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深々と振る雪は電車が北方へと進むほど強まっていく。俺にとっては慣れ親しんだ冬景色も、彼女にとっては違うのだろう。
キラキラと瞳を輝かせ、まるで幼い子供のように興奮している姿は可愛らしく、愛しくて仕方がない。
「寒くないですか?」
暖房の利いた列車の中でも、窓際や出入口に近い席は冷えていることも多い。
「私は大丈夫です! 京太郎さんはどうですか?」
この人は心配した俺の方を逆に気遣うのだから、困ったもんだ。
「俺は長野の出身だから寒さには結構慣れてますよ。小蒔はそうじゃないでしょう。無理してないですか?」
誤魔化すように彼女ははにかんだ。
無理していないわけがない。意地の悪い聞き方だったかもしれない。
だって、俺と彼女は二人で逃避行の真っ最中なのだから。
霧島の姫。
特別な立場である神代小蒔。
本来、俺と彼女の道が交わることはなかったはずだ。だけど、あのインターハイで俺たちは出逢い、惹かれ、交差してしまった。
しかし、俺たちの関係は許されない。
神代家を頂点とする霧島神境の立場からすれば、絶対に認められない。二十一世紀、時代錯誤と呼べるような古の常識が彼の地では罷り通る。
諦めるという選択もあった。
心だけを通じ、袂を別ち生きる。
現世を捨て、来世を夢見て共に果てる。
そのどちらでもなく、第三の選択を選べたのは協力者がいたからに他ならない。
本家の分家筋、滝見の傍流である戒能良子。
六女仙に勝るとも劣らない、小蒔をライバル視していた藤原利仙。
そして、六女仙である薄墨初美と狩宿巴。
彼女たちの手引きがなければ、二人揃って霧島の地から抜け出すことは不可能だったと思う。
「きっと大丈夫です」
俺の不安を敏感に感じ取ったのか手を繋いで彼女はそう言った。そんな所作を見ると、小蒔の方が俺よりも年上なのだと改めて思わせられる。
幼馴染み程ではないけれど、俺のお姫さまはポンコツだ。だから、しっかりしないといけないのにな。
「そうだな」
その手が少し震えていることには気づいていた。
友達の安否、未来への不安、悩ましい問題は色々ある。既に追手も放たれているだろう。
俺は彼女の手を強く握り締める。
小蒔も同じように指に力を入れた。
そうして静かに肩を寄せ合っていれば、いつしか車内に着駅を報せる音声が響いた。
「秋田と言えばキリタンポですね」
「小蒔は夕食にそれが食べたいと?」
「い、いえ、別に何でも良いですよ。気にしないでくださいね!」
食いしん坊みたいに思われるのが恥ずかしいのかな。そういうところも可愛くて好きなんだけど。
「俺が食べたいので今夜はそれにしましょうか」
「本当ですか!?」
喜びを隠せていない小蒔を見ていると笑みが零れてしまう。
まあ、お金はあるから問題ない。
家がお金持ちで良かった。子供が持つには不適切な額が俺の口座には入っているし、それに良子さんから渡された通帳や現金、黒いカードもある。
だから、資金面で困ることはない。
それでも、何時まで逃げられるかは分からない。少なくとも国内に留まれば早々に限界が来る。
だから、北へ、北国へ、ローカル線を使って、切符も出鱈目に、鹿児島から少しでも遠く、その先は船か、飛行機か……
「さあ、京太郎さん早く行きましょう!」
電車が停車し、ぐいぐいと引っ張って彼女は急き立てる。ああ、悩んでばかりいてもしょうがない。
これは二人きりの逃避行なのだから、せいぜい楽しまないと損だよな。
カンッ!