ってこない娘の事がやはりどうしても心配なのだろう。
独立した俺が安定して仕事を受けられるようになるまでは親父さんの事務所から和経由で少なくない量の仕事を回してもらっていた。
信頼に対して最低の裏切りで返した俺を助けるそれに俺がどれだけ感謝した事か。

―― お陰で今は大分、楽になった。

弁護士の仕事というのは一般的に思われているよりも遥かに忙しい。
一つの裁判を終わらせるまでに集めなければいけない資料は山のようにある。
正直、手間を費用が釣り合っていないと思う事は少なからずあった。
だが、それでも俺はようやく彼女たちを働かさせなくても養っていけるだけの甲斐性を手に入れたのである。

―― ここまで来るのにどれだけかかったんだろうなぁ…。

何処か自嘲気味に浮かべるその言葉が、俺はどれだけ贅沢なものか自覚していた。
未だ事務所すら構えられていない同期たちが殆どである中で、独立して右肩上がりの業績は上々と言っても良い結果だろう。
色んな人の手助けがあってようやく勝ち取る事が出来たそれに、同期たちが羨んでいるのは確かだ。
けれど、ここに来るまでずっと待たせ続けていた彼女たちの姿を思えば、どうしても申し訳なさに胸が疼く。


京太郎「ただいま」
漫「おっかえりー」

その感情を忘れるように、俺はそっと自宅の扉を開いた。
リフォーム代込みで両親から受け継いだそこには俺の大事な恋人である漫が待ってくれていた。
恐らく車を車庫に入れる音で、俺の帰宅に気づいたのだろう。
わざわざリビングからパタパタと迎えに来てくれる彼女に、俺はそっと笑みを浮かべた。
そのまま手を差し伸べる漫に俺は自分のカバンを手渡し、自宅へと足を踏み入れる。

京太郎「今日はなんだっけ?」
漫「ふふ♪秘密♥でも、ご馳走やで~♪」

そう自慢気に言う漫は高校の時から若々しさがまったく変わっていない。
あの日…リベンジを掲げ、清澄とぶつかったインターハイ決勝戦で敗北し…泣きじゃくっていた彼女のままだ。
とは言え、その能力が当時のままかと言えば、大違いである。
その頃は、俺達の中で最も家事を不得手としていた彼女だが、今や彼女は家で一番の家事上手であり、マルチプレイヤーだ。
独立した俺のところで朝から電話の受付や書類整理の仕事をし、夕方になったら料理を作る為に帰り、全員分の食事を作る彼女の存在は本当に有難い。
その上、小蒔や和の仕事まで積極的に手伝ってくれるのだから、彼女がいなければこの家は成り立たないと言っても良いくらいだろう。

漫「今日は特別な日やからね…♪」
京太郎「あぁ、そうだな」

そう言ってリビングへと足を踏み入れた漫の瞳は瞳は濡れていた。
早くも欲情を浮かべるそれに俺はそっと肩に手を回す。
そのまま抱き寄せてやれば、漫は甘い吐息を漏らした。
まるで俺を誘惑するようなそれに今すぐ押し倒したくなるが、それは出来ない。
そうやって抜け駆けするのは家庭内協定で禁止されているし、何より今日は本当に『特別』なのだから。

漫「そんなんされたら…うち我慢出来ひんようになるよ…ぉ♥」
京太郎「もうちょっとの我慢だ。後少しで小蒔も和も帰ってくるだろうしな」
漫「はぅん…♪」

それでもそうやってオネダリするような言葉を漏らしてしまうのは、漫がもう何度も俺の能力を受けているからだろう。
どうやら二回目の時に味を占めたらしく、俺は全員の休みが重なった時には麻雀を求められる事が多くなった。
俺自身そうやって乱れる彼女たちが可愛くて仕方がないので拒む事が出来ず…結果として漫たちの調教はさらに進む事になったのである。
今では俺がほんの少し触れるだけで、強く発情するようになっていた。

京太郎「普段は立派なオフィスレディなのに、俺に触れられただけで発情する変態なんだもんな」
漫「いや…ぁ♥言わんといてぇ…♥」

それを耳元で囁けば、漫の背筋がブルリと震える。
否応なく彼女の被虐敵興奮を伝えるそれについつい嗜虐心も疼いてしまった。
流石に押し倒したりする訳にはいかないが、少しくらい味見をしてもいいかもしれない。
そう思った俺の手がスルスルと漫の背中を撫で降りて、その美味しそうなお尻を鷲掴みに… ――

小蒔「ただいまですーっ!」
京太郎「あー…」

瞬間、玄関から聞こえてきた声に俺は思わず声をあげた。
それが少しばかり残念そうなものになったのは、幾ら何でも小蒔の前で漫に悪戯する訳にはいかないからだろう。
そんな事をすれば小蒔もまた俺の愛撫を求めるし、今度はそれを見て漫も俺にもっともっととオネダリを始めるのは目に見えているのだ。
結果、なし崩し的にセックスへと向かってしまうところまで容易く想像出来る以上、悪戯は自制しないといけない。

小蒔「京太郎様ぁっ♥」
京太郎「うわっ!」

そう思った瞬間、リビングに飛び込んできた小蒔が俺の胸へとダイブする。
まるで子犬のように遠慮を知らないそれに俺の身体がたたらを踏んだ。
それでも何とか踏みとどまりながら、俺はそっと小蒔の背中に手を伸ばす。
そのままゆっくりと背中を撫でてやれば、小蒔は落ち着いたように声をあげ、その身体をゆっくりと弛緩させた。

京太郎「おかえり」
小蒔「はぅ…♪」
漫「む~…」

俺の短い言葉に小蒔は満足そうな声をあげた。
それと同時に漫が不満気な声をあげるのは、二人っきりの時間を邪魔されたからだろう。
こうして長野の家で四人一緒に暮らすようになってもう長い事経つが、お互いに対する嫉妬や対抗心は未だ消えていない。
いや、寧ろ、最初とは比べ物にならないくらい仲良くなってきた彼女たちは、それを遠慮無く表に出すようになった。
とは言え、それらは決して喧嘩などに結びつく事はなく、精々が可愛らしい俺の奪い合いなどで済んでいる。

漫「ちょっと小蒔ちゃんくっつき過ぎちゃう?」
小蒔「だって…最近、ずっと外回りだったんですもん…ぅ♪」

漫のジト目に小蒔がそう言うのは、彼女がプロ雀士として引っ張りだこだからだろう。
高校卒業後、そのままプロの事業団へと入った彼女は、今や日本のトッププロの一人だ。
役満を連発するその豪快な打ち筋からは考えられないくらい、可愛らしい容姿をしている事も無関係ではないのだろう。
ネットでは彼女のファンクラブも出来上がり、さながらアイドルのような扱いを受けていた。
そんな小蒔は解説や撮影などで忙しく、長野県外に出る事も珍しい事ではない。

京太郎「(まぁ、流石に海外出張までは霞さんが弾いてくれているみたいだけれど)」

所謂、大和撫子的な容姿をし、正装として巫女服を纏う小蒔は海外でも受けが良い。
実際、小蒔の元には海外の大会に出場しないかという話も結構あるそうだ。
しかし、日帰りでどうにかなる範囲ならばともかく、海外ともなると小蒔はどうしても行きたがらない。
そして、彼女のマネージャーになった霞さんはどうしても小蒔に甘く、何だかんだ言いながらも小蒔の意思を優先するのだ。
お陰で、小蒔は日本のトッププロでありながら国際的な対抗戦や大会には縁がなく、国際ランクはぱっとしないものになっていた。

京太郎「(それが俺の所為だってのは分かってるんだけどなぁ…)」

そうやってプロとして働く彼女の年収は俺と同等かそれ以上にある。
そんな小蒔に働かなくても良いから自分の側にいて欲しいと言われた回数は決してゼロじゃない。
実際、そうやって俺が付き人として小蒔についてやれば、彼女は気軽に海外に出れるし国際ランクも跳ね上がるだろう。
結果、仕事もさらに増え、贅沢は出来ないながらも余裕のある生活が送れるようになるのは分かっていた。
だが、それに色良い返事を返してやれないのは、彼女がずっとその年収を維持できるか不安だからではない。
それ以上に俺にとって重要だったのは、自身の下らないプライドだったのである。

漫「だからってそうやってくっついとったら我慢出来ひんようになるやろ?」
小蒔「ぅ~…確かにそう…ですけど…」
漫「だったら、早く京君から離れて。代わりにお茶の一つでも淹れてあげようや」
小蒔「はーい…」

俺の気持ちを理解し、プロとして頑張りながら毎日、自宅に帰ってきてくれる小蒔。
そんな彼女に言い聞かせる漫の口調は、まるで母親か何かのようだった。
こうして一緒に過ごしている内に漫も小蒔の扱い方に慣れてきたのだろう。
…しかし、その背中に霞さんの影のようなものが見えるのは気のせいなの、はたまた何かしらの関係があるのか。
そう思いながら、小蒔の背中を手放した俺に、彼女は綻ぶような笑みを浮かべ、ぐっとガッツポーズをしてみせた。

小蒔「美味しいお茶を淹れてみせますから…京太郎様は座ってゆっくりしてて下さいね…っ♪」
京太郎「あぁ、期待してる」

そう言ってトテトテとキッチンへと走って行く小蒔は、高校時代から大分、髪が伸びた。
サラサラとした黒髪をロングにしたその姿は、童顔気味な印象を打ち消して、大人っぽく見せている。
しかし、その中身が高校の頃からあまり変わっていないのは、彼女の見せる素直な笑顔が何より如実に語っていた。
社会に出て色々と疲れる事もあるのか、俺に対して愚痴ったり相談する事も少なからずあるが、それでも彼女の純真さは未だ色褪せるものじゃない。
それを感じさせてくれる彼女に俺もまた笑みを漏らしながら、そっとリビングの椅子へと腰を下ろした。

漫「肩でも揉んであげようか?」
京太郎「はは。大丈夫だって」

瞬間、俺の側に近寄ってきてくれた漫に俺は笑いながらそう返した。
確かに身体は少なからず疲労を覚えているものの、それはマッサージして貰うほどの事じゃない。
その気になれば今から日課のジョギングだって出来そうなくらいなのだから。
最早、若いとは口が裂けても言えない年頃になったとは言え、肉体的な衰えは一切感じず、身体は活力に溢れている。
それが俺の血筋に目をかけてくれている神様のお陰なのかは霊的感覚の薄い俺には全く分からない。
しかし、そうやって俺が元気であり続けられているのは、日頃から皆の体調を気遣って、料理してくれる彼女の助力がとても大きい事くらい俺にだって分かっていた。

京太郎「それに…俺達は色々な意味でこれからだろ?」

ここまで来るのに色んな事があった。
トラブルの数は数え切れないくらいあったし、周囲の冷たい視線に晒されたのも一度や二度ではない。
けれど、俺達はそれらを乗り越え、絆を深めながらここまで来れた。
そしてまた、俺達はその絆をさらに強固にする為に今日、一歩踏み出そうとしているのだ。


漫「うん…♥そうやね…♪」

それを再確認する俺に漫はその笑みを蕩けさせ、嬉しそうに頷いた。
さっきの気遣うような表情をすぐさま投げ捨てるその変わり身の速さは流石と言うべきか。
三人の中でも色濃く羞恥プレイを受けてきた彼女は、自身を取り繕う術に長けているのだ。
そうやって俺を気遣ってくれていた時でさえ、漫の身体は発情し、俺を求めていたのだろう。
そんな自分とふと漏らすように顕にする彼女に、俺はそっと手を伸ばし、頬を優しく撫でてやった。

小蒔「むぅ…二人だけでラブラブなんてズルいです…」

そんな俺達を横目で見ながら、小蒔はキッチンで一人頬を膨らませた。
三人の中で最もスキンシップのしづらい仕事に就いている彼女にとって、それは不公平にも映る光景なのだろう。
子どもっぽいその仕草には本気で拗ねるような色が浮かび、漫に向ける嫉妬の感情を隠さない。
けれど、そんな仕草でさえ妙に似合っているように思えるのは、小蒔の顔は未だ幼さを残しているからだろう。
多少、雰囲気が大人っぽくなったとは言え、小蒔の顔は高校時代から変わってはおらず、童顔なままなのだ。

京太郎「お茶淹れてくれたら今度は小蒔の番な」
小蒔「本当ですかっ!?えへへ…♪嬉しいです…♪」
漫「えー…」

その顔を俺の言葉一つで喜色一杯なものに変えながら、小蒔はそっと沸かしたお湯をティーポットの中へと注ぎこむ。
そのままじっと茶葉を蒸らす白亜のティーポッドを真剣そうな眼差しで見つめるのは、それだけ俺に美味しいお茶を渡そうとしてくれているからだろう。
そんな彼女に笑みを浮かべた瞬間、目の前の漫がその顔に浮かべた不満気な色を強くした。
その瞳に拗ねるような色を浮かべてじっと見つめる彼女の頬に、俺は小蒔に見えないようにそっとキスを落とす。


和「ただいま戻りました」
小蒔「あ、ほら!和ちゃんが帰ってきましたよ!お出迎えしないと!」
漫「えー…でも、うち、今、京君に撫でられとるしぃ…♥」

瞬間、聞こえてきた和の声に、小蒔が俺達へと振り向いた頃には俺達の唇は離れていた。
俺が拗ねる漫へとしてやったのはその唇が触れるだけの淡いバードキスだったのだから。
しかし、そんな一瞬の交歓でも、漫は機嫌を直してくれたのだろう。
俺たちを引き離そうとする小蒔へ返すその声は、もう欲情を隠しきれないくらいに蕩けていた。

和「…何をやっているんですか?」

そんな漫の様子に俺が何かやったのだと気づいたのだろう。
リビングへと入ってきた和は俺へと真っ先にジト目を向けた。
何処か責めるようなその目は、法廷慣れしている俺を微かに怯ませるほど鋭い。
とは言え、そうやって責められるほど、俺は悪い事をしているつもりはなかった。
あくまで俺がやっていたのは恋人との交歓であり、悪事でも何でもない。
勿論、その恋人が三人いるという前提条件が大きく違うものの、それは決して責められる事ではないはずだ。

和「悪戯はほどほどにしないと小蒔さんがまた拗ねますよ」

そう言って肩を落とす和は小蒔とは違い、髪をばっさり切り落としていた。
ショートと言うほど短い訳ではないが、かつて三人の中で最も髪を伸ばしていた面影は何処にもない。
それは今現在の和が女教師という清潔感を求められる職業に就いているからだろう。
落ち着きを感じさせるチャコールブラックのレディーススーツに身を包んだ和は、今、清澄高校で麻雀部の顧問をしていた。


漫「何?和ちゃんも妬いとるん?」
和「ち、違います!」

そう顔を赤く染める彼女は、生徒からも保護者からも評判が良いそうだ。
実際、彼女は物事を教えるという事がとても上手く、また自分を頼る者に対してはとても真摯なのだから。
その分、相応の努力を相手に求めるが、それは決して和が何もしないという事を意味しない。
寧ろ、最適な結果へと辿り着く為に、彼女は頼ってきた相手の何倍もの努力をするタイプなのだ。
それは生徒たちにも伝わっているのか、彼女は清澄内部でとても慕われているらしい。
同じく清澄で教師となった元部長 ―― 竹井先輩からそんな話を良く聞かされる。

和「べ、別に…漫さんの事なんて羨ましくないんですから。京太郎君におかえりなさいってお出迎えして貰えなかったのが寂しいなんてもっとあり得ませんしっ」

けれど、目の前で壮絶に自爆する和にはそんな様子は見えない。
家へと帰ってきて気が抜けているのか、その口からは彼女の本音が飛び出す。
瞬間、その顔をさらに赤く染める彼女のうっかり癖は高校からまったく治ってはいない。
その雰囲気こそ一番、大人っぽく、そして頼りがいのあるものになったものの、その内面が一番、変わっていないのは彼女なのかもしれなかった。

京太郎「ごめんな。じゃあ…和も来るか?」
和「あ…っ♥」

その言葉に和はドサリとその手に持ったカバンを落とした。
そのままこっちへとふらふら近寄ってくるその顔にはさっきとは違う紅潮が浮かぶ。
羞恥のそれとは明らかに一線を画するその紅潮は、欲情だろう。
どれだけ世間ではしっかり者で通っていても、和の本質は小蒔に負けないくらい寂しがり屋なのだ。
俺にそう誘われるだけでその顔に甘えを浮かべ、子どものように擦り寄ってくる。


和「はわぁ…♪ご主人様ぁ…♥」
漫「いっつも思うけど…ギャップ凄いなぁ…」

そのまま俺をぎゅっと抱きしめる和を見ながら、漫はポツリとそう漏らした。
確かにさっきまで出来る女オーラ全開だった和が、今、俺を抱きしめながら頬を緩ませているのである。
ニヘラと言う音が聞こえてきそうなその破顔っぷりには、女教師という職業を連想する事は難しい。
少なくとも、安心しきったその顔にはついさっき俺を糾弾していた様子からはかけ離れていた。

小蒔「あぅぅ…お茶を蒸らしている間に出遅れちゃいました…」

そう言いながら、小蒔はその手にティーポッドとコップを運んで来てくれる。
出遅れたと言いながらも全員分のコップを盆に載せるその姿は、小蒔の優しさが故だろう。
どれだけ寂しくても、小蒔は子どもっぽい仕返しをするような子ではない。
時には俺の目から見てもえげつない仕返しをする時もあるが、それは本気で怒っている時だけだ。
普段の小蒔は俺に対して盲目的になる事が多々あるものの、とても心優しい子なのである。

京太郎「まだキスの方は空いてるし…来るか?」
小蒔「えへへ…♪それじゃ…ぁ♥」

そう言って小蒔はコップにお茶を注ぎ、その中の一つを手に持った。
そのままふーふーと息を吹きかけるその様は彼女なりにそれを覚まそうとしてくれているのだろう。
幾らか蒸らして時間を置いたとは言え、それはまだ少し熱いのだから。
どちらかと言えば猫舌よりの俺がそれをすぐさま飲めない事を小蒔は知ってくれているのだ。

小蒔「口移し…してあげますね…♪」
京太郎「ん…頼む」

そう言いながら、小蒔はそっと俺へと近づき、コップから緑茶を含む。
そのまま俺の首元に手を回す彼女の俺は唇を近づけてやった。
その唇が小蒔の艶やかなそれと触れ合った瞬間、緑茶の香ばしい薫りが一気に広がっていく。
けれど、それはただ香ばしいだけではなく、優しい甘さを感じさせる。
それは勿論、茶葉に気を遣ってそれなりに高いものを取り寄せているから…という事もあるのだろう。
だが、小蒔ともう数え切れないほど肌を合わせた俺にとって、それは彼女の唾液の味に思えるのだ。

京太郎「小蒔の淹れてくれたお茶はやっぱり絶品だな」
小蒔「んふぅ…♪そう言ってくれると嬉しいです…♥」

俺の賛辞に身体を震わせながら、小蒔はさらにコップを煽り、口に緑茶を含む。
そうやって繰り返される口移しは小蒔の愛情が未だ冷めてなどいない事を俺に感じさせた。
プロになって俺よりも良い男なんて多数見てきているだろうに、小蒔は未だその大きな愛を俺だけに向けてくれている。
それを感じさせる優しいキスに俺は笑みを浮かべながら、流し込まれた緑茶と共に何度もキスを繰り返した。
それに小蒔も感じているのか、時折、鼻の抜けた声をあげ、強請るように俺へと吸いついてくるのである。

和「は…ぁ…♪」
漫「んふ…ぅ♥」
京太郎「ちょ…っ!」

そんなキスに他の二人が満足出来なくなってきたのだろう。
抱きついたその二人の身体は俺の肌を這いまわり、スルスルと服を脱がせに掛かっていた。
無意味にコンビネーションのとれたそれに俺が声をあげるものの、欲求不満に瞳を潤ませる二人は止めてはくれない。
まるで小蒔だけではなくこっちも見て欲しいと言わんばかりに俺の興奮ごと肌をくすぐってくるのだ。

京太郎「しゅ、淑女協定第一条!」
漫「う…せ、セックスをする時は…日常生活に差支えのない範囲でなくてはならず」
和「ま…また…優先権は当日の性処理担当者にある…」

勿論、そうやって俺を求めてくれるのは正直、嬉しい。
お互いに仕事を始めるようになって、以前のように気軽にスキンシップが出来ていないのだから。
特にここ最近は様々な事情もあって、お互いに禁欲を続けていたのだから、彼女たちの気持ちは分からないでもない。
だが、今日は特別な日であり、そうやって欲望に負けてしまうにはまだもう少し早いのだ。

京太郎「今日は特別なんだから…また後で…な。それより今は漫が作ってくれたご馳走を食べようぜ」
漫「は…はぁい…」
和「…了解です…」

俺の言葉に二人はシュンと肩を落としながら、俺から離れた。
まるで全身で寂しさをアピールするようなそれにズキリと胸が傷んだのである。
勿論、俺だって出来るならば、今すぐ三人の身体を貪りたいと思っているのだ。
けれど、今日という記念日を出来るだけ素晴らしい思い出に変える為にはまだまだ自制が必要なのである。
疼く内心にそう言い訳を並べながら、俺は小蒔を抱きながらそと立ち上がり、キッチンへと足を進めた。

漫「和ちゃんはスープ、小蒔ちゃんは副菜頼むな」
京太郎「俺は?」
漫「京君はお箸とかお茶とか並べといて」

今や立派に家事のほとんどを引き受けてくれている漫。
そんな彼女の指示に従って、俺の恋人たちは動き出す。
手慣れた様子で皿を出し、それぞれに盛りつけていくのだ。
勿論、一線を漫に譲ったとは言え、小蒔も和も家事に関してはベテランである。
漫が指示するままにキッチンで動くその身体はとてもキビキビしていた。
しかし、普段よりも微かにその動きが早く見えるのは、恐らく、彼女たちが焦れているからなのだろう。

京太郎「(さっきの欲情は…本気だったからな)」

長年、俺に調教されてきた彼女は、文字通り俺専用の淫乱奴隷へと変わっていた。
ほんのちょっとしたキッカケでスイッチを入れてしまうその様はまさに淫乱という形容詞が相応しい。
しかし、彼女たちはそれと同時に、そんな淫らさをある程度、コントロールする術を身につけ始めていた。
今も仲良くキッチンで動く姿は、恐らく何も知らない相手であればごく自然なものに見えるだろう。
だが、それが三人が巧妙に覆い隠しているだけなのは、俺にははっきりと伝わってくる。

京太郎「(和は時折、気付かれないように乳首に触れて、小蒔はお尻をやらしく揺らして、漫は時折、俺に熱い視線を送ってくる)」

それはほんのちょっとの仕草でしかない。
彼女たちをよく知らない者からすれば違和感すら抱かないであろう自然な仕草。
しかし、こうして彼女たちと共同生活を初めてもう十年近くになる俺には、それが欲情のサインである事が分かる。
三人は三人とも何でもないような顔をしながら、『早く京太郎が欲しい』とそうボディランゲージで訴えてくれているのだ。

漫「出来たでー」
小蒔「お待たせしました~♪」
和「はい。どうぞ」

そう言ってそれぞれの食器を食卓へ運ぶ三人に、俺は感謝を抱きながら手伝った。
お陰で食卓の上には豪勢な食事が並び、今にもテーブルの端から零れ落ちてしまいそうになっている。
数日前から準備していたというそれは、間違いなく今の漫が全力を尽くしたものだろう。
そう思うとジュルリと涎が口腔の中に溢れ、今すぐむしゃぶりついてしまいそうになった。
けれど、仮にも一家の大黒柱である以上、そんな情けない真似は出来ない。
三人は既に座って、俺の言葉を待っている以上、まずは彼女たちを労うべきだろう。


京太郎「ご馳走を前にしてすまないが…まずは皆に言いたい事がある。ここまで俺に付いてきてくれて…有難う」

その言葉と共に俺はそっと頭を下げた。
しかし、そんな俺に対して、彼女たちは何の反応もしない。
それは決して俺の言葉に軽蔑していたり、失望している訳ではないのだろう。
俺へと送られる三人の視線はとても暖かで優しいままなのだから。
寧ろ、中には早くも涙ぐみ始めている子がいるくらい、俺の言葉に心震わせてくれている。
それでも、彼女たちが口を挟まないのは、俺の言葉がまだ終わっていないからだろう。

京太郎「お陰で…俺はようやく…事務所の経営を軌道に載せる事が出来た。皆を…養う準備が出来た」

当初の予定であれば、それはもっと早く達成するべき事だった。
しかし、夢見がちな高校生の頃に建てたその計画は社会人一年目から大きく破綻する事になったのである。
それでも和たちを始めとする周りの人のサポートもあり、俺はようやく三人ともを自分の甲斐性だけで養う下地を作る事が出来た。
そして、それは三人を幸せにすると宣言してからもう十年以上…その間、ずっと果たせなかった約束を果たせる事を意味している。

京太郎「だから…そろそろ子どもを作ろうか」

俺達は高校時代からずっと日常的に肌を重ねあわせていた。
副作用を鎮める為にはそれが一番効率が良かったし、また初心な彼女たちも俺もセックスの虜になっていたのである。
それは未だに変わってはおらず、どれだけ疲れていても一日に一人か二人を相手にするのが俺の日課になっていた。
だが、そうなっても尚、俺達はずっと避妊だけはしっかりと続けていたのである。

京太郎「(それは勿論、生まれてくる子の殆どが私生児になってしまうという事もある)」

勿論、俺が認知をすれば、殆ど他の子どもと変わりないように成長する事が出来るだろう。
だが、その一方でその子の戸籍欄には父親の名前が記入されていないのだ。
それを知った時、子どもがどれほどのショックを受けるかは俺には想像もつかない。
しかし、こうして歪な共同生活を送る俺達にとって、子どもというお互いを結びつける存在はどうしても欲しい存在だったのだ。

京太郎「勿論…皆が親のエゴを受け入れて…それ以上に子どもを愛せると…そう思えるのであれば…だけど」

愛する人との子どもが欲しい。
それは人間にとって原初とも言うべき本能であると俺は思う。
しかし、俺達がしようとしている事が現代日本の社会では明らかに異端な事なのだ。
それこそ事実を知った職場の仲間から爪弾きにされてもおかしくはない事であろう。
またそれだけならまだしも、子どもにも多くの苦労を掛けてしまうかもしれない。
それでも尚、子どもを欲しいと言うのは…恐らく俺達のエゴなのだろう。

和「そんなの…今更ですよ」
小蒔「えぇ。だって、私達…ずっと待っていたんですから」
漫「京君に孕ませて貰えるの…ずぅぅっと楽しみにしとったんやで」

けれど、そんな俺の言葉に三人は怯まない。
寧ろ、その顔を何処か誇らしそうに、そして嬉しそうにさせている。
ならば…その目尻に浮かんでるのはきっと嬉し涙なのだろう。
ようやく俺と子どもを作れるという感動に、彼女たちは心から喜んでくれているのだ。

京太郎「…ごめんな。俺の我儘でずっと待たしてて」

勿論、今までだって子どもを作る機会はあった。
そもそも現在の家の家計は三馬力で動き、貯蓄そのものもかなりあるのだ。
妊娠期間中に多少、働けなくなったとしても、家計が傾くような事はない。
それでもこうして先延ばしにしていたのは、彼女たちが動けない間くらい自分の甲斐性で養いたかったからだ。
男の意地にも近いそれに三人は呆れながらも受け入れて、ずっと俺を支え続けてくれた。

京太郎「だから…お詫びとして今日は避妊なしで一杯、気持ち良くしてやるからな」
和「は…ぁ…♪本当に…孕ませセックス…してくれるんですね…♥」
漫「あかん…ぅ♪それ聞いただけでもうち…堪らへん…ぅ♥」
小蒔「えへへ…♪私達…もうそれだけで発情しちゃってますよぉ…♪」

俺の宣言に三者三様の反応を返す愛しい恋人たち。
もうすぐ名実ともに俺の妻になるであろう彼女たちの淫らなそれに俺は肉棒がジクリと疼いた。
三人の休みが重なり、思う存分、セックス出来る今日まで、俺もまたずっと我慢し続けていたのである。
欲情の中に幸福感を浮かべ、期待に言葉を間延びさせる彼女たちの姿を見ると今すぐそのムスコをねじ込んでやりたくなるのだ。

京太郎「それじゃ夜の為にも精力をつけないといけないし…改めて…頂きます」
「「「頂きます」」」

それを何とか抑えながらの俺の言葉に、三人が合わせてくれる。
そうやって始まった食事は、普段よりも賑やかなものになっていた。
勿論、完全に打ち解けた三人は普段から良く会話をし、食卓は賑やかな方である。
だが、普段よりもさらに増して、ワイワイとしているのは少なからず彼女たちが浮かれているからだろう。
待ちに待った孕ませセックスを楽しみにしながら、きっと愛液を下着に漏らすまで発情しているに違いない。


小蒔「あ、そういえば結婚式はどうします?」
漫「お互いの家族だけ呼ぶって話やったけど…」
和「流石に三人同時って訳にはいかないでしょうしね…」
京太郎「それは俺が刺されるな、色んな意味で」

勿論、それぞれの家族にこうして事実婚する許可は貰っている。
半ば怒声や暴力と一緒であったとは言え、『好きにしろ』という言葉は頂けているのだ。
お陰でこうして気ままに事実婚生活を続けられているが、流石に三人同時の結婚式などに呼んだら激怒されるだろう。
俺だって逆の立場であれば新郎に明確な殺意を向け、ともすれば暴れ始めるかもしれない。

小蒔「という事は三人ずつ結婚式ですね」
漫「また費用が嵩むなぁ…」
和「まぁ、その分、私達が稼げば良いんですよ」
京太郎「…面目ない」

一応、身内限りのものであれば、三人分の結婚式をあげるだけの貯金はある。
だが、それは決して俺だけが稼いできたものではないのだ。
事務所を立ち上げてすぐは、寧ろ、俺が三人のヒモに近い状態だった事もあるのである。
ついついその時の事を思い出した俺は、彼女たちに向かって頭を下げてしまった。

小蒔「ふふ…私達としてはお仕事を辞めてもらっても良いんですけれどね♥」
和「大丈夫ですよ。公務員はしっかりしていますから。産休中もお手当が貰えますし」
漫「うちも内職やらバイトやらするし、家計の事なら心配あらへん」
京太郎「有難いけど…流石にそれはなぁ…」

男としてヒモ生活に憧れないかと言えば嘘になる。
しかし、それは俺の中で決してやってはいけない行為だった。
彼女たちに対してやってしまった事に対する責任を取ろうともしない最低な行いなのである。
勿論、彼女たちがそんな責任に取られ方を望んでいる訳ではないと理解していても、やっぱりそれは曲げられない。
俺が彼女たちの人生をねじ曲げてしまった分、幸せにしてやりたいという気持ちは俺の中にはどうしても強いのだ。

京太郎「それに少しずつ顧問にって言ってくれる人も増えてきたし」

特に和の親父さんから紹介されてきた人たちは、大抵、リピーターとして幾つか案件を持ち運んでくれていた。
恐らく日頃からトラブルの多い人たちを優先的にこちらへと回してくれているのだろう。
お陰で、彼らからの信頼を勝ち取れた今、固定客のような形で真っ先にこちらへと相談に来てくれるようになった。
そんな状態で事務所を閉めるような不義理は、紹介してくれた親父さんの顔に泥を塗り、お客さんの信頼を裏切る行為になる。
どれだけの人に支えられて今の状況があると理解している俺にとって、それは決して選べるものじゃない。

小蒔「はぅ…残念です…」
和「まぁ…あんまり強くは勧められません。実際、現状でもそれなりに満足していますし」
漫「欲を言えば、もうちょっとセックスじゃなくイチャイチャする時間取りたい感じやけれど…」
小蒔「やりすぎちゃうと京太郎様が欲しくなっちゃいますし…まぁ、それも焦らされてるみたいで…♥」
京太郎「そうだな…確かに…最近、そういうの少ないな」

事務所の経営が少しずつ上向いているのが楽しくて確かにそういう事は最近、あまり満たせてやれていなかっただろう。
ましてや、最近は今日の為にお互い禁欲を続けていたのである。
そのスキンシップも最低限に制限するそれに、彼女たちがどれだけ欲求不満を覚えている事か。
これからは妊娠し、今まで以上に不安にさせるのだから、スキンシップは過剰とも言えるくらいとってやった方が良いだろう。
そう自分の思考を切り替える俺の前で、恋人たちは既に別の話題に映っていた。

小蒔「それより…入籍は和ちゃんで良いですよね?」
和「え…?にゅうせ…え?」
漫「そうやね。先生が私生児産んだってなると洒落にならへんし」

結婚式の話から入籍の話題へ。
その変化についていけていないのは、いきなり渦中へと放り込まれた和であるらしい。
その可愛らしい表情に困惑を浮かべ、彼女は二人の顔を見渡している。
しかし、小蒔も漫の表情も真剣そのもので冗談を言っている訳ではないようだ。
それを遅れながら悟った和は焦りを顔に浮かべて、口を開く。

和「ま、待って下さい!べ、別に誰か一人が入籍する必要なんて…」
小蒔「でも、したいでしょう?」
和「それは…そうですけれど…」

瞬間、俺をチラリと見るその目には熱っぽいものであった。
そうやって否定する辺り、もしかしたら嫌われたのではないかと思ったが別にそんな事はないらしい。
寧ろ、そうやって普段は冷静な和がアピールしてしまうくらい、彼女はそれに感動を覚えている。
それに一つ安堵しながらも、俺は和の気持ちが何となく分かった。

和「でも…それはお二人も同じでしょう…?」

そう。
俺が入籍出来るのはたった一人だけなのだ。
日本では重婚が認められていない以上、結婚式は複数回挙げられても婚姻は一人しか結べない。
そんな特別な権利に二人が執着していないかと言えば、決して嘘になるだろう。
まだこうして共同生活を始めたばかりの頃はその権利を巡って口喧嘩をしていた事もあるくらいなのだから。

漫「うちは構わへんよ。そもそもうちは親から勘当されてる扱いやし、結婚したって連絡も出来ひんしな」
小蒔「私は未だ戸籍的には京太郎様の姉ですし…入籍すると色々も問題もありますから」

そう言う二人の言葉は思ったよりもサバサバしていた。
けれど、その瞳には隠しきれない嫉妬の念が浮かび上がっていたのである。
恐らく二人は俺の知らない間に二人で話し合い、その権利を和に譲ると決めたのだろう。
嫉妬が浮かんだその瞳は、しかし、迷いはなく、真剣そのもので覚悟を固めている事が伝わってきた。

漫「でも、和ちゃんはそういう訳にはいかへんやろ?教師って言う仕事もあるし」
小蒔「それにお父様には京太郎様も一杯、お世話になっていますものね」
和「あ…」

瞬間、和が声をあげるのは、勘当された漫と実家から縁を切った小蒔には家族らしい相手がいないからだろう。
特に漫は長野に友人らしい友人もおらず、俺達三人を除けば殆ど知り合いがいないのが現実だった。
小蒔は小蒔で霞さんたちという立派な家族がいるものの、実の父親に父親らしい事をしてもらった記憶など殆ど無い。
そんな事情を彼女たちと仲良くなっていく過程で知った和にとって、それはどう答えれば良いのか分からない事だったのだろう。

和「…ごめんなさい」
漫「謝らんでもええよ。和ちゃんは全然、悪い事なんてしとらへん訳やし」
小蒔「そうですよ。それに婚姻くらいじゃ愛の深さは測れませんし」

―― 小蒔の言葉に瞬間、ピシリと音を立てて世界が固まった。

まるで一瞬で空気に緊張が走るようなその感覚に、俺の背筋はそっと冷え込んだ。
猛烈に嫌な予感を沸き上がらせるそこは、この場から逃げ出せと俺に訴えているようである。
しかし、折角、漫が腕に縒りを掛けて作ってくれたご馳走を相手に逃げたくはない。
何より、本格的に対立を始めた彼女たちを止められるのは俺だけしかいないのだから、逃げられるはずがなかった。

和「…それどういう意味ですか?」
小蒔「ふふ、別に何でもありませんよ。ただ、べったりしていただけの二人とは違って私はさっきお茶を淹れましたし…」
漫「そんな事言うたら、うちだって今日はご馳走作ったで」
和「いえ、それ以前に…今日の朝食当番は私でしたよね?」

ゴゴゴと、そんな音すら聞こえてきそうなくらいに張り詰めた空気。
しかし、その中で三人はあくまでもにこやかな笑みを崩す事はなかった。
まるでごく自然に世間話をしているようなそれに、しかし、俺の嫌な予感は高まっていく。
それはそうやってにこやかな笑みの向こうでグングンと圧力が高まり、彼女たちの感情が膨れ上がっていくのを感じるからなのだろう。

和「ご主人様?」
漫「京君?」
小蒔「京太郎様?」
京太郎「あー…」

そして、そうやって膨れ上がった感情の矛先は、俺の方へと向けられる。
それぞれの呼び方で俺を呼ぶそれは、判定を俺に求めての事なのだろう。
とは言え、俺は彼女たちの行為に優劣をつけるつもりはない。
皆が皆、俺の事を思ってくれているのは変わらないのに一番だの二番だのと順位づけられるほど俺は偉くはないのだから。

京太郎「俺は和の事が一番、好きで」
和「はぅ…♥」
京太郎「漫の事を一番、頼りにしていて」
漫「はわ…ぁ♥」
京太郎「小蒔の事を一番、大事に思ってるよ」
小蒔「えへぇ…♥」

それでも何か言わなければこの空気は収まらない。
そう思った俺の口から飛び出すのは詭弁も良いところだった。
分野こそ違えども、全員を一番だとそう告げる言葉は怒られても仕方のない事だろう。
しかし、三人は自分が一番だと言われた事が嬉しいのか、頬を緩ませるだけで怒りを浮かばせる事はない。

京太郎「だから、仲良くご飯食べて…準備しような」
小蒔「はーいっ♪」
和「別に…喧嘩なんてしてませんものね?」
漫「うん。そうそう。うちらはずっと仲良しやし♪」

調子の良い三人の言葉に俺はクスリと笑いながら、一つ肩を落とした。
どうやら一触即発の状態そのものは回避出来たらしい。
再び機嫌よくご馳走に手を伸ばす三人の姿を見ながら、俺は内心でため息を漏らした。
普段からこうして仲良くし続けてくれていたら、こっちの心労も少なくなるのに。
そう思いながらも決して嫌ではないのは、それが三人の好意の証だからだろう。
未だ俺は失望される事はなく、三人の事を捕まえ続けられている。
不謹慎ながらそれを実感出来る姿に、俺は内心、喜んでさえいた。

京太郎「(まぁ…もしかしたらそれを汲み取ってくれているのかもな)」

共同生活が始まってもうかなりの年月が経つのに、お互いの対抗心を隠そうとしない恋人たち。
それはもしかしたら、俺に愛情を伝える為に口裏を合わせた八百長なのかもしれない。
実際、彼女たちはそうやって対立しながらも、本格的な喧嘩というものを一度もしたことがなかった。
精々がお互いを牽制しあう程度のそれは、ハーレム内部という事を考えれば、かなり上手くいっている方なのかもしれない。

和「…ごしゅ…いえ…京太郎君?」
京太郎「あ…悪い。何でもない」

そんな風に考えに耽った俺の手が止まってしまったからだろう。
テーブルを挟んだ向かい側で、和が心配そうに視線を送り、俺の名前を呼んだ。
それに何でもないように返しながら、俺は再びご馳走に手をつけ始める。
そんな俺に三人が心配そうに見てくるものの、何も言わない。
たださっきと同じく談笑に耽りながら、漫お手製の料理に舌鼓を打つのだ。

京太郎「ふぅ…ご馳走様でした」
漫「ふふ…お粗末さまでした」

俺がそう言った頃には、まだテーブルの上に料理が幾つも残っていた。
しかし、他の三人ももう箸を止め、食事を終えていたのである。
折角のご馳走なので名残惜しいが、味が堕ちる事を覚悟して冷蔵庫に保存しなければいけない。
そう思った俺が大皿の一つを持ち上げた瞬間、小蒔が口を開いた。

小蒔「あ、片付けは私達の方でやりますから」
京太郎「いや…でも…」
小蒔「その代わり、京太郎様はあっちの準備をしていて下さい」

そう言って小蒔が指差した方向には布がかかった正方形のテーブルがあった。
皿のように微かに外周が持ち上がる独特なフォルムはそれが普通の家具ではない事を教える。
実際、それが常備されている家庭というのは決して多くはないだろう。
だが、我が家にとってそれはある意味では必要不可欠な道具であったのである。

京太郎「あー…分かった。でも、こっちが終わったら手伝うからな」
和「えぇ。お待ちしております♪」

そう言いながらも、俺が彼女たちの手伝いが出来る確率とは言うのは殆ど0に近かった。
四人分の食器とは言え、あちらは三人がかりであるし、食器乾燥機まで味方にいるのである。
どれだけゆっくりしても、俺が終わる前にあちらの片付けが終わってしまうだろう。
それでもこうして手伝うと言ったのは、一人だけ仲間外れにされるのが何となく寂しいからだ。
勿論、彼女たちにそんなつもりはない事くらい知っているが、俺だって手伝える事くらいあるのだ、とどうしてもそう思ってしまう。

京太郎「さて…と」

そんな子どもっぽい自己主張を意識の奥底へと沈めながら、俺はそっとテーブルの上の布を取った。
瞬間、俺の視界に広がったのは緑色のマットと中央に埋め込まれた独特の機械である。
サイコロまでを中へと装備したそれは、染谷先輩から買わせて貰った新型の全自動麻雀卓だ。
まぁ、もっとも、それが新型であったのはもう十年近く前で、今は流石にロートルになりつつある。
実際、内部で故障が起こる事も珍しくはなく、起動する前にそのチェックから始めなければいけないのだ。

京太郎「(ん…特に問題はなさそうだな…)」

胴体にある太い幹のような部分をチェックしながら、俺はそう結論付ける。
最近はこうして麻雀をする余裕もなかったので心配だったが、特に問題はなさそうだ。
試しに電源を入れてみたが、挙動そのものにも問題らしいものは見当たらない。
ならば、後は牌を磨いて準備するだけだ。
そう思って俺が手元の布を取った瞬間、三人の恋人たちはその手に飲み物を持ちながら、こちらへと近づいてくる。

和「こっちは終わりましたよ」
京太郎「あぁ。お疲れ様」

結局、間に合わなかった自分に一つ胸中でため息を漏らしながら、俺は三人を労った。
そんな俺にクスリと笑いながら、小蒔は冷えたジンジャーエールを差し出してくれる。
俺のぎゅっと絞ったショウガの香りが優しいお手製のそれを俺はそのまま喉へと流し込んだ。
シュワシュワとした炭酸の感触と熱がジュっと胃の中で広がるのを感じながら、俺は牌を磨き始める。

和「では…そろそろ…」
京太郎「…そうだな」

そんな作業も四人でやればあっという間だ。
ここにいるのは全員、麻雀経験者で、高校時代は日常的に牌と触れ合っていたのだから。
小蒔を除いて、今はそれから遠ざかってはいるものの、しかし、当時、覚えた技術は未だ身体の中に残っている。

和「それでは今日もいつも通り…」
漫「一番、最初に京君へと振り込んだ人が」
小蒔「一番、最初に愛してもらえるんですね」

ただ、牌磨き以外の技術が今も活用されているかと言えば、正直、疑問であった。
それは磨いた牌を卓へと戻し、スイッチを入れる彼女たちが口にする言葉が明らかに麻雀のルールからかけ離れているからである。
そもそも麻雀は出来るだけ振り込まず、そして自分が和了る事を目指す遊戯なのだから。
しかし、真剣そのものな目で牌を取り分けていく彼女たちに映っているのは、最初に俺へと振り込むという事だけだ。

京太郎「(いや、まぁ…仕方ないっちゃ仕方ないんだけれどさ)」

俺の能力の都合上、直撃を受けた時点で相手は麻雀する事なんて出来ない状態になってしまう。
しかし、かと言って、普通のルールから真逆の道をひた走ろうとする彼女たちの姿にはどうしても違和感を覚えるのだ。
家族麻雀という言葉では物足りないその特別ルールが仕方ないと思いながらも、その気持ちはどうしても拭えない。
そうやって能力を活用出来る道があるのは嬉しいのだが、何か間違っている気がするのだ。

和「…ご主人様?」
京太郎「いや…なんでもない」

でも、幾ら間違っていたところで、それを正す気にはなれない。
それは彼女たちが歪な形であるとは言え、俺を求めてくれているからだろう。
今も尚、人生というリソースを無駄にさせている俺は、まず何より彼女たちの要求に応えてやらなければいけない。
それに…そもそも、俺達の関係自体が、世間様一般の常識から言えば、明らかに間違っているのだから今更だろう。
そう意識を切り替えながら、俺は自分の手を進める為に牌を入れ替えていく。
それに合わせて打ってくれる彼女たちの真剣な姿に、俺はふと笑みを浮かべた。

京太郎「(そう…おかしくなるのを分かっていても尚、真剣になるくらい俺は愛されているんだ)」

決して妥協せず、俺の手を読もうとする三人の姿。
そんな彼女たちは勿論、それが成就すれば淫らな事しか考えられない事を分かっている。
だが、三人はそれを求めて、危険な牌を自分から打ち出してくれているのだ。
普通の麻雀とはまったく違うその歪ささえ、愛の証であると俺が馬鹿な事を思った瞬間、和の手から、俺の求めた牌が飛び出して… ――








「ロン。リーチ一発タンヤオ対々和三色同刻三暗刻…ドラ5で…数え役満だな」


―― そうして、和から始まった淫らな宴は朝方まで続き、そして2ヶ月後、三人の妊娠が判明したのだった。






932 : ◆phFWXDIq6U [sage saga]:2013/09/07(土) 01:40:51.45 ID:YJUSyvGCo
   今度こそ全部終わりー
   半年間お疲れ様でございました
   次回作についてはまた明日予告のような形で投下します
   それではおやすみなさい