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    「須賀、あの竹井先輩と一緒の部活って本当か?」

    ある日の昼食時、友人2人と昼食を取っているとそんな話題が唐突に振られた。
    俺は口に含んでいたタコス(優希からメニュー存続のため食べるように言われている)を飲み込みながら頷いた。

    「まぁな。というか麻雀部の部長だぞ?」

    「マジかよ、知らなかった。知ってたら俺も麻雀部に入ったかもしれねえなぁ」

    「竹井先輩、美人だもんなー。こいつ、入学式の挨拶で見てからファンらしいぜ」

    羨ましそうに話す友人たちを見ながら俺は部長の顔を思い出す。
    確かに、部長は文句なしの美人だ。
    スタイルもなかなか。
    全校生徒の前で話す姿など凛としていて男女問わず人気があるというのもよくわかる。
    俺自身、入部した当初は和だけではなく、あの美人の議長さんも居ると知って胸を高鳴らせた。
    だから、友人たちが騒ぎ立てる理由はわかる。

    わかるのだが、こいつらは部長の真の顔をよくしらない。
    悪戯好きで人をからかうのが大好きな小悪魔な部長を知らない。

    そう思うと素直に頷けなくなる。
    部長の悪戯やら悪巧みの被害者になっている立場としては心中が複雑である。
    そんな俺の内心を知らず、テンションが上がった友人たちは質問を続けてくる。

    「やっぱり、いろいろ教えてもらったりしているのか?」

    「大会前だから練習の合間を見てって感じだけど、いろいろ教えてもらってるぞ」

    「羨ましい! 俺も竹井先輩に優しく指導されてみたいぜ」

    騒ぎ立てる友人を見ながら俺は内心苦笑した。
    指導と言ってもそんな色っぽいものじゃないし、むしろ遊ばれている感がある。
    向こうとしては子供をからかってるぐらいのつもりなのだろう。
    俺にもプライドがあるから少し傷つくこともあるが……。

    「ほんと、そんな大したもんじゃないって」

    皆が憧れる高嶺の花に、みんなより近い位置にいるということにちょっとした優越感もあった。

    とは言え、部長からしてみれば俺なんて眼中にないだろうけど。
    美人だしイケメンの彼氏の一人や二人ぐらいいるだろう。
    何より個人的には和のほうがタイプだし。

    その日の放課後、いつものように俺は部室で麻雀を打っていた。
    麻雀は麻雀でもネト麻ではあるが。
    まぁ、これはしょうがないの。
    俺自身まだルールが怪しいところが多い。
    動作も遅く、なにかと迷ってしまうことも多く進行を妨げてしまう。
    大会も近いので、最近は他のメンバーとは打たずこうやって1人でネト麻を打っていることが多い。
    最初はモチベーションが維持できるかどうか若干不安だったが意外とやっていけている。
    俺は正念場を迎えたオーラスの手牌を見つめながらそんなことを考えていた。

    『京太郎手牌』
    3456m1245667s22p ツモ4m ドラ3m

    好形変化のツモ。
    以前は3456などといった連続系を早めに壊してしまって和に怒られていたが、どうやらその反省を生かせたみたいだ。
    マウスを操作して1索を切り出し、進行を見守った。
    そして次巡。

    『京太郎手牌』
    34456m245667s22p ツモ【5】p ドラ3m

    想定していなかった赤5引き。
    ほとんど手は固まっているが、関連牌を引いたら面子候補を入れ替えるのもいいかもしれない。
    そう考えて辺張の片割れである2索を切り出した。

    「今はどんな感じかしら?」

    つい、熱中しすぎてたようだ。
    近づいてきた部長に気付かず少し驚いてしまう。

    「あっ、えっと、今はオーラス29,300点持ちの2着です。トップとは4,500点差です」

    ツモってきた西をツモ切りしつつ、慌てながらも現状を報告した。
    部長はどこかおかしそうに笑いながらも、画面をのぞきこんで小さく頷いた。

    「なるほど。とりあえず、続けて」

    「あっ、はい……、と」

    そうしているとピッ、という効果音とともに聴牌となる牌を引いてきたことを告げられた。

    『京太郎手牌』
    34456m45667s22【5】p ツモ5m ドラ3m

    メンタンピンドラ1の文句なしの逆転手。
    俺は満足感を覚えながらリーチのアイコンをクリックして、赤5筒を切り出した。

    「リーチっと。部長、どうですか?」

    「うーん、残念! 100点はあげられないわねー」

    「えっ」

    それなりに自信があったのに情け容赦ない一刀両断。
    思わず言葉を失ってしまう。

    「須賀君、赤5筒を聴牌まで引っぱっていたようだけど、なぜかしら?」

    俺は若干気まずい感情を抱えながらも宿題を忘れた言い訳をするかのような気分で自分の考えを述べた。

    「えっ? だってくっつけば点数が上がるし」

    「そうね、ドラを大切にしようって言うその考えは自体はそこまで悪くないと思う。ただ、今の状況は?」

    「トップまで4,500点差のオーラスです」

    「そう。すでにメンタンピンドラ1で点数が足りているし、待ちが愚形でも枯れてしまっているわけでもない。
      なのに赤5筒を引っぱってくっつきを待ち、これ以上点を高くする意味は?」

    何も言い返せなかった。
    思わず頭が下がる。

    「ない、です」

    「よろしい。ただ、100点をあげられない一番の理由は須賀君が聴牌チャンスを下げる打牌をしているからよ?」

    「えっ、えぇ? これで、ですか?」

    自分の手牌と捨て牌を眺めてみる。

    『京太郎手牌』
    34456m45667s22【5】p ドラ3m

    『京太郎捨牌』
    北中発九⑨⑧
    12西

    どう見ても手牌に関係しそうもない端っこしか切り出していない。
    正直納得いかないものを感じつつ俺は思考を巡らせたが、答えが出ない。
    そうしていると部長は画面上の2索を指差しつつ、メモ用紙に何かを書き始めた。

    「ほら、ここ。8順目、ペンチャン落しからの2索切り、これが問題。この時に赤5筒を切って2索を入れると、こうなるわね」

    『久提示』
    34456m245667s22p

    「ほら、この形だと索子に5索8索の他に3索の受け入れも出来るでしょ? そうすれば、6索切りの聴牌でリーチできる」

    「あ、あぁ!」

    部長の言うとおりだった。
    確かにそのように切っておけば受け入れが4枚増える。
    俺だってそこそこに麻雀を打ち込んできた。
    4枚増えることの重みだって、それなりにわかっているつもりだ。
    なのに自分はミスがないと、ベストの打牌をしたと勘違いしていた。
    からかうように笑う部長を見ながら、自分の未熟さと中途半端さに内心ため息をついた。

    「あー……。今回はいけると思ったんだけどなぁ」

    「まだまだ甘いわね、須賀君」

    「……うっす、もっと頑張ります」

    とは言え、こうやって丁寧な指導を受けるというのはやはりうれしい。
    だから意外とモチベーションが保っていられるんだろうな、と自分で考えている。

    「じゃあ、京ちゃん。今日は先に帰るけど、あんまり無理しないでね。ばいばい」

    「おう、また明日なー!」

    あの後、部長から牌譜について教えてもらえることになり、部長と一緒に居残り勉強をすることになった。
    今までネト麻ばかりだったが、少し本格的な、麻雀部員っぽいことを教えてもらえることになり内心心躍っていた。

    「さーって、はじめましょうか」

    「うっす!」

    「あ、変なことしないでね?」

    「だからしませんって!」

    「ひ、酷い。私に魅力がないって言うのね」

    「あー、もう、どうしろっていうんですか!」

    泣き崩れる真似をして俺をからかう部長に俺は頭を抱える。
    こんなことがしょっちゅう起こるのが困りものだ。
    親しい人間にしかこういう面を見せないから余計に性質が悪い。

    「ふふふ、じゃあ、始めましょうか。そこに座って。実際に牌を並べながら説明するから」

    そう言いって部長は牌譜を広げた。
    正直訳が分からなかったが、部長は丁寧にひとつずつ教えてくれる。
    俺とは大違いの細くてしなやかな指が牌譜の上を滑る。
    白い肌。
    綺麗に手入れされた爪。
    白魚のような指、とはこういうものをいうのだろうか。
    自分の指とは大違いなそれに少しぼうっとして見つめてしまう。
    慌てて思考を切り替えて、必死にメモを取る。
    部長はそんな俺の姿をなぜか楽しそうに見ながら説明を続けた。

    部長が変なことを言うから悪い。
    この部室に美人の先輩と二人っきり。
    俺だって男だ。
    あんなこと言われちゃ、色々と意識してしまうだろう。
    いや、もちろん襲うつもりはないけれども。
    不埒な妄想をしてしまったことぐらいは許してほしい。
    うん。

    「疲れた……いや、でもこれからまたさらに疲れるのか……」

    一折の説明を受け、DVDと一緒に宿題を渡された後、掃除を済ませて部長と帰途についている。
    正直色々と聞きすぎて頭がパンクしそうだった。
    その状態で今夜は宿題をこなさなくてはならない。
    若干気が重い。

    「お疲れ様。今日はよく頑張ったからご褒美にアイスでも奢ってあげるわ」

    思わずため息をつく俺の姿を見て部長は気を使ってくれたのだろうか。
    そんな提案をしてくれる。
    学校帰りの買い食いは楽しいものだ。
    その上、先輩に奢ってもらえるというのなら猶更だ。

    「ほんとですかっ!? やった!」

    思わず手離しで喜んでしまう。
    我ながら単純だとは思うが、嬉しいものは嬉しいのである。

    「はいはい。じゃあ行きましょうか」

    苦笑する先輩と連れ立って学校近くのコンビニまで歩いた。
    体育館からはまだ活動しているのか、ボールの跳ねる音が聞こえるがそれを除けば静かな道だった。
    連れ立って歩いているこの状況に少しドキドキするがコンビニは目と鼻の先だ。
    部長と今日の部活の話をしているうちにあっという間に着いてしまった

    「あなたとコンビニ」

    「なんちゃらマートっと」

    何となく二人で掛け合いのように歌いながら入店する。
    部長は楽しそうにアイスを選んでいる。
    俺は迷わず国民的アイスバーを選んだ。
    これの梨味が好きだったのだが、おいていないのでソーダ味を取る。
    まぁ、ソーダ味も相当なうまさなので問題ない。
    部長からはもっと他のでもいいよと言われるが丁重にお断りする。
    確かに値段は相当安いけど、これ以上に安定してうまいアイスはそうそうない。
    そんなことを思いながら、俺と部長はコンビニの前でアイスを口にし始めた。

    「しかし、大会までもうすぐですねぇ」

    アイスをかじりながら俺は何となくそんなことをつぶやいた。
    深い意味はなく、ただの雑談程度のつもりだった。

    「ほんと、あっという間ねぇ」

    「初めてのインターハイかぁ……」

    アイスをひとかじりして何気なく頭に思い浮かんだことをつぶやいた。
    部長もアイスをかじりながら返事を返してくれる。

    「そうね、そして、私は最後のインターハイ」

    そして、軽い調子で返ってきた言葉に俺は一瞬言葉を失った。
    当たり前の話だった。
    目の前にいる人は3年生。
    あと数か月もすれば引退して部からいなくなってしまう。
    そんな当たり前なことに俺は気づいていなかった。

    「……そうでした。部長、夏が終わったら引退なんですよね」

    「そう、だから今年の夏は何が何でも勝ちたいの」

    部長は軽く息を吐いてつ、と上を向いた。
    俺はその言葉になんと返していいかわからずに口ごもっていると部長は軽く笑って続けた。

    「ようやく5人そろったからね。ある意味では最初で最後のインターハイ、かしらね」

    「最初で、最後……」

    聞いたことがあった。
    部長が入部した当時は幽霊部員が居るのみで部としての活動は行われていなかったと。

    「最初はひとりで途中でまこが来てくれたけどそれでも2人だけで、部活って言えるのかって言われたこともあるけど」

    顔は笑っている。
    いつものように悪戯っぽく。

    「それでも続けてきて、ようやく臨める団体戦」

    口では大したことではないことのように言っている。
    表情だって笑っている。

    「だから、勝ちたいの。私は」

    でも、この先輩はどれほどの苦しみの上でその言葉を吐いているのだろうか。
    どれほどの辛さを乗り越えてその言葉を吐いているのだろうか。

    「そのために、できることは何でもするつもりよ。最後だから、後悔したくないしね」

    最後まで先輩は笑いながら言っていた。
    だけど、その笑みはとても悲しく、辛そうな感じがして。
    今までどれほど辛い思いをしてきたのかを物語っている気がして。
    ずきりと、胸が痛んだ。

    俺はいったい何をしているのだろうか。
    今すぐ消えてなくなりたい気分だ。
    美人の先輩やかわいい同級生に囲まれている状況に浮かれてヘラヘラと麻雀を打っていた。
    周りから羨ましいなんて言われてくだらない優越感を抱いていた。
    あまりにも愚かだった。

    部長はどれほど苦労してこの麻雀部を作り上げたのだろう。
    たった一人で始めて、3年生になってようやく5人メンバーが揃って。
    凄い執念だと思う。
    よほど麻雀が好きでなければこんなこと、できるわけがない。
    俺も麻雀に興味があって入部したが、もし麻雀部がなかったとしても自分一人で部を作ろうなどとは思わなかっただろう。
    でも部長はそれをやったのだ。

    どれほど大変だったのだろう。
    どれほど寂しかったんだろう。
    どれほど悲しいことがあったのだろう。
    どれほど辛いことがあったのだろう。

    きっと、俺なんかじゃ考えもつかないような日々だったと思う。
    でなければ、あんな顔をするはずがない。
    でも、部長はそんなことをおくびにも出さずに飄々として、気軽に接してくれる。
    自分たちの練習だってあるだろうに俺みたいな初心者にも優しく教えてくれる。
    部長がどれほどの思いをこの夏に賭けているかも知らず、それを俺は当たり前のように享受していた。
    ようやく団体戦に出れることになったのに。
    これが最初で最後の夏だというのに。

    馬鹿か、俺は。

    友人に羨ましいと言われてそれを内心誇っていた自分を殴ってやりたい。
    部長に指導を受けている際に変な下心を抱いてたことが恥ずかしさで死にたくなる。
    そして、何となく興味があったから、タイプの女の子もいるから、なんてくだらない理由で続けている自分に嫌悪感を覚える。
    憤りの感情からか、アイスを持つ手に力が入った。

    辞めるべきなのだろうか。
    実力もなく、皆の足を引っ張るだけなのなら部を辞めてしまうのがいいのだろうか。
    部長はこれが最後の夏なのだ。
    咲が入部して、団体戦メンバーがそろった今は俺が居ても部にプラスになることはあまりないだろう
    できる限り、負担は減らすべきなんだとは思う。

    一瞬そう考えたが、その考えを実行に移せそうにないかった。
    下心もあったし、部長ほど強い思いを抱いて麻雀をやっているわけではないけれども、それでも麻雀は好きだ。
    ようやく、楽しさがわかってきてのめりこみ始めてきた。
    あの部で麻雀が手離す楽しみを手離したくない。
    だから部は辞めたくない。
    自分勝手な理由だと思う。
    わがままな考えだとは思う。
    だけど、言い訳するつもりはないが自分のそんな感情以上に強い想いがあった。

    この感情は義憤と呼べばいいのだろうか。
    話を聞きながら、部長の悲しそうな笑顔を見ながら憤りを感じながらも強く思った。

    部長に、報われてほしい。
    今まで苦しんできた分、報われてほしい。
    勝ってほしい。

    そう思ったのだ。
    心から強く。

    部長は頑張ってきたのだ。
    たくさんたくさん頑張ってきたのだ。
    あきらめずに頑張ってきたのだ。
    だから報われなきゃだめだ。
    辛いこともあったけど、最後の年には仲間とともに全国大会まで行くことができた。
    せめて、そう……最低限そうならなければ絶対に駄目だ。

    だから、そのための力になりたい。
    部長の力になりたい。
    部の力になりたい。
    だから、辞めたくない。
    部に残っていたい。
    実力じゃみんなの力になれない。
    だけど、その代りそれ以外のことなら力になれるはずだ。
    掃除でも牌譜取りでも事務作業でもどんな小さな雑用でも。
    そんなことなら、俺でもできる。

    そして何より、部長の心から喜ぶ顔を見てみたくなった。
    いつもの何か企んでるような笑いでもなく、さっきのような悲しそうな笑みでもなく。
    心の底から喜んでいる姿が見たくなった。
    幸せな感情に包まれて笑う姿が見たくなった。
    そして部長の近くでその姿が見たい。
    一緒に喜びを共有したい。
    それをするには部を辞めてしまってはすることができない。
    だから、辞められない。
    ならばせめて、部のためにできることをしよう。
    俺ができることを全力で。

    心の中で決意を固める。
    不思議だった。
    恐らく俺がこれからやろうとしていることは傍から見ると非常につまらないことだ。
    麻雀もろくに打たず、マネージャーもどきの仕事を自分から買って出ようとしている。
    でも、不思議な高揚感があった。
    麻雀で高い手を張った時のような胸の高鳴りがあった。

    やってろう。
    部長のために、部のために。
    部長にとって最初で最後の夏、やれるだけのことをやってやる。
    そして、絶対に……。

    「……うしっ!」

    小さく声を上げながら気合いを入れる。
    そうと決まれば1分1秒が惜しい。
    さっさと家に帰ってこの課題を済ませてしまおう。
    まずは牌譜関連の雑務を一手に引き受けるところからスタートなのだ。
    俺は手に残ったアイスを一気に口に含んだ。
    あまりの冷たさにちょっともがくが無理矢理飲み込んだ。
    部長は俺の姿にぽかんとして見ていたが、それに構わず口を開いた。

    「部長、俺、頑張ります」

    「……えっ?」

    事情が呑み込めていないのか、部長らしからぬちょっと間の抜けた声が聞けた。
    だがそれに構わず一気に宣言する。
    もう止まらない。
    言うだけ言ってしまおう。

    「俺、麻雀の実力は大したことないし、皆の練習の相手はできないですけど、それ以外のところで皆が勝てるように協力します」

    「牌譜取るの頑張って覚えます」

    「学校向けの庶務仕事、俺でやれることなら全部やります」

    「それ以外に細かい雑用があったら任せてください。その、できる限りのことはします」

    部長は俺がまくしたてた言葉に最初は戸惑っていた。
    少し気まずい沈黙が流れたが、部長はちょっと恐る恐ると言った感じで俺に尋ねた。

    「その……いいの?」

    「はい、だから」

    何と言えばいいのだろうか。
    何も思いつかない。

    「だからその」

    何かかっこいいことのひとつも言いたいけど何も思いつかない。
    部長は俺の言葉を待っている。
    結局、心の高揚感に押し出されるように思わず叫んだ。

    「絶対、勝ちましょう!」

    コンビニから出てきた人が何事かとこっちを見ている。
    部長もびっくりした顔で俺のことを見ていた。
    言ってから恥かしくなってきた。
    顔が熱くなってくる。
    部長の視線に耐えられない。
    俺は慌ててアイスの某をゴミ箱に捨てて、部長に頭を下げた。

    「俺、これから帰って牌譜取りの勉強します! 明日には絶対覚えてきますから! アイスご馳走様でした!」

    そう言い残して、俺は部長の返事も聞かず、顔も見ないまま家に向かって駆け出した。



    後から思い返しても、この日の出来事はちょっと恥ずかしくなる。

    その日から、俺はひたすらに部のために働いた。
    日々の牌譜取りから、掃除や買い物なんかの雑用は積極的に引き受けた。
    偵察やら情報集めなんかにあちこち歩き回ったりもした。
    庶務仕事なんかも引き受けたし、部長の負担を減らすように学生議会なんかの手伝いもした。
    たった6人の部活だけど、やろうと思えばやれることはいくらでもあった。

    他のメンバーは申し訳なさそうにしていたけど、無理矢理押し切る形で働いていた。
    皆、いろいろ負い目を感じているようで、少し心が痛んだが、部のためだと自分の考えに首を振った。

    「ここの所、京太郎は雑用ばっかりじゃ。ほとんどわしらと対局しとらんじゃろう? 牌譜はわしが取るけぇ、京太郎が入るといい」

    そんな状況の中で、恐らく俺を一番気にしてくれたのは染谷先輩だろう。
    今日も俺のためにこう言ってくれた。

    「そうだよ京ちゃん、入りなよ。部長、牌譜なら私がとってもいいですよ?」

    「そうだなー。たまには犬も可愛がってあげないとなー」

    「確かに、ここの所須賀君とはあまり打てていないですね。後ろで見ててあげますよ?」

    他のメンバーも一斉に乗ってくる。
    勢い付いたその攻勢に一瞬ひるんでしまう。
    どう言い返そうか、と考えた時部長が俺に少し苦い笑みを向けた。
    ざわりと、胸が騒いだ。

    「そうね、ごめんなさい。最近須賀君の対局数が減っていたわね……。焦ってるのかしら」

    まずい。
    多分、今俺が卓に入ると時間をかけて色々と教えてくれるだろう。
    今まで打てなかった分、きっと教えてくれるだろう。
    そういう仲間たちだ。

    俺に気を使ってくれるのは嬉しいが、大会まで時間がない状況。
    そんなことに時間を使っている場合ではないはずだ。
    何より、部長のために頑張ると決意したくせに部長に気を遣わせている状況に思わず焦る。

    「須賀君、入りなさい。牌譜はまこが取って……」

    「いや、大丈夫です!」

    その言葉を慌てて遮る。
    一度前例を作ってしまうと今後もこういうことが起こってしまうかもしれない。
    それはまずいのだ。
    部長のために、部のために、今はそうなってはマズイ。
    俺はまくしたてるように必死に口を開いた。

    「大丈夫ですよ、ほら。大会はもうすぐなんですよ? 
      初心者に毛が生えた俺より有望株の女子組の練習するのは当たり前じゃないですか?」

    「しかし……」

    俺の言葉に染谷先輩は納得がいってなさそうだ。
    部長だけじゃない、染谷先輩も本当にいい先輩だ。
    俺のためにいろいろ気をかけてくれる。

    「大会が終わって落ち着いたらゆっくり対局しましょうよ? とりあえず今はみんなの練習の方が優先ですって」

    だけど、今だけはその言葉には従えない。
    内心ごめんなさいと言いながら、俺は染谷先輩の言葉をやんわりと拒絶する。
    染谷先輩は俺の発言にに反論しようとするが、それを止めるように続けた。

    「そのかわり、夏が終わったら練習に付き合ってくださいよ。さっ、染谷先輩座って座って」

    俺はそういいながら染谷先輩を半ば無理矢理席に座らせた。
    そしてすぐに椅子を引いてきて部長と染谷先輩の間に座る。

    「それに、こうやって人の打ち筋をいろいろ考えながら見るのも練習のうちですよね?」

    これは染谷先輩に実際に言われた台詞。
    俺が漫然と牌譜を取っているときに言われたことだった。

    「まぁ、確かにそう言ったが……」

    やっぱり自分の言ったことに対しては強く否定しにくいみたいだ。
    俺はだめ押しとばかりに続ける。

    「大丈夫ですって。以前言われた通り、自分だったらどうするとか考えながらちゃんと考えながら牌譜取るようにしますから」

    「……わかった。だが、見てる上で疑問に思ったことがあったら遠慮なく聞くようにな?」

    ようやく納得してくれたようだった。
    ほっと胸を撫で下ろす。
    他のメンバーも染谷先輩が納得してしまったので二の句が継げなくなってしまったようだ。
    不承不承と言った顔で対局が始まった。
    最初はなれなかった2人分の牌譜を取る行為もすっかり慣れた。
    そうしているとふと気づいたことがあった。


    考えてみれば部長の牌譜を付けるのはあまりなかったな、と。
    たまたまかもしれないが、ちょっとした新鮮さを感じながら俺はペンを走らせた。


    「ツモ。トイトイ三暗刻で2,000-4,000じゃな」

    「あっちゃあ」

    ラス前。
    トップ目の染谷先輩がダメ押しの一撃をあがった。
    親被りした部長が苦笑している。
    それを見ながら、俺は状況を確認した。
    染谷先輩は当然アガリトップだが、部長は跳満のツモが必要だった。
    手元の紙を眺めて点数の差に間違いがないことを確認する。
    そうした後、2人の配牌を眺めてみる。

    染谷先輩は少々苦しい形。
    役牌もなく、愚形ばかり。
    そして部長の手牌がこうなっていた。

    『久手牌』
    3389m3567s13579p ドラ3m

    形は少々苦しいがドラ対子。
    上手くいけば跳満は見えそうだった。
    これからどうなっていくのかを思案しながら、ペンを走らせる。
    そして、7順目だった。

    『久手牌』
    334m356788s345p ツモ4s ドラ3m

    強烈な引き。
    頭はまだ確定していないがかなりの良型が残るツモだった。
    牌譜係の立場としては表情や立ち振る舞いから手の内容を察知されないように
    ポーカーフェイスで居なけれならないが、思わず声が出そうになった。
    だが、俺はそれ以上の衝撃を次のツモで感じることになった。

    『久手牌』
    334m356788s345p ツモ3m ドラ3m

    強烈なドラ引き。
    息を飲みそうになるのを必死でこらえた。
    好形の3面張でドラ3。
    高目3色。
    俺は頭の中で点数差を考え、おぼろげな知識で結論を出した。
    2-5萬ならダマでもツモリ跳満あるが、4萬では平和が付かず、跳満には届かない。
    つまり即リーチの一手。
    俺は部長もそう打つと思っていた。

    だが、部長は口を開かず、静かに8索を河に投げた。

    何故?
    何故リーチをかけない?
    理由が理解できなかった。
    染谷先輩から直撃を狙っているのだろうか。
    でも染谷先輩はもう半分オリ気味に打っている。
    そう簡単に狙えるものではなさそうだ。
    俺でもわかることだ、部長だってわかっているはず。
    内心首をかしげながら牌譜を取り続け、変化が起こったのはその3巡後だった。

    『久手牌』
    3334m3456788s345p 東 ドラ3m

    1枚切れの東。
    俺は特に意識していなかった。
    当然ツモ切りするだろうと思って、本来はマズいことなのだが東ツモ切りを牌譜に記した。
    そんな俺の予想とは裏腹に、部長の1手は俺の想像を遥かに超える一手だった。

    「リーチ」

    『久手牌』
    3334m345678s345p ドラ3m ツモ東 打4m

    今日一日で1番の衝撃だった。
    想定外の1打に思わず体が固まる。
    そして、慌てて自分の先ほど書いた内容を消し、牌譜を修正した。
    ただ、わからない。
    タンヤオも平和も三色消える。
    跳満には逆立ちしても届かない。
    リーチしてしまった以上、染谷先輩は絶対に当たり牌を切らないだろう。
    1枚切れの東だからと言って簡単に放り投げるような人じゃない。
    不可解すぎた。
    正直部長がおかしくなったのか、もしくは俺が見落としている手役があるのかとかそんなことを悩み始めた矢先だった。
    時間としては本当に短い時間だっただろう。

    牌が、ふわりと空を舞った。
    くるくると回りながら落ちてくる牌を部長は軽くキャッチしてパシリと卓に叩きつけた。

    「ツモッ!」

    『久手牌』
    333m345678s345p東 ドラ3m ツモ東

    「立直一発ツモドラ3。裏ドラは見ずとも逆転ね」

    部長の淀みない綺麗な発声が部室に響いた。

    和が何か怒っている。
    染谷先輩が苦笑している。
    咲と優希はぽかんとしている。
    そして俺も呆気にとられていた。

    ありえない。
    1発でツモることで跳満ツモを達成する。
    しかも1枚切れの単騎で。
    全てがありえなかった。
    でも、部長がアガったのは事実だった。

    たまたまだろう。
    よくある、何となくこっちを選んでみた、とかそういうアレなのだろう。
    まぐれだ。
    ありえない。

    頭では考えていた。
    だが、それとは裏腹に心は強く高鳴っていた。
    体が熱くなる。
    変なたとえだが、小さいころに遊園地で見たヒーローショーで感じたような胸の高鳴り。
    そう、すごく『格好いいもの』『眩しいもの』を見たかのような。
    そんな気持ちだった。

    「須賀君、見てた?」

    動揺する俺にくるりと椅子ごと振り返り部長は笑った。

    「は、い」

    俺はかすれる声でそうやって返事をした。
    そして部長は何も言わずとても楽しそうな笑みを浮かべて、俺にVサインをした。

    その笑顔がとても眩しかった
    純粋に綺麗だと、可愛いと思った。
    とても口に出せることじゃないけれども。

    そしてなんとなく思った。
    確証なんて何もないけれども。
    だけど不思議な確信があった。



    ――この一手と部長のこの笑顔は


    ――きっと、一生忘れることはない。



    そう、思った。

    「やっぱり、そうだったんだ」

    あの後、部活終了後、牌譜の整理を引き受けて皆には先に帰ってもらった。
    咲たちにはいろいろ食い下がられたが、はんば無理矢理追い出す形で俺は1人部室に残っている。
    もちろん、今日の分の牌譜の整理をやるというのはもともと予定していたことだった。
    ただ、それ以上にやりたいことがった。

    「部長は、勝負所で悪い待ちに取ってる」

    俺の目の前には牌譜が大量に並んでいる。
    それは部長の今までの闘牌の記録だった。

    それを眺めると、逆転の一手の時、大物手の時、そんなときに部長はわざわざ悪い待ちに取っている。
    両面待ちをシャンポン待ちに受ける。
    役を打ち捨てて字牌の単騎に受ける。
    3面張を壊して嵌張で受ける。

    基本はごく普通の打ち筋だと思う。
    デジタル、というのだろうか。
    だからこそ、最後の最後で悪く受けるその異質さが際立っていた。

    だが、それでも。

    「部長は、勝ってる」

    そう、どれほどの悪い待ちでも部長はアガっている。
    先ほどのように引いたり、誰かが掴んだり。
    かなりの確率でアガっているのだ。
    たまたまとか、偶然と言ったそれを超えているだろう。

    先ほどの光景を思い出す。
    あの状況で東単騎を選び1発で狙ったように引き上がる。
    そしてオーラスの大まくり。
    周りの驚いた顔。

    心臓が跳ねる。
    脳を直接火にくべたかのように、熱くなってくる。
    思わず拳を強く握る。

    「すごい。部長は、本当に」

    思わず、感嘆の声が漏れた。
    なぜこんなことができるのだろう。
    確率を超えた何かが部長にあるのだろうか。

    「俺も……」

    それがすごく眩しく感じた。
    小さな子供がヒーローに憧れるかのような。
    プロスポーツ選手のスーパープレイを見て心臓を高鳴らせるかのような。

    そんな感情に俺は包まれてていた。

    「俺も、こんな風に打ってみたい……」

    だから俺がそう思うのも当たり前の帰結だった。
    俺は部長の闘牌が記されている牌譜一式を手に持つと外に飛び出した。
    まず箱の牌譜のコピーを取って家に持ち帰ろう。
    部長がどんな時、どんな状況でアガっているのか。
    もっと研究してみよう。
    そうすれば俺にもできるかもしれない。
    部長みたい麻雀が打てるかもしれない。

    そう考えるだけで熱に浮かされたような昂揚感に俺は支配された。
    ワクワク感で今夜は眠れるか怪しかった。

    俺は大量の牌譜を抱えて、学校の近くにあるコンビニへ急いだ。
    これからの楽しみに子供のように心を躍らせながら。