照の家に居候する京太郎で一本


「ただいま」

 テレビを見ながら明日の予習をしていると彼女が帰ってきた声が聞こえた。

「照さん。おかえりなさい」

 リビングの入り口へと顔を向ければ制服姿で買い物袋を下げた彼女が立っている。

「京ちゃん。ただいま」

 俺を見ると、彼女はへにょりと相好を崩して微笑む。外での鉄面皮が嘘のように。

「って、またお菓子買ってきたんですか?」

 白いビニールに薄く移った菓子箱を見て取り呆れた目を向けると照さんは、う、と口ごもり、困った顔をし、終いには唇を尖らせて袋を背中に回してしまう。

「か、買ってないから」
「隠せてませんよ」

 とはいえ彼女の性格では部活か帰宅途中にも何か食べてきてるはずだった。

「今から食べると夕食が入らないですよ」

 とりあえず袋の中身を把握しようと近づけば嫌々と首を振りながら下がっていく。

「きょ、京ちゃん。す、すとっぷ」
「ダメです。食べ過ぎると身体に悪いですからね」

 壁際まで追い詰めれば身体をどうにかくねらせて俺の脇を通り抜けようとする。それを腕を広げてブロックしつつ、手を広げ、彼女が腰の後ろに保持していた買い物袋を取り上げた。

「私が買ってきたのに……」

 腕の中にいる照さんが口惜しそうに唸る。

「プリンに、ポテトチップスに、チョコレート。また買い込んで」
「美味しそうだったから」 
「太りますよ」

 つーん、と唇を尖らせる照さんは俺の言葉など聞いてないというように振る舞う。とりあえずプリンを冷蔵庫に入れるためと照さんから菓子を隔離するために袋を取り上げようとする。

「なんですか?」

 袋に抵抗を感じ、見下ろせばじっと照さんが俺を見上げてくる。腕の中にいる彼女は真摯な瞳で俺を見つめ、言う。

「プリンだけは食べたい」
「晩ご飯食べた後ならいいですから」
「ご飯……」

 うん、と彼女は言い。俺はコンビニのビニール袋片手にリビングへと戻る。


「おばさん、また帰りが遅いそうです。先に二人で食べちゃいましょう」

 作って置いたシチューの入った鍋を火に掛け、テーブルへと顔を向ける。
 制服から着替えた照さんは文庫本に目を落としながらうんと生返事を返してくる。
 照さん、宮永照の母親は仕事が忙しいのか常に帰宅は遅い。居候である自分としてはそれはそれで気楽ではあるが、
 照さんにとってはこの東京で暮らす唯一の家族だ。

(でも女手一つで照さんを育ててるんだもんな、忙しいんだろう)

 ぼぅっとサラダを作りながらそんなことを考えつつ、オーブンレンジから焼けたパンを取り出した。

(こんなもんか)

 軽くシチューを味見し、十分暖められているのを確認すると皿によそっていく。
 にんじん、じゃがいも、ブロッコリー、しいたけ、たまねぎに牛肉。甘みの混じった芳香が漂う。ホワイトソースに沈んだ具材は中々に食欲を誘う。

「照さん。できましたよ」

 ん、と彼女は文庫本を閉じ、テーブルに置くと立ち上がる。

「サラダ持って行けばいい?」
「お願いします」

 自分はシチューとパンをテーブルへと置き、照さんが座っていた位置の対面に座る。ここに来た当初は隣だったが、おばさんが帰ってこないので対面に座るようになっていた。

「いただきます」

 照さんに合わせて俺もいただきますをする。
 照さんはそれほど口数が多いわけではない。お互い無言で食器に手を伸ばす。
 つけっぱなしのテレビをバックグラウンドミュージックになんとなくカーテンの閉められた窓を見る。
 少しだけ開いた隙間から外を伺えば日は落ちており、夜の帳が周囲を覆っていた。長野にいた頃は東京はどこでも明るいと思っていたが、実際はそうでもないらしい。ここ住宅地ではぽつんと等間隔に設置された街灯と家々から漏れる灯りだけが光源に過ぎない。

(長野か……)

 長野にいた頃の幼なじみを思い出す。今、彼女は何をしているんだろうか。


「京ちゃん?」
「ああ、ちょっとぼーっとしてました」

 慌ててドレッシングの掛かったレタスとミニトマトにフォークを突き刺す。

「どうですか? 今日のは」

 サラダを食べつつ、シチューを口に運んだ照さんに問う。
 彼女はこくこくと頷きながら、「おいしい」と言ってくれた。それにほっとしながら俺もシチューを口に運ぶ。

「うん、うまい」
「京ちゃんは料理が上手い」

 こくこくと頷きながら食事をとる彼女の口元に手を伸ばす。

「シチューついてますよ」

 ハンカチで拭えばされるがままの照さん。

(いつか……)

 素直な彼女を見ながら思う。
 この人は、母親や父親、咲と一緒に食卓を囲めるのだろうかと。
 この感情は部外者のお節介に過ぎないかも知れない。
 それでも、俺がいなければたった一人で夕食時に暖かい食事ではなく、菓子を食べていただろうこの人を見ると、そんなことを考えてしまうのだった。

「京ちゃん?」
「なんでもないです。ほら、冷めちゃいますし、食べましょうか」

 うん、と頷いた彼女は嬉しそうに俺の作った夕食を残さず食べてくれた。


カン