インハイ会場の外、人気の多い場所で須賀君はぼうっと突っ立っていた。
けれど、誰もが彼を避けるようにして歩いている。
存在を認められていないのか。
あるいは、存在を認識されていないのか。
…確かなのは、彼が私と似た境遇にあるらしいということだけだった。
「そんな所で、辛気臭い顔してちゃ駄目っすよ」
私がそう声をかけると、彼は驚いたような顔でこちらを見た。
「…俺が、見えるんですか?」
「見えるとか見えないとか、そんなのありえないっすよ」
「そう…ですよね。俺の勘違い、なんですよね?」
彼はひどく困惑しているようだった。
先程の光景を見てはいたが、それでも理由らしき理由は少しも伺えない。
私自身、周りからまともに認識されず生きてきた時期があったのにだ。
そんな私でさえ、認識されずに周りから避けられるという経験はほんの数回。
大体は私の方でぶつからないように気をつけていたし、避けられたのも単なる偶然だ。
…私は彼の力になれないのかもしれない。
そう思ったが、やはり彼のことを見捨てたりは出来なかった。
「…東横さんは、親に自分を認識されなかった事がありますか?」
「あるっすよ」
「じゃあ、自分の部屋がある日跡形も無く片付けられていたことは?」
「!?」
「ですよね…いくら何でもそんなことは…まあ、有り得ない話だ」
そりゃそうだ。
何でこんなことを聞いたのかって、そりゃあ自分が不幸である事に酔いたいからなんだろう。
というか、酔わなきゃやってられない。
自分が誰からも認識されず、無かった事にされていく現実なんて…受け入れられはしない。
今はまだだが、いずれは麻雀部の皆からも無かった事にされていくんだろう。
そしたら俺は死んでしまうんだろうか。それとも、そのまま生きていくことになるのだろうか。
…いやだ、そんなの。
「…部長達から聞いたんですけど、東横さんって『消える』らしいんですよね?」
「そうっすけど、それが何か?」
「俺はきっと、このまま消えてしまうことになるでしょう…誰からも忘れ去られて」
須賀君は、酷く濁った目でこちらを見てそう言った。
「そんな…諦めるにはまだ……」
そんな彼に、私は根拠も何もないのに慰めの言葉を与えようとした。
けれど、言葉が続かなかった…続けられなかった。
「俺にはもう帰る家もありませんから…麻雀部でも、俺の居場所はどの道無くなっちゃうでしょう」
「…どうして?」
「俺の役目って、咲を連れてきた時点で半分終わってるようなもんですから…そう誰かが言われました」
「誰かって、誰?」
彼の言っている事が分からない。
「えと…見た目は俺と同年代で、髪型は阿知賀の鷺森さんみたいな感じっす」
意味は分かっているのに、それがまるで頭に入っていかない。
「服装は…髪の色と同じ黒基調の制服でした。そして、そんな制服のある高校はどこにもなかった」
まるで、彼の言葉を理解してはならないかのように。
「…そんな」
…もし、そうだとしたら。
「ひょっとしたら、俺が見たのは死を告げに来た神様だったのかもしれませんね」
神様というのは、すこぶる性格の悪い奴なんじゃあないだろうか。
「ところで、お願いしたいことがあるんですけど」
「何です?」
「俺…独りぼっちになりたくないんですよ。ぶっちゃけ、そういうのは慣れてませんから」
じゃあそれに慣れてる私は何なんだと毒づきたくなったが、ここは抑えないと。
「…ですから、一緒に来てくれませんか?」
え?
「どうか、俺と一緒に消えてくれませんか?お願いですから、俺の事を覚えていてくれませんか?」
―――何を、何を言っているんだこの人は。
「俺もあなたのことをずっとずーっと、覚えていますから。独りぼっちには、決してさせませんから」
嫌…私はまだ消えたくない、消えたくないのに…身体が少しもいう事を聞いてくれない。
嫌だ…こんなの嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――――――!
「…大丈夫、新たなカタチになれるから」
最終更新:2013年10月14日 14:30