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 少女は走っていた。  肺の空気が減り、息を荒げ、鈍い痛みに脇腹が捩れながらも足を止めることなく動かし続ける。 「霞ちゃん遊びましょう」  背後から聞こえてくる間延びした声、距離が縮まり続けている。逃げなければ、早く、速く、遠くへ行かなければと本能が告げている。  恐怖に竦み、止まればどうなってしまうのかを幻視し、嗚咽が漏れそうになる。  何がいけなかったのか、どこで間違えたのか、過ちを犯したことを今更ながら後悔していた。  失敗した、見誤った。  しかし、最早手遅れである。 「ふふ、どうして逃げるんですか?」  ついに追いつかれてしまった。  もう、逃げられない。それでも、諦めたくはない。ここで捕らわれればどうなるのか、その結末を霞は理解している。 「神代小蒔ぃぃいいいい!」  自らを奮い立たせるために。  恐ろしさから逃れんがために。  振り返り覚悟を込めて相対する者の名を叫んだ。そうしなければ心が折れてしまうから。 「はい」  純粋な、残酷な、無垢なる笑み。  血濡れた巫女服に身を包んでさえいなければ、誰もが見蕩れてしまう。だからこそ、悍ましい。 「ハぁぁァァアアアアッ!」  裂帛の気合を乗せ、拳を伸ばす。  霧島の姫を相手に呪的な攻撃が届くはずがなく、勝機があるとすれば肉弾戦。活路を見出ださんと跳躍する。  己に与えられた天倪という役目。  全てを持ち、何もかもを奪っていく少女。  受け入れ、諦め、誤魔化し、偽るも、歪な関係に破綻の時が訪れた。その理由は愛を知ってしまったから。  だから、反旗を翻し、人生を賭した博打に出たのだ。この拳が届けば、まだ終わりではない。  されど、その腕は届かない。  闇よりも昏らき、影よりもなお深い、暗黒の腕。  微笑む少女を守るように霞を地へと捕らえ、縛り、押さえ込む。意識が落ちていく、視界が霞んでいく。抗うことは無意味だった。 「ふふ、霞ちゃんが悪いんですよ。私の京太郎くんを奪おうとする悪い子だから」  倒れ伏した霞を見下ろしていると、近づいてくる複数の足音に気づいた。音が止まり、状況を察し終えたのか巫女は口を開く。 「姫様、それを連れて行ってもよろしいでしょうか?」 「はい、お願いしますね」  小蒔の返答を受け、六仙女の一人である巴はぞんざいな扱いで気を失っている元同僚を運んでいく。 「汚れたお召し物はお変えになりましょう。お風呂の準備は整っておりますし、姫様の魅力を引き立てる衣装もご用意してあります。きっと京太郎もイチコロですよー」  初美の案内に従い小蒔は湯船のある方向へと足を進める。その表情はこの後の逢瀬を想像しているのか、朱色に染まっていた。  そんな彼女らの下に一人の少女が足早に接近する。 「石戸家、滝見家の主だった者の捕縛は完了しました。……それと、ご当主様がお亡くなりに……」 「お父様が……そう、ですか……報告ありがとうございます勇ちゃん。これでは頑張って京太郎くんと子作りに励まないといけませんね。ああ、仕方ありませんね」  父親の訃報に陰りが差すも、小蒔の表情は直ぐに持ち直す。これで京太郎と小蒔の仲を邪魔する障害は何もなくなったのだから。 (そう考えると、石戸家の離反は私にとっては都合が良かったですね。うん、霞ちゃんと春の処分は甘くしてあげましょう)  そう心の内で小蒔は判を下す。  多くの血が流れた霧島の内乱は幕を閉じる。反乱者の御輿として担ぎ上げられた六仙女筆頭の少女は命だけは助けられた。  しかし、彼女に自由はなく、流れた血を賄うために多くの子を春とともに孕み産むこととなる。  今日も地下の座敷牢で男たちの獣欲の捌け口として慰みものとなっているだろう。嘆きの声は何時しか悦びに変わり、狂い、堕ちていく。 カンッ!

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