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―― やっちまった…なんて思うのは和に対する冒涜なんだろう。

しかし、そう思いながらも、俺はその感情を抑えこむ事が出来なかった。
本来であれば…俺は決して自分からは和を求めるべきではなかったのだから。
せめて咲に答えてやれない事を伝えるまでは我慢するべきだったのである。
しかし、俺は結局、和の誘惑に負け…こうして自分から彼女に襲いかかってしまった。

―― 勿論、そういう風に誘導されたんだけれども…。

だけど、それは言い訳だ。
本当に咲の事を大事に思っているなら幾らでも拒む事は出来たはずなのだから。
けれど、俺は結局、和に従い続け、最後のラインまで譲ってしまった。
まるで咲の事なんてどうでも良いかのように…俺は… ――

「んふ…ふ…っ」

そこまで思い浮かべた瞬間、俺の腕に頭を載せる和が小さく笑った。
風呂から上がってから何も身に着けていない彼女は今、俺と共にベッドに寝転んでいる。
艶やかなその姿に風呂あがりの良い匂いが組み合わさり…見ているだけでも妙にドキドキとしてしまった。
それから目を背けながらも、腕枕をする俺は和から逃げる事は出来ない。

「アナタの身体…私と同じ匂い…」
「ぅ…」

そんな俺の身体を和がそっと撫でる。
彼女と同じく裸のまま寝転がる俺にとって、それは紛れもなく快感だ。
ゾクゾクと走るそれに思わず声をあげ、身を強ばらせてしまう。
特に下腹部に生えるそれは三回も射精させられたのにも関わらず、またムクムクと持ち上がりそうになっていた。

「くす…っまだ…足りないんですか?」
「いや…足りてる…はずなんだけれど…」

幾ら若さに満ち溢れた男子高校生と言えども、三回も射精を続ければ落ち着くはずだ。
実際、さっきまでの俺は落ち着くどころか、自分の見せた失態に落ち込んでさえいたのだから。
しかし、今のペニスを見て、それを信じる人はいないだろう。
まるで身体が和には逆らえないように…一目で分かるような勃起し始めているのだから。

「あんなに私の子宮に一杯…種付けしてくれたのに…」
「ご…ごめん…」

途中で抜くつもりだった…なんて言い訳にもならない。
ケダモノになった俺は和に乞われるがままに三度とも膣内で射精していたのだから。
主導権を握っていたはずなのに…結局、何時もと変わらないその結果に俺は思わず謝罪の言葉を紡いでしまう。

「あら…どうして謝るんですか?」
「それは…」

和の中では、俺達は夫婦なのだ。
幾ら学生 ―― しかも、まだ高校1年生の状態で膣内射精してしまったからだなんて言える訳がない。
そう言い淀む俺に和は優しい笑みを向け続ける。
まるで俺のしてしまった事を全て受け入れるようなそれに…俺の自責の感情は少しずつ薄れていった。

「夫婦なんですから…膣内射精が当然でしょう?」
「い、いや…決してそういう訳じゃないんじゃないかなぁ…って…」

とは言え、和の言葉をそのまま肯定する訳にはいかない。
確かに普通のカップルよりはそういうハードルが低いのは確かである。
だが、世の中には夫婦になっても経済的な面から避妊を続ける人たちもいるのだ。
ましてや俺達は本当はまだ学生なのだから…ギリギリまで避妊は続けるべきである。

「アナタは…私と…子どもを作りたくないんですか…?」
「そ、そんな事ないって」

瞬間、俺の耳に届いたのは底冷えするような声だった。
まるで亡者の囁きにも似たそれに背筋が冷や汗を浮かべる。
まさにゾッとするそれに俺は慌ててそう返した。
しかし、それでも和の冷ややかさは変わらない。
さっきまでの幸せそうな表情を投げ捨てて…冷たく俺を見据えてくるのだ。

「…まさか…浮気相手が…」
「それ…は…」

そんな和の誤解を解く為にも、俺は即答するべきだったのだろう。
そんな人はいないと俺はすぐさま言うべきだったのである。
しかし、俺の脳裏に浮かんだ幼馴染の姿が…それを阻んだ。
まるでそれだけは言ってはいけないと言うように…俺の口は言葉を詰まらせたのである。

「…アナタ…?」
「うあ…っ!」

その瞬間、俺に襲いかかってきたのは柔らかなものが絡みついてくる感触だった。
むき出しになった肌にスルスルと密着するそれは和の手足なのだろう。
まるでタコか何かのように艶かしく動くそれらはあっという間に俺の身体を閉じ込めた。
それは勿論、痛みを感じるものではないが、しかし、興奮を擽るには十分過ぎるものである。

「アナタは…私の事…愛してくれていますよね?」
「勿論…だ。俺は…和の事が好きだよ」

そのまま俺の耳元に囁く和の声に、俺は迷いながらも頷いた。
ほんの数日で和に傾倒していっている俺の心は以前、抱いていた和への好意を蘇らせ始めている。
勿論、それよりも同情や、彼女には俺がいなければダメなのだという意識の方がまだ強いが、それも何れは逆転するだろう。
それを日々、自覚する…いや、させらている俺にとって、その言葉は決して嘘じゃない。

「好きじゃダメです。ちゃんと…愛してるって言って下さい」
「それは…」

だけど、和は俺にさらにその上を求める。
好きではなく、大好きでもなく、愛してるという最上級の言葉を…欲しているのだ。
だが、それにすぐさま応えてやれるほど…俺はまだ色んなことを吹っ切った訳じゃない。
咲の事だって…俺の胸には未だ消えた訳ではないのだから。

「…やっぱり浮気相手がいるんですね…やっぱり…宮永さんなんですか?
  あの人の事がまだ忘れられないんですか?宮永さんが…宮永さんが…っ!」
「の、和…」

そんな俺の態度が気に食わなかったのだろう。
和の声は少しずつ語気を荒くして、俺を抱きしめる。
その力は信じられないほど強く、俺の身体がギリギリと悲鳴をあげるくらいだ。
その細腕の何処にこんな力があったというのか。
そう思うほどの力に俺は和の名前を呼ぶが、彼女の手が緩む事はなかった。

「アナタの奥さんは私なんです…私なんですよ…だから…アナタは私だけを見なきゃ…
  愛してくれなきゃダメなんです…アナタが考えるのは何時だって私の事じゃないと…っ」

その言葉はもう論理的なものでさえなくなっていた。
まるで俺に言い聞かせようとしているようなそれは今まで微かに残っていた正気さえも失っている。
さらに濁ったその瞳にはもう光なんて何処にもなく、狂気の色だけを湛えている。
だが、そんな彼女を悲しいと思うのは…和の声が縋るようなものだったからだろうか。
捨てられるのを恐れる子どものようなそれに…俺の胸はズキリと傷んだ。

「…勿論…だ。俺は…和の事だけを…考えて…」
「嘘…嘘です…アナタの心にはまだ…まだ宮永さんが…」
「っ…」

瞬間、俺を抱きしめる力がさらに一段強くなる。
その柔らかな肢体をさらに押し付けるようなそれに俺の口から痛みの声が出そうになった。
だが、それを俺が何とか噛み殺すのは、それに和が悲しむと思ったからである。
その是非はさておき…和は和なりに俺の事を愛してくれているだけなのだ。
決して俺の事を傷つけたいとも痛めつけたいとも思っている訳じゃない。

「…愛してる…よ」
「…え?」
「和の事…愛してる…から」

そう思った瞬間、俺の口から…言葉が漏れた。
痛みに掠れそうになりながらもはっきりと伝えたそれに和の力がふっと緩む。
だけど、それに安堵していられないのは…また咲の事を裏切ってしまった所為か。
少なくとも…和に愛していると告げた一瞬…俺の中にはもう幼馴染の姿はなかったのだから。

「あ…あぁ…あぁぁ…っ」

だが、それに自責を感じている暇はない。
そう思うのは力が抜けた和の身体が、ブルブルと震えだしたからだ。
まるで今、ようやく自分がやってしまった事に気づいたようなそれは…とても痛々しい。
その瞳に微かな正気が戻り始めている事も…その印象をさらに加速させている。

「ご…ごめんなさい…っ!私…私…っ!」

そう言いながら俺を抱きしめる和にはもうさっきのような怪力はない。
そこにあるのは今にも振り払えそうなくらいの弱々しさだけだ。
けれども、俺はどうしても…そんな和を振り払う気にはなれない。
和をこんなにしてしまった原因である俺に…振り払えるはずなんてなかった。

「…良いんだよ。悪いのは…俺なんだからさ」

そう言いながら抱きしめ返した彼女の身体は少しだけ冷えていた。
それはきっと一糸纏わずにベッドに入っているからではないだろう。
長野はもうじっとりと汗ばむ季節へと入り、今も暖かいくらいなのだから。
そもそも今もこうして裸で暖めあっている和の身体がそんな風に冷え込むはずがない。

「ごめんなさい…私…不安で…」

だからこそ、和のそれはきっと本心なのだろう。
和は…その身体が冷え込んでしまうくらいに…不安で苦しかったのだ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり…俺は和の事を抱き返す。
そのままそっと肩を撫でる俺に和の身体は少しずつその震えを収め始めていた。

「気にするなよ。…仕方ないって」

和が一体、どういうつもりなのかは分からない。
だが、俺は未だに咲に本当の事を言う事を許されず、偽装交際を続けているままなのだ。
それを正気を半ば失った和が不安に思わないはずがない。
幾ら俺に命じた事とは言え、何時か俺が離れていってしまうのではないかと恐ろしく思っているのだろう。

―― それに何より…。

「明日は…一世一代の大舞台…なんだもんな」


そう。
明日は県大会…つまり和にとって、大勝負が待っているのだ。
長野に残留出来るか出来ないを決める最初の一戦が待ち受けているのである。
それに…幾らインターミドルチャンプに輝いたとは言え…不安に思わないはずがない。
きっと今の和は不安と重圧に押し潰されそうになっているのだろう。

「俺なら…幾らでも受け止めてやるからさ。だから…気にするな」

俺だって和と別れたくはない。
色恋沙汰を抜きにしても、俺は和の事を大切な仲間だと思っているのだから。
何より和がいなくなると麻雀部の皆が悲しむ。
最近、和と仲が良い咲だって和が引越しするとなれば、泣くだろう。
今も尚、泣き虫な幼馴染を裏切っている俺にとって、それは決して看過出来る事じゃない。

―― だけど…一番の理由は…。

犯罪行為に躊躇なく手を染めるようになった和。
そんな彼女の傍から俺がいなくなってしまったら一体、どうなるのか…想像もつかない。
だが、きっと内々で処理出来るような範囲を超えてしまう事だけは明らかだ。
もしかしたら…和が人を傷つける事だってありえるかもしれない。
そんな不安が胸を過ぎる俺にとって、そうやって和の不安を受け止めてやる事しか出来ないのだ。

「アナタ…」
「ほら…泣くなって。可愛い顔が台無しだぞ」

そう言いながら俺はそっと和の目尻を拭ってやった。
だが、微かに濡れた目尻はそれで元通り、という訳にはいかない。
拭っても拭っても後から溢れるようにして小さな水の珠が目尻に浮かび上がってくるのである。

「アナタが…嬉しい事ばっかり言ってくれるからです…」
「俺には…これくらいしか出来ないからな」

それを幾度となく拭い去る俺に和がふっと笑った。
拗ねるようなその口調とは裏腹に嬉しそうなその笑みに俺の顔も綻びそうになる。
しかし、そんな俺の口から飛び出すのは自嘲めいた言葉だった。
俺がもっと麻雀が上手ければ…色んな面で和のサポートが出来たはずなのである。
或いは家事が出来れば和の手を煩わせる事も少なくなっただろう。
しかし、俺にはそのどちらもなく…ただただ彼女の不安を受け止めるしか出来ない。

「明日…応援してる。だから、一緒に頑張ろう」
「…はい…」

それでも、一緒に頑張ろうと言った俺の言葉は嘘じゃない。
俺だって…そのままの自分で良いとは思っていないのだ。
勿論、それだけで全部の事が出来るとは思っていないけれど…出来る事は全部やる。
そう決意を固める俺にとって、明日は和ほどではなくても頑張らなければいけない一日なのだ。

「今日は…私が寝るまで…このままで良いですか…?」
「…あぁ。大丈夫だ」

そんな俺の耳に届いた声は安堵しきった和の声だった。
微かに心地良ささえ感じさせるそれに…俺は小さく頷く。
どの道、何時も和が寝るまで付き合わされているのだ。
それにこうして抱き合うという要素が加わったところで、特に疲れも不快感も感じない。
まぁ…一つ修羅場めいたものを超えて安堵したペニスがまた張り始めているけれど… ――

「我慢出来なくなったら…眠ってる私の事をレイプしても良いですよ」
「し、しないっての」

そんな俺に冗談めかした言葉を向ける和に、俺は多少、どもりながらもそう答える。
幾らなんでも眠っている相手の事を犯すほど俺はケダモノじゃない。
さっき三回も射精したのだし、我慢出来る範囲…のはずだ。
まぁ…何時もより寝付きが悪いかもしれないけれど…俺の睡眠時間よりも和の睡眠時間の方が大事だろう。

「…残念です…」
「馬鹿な事言ってないで…ほら、眠っとけ」
「ん…っ」

そう言いながら、俺はそっと和の背中を撫で始める。
ゆっくりと上下に擦るそれに和の目が少しずつトロンとしていく。
快感とも欲情とも違うそれはきっと彼女の中で眠気が強くなってきたからだろう。
しかし、それでも和は瞼を閉じる事はなく、俺の事をじぃっと見つめる。

「卑怯です…こんな事されちゃったら…眠くなっちゃいます…」
「そりゃその為にやってるんだからな」

明日は和にとって勝負どころなのだ。
それを寝不足で負けました、なんて情けない結果にはさせてやりたくない。
そう思いながらの俺の手に少しずつ和も押され始めたのだろう。
その瞼はゆっくりと閉じていき、身体もまた暖まっていった。

「アナタ…愛してます…」
「…俺もだよ」

最後にそう言いながら、和の目は完全に閉じきった。
そのまま安らかな寝息を立てる彼女を背中を俺は何度も撫で続ける。
少しでもその夢見が良くなるようにと思いながらのそれに和は安らかな寝顔を見せてくれた。
可愛らしいその顔に俺は小さく笑いながら、そっと部屋の時計を見上げる。

―― もうそろそろ…日付も変わるなぁ…。

和も眠った事だし、そろそろ俺も帰るべきなのだろう。
基本的に家は放任主義とは言え、流石に外泊続きは不安にさせてもおかしくない。
今のところは何も言われていないが、それだって何時まで続くかは分からないのだから。
それを少しでも先延ばしにする為にも帰れる時には帰っておくべきなのだ。

―― でも…もう和は寝てしまったし…。

俺はこの家の鍵が何処にあるのかも知らない。
自然、俺がこの家から出ようとすれば、その扉の鍵を開けっ放しになってしまうのである。
だが、ついこの間までストーカー被害にあっていた和の家を開けっ放しになんて出来ない。
親御さんたちは今も出張で当分帰ってこれないみたいだし…俺の代わりに扉を締めてくれる人もいないのだから。

―― 本当…どうするべきなんだろうな…。

今はまだこれで良い。
俺は原村邸に泊まる余地もあるし、和が眠るまで傍にいてやれる。
だけど、和のご両親が出張から帰ってきた後にもそれが続けられる訳がない。
その時に…おかしくなった和がどんな反応をするのか…俺にはまったく予想がつかなかった。

―― 俺が…和の親御さんたちに認められるのが一番なんだろうけれど…。

しかし、和から聞いている話によると親父さんはかなり厳格な人だ。
そんな人の前に恋人ですと顔を出したところで、態度が頑なになるだけだろう。
もしかしたら強引に和を東京の進学校へと転校させるかもしれない。
そのリスクを考えれば…安易に両親に紹介してもらう…という手段も取れなかった。

―― 問題は…山積みだな…。

これから先…俺が和という少女を守っていく為にはどうするべきなのか。
俺にはまったく分からないし…見えてこない。
俺に分かるのは自分が悲しいほど無力で、今まで何の努力もやってこなかったという事だけだ。
しかし、それでも…俺は和の事を裏切る訳にはいかない。
咲の事を裏切ってまで…選んだ彼女を俺は絶対に護り通さなければいけないのだから。

―― とりあえず…親に連絡を入れておこうか。

今日もまた泊まりになるという事を伝えよう。
そう思って携帯に手を伸ばした俺の目に入ったのは、メールの着信を知らせる表示だった。
それに携帯を操作すれば、二通の新着メールが受信ボックスに並んでいる。
けれど、俺はそれをすぐさま開く気にはなれず…呆然と差出人の名前を見ていた。

―― 咲…。

そう。
そこに並んでた差出人の名前は両方共、俺の幼馴染のものだったのである。
だが…いや、だからこそ…俺はそのメールを開く事が出来ない。
せめてメールに目を通すくらいはしなければいけないのに…どうしても気まずくて開く気になれなかったのだ。

―― …ごめん…。

普段、咲はメールなんてしない。
あいつは機械音痴で、携帯だってつい最近、契約したばかりなのだから。
メールを打つのだってまったく慣れておらず、一通作るだけでも十数分掛かる事だってザラだ。
それでもこうして俺に対してメールを打ってくれる咲を無視するのは…心が痛む。
だけど…俺にはもう咲に応えられるような男ではなくなってしまったのだ。

―― いや…それは言い訳だ。

結局、俺は逃げているだけなのだ。
重苦しいものを感じさせるようになった咲から…逃げ始めているのである。
勿論、咲は何も悪くはなく…俺が勝手に後ろめたさを覚えているだけだ。
しかし、そんな自分が最低だと理解していても…どうしてもメールを開くのを先延ばしにしてしまう。

―― …俺は…。

そんな自分に自己嫌悪を感じながら、俺は手早く親宛のメールを完成させる。
それを送信してからすぐに俺は携帯の電源を切ってしまった。
まるで咲のメールそのものをなかった事にするようなそれに自嘲を強めながら、俺はそれをベッドの脇へと投げ捨てる。
そのまま真正面へと向き直れば、そこには俺へと身を委ねる和の顔があった。

―― …そうだ。俺には…和がいるんだ。

それが自己正当化に近い考えだと理解していた。
和がいるから…和に手が掛かるから…咲に構えないのだと言う最低な考えなのだと…俺も分かっていたのである。
実際に俺の余暇の殆どは彼女に取られているとは言え、こうして手隙になる時間がない訳じゃない。
その間に咲にメールを返す事は…決して不可能ではないはずだ。
しかし…俺はその現実から逃げるように和を抱きしめ…その柔らかさに意識を向ける。

―― それに和も…それを望んでいる。

さっきの和は何時も以上におかしかった。
それこそ完全にタガが外れたように俺に迫り、言葉を強請ったのである。
そんな彼女にもし、咲とのメールが見つかってしまったら今度こそ微かな正気を取り戻す事さえ出来なくなるかもしれない。
それを防ぐ為にも…俺は… ―― 

―― 和の事を…護らなきゃ…いけないんだ。

その言葉はとても曖昧なもので、逃避の為のものだった。
どれだけそう口にしても、俺が咲を裏切り、傷つけている事には変わりがない。
けれど、追い詰められれば追い詰められるほど…俺の中でその気持ちが強くなっていく。
まるで咲から逃げる分…和へと傾倒していくように…俺は彼女を護る決意を固めていくのだ。

―― …それはきっと和の思惑通りのものなのだろう。

だが、そうと分かっていても俺の感情は和の方へと傾き、思考は自己正当化の域を出ない。
そう思った俺は小さくため息を吐きながら、そっと目を閉じた。
瞬間、鋭敏になった触覚が和の柔らかさを脳へと強く伝えてくるが、それに目を向ける訳にはいかない。
下手に意識してしまったら俺の身体は興奮し、眠気から遠ざかってしまうのだから。

―― 俺だって…明日はそれなりに忙しいんだ。だから…。

しかし、そう思いながらも、俺の身体には中々、眠気がやってこない。
興奮で熱くなった身体は和の事を求め続けているのである。
それをどれだけ否定しても…和の味を覚えた身体は止まらない。
結局、俺はそのまま数時間ほど悶々とし続け… ――



―― 結局、殆ど眠れないままに次の日の朝を迎えたのだった。


……
…………
………………


―― ふふ…全てが…全てが順調です。

そう思うのは、私の誘惑に夫は屈し始めているからでしょう。
彼は少しずつ私を求めるのに遠慮がなくなり、欲求にも素直になってきているのです。
ここ最近は強請らずとも彼の方からキスしてくれるようになりましたし、愛撫だって積極的でした。
勿論、それは辛いものから逃げる為に私に傾倒しているが為なのでしょう。

―― でも…それで良いんですよ…。

そうやって宮永さんの傍が居心地悪くなれば…自然と彼は私の傍に来て…そして求めてくれる。
その狙い通りに動いてくれている夫の事が私は愛しくてたまりません。
勿論、彼がこんなにも私を求めるようになってくれているのは自責が故でしょう。
ですが、それでも…それを発散する先に選んだ女性を、夫が蔑ろにするはずがないのです。

―― 分かりますよ…少しずつ…私のことを好きになってくれているのが…。

自分の醜い欲望や感情まで受け止めてくれる相手。
そんな人を嫌いになれるほど夫はひねくれ者ではありません。
寧ろ、とてもまっすぐで暖かな人なのですから。
そんな彼の心の中で少しずつ私が増えていると思うと…それだけで胸の中が一杯になりそうなくらいです。

―― 実際…私が『普通』を演じられているのはそのお陰なのでしょう。

壊れてしまった『私』には日常を送る事が出来ません。
そんなものより私は夫の事が大事で…四六時中傍に居たくて仕方がないのですから。
ですが、それでも今の生活を維持する為には『普通』を演じる必要があるのです。
そう思った私が生み出した仮面はとても強固なものでした。
自分でも別の人格なのかもしれないと思うほどのそれはごく自然に『原村和』を維持する事が出来たのです。

―― でも…それももう少しで用済みかもしれませんね。

今の私は東京に来てました。
それは県大会で敗退したからではありません。
私達清澄は優勝候補であった龍門渕を破り、東京へ…インターハイに来ているのです。
しかし、インターハイでも私たちの敵は少なく、順調に勝ち上がり続けていました。

―― 優勝も…夢ではないかもしれません。

最初は…正直、その目標を実現出来るかは分かりませんでした。
そんな目標に私は今、手が届きそうな場所にまで来ているのです。
勿論、これから先、相手はどんどん強くなっていく一方なので油断は出来ません。
ですが、それでも…浮かれる気持ちを落ち着かせられませんでした。

―― だって…もうすぐ宮永さんともお別れですから…。

そう。
インターハイで優勝さえすれば…宮永さんにもう用はありません。
父が一度言った言葉を翻すとは思えませんし、三年は清澄に通い続ける事が出来るでしょう。
そうなった時に…私にとっては…彼女は障害でしかありません。
いえ、本音を言えば…今だって私は彼女を排除したくて堪らないのです。

―― 未だ夫の傍にうろちょろして…っ!

勿論、それは仕方のない事だと分かっていました。
宮永さんにいつも通りのパフォーマンスを発揮して貰う為に…見逃さなければいけない事だったのです。
しかし、それでも私にとって彼女は愛しい人の近くを飛び回る小うるさいハエにしか思えません。
彼と愛しあう際にもふと思考を過る彼女の事を私はすぐさま叩き潰したかったのです。

―― そうなったら…夫の心は私だけ…私だけの…ものなんです…。

未だ宮永さんの陰を残す夫の心。
そんな彼女がいなくなれば、私は今度こそ彼を完全に手に入れる事が出来るでしょう。
そうなったら・・・もう仮面なんてつけている必要はありません。
私たちは本当に幸せな夫婦として…一歩を踏み出すのですから。
その時が待ち遠しくて…私はつい軽い足取りで歩いてしまいます。

―― さぁ…早くホテルに帰って…夫との愛の記録を見ましょう。

最初の日以来、私は夫との情事を隠しカメラで撮っていました。
それは勿論、後に宮永さんに見せてあげる為です。
彼女を…私が味わった以上の絶望へとたたき落としてから…排除する。
その為に作った動画は私のとって宝物と言っても過言ではないものでした。

―― 何せ…こっちでは夫と触れ合う事が出来ませんし…。

彼もまた清澄の部員なのです。
残念ながら結果は出ませんでしたが、応援や細やかなサポートとして東京に着いて来てくれていました。
しかし、かと言って、周りに人の目がある以上、あんまりいちゃつく訳にはいきません。
インターハイが終わり…宮永さんを排除出来るまでは、外ではあくまでも部活仲間であり続けなければいけないのですから。

―― でも…大丈夫でしょうか…。

夫のような年頃の男性は、一日性処理をしなければかなり辛いと聞いています。
勿論、自慰までは禁じていないので、恐らく彼もまた自分で処理してくれているでしょう。
宮永さんがいなくなったらそれも禁止するつもりですが…まぁ、それはさておき。
私と日常的に愛を交わす夫がオナニーだけで満足出来るか不安だったのです。

―― もし、我慢出来なくなったら…勿論…私は受け入れてあげるつもりですけれど…。

ですが、夫は基本的に我慢強い人です。
ここ最近は私の誘惑に負け始めているとは言え、それでも踏みとどまり続けたのですから。
そんな彼が下手に私に義理立てして我慢しないとも限りません。
それはそれで嬉しいですが…しかし、それは私を不安にさせるものでもあったのです。

―― だって、夫はとても素晴らしい人なのですから。

ここ一ヶ月で夫は大きく様変わりしました。
家事の手伝いくらいしか出来なかった彼は、今では一人でそれらをやり通す事が出来るようになったのです。
特に料理の面での成長は著しく、最近ではゆーきに手作りのタコスを作ってくるようになりました。
その上…顔だって格好良くて…困っている人を見捨てられない夫は、素晴らしいの一言に尽きるでしょう。
そんな彼にまた宮永さんのように思い違いをした虫が寄ってこないとも限らないのです。

―― …そうですね。ちょっと…時間を作ってみましょうか。

そんな私に浮かんできたのは、さっきとは異なるものでした。
唐突に不安になった私にとって、彼の性欲処理は優先するべき要件になっていたのです。
いえ…正直に言えば、それは不安だけではありません。
私自身もまたお腹の奥にじわぁぁと愛しさが広がっていくようなあの膣内射精の感覚を…味わいたくてたまらなかったのでした。

「あっ」

その想像に疼きを走らせるお腹を私がそっと撫でた瞬間、視界の端に見覚えのある金色が映り込みました。
まるで日輪のようなキラキラとしたそれを私がいまさら、見間違うはずがありません。
それは間違いなく私の愛しい人のものでしょう。
そう思った私が、そちらへと顔を向けて…足を進めた瞬間… ――

「…え?」

私の視界に入ったのは…抱き合う男女の姿でした。
勿論、男性の方は私が愛する夫です。
しかし、もう片方の女性が誰なのかは私には分かりません。
巫女服を身に纏っている辺り、恐らく永水女子の選手だと思うのですが…その童顔気味な顔を見たことはなかったのです。

―― それに私にとっては…どうでも良い事でした。

私にとって重要なのは…その人が私の夫と抱き合っているという事だけなのです。
いえ…それどころか…彼女は熱っぽく夫を見上げ…制服を握りしめていました。
まるで彼の事を離したくないと言うようなそれに私の頭の中が真っ赤に染まります。
一気に嫉妬と怒りの色で染まった私には…もう自制する余地なんてありません。
バキバキと音を鳴らすようにして平静の仮面を砕き…その奥にある狂気の顔をの覗かせて…… ――












「…浮気者」




-fin-