宵の入り口に立ちかけた薄暗い夕日を背に受け、少年と少女が歩いている。一見すれば艶やかな関係を連想させるように肩を並べ歩いているものの、他人と呼ぶには近すぎ、恋人と呼ぶにはよそよそしい距離がそこににあった。
京太郎「寒くなってきましたね」
美穂子「ええ」
女子高の風越と共学の清澄。麻雀部のキャプテンである福路美穂子と初心者である須賀京太郎。なにもかもが対照的な二人に、幾多の偶然、数多の奇縁がもたらしたこの距離。だが、そこから先へと踏み出す一歩が無い。踏み出す勇気が――今の心地よい『先輩と後輩』という枠組みを壊す勇気が京太郎には無かった。
京太郎「……あと半年くらいなんですよね、福路先輩と一緒に高校生ができるの」
美穂子「そうねえ……」
京太郎「俺、最近思うんです。もっと早く福路先輩と出会えてたら良かったのにって」
卒業という目に見える形での終わりが視野に入ってきたからこそ湧き出た想いだった。あと2年、いや1年 でも早くこの人に出会ったら、どれだけの思い出を共有できたのだろうか。この距離を縮める覚悟ができただろうか。
だが、そんな京太郎の言葉に美穂子は共感するでもなく、されど否定するわけでもなく、優しく笑って答える。
美穂子「過去を悔やむよりも、これからの事を考えましょう」
京太郎「……はい!」
美穂子「でも、もしも須賀君と私が同級生だったら……フフッ」
京太郎「どうしました?」
美穂子「ごめんなさい。想像してみたらなんだかおかしくって……」
京太郎「ええー……」
美穂子「同い年だったら名前で呼びあってたりしてたのかもしれないわね」
京太郎「名前、ですか……」
口の中に満ちた言葉の感触に二人は赤面する。
美穂子「そ、そういえばそろそろ風越で文化祭があるの。遊びに来てね?」
京太郎「もちろんです。清澄の時は福路先輩もお願いします」
美穂子「ええ、喜んで。それが終わったら、すぐに大会ね……一緒に頑張りましょう」
京太郎「福路先輩と一緒だったら千人力ですよ。あ!クリスマスの予定開けといて下さいよ?」
美穂子「そんなにあせらなくても大丈夫。初詣も一緒にね?」
京太郎「はい」
まるで子供のようにはしゃぎながら未来の二人の予定を埋めていく。気恥ずかしさを紛らわす意味合いもあったが、今の二人の姿は先輩と後輩のそれよりも――
やがて、二人は互いの帰路の分かれ道に着いた。
美穂子「ここでお別れね……」
いつもの事ながら、寂しげに美穂子は言う。京太郎もまた返事をしようと口を開きかけた時だった。
『これからのことを考えましょう』
京太郎「……あの」
――美穂子さん
不安と共に放たれた言葉は、淀みなく彼女に届き
美穂子「……!」
驚き、見開かれた両目は彼の視線と合わさった。そして
――なに?京太郎
「好きです」
二人の距離はなくなった。
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