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ふと気がつくと、俺は見慣れない建物の前に立っていた。 建物は純和風の造りで、入り口には暖簾がかかっており、そして何やら良い匂いが漂ってくる。 どうやら、ここは料亭であるらしい。 ちょうど空腹だったので、入ってみることにした。暖簾をくぐって「ごめんください」と声をかけると 「いらっしゃい!」 と、威勢のいい出迎えの声。つられるように、声の主へと視線を移す。 藍染めの腹掛けを着けた大柄な体躯、真白いねじり鉢巻をきりりと締め、精悍な表情をした、その男は―― 「誠じゃねーか!」 同級生の高久田誠だった。腕組みして仁王立ちする姿は、なかなかどうしてさまになっている。 「……お前、いつの間に板前修業なんて始めたんだ?」 「何言ってんだ。俺はずっと前からここの店主だぞ」 「……ああなるほど、これは夢か」 俺はきわめて常識的な結論に到達した。 ちょっと冷静になって考えてみれば、そもそもいきなり目の前に料亭が出現するという状況がまずおかしいし、 さらにその料亭に学生の俺が一人でノコノコと入ってゆくのもおかしい。 誠が店主だという話については言わずもがな、である。 「しかしまあ、料亭なんて現実じゃ滅多に入ることもないし、精々満喫させてもらいますかね」 夢と分かった以上、深く考えても仕方がないので、俺は気楽に現状を楽しむことに決めた。 店主(誠)の案内で、座敷に通され、お品書きを手渡される。 どんな料理があるのかと期待しつつページを繰ると、いきなり見慣れない単語が視界に飛び込んできた。  『あたらし丼   ――神職好き御用達の一品です――』 ……一体、何なんだろうか、これは。 『丼』というからには丼物なのだろうが、『あたらし』という言葉の意味がわからない。 添え書きされている『神職御用達』という文言も、何の事やらさっぱりだ。 (あたらし……あたらし…………あ、もしかして『新し』?) (神職ってのは神主……いや、坊さんだっけか? ……あ、分かったあれだ、精進料理ってやつだな!) 当てずっぽう……もとい、慎重に慎重を重ねた熟慮の末、『あたらし丼=新作の精進料理丼』という結論に至った。 「うーん、肉も魚も入ってないのはちょっと寂しいよなあ」 質・量ともに充分な蛋白源なくして、食べ盛りの男子の空腹は満たされない。 たとえ、それが夢の中での食事だとしても、である。 そんなわけで、あたらし丼は止めておくことにした。 お品書きのページを更に繰る。またもや見慣れない言葉だった。  『あたご丼   ――大小のあたごが織り成す絶妙なハーモニーをお楽しみください――』 しかし、今度はあたらし丼の時ほどは迷わなかった。 あたご丼というのは『あなご丼』の誤字で、大小のあたごというのはアナゴの稚魚と成魚の事だろう。……多分。 一つの丼で二種類の食感・風味を同時に楽しめるという、工夫の凝らされた一品なのだろう。……多分。 「うーん、でもそんなに好きでもないんだよなぁ、アナゴ」 結局これもパス。次のページを見る。  『まつみ丼   ――男性のお客様からの圧倒的なご支持をいただいております――』 見慣れない語句も、三度目ともなればもはや慣れたもの。 これはおそらく『つまみ丼』の誤字。誤字だらけで大丈夫かこの店、と思ったが、誠が店主じゃあ仕方がない。 『つまみ』の意味はおそらく、『つまみ感覚で食べられる=ボリュームが軽め』といったところだろう。 ただ、それだと男性に人気というのがよく分からないが……この夢の世界では、男は少食なのだろうか。 それともこれも誤植で、本当は女性に人気と書きたかったのだろうか。 ……まあ何にせよ、俺は少食ではないので即却下である。 「うーん、グッとくるのがなかなかないよなぁ……」 少しばかり肩透かしを食らった気分になりつつも、先へ進む。 「なんだ次で最後のページか…………はぁ!?」 そこに書かれた品は、今までの三つの丼とは比較にならないくらい、俺を困惑させるものだった。  『みやなが丼   ――玄人向けの一品。素人にはお薦め出来ない――』 「みやなが丼……」 「宮永丼……」 「…………」 「……いやいやいやいや!」 ……どうやら俺の脳は、『宮永』『みやなが』『Miyanaga』等の文字列を視認した瞬間、 即座にあのぽんこつ幼馴染み姉妹の高精細映像を映し出すようにできているらしい。 迂闊にもあの姉妹が丼に盛られて出される画を想像してしまい、少々ダウナーな気分になった。 「あー、やな想像しちまったな」 「……それはそうと、みやなが丼ってのは一体何なんだろうな」 今まではこじつけ……もとい、緻密な推理によって謎を解き明かしてきたわけだが、 今回ばかりは全く見当もつかない。 しかし、だからといって分からないままスルーする気にもなれない。 あの二人と同じ名を冠した丼が一体どういう物なのか、気になって仕方がない。 それに、玄人向けというのがまた好奇心をそそる。 こうなったら、やることは一つだ。 「すんませーん、みやなが丼ひとつ――『へい、みやなが丼一丁、お待ち!』――速っ!」 どこぞの牛丼チェーン店もビックリの早さだ。さすが夢の中。 誠が屈強な男数人を伴って、座敷に入ってきた。 そして、地響きと共に俺の目の前に注文の品が置かれた。 ――大事なことなのでもう一度言う。 地響きと共に、俺の目の前に注文の品が置かれた。 「なん……だと……」 ついに、お目見えしたみやなが丼。それは、あまりにも規格外だった―― 「2、3メートルはあるじゃねーか! 玄人向けってレベルじゃねーぞ!」 ――主にサイズ的な意味で。 「んじゃ、ごゆっくり~」 誠たちはそう言い残し、座敷から出て行った。 「……どーすんだ、これ」 一人残された俺の目の前に、鎮座ましますみやなが丼。 その一端には、梯子が立てかけられている。 どうやらここから上に登って、食えということらしい。 あまりのスケールに、夢の中とはいえ途方に暮れそうになる。 「ま、まあ、とりあえず中身は見とくか。それが気になって注文したわけだしな」 梯子をつたって、みやなが丼の上によじ登る。 高さは梯子段で8段分もあった。……もはやつっこむ気も起きない。 「よっ、と」 丼の蓋に手をかける。夢の中だからか、蓋は大きさのわりに随分と軽い。 ずらした蓋の隙間から、丼の中に光が差し込んで―― 「あ、京ちゃん……」 「京ちゃんだ……」 ――ぽんこつがふたつ、顔を覗かせた。 ついに明らかとなったみやなが丼の全貌。 しかし、それはおおよそ丼物という言葉から浮かぶイメージからは、ほど遠い光景だった。 「……なにこれ」 丼物に欠かせない白米のかわりに、真白いシーツのかかった布団が敷き詰められ、 その上に、パジャマ姿のぽんこつ姉妹が、天丼における海老天よろしく横並びに寝転がっている。 ……いや、ほんと。なにこれ。 「京ちゃん……降りてこないの?」 ぽんこつ姉妹の妹の方……もとい咲が、そう言って小首を傾げる。 姉の照さんも、咲の言葉に頷きつつ、こちらに向かって手招きしている。 「降りてって……いやまあ、いいけどさ」 こちらとしても、ずっと梯子の上にいても埒があかないので、咲の奨めに応じ丼の中に飛び降りた。 咲と照さんが空けてくれたスペースに座り、二人に向き合う。 「……それで、二人は何でこんな所にいるんだよ」 俺の問いに、姉妹は揃って首をかしげた。 「何でって……京ちゃん、みやなが丼を頼んだんでしょ……?」 躊躇いがちに、咲が言うと、 「だから、こうして私達が京ちゃんの食卓に供された」 と、照さんが後を受け、得意気な表情で 「京ちゃんだけに」 と締めくくった。 「……は?」 あまりの衝撃に、開いた口が塞がらなかった。 今の話を聞くとまるで、咲と照さん自身が『みやなが丼』であるかのようだ。 これでは、お品書きに『みやなが丼』の字を見た時にうっかり想像してしまった情景そのままではないか。   「もしかして難しかった? 今のは、供されてるの『供』と京ちゃんの『京』をかけた、高度なジョーク」 俺の沈黙を誤解したらしい照さんが、何やら得意気な顔で妙な解説を始める。 「あ、いや、俺がフリーズしてたのは別にギャグが理解できなかったとかではなくて――」 「あ、だけど『供された』よりも『供されてる』の方が良かったかも。  京され照……なんだかちょっといかがわしい響きだね」 「なにが!?」 「……それを言わせるの? 京ちゃんのすけべ」 「なんで!?」 「きょ、京ちゃんっ!」 今度は咲が、俺と照さんとの応酬に割って入ってきた。 咲は胸の前で組んだ手をもじつかせ、頬を赤らめ、何やらきまりが悪そうにしている。 「なんだよ咲」 「あの……それで、た、食べないの? 宮永丼」 「いやいや、『食べないの』ってお前……」 「えっ? でも京ちゃんはここに姉妹丼を食べに来たんでしょ?」 と、咲が小首をかしげる。照さんも、それに同調するように『うんうん』と頷きながら、 「ここは姉妹丼専門のお店。そこへやって来てわざわざ宮永丼を注文したのだから、  つまり京ちゃんは、私たちを食べるつもりだったということ。もちろん大三元的な意味で」 などと意味不明な供述をしている。 (姉妹丼専門店ってなんだ。どういう設定だ。夢の中だからって何でもありってか。大丈夫か俺の脳) (あと大三元的な意味で、って何なんだ……) 色々と突っ込みの言葉が頭に浮かんだが、なんだか面倒になってきたので口には出さなかった。 「……ん? 待てよ」 唐突に、ある考えがひらめいた。 (ここが姉妹丼専門店ってんなら、さっきお品書きに書いてあった丼物は全部姉妹丼の筈だよな) (……確か、メニューにあったのは『あたらし丼』『あたご丼』『まつみ丼』) (あたらし、あたご、まつみ…………) (そうか!!) 「おーい、誠ー!」 気づけば、思わず叫んでいた。 「京ちゃん!?」 「どうしたの京ちゃん、いきなり大声出して」 二人が驚いているが、今はそれどころではない。 「注文変更だ! 松実丼! 松実丼を大至急!! 頼む!!!」 …………返事がない。 「おーい、聞いてんのか誠ー! 早く松実丼を――」 「「――京ちゃん?」」 底冷えのする声が、背後から聞こえた。 「……っ!?」 振り向けば、咲の瞳が禍々しい光を放ち、照さんの腕が轟々たる竜巻を纏っている。 (あっ、こりゃだめだ。殺されて目が覚めるパターンだわ) 「京ちゃん。浮気は――」 「許さないよ――」 すさまじいプレッシャーを放ちながら、二人が迫ってくる。 (ああ、松実丼食べてみたかったな――) 諦め切れない気持ちを抱いたまま、俺は目を閉じた。 「……ん、夢……か」 目が覚めると、部屋はまだ暗かった。どうやら夜明け前らしい。 寝付きは良い方なので、こんな時間帯に目が覚めるのは自分としては珍しいことだった。 「…………?」 台所で水でも飲もうかと思い、身体を寝床から起こそうとした時、異変に気が付いた。 (なんか体が重いな……) 一瞬、金縛りかと思ったが、どうやらそうではないようだった。 どちらかと言えば、両腕に身体におもりが乗っかっているような感じだ。 (なんだこれ……) 探るように手を動かすと…………何やら柔らかく、すべすべしている。 そして、耳を澄ませると…………すぅ、すぅ、と小さな寝息が、左右から聞こえてくる。 さらには、 「きょー……ちゃん……」 「きょう……ちゃ……」 とても聞き慣れた声が二つ、寝言で俺の名を呟くのが聞こえた。 (……ああ、どうりで) ――どうりで、あんな夢を見たわけだ。 ――どうりで、こんなに体が重たいわけだ。 (そーいや俺、昨日の夜に食べたんだったな……宮永丼) カン

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