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 「─お久しぶりです、南浦先生」  プロ雀士・小鍛治健夜九段が、重い荷物を担いで長野県某所の家を訪れたのは、久方ぶりのことだった。  インターハイで伝説的な活躍を示したかつての女子高生は、僅か数年で世界にその名轟くプロ雀士となり、  あちこちの麻雀大会から各種メディアに至るまで、引っ張りだこの毎日を送っていた。  「年初のご挨拶が、2月まで遅れてしまって申し訳ありません…」  「構わんよ、健夜。お前が忙しい事はよく知っている」  南浦聡は、小柄な体をなおさら縮める弟子にそう笑いかけた。渋めだがやや強面で、健夜より頭一つ分は背の高い壮年男性だが、  その穏やかな声と表情は彼女の胸のつかえをゆっくりと溶かしていく。  ─雀士が段位を得てプロになるには、『師匠』が不可欠である。  それが本当に己に麻雀を仕込んだ人物かどうかは別にして、プロ雀士というものはそういう師弟制度の下に成り立っていた。  小鍛治健夜九段の場合は、その『師匠』が南浦聡八段であった。  「それに師匠と言っても、私がお前にしてやれたのはせいぜい名義貸しくらいだ。そう畏まって義理立てすることはないさ」  「い、いえいえいえいえ!!そんなことないですから!本当に感謝してますしお世話になってます!!」  これは偽らざる健夜の本音である。彼女が収めたインターハイでの圧倒的─否、絶対的な勝利の後。  あちこちからのスカウトや取材に襲われ途方に暮れていた彼女を見かねて助け船を出したのが、現在の師匠である高名なプロ雀士の南浦だった。 87 : 名無しさん@お腹いっぱい。2016/08/12(金) 23:47:24.22 ID:sLqPdDwq0  彼は健夜を名義上弟子入りさせ、持ち前のコネクションで世渡り下手な彼女の面倒を見た上、プロ入り後も幾度となく  便宜を図ってくれたのである。既に南浦の段位を越え、今や国民的英雄となった彼女だが、師から受けた恩を忘れた事は無い。    「ま、元気そうな顔が見られただけで十分だ。それに─」    入っていいぞ、と南浦が部屋の入り口に声を掛けると、襖がそっと開いた。    「─貴重な休みをわざわざこの日に合わせてここに来たと言う事は…お前の目当ては私では無いだろう?」    にやりと笑う師匠に戸惑う暇も無く、横合いから甲高い声が響く。  「お久しぶりです、健夜さ…じゃなくて、小鍛治九段!」  「きょ…京太郎君!!」    元気よく一礼する金髪の少年に、健夜は師の面前であるのも忘れ、思わず腰を浮かして向き直った。  彼こそは、この若きプロ雀士がこの日に休日を合わせて長野にやって来た最大の理由だった。  須賀京太郎は、美形という程でもないが、整った顔立ちをもつ明朗そうな雰囲気の少年である。  彼もまた健夜と同じく南浦の弟子のひとりであり、未だ小学生にしてその麻雀の天稟をいかんなく発揮する秀才だ。    「久しぶりだね!元気だった?」  「うん!…あ、はい!小鍛治九段もお元気でしたか?」  「元気だよ!いますっごく元気になったよ!!」  「うぷっ!?」    懸命に敬語を使おうとする京太郎の、たどたどしくも愛らしい仕草に、健夜は一瞬我を忘れて彼を抱きしめた。  おどおどしていた健夜のあまりの豹変ぶりに、傍から見ていた南浦は苦笑するしかない。  新米プロだった健夜の麻雀界での生活を、師匠とは別方向から支えてくれたのが、この一回り年下の同門である。  彼女が南浦プロに弟子入りしたのも、インターハイを見学に来ていた幼少時の彼と偶然出会ったことが切っ掛けだった。  その明るさと親しみやすさ、目上に対する如才ない振る舞いを併せ持つ京太郎を、健夜は弟のように可愛がっていた。  当時も今も、健夜は京太郎に癒やされ、慰められ、そして救われていたのである    ちなみに、彼女は弟扱いしてはいるものの─実力や年齢は兎も角─厳密には南浦の弟子としても雀士としても、  京太郎の方が古株であった。何せ健夜が麻雀に始めて触れた高校生の頃には、京太郎は南浦の弟子だったのだから。  「お姉さんねー、京太郎君のためにタイトルの賞金で買ってきたんだ。景徳鎮で出来た高級麻雀牌で─」  「…健夜。それを渡す前に、何か言う事があるのではないか?」  「へ…あっ!?そ、そうだった!」    まあ、そんな事情はさておき。可愛い京太郎に出会えた喜びで顔を蕩けさせていた彼女は、  師匠の助言で我に返ると、慌てて彼から離れて居住まいを正した。    「えー…京太郎君!お誕生日おめでとう!」  「は…はい!ありがとうございます!」  「それと、ここなら私の事は小鍛治九段じゃなくて健夜って呼んで良いんだよ?」  「!…うん、健夜さん!」    嬉しそうに頬を染める京太郎に、健夜は天にも昇る心地になった。苦労して運んできた大きなプレゼントは  微妙に不発に終わったが、そんなことも気にならないほどに嬉しい。  「ああ~…京太郎君ってホントに可愛い!ねえ、大人になったら私と─ッ!?」  しかし─そんな喜びは、突然叩きつけられた殺気によって綺麗さっぱり消え去った。  「…小鍛治九段」  「…………………」    京太郎が入ってきた入り口の向こう側に、彼と変わらない年頃の姉妹が立っていたのである。  プロ雀士顔負けの威圧感を放って健夜を睨み付けていたのもまた、そのふたりだった  「お久しぶり…です」  「照ちゃん…」  「ど、どうしたんだよ照ちゃん…?」    絞り出すようなその挨拶は、凄まじい負の感情に満ちていた。明らかに、健夜に対して怒っている。  少女の幼なじみである京太郎もまた、その鬼気に圧倒されていた。  宮永照は、健夜や京太郎と同じく南浦の弟子であり、そして彼の一門では健夜に次ぐ才能を持つ神童だった。  その雀士としての力は、同世代の小学生大会はおろか、インターハイに出場しても通用するほど。    「京ちゃん…」  「咲まで何なんだ?!一体何が…」    宮永咲もまた、京太郎の幼なじみで南浦の弟子のひとり。その才能は姉の照に匹敵するか、もしくは凌ぐであろうと謳われる麒麟児だ。  そんな稀代の天才麻雀姉妹は、自分たちが好いてやまない幼なじみと親しくする健夜に、酷くおかんむりであった。  ふたりがこの世の全ての不吉を孕んだような禍々しいオーラを纏っているのは、紛れもなくそれに対する嫉妬のせいだ。 とは言え、健夜もまたプロ雀士として幾度となく修羅場をくぐり抜けた女傑。 百戦錬磨の南浦ほどではないにせよ、すぐに落ち着きを取り戻すと笑顔でふたりに向き合った。   「て、照ちゃん、咲ちゃん。久しぶり、元気だっ」  「─最低の気分」  「!?」 しかし─そんな健夜の微笑みは、吐き捨てるような照の言葉で瞬時に崩れ去った。 「私から京ちゃんを取ろうとする泥棒猫め…!」  「どこでそんな言葉覚えてきたの照ちゃん!?貴女まだ小学生だよね!?」 健夜のツッコミも虚しく、照が纏うオーラは天井知らずに強烈になっていくばかりだ。 もう健夜が何を言っても苛立ちが募るだけなのだろう。取り付く島がない。  「解らせないと…この女にも、他の女どもにも…私が京ちゃんのお嫁さんだってことを…」  「いやいやいや!照ちゃん、何でお嫁さんとかそういう話になるんだよ?!」  「ち…違うもん!京ちゃんとけっこんするのは、わたしだもん!」  「咲までなに言ってんだ!」  いきなりの展開に付いていけずに困惑する京太郎。天然というかマイペースというか、  変わり者の宮永姉妹とは付き合いの長い彼であるが、この突然のカオス状態にはうろたえるほかない。  健夜もまた、どうすれば良いか解らず泡を食っている。    頼みの綱の南浦はと言えば、そんな弟子たちのジャレ合いに腹を抱えて笑うばかりだ。  照の暴走や咲の嫉妬など、彼にとっては日常茶飯事なのである。尤も、渦中の人である肝心の京太郎は、  この手のノリにはいつまでも慣れる事は無かったのだが。  「京ちゃん…ねぇ、むこうでわたしたちとおたんじょうびかい、しよう?」  「いや、でも健夜さんがこっち来るの久しぶりなんだぜ?咲だって麻雀とかしたいだろ?」  「京ちゃん、こんな年増と麻雀打ったら加齢臭が移る」  「し、しないよそんな臭いっ!!!」    涙目で京太郎を引き戻そうとする咲と、喧嘩を売る照に半ギレする健夜。  誕生日祝いも師弟の語らいも何もなくなった四人は、笑いまくる師匠をほっといて、  騒ぎを繰り広げた果てに、麻雀で白黒付けることになった。正直なところ彼ら自身にも、  何をどう決着を付けるのかはわからなかったが─それが雀士の性と言う奴なのだろう。  多分。    「…で、結局三人まとめてスッ飛ばし続けるとはなぁ」  「す…すいません…ついカッとなって…」  その日の夜。京太郎と宮永姉妹をハコにしまくった健夜は、  苦笑する南浦の前で来たときよりも縮こまって反省していた。  いくら身内同士の対局とは言え、世界最強の雀士のひとりである小鍛治健夜が、  小学生の少年少女を半ば本気で蹂躙するなど、あってはならないことだ。    「だが…どうだ?あいつらも中々やるようになっただろう」  「…はい。以前よりもずっと強くなってました」    しかし─そうやって真剣に麻雀を打ったからこそ、健夜には三人の実力と  その成長ぶりが良く理解出来た。何よりも、健夜の圧力を撥ね除けて、  幾度となく挑んできたその精神力は驚嘆に値するものだった。    インターハイの学生であれ、プロのトップクラスであれ、彼女と対局し、  その圧倒的な力に心がへし折れて牌を置いた雀士は少なくない。  にも関わらず、幼い彼らは体力が尽きて寝落ちするその時まで  対局を止めようとせず、むしろ楽しんでいたのだ。    「本当に…麻雀のことが好きなんですね、あの子達は」  「そうでなければ、あの歳でこんな老いぼれの弟子になどならんさ」    弟子たちの目覚ましい成長を心底嬉しそうに、しかしどこか寂しげな顔で語る  南浦を横目に、健夜は川の字に眠る三人を慈愛の眼差しでじっと見つめるのだった。  とまあ─彼女がそうして年上ぶっていられた期間は、実の所そう長くは無かった。    心身共に成長した京太郎は魅力的な青年雀士となり、行き遅れた健夜は  彼に魅入られ虜になってしまい、本格的に熱を上げる事になったからである。  やがて彼女は、優良物件として京太郎に唾を付けようとする女子プロと死闘を演じ、  彼を恋慕う宮永姉妹や女学生雀士たち七転八倒の恋の鞘当てを繰り広げることになるのだが─。    それはまた、別のお話。  カン

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