▽▽▽


「食欲はありますか?」

「うーん、喉がちょー痛いから無理かも」


熱にやられているからか、少しぼんやりする頭で確認してみる。
食欲はあるけれど、それ以上に喉がヒリヒリしているから何も食べられないよー。
京太郎くんの気遣いはありがたいけれど、ここは断っておこう。


「別にが謝ることじゃないですよ。無理に食べる必要なんてないんですから」


そのことじゃ無いんだけどなー。
いや、そのこともあるけれど、さっきの言葉は今の状況についての謝罪だった。
私の家には学校帰りの京太郎くんが来ていて、風邪をひいた私の看病をして貰っている。

それは私が、つい心細くなってわざわざ呼び出してしまったから。


「もしかして『折角の休みだったのに』ってこととか考えてません?」

「………うん…」


いつもお世話になっているからこそ、頼らないと決めてたのにまた面倒をかけちゃった…。
それだけは理解してしまいどうしようもなく自分に嫌気がさす。
少し前までなら他人に看病を頼むどころか、軽い風邪ですら掛かったことが無かったのにな。
…いつの間にこんなに自分は弱くなってしまったのだろうか。


「病人がそんなこと考えなくていいですってば」


そう一笑しながら言うと京太郎くんは立ち上がる。
向かった先は台所で、差し入れに持って来てくれたゼリーを冷蔵庫から取り出して、また私の寝ているベッド近くに戻ってきた。

「姉帯さんはいつも頑張り過ぎてたから、こんな時くらい身体を休めないとってことですよ。きっと」


自分ではそうは思わないけれど、他人の目から言えばそうなのだろうか。
麻雀は私にとって生活の…ううん。もう身体の一部だって言っても良い。これがシロ達と巡り会わせてくれたのだから大事にしなきゃと思ってる。
他にも色々理由はある。
そしてそう言い切れる程の想いを込めていると自負しているから、私としては今までが普通のこと当然のことだった。


「それに姉帯さんのことだから、少しでも楽になったら学校に登校するつもりだったんですよね?」

「―ぎくっ!?」

「だからこれは看病じゃなくて監視。わかりました?」


…お見通しなんだねー。思っていた以上の素直な言葉が自分の口から出たのに驚く。
それと同時に、自分の想いを理解してくれる人が身近にいて嬉しくもあった。

この人が私たちの仲間で本当に良かった、とつくづく思い知らされる。
不思議とゼリーよりがおいしく感じた。


「伊達に雑用しちゃいないですよ。とにかく今日一日はゆっくり寝ていること。わかりましたか?」


そう言って髪を優しく撫でられた。
額に手が触れた時ひんやりと気持ち良くて、柄にもなく甘えたい気持ちになる。
もうそんな歳でもないのにな…。


(これも熱があるせいだよね…)


そう自分に言い聞かせてもう一口を頬張る。
うん、やっぱり甘くておいしい。


「じゃあ俺はもう少しここに残らせて貰いますけど、良いですか?」


見られて困るような物も無いし別に構わなかった。
寧ろ一人だと心細いので渡りに船な提案だったので迷うことなく首肯する。


すると京太郎くんは通学鞄からノートと何かの資料を取り出すと、さっきまでの柔らかい表情から一転して、鋭い表情に変化した。
たまに部室で見かける顔だー!


「何かして欲しいことがあったら言うように」


そう言い残して、京太郎くんはノートと資料とにらめっこを始める。
私からすれば最初は何が何だかだったけれど、傍らに広げられた資料で私たちの配譜について研究しているのだと分かった。
もうシロミとエイスリンさんの分は済んでいたらしく、資料には細々としたメモ書きが一杯あった。


「…すいませんね姉帯さん。わざわざこんなところにまで来て整理だなんてさ」


そんなことないよー?と言おうとしたけど、図ったかのような咳で私の声は掻き消された。
こんな時自分の性格が恨めしく思う。一度タイミングを逃してしまうと、思っている気持ちを素直に吐露できなくなっちゃった。

ため息の代わりにまた渇いた咳が返事をする。


「………」

「………」

サラサラサラ ペラッ

サラサラ ペラペラッ


ペンがノートを叩く音と紙同士がこすれる音しかしない私の部屋。
私の部屋のはずなのに、なんだか京太郎くんのプライベートに踏み込んでいるかのような感覚がする。
私が音を出さないのは無趣味だからかな?それとも……京太郎くんをずっと横目に見ているから?今の私には分からない。けれどこの時間は苦痛じゃなくて、少しだけ心地好い。

 

 

 

 


―だからなのだろうね。性にもなくベッドを抜け出して京太郎くんの座っている側まで近付いてしまったのは。

「…どうかしました?」


変に勘繰られないよう「何してるのかなーって…」とだけ伝えてノートを覗き込む。
これは……塞の配譜かな?


「じゃあ丁度良いですね。姉帯さんに一つ聞きたいことがあるんですけど―」

見たところ、昨日打ったのを纏めてるみたいだ。
確か私はトップ1回。二着1回。三着2回でラス1回だったはず。
そして尋ねられた内容はこの成績についてだった。
これは塞に止められちゃったからなんだよー?と慌てて言い訳をしても京太郎くんは優しく笑いかけるだけで、あまり気にしていないようだった。
それがどこか悔しくて、続けて抗議しようかと身を乗り出す様に京太郎くんに詰め寄る。

 

―ぐぅぅ……

 

「ここで塞がれてなかったら一番だったもん!」と言いかけた時に、またしてもタイミング悪く邪魔が入る。
そういえば今日は朝からゼリー1つしか食べていない。


さっき京太郎に聞かれた時に無理してでもお願いしておくべきだったかなと後悔したけれど、もうこうなってしまえば恥ずかしさが止まらなくなってしまう。
多分、耳どころか顔まで真っ赤なはずだよー。


「ハハ。まだゼリーが残ってるんで、もう一つ食べますか?」


私はその言葉に頷くしか無かった。
………ちょーはずかしー。

 

 


▼▼▼
時計を見ればもうすぐ6時になろうとしていた。
何かに集中していると時が経つのは早いことを頭の片隅で考えていると、また台所に向かっていた京太郎くんが今度はお椀を持ってやって来た。
お椀の中身は…うどん、かな?


「そんなに熱くしてないから、食べやすいと思います」


出汁の良い匂いに誘われたのか、私のお腹はまた音を出した。

まだ喉は痛いままだけれど、うどんなら食べられるよね…多分。
それにゼリーだけだとお腹は膨らまないし。喉の感触を確かめながら一掴みを口に含む。
じんわりと出汁が広がって身体全部に染み渡っていくみたいに思えた。
前にゆっくり食事をしたのはいつだったかな。
直ぐに思い出せないくらい前なのは確かだよ。
でもたまには―


「たまにはゆっくりするのも良いですよね」


頭に浮かべていたことを先に言われ、思わずむせ返ってしまう。
やっとのことで息を整えた頃には、京太郎くんが苦笑いを浮かべていた。
自分で自分を困らせるくらいなら、変なことを言わないで欲しいよー!

「あは、あはは…………ごめんなさい…」


もー、私の後輩くんは本当に困った人だよー。
いつの間にか距離を詰めていて、何でも打ち明けてしまいそうになる。
こんな私ですらこうなのだから、部活のみんなはもっと困っているはずだよ。
…けれどどうしてか、誰も嫌いになれないからとても厄介だ。


「じゃあ俺も食べようかな」


小気味良い音を立てて割り箸が二つに別れる。
風邪の私と違って京太郎くんのお椀には、お惣菜の天ぷらが乗っていた。
私も食べたくなったけれど、流石に自重しないと。
それに寝込んでいるのに食い意地がはっていると思われたくないし…。でもお腹空いたよ……。

そんな私の葛藤を知らずに隣は黙々とうどんを口に運ぶ。


「ごちそうさま」

「食べてすぐ横になると牛さんになっちゃうんだよー?」


出汁も飲み干した京太郎くんが身体を伸ばす様に寝転がる。
私ももう薬を飲んでいたのでやることがなく、何となく同じ様に寝転がった。


「姉帯さんも、牛になっちゃいますよ」

「だったら二人でなっちゃおうよ」


昨日はあまり寝つきが良くなかったからすごく眠い。
時計のカチッカチッと音だけが響く。
何故か今日は普段の何気ない雑音にすごく興味をそそられる。
毎日何回も何十回も聞いているはずなのに……これに気付けたのも風邪のお陰だねー。


―ピンポーン


控え目に鳴った呼び鈴。
回覧板かな?最近はご近所とも少しは仲良くなったから、他の何かかもしれない。

流石に京太郎くんに出てもらう訳にはいかなかったから重たい身体を起こして玄関に向かう。


「オジャマシマース!トヨネ!オ見舞イニ来タヨ!」


エイスリンさん!?エイスリンさんも来てくれたの?そう言ったつもりだったけど、実際に口から出たのはまたしても渇いた咳。
嬉しいけど二人揃って私を驚かせ過ぎだよー!


「ダ、大丈夫トヨネ?!」


でも、そんな二人は嫌いじゃないよー。

カンッ!
 

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最終更新:2013年07月02日 18:05