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 須賀京太郎という男が彼女の弟子になった、という噂。  同世代雀士の間での師弟関係が果たしてどれほどものなのか、私にはよくわからないが彼女のことともなれば話題性に富んだセンセーショナルさはあった。  彼女がどうして須賀京太郎を自らの弟子にとったか、それはひとえに彼女の一存らしい。  魔物、と呼ばれているような雀士たちは常人には理解し難い発想を持っていることが多く、今回もそうなのだろうかと私はこめかみを抑える。  最も、宮永咲という魔物が直近にいた須賀京太郎には見向きもしなかったことを考えれば麻雀は関係がないのかも知れない。その事実として彼の成績は悪くはないがパッしない。  インターハイ男子個人の部二十四位。悪くはない、むしろ高校から麻雀を始めたというならば手放しに褒められてもおかしくはない成績といえる。    だが―――それだけで彼女は彼を弟子にするだろうか?  答えは、否だ。  峻厳と鋭敏と洒脱が服を着て歩いているような㊛である。若干の軽薄さを感じる金髪の男とはどうやっても繋がらない―――というのはまあ言い過ぎだろうが、彼女が見込む要素があるかは不明瞭。  彼女を知るものからすればやはり疑問は残る、なぜ彼なのだろうかと?   他にもっとふさわしいような選手はいただろうに、と。  結局のところ、この話は彼女と須賀京太郎との間で起こったことなのだ、当人に聞くしかあるまい。  だから、私――弘世菫は辻垣内智葉その人に聞いてみることにした。  空きコマの三限に友人である智葉を呼び出した。  名目は勿論噂について。 「それで? どういうわけで須賀を弟子にとったんだ?」 「どういうわけって言われてもな、別に。大した話はないよ」 「そうは言うけどな智葉、お前部内どころか部外まで噂が広がってるんだぞ」 「ほう、どんな噂だ?」  彼女は興味があるといったような表情。 「辻垣内智葉が男に誑し込まれた」 「なかなか面白い冗談だな」 「笑えないんだよ、風評はわりかし大事なんだ」  実際その麻雀部の幹事の耳に伝わってきたとなると、どこまで話が広がっているのやら。 「名門校の元部長は言うことが違うな」  そういうのは大抵下衆な方向へ形を変えるのだ。ウチのエース選手の看板に傷をつけるような風評が流れていることを考えると心中はそう良くない。 「茶化すなよ……それでどうなんだ」  そういう時に正しい事実を知っていることはとても有効だ。何より噂に対してのこころの持ちようが違うからだ。 「ふむ……まぁお前ならいいか……まぁお前が思うような話は無い」  ニヤリ、と笑ってあとは本人に聞けと智葉はどこ吹く風で茶を啜る。 「やっぱり、あいつ淹れるの上手いな」  まぁ、うだうだ色々考えているのも事実。正義感に駆られているのも事実。  しかして、私だって年頃の女だ、思うところはある。  この辻垣内智葉に男の影とは、と。 「そうだな、例えば犬、いるだろう? そういうものだよ」 「驚いた……お前哩姫と同じような趣味が」 「いや待てそうじゃない、端折りすぎた」  というか犬ってだけでその発想はどうなんだ、と智葉は眉間を抑える。  ――私なりのユーモアのつもりだったのだが、本気と取られたのだろうか。いやまぁ下衆の勘繰りをしているようなものだから本気といえばそうなろうか。 「勝手に懐いてきたんだよ」 「なんだ、よくある話じゃないか」  やはりというか何というか、智葉は男衆に慕われていた。智葉の醸し出す雰囲気が麻雀博徒としての琴線に触れるのだろうか。  だから最初に言っただろう、と続ける。 「従順で可愛い後輩なんだよ」 「愛玩動物くらいの価値しかない?」 「まさか、そういうことじゃない。私は犬を家の中で飼ったりしないよ。家の中に居たら獣を追い払う役目が果たせないだろ?」 「なんの話だ? 抽象的すぎるぞ」 「つまりはな私は須賀京太郎って男をそこそこかってるんだよ。犬に似てるってだけで犬じゃない」  からかうような気持ちで聞いてみる。犬は家の中では飼わず、須賀は犬のようである。飼い主?  なんだか思考の軸がズレてきているような気がする。犬とか飼うとか人にたいして使っていい言葉なのか――おそらく思案顔をしているだろう私をみて智葉は口の端を釣り上げる。  手玉に取らているのがなんだか無性に腹が立って、適当な言葉を吹っ掛ける。 「……智葉は須賀の御主人様ってことでいいのか」 「ふむ――間違いじゃないな」 「は?」  や っ ぱ り 哩 姫 か 「ウチの鎬でやってる商売に不動産があるんだが、ちょうどそこに住んでたらしくてな。アパート自体にガサが入りそうになった時に不幸にも沈か口止めをしなきゃいけないような話が――」 「……まて、その話掻い摘んで出来ないのか、私は風評が流れていることを憂いて話を聴きに来たのに藪をつついて蛇を出したくない」  もはや彫り物の龍ととんでもない私生活が出てきている感はあるが。  こいつに喧嘩を売ろうと思ったのが間違いだったのか、きっとそうだろう。  少し不満顔で智葉は茶を啜る。 「ちょっと命を助けて、塒を提供したら面白いぐらいに懐いたんだ」  それはさぞや怖い思いをしたからではないだろうか。 「ということは、あれかそれ、麻雀の弟子じゃなくて」 「私の内弟子扱いということになっている」  そっちか、と言おうとしたもののあまりの衝撃に声が出なかった。ヤの字のお家の内弟子、いやまて。 「あーつまり下宿ってことか?」  あれ? でもこれ犬の話とつなげるとお外、ジョン、ステイ? 首輪? 哩姫?  いけない、少し頭が混乱している。落ち着こう私はそもそも噂に腹を立ててきたのだ、特になにかあるわけでもなさそうだ。 「そうとも言える、ようなそうでないような」  それははっきりしておいたほうが良いのではないか。まぁ我が身がかわいくて何が起こったかは流石に聞けないので捨て置こう。 「しかし災難だな、本人は一言も言って――いや言えないか」  そんなことがあったのだったら心配くらいはさせてほしいものである。 「まぁ、大事はないよ。伸び伸びとはいかないだろうが。平穏無事だ」 「まぁ私はそれなり大変なんだか」 「あーまぁ同世代の男だものな」  いやそうじゃないんだ、と、続けて。 「だって拾ってきた犬は自分で躾なきゃだろう?」  目から光が迸るような錯覚を覚える程に楽しげに、その笑みは享楽を湛えていた。  カン!

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