見てしまった。

私は慌てて自分の部屋に駆け込むと、まるで世界を拒絶するように頭から布団をすっぽりと被る。


深夜。お手洗いに目が覚め部屋を出た。用を済ませ自室に帰る途中、おねーちゃんの部屋から微かに声が漏れていた。

こんな時間に起きているなんて珍しい。普段なら遅くとも11時までに寝てしまうのに。

僅かに光が漏れていた。

近付いてはいけない。見てはいけない。聞いてはいけない。

私の中で何か、本能的な何かが警告した。それでも私はそれを無視してほんの少しだけ開かれた部屋の中を覗き込んだ。

玄「え……」

そこにいたのはおねーちゃんと、…………京太郎くん?

それだけではなかった、よくは見えないが2人は裸で布団に包まり、

その、おねーちゃんは聞いたこともないような艶のある声をあげて両腕を京太郎くんの首に硬く回していた。

今すぐにでも逃げ出したかった。それなのになぜか私の脚は動いてくれない。まるでその場に根を下ろしてしまったかのようにピクリともしなかった。

おねーちゃんの声が一際大きくなる。京太郎くんの名前を呼ぶ。それに応えるように京太郎くんもおねーちゃんの名を呼び、2人の顔が重なる。

情事が終わる。私はハッとなってその場を後にした。金縛りが解けたように脚はおねーちゃんの部屋から遠ざかる。

今にも叫びだしたかったのに、何故か私はバレてはいけないと頭の片隅で考えていた。痛いくらいに激しく打つ心臓と、逆にそんな冷静な考えが浮かぶ自分の頭に驚く。


気が付けば私は自分の部屋にいた。わけがわからなかった。何故2人が? いつから? 私と付き合う前から? 私に好きだって言ってくれたのは?

あなたは私の彼氏で、私はあなたの彼女じゃなかったの?

頭の中がグチャグチャで何も考えが纏まらなかった。ただ私は布団に包まり、声を殺して泣いた


その日は、楽しみにしていた彼とのデートだった。

付き合っているといっても私は奈良で彼が住んでいるのは長野。会いたくてもいつでも会えるわけじゃない。

それでも月に一度はこうして泊まり掛けで会いに来てくれるのがなにより嬉しかった。

私はなるべく昨日のことは考えないように勤めて明るく振舞った。いつも通りの松実玄でいようと。

結果からいえば今日のデートは散々だった。焦って道を間違えたり、躓いて転びそうになってしまったり、

カップル用のジャンボパフェで「あーん」なんてやってみようとして誤って京太郎くんの顔を汚してしまったり。

それでも京太郎くんは、

京太郎「仕方ないですね玄さんは」

なんて言って許してくれた。笑われたりからかわれたりもしたけど、それがくすぐったくてでも楽しかった。

京太郎「そろそろ帰りましょうか。あんまり遅くなると宥さんも心配しますし」

玄「あ…………うん……」

京太郎くんの口からおねーちゃんの名前が出て、たぶん私は目に見えて落ち込んでるように見えたんだと思う。

私はただ、彼に手を引かれるままに京太郎くんの後をついていくだけだった。


京太郎「あの……」

玄「ん…………なにかな?」

京太郎「今日、なんかありました?」

玄「なんで、そんなこと聞くの?」

京太郎「いや。なんか話しかけても上の空って言うか、心ここにあらずって感じだったから」

玄「そっか……」

なにかあったの今日じゃなくて昨日。ううん、きっとずっと前からなんだろうな。正確にいつからかとかはわからないけど。

京太郎「……」

京太郎くんは黙って立ち止まり、釣られて私も立ち止まる。

身体が温かなものに包まれた。それから京太郎くんに抱き締められているんだと気付く。

そのまま、いつもそうしてくれるように横髪も撫でてくれた。それは2人にとってはなんでもないことのはずなのに。

網膜に焼き付いて昨日の光景が一瞬にして私の脳内にフラッシュバックした。


私を抱き締めてくれているその腕でおねーちゃん抱き絞め、頭を撫でてくれるその手でおねーちゃんの身体まさぐっていた。

そのことが激しい嫌悪感となって、気付けば私は京太郎くんの腕を振り解いていた。

京太郎「玄、さん……」

戸惑ったような京太郎くんの声。

私は……

玄「京太郎くん……」

玄「昨日、なんで、おねーちゃんの部屋にいたの……」

私は昨日のことを京太郎くんに問い質していた。

京太郎「き、昨日? 宥さんの部屋で? なに言ってるんですか? 俺は昨日の夜は宥さんの部屋になんて」

玄「私ね。見ちゃったの……」

京太郎くんの目が大きく見開かれる。

玄「それに、私。昨日とは言ったけど、夜だなんて一言も言ってないよ?」

京太郎「……」

京太郎くんはそれ以上なにも言わず、ただ黙って僅かに俯き顔を背けるだけ。

それがすべての答えだった。


玄「どうして……」

なにに対してなのかもわからない。問いかけ未満の問い。

玄「私のこと好きって、言って、くれたよね……」

目尻が熱くなる。涙が眼窩を満たし、瞬時に限界を向かえ頬を伝って零れ落ちる。

玄「京、太郎くん、に、とって私、は、なに? ただの都合のいい、遊びの恋人なの?」

京太郎「違うっ!!」

突然の叫びに、私は小さく肩を震わせる。

京太郎「ごめん。玄さん、全部、俺が招いたことだ。謝ることすら許されないとしても、それでも俺には謝ることしか出来ない」

玄「わかんない、わかんないよぉ。なんで、私じゃダメなの? こんなに好きなのに……」

京太郎「違う、玄さんはなにも悪くない。悪くないんだ……」

私は彼に縋りついていた。親とはぐれた子供のように、ただ泣きじゃくりながら。

玄「お願い、捨てないで。なんでもするから、私の全部をあげるから、だから……」

玄「私を置いていかないで……!」