………



……









―― その日の私はきっと緊張していたのでしょう。

久しぶりの里帰り ―― しかも、滅多にないお父様からの呼び出し。
それに、私は少し…期待を抱いてしまっていたのです。
もしかしたら…お父様に会えるかもしれないって…頑張ってる私を褒めて下さるんじゃないかって…そう期待していたのでした。
けれど…実際、部屋へと呼び出されたのは京太郎様だけで、私たちは待機を命じられたのです。

―― それが退屈だと思わなかったのは…きっと皆が居てくれていたからなのでしょう。

私だけが先に長野へと転校してしまった関係で…正直、少し不安でした。
もしかしたらぎくしゃくしてしまうんじゃないかって…そう不安に思ってしまったのです。
そんな自分を情けないと思いますが…今まで霞ちゃんたちとこんなに長い間、離れた事なんてなかったのです。
しかし、久しぶりに会った皆の姿は変わらず、私の馬鹿げた不安を消し飛ばしてくれました。
だからこそ、私は緊張するお屋敷の中でもいつも通りに ―― 京太郎様が来る前のように和やかに会話出来たのです。

―― それでも…私はきっと内心、落ち着けていませんでした。

だって、そうやって和やかに話している一方で京太郎様はお父様に会っているのですから。
実の娘にも厳しく、そして鋭いお父様の言葉に傷ついていたらどうしよう。
或いは京太郎様がお父様のお眼鏡に適わなかったらどうしよう。
そんな不安が胸をつき、茶菓子を食べながらも、ついつい扉の方へと目を向けてしまうのです。
自然、そんな私を霞ちゃんたちはからかいながらも、「きっと大丈夫」と励ましてくれていました


―― それが変わったのは十数分も経った頃でしょうか。

突然、私宛に手紙が来たと一人の巫女さんが客間へとやってきたのです。
それを受け取った瞬間、私は猛烈に嫌な予感を感じました。
まるでこの中を見てはいけないと第六感が訴えかけるような感覚に、私は数秒ほど躊躇したのです。
しかし、心配する霞ちゃんたちの前で、それを開けない訳にもいきません。
そう意を決して封を開いた私の目に飛び込んできたのは…私とは違う女性とホテルへと入っていく京太郎様の姿でした。

―― それがどういった意図で作られたホテルくらい私にだって分かります。

だって、京太郎様は以前、一度、そこに私を連れてきてくれたのですから。
欲求不満で我慢出来なくなった私が思いっきり発散出来るようにそこへと導いてくれていたのです。
そんな場所に京太郎様が連れ立って入っていくのは…何度見ても私ではありませんでした。
どれだけ見返しても…それは部活仲間の原村さんであり…かつて対局した上重さんだったのです。

―― その瞬間、霞ちゃんたちが何かを言っている事くらいは理解出来ました。

けれど、私は目の前の写真に打ちのめされ、その言葉が頭の中には届きません。
まるで世界の全てを拒絶するように、私は心を閉ざしていたのです・
しかし、それでも私の視線はその写真から外れず…そして胸の奥底から強い感情の波が沸き上がってきました。
それが一体…何なのか私自身にさえも判別がつきません。
悲しいのか、悔しいのか、或いは…嫉妬しているのか…京太郎様に裏切られたと思っているのか。
ただ、はっきりしているのは…その強い感情の波は私の心に大穴を空け…普段は弾けている悪いものを招き入れてしまうのです。


―― …それはきっと…かなり強いものだったのでしょう。

その瞬間、逸話に名を残す『名有り』ほどではなくても、その直属の部下か親族くらいの力を感じたのです。
それほどの力を持つものが降りてしまったら…この辺り一体が大惨事と化してしまうでしょう。
それこそお父様や…霞ちゃんたち…そして…京太郎様だって…死んでしまうかもしれない。
そう思いながらも…私は…それでも良いと…一瞬、そう心の中に思い浮かべてしまったのです。

―― 京太郎様や霞ちゃんたちと一緒に死ねるなら…それで良いって…。

勿論、それは愚かの一言に尽きる考えでしょう。
そんな風に一緒に死ぬなんて私の我侭以外の何物でもないのですから。
皆を大事に思うのであれば、寧ろ、皆で一緒に生き抜く選択肢をギリギリまで模索するべきだったのでしょう。
しかし…そうと分かりながらも…私は…どうしてもその気持ちを否定しきる事が出来ませんでした。
もう良いって…要らないんだって…自暴自棄に近い感情を抱いてしまっていたのです。

―― だって…私の一番、大事な人は嘘を吐いていたのです。

私だけだって…大好きだって…愛してるって。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も…そう言ってくれたはずなのに…京太郎様は原村さんにも手を出していたのです。
それは能力の副作用を抑える為に仕方なく…なのかもしれません。
ですが…それだけなら、こうやって私にひた隠しにはしないでしょう。
確かに嫉妬くらいはするかもしれませんが…決して納得が出来ない訳じゃありません。
感情的にはどうであれ理性はそう理解する事が出来ているのです。
それでも…そうして私に隠し続けたのは…それがやましい事だからなのでしょう。

―― 騙していたんですか…?皆で…私の事…笑っていたんですか…?

原村さんの事は…私はお友達だと思っていました。
特訓に付き合って…一杯、お話もして…少しずつ打ち解けられたと思っていたのです。
しかし、彼女は私に黙って…京太郎様と淫らな施設を利用していました。
私が…京太郎様の婚約者だって知っているのに…裏では愛を語り合っていたのです。
もしかしたら…二人とも…陰では私の事を嘲笑っていたのかもしれません。

―― それなら…それなら私…あんまりにも…惨めじゃないですか…。

勿論…私の知る二人はそんな酷い事をする人じゃありません。
原村さんも京太郎様もとっても優しくて…暖かな人なのですから。
私が自分のトラウマと向き合う事が出来、今までずっと振り回されていた力を使いこなす事が出来たのは根気よく特訓に付き合ってくれた二人のお陰でしょう。
しかし…その写真は…私の知らない二人の姿を映しだしたものなのです。
私に秘密で…身体を重ねたであろうその写真を見て…完全に信じきる事なんて出来ません。

―― っだったら…だったら…私…っ!!

その不信感を苛立ちに変えた瞬間、私の身体は完全に『何か』に飲まれてしまいました。
ここ最近…完全に制御できていたなのに…私はまた悪いものを降ろしてしまったのです。
自然、私の意思とは無関係に身体が動き出し…意識が暗い闇の底へと沈んで行きました。

―― それから何が起こったのか私には詳しく分かりません。

けれど、そんな愚かな私を必死に霞ちゃんたちが助けようとしてくれているのは分かりました。
恐ろしくも強大な相手に立ち向かい、私に呼びかけ続けてくれていたのです。
それは混濁した意識の底に横たわる私にもはっきりと聞こえていました。
けれど…それでも私の意識は縛られたように動かなかったのです。
無力感と悲しみに打ちひしがれ、無気力へと陥った私には意識の奥へと引きずり込む力の奔流に抗う事は出来なかったのです。

―― だから…結局…皆…。

私に降りた『何か』は予想通りとても強力なものでした。
その力に触れただけで人は意識を失い、近づく事もままなりません。
振るう力も今までの比ではなく、易々と壁を『引き裂く』くらいでした。
そんな『何か』に霞ちゃんたちは諦めずに立ち向かってくれましたが…一人また一人と倒れていったのです。

―― それを意識の奥底で感じても…私の意識は気力を取り戻す事が出来ませんでした。

霞ちゃんたちの事は…とても大事です。
この力の所為で一杯、迷惑を掛けてしまいましたが…お友達だってそう思っているのですから。
しかし、そんな彼女たちが力に飲まれ、倒れていっても…私は悲しいと思うだけで抗う気力を取り戻す事が出来ません。
心の中に空いた大きな穴から気力が流れ出るように…私は何もする気が起きなかったのです。


―― そんな私に届いたのは…京太郎様の声でした。

「あ、あのさ…」と微かに震えるその声を私が聞き間違うはずがありません。
例え、地獄の底に居たって…私は愛しいその声を聞き取る事が出来るでしょう。
しかし、それが今の私にとって喜びを齎すかと言えば…決してそうではありませんでした。
不信感や苛立ちと言った負の感情で満たされた今の私にとって…それは胸を苦しくするものだったのです。
何時もなら…その声が聞こえるだけで嬉しくって笑みを浮かべてしまいそうなのに…今は辛くて仕方がありませんでした。

―― じゃあ、コイツをコワしてやる。

瞬間、私に憑いた『何か』は、意識の底に沈む私にそう言い放ちました。
恐らく…今まで倒れていく霞ちゃんたちにさえろくに反応を見せなかった私の感情の波を感じ取ったのでしょう。
ニヤついたその冷たい笑みはぞっとするほど恐ろしく…そして我慢出来ないものでした。
裏切られたと…悲しいと思いながらも…私は未だ…京太郎様を愛しているのでしょう。
今まで私の心に満ちていた無力感を跳ね飛ばすように抵抗を始めたのです。

―― ですが…予想以上に『何か』は強くて…。

これが最初からずっと抵抗を続けていれば、また違ったのかもしれません。
もしかしたら自分の身体の支配も幾つかは取り戻せていたかもしれないのです。
ですが、私は感情へと沈み、そうやって努力し続ける事を放棄していました。
結果、霞ちゃんたちが傷ついた罰だと言わんばかりに『何か』の強大な力が京太郎様へと伸びて… ――

―― けれど…それが京太郎様に触れる事はありませんでした。

『呪い』という言葉でさえもまだ足りない恐ろしい闇の力。
さっきまでの戯れに振るわれていたものよりも遥かに強く、そして濃いそれは、何かを壊し、殺す為のものでした。
しかし、それは後少しで京太郎様に触れるところで、すっと私の中へと戻ってくるのです。
まるで興味を失ったと言うようなそれに、悲鳴をあげる寸前であった私には理解が追いつきませんでした。

―― しかし、それでも、私は自分の身体が欲情している事を感じ取ったのです。

意識の底に横たわり、身体の感覚が薄れた私にもはっきりと伝わってくる欲情。
それは私の身体が京太郎様へと会ってしまったからなのでしょう。
何せ、私は京太郎様のお顔を見るだけで発情してしまう淫乱妻なのですから。
あんまり求めすぎて幻滅されるのがイヤなので普段は出来るだけ抑えていますが…私の本性はとっても淫らなのです。
それこそ京太郎様に会っただけで身体がエッチの準備を始めてしまうくらいに…私の身体はもう京太郎様の虜になっていたのでした。

―― それに『何か』は耐えられなかったのでしょう。

日常的にその疼きを抑えている私は自制の仕方を知っています。
しかし、そうやって何かを我慢したことのない『何か』にとって、それは耐え難いものだったのでしょう。
さっきまでの殺す気であった相手へと向ける身体の欲求に、困惑しながらも屈したのです。
身体の求めに少しずつ応じるように、『何か』は私の身体を京太郎様へと近づけていきました。


―― で、でも、ここは流石にまずいですよ…!!

今にも始めてしまいそうな『何か』に私は意識の底でそう叫びました。
何せ、私の周りには霞ちゃんたちが今も倒れ伏したままなのです。
この『何か』の力が強大とは言え、ここでエッチし始めれば起きてしまう事でしょう。
京太郎様との交歓は頭がおかしくなりそうなくらいに気持ち良いものなのですから。
声を抑えるとかそんな事を考えられない状態になり、京太郎様に教えこまれた淫語を放ってしまうのです。
それはきっと倒れ伏す霞ちゃんたちが起きてしまうのには十分過ぎるものでしょう。

―― それに…ここじゃ京太郎様も満足に出来ないですし…。

そう付け加える私の言葉に『何か』は渋々と従ってくれました。
ここで霞ちゃんたちを殺すと言った方向に進まなかった『何か』に私はそっと安堵を浮かべます。
『何か』がそれに気付かなかったのか、或いはそうするのが面倒だったのかは分かりません。
しかし、グイグイと京太郎様を引っ張り、元の客間へと戻ろうとするその思考にはもう誰かを害そうとするものはなかったのです。

―― それから始まるセックスを感じるのは…とても微妙な気分でした。

甘いキスからペッティング、そしてオモチャ責めからセックスへ。
勿論、受け攻めを途中で何度か切り替えるそれは細部がかなり異なります。
ですが、大筋では…私が普段、京太郎様としているそれと殆ど変わりがないものだったのです。
勿論、その身体は私のものであり、それが一番、適しているのでしょう。
実際、意識の底にいる私にもはっきりと伝わってくるくらいに、そのセックスは気持ちの良いものでした。
幾らか、その快楽に慣れている私が主導権を握っていたとしても、きっとアヘアヘになっちゃって京太郎様で一杯になってしまうと…そう思うくらいに。


―― ですが…そうやって私の身体を動かしているのは私ではないのです。

その身体は私のものですが…けれど、厳密には私ではありません。
それを支配しているのはあくまでも別の『何か』なのです。
そんな事は京太郎様も分かっているはずなのに…私相手の愛し方とあまり変わってはいません。
普段以上に意地悪ではありますが…それは私に憑いた『何か』が必要以上にプライド高く反抗的だからでしょう。
それが…私にとって胸が押しつぶされるほどに辛く…そして苦しい事でした。
だって…この『何か』はまだ…京太郎様に会って数時間も経っていないのです。
それなのに…私と同じ愛し方をされたら…まるで私もその程度の価値しかないように思えて仕方がありません。

―― イヤです…そんなの…イヤです…っ!

けれど…そんな京太郎様を…私はやっぱりどうしても嫌えません。
そうやって『何か』を私と同じように扱う様を見ても…嫌いという気持ちは何処を探しても出てこないのです。
寧ろ、私の心は京太郎様への愛しさを強く意識し、そして痛みを強めていました。
捨てられたくないって…私を見て欲しいって…そんな感情を微弱な快楽では誤魔化す事は出来ません。
結果、私は幾度となく絶頂に突き上げられる身体の奥底で嘆き…そして苦しんでいたのです。

―― そんな私を知らず…京太郎様はちゅっちゅって…恋人みたいなキスを繰り返して…。

その優しいキスに私の心は張り裂けそうになりました。
だって…そんな風に優しくされるべきは私であるべきなのです。
京太郎様の婚約者であり…誰よりも想っている私であるはずなのです。
しかし…それを受けているのは私の身体ではあれど…『私』ではありません。
そのもどかしさに私の辛さは臨界点に達し…心が押しつぶされて死んでしまいそうになりました。

―― だからこそ…その言葉は私に強い驚きをもたらしました。

「これからさ…小蒔の事、護ってやってくれないか?」と優しく私に告げられた京太郎様の言葉。
その意味を私は最初、ちゃんと理解する事が出来ませんでした。
だって、その言葉はあまりにも突然で、意外で、そして何より暖かなものだったのです。
ついさっきまで私を差し置くように二人の世界に没頭し、激しいセックスを繰り返していた人が放ったとは思えません。
それは私の身体に憑いた『何か』も同じだったらしく、快楽に蕩けた疑問を胸中に浮かべたのが伝わってきます。

―― そんな私の為に…京太郎様はなんでもすると言って下さって…。

そこで私は京太郎様がずっと私の為に動いて下さっていた事を悟りました。
私がまた暴走して誰かを傷つけない為に…この邪神を調伏しようとしてくれていたのです。
自らの身体すら差し出して取引しようとするそれは…まさしく愛なのでしょう。
だって、京太郎様にそんな取引をするメリットなんてありません。
私のことをどうでも良いと思っているのであれば、適当に『何か』の相手をして時間を稼ぐだけで良いのですから。
しかし、私の愛しい人は…時間を稼ぐのでも、追い出すのでもなく…私の事を考えて身を差し出そうとしてくれているのです。

―― 私は…何て愚かだったんでしょう…。

そこまで私のことを考えてくださっている人を…私は疑っていたのです。
裏切っていたのだと…内心、嘲笑っていたのだと…そう不信を抱いてしまったのです。
ですが…その人は寧ろ、私の為に犠牲になる事も厭わず…恐ろしい力を持った『何か』に取引を持ちかけてくれているのでした。
それほどまでに私を愛してくれている方を一時でも疑い…こうして邪念に身を任せた自分に強い自己嫌悪が沸き上がってくるのです。


―― ごめんなさい…京太郎様…っ。

私が京太郎様を想っているのと負けないくらい…大きくて暖かな…愛情。
それに私は意識の奥底で涙を流しながら、そう謝罪を繰り返しました。
けれど、未だ私の身体の制御は、この名も知れぬ『何か』が握り続けているのです。
その言葉はどうしても声にはならず、暗い闇の底で反響を繰り返すだけ。
それでも謝罪を止められない私の身体で『何か』は再びセックスをオネダリし、京太郎様も欲望へと飲まれていくのです。

小蒔「ふぁ…ぁ…♥♥」

それが終わった頃には、私の身体はろくに動きませんでした。
全身がイッた後特有の倦怠感が巻き付き、まるで鉛で出来ているようなのです。
時折、ピクリと跳ねるような動きを見せますが、それは所謂、生理的反応の一種であり、私の意図したものではありません。
その口から漏れるのも気怠げな吐息だけで、私は言葉ひとつ紡ぐ事が出来ませんでした。

京太郎「大丈夫か…?」

そんな私に気遣うように聞いてくれる京太郎様の顔すら私は見えません。
繰り返されるオルガズムに白濁した視界は朧気で、また漏れ出た涙が私の視界を滲ませていたのです。
お陰で京太郎様が何処にいるのかまったく分からず、今の私がどんな状態なのかも分かりませんでした。
しかし、それに心細さを覚えなかったのは私の身体を抱えるような心地良い暖かさとその優しい声の近さのお陰でしょう。
すぐ傍に京太郎様が近くに居て下さっている事を教えるそれらに…私は安心して絶頂の余韻に身を任せる事が出来たのです。


小蒔「(あぁ…私……♪♪)」

ようやく表層へと戻ってこれた事に、私は震える胸の中を歓喜で満たしました。
これまで意識の奥底へと押し込められていた私がようやく身体の主導権を取り戻す事が出来たのです。
それは私が何かを頑張ったというよりは、京太郎様のセックスに『何か』がついていけなくなったからでしょう。
高まる一方の快楽に『何か』は失神し、代わりに私がこうして表に出られるようになったのです。

小蒔「(色々と言いたい事がある…のに…ぃ♥♥)」

しかし、私はそれをすぐさま言葉にする事が出来ませんでした。
私の意識そのものはまだ元気とは言え、身体の方はそうではないのです。
一度、失神してしまうほど追い詰められ、昂ぶらされた身体はまだまだ休養を必要としていました。
そのもどかしさに不満を覚えながらも、私はジワジワと染みこむ快楽に意識を侵食され、絶頂直後の甘い陶酔に身を委ねるのです。

小蒔「(そんな私を…♥♥京太郎様が優しく拭いて下さって…♥♥)」

汗を始めとする体液で私の身体はグチョグチョなのです。
イキ狂い、アヘアヘになった身体は色々なものをお漏らししているのですから。
汚れていない部分を探すほうが難しいくらいなそれは平静であれば不快感を覚えるのでしょう。
しかし、今の私にとってそれよりも遥かに快感の方が大きく、不快感など感じる余地などなかったのです。

小蒔「んぅ…ぅ♪♪」

けれど、そうやって私の身体を慰撫するような京太郎様の仕草が嬉しくないはずがありません。
私が少しでも不快感を感じる事がないように、と優しく拭いてくれる度に私は愛しさで目尻を潤ませてしまうのですから。
それさえも丁寧に拭きとってくれる京太郎様の手つきは暖かく…そして敏感になりすぎた身体には快楽として伝わるのです。
それに身体をピクンと反応させながらも、私は世界で一番、愛しい人に身を委ねていました。

小蒔「(こんな風に…♪私の事を大事に想ってくれている人を疑っていたなんて…♥♥)」

京太郎様がそうやって私のことを慰撫してくれるのは別に今回が始めてではありません。
いえ、ほぼ毎回、失神してしまう私の代わりに、何度も後始末をしてくれていると言っても良いくらいです。
汗や潮、唾液だけではなく、おしっこなんかも含まれる後始末を毎回、進んでしてくれるのはそれだけ京太郎様が私の事を大事に想ってくれているからでしょう。
しかし、あの時の私はそれさえも忘れて…ただただ暴力的な感情に身を委ねてしまったのです。

小蒔「(でも…お陰で一つ…私は思い出す事が出来ました…ぁ…♥♥)」

そんな自分に情けなさを感じる一方で…私は一つ大事なことを思い出しました。
私が京太郎様の事を好きになったのは別に能力の影響があったからなどではありません。
原村さんや上重さんは知りませんが…私が京太郎様の事を好きになったのは能力を受ける前だったのです。
その優しさと暖かさに惚れ込んだからこそ…私は京太郎様に身を捧げたいと…そう思ったのでした。
今まで恋も愛も知らなかった私がそこまで好きになった人が、私の事を裏切るはずがありません。
原村さんと関係を保ち続けていたのを黙っていたのも、きっと何か事情があったからなのでしょう。


小蒔「ごめん…なしゃい…ぃ…♥♥♥」
京太郎「ん…」

それに思い至るのがもっと早ければ…こんな騒動なんて起こす事はなかったでしょう。
その気持ちを込めて放った私の謝罪の言葉は掠れて、そして蕩けきっていました。
しかし、それでも京太郎様は暖かな言葉を返しながら、私の頭をそっと撫でて下さるのです。
まるで気にしないで良いと言ってくれているようなその手つきに私は胸を締め付けるような自己嫌悪の感情を緩ませました。
勿論、その感情が完全に消え去った訳ではありませんが、さっきのような苦しさを感じる事は殆どなかったのです。

京太郎「俺の方こそ黙っててごめん。小蒔を信じていれば…こんな事にはならなかったのにな」
小蒔「そん…にゃ…事ぉ…♪♪♪」

そんな事はありません。
私がもっと京太郎様に対して揺るがない信頼を維持できていれば、身体を乗っ取られる事もなかったのです。
逆に私がちゃんと京太郎様に信頼されていれば…こうして原村さんとの事を秘密にされる事はなかったでしょう。
しかし、その言葉は未だ快楽に蕩ける私の身体をはっきりと声にしてはくれません。
そのもどかしさに胸中で身悶えしますが、さりとて、こればっかりはどうしようもなく、身体が落ち着くまで待たなければいけませんでした。

小蒔「(…でも…どうして…でしょう…?)」

瞬間、私の頭の中に浮かんだその疑問は、京太郎様の言葉が何もかも知っているようなものだったからです。
まるで私がまた乗っ取られてしまった理由を知っているようなその言葉は私に嫌な予感をもたらしました。
ついさっきの第六感的なものではなく、今までの状況全てを繋ぎ合わせた結果、生まれるその予感に私は内心、首をひねります。
しかし、快楽で胡乱になったままの思考ではその答えは出せず、私は大きく息を吐きながら、回復に専念していました。

小蒔「京太郎…様…ぁ♥♥」

そうやって私が愛しい人の事をちゃんと呼べるようになった頃には視界も晴れていました。
自然、私をお姫様抱っこするような姿勢で座る京太郎様の姿が視界に入り、私の胸が愛しさにキュンキュンと唸ります。
そのまま愛しさは興奮へと変わり、私の子宮をジュンと蕩けさせるのでした。
まだ満足していないと訴えるようなその子宮の衝動に身を委ねたくなりますが、そうなると今まで後始末してくれていた京太郎様の努力が無駄になるのです。
そう思うとその衝動を押さえ込むしかないのですが…正直、今の状態でそれが出来るか自信がありませんでした。

小蒔「ぎゅって…してください…♥♥壊れそうなくらい…ぎゅって…ぇ♥♥♥」
京太郎「…分かった」
小蒔「はぅ…ぅぅ…♥♥♥」

それほどまでに愛しさを強める身体を抑える為に、私はそう京太郎様にリクエストします。
それに愛しい人はすぐさま応え、私の身体を強く抱きしめてくれました。
未だ倦怠感の残る身体をぎゅっと挟み込むようなそれに私の身体は強い歓喜の波を湧き上がらせます。
荒れ狂う海のような激しい波に私の身体はブルブルと震え、愛しさを強めました。
それを京太郎様へと返すように私もまたその逞しい身体を抱き返し…私たちは数分ほど無言で抱き合い続けたのです。

小蒔「えへへ…♥やっぱり…京太郎様は最高です…♥♥」

それに耐えられなくなったのは私の方が先でした。
そうやって無言で抱き合ったままというのは至福の時間ではあるのですが、あまりにも心地良すぎるのです。
イき過ぎて疲れた身体はそのまま眠りこけてしまいそうになるのですから、あんまり無言ではいられません。
それに…そうやって紡ぐ言葉は決して嘘ではなかったのです。

京太郎「いや…でも…」
小蒔「…良いんです…仕方のない事だって分かってますから」

そんな私の言葉に京太郎様が否定の意を見せようとするのは、私に黙って原村さんと関係を持ち続けていたからでしょう。
ですが、それくらいではもう私の中で京太郎様の評価は揺るぎません。
確かにショックであったのは事実ですが…私にとって京太郎様はもうかけがえのない存在なのです。
世界中の誰相手にでも自信を持って誇れるその人を、私は心から『最高』と言い切る事が出来るのでした。

小蒔「それに…多少の浮気くらい大目に見るのが妻の務めだとも思いますし」

そう口にするのは勿論、冗談です。
本当は浮気なんかして欲しくありませんし、想像しただけで泣きそうになるのです。
ですが、それを京太郎様に口にしたところで、困ってしまうだけなのは目に見えていました。
そうやって複数の女性と関係を持っている事に一番、悩んでいるのは多分、京太郎様なのです。
京太郎様は自分の能力をどうにかする為に鹿児島までやってきたのですから。
学業や部活まで放り出して原村さんたちの為にがむしゃらに行動した心優しい京太郎様が今も能力の犠牲にしている事に心痛めていないはずがありません。

小蒔「あ…でも…ずっと許す訳じゃないんですからね。結婚したら控えてくれないと…子どもの教育にも悪いです」
京太郎「は、はは」

それでもそう釘を刺す私に京太郎様は乾いた笑いを見せました。
それは結婚という段階まで話を飛躍させ、子どもまで生んだ未来予想図を語ってしまったからなのでしょう。
多分、あまりにも先過ぎて、京太郎様にとって実感が沸かないのです。
とは言え、京太郎様は私の婚約者な訳ですし、その辺りはちゃんと自覚を持ってもらわないと困ります。
もう京太郎様以外に嫁ぐ気などなくなるくらいに…私のことを虜にした責任は必ずとってもらわないといけないのですから。

京太郎「でも…俺が小蒔を傷つけたのは事実だ。だから…なんでも言う事を聞くぞ」
小蒔「なんでも…ですか…?」
京太郎「あぁ」

そう思う私の前で京太郎様はその表情を真面目なものを切り替えました。
そのまま何でもと口にするその言葉には私に対して贖罪しようという意識が強く感じられます。
とは言え、京太郎様にそうやって償うほどの非があるとは私にはどうしても思えません。
それよりもここで償うべきなのは多くの人に迷惑を掛けてしまった私の方でしょう。

小蒔「(でも…それを言ったら逆に京太郎様を困らせてしまいますよね…)」

京太郎様は私に対して償いたいと思って下さっているのです。
それは勿論、私の為ではありますが、自分で納得する為でもあるのでしょう。
そんな京太郎様に、『私の方が償いたい』と言ってしまったら、その気持ちは行き場をなくしてしまいます。
同じ気持ちを抱えている私にとって、それは決して気持ちの良いものではない事くらい分かるのでした。

小蒔「じゃあ…私のこと着替えさせてください」
京太郎「…そんなので良いのか?」
小蒔「はい。それで…私は十分です」

不思議そうに京太郎様が尋ねてくれるのは、それがあまりにも無欲な事だったからなのでしょう。
とは言え、京太郎様と同じように負い目を抱える私にとって、あまり大きな事を要求する事は出来ません。
そもそもそうやって京太郎様に要求すること自体、私にとって心苦しい事なのですから。
頭ではもっと手を取るような事を強請った方が京太郎様にとっても良いと分かっていても、それを言葉にする事は出来ませんでした。

小蒔「(それに…大抵の事はこうした機会がなくても叶えてくださいますし)」

京太郎様はとても優しくて、懐の大きな人です。
私がお願いした事はよっぽど無理でない限り、希望通りにしてくれているのでした。
そんな人に「なんでも言う事を聞く」と言われても、正直、ぱっと思いつきません。
私のして欲しい事はその都度、京太郎様に叶えて貰っているのです。

京太郎「分かった。でも、その為には離れないとな」
小蒔「あぅ…」

そんな私にそう優しく言って頭を撫でてくれる京太郎様の前で私は小さく声をあげました。
確かにこうして抱き合ったままでは着替える事は出来ません。
京太郎様がどれだけ器用な人だと言っても、密着した状態で服を着せるというのはまず無理でしょう。
しかし、そうと分かっていても、今の私は京太郎様から離れがたいと思っていました。
紆余曲折を経て愛を深めた私はもっと愛しい人の事を感じていたかったのです。

小蒔「もうちょっと…このままじゃダメですか…?」
京太郎「この甘えん坊め」
小蒔「えへへ…♪」

そうオネダリする私の言葉に京太郎様は優しく微笑んでくださいました。
そのままガシガシと私の髪を撫でるその手はさっきより力強いものです。
きっと今の私の髪は京太郎様に滅茶苦茶にされてしまっているのでしょう。
しかし、京太郎様にされるのであれば、そうやって髪が滅茶苦茶になるのも心地の良いものだったのです。

小蒔「でも…ここまで甘えるのは…京太郎様だから…ですよ?」

勿論、私は霞ちゃんたちと比べるとしっかりしているという訳ではありません。
寧ろ、皆に色々と助けてもらっている側なのです。
しかし、それでもここまで子どものように甘えるのは相手が京太郎様だからです。
愛しくて暖かな人だからこそ…私は安心して身を委ねる事が出来るのでした。

京太郎「分かってる。小蒔は俺の事大好きなんだよな」
小蒔「いいえ…私は…心から京太郎様の事を愛してます…♥」

冗談めかして答える京太郎様に私は小さく微笑みながら、そう言葉を返しました。
以前までの私であればきっとそうやって言い切る事は出来なかったでしょう。
無論、京太郎様の事は大好きでしたが、それが『愛』であると言い切るほどの自信はなかったのです。
しかし、今の私の中で、その感情は愛だと信じて疑わないほどに高まっていました。
誰に対しても自信を持って言い切れるくらいに…それは力強くも暖かなものだったのです。

京太郎「…小蒔にそこまで言ってもらえるなんて俺は果報者だな」
小蒔「あふ……♪」

そう言う京太郎様の顔は嬉しそうに綻んでいました。
その言い回しは冗談めかしたものではありますが、きっと心から喜んで下さっているのでしょう。
そう思っただけで私の胸はトクンと脈打ち、全身が微かに熱くなるのです。
喜悦混じりのその興奮に私が思わず声をあげた瞬間、京太郎様はキッとその表情を引き締めました。

京太郎「だから、もう少し待っててくれ。そこまで言ってくれた小蒔の為にも…ちゃんとどうにかしてみせるから…さ」
小蒔「はい…っ♥」

その言葉は漠然とし過ぎて一体、何を指しているのか私には分かりません。
以前、約束したプロ入りの件なのか、或いは原村さんとの関係なのか。
しかし、そのどちらであっても私の心は揺るぎません。
京太郎様が私の為にして下さる事が悪い事なはずないのですから。
今回の事で信じる事の大事さを思い知った私にとって…それは一々、聞くような事ではなかったのです。

小蒔「でも…私に出来る事はなんでも言ってくださいね?」

勿論、私に出来る事なんてたかが知れています。
私は所詮、ちょっと変な力を持っただけの少女に過ぎないのですから。
しかし、妻とは夫を支えるものであり、また私は何れ京太郎様の妻になる身なのです。
例え、微力であっても京太郎様に心から尽くすのが私の使命であり、義務でしょう。

京太郎「じゃあ、着替える為にちょっと離れて貰って良いか?」
小蒔「ぅ…まだもうちょっと…ダメですか?」

そんな私に冗談めかして言う京太郎様の言葉に私はモジモジと身体を揺すります。
まだ延長を口にしてから数分しか経っていないのですから。
私の意識はまだまだ京太郎様成分を補給しきってはおらず、愛しい殿方に飢えているのです。
そんな状態で京太郎様を取り上げられてしまったら、寂しくて身体が震えてしまいそうでした。


京太郎「コレ以上はちょっと俺が我慢出来そうにないからダメ」
小蒔「ぅぅ…♪♪」

ですが、そんな私のオネダリを京太郎様はきっぱりと断りました。
その顔はとても理性的で、まったく興奮しているようには見えません。
しかし、私がさっき身動ぎした瞬間、京太郎様の吐息は確かに荒くなったのです。
それは裸で抱き合っている私の肌が京太郎様のオチンポに擦れたからなのでしょう。
一度、私の身体を失神させるくらい責め立てたとは言え、京太郎様はまだまだ満足なさってはいないのです。

小蒔「(や、やっぱり…ちゃんと責任はとるべきですよね…?)」

勿論、そうやって京太郎様のスイッチを入れたのは私ではありません。
ですが、その原因の一端を私もまた担っているのは確かなのです。
それに…未来の夫にばかり我慢をさせるというのはあんまり良い気分ではありません。
身体もそろそろ回復してきましたし…もう一戦くらいしても…別に構わないんじゃないでしょうか。

小蒔「あの…♪」
京太郎「…コレ以上は流石に時間がまずいから却下」
小蒔「はぅ…」

そう言おうとした私の言葉を京太郎様は再び素気無く返しました。。
熱く滾る下半身とは裏腹にとても理性的なその言葉はとても格好良く、そして頼り甲斐のあるものです。
きっとその言葉も正しく、私はそれに従うべきなのでしょう。
しかし、私はどうにも京太郎様から離れがたく…数秒ほど逡巡を浮かばせるのでした。


小蒔「はい…」

しかし、そうやって迷っていても、解決する訳ではありません。
寧ろ、時間を無駄にすればするほど私たちは追い詰められているのです。
その前に何とか着替えだけでも済ませて、人前に出れるようになっておかなければいけない。
そう何度も自分に言い聞かせてから私の腕はようやく解け、京太郎様から離れるのです。

京太郎「後で一杯してやるから…な」
小蒔「はい…っ♥」

その寂しさに私が身を震わせた瞬間、京太郎様が優しく微笑みながらそう言って下さいました。
後で、とそう約束するその言葉に私の胸はすぐさま歓喜と期待で満たされるのです。
だって、京太郎様が私との約束を破った事なんて殆どないのですから。
何かしらのトラブルが無い限り、京太郎様は私の事を愛して下さるでしょう。
そう思うと今から胸の内が滾り、一杯、精液を注がれたお腹がキュンと唸ってしまいました。

京太郎「はい。んじゃ…こっち向いてな」
小蒔「ふふ…っ♥」

そんな私を着せ替え人形のように動かす京太郎様に従えば、手際よく私に巫女服が纏わされていくのです。
今までも何度か京太郎様にこうして服を着せてもらったからか、その動きはもう手慣れたものでした。
普通の洋服よりも着やすい簡素なものであるとは言え、一分後には再び巫女服を着ているのですから相当です。
もしかしたら私以外にも誰かこうして服を着せていたのかもしれない。
そう思った瞬間、脳裏に原村さんの姿が浮かびましたが、私はそれに心惑わされる事はありませんでした。

京太郎「で…まぁ、これをどうするか…なんだけど」
小蒔「えっと…どうしましょう」

そう私達が言うのは、部屋の中があんまりにもあんまりな状況だったからです。
取り憑かれた私が暴れた所為で、そこはもう畳がひっくり返るくらい滅茶苦茶だったのですから。
壁にこぶし大の穴が幾つも空いている辺り、私に憑いていた『何か』はよっぽど現世に降りてこられたのが嬉しかったようです。
それにそっと肩を落とすものの…問題はそれだけではありませんでした。

京太郎「これ…やばいよなぁ…」

京太郎様がそう言いながら見るのはついさっきまで私達が座っていた畳です。
『何か』の暴力から難を逃れたであろうそれはもうグチョグチョでヌルヌルでした。
私や京太郎様の体液がこれでもかとばかりに染み込んでいるそこからは何とも言えない淫臭が立ち上ってくるのです。
きっと誰が嗅いでも、私達が交わった後だと分かるであろうそれに私の背中にも冷や汗が流れるのでした。

京太郎「しょ、消臭剤とか…」
小蒔「ごめんなさい…持ってきていません…」
京太郎「…だよなぁ…」

これが香水なんかを普段から持ち歩くようなオシャレさんであれば話は違ったのかもしれません。
しかし、残念ながら私はこれまでそういったものにあまり興味を持たなかったのです。
お化粧だってやり方こそ知っていますが、それを実践した事なんて数えるほどしかありません。
そんな私にとってこの匂いをどうこう出来るものは手元にはなく、申し訳なさに肩を縮こませるしかありませんでした。

京太郎「大丈夫だって。俺が何とか…」
「…これはどういう事だ?」
小蒔「…え?」

瞬間、聞こえてきたその声に、私はあまり聞き覚えがありませんでした。
けれど…低く、鋭く、そして冷たいそれを私が聞き間違えるはずがありません。
だって…それはお母様が病気で死んだ今、私にとって唯一の肉親と言って良い人のものなのですから。
しかし、普段、顔を合わせる事もないその声の主は… ――

「何故…お前が生きている?」
京太郎「そんなの分かりきってるじゃないですか。貴方の目論見は全部、失敗に終わったからですよ」

その冷たい問いかけに、京太郎様は私を庇うように移動しながらそう言いました。
何処か挑発的なその態度は普段の京太郎様からは想像もつかないほど刺々しいものです。
京太郎様は確かに時折、意地悪になりますが、普段はとてもおおらかで優しい人なのですから。
そんな京太郎様が初めて見せるその態度に、私は二人の間に並々ならぬ溝がある事を感じ取りました。

小蒔「お父…様…あの…」

そんな二人を背中から見つめながら、私はポツリと声の主 ―― お父様へと呼びかけました。
しかし…お父様は私にろくに視線をくれず、ただじっと京太郎様と睨み合っています。
まるでお互いに怒りを溜め込むようなそれに…私は微かに震えました。
京太郎様もお父様も…私の前でそうやって苛立ちを顕にした事はないのです。
京太郎様は常に優しく…そしてお父様は常に冷たく、私と接していたのですから。
けれど、今の二人はお互いに感情をむき出しにするように対峙し、私の知らない姿を見せていました。


「小蒔、分かっているのか?コイツは平然と浮気をするような男なんだぞ」

それに内心、気圧されていた私にお父様の声が届きます。
普段よりも数段、鋭いそれは京太郎様に対して強い怒りを抱いている事を私に感じさせました。
一体、二人がどういう経緯で対立しているのかは分かりませんが、お父様は京太郎様に対して怒っているのでしょう。
軽蔑すら感じさせる強い言葉は、今まで聞いた事がないくらいでした。

小蒔「分かって…います」
「それなら何故、未だにその男の傍にいる?それはお前を騙していた男なんだぞ!」

そうやって声を荒上げるお父様の姿も私は今まで一度も見た事がありませんでした。
一体、お父様が何を企んでいたのかは知りませんが、それが失敗に終わった事がよほど腹に据えかねたのでしょう。
はっきりとした苛立ちを見せるその様に私の身体はビクンっと肩を跳ねさせてしまいます。
常に冷たい態度と仕草を崩さなかったお父様の姿に私は怯えるように強張らせてしまいました。

京太郎「怒鳴らないでください。小蒔が怯えてる」
「お前に言っているつもりはない!」

再びそう怒声を放つお父様に京太郎様はそっとその立ち位置を替えました。
怒鳴るお父様の姿に怯える私をその背中に隠すような立ち位置は私を護ろうとしてくれているからでしょう。
それに安堵する一方で…私は自分が情けなくなってしまいました。
幾ら初めて見るお父様の姿にびっくりしたとは言え…その怒気の殆どは京太郎様に向けられているのです。
その余波を受けているだけでこうして怯えていては…私は京太郎様の足手まといになってしまう。
そう思いながら私はぎゅっと握り拳を作り、強張る身体を強引に動かそうとするのでした。


小蒔「…その前に…一つ聞かせてもらっても良いでしょうか?」
「…なんだ?」

そのままゆっくりと尋ねる私の言葉は震えていました。
微かに上擦ったそれは、しかりお父様の耳にちゃんと届いてくれたのでしょう。
京太郎様の背中で見えませんが、その視線ははっきりとこちらに向いているのが分かりました。
それに背筋が嫌な感じの汗を流しますが、私はもう逃げられません。
それを口にしてしまった以上、私に許されるのは真っ向勝負だけなのです。

小蒔「あの手紙を私に見せるよう命じたのは…お父様ですね?」

そう自分に言い聞かせ、尋ねる声には確信めいたものがありました。
だって…そうでもないとおかしいのです。
この神代のお屋敷には名うての退魔師さんや祓い屋さんが沢山いるのですから。
私が暴走してしまった時、即座にそれを引き剥がせるようにこのお屋敷に詰めているのです。
しかし、『何か』と共に暴れまわっていた時、私の身体に絡みついていたのは慣れ親しんだ霞ちゃんたちの術式のみでした。
本来であればそれこそ東西様々な術式で祓われるべきであったはずなのに、それがまったく感じられないなんて本来はありえないのです。

小蒔「(…その上…私に持ってこられたその手紙は…差出人の記入もなかったのです)」

丁度、私が屋敷に到着したその日に届いたという手紙。
しかし、それには差出人の名前がなく、私の名前だけが記入されていました。
そんなものを中身のチェックもなしに私の元へと持ってくるほど神代のセキュリティは甘くありません。
巫女を恐れながらも、その巫女の力を利用して大きな力を維持してきた神代家にとって、私はお父様に並ぶ最重要人物なのですから。
後継者も出来ていない今、私に死んでもらったら一番、困るのは神代家なのに、中身もチェックしていないような手紙をホイホイと手渡す訳がありません。
その二つだけでもかなり今回の事件はかなり上の… ―― それこそ当主であるお父様周辺が首謀者である事が分かるのです。


「…そうだ」
小蒔「…どうして…ですか?」

それは…きっと娘である私の為ではない事くらい分かりきっていました。
だって…本当に私のことを思うのであれば…もっと色んなやり方があったはずなのです。
顔を合わせて説得する事だって出来たでしょうし、京太郎様から物理的に引き剥がす事だって出来たでしょう。
少なくとも私を意図的に暴走へと追い込むようなやり方では、望んだ結果が得られるとは限りません。
しかも、さっきお父様がこの部屋に入って来た時、京太郎様に「どうして死んでいないんだ?」とそう告げたのです。
まるでお父様の予定では京太郎様が死んでいるべきであったかのようなそれは… ――

京太郎「小蒔、聞かなくて良い」
小蒔「いえ…聞かせて…下さい」

そんな私に京太郎様は庇うようにそう言って下さいました。
それはきっと…震える私を気遣っての事なのでしょう。
その優しさに胸が熱くなりますが、しかし、ここで私が逃げる訳にはいきません。
今回の首謀者がお父様であるのであるとは言っても、多くの人を傷つけてしまったのは私自身の手なのですから。
真実を知り、被害者の方々に謝罪する為にも…私はどれだけ怖くてもお父様から逃げる訳にはいかないのです。

小蒔「お父様にとって私は道具だから…巫女でしかないから…こんな事をしたのですか…?」
「そうだ」
小蒔「っ…!!」

冷たくも鋭いその即答に私の胸は一気に鈍痛を覚えました。
まるでズンっと重石がのしかかったようなそれに私は一瞬、呼吸出来なくなってしまいます。
身体が酸素を拒否しているようなそれは…きっと私が内心、お父様に期待していたからなのでしょう。
そんな事はないって…家族として大事に思ってるから…こうしたんだって。
そう…和解できる道を…私は内心、夢見ていたのです。

京太郎「アンタ…!」
「聞かれたから答えたまでだ。お前が怒るのはお門違いもいい所だぞ、須賀京太郎」
京太郎「それでも…!言って良い事と悪い事があるだろうが!」

しかし、それが決して叶わなかった事を教えるように、二人の怒りがぶつかります。
熱いそれと冷たいそれが真っ向から対立し、二人がじっと睨み合うのが分かりました。
そんな二人に対して私は何を言って良いのか分かりません。
内心、期待していた事を…お父様に娘として愛されていたのだって言う事を…粉々に砕かれ…私はどうしたら良いのか分からなくなっていたのです。

「大体、須賀の家系がいなければ、こんな面倒な事をする必要はなかったのだ」
京太郎「だったら最初から俺のことを認めなきゃよかっただろう」
「違う。お前ではない。500年前の事だ」

そう肩を落とすお父様の言葉は私も知らない事でした。
まるで須賀という名前と500年前から因縁が続いているかのようなそれを聞いたことなどありません。
私の知る500年前の出来事は、巫女が悲恋に心惑わされ、今までにない規模の暴走をしたという事だけ。
そこには須賀の名前は一文字足りとも現れず、神代家がその後、どれだけ苦労したかという苦労話へと繋がっていくのです。

「貴様ら須賀の人間が当時の巫女を誑かさなければ…500年前も暴走する事などなかったのだからな」
小蒔「え…?」

苛立たしげに口走るその言葉に私は驚きの声を返しました。
それも当然でしょう。
500年前、巫女が暴走するほどに恋焦がれた相手はどんな書物を紐解いても出てこないのですから。
寝物語にさえも浮かんでこないその人は神代にとって、ずっとタブーに近い扱いをされてきたのでした。
そうやって禁じられていく中で姿形どころか名前すら消えていったと思っていたその人の存在をお父様が知っている。
それだけでも驚きに値する事なのに、それが京太郎様のご先祖様と言うのですから驚く他ありません。

「お陰で当時の巫女は死に、神代家は一気に求心力を失った。そこから再出発する事がどれだけ大変だったか貴様に分かるか?」

そう口にするお父様の言葉は、恐らく神代家のものならば誰もが頷く事でしょう。
永禄噴火の後、ボロボロになった神社や信仰を建て直すのに神代家は百年単位で頑張ってきたのです。
それを寝物語として聞かされてきた私達にとって、苦渋を舐めるような思いをしたご先祖様たちの姿は身近なものでした。

「ろくに力もない傍系から力を取り戻すようにかけ合わせ続けて…ここまで来るのに500年。500年掛かったんだぞ。それをたった一人のガキの所為で滅茶苦茶にされる気分がお前に分かるのか?」
小蒔「っ…!!」

それでも…巫女を家畜のように扱うその言葉に私は声を失いました。
勿論…実際、それだけ巫女が大事にされてきたという事だって私達には伝わっているのです。
その真偽は分かりませんが…少なくともお父様が巫女を…そして私をそんな風に見ているのは確かでしょう。
さっきその口で言っていた通り…お父様にとって私は神代の権威を維持する為の道具であり、娘でもなんでもないのです。

京太郎「…神代さんとこがすっげー苦労いたのは分かったよ。でも…巫女だからって普通の女の子をそんな風に使って良い訳ないだろうが!」
「普通の女の子?お前は何を言っているんだ?」

それに胸を抑える私の前でお父様は小馬鹿にしたような声をあげました。
それは…きっとお父様にとっての本心なのでしょう。
神代家は巫女の力を利用する一方で、誰よりもその力を恐れてきた家でもあるのですから。
そのトップに立つお父様が私の力の恐ろしさを理解していないはずがありません。
実際、ついさっきも屋敷中を滅茶苦茶にして…人を沢山、傷つけてしまったであろう私が…それを否定する事は出来ませんでした。


「神を降ろし、超常の力を振るう。時には予言を齎し、恵みを降らすその力を普通だと?」
京太郎「そんなのは神様の力であって、小蒔の力じゃない!」

しかし、そんな私の前で京太郎様はぐっと拳を握りしめながら、そう言ってくれました。
まるで私の力そのものが取るに足らないものだって…そう叫ぶような姿に…私の目尻は人知れず濡れてしまいます。
出会った時から変わらず、私の事を普通の女の子として扱ってくれるその姿に…私はもう我慢出来なくなりました
ついさっきだって下手をすれば死んでいたかもしれないのに…京太郎様を私を『小蒔』として見続けてくれるのですから。。
その勇ましくも暖かな姿に…ショックを受けた心が震え…涙が止まらなくなりました。

京太郎「俺は…小蒔がどれだけ甘えん坊で泣き虫で寂しがり屋なのか知ってる!」
京太郎「甘いモノが好きで買い食いだってして!普通に友達と笑ったり悲しんだりする事だって知ってるんだ!」

そう力強く言い放つ京太郎様の背中すら…今の私はろくに見えませんでした。
涙で滲んだ視界はほんのすぐ傍にある彼の姿さえ…朧気にさせてしまうのです。
しかし、強い語気の篭ったその言葉に私の視界はさらに滲んでしまうのでした。
ですが、それでもあの時の『約束』を護るようにして声を放つ今の京太郎様は…最高に格好いい事だけは分かります。

京太郎「そして…アンタに親としての最低限の情を期待していた事もだ!そんな…そんな子が普通じゃなくって何だって言えるんだよ!」

だからこそ…私はその言葉についに涙を堪えきれなくなってしまうのです。
目尻を拭う速度よりも涙の溢れる速度の方が早くなった私からポロポロと大粒の涙が零れて行きました。
そんな私の胸中に京太郎様の背中に縋り付きたいという衝動が大きくなっていくのです。
しかし…こうして私のために矢面に立って下さっている京太郎様に抱きついたら、きっと邪魔になるだけでしょう。

京太郎「寧ろ、俺としちゃ自分の命すら家の為にって投げ出せるアンタの方が化け物に見えるね」
「私が…化け物だと…?」

瞬間、お父様は信じられないような声をあげました。
その表情は分かりませんが、きっとそれにふさわしい呆然としたものになっているのでしょう。
しかし、自分の涙を感情を処理する事で精一杯な私には…それを見る事は出来ません。
ただ…京太郎様の後ろで歓喜に胸を震わせ、喜びに涙を漏らすだけなのです。

京太郎「家の為って言うなら一番、大事にしてやるのは娘の事だろうに。アンタが気にしてるのは神代って名前だけだ」
「それの何が悪い?後の繁栄の為には当然の事だろう」
京太郎「悪くねぇよ。ただ…」

そこで言葉を区切ってから京太郎様はふと肩を降ろしました。
何処か呆れるようなその様にはさっきまでの激情はありません。
それは感情を顕にするのに疲れた所為なのか、或いはお父様の言葉に心から呆れてしまったのか。
どちらにせよ…京太郎様の言葉はクールダウンし、お父様もそれに少しだけ落ち着きを取り戻すのです。

京太郎「自分の命を犠牲にしても構わないってくらい顔も知らない子孫の事を考えられるのに、今、こうしてアンタを慕ってる娘の事は考えてやれないんだな、とそう思っただけだ」
「……」

その言葉にお父様は言葉を返しませんでした。
ただ無言でその場に立ち尽くすその姿がどうなっているのか分かりません。
しかし、さっきまで苛立ちと共に放たれていた重圧はふっとなくなり、空気が少し軽くなったのを感じます。
それでも一触即発に近い状態なのは確かですが…二人共、今は感情をぶつけあうつもりはないのでしょう。

小蒔「…お話は…良く分かりました」

そんな状態が数分も続けば私の涙も収まります。
感情の波もひと通り落ち着いた私は小さく、けれど、はっきりとそう言いました。
その声はもうさっきのように震えてはおらず、また私の心にも怯えるようなものはありません。
京太郎様が護ってくださったお陰で…私の心はもう固まっていたのです。

小蒔「お父様に一つお聞きします。こうして実力行使に近い手段を取ったのは今の私が神代の巫女に相応しくないからでしょうか?」
「…そうだ」

京太郎様の後ろから身体を出しながら尋ねた私の言葉にお父様が頷きました。
迷いないその仕草はそれがお父様の本心である事を私に伝えます。
お父様が一体、何を考えているのかは分かりませんが…今の私が神代の巫女として逸脱しうると考えている事だけは確かなのでしょう。
実際、今まで神代の歴史の中で、巫女というのは、九面様の受け皿でしかなかったのです。
それがはっきりとした意思を持って九面様の力を振るうようになれたのですから、脅威に映ってもおかしくはありません。

小蒔「…では、私は神代を捨てましょう」
「…何?」

それなら私は…別にこんな家要りません。
そうやって勝手な理屈で…私の大事な人を害そうとするような家なんて必要ないのです。
勿論、今まで育ててもらった恩義はありますし、愛着だって少なからずありました。
これまでの巫女がそうであったように…私もまたなんだかんだ言いながらも、『神代』を愛していたのです。
しかし…お父様に娘として否定され…京太郎様や霞ちゃんたちを巻き込もうとした家には、もうその感情を向ける必要はありません。

小蒔「この家を出ます。今までお世話になりました」
「馬鹿な事を言うな。お前は高校生で…」
小蒔「えぇ。私は何処にでもいる高校生です」

お父様の言葉を遮るように放つ私の言葉にはもう迷いはありません。
そうやって自分を『何処にでもいる』と言い切る事なんて京太郎様と出会う前の私には想像も出来なかったでしょう。
ですが…京太郎様は…私の全てを変えてくださった人は…私を『普通』だって、お父様相手にそう啖呵を切って下さったのです。
それを…婚約者である私が信じずに一体、誰が信じるのでしょう。
私がその言葉を誰よりも信じなければ、京太郎様の心遣いは無駄になってしまうのですから。

小蒔「ですが、私には…護って下さる人がいますから」

そう。
私にはそうやって私の心も身体も護って下さる人がいるのです。
私よりも年下なのに…意地悪で、暖かくて…とっても優しい人が常に傍に居てくれるのですから。
世界中の誰にも自慢できる最高の恋人がいれば…私は家なんて必要ありません。
例え、後ろ盾がなくったって…私は京太郎様と一緒に居られれば、それで幸せなのです。

小蒔「お父様たちが私を要らないと言うのであれば、私もまたこの名に拘る理由はありません」
「そんなものは社会を知らないから言える言葉だ」
小蒔「そうかもしれませんね」

お父様の言葉を私は否定するつもりはありません。
正直、私にだって自分が先走り過ぎている自覚はあるのですから。
巫女として神代家に保護されてきた私は本当の意味で社会を知りません。
何より、売り言葉に買い言葉に近い状態で、話を進めているのです。

小蒔「(でも…京太郎様は…何も言いません)」

しかし、私の前に立つ京太郎様は狼狽を見せず、私の言葉を受け入れてくれているのでした。
いえ、それどころか後ろに伸ばした手と私の手をギュッと繋ぎ、私に勇気をくれるのです。
まるでもっと言ってやれと言わんばかりのそれに私の心は色めき立つのが分かりました。
自然、身体も歓喜に包まれますが、しかし、今はにやけていられるような状況ではありません。

「お前はまだ未成年で法律的にも保護が必要な年頃だ。その気になれば未成年略取誘拐としてそこにいる男や家族を起訴出来るんだぞ」
小蒔「それは…」

ですが、そうやって自分の心を引き締めても、お父様の強気な言葉に私は返答する事が出来ませんでした。
どれだけ特殊な力を持っていたとしても私の知識は所詮、高校生止まりなのです。
そうやって法律の問題を持ちだされては、どうにもなりません。
そもそも未成年略取誘拐という言葉の意味すら、理解出来ていない私にとって、それをどうやってかわせば良いのか分からなかったのです。

「大丈夫よ、小蒔ちゃん」
小蒔「…え?」

瞬間、聞こえてきたその声はとても穏やかなものでした。
聞き慣れたその声に俯きそうになっていた私が目を向ければ、そこには優しげな笑みを浮かべた霞ちゃんがいたのです。
いえ…霞ちゃんだけじゃありません。
そこには私の我侭によって親元から引き離され、ついさっきも私の所為で傷ついてしまった皆がいるのです。


霞「ご当主様。お久しぶりです」
「…石戸の娘か。何の用だ?」

そんな皆を代表するようにしてそっと頭を下げた霞ちゃんに、お父様は冷たい声を返します。
それは自分の都合で死んでいたかもしれない人へ向けているとは到底、思えないくらい冷淡なものでした。。
もう分かりきっていた事ですが…お父様は霞ちゃんたちに悪いなんて欠片も思っていないのでしょう。
いえ、もしかしたら…そうやって犠牲になる事が六女仙として当然の義務とでも思っていてもおかしくはありません。
そんな冷徹な人の血を引いていると思うと自己嫌悪と共に申し訳なさが沸き上がって来るのを感じました。

霞「今回の件で私たちも神代家から離れさせていただく事を決めました。」
「…ふん。六女仙などと言っても…所詮、あの女の血を引いている家系か」

そう嘲り混じりに言うのは六女仙と呼ばれる皆が私とルーツを同じくしているからでしょう。
500年前の大災害以来、新たに立てられた巫女の血統を六女仙と呼ぶのですから。
ですが、どうしてお父様がそんな風に憎々しげに『あの女』と言い放つのかは私には分かりません。
私たちのルーツとなった女性は所詮、500年前の遠くて顔も知らないご先祖様でしかないのです。
少なくとも、冷静なお父様が感情が声に現れるほどに憎しみを浮かべるような相手ではないでしょう。

「好きにしろ。だが、小蒔は家からは出さん。ここで一から教育しなおしてやる」

そんなお父様の強い怒りを感じさせる言葉に私の身体は強張りそうになりました。
勿論、そんなものは嫌で嫌で仕方がありませんが、京太郎様たちに迷惑を掛けないためにはそうするしかありません。
今の私にはどうあがいても法律の壁というものを乗り越える手段がないのです。
それの悔しさに京太郎様の手を握れば、ギュッと握り返してくれました。
それにまた勇気づけられるものの、どうしてもこの状況を打開する方策は見つかりません。


霞「いえ、それは不可能です」
「…何?」

だからこそ、その瞬間、聞こえてきた霞ちゃんの声に私は驚きを隠しきれませんでした。
それはお父様も同じだったのでしょう。
さっきまでの怒りを忘れたように霞ちゃんに聞き返していました。
ですが、それはすぐさま疑わしそうなものへと変わり、不機嫌そうなものを表情へ混じらせます。
まるで「嘘だったら分かっているんだろうな?」と念を押すようなその顔に、けれど、霞ちゃんは怯む事なく口を開きました。

霞「ご存じないのですか?養子縁組は15歳以上であれば実父母の了承は要らないのですよ」
「っ…!」

そう指摘する霞ちゃんの言葉にお父様は言葉を詰まらせました。
法的権力を元に私を縛り付けようとしていたお父様にとって、それは不都合にもほどがある情報でしょう。
既に齢15を超えた私は…自分の意思でこの家を抜け出し、別の家の子になれるのですから。
私を法的の束縛することの出来る親権がなくなれば…私は晴れて自由になって京太郎様と一緒になれるのです。

霞「同じ手続の準備を私達も進めています。だから…もう私達には構わないで下さい」

そんなお父様を突き放すように口にする霞ちゃんは背筋をシャンと伸ばした立派なものでした。
大人であるお父様相手と真正面から打ち合って、そして勝利しようとしつつある…立派なものだったのです。
私と一歳しか変わらないとは思えないその姿は京太郎様とは別の意味で格好良く…私の中の憧憬を刺激するのでした

小蒔「(あぁ…そうでしたね…)」

何時だって霞ちゃんは…ううん、皆は私の事を護ってくれていたのです。
臆病で弱くて…皆にはまったく及ばないダメな私の事をずっとずっと…支えてくれていたのでした。
それはこの土壇場の…ピンチと言っても過言ではない場面でも変わりません。
最近は京太郎様ばっかりに頼っていて忘れがちではありましたが…皆はとても頼り甲斐があって…そして私にとって大事な…掛け替えの無い人たちなのです。

「お前たちはまだ子どもなんだぞ。それなのに家の後ろ盾もなく生きていけると思っているのか?」
初美「…その子どもを家の為に犠牲にしようとしていた人に言われたくないのですよー」
春「護るどころか滅茶苦茶にされるところだった…」
巴「申し訳ありませんが…今の神代家は安心していられる場所ではありません」

お父様の言葉にいい加減、我慢が出来なくなったのでしょう。
三者三様にそう口を開きながら、じっとお父様を見つめました。
ジト目と言っても良いその視線にお父様は何も言えません。
実際、皆を死んでもおかしくないような状況に巻き込んだのですから、留まれと言えるはずがないのです。

霞「そういう事です。それに…私たちは家族ですから」
小蒔「…え…」

そうきっぱりと言い放つ霞ちゃんの言葉を私は最初、信じる事が出来ませんでした。
だって、それは私にとって予想外と言っても良いものだったのですから。
霞ちゃんがそんな風に思ってくれていただなんて…私はまったく想像していなかったのです。


春「血の繋がりだけで姫様を縛り付けてる人とは違う…」
巴「ずっと一緒に暮らして…ずっと傍に居たんですから」
初美「皆で力を合わせたらきっと何とかなりますよー」

ですが、それは霞ちゃんだけではありませんでした。
皆が皆…そう言葉を付け加え、頷いてくれるのです。
まるで私を家族なのだと…そう認めてくれるようなその仕草に…私の胸がキュッと詰まりました。
お陰で…私は皆に何か言わなきゃいけないのに…どうしても言葉が出てきません。
苦しいくらい嬉しいのに…どうしてもその感情が声になってくれないのです。

「…好きにしろ」

そんな皆の姿に諦めたのでしょう。
お父様はそう吐き捨てるように言いながら、大股で去って行きました。
その最中、一瞬だけ京太郎様を殺意すら感じさせる強い視線で射抜きましたが、お父様は何も言いません。
まるで私達にはもう用はなくなったと言うように…戸の向こうへ消えていくのでした。

小蒔「皆…あの…」
霞「ごめんなさい。遅くなっちゃったわね」

それを確認した後、ようやく声を漏らす事が出来るようになった私に、霞ちゃんはそう謝ってくれました。
ですが、そうやって謝られる理由なんて何処にもありません。
私の窮地を救ってくれた訳ですし、十二分に間に合ってくれているのです。
それよりも私にとって大事だったのは、さっきの皆の言葉に答える事でした。


小蒔「いえ…遅くなんてないです。それより…その…」

けれど、それは中々、私の中で言葉にはなりませんでした。
言いたい事は決まっているはずなのに、それを表現する術をまるごと落としてしまったかのように声にならないのです。
そんな自分に歯痒さを感じますが、逸る気持ちばかり大きくなる私にはどうしようもなりません。
けれど、皆はそんな私が言葉にするのをずっと待ち、京太郎様は励ますように私の手を撫でてくれました。
それに私の気持ちは少しずつ落ち着き…ゆっくりとではありますが、感情を言葉にする事が出来るのです。

小蒔「私で…良いのですか?」
春「…どうして?」
小蒔「だって…私…一杯、皆に迷惑を掛けて…今日だって…後もうちょっとで殺していたのかもしれません…」

家族と皆に言って貰えるのは…正直、堪らなく嬉しい事でした。
ですが、その一方で私は彼女たちにとても迷惑をかけているのです。
霞ちゃんたちが親元から引き離され、山奥に押し込まれたのも全部、私の所為なのですから。
今日だって危うく私の手で殺していたかも知れないのに…本当に家族になんてなっても良いのでしょうか。
どうしてもそんな思考が脳裏を過ぎり、私に二の足を踏ませていたのです。

霞「…皆そんなのまったく気にしていないのよ」
小蒔「え…?」

それに俯きがちになっていた顔をあげれば、皆は優しげな笑みを浮かべていました。
まるで私の迷いを消し飛ばそうとするような暖かなそれに私は目尻が再び潤むのを感じます。
しかし、折角こうして皆が私に歩み寄ってくれたのに…そんな情けない姿は見せられません。

巴「最初は親に言われて仕方なくだったかもしれません」
初美「でも…今はもう親と一緒の時間よりも皆と一緒の時間の方が遥かに長いのですよー」
春「心はもう…皆繋がってる。それじゃ…ダメ?」
小蒔「そんな事…そんな事ないです…っ」ポロポロ

しかし、そうやって引き締めた顔は巴ちゃんたちの言葉に粉々に砕かれてしまいました。
春ちゃんの言葉を聞いた時にはもう私の目尻から涙が溢れ…止まりません。
それを自分の手の甲でグイグイと拭いながらも、私は何度か口を開こうとしました。
しかし、私の心を埋め尽くす感謝の念がそれを阻み、中々、上手くいきません。
ですが、それはさっきのように逸る気持ちが強くなるものではなく…ただただ暖かなものだったのです。

小蒔「(そう思ってたのは…私だけじゃなかったんですね…)」

胸中で漏れだすその言葉は私が内心…そう望んでいた事を自覚させました。
私は本当は…私をろくに見てくれないお父様ではなく…霞ちゃんたちと『家族』になりたかったのです。
だからこそ…あの秋季大会の時だって…私は自分の力を完全に否定し切る事が出来なかったのでしょう。
それがなかったら…皆と会えなかったから。
この力がなかったら…私は本当に一人ぼっちだったかもしれないから。
私に大事な『家族』を与えてくれたこの力を…皆との関係を否定する事なんて出来なかったのです。

小蒔「私…嬉しいです…」

数秒後、私がようやく口にしたその言葉は本心からのものでした。
だって…私はずっと怯えていたのです。
『家族』になりたいと望む一方で…それを拒絶されてしまったらどうしようかと…そう思っていたのですから。
だからこそ、私はその感情を自分でも見えないくらい奥底に封じ込め、ずっと逃げ続けてきました。
ですが…皆はそんな私に…何時、また暴走するか分からない私を…真正面から『家族』って言ってくれたのです。


京太郎「…小蒔。行って来い」
小蒔「…はいっ!」

その瞬間、京太郎様はそっと手を離して下さいました。
瞬間、自由になった身体で私は皆のところに駆け出します。
そのまま勢い良く皆に抱きつく私を…彼女たちは優しく受け止めてくれました。
まるで本当の家族のように…暖かに私を迎えてくれたのです。

霞「…もう仕方のない子なんだから」ナデナデ
初美「…でも、ちょっとくちゃいですよー」
小蒔「はぅ!?」

そのまま皆で抱きあうような私たちの中で一番最初に声をあげたのははっちゃんでした。
それに私が小さく声をあげるのは心当たりが山ほどあるからです。
そう言った消臭系の道具を持ち歩いていなかった私の身体にはさっきの淫臭がこべりついているのですから。
そんな状態で皆のところに飛び込んでしまったら、そりゃあ臭くてしかたがないでしょう。

霞「…須賀君?」
京太郎「あ、あはは。そ、その…一応、理由があると言いますか…」
春「…これが京太郎のニオイ」スンスン
巴「春ちゃん…戻って来て。出来れば早急に」

それに申し訳なさを感じる私の前で、皆がいつも通りのやり取りを始めます。
それは…お父様に対するものとは違い、何のプレッシャーも冷たさも感じないものでした。
とても穏やかで暖かなその空間は『家族』という絆を確認した今も変わってはいません。
それはきっと…私が気づいていなかっただけでずっと傍にあったからなのでしょう。

小蒔「(私が臆病だから…それを確認できなかっただけで)」

それまで私はなあなあで過ごしていたのです。
嫌われているかも知れないと内心で怯えながら、それをはっきりと霞ちゃんたちに聞く勇気はありませんでした。
もし、そう言われたらきっと立ち直れないって…私は一人ぼっちになってしまうんだって…そう思い込んでいたのです。
しかし…皆はそんな臆病な私を…お父様という唯一の肉親と決別した私を『家族』だと…そう言ってくれました。

霞「とりあえず…途中で銭湯にでも寄って…それから帰りましょうか」
巴「そうですね。私たちの家に」
春「…うん」

霞ちゃんの言葉に皆は各々の荷物を手に持ち始めます。
その姿は淀みなく皆が神代の家に未練を欠片も持っていない事を感じさせました。
もしかしたら皆も殆ど親と会う事すら少なく、会っても事務的な話しか出来ない家から出たいと思っていたのかもしれません。
少なくとも皆にとってこのお屋敷が自分たちの『家』だという印象はないのでしょう。
そんな皆に一つ笑みを見せながら、私は一つ大事なものを思い出しました。

小蒔「そう言えばあの部屋は…」

今、私が住んでいるあの大きなマンションは神代の家で契約したものです。
そちらに戻ったら追い出される可能性もあるでしょう。
いえ、そうでなくてもあれだけ立派なお部屋を女子高生だけで維持する事なんて出来ないのです。
これから家の支援を期待出来ない以上、もっと家賃の安いところに引っ越すべきでしょう。

霞「大丈夫よ。戒能さん名義で数年単位の契約にしてあるから。家賃は既に全額振り込んであるし、住居は問題ないわ」
初美「抜け目ないのですよー」

そうあっけらかんという霞ちゃんの言葉に、私は感心を抱いていました。
だって、それは何時かこうなると分かっていなければ出来ないものなのですから。
先手先手を打って…私達の事を護ってくれている彼女には本当に頭が上がりません。
きっと霞ちゃんがいなければ、私たちはこんなにスムーズに神代家を離れる事は出来なかったでしょう。

京太郎「ま…それがダメならダメで家に来れば良いですよ」
霞「え…でも…」
小蒔「大丈夫ですよ!京太郎様の家は広いですから」

それに京太郎様が一つ笑いながら、そう言って下さいました。
それに霞ちゃんが逡巡を見せますが、京太郎様のお家は本当に広いのです。
空いている客室も二つありますし、スペースを節約させて貰えば五人が暮らす事はそう難しくないでしょう。
お義母様もお義父様もおおらかな人で私の事も受け入れてくれていますし、事情を話せばきっと客室を貸してくれるはずです。

霞「うーん…どっちかって言うと…大事なのはそっちじゃなくてね…?」
初美「流石に夜な夜なあの声が聞こえてくるのは遠慮したいのですよ」
小蒔「そ、そこまで毎日やってません!」

ま、まぁ…本音を言えば、そうしたくない訳じゃないのですが…その…色々と事情があるのです。
興奮が昂ぶるとタガが外れがちになってしまうのもあって、あんまり声を抑えられません。
それにあんまり求めすぎると京太郎様にふしだらに思われるのではないかって言う怯えもあるのです。
結果、私は中々、京太郎様を思うがままに求める事が出来ず、夫婦の営みは毎日とは到底、言えない状況でした。

春「私は混ざっても…」
巴「はーい。春ちゃんストップ。多分、憑いてるから。きっと色情霊っぽいの憑いてるから後でお祓いしようね」
春「あうぅ…」

瞬間、春ちゃんが巴ちゃんにズルズルに引きずられて行きました。
その手を京太郎様にそっと伸ばす彼女が何を言いたかったのか私には分かりません。
私が不思議に思って首を傾げても霞ちゃんもはっちゃんも補足してくれないのですから。
まるで分からない方が幸せなのだという笑みで私の事を見てくれていました。

霞「それより…皆が起きる前に屋敷から出ちゃいましょう。また厄介事が起こらないとも限らないし…ね」
京太郎「うっす」

そんな霞ちゃんたちの言葉に京太郎様が頷いた瞬間、私たちは合わせたように足を前へと踏み出しました。
まるで『家族』として新しい道を皆で選びとった証のようなそれに私はついつい笑みを浮かべてしまいます。
それは霞ちゃんたちも同じようで、私の横に並ぶ彼女たちも同じように笑みを浮かべていました。

小蒔「(これからの道は…きっと平坦なものではないのでしょう)」

お父様の言う通り、私は社会を知りません。
これまでずっと家の保護下にあった私ではありますが、これからは自分の力でお金を稼がなければいけないのです。
しかし、それに対する不安はまったくありませんでした。
きっと…霞ちゃんたちと一緒なら…私の大事な『家族』と一緒であれば…幾らでも障害を乗り越える事が出来る。
さっきはっちゃんがお父様へと放った言葉は、私の中にもそう根付いていたのです。


小蒔「(それに…何より…)」

そう思いながらチラリと私が横目を向ければそこには京太郎様の姿がありました。
私よりも二回りほど大柄で頼り甲斐のあるその人に私は何度、助けてもらったか分かりません。
さっきだって京太郎様が私の前にいてくださらなれば、霞ちゃんたちが到着するよりも先に心が折れていたかもしれないのです。
傍に居るだけで私の事を鼓舞し、支え続けてくれた京太郎様には正直、あんまり御恩を返せていません。

小蒔「(これでも…一応…婚約者として出来る事はしてるんですけれど…)」

家事やお弁当作りなど、私が出来る範囲の事は精一杯やっているのです。
しかし、京太郎様はそれ以上の愛を、そして奉仕を私にくれるのでした。
その度に私はドンドン京太郎様の事が好きになっていくのです。
こんなにも私の心をがっちりと掴んでおいて…さらに虜にする愛しい人は私の苦難に必ず駆けつけてくれるでしょう。

小蒔「(その結果、私はまた京太郎様の手をとってしまうかもしれません)」

いえ…きっと今まで以上に迷惑を掛けてしまうはずです。
家という後ろ盾をなくした私たちは多少、おかしな力が使えるだけの女子高生に過ぎないのですから。
そんな私たちが五人身を寄せたところで問題は山積みになっており、そして、心優しい京太郎様はそれを見て見ぬ振りを選べない人なのです。
きっと私たちの問題を解決しようと様々な手を講じてくれるでしょう。

京太郎「ん?どうした?」
小蒔「いえ…なんでもありません」

それに感謝こそ感じれど…私はもう申し訳なさを感じる事はありませんでした。
それは勿論、京太郎様の手を煩わせる事を当然だと思っている訳ではありません。
ですが…私はもう自分で決めたのです。
どうあっても京太郎様に迷惑を掛けてしまうのですから…開き直ってしまおうと。
そして、それ以上の愛をこの愛しい殿方に捧げ…私の全身全霊を持って…尽くし続けようと…そう覚悟を固めたのでした。

小蒔「京太郎様…愛しています…♥」
京太郎「い、いきなりなんだよ…」

勿論、家柄というものを失った私が出来る事なんてたかが知れています。
ですが、それでも私の愛は一切、揺らぐ事はありませんでした。
いえ、寧ろ、こうして身軽になった私の心はより京太郎様への愛しさを強めていたのです。
私を変えて、お友達を作って…そしてとても大事なことに気づくキッカケをくれた人への愛しさを。
それをストレートに表す私に京太郎様は頬を赤く染め、視線をそっと背けました。

初美「あーまたイチャついてるですよー」
巴「私たちの前で姫様といちゃつくなんて良い度胸ですね」
春「これはギルティ」
霞「そうね。これはお風呂上りの牛乳を全員分奢ってもらわないといけないわ」
京太郎「何ですか。その微妙な要求…」

そう言いながらも京太郎様の顔は悪いものではありませんでした。
なんだかんだ言いながらも、京太郎様は皆にそうやって弄られる事を好意的に見てくれているのでしょう。
家族と婚約者のその良好な関係に私は笑みを浮かべながら、お屋敷の外へと踏み出し… ――





―― 私はこの日から…本当の神代小蒔としての人生を歩み始めたのでした。






【System】
神代小蒔の屈服刻印がLv4になりました。
神代小蒔は本当の家族を手に入れたようです。
神代小蒔は須賀京太郎の事を心から愛しているようです。




【オマケ】

小蒔「そう言えば養子縁組お願いする人とかもう決まってるんですか?」

霞「えぇ。とりあえず小蒔ちゃん以外は須賀君のご両親が了承してくれたわ」

京太郎「いつの間に…まぁ…なんとなく想像がつきますけれど」

初美「『アイツもいきなり綺麗なお姉さんが増えたら嬉しいだろ』と言ったですよー」

春「サプライズ…良い響き…」

巴「あんまりサプライズ過ぎるのもどうかと思うけどね」

小蒔「でも、どうして私はダメなんですか?」

霞「幾ら養子でも、戸籍が一緒だと結婚できないのよ」

小蒔「む…それは困ります…」

春「でも、ご当主様が強引に出てくるなら姫様も大丈夫だって」

初美「既に霞ちゃんが言質取ってるですよー」

霞「ちょ…そ、そんな人聞きの悪い事言わないでよ」

霞「ただちょっとお酒をご馳走してからお願いしただけです!」


初美「でも、その縁組が通れば、私たちは京太郎君のお姉さんになるですかー」

京太郎「お姉さん…」ピクッ

巴「ふふ、弟なんていなかったからちょっと新鮮かも」

初美「私は初美お姉ちゃんって呼んで良いですよー」

巴「私はお姉さんの方が良いかなぁ」

霞「私は…その…」

春「霞さんはお姉さま」

霞「えっ」

京太郎「うん。お姉さまだな」

巴「お姉さまですね」

初美「お姉さまですよー」

霞「わ、私だってお姉ちゃん呼びが良いのに…」シュン



小蒔「むー…皆だけ盛り上がって…」

春「…あ、私は京太郎と双子だけど姉という設定でよろしく…」

京太郎「設定ってお前…」

春「個人的にははるねぇとかオススメ…」

京太郎「いや…色々と無理があるだろその設定…」

春「…はるねぇ…」

京太郎「いや、だから…」

春「はるねぇ…」シュン

京太郎「あー…もう分かったよ」

京太郎「はるねぇで良いから…そう落ち込むなって」

春「ふふ…京ちゃんは優しい…」

小蒔「き、京ちゃん!?」


小蒔「だ、ダメですー!やっぱりそういうのダメですー!」

春「えー…」

小蒔「私だって年上なんですから京太郎様にお姉ちゃんって呼ばれたいです!!」

京太郎「いや…でもなぁ…」

巴「とても言いづらいんだけれど…」

初美「ココで一番、年下臭がするのは姫様なのですよー」

小蒔「うーはっちゃんには言われたくないです!」

初美「幼児体型は今、関係ないじゃないですか―!」

京太郎「落ち着けって二人とも…」

霞「そうよ。こんなところでみっともない…」

小蒔「じゃあ、二人はどっちの方が年下だと思いますか?」

初美「勿論、姫様の方ですよね?」

京太郎「いや…それは…」

霞「なんというか…そのね…」

ワーワーギャーギャー

巴「段々、皆遠慮がなくなって来てるわね」

春「これから家族になるんだから…良い事」

巴「そうね」クスッ

巴「これから仲良くやっていけそうで…何より」

春「…うん」ニコッ