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  「おーい、一緒に弁当食べないか?」 とある日の昼下がり、俺、須賀京太郎はとある人物を弁当に誘っていた。 親の仕事関係で東京に引っ越してきた俺は、麻雀で有名な白糸台高校に編入することになった。 それなりにコミュニケーション能力は持っているはずだが、転校生の運命か、編入直後はクラスで浮いた存在になってしまった 。 親しかった友人との別れのダメージを引きずっていて、自分から積極的に交流を深めようとしなかった自分にも責任があるのだ が。 そして、徐々に気持ちが沈んでいき、本格的に鬱になりかけていた。 そんな時に俺に話しかけてくれたのが―― 「んー、いいよ。あたしと一緒に食べるのを特別に許してあげる」 「それはありがたい。が、なんで上から目線なんだよ、――大星」 「そりゃあたしが偉いからに決まってるでしょ!」 そういってフンスッと、鼻を鳴らす少女。 そう、俺に最初に話しかけてきたのが、この大星淡という少女だった。 大星は美少女に分類されるだろう、サラサラの長い金髪に整った顔。それは俺から見たら、高嶺の花だった。 クラスメイトになったときは、自分とは縁のない人間だろうな、と思っていた。 しかし、それは間違っていた。 編入してから一か月近くが経とうとしている中、俺は相変わらず塞ぎ込んでいた。 未だに過去の楽しかった日々を思い出してしまう。 女々しい奴だ、と言われても仕方ない。それだけ、今回の引っ越しはショックだったのだ。 授業のチャイムが鳴った。 「じゃあ、今日の授業はここまで」 俺は手に持っていた鉛筆を置き、号令に合わせて立ち上がる。 『起立、礼、ありがとうございました』 日直の号令が教室に響く。 しかし俺は礼をするだけで、声は出さなかった。 授業が終わったことで、皆思い思いの行動をとっていた。 友人と話したり、勉強をしたり、読書をしたり、――寝たふりをしたり。 (休み時間、めんどくさいな…) 授業中は良い。ノートをとっていれば他のことを考えずに済む。 しかし休み時間は別だ。ろくに話す相手もいないので、何もすることがない。かといって話しかけられたりしても困る。 そこで俺は寝たふりをすることにした。 こうすれば誰も話しかけてこない。しかし、これもデメリットがないわけではない。それは―― 「また寝たふりしてるよ、アイツ」 「ほんとだー。もう一か月にもなるのに、まだ友達いないんだねー、かわいそー」 何もしていないが故に、周りの音を拾うことに集中してしまう。 今日も悪口が聞こえる。クスクス、と笑っているように聞こえる。 自分と関係のないことを話しているはずの人でさえ、自分を嘲笑っているかのように感じる。 (めげるわ…) 割り切っているとはいえ、やはり陰口にはくるものがある。 それでも、いつも通り寝たふりを続行しようとして―――近くに人の気配があることに気付いた。 (誰だ…?基本的に俺の席に近づく奴なんていないはずだけど…) ごく稀に席の近くを人が通ることはあるが、留まるということはほとんどない。 俺は、気配ある方に少しだけ顔を向け、確認しようとした。 (スカート…女子か。俺の近くに来るなんて相当なもの好きだな) 最初に見えたのはスカート。そして徐々に視線を上げた先にあったのは―― (金髪……?) 「ちょっとこれ運ぶの手伝ってよ!」 そう言って、机に叩きつけられたのは大量のプリント。 俺が唖然としている前には、にこにこと笑う整った顔。 それが、俺と大星の出会い――もとい友人関係になるきっかけであった。 「お前はもう少し他人を気遣うというか、遠慮することを覚えろ」 「それは無理ってものだね!だってあたしは大星淡だよ?遠慮する必要なんてないもん」 「お前よくそれでここに入学できたな…。ここ進学校のはずなんだけど、まさか面接もその態度じゃなかっただろうな」 視線の先には、てへっと舌を出して笑う大星の顔。 これはさすがにどうなのか…。呆れて何も言えなくなったので、弁当包みを広げる。 「だって、あたし特待生だからねー、麻雀の」 「麻雀」という言葉で、長野でのことを思い出す。 雑用ばっかだったけど、楽しかったなぁ…。――それは俺が虚勢を張っているだけだったのかもしれないけれど。 麻雀をできないことに不満は少なからずあったが、部のため、と進んで雑用を引き受けた。 自分の行動に後悔は無いし、間違っていたとも思わない。しかし、心の底から楽しいと思っていたかどうかは……。 「どうしたの?きょーたろー」 大星の声で、現実に戻される意識。 「ん、いや。なんでもねーよ」 悪い癖だった。何かにつけて長野を思い出す。 それはいい思い出だけではないけど、少なくとも俺が過ごした15年間が詰まっている。簡単に切り捨てることはできない。 「そういえばさ」 「ん?」 「何で大星はあの時俺に頼んだんだ?自分で言うのもなんだが、相当クラスで浮いてたと思うんだけど」 「何で、って…言わなかったっけ?きょーたろーがあたしと同じで金髪だったからだよ そう、こいつは俺にこう言ったのだ、『あんた金髪だよね。あたしと一緒。だから手伝って』。 何言ってんだこいつ――俺がそう思うのも仕方がないくらいの理由だった。 しかし大星は強引に俺を立ち上がらせると、俺の手の中にプリントを半分ほどぶちこみ、『よろしく!』。 「そんな理不尽な理由で職員室まで連れてかれた俺の気持ちを考えるってのは?」 「ちょっと考えて、そっこーで放棄したね」 「お前なぁ…」 そうは言っても、大星に助けられたのは事実だし、感謝はしている。 あのまま誰とも付き合いをしなければ、今自分がどうなっていたのか……あまり考えたくない。 「きょーたろーを見たときに、なんかこう…ビビビッってきたんだよ」 なんだそのビビビッって。 「ほほう…。それで、本音は?」 「一人ぼっちで都合がよかったからに決まって…あ」 そうかそうか。察してはいたけど言われるとつらいわ。 まあ、ラブコメ的な展開は無いよね。知ってたよ。え?目から汁が出てる?汗に決まってんだろ。汗だから…。汗だから! 「落ち込まないでよ、きょーたろー。いつか春は来るから。ねっ?」 「落ち込ませた本人が言うのはどうかと思うぞ、それ。」 またしても、テヘッと舌を出す大星。 それ何回もやると可愛くな…悔しいけど可愛かった。 「あたしは何しても可愛いからね、しょうがないね」 「自意識過剰も大概にしろ、と言いたいがあながち間違ってないから何とも言えないな」 「でしょ?淡ちゃんは美少女だからね!」 いただきまーす、と早くも弁当を食べ始める大星。 大星よ、その言葉、絶対に女子の前で言うなよ。女子の嫉妬とか怨念は怖いぞ。 ちらり、と大星の弁当を覗く。見た感じは普通の弁当だ。 しかし……なんというか、色彩が微妙というか…。 「それ、手作りか?」 「ん?そうだよ。って言っても冷凍食品ばっかだけどね」 普段料理をしている身としては、その弁当はあまりいただけない。今度弁当作ってやるか、などと考えながら、自分の弁当をつ まむ。 早起きして作ってるから、そこらの弁当よりは凝っている、と思う。 「ほれ、これ」 「え、いらない。あたしトマト嫌いだもん」 主に緑や赤などの彩りが足りない大星のために、ミニトマトをプレゼントする俺。 しかし、当の大星はしかめっつら。 「そう言わずに食え。お前の弁当は野菜が少なすぎる」 「えー…。んー、どうしても、って言うなら、きょーたろーが食べさせて。それなら食べてあげる」 何を言うとるんだこいつは。冗談のつもりなのか。 内心でつっこみつつも、俺はミニトマトを箸でつかみ大星の口元へもっていく。 「ほれ、あーん」 「あ、あーんって…、え、本当に食べなきゃダメ?」 「お前が食べるって言ったんだろ。ほい」 何故か顔を赤らめながら、「あ、う、あ…」と慌てている。 少し躊躇ったあと、ぱくり、とミニトマトを食べる。お、目瞑って食べてる。可愛い。 もきゅもきゅと口を動かす大星。まだ少し顔が赤いが、何かあったのだろうか。 そんな疑問はすぐに解決した。 そう、クラスメートからの視線が痛い。殺意が籠っている気がする。そして自分の行動の意味に気付く。 そりゃ、つい最近までぼっちだった奴が、美少女とあーんなんてしてれば睨まれるわ。しかも教室で、堂々と。 「あー、えーっと、その…すまん」 「良いよ、別に…。その、きょーたろーにそういうことされるの、嫌いじゃないし…」 「ん?なんだって?聞き取れなかったんだが…」 「あー、もう!いいの!気にしなくて!」 「お、おう、すまん」 ぼそぼそ何か言っていたから聞き返しただけで、何故こんなに怒られなければならないのか。 理不尽だ。 「なにはともあれ、これからはちゃんと弁当に野菜を入れること。じゃないと俺が弁当作るからな」 これでちっとは野菜を入れてくるだろうか、そう思って大星の顔を見る。 そこにあったのは、飛びっきりの笑顔。なんで? 「ほ、ほんと!?やった!じゃあ明日から弁当作ってきて!」 「お、おい、自分で野菜を入れようという気は無いのか!?」 「無いね!」 清々しいほど開き直って答える大星。 男子の作った弁当食べるって罰ゲームの一種だと思ってたんだが…。 そこで良案を閃いた。これならいけるか? 「ん、じゃあそうだな。じゃあ俺がお前の弁当作るから、お前が俺の弁当作ってくれよ」 「へ?」 「野菜入れないと作ってきてやんねーからな」 「うー、そ、それなら…」 割と強引な気がしたが了承を貰った。これで大星の食習慣を改善することができる。 しかし、弁当の作りあいっことは、これはもうカップr――いや、さすがに無いか。大星と俺じゃ釣り合わないしな。 「もしかして、前いた所でもそういうことしてた?」 「ん、さすがに作りあいっこは無いかな」 「そ、そう…」 ほっとした顔で小さくガッツポーズする大星。何故ガッツポーズなのか分からないが、見えてるぞ。 「え、えっと、その…きょーたろーは今好きな人とか…いる?」 何を思ったのか突然聞いてきた。 さすがに好きな人を聞かれるとは思っていなかったから面食らった。 やはり大星もそういうのが気になるお年頃なのだろうか。俺が言えた義理でもないし、聞く相手が俺なのも不思議だが。 「いや、いないよ。俺なんかが好きになったりするのは、ちょっとおこがましいかな、と思って」 「そ、そんなことない!きょーたろーはカッコイイよ!」 バン、と机に手を叩きつけて立ち上がる。大星よ、そう言ってくれるのは嬉しいが、周りの視線が。 視線に気付いたのか、あうぅ…と呟きながら席に着く。 今日は、恥ずかしがっている大星を2回も見れて眼福だな。 「ま、世辞でも嬉しいよ。ありがとな」 笑いかけただけなのに、またしても赤面。何かあったんだろうか。可愛いから全然かまわないけど。 「きょーたろーはもう少し自分の魅力を自覚するべきだよ…」 「ん?なんだって?」 ぼそぼそ言ってても聞き取りづらいだけだぞ。 「もー!なんでもないですー!全く、この鈍感男!」 「ひでえ言われようだな、おい」 何故聞き返すと怒るのか、さっぱり分からない。 プンスカという音が実際に聞こえそうなほど怒っている。怒ってる姿も可愛いと思えてしまうあたり、俺も大概だな。 元気が出るから、大星と喋るのは好きだ。もしかしたら、大星のことが好きだから、かもしれない。 大星と友達になって、今までの灰色の学校生活が一気に色づいた。 長野にいた時と、変わっていて、そして変わらない雰囲気。 これが『日常』なんだな、と改めて思う。 しかし、まあ―― 「ありがとな、淡」 いつまでもこの日常が続いてほしいと思うのは、欲張りだろうか。  

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