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「久しぶりだね、和ちゃん」 「数年ぶりですからね」  和は高校、大学、社会人を経て家庭に入った。子育てもあり、彼女が奈良の松実館を訪れたのは数年ぶりのことである。 「むむ、前よりも胸が大きくなってないかな? ちょっと触らせて欲しいな」  両手をグーパーとワキワキ動かしながら玄はゆっくりと距離を縮めていく。 「強制猥褻罪で訴えますよ?」  にっこりと笑みを絶やさぬまま和は言った。口は笑っているのに目は笑っていない、マジである。 「あはははは、じょ、冗談だよ?」 「ふふ、そうですよね」  だらだらと冷や汗が流れるのが止まらない。玄は逃げ口を探すように慌てて別の話題を振る。 「そう言えば京太郎くんとお子さんは?」 「二人なら穏乃に誘われて山に……」 「そっか、じゃあ二人に会えるのは夜になりそうだね」  松実館の女将である玄は忙しい。  今は暫しの休息時間を利用して友人の顔を見に来ていたのだ。 「そうですね。私も妊娠さえしていなければ三人に着いていけたんですが」 「身重だから無理しちゃいけないよ」 「分かってますよ」  そう口にして膨らんでいるお腹を和は優しく撫でた。そこには愛しい人との愛の結晶が宿っている。 「和ちゃん、あのね、ちょっと撫でさせてもらっても良いかな?」  断りと受諾。  玄は服の上から命を慈しむような眼差しで撫でた。  伝統と溶け合った調度品の整えられた一室。そんな場所で見られた美しい女性の交友は誰の目にも、優しい幸せな世界の光景に見えたであろう。 カンッ! -裏ドラ- 『京太郎くん、今度……和ちゃんに告白するって本当?』  信じたくない噂を聞いた私は彼にことの真相を尋ねた。 『憧の奴か、はあ、喋りやがったのか。……本当ですよ、玄さん』  いつかこの日が来るかもしれないと覚悟はしていた。初めて会った時から彼の目は一人だけに向いていたことを知っていた。  何時しか和ちゃんも彼に特別な想いを抱くようになっていたことにも気づいていたのだ。  そう、恐れていた時がついに到来した。 『本当なんだね……うん、きっと上手くいくよ……』  私と彼はとても趣味があって、バカみたいな話で笑いあって、同志なんて呼びあってふざけたり、そうしている内に好きになっていた。  本当はね、男の子って少し苦手。  だけど、彼はお姉ちゃんを奇異の目で見るなんてこともなくて、何時だって優しくて格好良い素敵な人だったから。  だから、初めて好きになれた。  だけど、この恋が実らないことも分かっていた。  私にとって京太郎くんは世界で一番好きな人だから、和ちゃんは大切なお友達だから、同じ想いを認めている二人が一緒になるのが幸せなんだ。  だから、笑って、笑顔で送り出さないといけないはずなのに、どうしてかな、頬を伝う涙を止めることが出来なかった。 『玄さん!?』  突然泣いてしまった私を彼は気遣ってくれる。  そして、愚かな私はいけないことだと、駄目だと知りながらも彼に泣きついてしまった。 『……京太郎くん、私、あなたのことが好きなの』 『俺は、……』 『分かってる。和ちゃんが好きだって知ってるよ……』  利己的で浅ましい願いごと。  彼にも彼女にも、酷い裏切りに他ならないと知りながら、私は口にしてしまった。 『付き合って欲しいなんて言いません。一度だけ、私に思い出を下さい』  おでこを擦り付けるように頭を下げた。  恥も外聞も誇りもなく、みっともなく土下座して頼み込んだ。彼の優しさに、甘さに、言い訳や逃げ道を作るように言葉を並べながらお願いした。  我ながら酷い女だと思う。  それでも、一夜限りの関係でも私は幸せになれた-- 「和ちゃんは京太郎くんのことが好きですか?」  彼の子供がいる彼女のお腹を撫でながら、私は尋ねた。 「ええ、世界で一番大切な愛しい人です」  迷いのない答えに私はチクリと胸の奥に痛みが走った。  羨ましい。  だけど、壊したくはない。  彼が幸せなら私も幸せだから。  彼が大切にしているものは私の大切なものだから。  そう思えるのはあの一夜の記憶と運よく授かれた子供がいるからなのだろう。  私の子の父親が誰なのかは誰も知らない。お父さんやお姉ちゃんも、京太郎くんだって知らないのだ。  私は遠目から見守っています。  この阿知賀からあなたの幸せを願っています。  いつまでも、いつでも、この松実館に御来館あれ! もう一個カンッ!

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