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恋愛事、まして一目惚れなんて、ネリーには夢物語だ。
不幸せではなくとも、およそ文化的な生活を送ってるとは思えない、明日の身も知れぬ貧困に苛まれてきたネリーには、まともな恋なんて出来ない。
将来結婚して家庭を持ったとしても、きっとそれは恋とか愛とかではなくて、シスターやあの子達を楽させてあげるための、所謂玉の輿というものだろう。
恋に恋する同級生やチームメイトにも花の女子高生らしくないとは言われるけれど、自分ではそんな風でも悪くない、そんな人生でも十全。
そう思っていた。
そんなある日。
正確には高校一年の全国大会団体戦閉会式終了直後の時。
ネリーは彼に出会った。
「-----------」
「-----------」
会場で偶々見かけた、通りがかっただけの、初めて見かけた男子だった。
なんで女子の会場に男子がいるのかとか、隣の執事は誰なのかとか、傍にいたチームメイトが話していたらしいけれど、この時の私は全く聞いていなかった。
繰り返し言うけれど、恋愛事、まして一目惚れなんて、ネリーには夢物語だ。
そう思っていた。
ネリー「------------」
素敵な人だと思った。
それがまずかった。
彼の顔を見たその時、私の目には、私と彼を含めた家族の姿が、幻影が見えていた。
この素敵な人と、この人を育てた人と家族になりたい。
何故かはわからないけれど、ネリーは一瞬でそう思った。
思ったその時には、もう体は動いていた。
制止していたらしき仲間の声も聞かず、彼の服を摘み、振り返った彼の顔を見て言う。
ネリー「遺伝子レベルで一目惚れです。結婚してください」
京太郎「5000%無理」
撃沈。
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膝から崩れ落ち、意気消沈している女の子に、仲間らしき人達が集まっているのを尻目に見ながら歩く。
声が届かない程の距離まで離れると、ハギヨシさんが語り掛けてきた。
ハギヨシ「宜しかったのですか? 見た目は幼いながらも可愛らしい方だったと思いますが」
京太郎「いいんですよ。仮に万が一あの子が本気でも、うちの母親が外国人は80万%無理なんで」
そもそも貧乳ロリって時点で200%無理------
ネリー「だ、だったら!」
京太郎「うおっ!」
ネリー「会わせて! その人に! 絶対絶対認めてもらうから!」
京太郎「はぁっ!!?」
聞こえない距離だと思ってたが、どうやら地獄耳だったようだ。
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そこでも、そのあとも、ネリーは必死にキョータロー(漢字難しい)の母親との面会を求めた。
ストーカー? っていうわけじゃないけど、会う度会う度子供が駄々をこねるみたいに会わせてほしいと懇願した。
うちのチームメイトがいても、キョータローのチームメイトがいても、誰がいても同じように。
白い目で見られるのは、特に気にならなかった。
慣れてるからっていうのもあるけど、それよりもずっと、ネリーはキョータローに夢中だったから。
何度も何度も、キョータローはあしらおうとした。
何度も何度も、ネリーは諦め悪く声を掛けた。
それで、全国の個人戦が終わる頃。
キョータローが東京に居られる最後の日。ネリーはいつもよりずっとしつこく懇願した。
京太郎「......わかった。会うだけ会わせてやるよ。けど......、どうなっても文句言うなよ」
万歳だった。
何日もかかったけれど、初対面から親に会わせてくれるまでと考えて、本当ならどれだけかかるやら。
ネリーの頑張りが報われ、一世一代の賭けにようやく勝利した。
そう思っていた。
けど、ネリーはこの時のキョータローの忠告を聞き流していたんだ。
頑張りは報われた。
でも勝利はまだまだ先で、むしろそこからが正念場だった。
ネリー(外国人は80万%無理、か......。そりゃあそうだよね)
日を改めて、長野県まで電車で揺られて、キョータローの家の扉を開くまでは、それはもうドキドキワクワクしてたね。
途中の道でいちいち鏡の前で自分チェックをしたり、挨拶の仕方を反芻したり。
でもそれは、扉をくぐって終わった。
端的に言う。
キョータローのお母さんは、ネリーの知ってる人だった。
知り合いではないけど、知ってる人だった。
なにせ、その人は昔麻雀界の世界ランキングでも名を馳せた有名人で。
初めての外国遠征で、現地の銃撃戦に巻き込まれて、左手が細かい動きをしなくなって、麻雀が出来なくなった人なんだから。
須賀母「............」
ネリー「」ガクガクガクガク
顔が引き攣り、膝が笑ってしまう。
キョータローのお母さんは、ただただ、ただただ、黙ってそこに君臨している。
その隣のお父さんらしき人は、なんだかハラハラしているようで。
私の隣にいるキョータローは、だから言ったのに、という感じで場を見守っていた。
外見は成程。キョータローのような人が生まれるのも納得出来る。両親揃って素敵だ。
でも、その素敵な人の片割れが、極めて恐ろしい重圧を放っていらっしゃる。
やばい。
私の過去にこんな殺気を感じた記憶、故郷でも無い。
ネリー(だだだだだ大丈夫! ネリーは加害者じゃないネリーは加害者じゃないネリーは加害者じゃないネリーは加害者じゃない------)
ネリー「は、はははははっははっは」
声を絞り出した。
練習してきた精一杯の笑顔で。
ネリー「初めまして! 私、ネリー・ヴィルサラーゼと申s」
無言で殴られた。
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京太郎「.........」
ファーストコンタクトであれだったんだから、すぐに諦めるかと思ったが。
ネリーはそれから何度も我が家を訪れた。
ネリー「先日は手土産も無しに、突然失礼いたしましたお母s」
呼び方を間違えては殴られ------
京太郎「あからさまな民族衣装だと、うちに外国文化を持ち込む気って思われるのかもな。お袋説得するんならそういうの刺激しない方がいいんじゃないか?」
ネリー「んー。日本風っていうとなんだろ?」
着物で行っては殴られ------
京太郎「いっそ髪型も変えてみるか? 造花の髪飾りつけるとか」
ネリー「頭が重いー」
花嫁風になっては殴られ------
殴られ------
殴られ------
殴られ------
そして、彼女が最初に我が家に来てから二週間が経とうという今日も、また殴られた。
ネリー「ふぐぅ......っ」
日増しに容赦なくなっていくお袋の拳で庭にまで弾き飛ばされた、涙目のネリー。
特別身体が頑丈というわけじゃないんだろう。
お袋も女とはいえ、本気の本気で殴ればそれは痛い。受ける側が小柄で軽いネリーなら尚更だ。
それを毎日毎日。
諦めさせる目的とはいえ、女の子が鼻血を出したり顔に痣を作っていたりするのを放っておくのは気が引けたので、お袋が殴った後は簡単に手当てしてやっていた。
今もその途中だ。
京太郎「ったくよー」
赤くなった鼻頭を冷やしてやりながら言う。
京太郎「チームメイトの人から聞いたけど、お前少し前まではお金お金うるさい守銭奴だったんだろ?
それがなんで大枚はたいてウチに足繁く通ってんだか」
ネリー「あはは......。私もキョータローを口説き落としてクリアしたつもりだったから、こんなになるのは予想外だったなー」
京太郎「誰が誰に口説き落とされたって?」グリッ
ネリー「あたた! 鼻! 鼻捻じらないで!」
いつの間にやら軽口も冗談も叩けるような間柄になってしまっていた。
京太郎「......なぁ」
ネリー「何?」
京太郎「そろそろ諦めたらどうだ?」
滞在費とか、手土産代とか、着物代とか、髪飾り代とか、全部自腹で。金もそろそろ底をつくだろうし。
そもそもお袋があれじゃ絶対認めてもらえないだろうし、って。
続けるつもりだったが。
ネリー「それは絶対にやだ!」
先に言われてしまった。
------これだけ粘る以上、ネリーの気持ちが本物であることぐらい、わかっていた。
本気の本気で、それこそ遺伝子レベルで一目惚れ、だったんだろう。
京太郎「つっても、これ以上殴られたらそろそろ顔の骨格歪むぞ?
折角親に可愛い顔で産んでもらったんだから、あんま勿体無いことすんなよな」
ネリー「......えへへ」
京太郎「? なんだよ?」
ネリー「キョータローにそーゆー褒められ方したの、初めてだなって」
京太郎「............。はいはい。親御さんに感謝しとけよ」
ネリー「わかった。故郷に帰ったらそーする」
京太郎「いや、別に電話でもいいだろ。それとも直接会わないと気が済まないタイプか?」
ネリー「あ、違くて」
京太郎「?」
ネリーはなんでもないように言った。
なんでもないように。言った。
ネリー「お墓に埋まってるからさ。電話じゃ伝えられないんだ」
京太郎「っ! ...ごめん」
ネリー「えー? なんで謝るの?」
不謹慎なこと言ったと思ったが、ネリーは変わらず続ける。
ネリー「二人とも、私が赤ん坊かその少し上ぐらいの時に戦争で死んじゃったから、記憶が無いんだ。
周りは悲しかったねーとかなんとか言うけど、顔も声も何にも思い出せないから全然実感なくて。
だからネリーの家族って言ったら、孤児院のシスターと、一緒にいた子供達だけ。
でもネリーを産んでくれたって言われたら、なんとなーくだけど、感謝の気持ちはあるかな」
京太郎「............」
それは。
それは一体、どれだけ壮絶な人生だっただろう。
親がいない、孤児院暮らしだなんてテレビの中の話としか思えないような俺の家では、想像もつかない。
ただ、そんな戦争だらけの国で、孤児院だけがまともだなんて都合のいい話はないだろう。
京太郎「............」
ネリー「キョータロー?」
きっと苦労してきたのだろう。
俺なんかでは考えにも浮かばない程。
それでもネリーは、こんなにも真っ直ぐに生きて、キラキラした瞳で俺を見上げていた。
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私のキョータロー家訪問が一月に差し掛かる頃、ついに変化が訪れた。
ネリー「はぎゅっ!」
開幕で殴られるのは変わりなかったけれど。
須賀母「いい加減しつこいのよあんた!」
ネリー「あ......、ようやく口を利いてくれましたね」
須賀母「このっ......!」
須賀父「まぁまぁ母さん。話くらい聞いてあげてもいいんじゃないかい?」
須賀母「あ、あなた!何を急に」
京太郎「そーだな。一か月もずっと殴り続けて話も聞かないなんて、息子の俺は恥ずかしいよ」
須賀母「京太郎まで! いい、外人なんてのはみんな------」
須賀父「母さん」
須賀母「うぐっ」
須賀父「いい加減にするのは、母さんの方じゃないのかい?」
なんと、目標が家庭内で孤立し始めたのである。
囲まれ、追い詰められている。
あの、全盛期では世界ランキングで五本指に入る日も遠くないと言われていた、あの暴王が!
一体何だろう、この光景は。
またネリーは幻影でも見ているのだろうか。
------そこから先はよく覚えてない。
須賀父『済まなかったね。母さんは外国の人にはああなだけなんだ。
君が毎日ここに来ても、母さんは京太郎のことを怒ったりはしなかったからね』
------だってさ。
須賀母『いい? 孫に麻雀を教えるのは私がやるから。
あなたのスタイルだと絶対教えるのには向いてないわ。私でも教える事なら出来るから。
うちの子と結婚するんなら、まずそれは約束しなさい!』
------あまりにも。
ネリー『いや、その......私、入って良いのかなって』
京太郎『何言ってんだよ。ここはもう、お前の家でもあるんだぜ?』
あまりにも...
ずっと...
ずっと幻想の中みたいだったからさ...。
シスターが倒れた。
その知らせを聞いたのは、あれから何年も経った日だった。
望んでいた京太郎との結婚も果たされ、子供も二人生まれ、私の世界ランキングも順調に上がっていた。
京太郎自身も、選手としてはなくチーム監督としてだったけれど、麻雀界でも幅を利かせられるほどの存在になっていた。
順風満帆、全てが上手くいっていた筈だった。
そんな矢先だったんだ。
「君、いや正確には君の妻。今大金が必要なんだそうだね?」
京太郎「............」
決して治せない病気じゃなかった。
ただ.........治すための手術費用が、今の私達ではおいそれと出せない金額だった。
それも、近日中に用意できなければ、命は助からない段階まで来ていると。
借金してでも出したっていいと言ってくれた。
けれど私は、それを断った。
次の大会の優勝賞金。それが手に入れば。
ネリーが頑張れば、お金は用意できるんだから。
「けれど、今回の大会には『彼女』がいる。ネリー君と言えども、勝率は決して高いとは言えないだろう。
だが......。君の手が加わるならば、話は別だ。
『彼女』の元仲間だった君の事を考えて担当を外していたが------」
担当になって、京太郎が手を加えれば、それは『彼女』を裏切る形になる。
そうして得られる結果も、勝率が上がるだけ。
莫大ではあるけど、絶対ではない。
ネリー(大丈夫だよ、京太郎。そんなことしなくたって。
私が頑張れば、私を信じてくれればそれで------)
京太郎「綺麗事を言うつもりは無い。
悪怯れるつもりも無い。
俺は俺の家族を守るためだけに、あいつを裏切る!!」
そして。
京太郎「俺の女に、二度も家族を失わせはしない!」
京太郎にとって、私の家族は。
あの時から京太郎の家族でもあった。
顔を合わせたことなんて、ちょっとしかないのに。
私にとって、京太郎の家族がそうであるように。
『彼女』は強いだろう。
でも、それがなんだ。
綺麗事を言うつもりは無い。
悪怯れるつもりも無い。
何がなんでも勝って、賞金を手に入れる!!
私が只、私の家族を、守るために!