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「h86-74」(2016/08/06 (土) 12:52:36) の最新版変更点
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暑いのはまだいい。湿度が高いのも、無風なのも許容範囲だ。
しかし、それら全てが徒党を組む『蒸し暑い』のはどうも我慢ならない。
暑いから汗をかく。かいた汗は風に吹かれて蒸発し、気化熱で体温を下げる。
人間の身体はこのサイクルによって体温を調節しているのだ。
だが、この時期は無風が多く汗をかいてもほとんど蒸発しないし、なんなら多湿でより汗をかくまである。
うちわや扇風機を使って人為的にサイクルを機能させようとしても、ただただ熱気をかき混ぜる程度にしかならないのだ。
快適に過ごすためにはもっと高性能な文明の利器、エアコンに頼るしかないのである―――
「とか、壮大な理屈並べても使う名分にはなりませんからね」
如何にエアコンが必要なのかを力説しながら点けようとしたらそうバッサリと切り捨てられ、リモコンを取り上げられてしまった。
「ダル…」
そう言ってふて寝。仕方がないだろう。
快適に過ごすための手段を封じられたならこうもなる。
「まったく…」
そんな私に呆れたのか、ため息とともに呟く。
私だって好きでだらけているわけではないのに。
「そうは言いますけどね。だらけてない時ってのはここ一週間…いや一ヶ月で何回ありました?」
……………
「目を逸らすな」
年上に向かってなんたる態度なのかと憤慨した。
「年上として敬われるようなことをした覚えは?」
……………………
「だから目を逸らすなっ」
人の弱いところを突いてばかりだとろくな男になれないぞ。
そう言いながら体を起こした。
日差しも陰り、暑いだけの時間は過ぎたものの、まだそれなりに熱気を感じる。
顔をしかめながら胡乱な視線を外に向けていると
「年中ダルがってる人よりはマシな大人になれますよ、多分」
敬意の欠片もない言葉をかけて私のおでこを指で弾いてきた。
何をすると抗議の視線を向けてもどこ吹く風だ。
いくら睨んだところで得られるものは首の疲れだけだと悟った私は再び外に視線を向ける。
隣でこちらを見る生意気な年下はやはりため息をついて、同じように外に視線を向ける。
「「…………」」
お互いに何を言うこともなく外を見続けていると、不意に物悲しい、けれど懐かしいような匂いが鼻に付いた。
何か知らないか、と問うと
「ああ。多分、蚊取り線香の匂いじゃないですかね」
言われてみればなるほど、確かにこれは線香の匂いだ。
しかし、後半とは言え今はまだ6月である。
それを使うのは早くはないだろうか。
「今年の夏はいつもより暑そうだし虫だって何かの拍子に早く出るかもしれないから、だそうですよ」
ふうん、と興味無さげな返答を返す。
自分から聞いておいてこの返しは我ながら素っ気ない、とは思ったがまあいつもの事だと気にしないことにした。
相手もそう思ったようで苦笑いが漏れる。
「でも俺、この匂い好きですよ。何て言うか、夏が来たって感じで」
匂いが好きだ、と言うのは共感できなくもないが夏が来て嬉しいことなどあるものだろうか。
四六時中暑いわ虫の鳴き声がうるさいわで何かをする気力も沸かないと言うのに。
「夏どころか年中無気力なくせに」
笑いながら奴は言った。
やはり生意気な、とは思ったがどうせ何をしても動じないだろう。
ならばその分の体力は無駄だと考え、再び外の景色をぼうっと眺め続けた。
いつの間にか夕陽が沈みきり、いささか過ごしやすい温度になっていたようだ。
「そろそろご飯の時間ですし、居間に行きませんか?」
確かにお腹の空き具合は夕飯の時間だと示している。
おあつらえ向きにコイツが隣にいたので丁度良いと思い、ほれ、と両手を差し出す。
意図が伝わったのかやはり苦笑いしながら私を背負う準備をしていた。
確かに生意気ではあるが素直ではあるので世話のさせ甲斐のある奴であった。
「ホント、これまで甘やかしすぎたかもしれませんねぇ……」
やり甲斐を感じている癖に、とは思いつつも口には出さなかった。
お互い、幼少の頃から連れ添った仲なのだ。
もはや今さらの話であった。
このぬるま湯の関係はこれまでのように、これからもずっと続くのだろう。
差し当たって、今日の晩のメニューは何だろうか、などと背に揺られながら取りとめのない思考を続けた。
カンッ