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――気になんかしとらへん。 ――あのボケが誰にどんな風に接しようがうちには関係ない。 愛宕洋榎は同じ言葉を何度もつぶやいていた。 つい先ほどのことである。 授業が終わり、駆け出そうとしたところで担任に首根っこをつかまれ、 教室の掃除を終わらせたあと、洋榎は、遅れて麻雀部の部室のドアを開いた。 だが、そこで目に飛び込んできたのは、京太郎が妹に覆いかぶさっている姿だった。 …………。 目の前の光景に洋榎が呆然としていると、 「す、すみません!」 「え、ええから。はよどいてえなっ」 という会話をして2人はさっと距離を取った。 それから、京太郎はぺこぺこ必死で謝っているし、絹恵は乱れた襟元を直しながらええよええよ、と手を振っている。 なにやっとんねんとツッコミをしようとした洋榎の出鼻をくじく形で、 今まで視界に入っていなかった代行が、楽しそうに声をかけてきた。 「うっかりミスよ。こんなこともあるからな~。……ところで須賀君、今ので絹ちゃんに一目ぼれしてないやろな~?」 つまるところ、代行の口から出たこの一言が洋榎の機嫌を悪くさせている原因だった。 ――あんなんで惚れるわけないやろ! 牌を切りながら、ちらりと京太郎を見る。 相変わらず部員と楽しそうに打っている。 「ロンッ!」 「ぎゃあっ!マジかよ!!!」 訂正。相変わらず他の部員にボコボコにされている。 そろそろもう少しレベルアップしてもらわないと困る。 悔しそうに点棒を支払っている京太郎を軽く睨んで、洋榎は余った東を切った。 「あっロンです主将」 「不注意なのよー」 なんてこった。 仕切り直しをしながらそういえば、あの二人は以前からウマがあっていたと洋榎は思う。 洋榎は阪神ファンだが、二人はガンバがどうしたセレッソがどうしたとよく話している。 洋榎はお好み焼きが好きだが、二人はたこ焼きが好きだ。 洋榎はお笑い番組が好きだが、二人は歌番組の方が好きらしい。 洋榎は飴ちゃんの方が好きだが、二人はガムをよく食べている。 ――妙に絹と距離が近いんやな。 そんなことを考えていたせいか、練習後、京太郎に対して少し嫌味な言葉が洋榎の口から出てしまった。 「女のケツ追ってる暇があったら少しは強くなったらどうや?」 その場にいた数人が息をのんだのが洋榎にはわかった。 京太郎は、ちょっと驚いたような顔をして、それから、 「すみませんでした」 と、頭を下げた。 最悪のキモチで家に帰り、浴室に入ってシャワーを浴びながら、 洋榎はふと、はじめて京太郎が部室にやって来たときのことを思い出す。 今年からなんやかんやで共学になり、姫松にも男子高校生が入ってきた。 4月、クラスメイトが何となく浮ついているのを見て、どんな1年の男子が入ってくるのか、と洋榎なりに楽しみにしていた。 うちの部員として入ってきたらしごいたるわ! などとクラスメイトに話し、どこか生暖かい目を向けられていたのを覚えている。 さて須賀京太郎である。 最初に出会ったとき、彼はダンボールを二箱抱えて麻雀部の部室のドアの前で立ち尽くしていた。 「そこのアンちゃん、なにしとるんや?」 「あっ、麻雀部の方ですか?なんかけったいな服着たお姉さんに『これ麻雀部部室に運んどいて~』って言われまして」 「あー……なるほど。ご苦労さん。飴ちゃんいる?」 「それより早く降ろしたいんですけど」 そのあと部室の中に招待し、同級生たちに質問責めされている金髪の男をじっと眺めながら、 やっぱ男子が部室にいると違和感あるなあ…などと洋榎は呟いた。 しばらくして、自分に提出された入部届を見て、その男の名が須賀京太郎であることを知った。 彼は麻雀については初心者だった。 絹恵から聞いたが、何でも中学生まではハンドボールをしてたらしい。 ある日の授業中、ふと外を眺めると、彼がクラスメイトとサッカーをしているのが洋榎の目に入った。 京太郎の金髪は3階の教室からでもわかるくらいに目だっていた。 やはり運動神経はいいらしい。 何人もの相手を抜いていく。 あれならサッカー部に入ればいいのに、いや男子サッカー部はまだ姫松には無いけど。 そんなことを考えてながめていると、 「愛宕姉、なーに校庭をよそ見してるんだ、って一年男子か……って一年男子に見惚れてるのか!?」 という先生の驚いた声がして、 「洋榎が!?」 「あの色気より食い気の!?」 「保健体育の時間に頭から煙吹いて倒れた!?」 「男性との付き合いは近所のおっちゃんと公園で麻雀するぐらいの!?」 「「「あの洋榎が男に見惚れている!?」」」 というクラスメイトの騒ぎに巻き込まれてしまった。 慌てて何でもあらへんと否定するが全く聞いてくれない。 ただほんのちょびっと見ていただけなのに。 これも京太郎の髪の色が目立つからいけないのだ。 その日の放課後の練習で洋榎は京太郎をさんざん飛ばした。 同卓だった末原恭子が呆れた顔をして彼のフォローしていた。 あれくらいでへこまれても困るのだが、恭子は過保護過ぎやしないだろうか。 ――アカン。 せっかく頭を空っぽにするためにシャワーを浴びているのに、またネガティブな方向に感情が向かっている。 京太郎が絡むといつも洋榎はこうだ。 自分で自分の感情をコントロールできない。 ――気になんかしとらへん。 ――あのボケが誰にどんな風に接しようがうちには関係ない。 何度目かとなるその言葉を呟いた時、脱衣場から絹恵が洋榎に声をかけてきた。 「お姉ちゃん、オカンがご飯だからはよ上がれーって」 「おっけー」 言葉を返す。 ここで妹に当たるのは筋違いであることが分かるぐらいには、洋榎は馬鹿ではない。 シャワーを止め、髪の水気を切る。 自分の上半身が映った鏡が目に入った。 どんなに贔屓目に見ても、美人な面ではない。 胸も貧相である。 自分の体をコンプレックスに思ったことなんかないはずなんだけどな。 そう、ひとりごちて洋榎はタオルを手に取った。 帰ってきた父も含めて四人で食事をしながら洋榎は妹を横目で見る。 こと麻雀に関しては洋榎もそれなりに自信を持っているが、女らしさとなると話は全く別である。 絹恵は可愛い。 体もすごい。 小学生の頃にはもうバストサイズが抜かされていた。 正直、女としてはかなうところがない。 ちらっと母親である雅枝を見る。 母親のなかの”良い部分”は全部妹に行ってしまった、と思う。 「――榎、洋榎ってば」 「…えっ?」 父の声に慌てて顔を上げる。 何度も呼んでいたのにどうやら気づかなかったらしく、父が困ったような顔で洋榎を見ていた。 「ソース取ってくれんか」 「あ、はい。待ってて」 慌てて立ち上がり戸棚のソースを取る。 「なんか今日洋榎おかしくないか?」 「せやなあ。なんかあったのか洋。拾いもんでも食って腹壊したかー?」 「何でもあらへんがな」 両親に返事を返す。 絹恵はちょっと困ったような顔をしていたが黙っていた。 よかった。一年の男子と妙な雰囲気やったんやなんてこの場で言われたら大変なことになっていた。 すっきりとしない感情を抱えたまま食事を終えた。 部屋に戻ってネット麻雀でうさ晴らしでもするか。 そうして洋榎が部屋に帰ろうとすると、絹恵がお風呂に入ろうとしている。 反射的に目をそらし、通り過ぎようとしたそのときだ。 「あ、あのな、お姉ちゃん!」 「なんや?」 出来るだけ平静を装って振り返る。 絹恵は先ほどと同じ困ったような顔を見せ。そして。 「ひとつだけ、お姉ちゃんに言っておいた方がええかなと思うことがあるんやけど」 何を言われるのだろうと、洋榎は一瞬身構える。 が、妹の一言は意外なものだった。 「その、心配せんでええよ! 京太郎はお姉ちゃんのことしか見とらんから」 ……はい? 言いきった絹恵は、スッキリとした顔になって、 「じゃ、じゃあ、そういうことで。あと、学生のうちは健全なお付き合いしてな!」 それだけ言って、さっさと風呂場に入っていった。 洋榎は、絹恵が言ったことを反芻し、言葉を噛みしめ、そしてその言わんとする意味を理解し、 「な、なに言うとんねん絹ぅ!! きょ、京太郎とはそんなんじゃない!」 と怒鳴り、脱衣場に突撃しようとした。 しかし、扉をガンガン叩いている姿を母親に見とがめられ、罰として食器の洗い物をさせられた。 次の日。 授業中に突然真っ赤になり頭から煙を出しはじめる自分を心配するクラスメイトを振り切り、 洋榎は麻雀部の部室にたどり着いた。 むーとかうーとか唸りながら扉を見つめてほぼ5分位たっている。 自分より後にやってきた部員に何度か声をかけられたが、生返事を返してくる主将に呆れたのか、みな中に入って行った。 これじゃうち完全にビョーキやん。 自嘲しつつもその一歩が踏み出せない。 昨夜の妹の言葉が脳裏に浮かぶ。 ――京太郎はお姉ちゃんのことしか見とらんから 「どうしたんですか洋榎先輩。顔、真っ赤ですよ」 突然、背後から京太郎の声が聞こえ、洋榎は思わず飛び跳ねそうになる。 「な、なんや! いきなり背後から! ストーカーか!」 「何言ってんですか洋榎先輩。また変なテレビでも見たんですか?」 ――京太郎はお姉ちゃんのことしか見とらんから 「あ、あわわわ」 「あわあわ? 良く解らないけどキャンデー食べます? ミント味ですけど」 「ほ、ほっとけ!!スース―するやつは嫌いや!」 怒って歩き出す洋榎の背中を京太郎は訳がわからないといった表情をしながら追う。 部室に入ると、ああ、なぜ今までこの視線に気付かなかったのだろうか。 妹や親友、それに代行といった一部の人間が、ニヨニヨ洋榎たちを見ているではないか。 ――がんばってお姉ちゃん! ――いつでも相談にのりますよ主将……ププッ ――ほんま面白いなあアンタらは~。 これからどうやって部活動を過ごせばいいのだろうか。 洋榎は頭を抱えた。 とりあえず。 「京太郎! 卓に着け! 今日は一日つきっきりでビッシビシ鍛えたるわ!」 「え…あ、はいっ! お願いします、洋榎先輩!」 おしまい

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