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 インターハイの団体戦で優勝し、個人戦ではお姉ちゃんと直接対決した。  麻雀を通して冷えきった姉妹仲も何とか雪解けすることができたんだ。  長年、心を曇らせていた悩み事が解決したからか、世界が輝いて見える。  私は、京ちゃんや和ちゃんたち清澄のメンバーで夏休みを満喫した。  海に、山に、川やプールにも遊びに行ったし、花火や夏祭り、毎日が本当に楽しくて、夏休みがずっと続けば良いのにって思ってしまう。  充実した最高の青春、幾つもの思い出を胸に刻んだ夏にも必ず終わりが来る。  それでも、これからも楽しいことが続くことを私は疑っていなかった。  九月、新学期の初日。  京ちゃんは学校を欠席した。  何があったのだろうかと、買ってもらったばかりの携帯電話で連絡するも繋がらない。  心配になり、彼の家へと訪問するもそこには誰もいなかった。  京ちゃんのお父さんもお母さんも、ペットのカピもおらず、当然ながら彼の姿もない。  まるで、夜逃げしたかのように、窓から覗いた家の中はもぬけの殻だった。  いったい何があったのか分からない。  近所の人に尋ねても、学校で先生に聞いても、誰も何も知らない。  私はもちろん、和ちゃんや優希ちゃん、染谷先輩も部長だって何も聞かされていなかった。  突然の失踪、音信不通、心配で、不安で、私の心は押し潰されてしまいそうだった。  彼が消えてクラスの空気は重たくなり、部活の雰囲気もどんよりと変わってしまった。  京ちゃんは、どこに消えてしまったのだろう。 -一ヶ月半後-  彼が行方不明になってからカレンダーが捲られた。  新しい月、来週は私の誕生日だ。  人は慣れる生き物なのだと改めて思う。  京ちゃんがいなくなり、しんみりとした空気はいつの間にかクラスから消えていた。  麻雀部の皆も彼のことを話題に出すことはなくなった。  だけれど、クラスメートと違って誰の表情も暗く澱んでいる。  話に挙げないのはきっと自己防衛。  忘れようと、悲しみや不安、心配する心に蓋をして見ないように、心をストレスから守ろうとしているのだろう。  私も京ちゃんのことをなるべく考えないようにしている。  気にしないようにしなければ、思い出してしまったら、想うほど苦しくなる。  それでも、分かっているのに彼を思わない日はない。  いなくなってから初めて気づいた。  私は須賀京太郎のことを一人の男性として好いていたのだ。  そして、おそらく麻雀部の仲間たちの何人かは同じ想いを抱いている。  暗雲に彩られた心と違い、秋晴れの天気が続く日々。  赤や黄、紅葉する木々の葉で赤焼けの山々が見所となった日。  今日は、数年振りに家族が揃って私の誕生日を祝ってくれる。  暗い顔をしてはいけないと思い直し、郵便受けを覗くと一通のメール便が届いていた。  差出人の名前は須賀京太郎。  中身は一枚のDVD。  残念ながら、私の家にはDVDを見るための機材はない。  だから、困った時に便りになる部長へと連絡した。  彼女は驚きを伴いながらも、部の備品であるパソコンなら見れると教えてくれた。  いても立ってもいられずに全速力で学校へと向かったのだ。  しかし、部室に辿り着いたは良いが、DVDを視聴することは叶わなかった。  私はコンピューターの使い方がよく分からず、再び部長に泣きついた。  皆、京ちゃんのことを心配していたのだろう、部長が連絡を回したのか、朝も早い時間に全員が集まった。  身を寄り添い、食い入るように一つの画面を見、緊張に震える中で映像が映され出す。 『咲、久しぶりだな。もしかしたら、清澄の皆もこれを見ているのかな? 元気にしているか?』  以前と変わらない彼の姿がそこにあった。  無事であったのだと安堵の思いが溢れ、涙が出そうになる。 「犬! 勝手にいなくなるなんて酷いじぇ……」  優希ちゃんの声は既にがらがらだった。 「まったくじゃ、バカもんが……」  染谷先輩は安息の息を深く吐いていた。 『急な引っ越しで幼馴染みのお前にすら何も言わなくてごめんな。まあ、一身上の都合って奴だ』  一身上、いったい何があったのか。  学校にも連絡することもなく、消えるようにいなくなったと言うのはよっぽどのことなのだろう。 『多分、心配かけたし、迷惑もかけたと思う。今、俺は鹿児島で楽しくやってるよ。本当はもっと早く連絡したかったんだけど、ごめんな』 「鹿児島、……随分と遠い所にいったものね」  部長がぼやくように口を開く。  確かに、長野と鹿児島では凄く距離がある。  日帰りで行くことも難しく、旅費もそれなりに必要で簡単に会いに行くことはできない。 『凄く胸の大きい美少女がいっぱいいて、ここは俺にとって天国みたいなもんだ。だから、心配はしないでくれ』  何を思い出しているのか締まりのない顔でそう口にする。 「最低ですね……」  和ちゃんは自分の胸を見ながら呟いた。  京ちゃんの言葉に皆も心配して損したとばかりに不満を露にさせる。  胸なんて脂肪の塊だよ、何が良いんだか…… 『結構、先の話だけれど、俺は結婚することになった。俺が鹿児島にいるのはそれが理由だ。だから、もう長野に帰ることはないと思う』  ふざけた表情から一変して彼は真剣な面持ちでそう言った。 「は!?」  困惑の音を誰もが漏らす。  京ちゃんが結婚、えっ、意味が分からない。  理解できない、理解したくないと叫ぶ心とは関係なく映像は進む。  京ちゃんをアップで映していた配置から広範囲を示すように被写位置が下がっていく。  そして、彼の隣で頭を下げている女性の姿が写り出す。  ゆっくりと顔が上がり、背筋が伸びきる頃にはその女性がどこの誰であるのかこの場の全員が認知する。 『こんにちは、京太郎さんの婚約者である神代小蒔です』  巫女服に身を包んだ淑やかな少女が京ちゃんの結婚する相手。  服の下からも存在を主張するたわわな胸、確かに京ちゃんの好みそうな子かもしれない。  だけど、何故、彼女が京ちゃんと…… 『私と京太郎さんが結婚する理由の半分は家の関係です』  ある種の政略結婚か何かなのだろうか、確かに京ちゃんの家は裕福みたいだけれど、大金持ちではなかったはずだ。  霧島の神代と言えば私でも知るくらいには有名な家柄で、彼と彼女が釣り合っているようには思えない。 『もう半分は、純粋に愛し合っているからなんです』 「は!?」  京ちゃんと神代さんが愛し合っている?  頭がますます混乱する。 『昨日も京太郎さんは私をお布団の中でたくさん可愛がってくれました。気持ち良かったです--』  女の子が人前で見せてはいけないはしたなくも蕩けきった淫らな顔と声で彼女は口ずさむ。  京ちゃんは苦笑を浮かべるだけで、何も言わず止めようともしない。  情事の光景を思い浮かべてしまうほど、情緒的に、臨場感のある艶やかな声で彼女は語る。  私の心は不快感に満ちながらも、身体は熱を帯びてしまう。  神代さんの口が閉じられる頃には、誰しもが顔を赤らめていた。  和ちゃんが一番真っ赤でぼんやりしている。 『て、天然な所もあるけれど、おっぱいも大きくて、可愛いし、良い子なんだよ小蒔さんはな』  京ちゃんは苦笑いしつつそう言った。  小さな声でこうも付け足す。 『口煩いし、霞さんたちは怖いけどな』 『聞こえているわよ京太郎くん?』 『失礼なのですよー』  姿の見えない相手の声に京ちゃんは怯えていた。 『連絡はまたするよ。じゃあな、咲。皆も元気でな』  それで映像は終了した。  なんとも言えない沈黙が部室に満ちる。 「心配する必要なんてなかったわね」 「まったくじゃな」 「犬のくせに美人で胸の大きいお嫁さんを貰うとか生意気だじぇ!」 「須賀くんと神代さんが……エッチなことを……」 「はは、何か疲れたね」  最悪の誕生日プレゼントだよ。  悪意を感じるのはどうしてなのかな……  酷いよ……  私は泣いた。  人目を憚ることなく泣いてしまった。 カンッ!

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