私にとって世界とは見上げるもので、世の中の大抵の物事は私より上で起こる。

下から覗いても見られる景色は限られているし、高いものには手が届かない。

そう、低い位置に居る私にとって高嶺の花は案外多いものなのだ。

それでも欲しいものがあって、手を伸ばす。手が届く人たちの真似をして、同じようにやってみる。

少しだけうまくいくけど、すぐにメッキが剥がれてしまう。慌てて取り繕おうとして、余計届かなくなる。

今まではそれでも良かった。少しだけうまくいくことが、憧れに近付けた気がして嬉しかったから。



憧れの先輩達を目指して、同じ高校に進学した。

でもその人たちは3年生。私が成長しても進学しても、2年間の距離は埋まらない。

その中にあの人はいた。

背が高くて、身体もがっしりしている男の人。金色の髪だけど威圧感は無く、柔らかい印象を受ける。

よく笑い、あまり怒らない。怒るふりはするけども、すぐに一緒に笑いだす程度の怒り方。

その人は私よりも大人でとても魅力的な女の人に囲まれていた。それを見て小さい私はまた、高嶺の花を眺めるだけで満足していた。



私の好きな童話の狐さんが言っていた。あれは酸っぱいブドウだと。

色んな人の真似をして、手が届きそうに見えても届かない。

かといって、自分の力でやろうとしたら余計遠のく。高嶺の花は手が届かないから高嶺の花なのだ。

だから、理屈を付けて諦める。あのブドウは酸っぱいから。あれは他人のものだから。私は彼の好みの正反対だから。



眺めることで満足して、そこで止まっていた。たまに心が苦しくなるけど、それはきっと麻雀が強くならないせいだ。

他の人の真似をし続けて対局1回くらいは誤魔化せるくらい沢山の人に憧れて、そのくせ実際の実力は初心者といい勝負できる程度。

凄いように言われるけども実際は騙して誤魔化して、紛い物の努力を積み上げた上で虚勢を張ってるだけ。

そんな私が彼に手を伸ばそうなんて無理だって、心配してくれた同級生にも笑って答える。

22 名前:2/3[sage] 投稿日:2013/09/30(月) 20:12:33.23 ID:xVLLszdx0
夏が過ぎ、先輩たちは引退した。

2年生が中心となって部活を行っていく、よくある光景。

面倒見がいいのか勉強から逃げてきているのかはわからないけど、先輩たちはしょっちゅう顔を出しに来てくれている。

あの人も、たまに来てくれる。在部中と変わらず皆の面倒を見ている。

先輩の1人が言っていたことを思い出す。あの人はこの3年でとても上手になったけど、強くはならなかったと。私にはその言葉の意味がよくわからなかった。

けど、3年間も一緒の部活に居たのだ。共に色々な事を見て、話して、経験してきたのだろうと思い羨む。どんなに欲しがっても手に入らない、私には無くて先輩達には有るもの。


季節が移り秋が過ぎ、雪が降り始める季節。

外でお昼を食べるのには向かない季節、ましてや昼寝なんてする人なんていないと思ってた。

いた。

渡り廊下からふと中庭を見ると、あの人が予報ではそろそろ雪が降り始める曇り空の下、芝生に横たわっていた。

私は思わず駆けだしていた。一緒に歩いてた友達は驚いてたみたいだけど、気にしている余裕はない。

息を切らして到着すると、あの人は驚いて私を見た。その直前に目元を拭っていたけど、一瞬見えた涙を見逃すほど子供ではない。私だって成長しているのだから。

どうしたのかという問いに苦々しくも笑いながら、あの人は答える。3年間の恋が破れたと。



あの人が私の最も憧れる先輩をずっと見ていたことは知っている。私もあの人をずっと見ていたから、気付かないわけがない。

私とはあらゆる部分が正反対な先輩が好きだから諦める理由にしているのだ。と年上の幼なじみに相談した時に、攻めるように言われたことを思い出す。

それは理由にならないと、後悔する前に攻める場面だと忠告してくれた友達も居た。

冷え切った芝生に座っているあの人の、頭を抱きしめてしまったのはきっとそのせいだ。

頭も手も、身体全体が冷え切っていた。多分、心も。

子供体温と普段笑われてる私だけど、こういう時は役に立つ。

23 名前:3/3[sage] 投稿日:2013/09/30(月) 20:14:20.18 ID:xVLLszdx0
流石に身体の芯まで冷え切っていたので、私の体温でも温められなかった。

半ば無理やり保健室へ連れて行き、先生に事情を説明する。している間に3年の先輩たち、残りの3人が集まってきた。

そんな所で寝てるなんて馬鹿だじぇと笑う先輩には軽口で返していた。信頼関係が無ければできないやり取りだ。

流石に風邪ひくよ?と心配する先輩には、自然に頭を撫でて大丈夫だと返している。慣れた自然なやり取りだった。
そして……最後の1人は何も言わない。理由を知っているから気まずいのか、目を逸らしたまま黙っている。あの人も、不自然なまでに視線を合わせようとしない。



結局、あの人は大事を取って早退した。私も、今日の私は悪い子ですと言い訳して部活を休んだのは、先輩に届け物を頼まれたから。お見舞いついでにも兼ねてあの人の家に行く。

教えて貰った住所へ着くと母親に快く迎え入れられて、すぐにあの人の部屋へと案内された。

部屋で寝てるか本でも読んでるかと思ったけど、予想は外れてた。机に向かって勉強してた。

流石にそれは見過ごせなかったから、ベッドに引き戻す。今日くらいは勉強を休んでもらわないと。

ベッドに横になって貰って、会話が途切れる。気まずい空気になるけど、まだ帰りたくない。思い出してみるとあの人と2人だけでいることなんて初めてだった。

不意に手が動き、私の頭にぽんと置かれる。ありがとう、とお礼を言われた。助かったよ良い後輩がいてくれて俺は嬉しい、と頭を撫でられる。

後輩としか思われてない悲しさと、あの人の役に立てた嬉しさが混ざり合って、でもそれだけじゃなくて少しどきどきした感じが浮かんできて顔が綻ぶ。

さっきの気まずい空気が全く無くなって、とても居心地がいい。少し気になるのは、さっき頭に手が触れた時にちょっと熱いと思ったこと。やっぱり熱が出てるみたい。



時計を見ると、部活ももう終わる時間になっていた。そろそろ帰りますと立ち上がる。熱もあるみたいだからちゃんと寝ててくださいと忠告も忘れずに。

ドアを開けようとした時に、急に悪戯心が沸いてきた。今日は散々心配させられたのだからこれくらいは良いだろう。

だからドアを開けて、出る直前に足を止めて、振り向かずに声を出す。

私、貴方の事が好きですよ。先輩としてではなく異性として、と間違われないように付け加える。

言い終わった後、恥ずかしくなってそのままドアを閉めて、逃げるように家に帰った。

最後に横目で少し見えたあの人は、とても驚いた顔をしていた。ように見えた。



1度は諦めたブドウだけど手が届きそう。

ならば皆の言う通り、少しくらい攻めてみようかと思う。

もうあの人が……須賀先輩が卒業してしまうまであと半年もないのだから。私……マホは、初めての勝負に出ようと思います。