http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1362666103/



    私、竹井久は自分言うのもなんだがいい性格をしていると思う。
    あぁ、無論ここで言う「いい性格」というのはいい意味ではなく悪い意味で。
    楽しいことが大好き、人の驚く顔を見るのが大好き、人をからかうのも大好き、悪巧みが大好き。
    そして、自分が欲しいものは何が何でも手に入れたくて仕方がない。
    そんな性格。

    そんな私は最近いい「おもちゃ」を手に入れた。
    無論、そんなことを言ってしまっては彼に失礼だとは思う。
    だが、彼があまりにも自分の思い通り、想定通りに動くのだから仕方がないのだ。
    そう、仕方がない。

    ほら、そんなことを考えると彼の足音が聞こえてきた。
    男の子らしい、ドタバタとした走る音。
    何を焦っているのかこの部室に向かって一直線に走ってくる。
    私は思わずにんまりと笑う。
    そして、扉が開いて彼が部室に入ってきた。

    「お疲れ様です、部長」

    「はい須賀君、お疲れ様」

    笑みを浮かべながら彼、須賀京太郎君は挨拶をする。
    さて、今日はどうやって彼で遊ぼうか……。
    そう考えると、私の心は躍った。

    しばらくして全員が揃い、部活が始まった。
    卓を見ると私以外の女子4人が麻雀を打っている。

    今年の女子1年生は粒揃いだ。
    東場の火力はピカ一の片岡優希。
    インターミドル女子チャンプ、デジタルの申し子である原村和。
    そして、宮永咲。
    彼女を連れてきた須賀君には感謝をせざる得ない。
    この宮永咲を徹底的に鍛え上げれば、全国に手が届くと思う。
    思わず胸が高鳴った。口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

    ちなみに須賀君はパソコンに向き合ってネト麻に勤しんでいる。
    彼の雀力は他の5人と比べると大きく劣る。
    まぁ、最近ようやくルールを覚えてきた段階なので無理もないのだが。
    そんな彼と打ったところで他の5人が得るものは、正直ほとんどない。
    むしろ彼の打ち筋にいろいろと突っ込みが入り須賀君のお勉強タイムになってしまう。
    デジタルから外れるそれが許せないのか、はたまた意外と教え魔な性格なのか、和などは特に熱心に教え込んでしまう。
    だが、それはまずいのだ。

    私はこの麻雀部で実績らしい実績を残していない。
    この3年生の夏が最後のチャンス。
    私は「一生懸命やりました。でもだめでした」で終わるのは御免だ。
    やるからには、何かひとつ確かなものが欲しい。誇れるものが欲しい。
    だから、正直須賀君の指導に時間を割いている場合ではないのだ。
    もっともらしい理屈をつけて、彼にはネト麻を中心に打ってもらっている。
    そのことについて咲は何か言いたげだったが、ありがたいことに本人が進んで了承したため言い返せなくなっていた。

    少なくとも夏が終わるまで、私が引退するまでは彼の指導にあまり時間を割く気はない。
    彼に恨みがあるわけでもないし、嫌いなわけでもないが、須賀君には麻雀部の礎となってもらおう。
    私はそう考えている。





    そう「おもちゃ」は自分が好きなように出来るから「おもちゃ」なのだ。




    そんなことを考える自分に若干良心が痛む。
    だが、人を支配する、人を思い通りに操る、そんなこと暗い喜びを感じるのもまた、事実だった。





    私は席を立ち画面を覗き込みながら声をかけてみた。

    「今はどんな感じかしら?」

    「あっ、えっと、今はオーラス29,300点持ちの2着です。トップとは4,500点差です」

    突然声をかけられて驚いた様子の須賀君は慌てて私に説明を始めた。

    「なるほど。とりあえず、続けて」

    「あっ、はい……、と」

    そう言ってるとそのタイミングで須賀君が聴牌したようだ。

    『京太郎手牌』
    34456m45667s22【5】p ツモ5m ドラ3m

    『京太郎捨牌』
    北中発九⑨⑧
    12西

    「リーチっと。部長、どうですか?」

    画面の中で赤5筒を切ってリーチをしたタイミングで須賀君は若干期待の顔で私を見た。
    メンタンピンドラ1のマンガン確定。
    逆転できる手を作ったことを褒めて欲しい、顔にそう書いてあった。
    まったく、本当にこの子はわかりやすい。だからこそ、少しいじめたくなる。

    「うーん、残念! 100点はあげられないわねー」

    「えっ」

    自分なりには自信があったのだろう、少し残念そうな須賀君の顔を見て嗜虐心が刺激される。
    悪い笑みが出そうになるのをぐっと堪えてパソコンを指差した。

    「須賀君、赤5筒を聴牌まで引っぱっていたようだけど、なぜかしら?」

    「えっ? だってくっつけば点数が上がるし」

    「そうね、ドラを大切にしようって言うその考えは自体はそこまで悪くないと思う。ただ、今の状況は?」

    「トップまで4,500点差のオーラスです」

    「そう。すでにメンタンピンドラ1で点数が足りているし、
   待ちが愚形でも枯れてしまっているわけでもない。なのに赤5筒を引っぱってくっつきを待ち、これ以上点を高くする意味は?」

    そこまでいうと須賀君は私の言いたいことがわかったのだろう。
    教師に怒られた生徒のように――あぁ、この場合は間違いではないが――うな垂れた。


    「ない、です」

    「よろしい。ただ、100点をあげられない一番の理由は須賀君が聴牌チャンスを下げる打牌をしているからよ?」

    「えっ、えぇ? これで、ですか?」

    須賀君は画面上に捨てられている自分の端牌だらけの河を見て首をかしげている。

    「ほら、ここ。8順目、ペンチャン落しからの2索切り、これが問題。この時に赤5筒を切って2索を入れると、こうなるわね」

    『久提示』
    34456m245667s22p

    「ほら、この形だと索子に5索8索の他に3索の受け入れも出来るでしょ? そうすれば、6索切りの聴牌でリーチできる」

    「あ、あぁ!」

    合点が言ったように画面を食い入るように見つめる。

    「まぁ、今回は結果オーライだけどね……。ペンチャン落しからは特に見落としやすい形だから、気をつけてね?」

    そう言ったタイミングでトップ目がノミ手をツモアガり、須賀君は2位で終わった。

    「あー……。今回はいけると思ったんだけどなぁ」

    がっくりとうなだれる須賀君を見て私は笑う。
    本当に、喜怒哀楽がよく表に出る子だ。

    「まだまだ甘いわね、須賀君」

    「……うっす、もっと頑張ります」

    いくら指導に割く時間を取るつもりはないといっても、完全無視と言うわけにはいかない。
    咲は中学からの付き合いとということもあり須賀君とは仲がいいし、優希も彼には懐いている。
    意図的に仲間はずれにすると部が分裂してしまう。
    蔑ろに扱いすぎて辞めてもらわれると士気に関わる。
    つまり、今の段階で辞めてもらうわけにはいかないのだ。
    ほどほどに餌なり飴なりを与えて部に留まってもらわなければいけない。

    だからこうやってたまに軽く指導するのも餌のひとつだ。
    話しに行くたびに嬉しそうな顔をするので、なかなかに効果的だと思っている。

    「そうだ、須賀君。この後時間あるかしら?」

    ちょっとがっくり来ている須賀君を見て、今日はもうひとつばかり餌を与えてみよう。
    そんな気になった。

    「はい、大丈夫ですけど……なんですか?」

    「須賀君も基本的なところはわかってきたみたいだしね。牌譜の取り方を教えてあげるわ」

    「牌譜、ですか?」

    「えぇ。インターハイみたいな大きな大会になれば運営が牌譜を取ってくれたりするけど、
      練習試合や小規模の大会では学生が牌譜をとるものよ。覚えておかないとまずいわ」

    「そう、なんですか?」

    「えぇ、だ・か・ら。この後私じきじきに教えてあげるわ。嬉しい?」

    思わずからかったような言い方になってしまう。
    口元に笑みが浮かぶのが止められない。
    おそらく彼の反応は……あぁ、ほら予想通り、慌ててる慌ててる。

    「な、なんですかそれ。まぁ、でも、はい。教えてもらえるのは、その、ありがたいです。頑張って覚えます」

    「うん、よろしい」

    そう言いながら、私は笑う。須賀君が思い通りの反応をしたことに。自分の思い通りに進んでいることに。
    須賀君が牌譜の取り方を覚えてくれれば任せられることが増える。
    今まで牌譜の整理やネト麻のデータ集計などは主にまこがやっていたことだが、それを須賀君に任せることが出来るだろう。
    これでまたひとつ、メンバーの負担を減らすことが出来る。
    そんな私の黒い企みなど気づきもしないように、須賀君は何か照れくさそうに笑っていた。




    そう、私は欲しいものを必ず手に入れる。
    そのために「おもちゃ」は有効活用しなければ。

    「あー、今日もよう打ったのぅ」

    「おなかへったじょー……」

    部活の時間が終わり、まこが背伸びをしながら言った。
    優希もだらけきった表情で卓に突っ伏している。

    「はい、お疲れ様。今日の後片付けは私と須賀君でやるから皆は先に帰ってて」

    「えっ? 部長と、須賀君ですか?」

    思わぬ居残りメンバーの組み合わせに和が不審な顔をしている。
    まぁ、無理もないか。

    「えぇ、須賀君は私の居残り授業があるの。麻雀のお勉強って言うね」

    「ええんか? 何か手伝えることがあれば手伝うが……」

    まこが私と須賀君の顔を見て言う。
    まこはなかなかに世話焼きだ。初めて出来た後輩と言うのもあり、いろいろと1年生4人には目をかけている。
    だが、ここでまこの負担を増やしたら本末転倒だ。

    「大丈夫よ。これでも私は部長よ? たまにはそれらしいことをしなくちゃ」

    よく言ったものだと自分で呆れる。
    その目的は100%打算のくせに、よくもいけしゃあしゃあと口が回る。

    「む、そうか……じゃあ、そっちもあまり遅くならないようにな」

    「京太郎! 2人っきりとはいえ、部長に変なことするんじゃないじぇ!」

    「するかっ!」

    須賀君と優希がいつもどおりのやり取りをする。
    その様子を見て咲がくすくすと笑いながら京太郎に手を振った。

    「じゃあ、京ちゃん。今日は先に帰るけど、あんまり無理しないでね。ばいばい」

    「おう、また明日なー!」

    須賀君がそう言うとそれぞれが別れの挨拶を口々に言い、部室を出て行った。

    全員が出て行ったところで私は須賀君に向き直った。

    「さーって、はじめましょうか」

    「うっす!」

    「あ、変なことしないでね?」

    「だからしませんって!」

    私がからかいの言葉を投げると須賀君はムキになったように言い返してくる。
    その子供っぽい仕草がやはり私の嗜虐心をくすぐる。

    「ひ、酷い。私に魅力がないって言うのね」

    「あー、もう、どうしろっていうんですか!」

    よよよ、と泣き真似をすると須賀君は困ったようにツッコミを入れてくる。
    私は泣き真似をやめて笑った。やはり、この「おもちゃ」で遊ぶのは楽しい。

    「ふふふ、じゃあ、始めましょうか。そこに座って。実際に牌を並べながら説明するから」

    そう言うと須賀君はムスッとしながら卓に座った。
    こういうところも非常に子供っぽくてからかい甲斐がある。
    私は棚から適当な牌譜を取り出して須賀君に差し出した。

    「はい、これが牌譜ね。ぱっと見た目、どう?」

    「……正直、わけわかんないっす。なんかよくわからない記号がありますし」

    「ふふ、そうね。将棋の棋譜なんかと比べるとちょっとわかりにくいところがあるから」

    ひとつひとつ、指を刺しながら読み方を説明していく。
    須賀君は私の指先をじっと見つめながら真剣に頷いていた。
    途中で混乱してきたのか、ノートを取り出し、必死にメモを取り始めた。

    「ちょっと待ってくださいね! えーっと、東がTで南がN、でも西と北はそのままで……」

    慌ててノートに書きなぐっていく須賀君を見て言葉を止める。
    見た目は軽そう、ちゃらんぽらんに見えて意外と根は真面目な子であるというのがここ数ヶ月の付き合いでわかっている。
    ただ、男の子特有の煩悩の強さもわかっているが。
    以前、和の胸を見すぎと突っ込んだときには面白いぐらいに動揺していた。
    その時の様子を思い返して思わず軽く笑ってしまう。
    すると須賀君が怪訝な顔でこちらを見た。

    「部長?」

    「いえ、なんでもないわ。続けるわよ」

    まぁ、そんな彼の真面目さとある種の単純さは非常に私にとって扱いやすい。
    この子が経験者として一定の実力を持っていればな、と思わなくもない。
    だが、そんな仮定の話をしても不毛なだけだ。
    実力は無くてもこれはこれでいい「おもちゃ」としてよく動いてくれそう、そんな期待があった。

    「な、なんとか」

    いろいろといっぺんに言い過ぎたかしら?
    須賀君は煮詰まった顔をしながら自分で書いたノートを見つめている。
    とは言え、覚えてもらわねば困る。

    「じゃあ、これ宿題ね」

    私は戸棚から1枚のラベルがないDVDを差し出して須賀君に渡した。
    須賀君はきょとんとしながらもそれを受け取る。

    「何ですか、これ?」

    「えっちなDVDじゃないわよ?」

    「そんなこと考えてませんよ!」

    本当にリアクションがわかりやすい子だ。

    「ふふ、それは昨年の龍門渕が風越を抑えて全国出場を決めた試合のDVDよ」

    「えっ?」

    「もうすぐ大会だしね。対策のために用意したのよ。
     で、その中の大将戦、東場で龍門渕が親の局を映像を見ながら牌譜を作ってきて頂戴。4人全員分ね」

    「う、うえぇ!?」

    「牌譜取りなんて慣れよ慣れ。やって覚えるしかないわ。それに、4人分とは言え、1局だけなら気楽なものでしょ?」

    「う……はい」

    思わず返事をしてしまったようだ。
    彼は押しにも弱い。こういったところも扱いやすさのひとつだ。

    「実はこの試合は映像だけじゃなくて牌譜ももうあるからそれで答え合わせしましょう。……明日、ね」

    その言葉にぎょっとする様子を見せる須賀君。
    私はその反応に満足そうににんまりとわらった。

    「つ、つまり今晩中ってことっすか」

    「そ、これから帰ったら頑張ってね」

    私はそう言いながら彼にウィンクする。
    須賀君はがっくりとうな垂れながらも、オーラスだけなら、と自分を励ましていた。

    どうやら須賀君は気がついていないようだ。
    龍門渕の大将戦、つまり天江衣の試合だ。海底までもつれ込むのは当たり前で怒涛の親連荘が行われている。
    1局がかなり長いことに、須賀君は気づいていない。

    少々意地が悪すぎるかしら? いやいや、これも須賀君の教育のためなのだ。
    そして、ひいては部のため、勝利のためなのだ。

    あれから部室の後片付けをして、私と須賀君は部室を出た。
    それなりの時間だが、もう夏ということもありまた薄暗い程度だった。

    「疲れた……いや、でもこれからまたさらに疲れるのか……」

    須賀君は結構げっそりしているようだ。少し遊びすぎたかな?
    そろそろ、飴の与え時だろう。

    「お疲れ様。今日はよく頑張ったからご褒美にアイスでも奢ってあげるわ」

    飴を与えるというにはそのまんますぎる私の提案に彼はぱっと顔を輝かせる。
    そして、今にも飛び上がりそうな顔で喜んだ。

    「ほんとですかっ!? やった!」

    アイスひとつでここまで喜ぶとは、重ね重ね、非常に単純な子だ。
    それとも男の子というのはそういうものなのかしら?

    コンビニに立ち寄り須賀君にアイスを奢ってあげる。
    須賀君はわき目も振らず某国民的人気のアイスを手に取った。
    私も適当なアイスを選んで、コンビニの前でアイスをかじった。

    「遠慮しなくてももっと他のでもよかったのに」

    「いやいや、遠慮とかじゃなくて本当にこれが好きなんですって。梨がなかったのは残念ですけど」

    そう言いながらも須賀君は非常に満足そうな顔でソーダ味のアイスをかじっていた。
    どうやら須賀君の機嫌は税込62円で買えるようだ。
    こう言ってはなんだが、安い子だ。

    「しかし、大会までもうすぐですねぇ」

    「ほんと、あっという間ねぇ」

    須賀君はアイスをかじりながらそんなことを言った。
    私も同じようにアイス最中をかじりながら答える。

    「初めてのインターハイかぁ……」

    「そうね、そして、私は最後のインターハイ」

    何気なく言った言葉だったのだが、須賀君はアイスをかじるのをやめてこちらを見た。

    「……そうでした。部長、夏が終わったら引退なんですよね」

    「そう、だから今年の夏は何が何でも勝ちたいの」

    思わず本音が漏れた。
    まぁ、ついでだ。それぐらいは話しても問題ないだろう。

    「ようやく5人そろったからね。ある意味では最初で最後のインターハイ、かしらね」

    「最初で、最後……」

    「最初はひとりで途中でまこが来てくれたけどそれでも2人だけで、部活って言えるのかって言われたこともあるけど」

    一人だけの時代の寂しさは、あまり思い出したくない。
    たった一人、部室で麻雀の勉強をし続けたあの時期。
    それでも、誰かが来てくれると思ってあの部室で待ち続けたのだ。

    「それでも続けてきて、ようやく臨める団体戦」

    それが無駄ではなかったという証明が欲しい。
    耐えてきたのだ。報われたい。

    「だから、勝ちたいの。私は」

    あの寂しい思い出もそうすればきっと笑い話にできる。
    そんなこともあったわね。だけど……といい思い出にできる。

    「そのために、できることは何でもするつもりよ。最後だから、後悔したくないしね」

    そう、だから私は須賀君を「おもちゃ」として利用する。
    口に出した言葉に対して心のなかでそう結んだ。

    「……うしっ!」

    須賀君は私の言葉を黙って聞いていたと思ったら溶けかけた残り少ないアイスを一気に口に含んだ。
    一気に食べ過ぎたせいか、余りの冷たさに少しもがいている。
    私は突然の行動に思わずぽかんとした。
    落ち着いたと思ったら私に向き合って、口を開いた。

    「部長、俺、頑張ります」

    「……えっ?」

    「俺、麻雀の実力は大したことないし、皆の練習の相手はできないですけど、それ以外のところで皆が勝てるように協力します」

    突然の宣言にぽかんと口を開いてしまった。
    それにも構わず須賀君は次々とまくし立てた。

    「牌譜取るの頑張って覚えます」

    「学校向けの庶務仕事、俺でやれることなら全部やります」

    「それ以外に細かい雑用があったら任せてください。その、できる限りのことはします」

    怒涛の宣言に私は思わずあっけにとられてしまう。
    思わず反射的に疑問の声を出してしまう。

    「その……いいの?」

    「はい、だから、だからその、絶対、勝ちましょう!」

    私の声に須賀君は満面の笑みで断言する。
    そこまで言うと須賀君は照れ臭くなったのか、慌ててアイスのごみをゴミ箱に捨てた。

    「俺、これから帰って牌譜取りの勉強します! 明日には絶対覚えてきますから! アイスご馳走様でした!」

    須賀君はすごい勢いでそういって走って去っていった。

    私の話に何か感じ入るものでもあったのだろうか。
    私が何かしらの働きかけをしなくても私が望むことを自分から言い出してくれた。
    まぁ、何はともあれ好都合だ。
    本人が言うように、頑張ってもらおう。

    いい。
    彼は、やっぱりいい。
    いい「おもちゃ」を手に入れた。

    私の言うことを聞いてくれる。
    私の望むとおりに動いてくれる。
    私が聞きたい言葉を言ってくれる。
    私の言うことに対して疑問を抱かない。

    理想的だ。
    ここまでしてくれる理由はわからないけど、あの咲が信頼を寄せている相手なのだ。
    生来の人の好さなのだろう。
    あのメンバーとあの「おもちゃ」があれば、勝てる。
    それぐらいの完璧さを今の部に感じた。

    「ふふ、さーて。私も帰りますか」

    ゴミ場箱にごみを捨て思わずスキップしそうな足取りで私も家路についた。

    彼女はこの時、彼がなぜこう言いだしたかということに対して深く考えることはなかった。
    彼女がそれを後悔することになるのはしばし先の話である。
    彼女がこの時に帰りたいと望むことになるのも先の話である。

    今はただ、自分の望む展開に進んだことによる喜びに包まれていた。

    私、竹井久の生活は現在大変充実している。
    新しく入ってきた1年生3人は合宿を経て一皮剥けた印象だ。
    まこも去年と比べると大分たくましくなった。
    そして、私の「おもちゃ」は相変わらず元気に動いてくれている。

    「部長、牌譜を整理してみたんですけど。ついでに全部の牌譜に通し番号振ってリスト化してみました」

    「へぇ。どれどれ……」

    須賀君が紙の束を差し出してくる。
    PCからプリントアウトされたそれは部室に存在する全ての牌譜が並べて記載されていた。
    対策のために集められるだけの牌譜を集めたのはいいが、棚がカオスになっていたのはちょうど気になっていたところだった。
    その棚に目をやると綺麗にファイリングされて規則正しく並んだ牌譜が目についた。

    「で、対局者や学校ごとにその通し番号に紐付ける表も作ってみました。
      これであの人の牌譜が見たいって時にも探すのが楽になると思いますよ」

    「なるほど、よくできているわね。ありがとう、須賀君」

    須賀君が差し出した表に一通り目を通して笑いかける。
    そうすると須賀君は嬉しそうに笑った。

    「うっす、あとはこんな感じで映像媒体についてもまとめておきますね」

    「わかったわ。お願いね」

    そう言うと須賀君はパソコンの前に座った。
    ネト麻もそこそこに、データの集計をやるつもりなのだろう。

    まぁ、このように私の「おもちゃ」は言われなくても自分で何かできることを考え動いてくれている。
    あのコンビニでの一件以来ずっとそんな感じだ。
    合宿中も掃除や料理は積極的に買って出てくれたし、買い出しなんかも進んでしてくれた。
    全く、大した有能ぶりだ。

    卓を見るとちょうど対局が終わったところだった。
    本日の一発目、肩慣らし程度だったが平和に終わったようだ。

    「それじゃ次は私が入るわ。で、そのあと検討会ね。牌譜は須賀君と……今回は和がお願い」

    少し悩んだうえでメンバーを選別する。
    須賀君は何も言わずに牌譜を取る準備を始める。彼はもうすっかり慣れていた。
    メンバーの都合上、どうしても1人で2人分とらなくてはいけないのだが、そのあたりの動揺もない。

    「ちょっと待ちぃ」

    と、その時まこが声を上げた。
    何やら難しい顔をしている。
    ……そろそろ、来るころかしら。
    私はその顔から言いたいことをなんとなく察した。

    「ここの所、京太郎は雑用ばっかりじゃ。ほとんどわしらと対局しとらんじゃろう? 牌譜はわしが取るけぇ、京太郎が入るといい」

    案の定、言いだした。まぁ、想定通りだけど。

    「そうだよ京ちゃん、入りなよ。部長、牌譜なら私がとってもいいですよ?」

    「そうだなー。たまには犬も可愛がってあげないとなー」

    「確かに、ここの所須賀君とはあまり打てていないですね。後ろで見ててあげますよ?」

    そして、一斉に乗ってくる。ここまでも想定通り。
    見計らって私が口を開く。

    「そうね、ごめんなさい。最近須賀君の対局数が減っていたわね……。焦ってるのかしら」

    須賀君の方を向いて苦笑する。勿論狙い澄ましたものだが。
    ふふ、ほら、ちょっと困った顔してる。

    「須賀君、入りなさい。牌譜はまこが取って……」

    「いや、大丈夫です!」

    私が言い終わる前に須賀君が言葉を遮った。
    その瞬間、悪い笑みが浮かびそうになるのを堪える。

    「大丈夫ですよ、ほら。大会はもうすぐなんですよ? 
      初心者に毛が生えた俺より有望株の女子組の練習するのは当たり前じゃないですか?」

    「しかし……」

    まこは何かを気にしたように言いたげな表情をしている。
    そんなまこに須賀君は笑いかけた。

    「大会が終わって落ち着いたらゆっくり対局しましょうよ? とりあえず今はみんなの練習の方が優先ですって」

    一同、何か申し訳なさそうな顔をする。
    私も表面上は、そんな顔をする。

    「そのかわり、夏が終わったら練習に付き合ってくださいよ。さっ、染谷先輩座って座って」

    押し切られる形でまこは卓についた。
    そうすると須賀君は私とまこの席の間に椅子を引っ張ってきて座った。

    「それに、こうやって人の打ち筋をいろいろ考えながら見るのも練習のうちですよね?」

    「まぁ、確かにそう言ったが……」

    「大丈夫ですって。以前言われた通り、自分だったらどうするとか考えながらちゃんと考えながら牌譜取るようにしますから」

    それはまこが以前、ただボーっと対局を眺めている須賀君に言った言葉だった。
    自分の言葉を持ち出されてまこも言い返せないようだ。

    「……わかった。だが、見てる上で疑問に思ったことがあったら遠慮なく聞くようにな?」

    結局、押し切られる形で対局が始まった。
    対局中、須賀君は私やまこの手を何やら相槌やら思案顔をしながら牌譜を付けていた。
    時々振り返って目が合うと、慌てて下を向いて牌譜を書き始める。

    まったく、本当にいい「おもちゃ」だ。
    天然なのかわからないが私が望む答えを言ってくれる。
    部活の空気や団結を壊さないように発言し、私の望む方向に進めてくれる。
    何か、暗い感情が芽生えていく。
    自分が考えた通りに人を動かしていくその喜びに包まれていく。

    私の「おもちゃ」

    私が支配し、私が望むままに操る「おもちゃ」

    今年はなんと幸運なんだろう

    強いメンバーに「おもちゃ」も付けてくれるとは

    楽しい

    自分が望むままに進むのが楽しい

    自分が思い描く方向に物事が進むのが楽しい


    この「おもちゃ」は、本当に素敵だ


    私はそんなある種の多幸感に包まれながら麻雀を打った。
    なぜか運も味方したようで、その対局はトップを取ることができた。

    「このままでいいのかのぅ」

    部活終了後、校舎を出た後まこは後ろを振り返って部室のあるあたりを見た。
    まだ明かりがついてる。
    須賀君が残って今日の牌譜の整理、検討会の要点まとめを片付けている最中だった。

    「手伝うって言ったのに……」

    咲が寂しそうな顔をしている。
    最初は全部自分がやると須賀君が言いだしたが、後片付けぐらいは、と押し切られそれだけは全員でやった。
    だが、その他の雑用は自分がやるから、と譲らずに私たちは追い出されてしまった。

    「そうですね。部のために何かしようっていうのは素晴らしいと思うんですが……」

    「うん……」

    和も何か後ろめたさを感じているのか表情が暗い。
    いつもはふてぶてしい優希も何か思うところがあるようだ。

    「そうね、一人にすべてを押し付けるのが健全かと言われると、そうじゃないわね」

    「うむ……」

    私の言葉にまこが頷く。
    そして私は全員を見渡して、告げた。

    「ただ、ここで無理矢理須賀君にそんなことをしなくていい、って言って仕事を取り上げても彼は喜ばないでしょうね」

    その言葉に全員が黙り込む。
    皆気づいていることなのだろう。
    彼が誰かに強制されて、とか、嫌々やっている、とかそういった類の感情で動いているのではないと。
    私なぞ直々に頑張ると宣言されてしまったぐらいだ。

    「彼は彼なりに部の勝利を目指して頑張ってくれてるの。だから、私たちは大会で勝って、彼の気持ちに応えましょう?」

    その言葉を聞いて、咲が何か決意をしたようだ。

    「部長……私、頑張ります! 絶対、絶対勝ちましょう」

    「えぇ、頑張りましょう」

    咲だけではなく、全員大きく頷いた。
    私も頷きずつ、全員の士気が上がったことに内心ほくそ笑んだ。

    それからも大会に向けてひたすらに練習を続け、時間はあっという間に流れた。
    長野県大会前日。
    流石に前日とあり、それぞれ体調を整えるようにと言って、活動日にはしていない。

    「だというのに、何で私は来ちゃうのかしらねぇ」

    家にいても落ち着かず、私は部室で一人ボーっとしていた。
    当然、誰も来ていない。当たり前の話だけど。

    「さーて、一人で何しましょ」

    一人では麻雀もままならない。わざわざ部室まで来て一人ネト麻というのも少しさびしい。
    牌譜でも確認してみようか、と思い棚のファイルを取り出す。
    何度も眺めた牌譜を指で追いながら何となく思案した。

    「一人……か」

    2年前はこれが毎日だった。
    毎日毎日たったひとり、この部室で誰かが来るのを待っていた。
    ろくに部としての活動もできず、たった一人だった。
    インターハイに出たかった。
    誰かと、一緒に麻雀がしたかった。

    「……いけない」

    あの時の孤独が心によみがえってくる。


    『寂しい』

    「違う」

    『寂しい』

    「違う」

    『寂しい』

    「今は、違う」

    『寂しい』

    「今は違う、今は違うんだから」


    自分に言い聞かせる。
    心がざわめく。
    明日は本番だというのに。
    こんな、こんなことで落ち込んでいる場合じゃない。

    今は一人じゃない。

    まこがいて

    咲がいて

    和がいて

    優希がいて

    そして、私の


    私の、「おもちゃ」が

    私の思い通りになる「おもちゃ」がある。

    私の望むことをしてくれる「おもちゃ」がある。


    だから一人じゃない。一人でもう無力感に悩むことはない。
    だから、大丈夫。大丈夫なのだ。

    「……私って意外と引きずりやすいタイプなのかしら? それともこれがトラウマってやつ?」

    そう一人ぼやく。
    ここに一人でいても気が滅入るだけだ。
    帰ろう、そう、思った時だった。

    「あれ? 部長、いたんですか?」

    須賀君がカバンを片手に部室に入ってきた。
    驚きの表情を私に向けている。

    「須賀君こそ、今日は休みよ? 連絡したわよね?」

    「えぇ。それは聞いてるんですが、ちょっとですね」

    そういうと須賀君はカバンから何かを取り出す。
    何やら難解な文字が書かれているそれは

    「……御札?」

    「そうです」

    そういうと須賀君は椅子を引きずると窓の庇にその御札を立て掛けた。

    「諏訪大社までお参りに行ってきたんですよ」

    「諏訪大社? またずいぶん遠くまで行ってきたのね?」

    同じ長野県内とは言え、諏訪大社まではそれなりに距離がある。
    田舎ゆえの電車の少なさもまぁ、関係してくるけど。

    「はい。諏訪大社に祀られてる神様は戦の神でもあるとかで……よっと」

    須賀君はそんなことを言いながら椅子から降りて、椅子を元に戻した。

    「だから、必勝祈願に行ってきました。ここまで来ると後は神頼みかなって思って」

    須賀君はその御札に向かって柏手を打ち、頭を下げた。

    「俺が出来るの、あとこれぐらいですから」

    そういう須賀君は笑顔だったが何か酷く寂しそうだった。
    個人戦には一応エントリーしているが、練習量が足りていない須賀君が勝ち進むのはまず無理だろう。
    心が、少しざわめいた。

    「部長」

    そんなことを思っていると須賀君は私に呼びかけた。

    「なぁに?」

    須賀君は何かを悩んでいるかのように少しためら会った後、私をまっすぐ見て言った。

    「勝って、くださいね」

    どこか必死な瞳だった。
    彼は、何を思ってその言葉を言ったのだろうか。
    いつもは須賀君の考えていることが大体わかるのに、なぜか今は全く分からなかった。
    ただの激励なのだろうか?
    それともほとんど放置してしまっていることに対するあてつけなのか?

    「えぇ、頑張るわ。絶対、勝ちましょう」

    「はい」

    私が辛うじて絞り出した言葉に須賀君は何も言わずに頷いた。
    私はそんな須賀君を見たからなのか、何故か、今まで何となく気になっていたこと、聞かなくても言いことを聞いてしまった。

    「ねぇ、須賀君」

    「なんですか?」

    「須賀君、何であんなに一生懸命働いてくれたのかしら?」

    「……部長?」

    「あなただって麻雀がしたくて麻雀部に入ったんでしょ? だけどここ最近はほとんど打ててない」

    まぁ、それは私が彼の発言を盾にこき使ったからという面もあるが。

    「本当に、よかったのかしら?」

    そう問いかけると須賀君は何か言い辛そうに頭をかき、何かを決意したかのように口を開いた。

    「……部長が」

    だが、須賀君はそこまで言って頭を振り言葉を引っ込める。
    私は首をかしげながらも須賀君の言葉を待った。

    「部長……に、勝ってほしかったんです」

    「……えっ?」

    「コンビニで一緒にアイス食べた日、覚えてますか?」

    「えぇ、覚えてるわよ」

    「あの時、部長の話を聞いて……この人に勝ってほしいってそう思ったんです」

    何やら恥ずかしそうに、俯いた。
    私はその姿を見て、なぜか、心がずきりと痛み始めた。


    「俺、部長とは4月からしかの付き合いしかないんですけど、あの話聞いて、きっとつらい思い一杯したんだろうなって、そう思って」

    ずきり、と痛む

    「昔の話する部長、つらそうで、悲しそうでしたから」

    この「おもちゃ」は私の苦しみを分かってくれている

    「だから、なんていうかその、部長には、報われて欲しかったんです」

    痛い、酷く、痛い。

    「そんな先輩と引き換え、俺は麻雀は興味はありましたけど入った動機も何となくだし……その、不純な目的もありましたし」

    それに付け込んだのは、私だ

    「だから、その、俺にできることは何でもしようって。部長が勝てるように俺にできることは何でもしようって」

    痛い

    「だから、頑張りました」

    痛い

    「部長、勝ってくださいね。俺、部長が勝ってくれれば俺もすごく嬉しいです。この数か月、無駄じゃなかったって、そう思えます」

    痛む心を抑えながら返事をしようとするが、私はそれに対して返事をすることができなかった。

    「す、すいません生意気言って。じゃ、じゃあまた明日っ!」

    須賀君はそこまで言い切ってから恥かしくなったのか、いつぞやのように部室からすごい勢いで出て行った。
    部室に一人残された。
    酷く、静かに感じられる。
    私は、椅子に座りこんで須賀君が買ってきた御札を見ながら考え込んだ。

    喜ばしい話だ。

    彼はあそこまで私のことを思っていてくれたとは。
    私の気持ちを汲んでいてくれたとは。
    こんな「おもちゃ」はそうそうないだろう。
    あの様子じゃ全国大会が終わるまでは献身的に働いてくれるだろう。

    理想的な、私の「おもちゃ」

    自分が好きなように扱えるだけでなく、持ち主の幸せも考えてくれる「おもちゃ」

    どれだけひどく扱われようと、私の幸福のために力を尽くしてくれる「おもちゃ」

    喜ばしい話だ。

    嬉しい話なのだ。

    なのに、何故、

    何故心が痛むんだろう?

    酷く、痛い。

    酷く扱い、それでも持ち主を好いてくれるその姿に心が、痛む。



    結局、私には理由がわからず、その感情を無理矢理心の奥底におしこめ、封をした。

    今は、大会に向けて全力を尽くすだけだ。
    「おもちゃ」のことはまた後でゆっくり考えればいい。
    そうだ、その、はずだ。
    それで、正しいのだ。
    私の思い通りに進んでいるのだ。




    間違って、いない。


    だが、彼女は後に思った。

    これが、このタイミングが、最後のチャンスだったのだと。

    取り戻しが効き、本当に望んでいたものが手に入るチャンスだったのだと。


    だが、彼女はそれから目を逸らし、それを失った。


    「ロンッ! リーチ七対子赤1! 6,400!」

    モニタの中の須賀君が勢いよく発声する。
    女子の試合を終えた翌日の男子個人1回戦。
    私たちは控え室で須賀君の闘牌を見守っていた。
    南2局まで須賀君は全くアガれず重苦しい空気だったが、この南3局で渾身のアガりが決まり、控え室の中は騒がしくなった。

    「やった! これで京ちゃんが3着に上がったよ!」

    「えぇ、地獄待ちなんか取るからひやひやしましたけど……。王牌に死んでなくてよかったです」

    嬉しそうな咲と疲れを見せながらも笑う和。
    まこは手元のメモ用紙に書き込んだあと、嬉しそうに笑った。

    「むっ、これでオーラス5,200出アガるか1,000-2,000ツモで2位浮上になる。これは、もしかすると……」

    「おぉ、行けるぞ京太郎! がんばれ!」

    優希が声を張り上げて須賀君を応援する。
    そんな中、私は須賀君のアガり形に首をひねっていた。

    (スジ引っ掛けの9索単騎でも待てたのに、地獄単騎の北でリーチ?)

    わざわざ悪い待ちを選択してのリーチ。
    その打ち筋は見たことがある。
    身に覚えがある。
    ただ、まさか、ありえないだろう。
    七対子だし、スジより字牌のほうが出やすいとか考えた理由もあるし。

    何より私を始めそんな打ち筋は誰も教えていない。
    教えていないのだ。

    そして、オーラス。
    須賀君も状況がわかっているのかかなり緊張している面持ちだ。
    微妙に手が震えているが必死で打ち進めていった。
    何かが神に通じたのか、須賀君は5順目にして聴牌を入れた。

    『京太郎手牌』
    4【5】56678m2345p發發 ツモ3m

    須賀君は場を見まわし、少し悩んだ後2筒を切ってダマに取った。
    控え室にいた一同はほっと胸をなでおろした。

    「一瞬リーチのモーション見せたから焦ったじぇ。4萬と7萬が3枚ずつ見えてちゃ勝負にならんじょ」

    「うん。京ちゃん、かなり緊張してるみたいだけど、場が見れてるね。よかった……」

    「まぁ、聴牌取らずという選択肢もあったのですがそこまで求めるのは酷でしょう」

    「そうじゃな。あとは何とか別の聴牌が入れられれば……」

    そして、何順かツモ切りが続いた8順目。
    震える手で取った須賀君のツモを見て私たちは沸き立った。

    『京太郎手牌』
    34【5】56678m345p發發 ツモ發 ドラ4p

    「よく引いた!」

    思わず興奮したまこが膝を叩いた。
    控え室がにわかに興奮した空気に包まれる。

    「絶好の發引きですね。これでダマで5,200点。アガれれば文句なしの2着浮上です」

    冷静に言っているつもりの和も、言葉の端端から興奮しているのが伝わった。
    私も口には出さなかったが、心臓が高鳴ったのを感じていた。

    「きょ、京ちゃん大丈夫かな? リーチかけなくても点数足りてるって、わかってるかな?」

    咲はそんな中でも心配そうだった。
    その様子がおかしくて私は思わず口を挟む。

    「大丈夫、あれぐらい簡単な符計算だったら出来てたはずだから」

    「そ、そっか。よかったぁ」

    それを証明するかのように少し悩んだ後、須賀君は5萬を切り、ダマに構えた。
    その姿に、咲が安堵の声を漏らす。

    「この巡目で3-6-9萬なら、いけるじぇ! 引いちゃえ京太郎!」

    「京ちゃん、頑張って。京ちゃんもできるなら一緒に全国に……!」

    優希が声援を飛ばし、皆も祈りながら見つめた。

    だが、次順のことだった。

    『京太郎手牌』
    34【5】6678m345p發發發 ツモ1m ドラ4p

    無駄ヅモであり、全員がすぐに場に切ると思っていた。
    だが、モニタの中の須賀君はなにやら目の前の手牌を睨みつけて必死に何かを考えている様子だった。

    「何を悩んでいるんでしょう? 手代わりもありませんし、ツモ切りだっていうことぐらいわかるとは思うんですが……」

    和が不思議そうに首をかしげている。
    だけど、私にはなんとなく予感があった。
    何に悩んで、何を切ろうとしているのかなんとなくわかった。

    (やめなさい……)

    心の中で叫ぶ。
    前日に封をした心の中の「それ」がまた騒ぐのを感じた。

    (そこまで、そこまで私に殉ずる必要はないの)

    (だから……やめて)

    (お願い、そっちに行かないで)

    強く祈るが、モニタの中の須賀君が私が考えたとおりの牌をつまむ。
    それを見て私は心の中で悲鳴をあげた。

    (やめなさい須賀君!)

    その悲鳴と須賀君の発声は同じタイミングだった。






    「リーチっ!」




    『京太郎手牌』
    34【5】6678m345p發發發 ツモ1m 打發 ドラ4p






    思ったとおりの展開となったことに私は天を仰いだ。

    「か、カン2萬!? 3面張と役を捨てて!? あ、ありえません!」

    和が叫び声を上げる。
    その打牌に他のメンバーも呆然としてる。

    「た、確かにリーチドラ2で点数は足りておるが……」

    手の内容を見返してまこがそう言うがそれでも合点が行ってないようだ。
    私は天を仰ぎながら全員に告げた。

    「……スジ引っ掛け」

    「えっ?」

    その言葉に全員がいっせいに振り向く。

    「前巡で5萬切ってるでしょ? だからスジ引っ掛けに取れると思ってリーチしたんじゃないかしら」

    「そんな……いくら須賀君でも、そんな非効率な、そんなこと、するはずが」

    和は私の言葉にうわごとのように返しているが、現に須賀君はそう打ってしまった。

    そう、本来の彼であればそんな打ち筋はしない。
    わざわざ悪い待ちに取ってあがりに行く。
    そんなもの、須賀君の打ち筋ではない。
    そう、彼が私の打ち方でうまくいくわけが、ないのだ。
    何故、こうなってしまったのか。


    私は顔を手で覆った。







    「ロン。2,000点」

    「……はい」

    須賀君が2着目に振り込んだのはその2順後だった。
    振り込んだ牌は、待ちさえ変えなければアガれていた9萬だったのが、皮肉だった。







    こうして須賀君の夏は、終わった。





    試合が終わった後も、誰もがその場を動けず呆然としていた。
    それからしばらくして、少し暗い顔をした須賀君が控え室に戻ってきた。
    入ってくるなり、彼は深く頭を下げた。

    「すみません、負けてしまいました」

    全員が、何かを言いたそうだった。
    だが、暗い顔をする須賀君を見てなかなか言い出せないようだった。
    私はそんな重い空気の中、口を開いた。

    「お疲れ様。残念だったわね……と言いたいところだけど、聞かせてもらっていいかしら?」

    「はい……」

    須賀君はおそらく何を聞かれるのかなんとなく想像がついているのだろう。
    顔を伏せたまま返事をした。

    「オーラス、最初に3-6-9萬で聴牌したわね? 發赤ドラで5,200点。点数が足りていたのはわかっていた?」

    「はい。リーチかけなくても問題ないってのは、わかりました」

    「えぇ、そこまではいいわ。じゃあ、何故……」

    分かりきっている。
    答えなど分かりきっている問いだがどうしても聞かずにはいられなかった。

    「どうして、次巡でカン2萬なんかに受けたの? 役も良形もドブに捨てて」

    須賀君はその問いに少しの間黙り込む。
    控え室に嫌な沈黙が流れていた。

    「……部長の」

    ポツリと呟いた言葉に体がビクリと跳ねた。
    あぁ、やはり想像通りなのだ。
    聞きたくはない、耳をふさぎたかった。
    だが須賀君は一度息を吸い込み、意を決したように言った。

    「みんなの牌譜取ってた時、部長の打ち方、すごいと思ったんです。かっこいいって思ったんです」

    やめて。

    「ここ最近、ずっと思ってたんです。部長みたいに、打てればいいなって思って」

    私は「おもちゃ」にそこまで求めてない。

    「俺も、ああいう雀士なりたいって、そう思ったんです」

    私の打ち方はそんないいものじゃない。あなたに、できるわけがない。

    「だから部長の牌譜とか見て、いろいろ研究してたんです」

    できるわけが、ないのだ。

    「だから、一萬を引いてきたとき、きっと部長ならああ打つかなって思ったから」

    確かに私ならそう打ったかもしれない……でも、違うのだ。

    「悪い待ちに受けてしまいました。すみません」



    須賀君は、そう言って再び頭を下げた。

    「……須賀君」

    「はい」

    酷く混乱したまま、頭を下げた須賀君に声をかける。
    私の打ち方を目指したと言うその言葉に対して、私はよく分からない感情に心を支配されていた。
    怒りなのか喜びなのか。悲しみなのか嬉しさなのか。
    混乱していた私には分からなかった。
    ただ、少なくとも須賀君は定石から外れる行為をして勝てる勝負を自分で捨ててしまった。
    そのことは、叱らねばならない……はずだ。

    その、はずだ。

    「あなたはまだ効率や押し引きと言ったことだって完全ではないのよ」

    「はい」

    「それなのに、私の真似をするなんて……まずは基本をしっかりとマスターする段階だっていうのはわかってる?」

    「はい……」

    「もう二度と、こんなことをしないように」

    「はい、すみませんでした……」

    言ってから自分がきつい言い方をしてしまったことに気づいた。
    須賀君は目の前で拳を強く握って震えていた。

    「すみません、頭冷やしてきます。すぐ、戻ります。」

    そこまで言って須賀君は部屋を飛び出していった。

    「きょ、京ちゃん! 待って!」

    しばし呆然としていた咲がその後を追った。
    優希がその後を追おうとしたが私のほうを振り返って少し睨み付けながら言った。

    「部長! ちょっときつすぎるじぇ!」

    「そうじゃのう、言いたいことは分かるがショックを受けているのは本人じゃけぇ。もう少し言い方があったんじゃないんか?」

    優希とまこが口々に言った。
    だが、それに対して和が首を振りながら言った。

    「でも、部長の言うことももっともです。今日は勝てていた勝負を捨ててしまいました。
      二度とこういうことをしないように言うのは、正しいと思います」

    まこと優希が驚きの表情で和を見た。
    優希が何かを言おうとしたが、それより咲に和がもう一度口を開いた。

    「もっとも、私たちもここのところ須賀君に指導できていなかったのに、失敗したときだけ責めるのも……酷い話だと思います」

    「そうね……」

    私はそう相槌をついて椅子に座り込んだ。

    「本当に、そうだわ。悔しくて、つい須賀君に辛くあたってしまったみたい。一番辛いのは須賀君なのにね」

    絞り出すような声に、まこも優希も続きを言う気はなくなったようだ。
    私はざわめく心を抑えながら、席を立った。

    「少し、様子を見てくるわ。ちょっと待っててもらえる? 須賀君に言い過ぎたことを謝らないと」

    「わかった……」

    まこにそういうと私は3人を残し控室を出た。
    扉を閉めた瞬間に倒れこみそうになるのを堪えながら、左右を見渡して須賀君を探した。
    ふらふらと歩きだす。


    私の思考は混迷を極めていた。

    私の「おもちゃ」

    私が遊びたいときにだけ遊ぶ「おもちゃ」

    私が使いたいときにだけ使う「おもちゃ」

    私は「おもちゃ」自身のことなどろくに考えていなかったのに

    私は「おもちゃ」を酷く扱ったのに

    「おもちゃ」は私に憧れて、私を目指して闘った

    それがどうしたと切って捨てればいいはずなのに

    「おもちゃ」のことは利用するだけ利用すると決めたのに

    「おもちゃ」のことはどうだっていいと思っていたのに

    何故割り切れないのだろうか

    何故切り捨てられないのか

    「あぁ……」

    ぐるぐると巡る思考の中で、ようやく私は理解した。
    先ほど須賀君に言われた言葉、私がどう感じたのか。

    『みんなの牌譜取ってた時、部長の打ち方、すごいと思ったんです。かっこいいって思ったんです』

    ようやく、わかった。

    『俺も、ああいう雀士なりたいって、そう思ったんです』

    私は

    『だから部長の牌譜とか見て、いろいろ研究してたんです』

    こう言われて"嬉しい"と最初は思ったのだ。
    だがすぐに"悲しい"と思ったのだ。
    そして、彼に対する罪悪感が芽生えたのだ。

    私の打ち方は、彼のように、単純だけどまっすぐで、人のために動けるような子がやる打ち方ではない。

    人を利用しようなどと考え

    人を「おもちゃ」として考え

    人を支配することに喜びを感じて

    人が自分の掌の上で踊ることに快感を感じる

    そんな人間が打つ麻雀なのだ。
    あんな、あんな打ち方を、彼がしてはいけない。
    できてはいけないのだ。

    だが、私は彼にそれをさせてしまった。

    ろくに麻雀を教えて貰えない状況で

    それでも私を信じてついてきてくれて

    私を想ってくれて

    私に憧れてくれて

    少しでも、私を目指そうと彼なりに進んでいたのだ


    その姿が、私の醜さをそのまま映しているようで、それで私の心は悲鳴を上げたのだ


    そう、ようやく、気づいた。
    ようやく気づいたのだ。

    「須賀君、須賀君に……謝らなくちゃ」

    ふらふらと、会場内の廊下を歩く。
    何人かにぶつかりそうになり、顔をしかめられたが気にならない。
    ただ、アテもなくふらふらと歩き続けた。
    そんな探し方で人が見つかるわけがないのに、私の悪運の強さは折り紙つきのようだ。
    通路の先に須賀君がいた。
    駆け寄ろうと、思った。
    だが、それはできなかった。

    ――悪いな。かっこ悪いところ見せちゃって――

    ――かっこ悪いなんて、そんなことないよ。男の子だって悲しいときは悲しんでいいと思うよ。泣いたっていいと思う――

    ――……おう。ほんと、ありがとな、咲――

    隣に、咲がいる。
    何故かその事実を知っただけで、私の歩みが止まった。

    ――ううん、いいよ。落ち着いた?――

    ――あぁ、もう大丈夫だ。戻るか、みんな心配してるよな――

    ――そうだね、行こうか?――

    ――あぁ。部長にもう一度謝らないとな――

    ――大丈夫。部長だって本当に怒っているわけじゃないと思うよ。部長って立場だから注意しなくちゃいけないから……その――

    ――わかってる。悪いのは俺だしな……部長の言うことはもっともだ。もう一度、勉強しなおさないとな――

    ――うん、私もできることは協力するからね――

    そう言うと2人は控え室に向かって歩き出した。
    私はなぜか、手近にあった空き部屋に飛び込み二人から身を隠した。

    誰もいない部屋に私はへたり込む。
    扉の外を須賀君と咲の楽しそうな声が聞こえた。
    その声が、だんだん遠ざかっていく。

    謝らなくてはいけないのに

    あんなに酷いことを言われても私のことを悪く言わない彼に、謝らなくてはいけないのに

    私の体は、へたり込んだまま動けなかった。



    まこが私を捜し、迎えに来るまで、私はその場から動くことができなかった。

   「私の」

    ぽつりとつぶやいた。

    「私の、おもちゃ」

    その呟きに対して言葉を返す人はいなかった。




    この日、私は「おもちゃ」から目を逸らし、手を放した。