咲「最近、京ちゃんなんだか生き生きしてるよね」
いきなり訳のわからない事を言われた。
咲「変な意味じゃないよ、ただ何となくどこか前と変わったような気がするの」
俺の表情から何かを読み取ったのか慌てて言葉を付け加える。
京太郎「変わった・・・ねぇ・・・まあ悪い意味じゃなけりゃ何でもいいけど」
咲「最近何かあったの?」
京太郎「何かあった、か・・・まあ、あると言えば夢があるかな!」キラーン
咲「またまた言っちゃって。とんだロマンチスト発言だ」
京太郎「うるへーやい」
咲「あはは、ごめんごめん」
・ ・ ・ ・
- 実際俺の夢があると言う発言はあながちただの冗談ではない。
最近の俺がどことなく変わった――咲の言葉を借りて言えば生き生きとしているのは確かに夢のおかげなのだ。
とは言っても俺の言う夢は、咲が考えているように昔黒人牧師がリンカーン記念堂前でそれについてスピーチしたとかいう方の夢じゃない。
もしそうだったとしたら俺は間違いなくとんだロマンチストだ。
俺がさっきから言っている夢は、夜に見る方の夢だ。
俺の夢には最近、可愛らしくってふかふかな女の子が出てきてくれるのだ。
彼女の名前は・・・・・・何て言ったっけ、ええと―――
Side???
須賀京太郎くん――私が初めて彼を見て受けた印象は、どこか軽そうな人だな、というものでした。
髪の毛は金色で不良のようだし(後に地毛だとわかって申し訳ない気持ちになりましたが)、馴れ馴れしく人の事をすぐに名前呼びするし、そもそも女子しかいない部活にたった一人で入部したとかいう男子生徒に対して抱く印象にいいものがあるはずありません。
それに麻雀の腕といったら初心者で、そのくせろくに練習をさせてもらう事もなく男子なのに女子の後を付いていって女子に尽くして回るなんて何て情けない人だろう、と思った事もありました。
しかし本当のところ彼は自分が強くなる事を諦めないでいて、そして皆のためにできる事なら何でもしようとし、それに手を抜く事をしようとしない人でした。
それに気がついたのはいつだったでしょうか・・・。
確か私が部室のベッドの中にいた時だったと思います。
珍しく夜更かしをしてネット麻雀をしたからでしょうか、普段ならあまり使用する事がないのですがとにかくその時私は部室で布団に入っていました(他の皆は掃除当番か何かだったのでしょうか、他には誰もいませんでした)。
それから少し時間が経って、誰かがドアを開ける音がしました。
一体誰だろうと思いましたが体を動かす事もできないので、耳を澄ましていると声が聞こえてきました。
『あれ?ひょっとして今日は俺が一番乗りかな?』
どうやら相変わらず脳天気そうな発言をしている須賀京太郎くんのようでした。
『あっ、寝てたのか・・・」
京太郎くんはどうやらベッドに誰かがいるという事に気づいた様子でした。
そして聞こえる足音から、私には京太郎くんが近づいてきているという事がわかりました。
この時私は京太郎くんと、いえ、異性と密室で二人きりになる事に対して大きく危機感を持っており、今にも京太郎くんが何かをするのではないかと邪推していた事を告白します(やはり今となっては申し訳ない気持ちでいっぱいですが)。
京太郎くんの足音が近づくにつれて私の中は恐怖や不安でいっぱいになり彼がベッドの脇に立った時、その不安は最高潮に達しました。
京太郎くんが手を伸ばしてきた時、もし叫ぶ事ができていたら私はきっとかなりの大声をはしたなくも出してしまっていた事でしょう。
『いつも気を張って頑張ってるもんな』
『今の俺には麻雀や大会の事はよくわからないからこんな事ぐらいしかできないけど、きっといつか俺だって同じ土俵に立って、心の底からみんなの事がわかるようになってみせるぞ』
私にシーツを丁寧にかけると、京太郎くんはそう言って椅子に座り鞄から麻雀教本を取り出して熱心に読み始めました。
こっそりと盗み見ると、そのときの京太郎くんの顔は真剣そのもので、今まで彼に対して否定的な評価しかしていなかった私が自分を恥ずかしく思ってしまうほどでした。
それから気がつくと、私は事あるごとに京太郎くんを目で追うようになっていました。
彼が部室に入ってくる時。彼が皆のために雑用まがいのことを自分から志願してやっている時。彼が―――
間違いなく、私は京太郎くんに夢中になっていました。
私が彼を手伝う事ができたならきっと彼の手伝いをしていたでしょうけれど、その場合でも彼はきっといつものように笑顔で『みんなが麻雀に思いっきり打ち込めるのが今の俺にとっては一番嬉しい事なんだ』なんて言って柔らかく拒否するのでしょう。
そして私の中で京太郎くんの存在はいつの間にかとても大きな物になり、いつしか京太郎くんの事を考えない日がないほどになっていました。
もし私がまともな女の子だったら。いや、そこまでは望まなくともせめてこの思いを京太郎くんに伝える事だけでもできたら。
毎日毎日そんな事ばかりを考えて過ごしていました。
そんな願いが通じたのでしょうか。
親切な神様が、どうやら私にチャンスをくれたようなのです。
Place???
Side京太郎
京太郎「・・・・・・?」
京太郎「何で俺、遊園地なんかでバカみたいに布団かぶって寝てるんだ・・・?」
そもそも一体ここはどこなんだ?
おかしいな・・・
俺は確か昨日は普段通りに家で布団に入って寝ていたはずなのに・・・。
周りに誰もいないぞ、俺一人だけか・・・?
変な夢だなあ。
だが、まあ夢なら別に安心か。
見た感じ、悪夢って訳でもなさそうだし。
おお~~~っと、
いつの間にか冷えたジュースを手にしてるぞ。
こりゃ便利でラッキーィィだなあ。
ひょっとすると悪夢どころかかなり幸運な夢かもなあこれ。
そう考えながら出てきたジュースを飲み干し、ゴミ箱に捨てた。
Side???
どうやら、ここは夢の中の世界みたいです。
なぜ遊園地なのかはちょっとよくわかりませんが、神様が気を利かせてくれたってところでしょうか。
まずは京太郎くんを捜さないと・・・。
なんだか足で歩くのって、不思議な感覚ですね。慣れるまでに時間がかかりそう。
でもそんなにのんきな事を言ってはいられません。
この世界での時間が現実世界のどれくらいなのかはわかりませんが、1:1対応だとして6~7時間。でも夢の中の時間ってなんだか短い気がしますから、現実には3~4時間くらいでしょうか。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
とにかく、短いかもしれない時間を、悠長に過ごしてはいられません。
そんな事を考えながらうろうろしていると、見つけました。
あの金色の髪は間違いようがありません。
須賀京太郎くんです。
???「須、須賀京太郎くん、ですよね」
間違いようがありませんが、一応こう言って声を掛けます。淑女のたしなみです。
京太郎「えっと、そうだけど・・・」
どうやら困惑している様子です。
お気持ちはよくわかります。突然気がついたら遊園地で、周りに誰もおらずいきなり見知らぬ子に声を掛けられ名前を呼ばれたら誰だってそーなります。私もそーなります。
でも今動揺しているのは京太郎くんだけではありません。
正直、こんなに早く京太郎くんを見つける事ができると思っていなかったし、見つけるやいなや勢いで声を掛けてしまったのでなんと言っていいか私は全く考えていなかったのです。
と、とにかく話を続けないと・・・!
???「しゅ、しゅが京太郎くん!」
噛んでしまいました。
京太郎「あはは、落ち着いて話してくれよ。別に俺は逃げていっちまったりなんかしないぜ」
やっぱり京太郎くんは優しい人です。私は覚悟を決めました。
噛んでしまった恥ずかしさと、これから自分のする事への緊張でリンゴみたいに真っ赤になった顔で、思いを伝える事にしました。
変に回りくどい言葉や着飾った言葉なんて使いません。
直球です。こうと決めて覚悟を決めたなら、直球こそがきっとうまくいく道のはずです。
???「京太郎くん、いきなりこいつ何言ってるんだって思うかもしれませんが・・・聞いて下さい、私の思いを・・・」
そう言って私は京太郎くんに思いの丈を打ち明けました。
京太郎くんの輝くように鮮やかな金髪が好き。
すぐに相手と仲良くなれるその性格が好き。
自分のやりたい事を周りを気にせずにやれる格好良さが好き。
麻雀を強くなろうと頑張る、努力家なところが好き。
皆のためなら自分の事なんか二の次にできて、それでそのことを後悔したりなんかしないところが好き。
どうやら私の情熱的な告白は見事京太郎くんの心を射止めたようで、遊園地デートをする事になりました。
二人でメリーゴーラウンドに乗ったり、二人でコーヒーカップを回したり、カフェでたわいのない話をしたりして、本当に楽しい一時を過ごしました。
太陽が昇ってきました。
どうやらもう残り時間が少ないようです。
おそらく次にすることが最後になるでしょう。
最後に京太郎くんと乗るなら、あれにしようってずっと決めていました。
~観覧車~
京太郎「本当に今日はいい一日だったよ」
???「私もです。京太郎くんとこうやって話すだけじゃなくて、一緒にいろんな事ができるなんて、まるで夢みたいです」
京太郎「夢みたい・・・か・・・」
その言葉を聞いてハッとしました。
私にとってこの出来事は現実と言っても差し支えない物ですが、京太郎くんにとってはどうでしょうか。
京太郎くんはきっと、この出来事を夢だと思っているのでしょう。
そうだとしたら、とても寂しい事です。
私の思いは、本当に京太郎くんに伝わっているのでしょうか・・・。
京太郎「もしこれがただの夢だったとしても俺は絶対に君の事を忘れたりなんかしないよ。こんな俺の事を好きになってくれて、あんな素敵な告白までしてくれた人なんだからな」
京太郎「それに、夢でも構わないよ。そうだったらそうだったで、これから毎日君みたいな可愛い子と出会えるかもしれないんだからな」
そう言って京太郎くんは彼特有の人を安心させる笑顔を私に向けてくれました。
ああ、そうだ。私は京太郎くんのこういう所を好きになったんじゃないですか。
私はなんて愚かだったんだろう。
京太郎くんと一緒にいられたのに勝手に寂しいと感じただけでなく、京太郎くんのことを疑ってしまうなんて。
京太郎「お、見ろよこの景色。いい眺めだなあ・・・」
???「ええ、本当に綺麗ですね・・・」
いつの間にか私たちの観覧車は頂上に着いていたようです。
ああ!そこから見る景色の美しさと言ったら!
隣に京太郎くんがいることがこんなにも私の世界に色を与えてくれるなんて!
ああ・・・・・・この瞬間が永遠に続いてくれればいいのに・・・。
しかしそういう訳にいかないのは、私自身よくわかっている事です。
この時間はあくまで京太郎くんの夢の時間。
決して長くしたり、短くしたりはできない時間。
そしてその時間が無情にも、終わろうとしていました。
ピ、ピ、ピと耳に響くような電子音が鳴り響きます。
京太郎くんの部屋の、目覚まし時計の音でしょうか。
もうこれで二人の逢瀬は終わり。
何かやり残した事が無いでしょうか。
ありました。たった一つ。
どうして忘れていたんだろうってくらいの、恋人同士での行為が。
???「京太郎くん、ちょっと・・・」
京太郎「へ?・・・んむっ」
唇、奪っちゃいました。
いいえ、あげちゃいました。私のファーストキス。
恋人同士でするのはもっと深い深いキスかもしれないけど、今の私にはこれが精一杯。
???「ありがとう、京太郎くん。それしか言えないよ・・・本当にありがとう」
だんだんと周りの景色がぼんやりとしてきました。
京太郎くんの目が、だんだんと覚めてきているのでしょう。
ああ、この時間ももうおしまいかあ。
もっと京太郎くんと一緒にいたかったなあ。
京太郎「ちょ、ちょっと待ってくれ!そういえば、大事な事を忘れてた!」
薄れていく意識の中で、京太郎くんの声が聞こえます。
一体なんでしょう?
もうやり残した事は何一つ無いはずですが・・・。
京太郎「君の名前!教えてくれ!」
どうやら私は結構自分で考えているよりも抜けていたみたいです。
確かに私は京太郎くんの事を知っているけれど、京太郎くんは私のことなんて何も知らないんですから。
そう、何も知らない。
それなのに私の気持ちに正面から答えてくれた・・・。
でも、いくら京太郎くんでも、さすがに本当の私の名前は言えません。
あくまでこれは夢。夢の事は現実に持ち込むべきじゃない。
でも、ちょっとヒントをあげよう。ちょっとくらいなら・・・いいよね?
???「私の名前は美利河。恵藤 美利河っていうの」
気づいて欲しいような、気づいて欲しくないような、不思議な気持ち。
京太郎「ピリカ・・・?」
・ ・ ・
京太郎「ぴったりな名前だな。美しい、いい名前だ―――」
―――ああ、この人を好きになって本当に良かった。
Place部室
Side京太郎
部室のドアを開けると、もう既にみんながそろっていた。
京太郎「おっと、俺が一番最後か」
何かあったの?と聞いてきた咲に、掃除当番だった、と答え、それからみんなに挨拶をする。
京太郎「授業お疲れ様でした、部長。なんかやる事ありますか?」
久「お疲れ様須賀くん、やってもらいたいことは特に今は無いわね。」
京太郎「お疲れ様です染谷先輩」
まこ「お疲れ様じゃ京太郎。じゃが別にそこまで礼儀正しゅうせんでもええと思うんじゃがのう・・・」
京太郎「おっす、咲、和、優希」
咲和優「急に適当になったね(なりましたね)(なったじぇ)・・・」
京太郎「それにエトペンも」
なんでこんな事言ったのかあんまり自分でもわからないが、なんか言わなくちゃならない気がした―――というか、言いたくなったんだ。
はは、みんな驚いた顔してやがるぜ。
そんなに俺がエトペンに話しかけるのが変か?
「ありがとう、京太郎くん」
なんだか声が聞こえたような気がした。
辺りを見回してみるが、声の主は見つからない。
―――ただ、なんとなく、その時俺は・・・
エトペンが嬉しそうだ、って思った。
――――恵藤美利河になりたかったペンギン 了
最終更新:2013年10月12日 20:09